カノン・ファンタジア

 

 

 

 

Chapter 3−B

 

   −5−

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見せてやるぜ、鬼斬りの剣を・・・無限斬魔剣の真髄ってやつをな」

 

これが本当に、満身創痍の男の発する気配であろうか。

まさに、地獄の底から這い上がってきた鬼と呼ぶべき存在が、そこにいた。

深く暗い闇から湧き上がってくるような邪悪な気配に、その場にいる誰もが気圧される。

そんな中で、イリヤは気丈にも声を張り上げる。

 

「ふ、ふんっ、そんなのハッタリよ! バーサーカー! もう遊びは終わり、今すぐそいつを殺しなさいっ!」

「イリヤ、待て!」

 

祐一はイリヤを止めようと声を上げる。

半分は、イリヤに誰かを殺させる行為をさせたくないという思いから。

もう半分は、今の幽には誰も勝てない、そんな漠然とした予感があったから。

しかしイリヤは祐一の制止など聞かず、バーサーカーをけしかける。

 

 

「ヴォオオオオオオオオ!!!!!」

 

 

一度は幽の放つ威圧感に圧されたバーサーカーだったが、主の言葉を受けて、再びその猛威を振るい始めた。

激しく繰り出される斬撃の嵐を、幽が避け続けていく。

それだけなら先ほどとまったく変わらない光景であった。

バーサーカーの放つ斬撃は余波だけでもダメージを与えるほど凄まじい。

今も幽の体には、着々と傷が負わされていく。

なのにどうしてか、先ほどまで以上に、幽が倒れる感じがまったくしなかった。

 

「うぜェな」

 

幽が一旦大きく後退して距離を取る。

それに追いすがって斧剣を振り下ろそうとするバーサーカーだったが・・・。

 

 

トッ

 

 

祐一とイリヤは、一瞬何が起こったのか理解できなかった。

今まさにバーサーカーが斧剣を振り下ろさんとしていたはずなのに、気がつけば幽のバーサーカーの背後にいて、バーサーカーの首は刎ね飛ばされていた。

 

「無限斬魔剣、紅蓮・閃。これで2回だな」

 

その動きを目で追うことはまったくできなかった。

だが祐一は理解した。

それは、文字通り目にも止まらぬ速さ、超速の剣であったのだと。

 

「ヴォオオオオオオオ!!!!!」

 

僅かな時を置いて、再びバーサーカーが復活する。

雄叫びを上げる巨人に対して、幽は長剣の切っ先を相手に向けて水平に構える。

 

「次だ。無限斬魔剣、紅蓮・衝!」

 

踏み込むと同時に幽は片手で一気に剣を突き出した。

猛烈な幽の突撃を正面から受けるバーサーカー。

闘気を全身にまとった突撃力に、バーサーカーの巨体が押される。

 

「オォラァァァァァッ!!!」

 

 

ドォンッ!!!

 

 

突撃の威力に耐えられなくなったバーサーカーの鋼鉄の筋肉が貫かれた。

胸に大きな穴を穿たれ、バーサーカーが蹲る。

 

「3回。まだまだこんなもんじゃねェだろ」

 

一撃放つ度に、幽の闘気が増して来ているようにさえ思えた。

だが、バーサーカーの命はまだ9つも残っている。

首を飛ばされても、心臓を貫かれても、尚灰色の巨人は立ち上がり、その猛威を振るう。

 

ガッ ギィンッ ガギィンッ!!!

 

両者が繰り出す嵐のような斬撃がぶつかり合う。

もう何度目になるかわからない、竜巻同士の衝突であった。

しかしそれすらもう、幽の前では無意味だった。

 

「遅ェって言ってんだろうが!」

 

幽の斬撃は速さを増す。

威力すらもさらに増し、幽の乱撃がバーサーカーのそれを圧倒する。

 

「無限斬魔剣、紅蓮・乱ッ!!」

 

切り刻まれるバーサーカーの体。

首は飛び、胴体は真っ二つに裂け、腕も飛び、足が落ちる。

それでも再生を続けるバーサーカーの体を、幽の斬撃が刻み続ける。

 

「まだまだァァァッ! 紅蓮・轟ォ!!!」

 

飛び散るバーサーカーの肉片の中心に向かって幽が剣を振り下ろす。

 

 

ドゴォォォッ!!!!!

