カノン・ファンタジア

 

 

 

 

Chapter 3−B

 

   −1−

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見渡す限りの、青。

青い空の下、青い海に囲まれた中、僅かな砂浜の白と、森の緑が目に入る、そんな場所。

絶海の孤島の砂浜に、祐一はいた。

 

「・・・・・・・・・」

 

日差しが照りつける砂浜の上に立って、祐一は目を閉じている。

木陰で日差しを避けるようにしながら、美凪は手に魔法具を持ちながらじっとその様子を見ていた。

 

ざざーん

 

辺りには、波の音だけが響いている。

そこに、僅かだが風の音が生まれる。

祐一の体を中心として、風が巻き起こり始めているのだ。

 

「!!」

 

カッと祐一は目を開く。

その瞬間、全身から魔力が溢れ出てくる。

美凪が魔法具、魔力測定器に目を落とすと、直前まで0だった数値がどんどん上昇していく。

やがて祐一が力を出し切ると、測定器の数値も止まった。

 

「・・・魔力値5500・・・新記録ですね」

「ふぅ・・・やっとそこまでか」

 

この島で修行を開始して、一ヶ月近くが経とうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・驚くべき成長速度だと思います」

「けど、はじめてこの力を発動させた時にさえ、まだ及んでないんだよな・・・」

 

美凪はそもそも、剣に関しては詳しくない。

それに、祐一の剣の腕は普通に考えればもう達人レベルに近い。

剣の腕をさらに磨く形では、今の祐一の修行は成り立たないのだ。

ならばと目をつけたのが、遺跡での戦いで祐一が垣間見せた不可思議な力の謎を解明し、それを使いこなすことだった。

魔力に関する知識ならば、美凪は世界最高の一人なのだから。

 

「・・・あなたの魔力の源は、あなた自身の体ではなく、この大地そのものです」

「ああ、それは聞いた」

 

人や動物に魔力があるように、彼らが生きているこの大地そのものにも魔力は存在する。

そして祐一の能力とは、その大地に張り巡らされた魔力の流れ、地脈から魔力を吸い上げて使用することができるという、前代未聞にしてとんでもない代物であった。

広大な世界を支える大地に流れる地脈が内包する魔力は、生き物1体が持つそれの比ではない。

 

「・・・理論上では、それこそあなたは限りなく無限に近い魔力を得ることができます」

 

大地が持つ魔力の量など、数値化することは不可能だった。

人のレベルで戦う上においてなら、その魔力は無尽蔵と言っても差し支えない。

しかしだからと言って無敵かというとそれは否である。

それを扱うのが、あくまで人間だという事実を忘れてはならない。

 

「・・・あなたは、いわば、蛇口です」

「蛇口って・・・」

 

言い得て妙と言えばその通りだった。

祐一は、大地という巨大なタンクから魔力を引き出す蛇口である。

今の祐一は、地脈から魔力を吸い上げる術、蛇口を捻る術を身につけた状態にあった。

けれど、蛇口から一度に出せる水の量が決まっているように、祐一が一度に使える魔力の量にも限界があった。

それは祐一という魔力の器と言い換えても良い。

器の容量を超える魔力を扱えば、壊れるのは明白だった。

遺跡では暴走状態にあったため、いきなり限界以上の魔力が一気に噴出したが、意図的にそれだけの量を出すことはまだ無理のようだ。

しかし、僅か一ヶ月足らずでその術を身につけた上、並のレベルで考えれば充分に強力な5500もの魔力を引き出したことは賞賛に値する。

 

「・・・もうコントロールはほぼ完璧ですから、これからは蛇口の大きさを広げる努力をするべきですね」

「だな。で、次はどんな修行をするつもりだよ?」

 

この一ヶ月間は、まさに地獄のような日々であった。

サバイバル生活をしなければならない事実など些細なことと言わんばかりの美凪が与える試練は、言葉にするのも恐ろしいほどだった。

そんな状態で限界を超えても尚しごかれ、何度も死を想い描き、本当の本当に死ぬ寸前になった時だけ助けてもらえた。

思い出しただけでも吐きそうになる。

だがその結果、祐一は少しばかり以前とは変われたような気がした。

まだ探しているものの答えは出ないが、強くなっているという実感だけは、確かにあった。

 

