カノン・ファンタジア

 

 

 

 

Chapter 3−B

 

   −2−

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その背中を見詰めながら、美凪はしばし追憶する。

 

 

 

 

思えば不思議な縁だった。

それは突然の出逢いと、突然の再会。

孤児であった美凪は、行き倒れる寸前で、当時既にカタリナと共に魔導の第一人者として名を馳せていた莢迦に拾われた。

二人と共に世界を巡り、多くを学び、彼女らに劣らぬほどの魔導を極めた。

やがてふらりと現れて莢迦に戦いを挑み敗れた夏海が加わり、彼女達はいつしか四大魔女と呼ばれるようになっていた。

四人での旅、知識の探求は、とても楽しく、美凪にとって幸福な日々が続いていた。

しかし、カタリナが自身の母親が創設した魔法学院の長を継ぐことにして去り、莢迦も夏海もどこかへ姿を消した。

楽しかった日々が終わりを告げると、美凪はまた一人になった。

それから数年間、美凪は一人で世界を彷徨った。

空虚な生き方をしていた美凪はある時、ちょっとした油断から命の危険に晒された。

生きていてもどうせすることもないと思っていた美凪は、そこで死んでもいいと、一度は思った。

そこへ現れたのが、その男だった。

 

「四大魔女とやらの一人だっつーから楽しみにしてたってのに、こんな雑魚どもに何梃子摺ってやがる」

 

出逢い頭の第一声はそれだった。

魔力を持たない、しかし代わりに特殊な力をその身に宿した男。

いや、最初にその姿を見た時に思い描いたのは、鬼だった。

彼女の憧れの人と同じ、力強い輝きを放つ金色の眼を見た時から、或いは美凪はその鬼の虜になっていたのかもしれない。

そしてその直後に・・・。

 

「お、美凪みーっけ。やっほー」

 

ずっと会いたかった、憧れの人と再会することとなった。

けれどその嬉しさが霞むほどに、幽との出逢いは美凪にとって衝撃的だった。

 

 

転生の法を行った莢迦は、しばしの眠りから目覚めた後、一人で各地をうろつき、そして幽と出会ったのだと言った。

今まで見たことのない特殊な力の持ち主、そして何よりもその強さに、莢迦が惚れ込んでいるのはすぐに美凪にはわかった。

 

「おもしろい男だよ。興味が尽きない」

 

その時の莢迦は、幽に夢中であった。

莢迦の好奇心、探究心、闘争心、ありとあらゆる心を捉える幽という男に、美凪も惹かれた。

惹かれながらも、美凪は二人と共に行くことに躊躇した。

幽と莢迦は、どちらも力の求道者だった。

そんな二人の共感に、邪魔をしたくないという思いから、美凪は割ってはいることはできなかった。

何より、同じ金色の眼を持ち、根底の部分でどこか似通っている二人は、並んでいてとても様になっていた。

二人と共にいたいという想いと、二人の邪魔になりたくないという思いがせめぎあいながら、美凪は二人と共にいることに息苦しさを感じていた。

そして、ある事件をきっかけに、美凪は二人の下を離れた。

 

 

それからまたしばらく一人で旅を続ける内に、美凪は自分と似たような境遇にいた少女、みちるを拾い育てた。

最初はおそらく、自分の寂しさを紛らわせるために。

けれどいつしか、みちるは美凪にとって掛け替えのない家族となった。

みちると二人、静かに暮らしていたところへふらりと現れたのが、国崎往人だった。

三人でしばしの時を過ごした後、往人に誘われて美凪とみちるは彼と共に旅に出た。

そして美凪は、再びあの二人と再会することとなった。

 

 

幽と往人は、ほんの僅か語り合っただけで意気投合した。

そこへ智代ともう一人が加わり、莢迦も含めた四人は幽の脇を固める四死聖となった。

彼らと共にいると、かつて四大魔女と呼ばれた四人でいた日々が思い出されて、楽しかった。

けれどやはり、彼らにとって自分は邪魔な存在になる。

そう思った美凪は、またみちると二人、彼らの下を離れた。

 

その後覇王を倒して、幽と四死聖は散り散りになった。

偶然往人と再会した美凪とみちるは、また三人で旅をするようになり、今に至っている。

 

 

 

 

「おい」

「!」

 

呼ばれて我に返ると、幽はもう目の前にいなかった。

声は、美凪の背後から聞こえてくる。

振り向くと、幽が町の方へ向かう途中で振り返っていた。

 

