カノン・ファンタジア
Chapter 2
-9-
見知らぬ部屋で、祐一は目を覚ました。
覚醒しきらない頭で、ぼーっと天井を眺める。
自分はここで何をしているのか、何故こんな場所にいるのか。
考えている内に、徐々に記憶が戻ってきてハッとなる。
ガバッ!
「ぐ・・・っ!」
飛び起きた祐一は、鋭い痛みを覚えて右肩を押さえる。
傷はほぼ塞がっているようだが、まだ少し痛みが残っていた。
その痛みで、完全に目が覚め、意識を失う直前までの記憶も鮮明に戻ってきた。
アザトゥース遺跡での戦い、そして幽とゼファーの戦いに割って入った莢迦が刀を納めた瞬間、眩い光に包まれて意識を失ったこと。
「ここは・・・どこ、だ・・・?」
視線をめぐらせたところで、ベッドのすぐ傍らに座っている相手と目が合った。
遺跡で祐一の治療をした女、遠野美凪がじっと祐一のことを眺めている。
しばらく思考が停止していた祐一は、その存在に驚いて跳ね上がる。
「って! おまえいつからいた!?」
「?」
「いや、?、じゃなくて!」
「??」
「??、でもなくて・・・」
「・・・最初から?」
「いた・・・のか?」
こくん、と美凪は頷く。
つまり、祐一が起きた時、というより寝ている時からずっと彼女はそこにいたらしい。
目が合うまで気付かなかったことを不覚に思うと同時に、まったく気配を感じさせなかったこの女の正体がますます気にかかった。
祐一の肩の傷を容易く治癒するほどの魔法の使い手。
かつて四死聖だった国崎往人という男と行動を共にし、鬼斬りの幽とも因縁があるらしい女。
そして、あの莢迦とも知り合いであるらしかった。
「あんた・・・一体何者だ?」
「・・・聞きたいのは、私のこと? それより、もっと聞きたいことがあるのではないですか?」
「もっと・・・聞きたいこと・・・・・・」
聞きたい事は山ほどあった。
だが今、一番大きな疑問として祐一の心にあるものは・・・。
「なら・・・あいつ、莢迦って何者だ?」
はじめて会った時の印象は、変な女。
それが大武会で戦って、とんでもなく強くて変な女に変わった。
そしてアザトゥース遺跡の戦いを通じて、それは完全に得体の知れないものになっていた。
致命傷を負いながら当然のように生きていて、誰も介入できなかったあの幽とゼファーの戦いにあっさり割って入った。
一体、あの莢迦という女は何者なのか。
今、祐一が最も気にかかっているのは、それであった。
「・・・呼び名は、色々あります」
「色々?」
「はい。伝説の死神、四死聖の舞姫・・・または、世界最高の魔導師、四大魔女の筆頭、漆黒の陰陽師」
「四死聖で・・・四大魔女・・・!?」
「・・・ちなみにさっきの質問。私の正体。私は、四大魔女の一人、紺碧の占星術師、遠野美凪」
「あんたも、四大魔女・・・?」
「せっかくだから、もう一つおもしろい名前を教えてあげようか?」
「!!」
声に振り返ると、部屋のドアに寄りかかるようにして莢迦が立っていた。
「君も何度か戦った、十二天宮のアリエス」
それもまた、祐一の心を大きく占める事柄の一つだった。
「あの女も私達と同じ、四大魔女の一人、群青の精霊術師。名は・・・・・・相沢夏海」
「・・・・・・・・・」
驚くことではなかった。
既に半ば以上、その正体には感付いていたのだから。
それでも、否定したい思いがあって、考えないようにしていた。
けれど、こうしてはっきり名前を告げられたら、否定する要素は今度こそ完全にない。
「ま、夏海とは20年以上振りだし、その間あいつが何をしていたかは知らないけどね~」
「20年って・・・・・・そうだよ! おまえらなんで・・・!?」
四大魔女の名が最初に歴史に刻まれたのは、もう50年以上も昔の話のはずだった。
だが莢迦や美凪はもちろん、夏海にしても、祐一と同じかせいぜい少し上くらいの歳にしか見えない。
