カノン・ファンタジア

 

 

 

 

Chapter 3−B

 

   −6−

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

祐一と幽、美凪の三人は、言われた通りアインツベルンの別荘だという場所に来ていた。

別荘、と簡単に言っているが、それは既に城と呼んでも差し支えないものであった。

正門らしき場所から建物まではかなり遠く、彼方に見える館の大きさも普通ではない。

これで別荘だと言うのだから、一国家に匹敵すると言われるアインツベルンの勢力の大きさが知れようと言うものだった。

 

「ここに、イリヤと風子が・・・」

 

ちらっと祐一が確認するように横を見ると、美凪が頷いた。

 

「・・・間違いありません。二人の魔力を感じます」

「よし」

「・・・他にも、大きな魔力が複数存在しています」

「敵か。だが、何であろうとぶっ倒して、二人は取り返す!」

 

意気込む祐一とは裏腹に、幽は黙って前を見据えている。

その幽を、祐一は険しい目で睨む。

理由は、先ほどのイリヤの件もあるが、その後二人が攫われた後のやり取りにあった。

 

 

 

『ぁあ? 何で俺があの小娘なんぞを助けに行かなきゃならねェ?』

『何でって・・・イリヤはともかく、風子はおまえの連れだろうが!』

『関係ねェな。俺が行くのは、俺様をコケにした真似をしやがった野郎を叩き斬るためだ』

 

 

 

自分以外の全てを関係ないものとする幽の有り方を、祐一はやはり理解しがたかった。

この男には、何も任せておけない。

イリヤはもちろんのこと、風子も祐一が自分で取り戻すつもりでいた。

 

ガンッ!

 

門を抉じ開けた幽を先頭に、三人は別荘の敷地内へと足を踏み入れる。

その瞬間、四方から殺気が投げかけられた。

 

「どうやら、いきなり手厚い歓迎みたいだな・・・」

 

周囲を警戒しながら、祐一は剣の柄に手をかける。

戦闘態勢に入ろうとする祐一を、美凪が制した。

 

「美凪?」

「・・・ここは、私に任せてください」

「けど・・・」

「・・・幽さんはさっきの戦いで消耗していますし、この先さらなる強敵が出てきた時のために、相沢さんは体力を温存していくべきです」

「それは・・・確かに」

「・・・ですから、ここは任せちゃってください」

 

二人を追い越して前に進み出る美凪。

幽は微動だにせず、成り行きを見守っている。

 

「さっさと決めろよ」

「・・・はい」

 

不思議な信頼関係が、二人の間にあるように見えた。

遺跡の時にも感じたが、幽と美凪は、互いを対等の存在として見ている。

それは国崎往人という男や莢迦にしても同じだったが、この二人の場合は、それ以外の何かがあるようだった。

 

 

「・・・・・・・・・」

 

 

美凪は道の真ん中に立って目を閉じる。

姿無き敵意に対して、他の感覚を閉ざすことで魔力感知能力を最大限に引き出す。

四方から向けられる敵意は、どこか作り物めいていて、しかも全て同質のものであった。

そのことから美凪は、これが人間ではなく、何か人工的に生み出された存在の放つものであると悟った。

おそらくは、アインツベルンが生み出した魔法生物。

 

「・・・遠慮は無用、ですね」

 

すぅっと両手を左右に広げる美凪。

静かに、魔力が高められる。

バーサーカーのような、荒れ狂う激しさはない。

むしろ静か過ぎて、あまり威圧感を感じない。

だが祐一にはわかった。

凪の時のように波一つない水面のように静かでありながら、その大きさは、海のように強大であった。

静けさの下に隠された莫大な魔力を感じて、祐一は戦慄する。

だが、それがわからない敵の魔法生物は、無防備に立ち尽くす美凪に向かって一斉に飛びかかる。

彼らに意志があるかどうかはわからないが、攻撃を仕掛けたのは自分の意志と思っているであろう。

けれど実際には、美凪の魔力に誘い寄せられただけだと、果たして気付けただろうか。

 

バシュゥッ!!!