 

 

剣がまとった闘気が、地面に叩きつけられると同時に爆発し、全方位に向かって衝撃波を飛ばした。

それを受けてバーサーカーの肉体が粉々になって四散した。

 

「こ・・・これが・・・・・・鬼斬りの、剣・・・」

「ぁ・・・あ・・・・・・」

 

あまりに圧倒的なその力を前に、祐一もイリヤもただただ呆然と立ち尽くす。

 

「ふんっ、今のでさらに3回は死んだかァ? つーことは、あと6回だな」

 

尚も再生するバーサーカー。

しかしさすがにこれだけの攻撃を受け続けては、不死身の巨人も消耗していた。

その上今ので、剣も失っている。

 

「・・・はっ! イリヤ! もうこれまでだ、バーサーカーを退かせろ。このままじゃ、やられるぞ!」

「・・・・・・・・・いやよ」

「イリヤ!」

「わたしのバーサーカーがやられるはずないっ!」

 

イリヤは数歩前に進み出て、両手を体の前で絡み合わせる。

祐一にもわかるほどイリヤの魔力が高まり、全身に赤い紋様が浮かび上がるのが見えた。

それが何なのかは祐一にはわからなかったが、強大な魔力を秘めているのは確かだった。

高まった魔力を利用して、イリヤが呪文を唱えると、バーサーカーの両手に光が生まれる。

光の中から現れたのは、弓と矢であった。

 

「いくら剣が強くても、剣が届かない場所から攻撃されたらどうにもできないでしょっ。バーサーカーは剣だけじゃなくて、弓も超一流なんだからっ!」

 

召喚された弓に矢を番えて、バーサーカーが狙いを幽に定める。

番えられた矢は、同時に9本。

それが一斉に放たれた。

 

バシュッ

 

バーサーカーの豪腕と、それに耐えうる強弓から放たれた矢の速さは音速にも匹敵する。

音の壁を突き破って迫り来る9本の矢は、迎撃も回避も不可能であるはずだった。

しかし幽は、それでも余裕の体で立っていた。

 

「ふん、俺様の剣を間合いの外からなら破れるなんざ・・・甘ェんだよッ!!!」

 

剣を大きく後ろに振りかぶる幽。

 

「無限斬魔剣、紅蓮・空!!」

 

そして一気に降りぬいた瞬間、斬撃そのものが飛んだ。

 

 

ドシュッッッ!!!

 

 

飛来する9本の矢を全て薙ぎ払い、空を飛ぶ斬撃は手にした弓もろとも、バーサーカーの体を打ち砕いた。

間合いの外にさえ攻撃できる、幽の無限斬魔剣に死角はなかった。

 

「そん・・・な・・・・・・」

 

唖然と立ち尽くすイリヤ。

バーサーカーは再び再生したが、既にかなりのダメージを負っていることは確かだった。

 

「あと5回か。面倒だな、次の一撃で、決めてやるよ」

 

一体、どれほどの底力を秘めているのか。

幽の闘気は、ここへ来て最高潮に達していた。

だが同時に、祐一はよく目を凝らして幽の体を見た。

 

「(・・・・・・あいつ・・・)」

 

まだバーサーカーの命は5つも残っていながら、幽は次の一撃決めると言った。

それは、それだけの威力の技をまだ隠し持っているという自信だけによる言葉ではない。

あれだけの傷を負って、あれだけの必殺剣を連発して、幽自身もただで済むわけはなかった。

既に幽の体も限界に達している。

あと一撃しか、無限斬魔剣を撃てないのだ。

 

「・・・・・・負けない・・・」

 

イリヤの全身に赤い紋様が浮かび上がる。

呪文が唱えられると、バーサーカーの手に再び剣が現れた。

 

「わたしのバーサーカーは、絶対負けないっ!!」

 

さらにイリヤは、ダメージを負っているバーサーカーに自らの魔力を上乗せする。

 

「ヴォオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」

 

今までで最も大きな雄叫び。

バーサーカーも、その一撃に残った全ての力を懸けるつもりだった。

 

「受けなさいっ、9つの命を一撃で断つバーサーカーの最強剣、ナインライブスを!!」

 

荒れ狂う魔力の塊と貸した巨人が走る。

隕石の落下にも等しい圧力を持って迫るバーサーカーに対し、幽は真紅に輝く剣を振り下ろす。

 

「最強剣ってのは、俺様の専売特許だぜ」

 

真紅の衝撃が、巨人の剣を迎え撃つ。

 

「無限斬魔秘剣、紅蓮・烈」

 

 

 

ドゴォォォォォォォォンッ!!!!!!

