カノン・ファンタジア

 

 

 

 

Chapter 3−B

 

   −3−

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何とも言えない雰囲気の昼食であった。

幽は他の全ての事象を無視してもくもくと酒を飲みつつ食事を摂っていた。

祐一はそんな幽を常に意識していたため、食べたものの味はほとんど認識していなかった。

美凪と風子はすぐに打ち解けて、風子が延々と語る、祐一ならばこんらんのステータスに陥らせられそうなヒトデワールドの話を、美凪は優しい表情を浮かべながら聞いていた。

 

「(子供の扱いの上手い奴)」

 

もしかすると彼女にかかっては祐一すら子供扱いなのかもしれないと感じて思わず言い出しかけた。

だが、それではまるで自分で自分が子供っぽいと言っているようなもので、幽の前でそんな姿を晒すのは絶対に嫌だった。

そんなこんなで、祐一一人が妙な緊張感を抱いていた昼食は終わった。

四人分の勘定は全て美凪が持った。

 

「(一文無しってのは辛いな・・・)」

 

旅の路銀は、以前からこつこつと貯めていたものを使っていた。

佐祐理が全て出すと言ったのだが、それはきっぱりと断った。

全て自力でやりたい、という思いからだったのだが、今こうして美凪の世話になっているようでは本末転倒である。

遺跡でのごたごたでお金の入った荷物を失くしたのが痛い。

 

「(美凪の話じゃ遺跡は莢迦が吹っ飛ばしたって言うし・・・はぁ、俺の十年近い血と汗の結晶が・・・)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――その頃のカノン。

 

「ほうほう、苦労しながら結構貯めてたんだね〜、彼」

 

祐一が遺跡で失くしたと思った荷物は、ちゃっかり莢迦が回収していたりした。

それに入っていた財布の中身を確認しながら、莢迦はニヤリと微笑む。

 

「ま、修行の授業料ということで」

 

そのままそれを懐に収める。

 

「さーってと、フローラに何かいいもの買ってってあげよーっと。何がいいかな? お姫様だから高価なものは普通に手に入るだろうし、やっぱり珍しいものとか庶民的なものかな? でもこの辺にありそうなものはレイリスが持ってったりしてる可能性があるし・・・各国の名物は親善の贈物とかでもらってるかもしれないし・・・う〜ん」

 

考えながら莢迦は、しばし周辺各国を巡ってみることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これからどうするべきか。

そんなことを祐一が考えようとした時だった。

突如として鳴り響く警報の音。

最初は火事かと思ったが、その気配はない。

代わりに、町の入り口の方が騒がしくなっていた。

 

「なんだ?」

 

喧嘩、にしては様子がおかしかった。

悲鳴や爆発音も聞こえ、火の手が上がったのか煙まで見える。

尋常ならざる事態と見て、祐一は走り出した。

現場に近付くと、祐一とは逆に逃げていく人々と大勢すれ違った。

もう間違いない。

これは、何者かが町を襲撃しているのだ。

 

「まさか、覇王軍か!?」

 

子供の頃に、聞いたことがあった。

先の大戦中、覇王軍は突如として各国に宣戦布告し、各地の町を襲い、破壊して行ったと。

今また、蘇った覇王が同じことを始めようとしているのだとしたら・・・。

 

「そんなこと、させるかよ!」

 

火事による熱が肌で感じられる距離まで来ると、襲撃者の姿も見え始めてきた。

人間の兵士らしき者もいるが、襲撃者の主戦力となっているのはモンスターだった。

これもやはり覇王軍の特徴で、多くのモンスターを従えている。

モンスターを主力とした軍団、それこそが覇王軍が先の大戦において最も異様で、最も恐れられた理由であった。

戦える者は既に迎撃に当たっているが、如何せん数が違う。

そして突然の襲撃に浮き足立っているため、次々にモンスター達に蹂躙されていた。

祐一は背負った剣を抜いて一番近くにいたモンスター数体をまとめて斬り払った。

 

ズバッ!