 

広げられた美凪の両手から、紺碧の閃光が四方八方へと放たれる。

その一つ一つが、正確に敵の急所を貫いていた。

全方位に放たれながら、背後にいた祐一と幽には掠りもせず、さらにその後ろにいた敵にさえも命中している。

一ヶ月の間、共に過ごして凄い女性だと思っていたが、こうして戦う姿を見るのははじめてだった。

そうして思うのは、やはりとんでもなく凄い女性であるということだった。

四大魔女の一人というのは、伊達ではない。

 

「・・・まだ、いますね」

 

前方を見据えながら美凪が呟く。

両手に集めた魔力を目の前で一つに合わせ、球状にしたものを作り出す。

美凪の手を離れた魔力球は、ふわふわと空中を漂っていき、数十メートル先の上空で停止した。

 

ぱんっ

 

手を叩く音が響くと、上空の魔力球が弾けた。

紺碧の光が、雨のように館の前庭に降り注ぐ。

 

「・・・終わりました。これで建物までの間に、敵はいないはずです」

 

呆気に取られる祐一の方へ振り返り、美凪が言った。

百近くあった敵の気配が、数分足らずで一掃されていた。

幽は、それがさも当然であるかのように少しも動じず歩き出す。

まだ驚きが尽きない祐一だったが、先を越されるものかと、その後を追って行き、美凪もそれに続いた。

 

 

 

館までの道のりでは本当にそれ以上敵に遭遇せず、あっさりと行きつくことができた。

途中にトラップの類まであったようだが、それも全て破壊済みだった。

全ての敵とトラップの位置を把握し、それらを一撃を破壊しつくした美凪の腕前に、改めて空恐ろしいものを感じる。

これだけの力を持ちながら本人は・・・。

 

『・・・私は四大魔女の一員と言っても、末席に過ぎません』

 

などと言っているのだから、残り三人は一体どれほどの化け物だと言うのか。

そう思いながら祐一は、カノン大武会の時のことを思い出していた。

会場全体を一瞬にして瓦礫の山にした稲妻、あれが美凪以上だという四大魔女の一人、相沢夏海の力なのだ。

さらにその夏海と同等だという、世界一の大賢者、サーガイアのカタリナ・スウォンジー。

そして、その二人すら上回るという四大魔女筆頭が、あの莢迦だと言う。

祐一は彼女の剣技しか見た事はないが、果たして見たことのない莢迦の秘めた力は、如何ほどのものだというのか。

 

「四大魔女、か・・・本当に、とんでもないな」

「・・・そうでもありません」

「・・・・・・おまえ、それは謙遜というより、大多数の世の人間に対する厭味だぞ・・・」

 

彼女らがとんでもなくないとしたら、この世にとんでもないものなどなくなってしまうではないかと祐一は言いたかった。

 

「・・・意外と、世の中にとんでもない人達はいるものです。だから莢迦さんは、四大魔女以上の強さを求めた」

「それって・・・」

 

四大魔女を抜けた莢迦が次に選んだ存在。

それは、今目の前を歩いている男、鬼斬りの幽と、そして・・・。

 

ギギィ・・・

 

音を立てて、城のような邸宅の扉が開く。

玄関を通り、真っ直ぐ進むと大きな階段があり、その前に、誰かが立っていた。

 

「思ったより早かったな」

 

その声を、祐一は覚えていた。

忘れようとしても忘れられない声の一つである。

 

「なるほど、遠野さんもいたのか。それじゃあ、外の連中じゃ足止めにもならなかったろう」

「おまえは・・・!」

「智代」

 

祐一達の前に立ちはだかっているのは、坂上智代と名乗った、覇王十二天宮の一人、ヴァルゴであった。

遺跡で偶然出会い、軽くあしらわれ、冷たい言葉を投げかけられた記憶が蘇る。

今も、智代は祐一のことなど見ていない。

その視線はただ一人、幽にのみ向けられていた。

 

「・・・相沢さん」

「何だ・・・?」

「・・・さっき、意外ととんでもない人達はいるものだと言いましたが、彼女もその一人です」

「それは、つまり・・・」

「・・・坂上智代さん。四死聖の一人です」

 

かつて四大魔女筆頭であった莢迦も含む、最強と謳われた四人の死神。

鬼斬りの幽に従う者達、それが四死聖だった。

四大魔女すら超える力を求めた莢迦が、共にいることを選んだ存在。

それならば幽に拘るのも、この圧倒的な存在感も納得がいった。

 

「けど・・・何で四死聖だった奴が幽の敵になってるんだ?」

「・・・それは、わかりません」

 

祐一の疑問を余所に、幽と智代は互いに鋭い視線を交わす。

 

「智代、てめェ俺の敵に回ってただで済むと思ってんのか?」

「もちろん、それこそ望むところだ」

 

幽が剣を抜き、智代が両手にトンファーを構える。

 