「・・・ここでの修行は、これまでにしましょう」

「お?」

「・・・そろそろ本土の様子も気になりますし、一度戻ろうと思います」

「そうか。あ、けど戻るってどうするんだ? おまえも転移使えるのか?」

「・・・使えますが・・・使いません」

「は?」

 

ぱちん、と美凪が指を鳴らし、海の方を指差す。

その指し示された方へ顔を向けて、祐一は驚く。

かなり遠く、水平線ぎりぎりの距離にだが、うっすらと陸が見えた。

決して近いとは言えないが、今まではまったくそんなものがあるとは気付かなかった。

絶句する祐一に、美凪が少しばかり得意げに種明かしをする。

 

「・・・あまり陸から離れても大変ですし、ですが逃げられるのも困ると莢迦さんが仰いましたので、幻影術を施しておきました」

「・・・・・・もう、あえて何も言わねぇよ・・・」

「・・・では、行きましょう」

「行くって?」

 

問い返す祐一に美凪は、言葉では行動で答える。

小屋から荷物を引き払うと、海へ向かって歩き出したのだ。

 

「おいおい、まさか泳いで行こうって言うんじゃ・・・?」

「・・・いいえ」

 

波打ち際に達する。

そこから美凪は、さらに足を踏み出して、海の上に、乗った。

 

「・・・・・・・・・は?」

 

てくてくと歩く美凪。

どう見ても、彼女は水の上を歩いていた。

 

「まさか・・・この海も幻影とか言うんじゃ・・・?」

 

試しに一歩踏み出してみる祐一だったが、その足はしっかり海の中に沈みこんだ。

 

「ど、どうやってるんだ・・・おまえ?」

「・・・足の裏に魔力を込めて、水の流れの上に乗るんです。コツを覚えれば、簡単ですから」

「できるかっ、そんなこと!」

「・・・では、これを次の課題にするということで」

「おい、人の話聞け」

「・・・そうそう、この海には鮫もいるので、泳ぐのはとても危険です」

「だから・・・」

「・・・それでは、お先に行っています」

「待たんかーっ!!」

 

祐一の絶叫が虚しく響く中、美凪は海の上を歩いて陸の方へと向かっていった。

しばし、祐一は海を見ながら腕を組んで考え込む。

理論上は、目の前で実践もされたことであるし、できるのだろう。

だが祐一は魔力を扱えるようにこそなったものの、魔法に関する知識はまったくない。

いきなり世界最高の魔女と同じことをやれと言われてできるものでもなかった。

けれど思い返せば、この一ヶ月似たようなことばかりがあった。

美凪はとても面倒見が良かったが、泣き言は一切聞き入れず、課題を出したきりあとはただ見ているだけだった。

これも彼女の出す試練だと言うのならば・・・。

 

「えぇいっ! やってやろうじゃねぇか!!」

 

魔力をまとって、祐一は海へと踏み出し・・・。

 

どぼーんっ!

 

見事に沈んだ。

 

「せ、せめてそのコツとやらを教えて行けーっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日も暮れた頃。

陸の海岸沿いに座って本を読んでいた美凪は、海から上がってくる気配を感じて本を閉じ、顔を上げる。

 

「・・・ご〜る」

 

ぱちぱちぱち

 

平坦な声で労いの言葉らしきものをかける美凪を、浜で息をつきながら祐一が睨みつける。

 

「美凪・・・てめぇ・・・・・・」

「・・・思ったよりも早かったです」

「言いたい事は山ほどあるが・・・とりあえずだな・・・」

「・・・はい」

 

大きく息を吐いて呼吸を整えた祐一は、今度は逆に大きく息を吸い込む。

祐一が息を止めたところで、美凪は両耳に手を添えた。

 

「海を泳ごうが歩こうが鮫が怖ぇことには変わりがないだろーがっ!!」

 

海の上を歩く。

それはそれで大変な課題だったが、それも修行の一環と言われれば一応納得はしよう。

だが、鮫がいるから泳ぐのが危険という理屈は成り立たなかった。

海の上を歩いていても、鮫は襲ってきたのだから。

 

「こっちは魔力コントロールするだけで必死だってのに、死ぬかと思ったぞ」

「・・・でも、泳いでいるよりは、対処しやすかったと思います」

「それは・・・まぁ、そうとも言うが・・・」

 

まだ釈然としないものはあったが、今さらだった。

海に出る前にも思ったことだが、この一ヶ月間はこんな理不尽ばかりを押し付けられてきたのだ。

むしろ、海を歩いて渡る程度など序の口である。

 