 

最初に見て思った通り、美凪の目利きによる剣の切れ味は申し分ない。

以前使っていたものより若干軽いが、それが逆に扱いやすさを増していた。

手近な敵を片付けた祐一は、苦戦している他の者達のところへと駆け寄る。

 

「あんた達、大丈夫か!?」

「あ、ああ・・・だが、いきなりこんな・・・」

「数が多すぎて、どうにも・・・」

 

いずれも傭兵や冒険者の類のようだが、圧倒的戦力差に早くも腰が引けている。

そんな彼らを祐一は叱責する。

 

「落ち着け! 数は多くても一匹一匹は大して強くない。俺が突っ込んで掻き乱すから、やり逃した奴を頼む」

「けど、あんた一人で」

「任せたぞ!」

 

返事を待たずに祐一は敵の大群へ向かって走る。

先頭を切って向かってきたモンスターに対し、大剣を腰の高さで水平に構えて突撃する。

 

ドォッ!

 

祐一の突撃を受けて吹き飛んだモンスターによって、群れの中央にいた敵がまとめて倒される。

そうして出来た隙間に飛び込んだ祐一は、前後左右全方位に向かって我武者羅に剣を振るう。

端から見るとただ無茶苦茶に剣を振り回しているだけに見えるが、その一撃一撃は全て的確に敵の身を捉えていた。

十数体のモンスターがまとめて斬り伏せられる光景を、後方に下がっていた傭兵や冒険者達、その他町の警備の者達が唖然として見ている。

さらに戦い続ける祐一の姿を見て、誰かが言った。

 

「な、何やってる! あの青年の後に続け!」

「お、おう!!」

 

士気を取り戻した彼らが戦闘に復帰すると、戦闘はほぼ互角の展開となった。

敵の先頭集団を彼らに任せた祐一は、さらに敵の中心へ向かって突撃していく。

 

スバッ ドカッ ザシュッ!

 

モンスター達を斬り伏せていく祐一の前に、人間の兵士達が立ちはだかる。

 

「これ以上はやらせんぞぉ!」

「くっ・・・!」

 

相手が人間ということで、祐一は一瞬躊躇する。

だが、ここで自分が倒れれば、町がどんなことになるかわからない。

覇王に従う兵士である以上、彼らは倒さなければならないのだ。

これはもう、先の大戦と同じ、戦争なのだ。

 

「ちっ!」

 

決意と共に、祐一は剣を振り下ろした。

 

ザシュッ!

 

殺意をもって人を斬ったのは、これがはじめてだった。

手にした剣が、グッと重くなる感覚がした。

人の命の重みが、祐一の心に圧し掛かる。

それでも、覇王軍の所業を許すわけにはいかない。

だから祐一は、その重みを受け止めて、眼前の敵を倒す決意を固めた。

 

「うぉおおおおおお!!!」

 

人もモンスターも、悪意を持って町に攻め入ろうとする者は全て斬った。

たった一人で、百近い敵を倒す活躍を見せる祐一だったが、敵は尚も多勢である。

さすがの祐一も、次第に数に押され始めた。

 

「くそ・・・っ!」

 

苦戦する祐一。

そこへ・・・。

 

ドシュッ!!!

 

紅い閃光が走った。

一匹の鬼が、長剣を手に疾駆する様が見えた。

祐一以上の体捌きの速さ、祐一以上の斬撃の速さ、威力、祐一以上の、圧倒的な殺意。

それらをもって、その男、鬼斬りの幽は次々と敵を斬り捨てていく。

思わず祐一は、その強さに見惚れる。

だがすぐに我に返り、まだ残っている敵に向かって行った。

 

 

 

 

さらに十数分の戦いの後、祐一と幽の活躍により、敵の数は半数以下に減っていた。

 

「これなら、なんとかなるか・・・」

 

疲労感を覚えながら、祐一はそう思って安堵しかけた。

その時、祐一の耳に飛び込んできたものがあった。

子供の、泣き声である。

逃げ遅れた人がいたのかと視線を巡らせると、その姿を見つけた。

祐一よりは、幽の方が子供の位置に近いが、気付いていないのか、気付いていて無視しているのか、まったく気にかける様子がない。

その幽に対し、背後から襲い掛かるモンスターがいた。

 

ドバッ!