 

 

 

爆風が巻き起こる。

最大級の衝撃に吹き飛ばれたイリヤを祐一が抱きとめ、自身も背後の木に背を預けて辛うじて堪える。

 

「げほっ・・・ど、どうなった・・・?」

 

煙にむせながら、祐一は爆心地の様子を探ろうと目を凝らす。

少しずつ煙が晴れていくと、徐々にその様子がわかるようになっていく。

抱きとめているイリヤも、固唾を呑んでそれを見ていた。

 

「・・・・・・・・・」

 

最初にその姿が見えたのは、幽だった。

剣を地面に突きたて、片膝をついた状態で激しく息をついている。

そして、対するバーサーカーは・・・。

 

「・・・ぁ・・・・・・」

 

か細い声を上げるイリヤの視線の先に、バーサーカーがいた。

全身を焼きただらせながら、じっと立ったまま動かない。

その目が僅かに動き、眼前に跪く男の姿を見る。

 

「・・・まさか、な・・・」

 

祐一だけでなく、イリヤまでもが驚く。

理性を消し去ることで極限まで力を引き出した狂戦士たるバーサーカーが、口を聞いていた。

 

「最後の一撃・・・我が剣を打ち破ったのみならず、我が身を7度も滅するとは・・・」

「当然だ。俺様の無限斬魔剣で2番目に強ェ技だからな。最大の奥儀が使える状態なら最初からてめェなんざ一撃なんだよ」

「見事だ・・・これほど強き者と戦えたことは至上の喜びであった。唯一心残りがあるとすれば、主の望みに応えられなかったこと、か・・・」

 

ぐらりと、バーサーカーの体が揺らぐ。

倒れかけながら、その目がイリヤへと向けられる。

 

「イリヤ・・・・・・すまぬ・・・・・・・・・」

 

音を立てて倒れ付したバーサーカーの肉体は、灰となって崩れ落ちる。

 

「・・・嘘・・・・・・バーサーカー・・・・・・」

 

祐一の手を離れ、イリヤはふらつきながら前に進み出る。

灰となったバーサーカーの下まで辿り着き、跪いてその躯に触れようとする。

だが、僅かに風が吹いただけで、灰は虚しく霧散していく。

イリヤの手元には、ただ一握りの灰だけが残った。

それも、手を開くと風に乗って飛び散った。

変わり果て、消え行く従者の姿を、イリヤは虚ろな眼で見つめていた。

 

ザッ

 

跪くイリヤの傍らに、幽が歩み寄る。

それを見て、祐一はハッとなる。

 

「小娘、この俺に楯突いたんだ。覚悟はできてるな」

 

動かないイリヤは、幽の声にも反応しない。

幽は静かに剣を掲げ、それを振り下ろした。

 

ギィンッ!

 

間一髪、祐一が割って入ってその剣を止める。

 

「何の真似だ、小僧」

「そっちこそ、何のつもりだよっ」

「この俺を敵に回すってのはこういうことだ」

「バーサーカーは倒したろっ! イリヤにももう戦意はない、殺す必要なんかないだろっ!!」

「関係ねェな。でかぶつを差し向けてきたのはそいつだ。そしてその小娘自身も俺に対して殺意を向けた。斬るのにそれ以上の理由は必要ねェ」

「おまえの理屈だろ、それは!」

 

受け止めた幽の剣が、祐一の剣をぐいぐい押してくる。

満身創痍の体のどこにそんな力が残っているのか、祐一は押し負けそうになる。

だが、ここで押し負ければ、祐一の後ろにいるイリヤが斬られることになる。

それだけは、絶対にさせられない。

 

「俺の前で、そんなに簡単に誰かを死なせてたまるかよっ。それに、イリヤは俺が守るって言った。ここは絶対に、譲れない!」

「おもしれェ。てめェにもこの俺を敵に回すとどうなるか、はっきり教えてやった方がいいみたいだな」

 

押してくる幽の剣の重みがさらに増す。

信じられない底力を見せる幽に対して、しかし祐一も負けてはいない。

大地から魔力を吸い上げ、それを上乗せして一気に押し返そうとする。

 