「チッチッチ、私達は世界最高峰の魔女だよ。不老長寿の法くらいお茶の子さいさい、ってね」
「なんでもありかよ・・・」
「もっとも、私の場合は他の三人とは違うんだけどね」
「違う?」
「不老長寿の法は当然できるけど、私はそれは使わない。代わりに使ってるのが、転生の法」
「転生?」
「そう。魂はそのままに、肉体の構造そのものを変化させる。使った後はしばらく力が落ちちゃうんだけどね。遺跡の戦いの前と後で私の雰囲気がちょっと違って見えたら、それは本来の力が戻ったせいだよ」
「なんで、そんなことを・・・?」
「それは・・・・・・・・・ひ・み・つ♪」
何かを言いかけた莢迦は、人差し指を自分の口に当ててそう言った。
これ以上追求しても、この女は何も答えないであろう。
それ以前に、あまりに色々な情報が頭に入りすぎて整理できない状態だった。
「もうわけわからん・・・とりあえず、ここはどこだ?」
「どっか」
「どっかって・・・」
「気になるなら、外出てみたら?」
言われて外に出て、祐一は絶句した。
見渡す限り、一面の青、青、青。
白い足場を歩いていくと、気がついた時には元の場所に戻っていた。
その間見えたものは、遠い彼方まで続く青い平面、海だった。
彼らが今いるのは、陸から遥か遠く離れた孤島であった。
小さな島で、人など当然住んでおらず、人工物は今までいた小屋一つだけである。
「ああ、これは即席で作ったの」
即席で家まで作れる魔法とは恐れ入る。
そう思いながら祐一は改めて今の状況を頭の中でまとめようとする。
彼らは絶海の孤島にいる、以上。
「どういう状況だっ!!?」
たった一つのとんでもない事実に祐一が絶叫する。
「ここなら、誰にも邪魔されないでしょ」
「邪魔って・・・」
「おーい、ちるちるー!」
莢迦が海に向かって声をかける。
すると海面の一部が盛り上がって・・・。
ザバーンッ!!
水着姿の少女が飛び出してきた。
「じゃーん! みちる参上!!」
「じゃ、私とちるちるはもう行くから、後がんばってね~」
「待て待て待て!! 全然話が見えねーっ!!」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「・・・はい、まだ言ってません」
美凪に頷かれて、莢迦は失敗失敗と言いながら頭をこつんと叩く。
本人はお茶目のつもりなのだろうが、見ている祐一としてはおちょくられているようでひたすら腹が立つ。
「じゃ、教えてあげよう。君は今から・・・」
もったいぶった仕草で莢迦は高らかに宣言する。
「絶海の孤島超サバイバル修行コースに突入するのだー!!」
「のだー!!」
「・・・・・・・・・は?」
一緒にポーズを取っている莢迦とみちるの姿を見ながら、祐一は再び絶句する。
助けを求めるように美凪の方を見ると。
「・・・僭越ながら、私が監督役を務めさせていただきます」
と言って一礼していた。
「んに? ちょっと待って莢迦!」
頭を抱える祐一を余所に、みちるが重大な問題に気付いたと言わんばかりの声をあげる。
「どしたの? ちるちる」
「もしかしてこの島に美凪とこいつで二人きり!?」
「そだよ~」
「そんなぁー!! きけんすぎ! 男はみんなきちくだよ美凪!」
「大丈夫だって。あの小屋は一定以上の魔力がないと入れない仕組みになってるから、彼には入れないの」
「そうなんだ? じゃあ、安心だー」
「ちょっと待て。今さらっととんでもないこと言わなかったか?」
ひどい言われようをされている点も気になったが、それよりも莢迦の言葉の方が遥かに気にかかって問いかける。
それに対して莢迦は当然という表情で答えを返す。
「言った通りだよ。一度出てしまった以上、君は自力であの小屋には入れない。サバイバル、って言ったでしょ」
「だから何でいきなりそういうことになってんだよ!?」
「何でって、簡単じゃない。君が弱いから」