「何ぼーっとしてやがる?」

「・・・あ・・・いえ・・・・・・」

「久々に会ったんだ。酒の一杯くらい奢れ」

「・・・はい」

 

町へ向かう幽の背中を追って、美凪も歩き出す。

前を見ながら、はじめて会った時からその背中は変わらないと、美凪は思った。

見ていると、とても安心する。

 

「・・・・・・・・・」

 

未練がましいことだと思った。

自分がこの男に心惹かれているとわかっていながら、ずっと逃げ続けておいて、それでも会いたいと思い、会えることを嬉しく感じる。

祐一に対しては偉そうに修行の監督役をしておきながら、美凪は自分などそんな資格はない、莢迦に拾われた頃から何一つ変わらない小娘に過ぎないと思っていた。

カタリナのように悟ることもできない、夏海のように割り切ることもできない。

莢迦のように、何もかも超えることはできない。

四大魔女などと、あの三人と並び称されることなどおこがましいことだと、美凪は強く感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

星型の木片を頭に乗せてしゃがみ込んでいる少女。

それを前にして祐一はじーっと考える。

もしかすると、彼女はこれで隠れているつもりなのかもしれない。

だが、これでは丸見え、というよりそれ以前にそもそも隠れてすらいない。

 

「一応聞いておくが、それは隠れてるつもりなのか?」

「・・・・・・・・・」

 

少女は祐一に声に対し、顔を上げて左右を見回す。

 

「風子ですか?」

 

周りに誰もいないとわかると、自分のことを指差して問い返してくる。

 

「風子ってのがおまえのことならそうだ」

「困りました。知らない人に声をかけられてしまいました。風子はこのまま誘拐され、どこか遠くの国へ売り飛ばされてしまうかもしれません」

「誰がするか、んなこと」

「しないんですか?」

「ああ。これでも悪人ではないつもりだ」

「悪人はみんなそう言います」

「まぁ、否定はしない」

「でも、あなたはそれなりに悪い人ではないような気がします。人生経験豊富な風子の勘です」

「どう見てもおまえが俺より人生経験豊富には見えんが・・・」

 

とりあえず悪人と思われることは回避できたようだ。

まだまだ警戒はしているようだが、それは知らない相手にいきなり声をかけられたら当然の反応だろう。

 

「それで、何の用ですか?」

「いや・・・特に用があったわけじゃないんだが、暇だったもんでな。変な奴がいたから気になったんだ」

「変な奴ですか。風子は誰も見ませんでしたが」

「おまえだ、おまえ」

「風子ですか?」

「そうだ」

「風子、変な奴じゃないです」

「そうか? こんなところで一人で何か彫ってるし。何だそりゃ?」

「これですか?」

 

手にした木片を掲げながら聞いてくるのに対して、祐一は頷いてみせる。

 

「これはですね、大好きな・・・・・・」

 

言いかけたところで、風子という少女は木片を抱えたままぽわ〜んとした表情を浮かべて黙りこくってしまった。

試しに顔の前で手を振ってみたが、反応がない。

どうやら、どこか遠い世界へ精神が旅立ってしまったらしい。

祐一の中でこの少女は、完全に変な奴として登録された。

 

「・・・・・・・・・というわけです、わかりましたか?」

「わかるかっ!」

 

会話の流れがめちゃくちゃである。

莢迦や美凪とは違う意味でつかみ所のない相手であった。

 

「何でそんなもの彫ってるんだ?」

「趣味です。いけませんか?」

「別にいけなくはない。星が好きなのか?」

「星じゃありません。ヒトデです」

「は?」

 

祐一は風子の持っている木片をまじまじと眺める。

確かに、星もヒトデも形としては同じものと言えないこともない。

そもそもヒトデは別名スターフィッシュ、星の魚とも呼ばれる生き物である。

要するにヒトデだろうが星だろうが形としては同じものなのだから、木片の形状を現すためにどちらの言葉を用いようが関係ないはずだった。

 

「星・・・ってことにしておいた方がいいんじゃないのか?」

「だめです。ヒトデです」

 

しかし、どうやら相当こだわりがあるらしい。

 

「ちなみにこれはレプリカです。オリジナルはこれです」

 

そう言って風子が取り出したのはヒトデ・・・ではなく、星型、いや風子に言わせればおそらくヒトデ型をした水晶のような宝石であった。

大きさは風子がレプリカと呼んだ木片と同じくらいで、海のような青い輝きを放っている。

 

「これは、何だ?」

「知りません」

「は?」

「ですが、この光沢、この洗練された形状。きっとヒトデ族の至宝に違いありません」

「ヒトデ族・・・」

 

