カノン・ファンタジア

 

 

 

 

Chapter 3−B

 

   −4−

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

祐一は走っていた。

偶然の再会から一晩が経った朝、気がつけば幽の姿がなかった。

気をつけていたつもりで目を離した己の迂闊さを呪いつつ、美凪や風子に聞く間も惜しくて、祐一は幽を探して宿を飛び出した。

確証などまったくなかったが、それは予感だった。

幽は、祐一には想像もつかないほど幾多の戦場を渡り歩き、数限りない修羅場を潜り抜けてきた男である。

自分に対して敵意を持って近付く存在には、誰よりも敏感であるはずだった。

迫り来る敵意の存在を感じ取り、幽は一人それと戦いに向かったのだと、祐一にはわかった。

そして、その相手となる存在が何者かも、祐一にはわかっていた。

 

「だめだ・・・そんなのは!」

 

走りながら祐一は、昨日のことを回想する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わたしはね、鬼斬りのユウを、殺しに来たの」

 

無邪気なその姿からは、とても想像できないような台詞。

それをイリヤは、とても自然に言葉にする。

誰かを殺すということを、当たり前のことのように。

 

「幽を・・・殺す?」

「ええ、そうよ。だってあの男は、覇王にとっても、アインツベルンにとっても邪魔なだけだもの」

 

当たり前のように、ではない。

邪魔だから殺す、敵だから殺す。

それは、イリヤにとっては、本当に当たり前のことなのだ。

こんな子供がそんな風に考えていることを悲しく思い、またそんな風に彼女に教え込んだ者達に激しい怒りを覚えた。

 

「だめだ!」

「え?」

「イリヤはそんなことしちゃいけない!」

「そんなことって、ユウを殺すこと?」

「幽だけじゃない。おまえは、誰かを殺すなんてことをしたらいけないんだ」

「どうして? 敵を殺すのは、当たり前のことじゃない」

「それが、間違ってるんだ」

 

この少女には、善悪の概念がない。

それを身につける以前から、敵を殺すということを、当然の行為として教え込まれてきたのだろう。

しかし、そんなことは間違っていると、祐一ははっきりと言えた。

確かに、敵として対峙した相手を殺さなければならない時はある。

祐一自身もそれを決意し、戦っている。

けれど、敵であれ何であれ、命を奪えば、その命を重さを背負うことになる。

それすらも知らぬ無垢な少女の手を、これ以上血で染めさせたくはなかった。

 

「敵であっても、誰かを殺すなんてことを簡単にしちゃいけないんだ」

「ユウイチの言ってることはよくわからないよ」

「とにかく、もう覇王に手を貸すのなんてことはやめろ。そもそも、何であんな奴に協力してるんだよ?」

「アインツベルンが覇王に協力するのはお爺様が決めたことよ」

「だったら、イリヤ自身の意志はどうなんだ?」

「やっぱりユウイチの言ってることってわからない。わたしはアインツベルンの後継者で、アインツベルンの意志はわたしの意志だもの」

「それはおまえの意志じゃない。ただ家の決定だからって従ってるだけだろ。俺は、覇王のやってることが許せないから、覇王と戦う。覇王に味方するイリヤは、自分がそうしたいからするのか? 自分から戦いたいと思ってるのか? 俺と、戦いたいって思うのかよ?」

「そ、そんなこと言われたって・・・」

 

問い詰める祐一に対し、イリヤは困惑した表情を浮かべる。

 

「それは・・・ユウイチとは戦いたくないけど、敵になるんだったら殺すし、覇王に味方するのはアインツベルンの総意だし・・・」

「俺は、イリヤとは戦いたくない」

「むー・・・なら、ユウイチがわたしの従者になるって言うなら、ユウイチの言うことも考えてあげる」

「従者って・・・俺にあのバーサーカーみたいになれって言うのかよ? それじゃ本末転倒だろ・・・」

「だってわたし、アインツベルンを裏切ることなんてできないもの。バーサーカーだって元々アインツベルンのものだし、そうなったらわたし、一人ぼっちだし」

「一人じゃない、俺がいる」

「え?」

「アインツベルンを裏切って、一人ぼっちになっちまっても、俺がいる。俺がイリヤを守ってやる。それなら、いいだろ?」

 