「なっ・・・!?」
少し前までのおどけた雰囲気は消え、莢迦は冷たい視線で祐一を見据える。
その視線に気圧されながらも、祐一は精一杯反発しようとする。
「そ、そりゃ! おまえらにはまだ及ばないかもしれないけど・・・!」
「わかってないなぁ。しょうがない、もう一度現実を見せてあげる」
「何?」
「ちるちる、彼と戦いなよ」
「んに、みちるが?」
「そ」
祐一とみちるが砂浜で向き合っている。
みちるは水着から普段着に着替えており、互いに素手である。
「木刀あるけど、使わない?」
「丸腰の、しかも子供相手に武器なんか使えるか」
「大丈夫?」
「格闘だってそれなりにやってる」
魔力を持たない祐一は、それを補うために様々な武術を身につけようとした。
その中で最もしっくりきたのが剣であったためそれを使っているが、格闘はもちろん武芸十八般一通りはこなせた。
「じゃ、適当にやっちゃって、ちるちる」
「いいの? 莢迦」
「いいのいいの」
「んに、わかった」
二人が構えを取ると、莢迦が海岸で拾ってきた貝殻を放り投げる。
それが砂の上に落ちた瞬間、みちるの姿が祐一の視界から消えた。
「なっ!?」
ガッ!
辛うじてその気配を捉えて、真横から即頭部を狙ってくる蹴りをガードすることができた。
見極められたのは攻撃の瞬間だけで、そこへ至るまでの動きはまったく捉えることができなかった。
蹴りをガードされて地面に降りたみちるは、砂煙を上げてまた姿を消す。
足場の悪さをまったく感じさせない動きで周囲を駆け回るみちるの気配を追いながら、祐一は相手が子供だという事実を頭から追い出した。
本気になって研ぎ澄まされた祐一の感覚が、みちるの速さを補足する。
「そこかっ!」
繰り出した祐一の掌底がみちるの体を捉えた、と思われた。
だがみちるは、突き出された祐一の腕に手をついて空中へと逃れる。
頭上からの踵落としを何とか凌いだ祐一だったが、がら空きになったボディに、着地したみちるの裏回し蹴りがもろに入った。
「がはっ!」
堪らずその場に膝をつく祐一。
軽量のみちるが全体重を乗せてもこれほどの衝撃は生み出せない。
回転で生じたエネルギーを込めることで、蹴りの威力を格段に上げたのだ。
痛みと驚きで蹲る祐一の下へ、莢迦が歩み寄る。
「ほんとに弱いね、君は」
「くっ!」
言われずとも、自分自身で噛み締めている事実を、しかし面と向かって言われると反発心が沸き起こり、祐一は顔を上げて莢迦を睨みつける。
莢迦は先ほどと同じ冷たい視線で、そんな祐一のことを見下ろしていた。
冷たい目はそのまま、口元だけを歪めて笑みを浮かべた莢迦が腰を曲げて祐一の顔を覗き込む。
「ちるちるはああ見えても十二天宮クラスの力があるんだよ。子供と思って甘く見るとそうなる」
「・・・・・・・・・」
「これでわかったでしょ。今の君は幽やゼファーは言うに及ばず、私達四死聖にも、十二天宮にさえ遠く及ばない。どうしてそんなに弱いのか、わかる?」
何度も、何度も弱いと言われて、それでも反論できない自分が悔しくて、祐一は歯を噛み締める。
「それはね、足りないからだよ。強さを求める意志が」
「足りない・・・だと? 俺は・・・!」
「魔力がないというハンデを背負い、そのことで蔑まれ、それを見返すために強さを磨いてきた?」
「ああ、そうだ」
それでも力及ばない世界があるというのは、仕方ない。
けれど、強さを求め続けた自分の意志が弱いとは、祐一は思っていなかった。
「それが、何?」
しかし莢迦は、そんな祐一の思いすら一蹴する。
「例えば、美凪」
「?」
「あの子は孤児でね。私が拾って育てたの。親もなく、寄る辺もなく、野垂れ死にそうになるのところを必死に生きようとしていた、そんなあの子をね。もっとも、私があの子に教えたのは魔法に関する知識だけで、それ以外は何も与えなかった。何度も何度も死にそうになりながら、一所懸命私についてこようとして、やがて私と肩を並べる立場にまでなった」