 

振り向きもせずに薙ぎ払われた幽の剣によって、モンスターは斬り伏せられる。

弾き飛ばされたモンスターの死骸が、子供が蹲っているすぐ横にある崩れかけた建物に激突した。

完全に崩れ落ちた建物の瓦礫が、子供の上に降り注ぐ。

 

「この・・・っ!!」

 

祐一は持てる力を全て振り絞って子供の下へ走った。

途中で重くて邪魔な剣を捨て、瓦礫に押しつぶされる寸前の子供に向かって滑り込む。

間一髪、その身を抱きかかえて落ちてくる瓦礫の下から逃れる。

瓦礫の一部が頭に当たって、軽く目眩を起こした祐一だったが、胸元から聞こえてくる泣き声で子供が無事であることを知り安堵する。

 

「ふぅ・・・大丈夫か?」

「えぐっ、ふぐっ・・・ぅん!」

「そうか、良かった」

 

助けた子供を連れて一旦下がった祐一は、後から来た町の人間にその子を預け、再び前線に戻る。

落ちていた自分の剣を拾うと、祐一は敵以上に、それと戦う幽の背中に向けて険しい視線を向けた。

その隣に並ぶように敵陣に斬り込み、横に立つ幽を睨みつける。

 

「おい!」

「ぁん?」

「何でさっき、あんな真似をした? おまえなら、子供に気付かなかったはずないし、そっちに危険が及ばないように斬ることもできははずだ」

「知らねェな。俺様が戦ってる脇で誰がどうなろうと知ったことか」

「おまえ・・・!」

「何だ、俺の邪魔をしようってんなら、てめェから相手してやってもいいぜ、小僧」

「・・・それは・・・後回しだ!」

 

今この場で戦うべき相手、倒すべき敵は、鬼斬りの幽ではない。

心中に抱える怒りを眼前に敵に向けて、祐一は剣を振りかざした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小一時間の戦闘の後、覇王軍は壊滅し、残った敵も散り散りになって逃走していった。

獅子奮迅の戦いをした祐一と幽は町の英雄として称えられ、盛大なもてなしを受けた。

人から褒められるということに慣れていない祐一は戸惑いながら、感謝されること、そして彼らの笑顔を守れたのだということを嬉しく思った。

対照的に幽の方は、黙々と振舞われた酒を飲んでいる。

この戦いを通して、祐一の心に一つしこりを残したのは、逃げ遅れた子供を無視した幽の戦い方だった。

町を守ることを第一に考えて戦った祐一にとって、ただ敵と戦うためだけに戦い、そのために平気で子供を見捨てられる幽の戦い方は許し難いものがあった。

そのことを幽に問い詰めたかったのだが、その日は振舞われた酒を飲まされている内に眠ってしまった。

 

 

 

 

翌日。

朝起きると、幽は既に発った後であった。

 

「何で引き止めておかなかったっ、もしくは起こさなかった!?」

 

目覚めた祐一はそれを聞くなりまず美凪に問いただした。

 

「・・・落ち着いてください」

 

対する美凪は冷静そのものだった。

そしてその隣では、何故か幽の連れであるはずの風子が「うるさい人です」などと言いながら朝食を摂っていた。

 

「何でおまえがいる?」

「幽さんに置いていかれました。よくあることですが、まったく最悪です」

 

そんなにしょっちゅう捨てられたように置いていかれながら何故ついて行っているのかも問いただしたいところだったが、今はそれより幽の行き先が気になった。

 

「ちゃんと追いかけられるんだろうな?」

「・・・それはばっちり」

「なら・・・いいか」

「・・・今すぐ出れば」

「つまり、俺は朝飯抜きかよ?」

「寝坊する相沢さんが悪いです」

「おまえこそ寝坊して幽に置いてかれたんじゃないのか?」

 

朝食の進み具合から見て、風子が起きた時間が祐一と比べてそれほど違うように見えなかった。

妙に落ち着いている美凪と風子を急かして、祐一は幽の後を追った。

ちなみに宿代の方は、町の人達のささやかな礼としてタダにしてもらった。

もっと礼がしたいと引き止められもしたのだが、丁重に断って祐一達は町を出発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さらに3日経った。