ぽかんとした表情で、イリヤが祐一のことを見上げる。

しばらくそうしていてから、少し儚げな笑みを浮かべる。

 

「そうね、それもいいかもね」

「だろ。だから・・・」

「でも、だめ」

「イリヤ・・・!」

「もう行くね。あまり長い間放っておくと、バーサーカーが勝手に暴れだしちゃうから」

 

イリヤは数歩下がって、祐一から離れる。

追いすがろうと祐一は手を伸ばしたが、何故かそれ以上近付くことができなかった。

それは、イリヤ自身から、それを拒絶する雰囲気が漂っていたから。

 

「ユウイチ、覇王に敵対するのはやめなよ。じゃないと、ユウを殺した後で、今度はユウイチを殺すから」

 

そう言い残して、イリヤは立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして今日、イリヤが従えるバーサーカーが、幽を殺しに来る。

幽は、その存在を感じ取って自ら戦いに行ったに違いない。

この戦いを、止めなくてはならない。

 

「(間に合ってくれ!)」

 

鬼斬りの幽は、敵に対しては容赦しない男である。

おそらく幽がバーサーカーを倒したら、その主であるイリヤまでも、殺すだろう。

バーサーカーが勝てば、イリヤは再びその手を血に染めることとなる。

どちらに転んでも、イリヤにとって良い結果にはなりえない。

だから祐一は、何としても幽とバーサーカーの戦いを止めなくてはならなかった。

 

「(感じる)」

 

最初は探す当てなどないと思って、それでも探さなければと思って飛び出した祐一だったが、今は一つの感覚を頼りに走っていた。

地脈から魔力を吸い上げる術を身につけた影響か、祐一は地脈を通じて魔力を存在をある程度感じる能力までも身につけているらしい。

美凪のように、完全に把握できるわけではないが、しかし二つだけ、はっきりと感じる魔力があった。

魔力を持たない幽のことは探しようがないが、その二つ、イリヤとバーサーカーの魔力の所在を頼りに、祐一は彼らを探していた。

 

「こっちか。近いな!」

 

街道を外れ、祐一は森の中に入った。

この森の奥深くに、二つの強い魔力を感じる。

その内の片方が、荒れ狂っているのがわかった。

もう既に、戦いは始まっている。

 

「(急げ俺! 絶対に、止めないと!)」

 

全速力で、祐一は走る。

肺が潰れそうな息苦しさを感じるほど走り続けて、ようやく音が聞こえていた。

剣と剣とが打ち合わされる音、木々や大地が砕かれる音、即ち戦いの音である。

もう少し、と自らを叱咤して走る。

そしてようやくそこへ辿り着いた祐一は、その光景に、呆然と立ち尽くした。

 

 

ギィィィィィンッ!!!!!

 

 

弾きあう剣と剣。

細身の幽が振るう細長い刀身の剣と、巨漢のバーサーカーが振るう巨大な斧剣。

明らかに質量の異なる一撃だったが、その威力はまったくの互角だった。

互いの斬撃の威力に圧されて、両者の体が下がる。

だがすぐにまた踏み込んで、互いに剣を繰り出す。

 

ドォォォンッ!!!

 

唸りを上げる剣から発せられた衝撃波の余波だけで、大地は抉れ、木々は薙ぎ倒される。

そこは森であったはずだが、既に辺り一体の樹木は薙ぎ払われ、広場となっていた。

 

「おぉおおおおおお!!!!!」

「ヴォオオオオオオ!!!!!」

 

猛る鬼と、荒れ狂う巨人の咆哮が、大気を揺らす。

相手を打ち砕かんと繰り出される幾多の斬撃が、大地を揺さぶる。

圧倒的な光景に、祐一は動くことすらできなかった。

 

「(・・・・・・止める、だと・・・。馬鹿か・・・俺は?)」

 

こんなものを、人間が止められるわけがない。

それはまるで、暴風のようだった。

大自然が起こす災害にも等しいそれを、たった一人の人間の手で止めることなど、不可能だった。

近付けば呑まれ、弾かれ、無残に屍を晒すのが関の山である。

 