「タウラスの後詰めみたいな役どころで不満だったが、ちゃんと勝って来たな、幽」

「当然だ。この俺が負けるはずねェだろうが。もちろん、てめェにもな」

「どうかな? 勝ったとは言え、かなり消耗しているようだが。昔のおまえなら、あのバーサーカー相手でもそこまで苦戦はしなかったはずだ」

「関係ねェな。どんな状態だろうと、俺の敵になる奴は斬る、それだけだ」

 

床を蹴って踏み込む幽。

とても疲弊しているとは思えない速さで振り下ろされる斬撃を、智代は紙一重で回避する。

そのまま幽の剣が戻されるより速く、智代は幽の懐に入り込む。

 

「遅い!」

 

両手に持ったトンファーを回転させながら、智代は幽の体に無数の打撃を叩き込んだ。

 

ドドドドドドドドドドドッ!!!

 

ガードもまったく間に合わず、全てまともに喰らって幽が吹き飛ぶ。

 

「ぐっ・・・!!」

 

何とか踏みとどまった幽は、追い討ちを仕掛けにくる智代に向かって剣を薙ぎ払う。

しかしそれを片手のトンファーで受け流すと、深く沈みこんだ姿勢から智代は幽の顎目掛けて蹴りを放つ。

 

ドカッ!

 

これも直撃を受けて、幽の体が浮かび上がる。

 

「はぁああああああっ!!!」

 

それを追って跳び上がった智代が、猛烈なラッシュを喰らわせる。

最後に後ろ回し蹴りが決まり、幽の体は大きく吹き飛ばされ、壁を破壊してその先に消えた。

降り立った智代は、まったくの無傷だった。

と思ったが、智代自身が自らの肩に目をやるのを見て、祐一もそこに斬られた痕があるのがわかった。

 

「あの状態で反撃するとは、さすが幽・・・と言いたいところだが、正直がっかりだな」

 

美凪の言葉が、決して謙遜でもなく、大袈裟なものでもなかったことが、今のではっきりと祐一にもわかった。

満身創痍の状態においてさえ祐一を圧倒し、あのバーサーカー相手にもどれほど傷を負っても互角に打ち合っていた幽がまるで相手にならない。

本当に世の中には、とんでもない奴がいるものだった。

その内の一人がこの、四死聖の坂上智代。

 

「さぁ、どうした幽? おまえの連れの少女も、おまえが叩き斬りたいだろうアインツベルンの長も上の階にいる。そして上へ行く道はこの階段のみ。私を倒さなければ先へは進めないぞ」

「つまり、イリヤも風子も、この先にいるってことだな」

「ん? ああ、そういうことだ」

 

まるで今気付いたとでも言わんばかりの態度に、正直祐一は腹が立った。

だが自分が相手の眼中にあろうがなかろうが、この相手を倒さなければ先に進めないというのならば。

祐一は智代の前に進み出ながら剣を抜く。

 

「何のつもりだ?」

「決まってるだろ。おまえを倒さないと先へ進めないって言うなら、やることは一つだ」

「・・・・・・退きな、小僧。そいつは俺がやる」

 

崩れた壁から幽が戻ってくる。

だが明らかにダメージは大きく、剣を杖代わりにしていた。

 

「モタモタしてる暇はないんだ。おまえにとってはどうでもよくても、俺はイリヤと風子を助ける。そのためには、こいつを早く倒さなきゃならない。ボロボロのおまえに任せちゃいられないんだよ!」

 

大剣を構えて、祐一は智代の前に立つ。

以前とはまとっている気配が違うことを感じ取ったか、智代も無視することはせず、幽に半分注意を向けつつも祐一と向き合った。

 

「俺の邪魔をするなと言ったはずだぞ、小僧」

 

そこへ幽が加わり、一時三つ巴の様相を呈した。

だが、突然幽は何かに押しつぶされるようにその場に蹲る。

 

「ぐっ・・・美凪、てめェ!」

 

幽の傍らに、美凪が立つ。

自らを呪縛する魔法が彼女のものと知って、幽が美凪を鋭い視線を向けるが、美凪は知らぬ顔で祐一の方を見る。

 

「・・・相沢さん、しばらく出していませんでしたが、新しい課題です」

「何だ?」

「・・・坂上さんを、倒してください」

「いいさ、やってやるよ」

 

おそらくそれは、この一ヶ月の間に出された課題の中で、最も過酷なものであろう。

しかし、成し遂げなくてはならない。

何故なら、智代を倒して、イリヤと風子を助け出さなくてはならないから。

 