祐一達はあっさり幽に追いつき、その後は奇妙な空気をまとわせながら四人で町から町へ渡り歩くこととなっていた。

海辺の町での一件を問い詰めたい気持ちはあったのだが、きっかけがつかめずに、また何を言うべきかもわからずに結局3日も経ってしまっている。

そして新たに訪れた町でも、幽は宿で一人酒を飲み、風子はその横でヒトデを彫っていた。

美凪は結局陸に戻ってから一度も課題を出さず、町につくと決まってどこかへ姿を消すため、祐一は日々一人で鍛錬をしている。

 

「・・・ふぅ」

 

今日も町につくと、祐一は町外れで剣を振って汗を流していた。

だが、以前のように我武者羅に体を痛めつけるのではなく、勘が鈍らない程度に軽く体を動かすに留めている。

日々の鍛錬は重要だが、ただ体を酷使すれば強くなれるというものではない。

焦る理由も、今はなかった。

まだまだ上はあるが、先の戦いで祐一は、自分が間違いなく以前より強くなっていることを感じた。

 

「確実に、腕は上がってる」

 

それがわかるから、焦りはない。

 

「しかし・・・地理に疎いってのは困りものだな。ここは一体どこら辺なんだ?」

 

陸に戻ってからもう4日になるが、祐一はまだここが大陸のどこら辺なのか知らなかった。

とりあえずカノンに戻りたいと思うのだが、そこまでどれくらいの行程があるのかもわからない。

美凪に聞いても、何故かはぐらかされて聞き出すことができない。

風子はきっぱり「知りません」と言い、幽とは話す気にならない。

だが、そろそろ本当にはっきりさせた方がいいかもしれない、などと考えながら歩いていると・・・。

 

ぼふっ

 

突然背後から腰の辺りに抱きついてくる衝撃を感じた。

 

「なっ・・・?」

 

考え事をしていたとはいえ、これほど接近されるまで気付かないとは迂闊だった。

一体誰がと思って背中越しに振り返ると・・・。

 

「あはっ、お兄ちゃん、つーかまえた!」

「い、イリヤ!?」

 

腰のところに抱きついている少女は、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンと名乗ったあの少女に違いなかった。

一瞬、遺跡でバーサーカーと戦った時のことが思い出される。

しかし今のイリヤから発せられる雰囲気は、あの時とはまるで違っていた。

今ははじめて会った時と同じ、普通の少女にしか見えなかった。

それでも遺跡でのことがあるため、祐一はイリヤを振りほどいて周囲を警戒した。

 

「わっとと・・・。もう! 何するの・・・って、何してるの? ユウイチ」

「だって、おまえがいるってことは・・・」

 

彼女が従者と呼んだあの怪物、バーサーカーもいるはずだった。

 

「バーサーカーなら今はいないよ」

 

だが、その考えはイリヤ自身によってあっさり否定される。

 

「そう・・・なのか?」

「うん。だってわたし、別にユウイチを殺しに来たわけじゃないもの」

「・・・・・・」

 

本当に事も無げに“殺す”などと言う。

そんな少女に少し怖さを覚えながら、祐一は一先ずイリヤを信じて警戒を解く。

彼女は確かにとんでもない存在だが、少なくとも嘘はつかないと祐一は思った。

 

「じゃあ、何しに来たんだ?」

「んー、ユウイチの事を見かけたから追いかけて来ただけよ。いけなかった?」

「いや、いけないことはないが・・・」

「そう、よかった」

 

イリヤは無邪気な笑顔を浮かべる。

祐一に受け入れられることが本当に嬉しいらしい。

そう思われることは素直に嬉しいが、やはり彼女が覇王の一味であるという事実は頭から離れない。

 

「けど俺を見かけたってことは、そもそもここへは何しに来たんだ?」

「お仕事だよ」

「仕事?」

「うん。わたしはね、鬼斬りのユウを、殺しに来たの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

to be continued


あとがき

 成長した祐一の初戦闘、まぁ相手は雑魚ばかりであったが。そして改めて浮き彫りになる、祐一と幽の違い。これは今後も重要な要素となるであろう。さらにはイリヤ再登場で、次回はついにビッグバトルが起こる・・・かも!