「・・・相沢さん、これを」

「ん?」

 

美凪が差し出したのは、前に祐一が使っていたものと同じくらいの大きさの剣だった。

 

「・・・近くの町で、買い求めておきました」

「ほぉ」

 

鞘から抜いて、その刀身を見る。

片刃の直刀で、そこらの武具店で求めたのだとしたら、かなり良い物の部類に入るだろう。

前の剣は遺跡での戦いで損じてしまったので、祐一としては助かるところだった。

 

「・・・私は、剣を教えることはできませんが、これからの修行ではそれを使ってください。あなたには、剣が似合うと思いますから」

「サンキュ。使わせてもらうよ」

「・・・それにしばらくは、戦うことになった際に武器がないのも困るでしょうし」

「ん? しばらくは?」

「・・・いえ、気にしないでください」

「そうか。で、次はどんな修行をするんだ?」

 

剣を鞘に納めて背負いながら祐一は美凪に今後の方針を尋ねる。

 

「・・・とりあえず、町に行きましょう」

 

 

 

 

 

 

 

その日は普通に宿を取った。

祐一にしてみれば、一ヶ月振りのまともな生活だったと言えた。

朝は少し早めに起きて、とりあえず新しい剣に慣れるために軽く素振りをした。

少し遅れて美凪が起きてくると、普通に朝食を摂った。

そして朝食を終えた美凪が告げた一言は・・・。

 

「・・・今日は、お休みです」

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

祐一はぼーっと町を歩いていた。

この一ヶ月は、特訓をしているかサバイバルをしているか寝ているかの三つだけだったため、暇というものがまったくなかった。

それが突然暇になってしまったため、どうしたものかと思い悩む。

はっきり言って、時間を持て余していた。

 

「どうしろってんだよ・・・?」

 

問いただそうにも、休みだと告げてから美凪はすぐにどこかへ出かけてしまっていない。

だから祐一は一人で時間を潰すしかないわけだが・・・。

 

「ああ、もう!」

 

よく考えてみると、祐一はこうした時間をほとんど過ごしたことがなかった。

子供の頃から気がつけば喧嘩か修行の日々だったため、何もすることがない、何も起こらない、という状況がまるでなかったのだ。

 

「そういえば・・・」

 

ふと立ち止まって町並みを眺める。

ここがどの辺りなのかわからないが、少なくともカノンからは結構離れているようだった。

つまりここには、祐一を知る人間はまったくいない。

誰も、祐一を魔力0と呼んで蔑むことのない場所なのだ。

そして今の祐一なら、もう魔力0と呼ばれることはない。

改めてそう考えて眺めると、人が、町が、世界が、まったく違って見えてくるものだった。

 

「カノンを出てからしばらく旅をしたけど、こんな風に知らない町を見て回る余裕なんてなかったよな」

 

知らない地を見て回る。

そんな旅の醍醐味を楽しむ余地もないほど、少し前までの祐一には余裕がなかった。

たった一つ、心の有り様が変わるだけで、こんなに世界は変わるものなのかと祐一は思った。

まるで、心に羽が生えたように軽い。

 

「俺は今まで、何を見てきたんだろうな・・・?」

 

世界が自分を蔑んでいる。

そう思って心を閉ざし、世界を見なかったのは、自分自身の方だったのかもしれない。

確かに、祐一を魔力0と呼び、蔑む人間は多くいた。

けれど、そんなものとは関係なく、彼を見てくれていた人達はいたはずではないか。

真っ先に思い浮かぶのは、こんな自分を育ててくれた人、秋子だった。

それから彼女の娘、名雪。

水瀬家を飛び出してからは、舞や佐祐理。

決して多くはないが、確かに祐一を気遣ってくれた人達はいたのだ。

今になって、それを撥ねつけて来た己の過去を恥じる。

 

「カノンに帰ったら、みんなに謝らないとな」

 

それにもう一人・・・。

 

「レイリス・・・」

 

いつだったか、喧嘩の最中に出会って、それから何度も何度も祐一のもとを訪れた紅い瞳の少女。

どこか不思議な雰囲気の漂うあの少女は、ずっと、本当にずっと、祐一のことを見ていた。

喧嘩の後に、突っぱねる祐一の押さえつけて強引に手当てしてきたこともあった。

おそらく一度も、礼らしきものを言っていないはずだった。

 