「ぬぅぅぅぅぅ・・・!!」

「ぐぉぉぉぉ・・・!!」

 

両者の力はしばし拮抗する。

そこへ・・・。

 

バシャッ

 

突然、二人の頭上から水が降り注いだ。

 

「・・・はい、そこまで」

 

ぱんっ、と手を叩いて二人を制したのは、美凪であった。

いつの間に近付いたのか、二人が剣を交差させているすぐ横に立っている。

 

「美凪・・・」

「おまえ・・・いきなり何しやがる・・・?」

 

ずぶ濡れになって熱された頭を冷やされた二人は、互いに剣を引いて美凪を睨みつける。

穴が空きそうな二人の視線を受けながら、美凪は平然としたものだった。

 

「・・・文字通り、水を差してみました」

「それは見ればわかる。だから何のつもりで・・・」

「・・・幽さんも、今の状態で相沢さんと戦うのは、ちょっときついのではありませんか?」

 

問い詰める祐一の方はやんわりと無視して、美凪は幽にそう諭す。

つまらなそうな表情を浮かべた幽は、落ちていた鞘を拾って剣を納める。

 

「興が冷めた。小僧、次はないと思えよ」

「おまえが同じことをしようってんなら、何度でも止めるさ」

 

幽は祐一達の下から離れた位置にある木の幹に体を預ける

表面には少しも見せず強がってはいるが、やはり今の戦いによるダメージは相当なものがあるようだ。

この男の性格ならすぐにでも立ち去るであろうところを、その場で腰を下ろしている。

そこへ、美凪の後をついてきたらしい風子が駆け寄って傍らに座り込む。

いくらか心配しているようだが、体を半分横に向けている辺り、この少女も素直でない。

祐一はしばらくその様子を見ていてから、イリヤの隣に跪く。

 

「イリヤ、大丈夫か?」

「ユウイチ・・・」

 

ショックは大きかったようだが、それでも気はしっかり持っているように見えて少し安心した。

 

「・・・バーサーカー、死んじゃった」

「ああ、そうだな。悲しいか?」

「うん、たぶん」

「そうか。誰かが死ぬって、悲しいよな。わかるか?」

 

祐一は、イリヤにとってバーサーカーがどれくらい大事な存在だったのかはわからない。

その死は、彼女にとって辛いものであろう。

けれどその辛さを利用すれば、この少女に、殺すことが当たり前の行為ではないことをわからせられるかもしれないと思った。

嫌なやり方だと祐一は思ったが、それでもイリヤに、これ以上誰も殺させたくはなかった。

 

「どんな人間にだって、大切なものはある。それを奪うっていうのは、とても重いことだ。だからイリヤ、もう誰かを殺すことが当たり前だなんて、思わないでくれ」

「・・・・・・ユウイチ、わたしは・・・」

 

イリヤが何かを言いかけたその時、強い突風が吹いた。

禍々しい気配すら感じさせる黒い風が、祐一達の体に絡みつく。

 

「な、何だ!?」

「これは・・・お爺様!?」

 

祐一の前で、イリヤが黒い風の塊に呑み込まれる。

 

「イリヤ!」

「わぁっ!」

「!」

 

別の悲鳴に振り返ると、幽の傍らにいた風子も同じように風に包まれていた。

 

『フンッ、役に立たぬ孫娘だ』

 

黒い風が収束する空から、しわがれた老人の声が響いてくる。

 

「誰だ!」

 

祐一の問いには答えず、黒い風はイリヤと風子を呑み込んだまま空へと上がっていく。

 

『鬼斬りの幽よ、小娘は預かった。返してほしくばここより北へ50キロ行った地点にある我が別荘まで来るが良い』

 

そう言い残して、黒い風を操る邪悪な気配は消え去った。

 

「イリヤ! 風子!」

 

後には、祐一の叫び声だけが虚しく響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

to be continued


あとがき

 バーサーカー、いいキャラだよのぅ。本来は十二天宮でも3本の指に数えられる切り札的存在だったのだが、いや、それゆえにこそ、早めの退場と相成った。何しろ幽の強さを存分に振るわせられる相手は他にいなかったからの〜。あと、祐一とイリヤの仲を進めるためにも、惜しみながらもここで散ってもらうこととなった。
 さて次回は、攫われたイリヤと風子を助けるためにアインツベルンの別荘へ乗り込む祐一と幽と美凪、その前に立ちはだかったのは・・・!