どんな種族だろうかと想像して目眩がする。

できることなら、一生そんな種族とはお目にかかりたくない。

 

「しかしな、これをパッと見て最初に思いつくのはやっぱり星じゃないか?」

 

なるほど海を連想させる色をしてはいるが、実際に生きているヒトデは赤っぽい色をしているものだと祐一は思った。

となるとこの青い水晶を言い表すのに適切な表現は、やはり星型だと思われる。

 

「いいえ、風子の眼力は確かです。あなたみたいな子供っぽい人にはわからないでしょうが」

「さすがに自分よりガキっぽい奴にガキ呼ばわりされるのは腹が立つぞ」

「風子、ガキっぽいですか?」

「ああ」

「それは嘘です。風子ほど大人の気品漂うレディは他にいないはずです」

「大人の気品だぁ?」

 

およそこの少女からは最も遠い形容と思われた。

 

「むぅ、名も名乗らずに風子を子供呼ばわりするなんて、まったくこの世で2番目くらいに失礼な人です」

「俺は相沢祐一。これでとりあえず名乗りはしたぞ」

「これはご丁寧に。伊吹風子です。あなたは子供っぽいですけど、なんとなく風子より年上っぽいので、特別に呼び捨てで風子と呼ぶことを許可してあげます。どうしてもと言うのであれば、かなり嫌ですけどかわいらしくふぅちゃんと呼んでくれても構いません」

「じゃ、普通に風子って呼ばせてもらうよ。それはそうと最初の質問に戻るが、こんなところで一人で何やってるんだ? それを彫ってたのはわかるが、親とか連れとかいないのか?」

「親はいません。風子は気がついたら一人でしたから」

「・・・・・・悪い」

「いえ、気にしないでください。憶えていないので悲しくもありませんから」

 

重い境遇を、風子は淡々とした口調で話す。

憶えていないというのは本当だろうが、悲しくないというのは嘘だと祐一は思った。

祐一が風子に声をかけた理由、それは一人でいる風子の姿が、どこか寂しげに見えたからだったかもしれないから。

 

「ですが、連れはいます」

「そうか、ならよかった」

「はい。この世で一番失礼な人ですけど」

「そう・・・なのか」

「風子の扱いがいつも乱暴ですし、一度だってまともに名前も呼んでくれませんし、もう最悪な人です。けど、ちょっとだけかっこいいかもしれなくて、そこはかとなく優しいところもあるような気がしないでもない人です」

 

一部褒めているように見えなくもないが、大半の言葉ではけなしている。

だが、その相手のことを嫌ってはいないのだろう。

人の気持ちなど今までほとんどわかったことのない祐一でもわかるほど、その相手のことを語る風子の表情には活力があった。

 

「ですが、また風子を置いてどこかへ一人で行ってしまったので、やっぱり最悪です」

「それは確かにな・・・。良かったら、一緒に探してやろうか?」

「いいんですか?」

「ああ、暇だしな」

「相沢さんが少し良い人に見えたような気がします。さっき、2番目くらいに失礼な人と言った事は取り消します」

「そりゃどうも」

「5、6番目くらいにしておいてあげます。風子の寛大さに感謝してください」

「・・・・・・へいへい」

 

この少女に反論などしても無駄であろう。

へそを曲げられると扱いに苦労しそうなので、ここは言いたいように言わせておくことにする。

かなり変な奴ではあるが、悪い子ではない、それだけは確かだった。

 

「じゃ、行くか、風子」

「仕方ありません。行ってあげます」

「おまえのためだろうが」

「そうでした」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風子と連れ立って歩き出してしばらくしてから、祐一ははたと気がついた。

 

「そういえば、おまえの連れとやらの特徴を聞いてなかったな」

「言いました」

「いや、おまえのその相手に対する印象じゃなくて。もっともパッと見て分かる身体的特徴のことだ」

「それならそうと最初から言ってください」

 

殴ってやろうかと一瞬思った。

とはいえ、相手は女の子で、しかもまだ子供である。

ここで殴るのは大人気ないことをこの上ない。

 

「で、どんな奴なんだ?」

「男の人です」

「それから?」

「ほんのちょっとだけかっこいいと言えないこともないかもしれません」

「それで?」

「長い剣を持ってます。それでいつも風子を荷物みたいに運ぶんです。まったく最悪です」

「長い剣・・・?」

 

何か引っかかるものを感じた。

そんな祐一の心境など知らず、風子はその相手の特徴を並べ続ける。

 