「なんて・・・戦いだ・・・」

 

まったく手が出せない。

今までも散々、彼らの強さを実感してきたつもりだったが、それすらまだ序の口であった。

幽とバーサーカーの戦いは、祐一の想像を絶している。

 

「あら、ユウイチ。わざわざ見に来たの?」

「! イリヤ!」

 

声に対して振り返ると、祐一のすぐ近くにイリヤがいた。

気配を感じさせないのはいつものことだが、今も目の前の光景に呆気に取られ、まったくその存在に気付かなかった。

 

「よーく見てなさい。わたしのバーサーカーが、鬼斬りのユウの最強伝説を終わらせるところをね」

「イリヤ! この戦いを止めろっ! どっちに転んだって、いい結果になんかなりやしない!」

「無理よ」

「何?」

「わかるでしょ。前にユウイチ達と戦わせた時は、バーサーカーの力を極端に抑えていた。でも今は、全開。だからもう無理」

 

イリヤの言うとおり、今のバーサーカーの力は遺跡の時とは比べ物にならない。

あの時でさえ、その凄まじい力に圧倒されたが、あれが児戯にも等しかったと思い知らされるほど、目の前の光景は全てを超越していた。

 

「解放されたバーサーカーは、もうわたしにも、誰にも止められない」

 

唯一の希望も簡単に断たれた。

何人たりとも、介入することなどできはしない。

もはやこの戦いは、どちらかが倒れるまでは決して終わることはない。

 

 

ガッ!!!

 

 

均衡が破れた。

バーサーカーの放った一撃を受けて、幽の体が大きくあとずさる。

それを機に、バーサーカーの猛攻が始まった。

 

「ヴォオオオオオオオオ!!!!!」

 

雄叫びを上げて、斧剣を振り回すバーサーカー。

その一撃一撃が振るわれる度に、何もかもが薙ぎ払われていく。

嵐のような攻撃を、幽は紙一重でかわし続けていた。

しかしバーサーカーの放つ斬撃は、その余波だけでもダメージを受けるほど強烈である。

直撃は避けながらも、幽の体は確実に傷を負っていき、どんどん追い込まれていく。

 

ズドンッ!!!

 

特大の一撃が振り下ろされ、地面が砕く。

そこに、幽の姿はなかった。

 

「遅ェよ」

 

背後に回った幽の斬撃が、バーサーカーの背中を斬る。

鋼鉄のような筋肉の鎧に、赤い線が走った。

だがバーサーカーは、僅かによろけただけで、即座に振り返る。

そして振り返り様に薙ぎ払った一撃が、幽の第二撃と打ち合わされる。

 

ガギィィィッ!!!

 

両者の激突によって、周囲に突風が巻き起こる。

まるで隕石が落ちたような衝撃に、薙ぎ倒された木々の残骸が吹き飛ぶ。

 

「ぬぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!」

「ヴォオオオオ!!!!!」

 

体格的に見れば、どう考えてもバーサーカーのパワーの方が遥かに上であると思えた。

それでいながら幽が放つ斬撃の威力は、バーサーカーのそれにまったく劣らない。

 

ギィンッ!!!

 

結局この激突も互角のまま弾き合う。

そして再び、竜巻と竜巻がぶつかり合っているような激しい斬撃の打ち合いが始まった。

 

 

 

「さすがユウ、バーサーカー相手によくがんばってるわね」

 

見ているだけで圧倒される光景を、イリヤは余裕の表情で眺めていた。

それは、自分の従者が決して負けないと信じている者の目だった。

確かに、祐一の目から見ても今は互角だが、徐々に押し始めているのはバーサーカーだった。

既に何度か幽の斬撃をまともに受けていながら、さらにはあれだけ動き続けていながら、まったく疲弊している様子がない。

対する幽も一見するとまだまだ衰えていないようだが、確実にその身にダメージと疲労は蓄積していっていた。

パワーは互角、スピードは幽が上、しかしバーサーカーは体力と、そのタフさで幽を圧倒していた。

このまま戦いが続けば、いずれは・・・。

 