「あいつにも謝って、ちゃんと礼を言わないとな」

 

ついでに思い起こすと、旅に出るということをほとんど毎日のように会いに来ていた彼女に一言も伝えていなかったような気がする。

はじめて会った時からずっと、彼女には心配をかけっぱなしだった。

 

「ったく・・・俺って情けねぇ・・・」

 

考えれば考えるほど過去の自分は愚かに思えてきて、心に生えた羽がしぼんでいく。

それでも、どんなに沈んでも、もうかつてのような心の暗がりへと入っていくことがない。

本当に、祐一はこの一ヶ月で自分の中の何かが確実に変わったことを知った。

 

「・・・もしかして美凪の奴、それを俺に気付かせるために・・・?」

 

考えすぎかもしれないが、四大魔女というものは計り知れない存在だった。

目と目が合うと、心の奥の奥まで覗き込まれそうな、そんな気になる。

美凪ならば、今の祐一の心がどう動くかくらい、わかりそうにも思えた。

 

「四大魔女、か・・・」

 

今度は別の思考が頭の中を占める。

四大魔女の内もっとも有名な一人、サーガイアの大賢者カタリナ・スウォンジーの噂は以前から聞いていた。

最近になって行方の知れなかった残りの内の二人、莢迦と美凪を知ることとなり、そして最後の一人が・・・相沢夏海。

もういい加減否定するのも愚かしい。

十中八九、彼女は祐一の血縁、おそらくは母親に違いなかった。

相沢という姓、秋子そっくりの姿、そして祐一に対する態度。

彼女に対して思う事は、多々あった。

けれど祐一はまだ、彼女のことをほとんど何も知らない。

 

「そのことも、カノンに帰ったら秋子さんに聞いてみないとな」

 

秋子は、物心つく前の祐一を引き取って育てた。

自分が母親だと言い、自分の本当の子供として育ててもよかったはずだ。

それをしなかったのは、秋子なりに姉である夏海に対して何ら思うところがあったからであろう。

母親がわかったのなら、父親のことも気になるものであるし、秋子に話を聞く必要は絶対にあった。

それから、また別の思考へと移ろうとしたところで・・・。

 

「ん?」

 

祐一は奇妙なものを見つけた。

海に面した堤防の上に、小さな少女がいた。

 

「(・・・小さいっても、あのみちるって奴よりは大きいか)」

 

座り込んで、手元で何かを一生懸命彫っている。

持っているのは木片のようで、形は・・・星型、であろうか。

特に気になるほどのものでもなかったが、暇なので祐一はその様子を見に行ってみることにした。

 

「おい、おまえ」

 

ただ見ているのも失礼かと思い、一応声をかけてみる。

しかし集中しているのか、聞こえていなかったようだ。

 

「おーい、聞こえてるか?」

「・・・・・・・・・はい?」

 

やっと顔を上げる。

だがまだ自分が呼ばれているという認識がないのか、きょとんとした顔をしている。

 

「わ!」

 

祐一のことに気がつくと、少女は驚いた顔であたふたしだす。

そして堤防の端まで走っていって、手にした木片を頭に乗せてしゃがみ込んだ。

 

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

 

そのまま動かなくなった。

 

「・・・・・・なんなんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

町外れにある岬の突端。

美凪がそこへやってくると、既に先客がいた。

正確には、美凪はその相手の存在を感じ取って、ここへやってきたのだった。

 

「美凪か」

「・・・・・・・・・はい」

 

美凪が見詰めるその先にいるのは、鬼斬りの幽であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

to be continued


あとがき

 さぁ、いよいよChapter3のメインたるBパートの始まりである。祐一の修行がどんなものだったかは・・・・・・・・・それはもう普通に書くのも、いや想像するのも憚られるような・・・・・・・・・まぁそれはいいとして。人の強さというものは心技体の三つが揃って成り立つものである。元々剣の腕が立つ祐一には技は備わっていた。島での修行で魔力を操る術を身につけることで体が備わり、そして今回心、気の持ちようを変えることによって、彼は一皮も二皮も剥けることとなった。このChapterのクライマックスではその集大成として、成長した彼はある相手と戦うこととなる。さーて、それは誰でしょうね〜? そんな疑問を投げかけつつ、次回へつづく。