「とにかく偉そうです。まったく何様のつもりなのか知れません」

「・・・あとは?」

「風子のことをチンクシャとか呼ぶんです。失礼です、風子、チンクシャじゃありません。そもそも、チンクシャって何ですか?」

「・・・・・・・・・」

 

祐一は足を止める。

風子はそれに構わず、さらにその男の特徴を並び立てる。

今、祐一が前方に見ている男の特徴を・・・。

 

「あとは黒い着物を着ていて、黒い髪で、眼は金色です。いつも目つきが悪いですけど、あの色はなんとなく綺麗かもしれないです」

 

間違いない。

風子が告げた男の特徴と、祐一の記憶にある男の特徴、そして今彼らの目の前を歩いてくる男の特徴は、全てぴったり符合した。

 

「あ、いました」

「こんなところで何してやがる、チンクシャ」

「チンクシャって言わないでください。それにそもそも、勝手に風子をほっぽってどこかへ行ったのはそっちの方です。もう最悪です」

「知らねェな。てめェが勝手にはぐれたんだろ」

 

男は風子の横を素通りし、祐一のことも眼中にないかのように通り過ぎようとする。

 

「鬼斬りの・・・幽!」

 

それを、祐一はキッと睨みつけて足を止めさせる。

 

「あぁん、誰だてめェは?」

「おまえにとっちゃ憶えておく価値もなかったんだろうがな、俺は一日も忘れたことはないぜ、おまえのことは!」

 

自分のことを憶えてすらいない。

今も、少しも気に留めず素通りしようとした。

まったく自分など眼中にないという態度が、祐一はひどく気に入らなかった。

ありったけの殺気と怒気を込めて、祐一の視線が幽を射抜く。

それを正面から受けながら、幽は平然としていた。

そして、ニッと口元を歪めてみせる。

 

「ふんっ、冗談の通じねェ小僧だな」

「なん・・・だと?」

「前に会った時よりちっとはマシな面になったかと思ったが、この程度の冗談が見抜けねェようじゃまだまだだな」

 

笑いながら幽は、唖然とする祐一の横を通り過ぎる。

その後を、風子がちょこちょことついていき、さらにその後から美凪がやってきた。

 

「・・・相沢さん」

「美凪・・・? なんでおまえが・・・?」

「・・・立ち話もなんですし、一緒にお昼にでもしましょう」

 

そう言って美凪は幽と風子の後についていく。

釈然としないものを感じながら、仕方なく祐一もそれに続いた。

先を行く美凪に並びかけ、どういうことなのか問いただす。

それに対する美凪の答えは・・・。

 

「・・・幽さんがお酒を奢れと言いましたので、せっかくだから相沢さんと、幽さんのお連れの方とみんなでお昼を頂こうかと思いまして」

 

筋は通っている、ような気がした。

美凪と幽が知り合いらしいというのはこれまでの言動から薄々感じていたことであるし、旧知の相手と偶然出会ったらそういう展開にもなりうるであろう。

目の敵にしていると言ってもいい幽を食事を共にするのはあまり愉快なことではなかったが、昼時で小腹が空いているのも確かだった。

そして何より、祐一は今一文無しであり、美凪に頼らなければ食事にはありつけない状態であった。

 

「はぁ・・・俺って尚も情けねぇ・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

to be continued


あとがき

 旧版でははっきりとは語られなかった幽と美凪の関係。旧版ではみさきや神奈も絡んで複雑な人間模様が構築されていたけれど、新版ではそこら辺シンプルに。さらに詳しくはいずれまた語られるであろうが、要は幽・莢迦・美凪・往人の四人によるダブルトライアングル、といった感じの人間関係である。幽を中心とした人間、いや女関係において、旧版の美凪は一歩引いた位置にいたけれど、新版ではど真ん中にいるというわけだ。

 Chapter2ではちょこちょこと登場しただけの風子、今回で本格登場となったわけだが・・・人気投票で1票も入ってないのだよね〜・・・良い子なのに。ちなみに作者的CLANNADヒロインsの優先順位 は、風子をトップに、次いで藤林姉妹がいて、智代とことみがいて、その他がいる感じ。風子トップは不動として、最初はことみや智代が気に入っていたものの、噛めば噛むほど味が出てくるのはむしろ藤林姉妹っぽい。ちなみにシナリオに関しては風子とことみのものがダントツで、次いで勝平(こっちの方が椋はいい味だしおるの〜)、そしてアフターストーリーの汐編と、古河夫妻編、それから杏、その他と続く。