「鬼斬りの幽が、負ける・・・」

「そう。わたしのバーサーカーが倒すの、あの最強の鬼を」

 

鬼斬りの幽が負ける。

その言葉を、しかし祐一はすんなり受け入れることができなかった。

本当にそんなことがありえるのかと、疑問が浮かび上がってくる。

はじめてあの男に会った時の感覚が蘇る。

遺跡で覇王と戦っていた時の光景が思い浮かぶ。

自ら最強と名乗るその強さは、決してハッタリではない。

どれほど敵が強大であろうと決して倒れぬ闘志は不屈であった。

鬼斬りの幽が倒されることなど、有り得ない。

そう思わせるほどの何かを、あの男は持っていた。

 

 

 

またも均衡が崩れる。

次第にその間隔が短くなっていく。

バーサーカーの猛攻を、幽が捌き切れなくなってきているのだ。

 

「ぐっ・・・!!」

 

迫り来るバーサーカーの圧力に押されて後退する幽。

それを追ってさらなる攻撃を繰り出すバーサーカー。

形勢が一気に傾きかけたかと思った瞬間、幽の闘気と殺気が数倍に膨れ上がった。

 

「でかぶつが調子に乗ってんじゃねェよ」

 

高まる幽の気に合わせて、長剣が紅く発光する。

 

「無限斬魔剣、紅蓮!」

 

ザシュッッッ!!!

 

紅い閃光が走り、バーサーカーを貫く。

振るわれた斬撃が、巨体の首を吹き飛ばしていた。

 

 

 

「幽の勝ち・・・か」

「さぁ、どうかしら?」

 

だが、イリヤの余裕は少しも崩れていない。

怪訝に思う祐一の眼前で、信じられないことが起こった。

吹き飛ばされたはずのバーサーカーの頭が、再生していた。

 

「ヴォオオオオオオオオ!!!!!」

 

蘇ったバーサーカーの一撃が、幽の体を吹き飛ばす。

 

「がはっ!」

 

辛うじてガードした幽だったが、受け身を取る間もなく大木の幹に背中から叩きつけられる。

 

「そんな・・・馬鹿な・・・?」

 

祐一は唖然とする。

首を飛ばされて生きている生物など、いるはずがない。

にもかかわらず、バーサーカーは健在だった。

 

「バーサーカーはあの程度じゃ死なないわ。アインツベルンの呪法をかけられたバーサーカーの肉体は、12の命を持っている。だから、1回殺されたくらいじゃ死なないのよ」

「そんなことが・・・」

「でも褒めてあげるわ、ユウ。1回でもバーサーカーを殺せたんだから」

 

逆転を狙った幽の必殺剣も、バーサーカーが持つ12の命の内1つを奪っただけだった。

もはや、満身創痍の幽に勝機はない。

イリヤはもちろん、祐一もここに至ってはそう思わざるを得なかった。

だが、頭ではそう思いつつも、まだあの男が、これで終わるとはどうしても納得できずにいた。

そんな得体の知れない感覚を抱く祐一が見ている前で、幽は立ち上がろうとしている。

 

ぞくっ

 

その姿を見て、祐一は戦慄した。

幽は、笑っていた。

 

「くくくっ・・・はぁーはっはっはっはっはっはっは!!!!」

 

高らかに笑い声を上げる幽の姿に、さしものイリヤも呆気に取られている。

彼女も感じ取っているのだ。

今の幽から発せられる、果てしなく邪悪な気に。

まさに、鬼気迫ると言うべきか。

 

「いい感じだ。ようやく勘が戻ってきやがったぜ」

 

幽の発する威圧感に、バーサーカーまでもが気圧されていた。

 

「おもしれェ。要はあと11回殺しゃいいってことだろうが。見せてやるぜ、鬼斬りの剣を・・・無限斬魔剣の真髄ってやつをな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

to be continued


あとがき

 Chapter1でランサー、Chapter2で小次郎、そして今回はバーサーカー。Fateから参戦の敵役と次々と戦っていく幽。戦闘シーンに関してはここまでは明らかに幽の方が祐一より力入ってるなぁ。次回、ついにこの戦いにも決着が!