「こいつは、俺が倒す!」

「・・・いいだろう。元々ここの番人が与えられた仕事だし、ボロボロの幽を相手にするよりは退屈しないで済みそうだ」

 

祐一と智代は、互いの得物を構えて対峙する。

向かい合いながら、祐一は智代の特徴を把握しようと頭をめぐらせる。

武器は、おそらく鋼鉄製のトンファー。

先ほどのラッシュを見る限り、左右どちらからでも同等の速さと威力の攻撃を繰り出せるはずだった。

そして、遺跡で遭遇した時に祐一も受けた蹴り技も脅威だった。

槍に近い間合いを持つ幽の長剣相手にも簡単に懐へ入る技量とスピードは並外れている。

その上両手両足を全て攻撃に支えて手数は多い。

対する祐一は大剣一振りのみ。

 

「(心もとない・・・って、少しは思うな。だが、俺はこの剣をずっと磨き続けてきた)」

 

たとえ相手が四死聖の一人であろうと、そうそう遅れを取る気はない。

何より祐一は、負けるわけにはいかなかった。

 

「行くぜっ!!」

 

相手に向かって正面から走りながら、真っ直ぐに大剣を突き出す。

智代は体を横に開くことであっさりそれをかわすが、そこまでは祐一の予測の範疇だった。

速度が上の相手である以上、大振りは隙をつかれやすいため禁物である。

ゆえに今の突きも抑え目で、即座に変化に対応できるようにしてあった。

 

ガッ!

 

回避した智代が放つ蹴りを、手元に引き戻した剣の腹で受け止める。

防御した状態から剣を薙ぎ払う祐一だったが、智代はその反動を逆に利用して後退する。

 

「逃がすかよ!」

 

反撃の暇を与えないように、追いすがった祐一は斬撃を連続して放つ。

縦、横、斜めの攻撃を次々と繰り出し、隙を見せないようにする。

怒涛の連続攻撃を、智代はひたすら避け続けていた。

 

「(ここだ!)」

 

途中で祐一は、攻撃の流れに大きな変化をつけ、智代の足下を狙った。

意表を突かれた智代の体勢が僅かに崩れるのを見て、祐一は剣を跳ね上げた。

 

ガキィンッ!

 

智代は右手のトンファーで受けようとしたが、威力を殺しきれず、頭上にトンファーを弾かれた。

勝機と見た祐一は、トンファーが失われた右側から剣を薙ぎ払う。

完璧に決まったと思われたが、祐一の剣は空を斬った。

それでもまだ祐一は諦めない。

かがみこんで薙ぎをかわした智代に対し、頭上から斬撃を振り下ろす。

 

「・・・・・・フッ」

 

今度こそ捉えたと思った祐一に対して、智代は軽く笑みを浮かべた。

 

ガツッ!

 

「・・・な・・・・・・っ!?」

 

何が起こったのか、一瞬理解できなかった。

振り下ろされた剣を智代が残った左のトンファーで受けたと思ったのだが、そのあまりの手応えの無さに困惑する。

そして気がついた時には祐一の剣は床を砕いており、智代の足がそれを上から押さえつけていた。

斬撃をすり抜けたとしか思えない動きだった。

さらに・・・。

 

パシッ

 

音を聞いて顔を上げると、弾き飛ばしたはずのトンファーが、智代の右手に戻っていた。

先ほどの一撃、祐一の攻撃がトンファーを弾いたようで、実際は違っていた。

受け止めた一撃を止め切れないと判断した智代が、その力を受け流すと同時に自ら頭上へと投げ飛ばしていたのだ。

だから、時間を置いてその得物は、再び智代の手に戻った。

 

ドゴォッ!!!

 

剣を押さえ込まれ、硬直する祐一に向かって、智代が右のトンファーを振り下ろす。

防御も回避もできず、祐一はまともにその一撃を喰らって倒れ伏した。

 

「がっ・・・!!」

 

頭蓋骨が砕けていないのが不思議なほどの衝撃だった。

目眩と頭から流れ出る血のせいで、祐一は一瞬視力を失う。

何とか体を起こし、目元の血を拭うと、霞む視界の先で祐一を見下ろす智代の姿が見えた。

 

「言い忘れていたが、私は相当強いぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

to be continued


あとがき

 美凪強し。あまり戦うことのないキャラだけれど、この作品内においては間違いなく最強クラスの一人である。そしてその美凪をもって強いと言わしめる四死聖の一人、智代登場。ついに祐一の真価が試される時が来た! 次回、圧倒的な強さを見せる智代に対してどう戦う祐一?