「・・・・・・」
「ちるちるも同じのような境遇だったのを美凪が拾ったの。美凪は優しいから、私ほどひどい育て方はしなかったみたいだけどね。わかった?」
「何が・・・だよ?」
「名雪ちゃんだっけ? あの子が大会の時君に言ってたよね、自分だけが不幸だと思うな、って。でも、あんな言葉じゃ生温い。君よりずっと不幸な境遇の人なんて、この世にいくらでもいる」
冷水を浴びせられたような衝撃を祐一は覚えた。
大会の時、名雪や莢迦に言われて気付きかけていたことではあったが、改めて言われると、心に突き刺さるものがあった。
「君はまず、自分がいかに恵まれた環境にいたかを知るべきだよ」
祐一には寄る辺があった。
そう思えば、たとえどれほど周りから蔑まれていようと、本当に不幸だったとは言えないかもしれない。
しかし祐一は、魔力のない自分は、誰よりも劣っている、誰よりも不幸だと、そう言ってただ荒れくれて、自分を庇護してくれていた人々にさえ辛く当たって。
強くなろうと、自分を認めさせようと思いながらその実、祐一はただ拗ねていただけではないのか。
そこに本当に、莢迦の言うような強さを求める意志があっただろうか。
「君が知らないだけで、この世にはいくらでも不幸があるんだよ。それこそ、地獄のようなものさえね」
呆然とする祐一に、莢迦はさらに現実を突きつける。
「それを知らないという事実に、君は甘えている。本当の地獄を知り、そこから這い上がり、遥か高みを目指す意志。それなくして、真の強さなんてものは有り得ない。だから、ここで地獄を見て、どん底まで落ちなよ。それで這い上がって来られたら、少しは強くなれるかもね」
祐一は、一人砂浜に佇んでいた。
小屋の方では、身支度を整えた莢迦とみちるを美凪が見送っている。
「じゃ、後よろしくね~、なぎー」
「・・・らじゃー」
敬礼らしきものをして莢迦の頼みに応える美凪。
その目の前でみちるがせわしなく動き回っている。
「んに~、やっぱり心配だよぉ。美凪はおっとりしてるから、あの男がきちくでおおかみになったら・・・」
「心配いらないって。それにほら、ちるちるだって、美凪におつかい頼まれたんでしょ」
「うん・・・」
「・・・みちる、国崎さんによろしくね。それと、あのことも、お願い」
「わかった! みちるに任せといてよ!」
どんと胸を叩くみちるを連れて、莢迦は転移魔法を発動させる。
「・・・莢迦さん」
「ん?」
「・・・彼は、強くなれるでしょうか?」
「さぁね~。素質はあるから、あとは彼次第。じゃあね」
「まったねー、美凪ー!」
「・・・はい、また。莢迦さん、みちる」
手を振る美凪の前で、二人が光に包まれて消える。
見送りを終えた美凪は、海を見ている祐一の傍らへと移動する。
「・・・・・・」
「・・・莢迦さんはああ言いましたが」
「?」
「・・・私やみちるは、マシな方だったと思います」
「マシ・・・?」
「・・・はい。莢迦さんや、幽さんは、それこそ本当に、寄る辺のないまま、独りで生きてきたんですから」
「独り、か・・・」
それは、どんな世界であろう。
本当に、誰も頼ることのできない独りという世界は。
祐一はただ、差し伸べられる手を突っぱねていただけで、秋子も、名雪も、舞も、佐祐理も、それにもう一人、拠り所になれたかもしれない人がいた。
一人でいるつもりになっていただけの祐一に、本当の独りがどういうものかなど想像もできない。
「けど、だからって・・・あんな他人を全部否定するような強さが正しいのかよ?」
「・・・それは・・・違います」
「違うって、莢迦も言ってたけど、何が違うんだよ?」
「・・・戦う理由、強くなる理由は、人それぞれです。でも、根底にある、強さを求める意志は、同じなんです。それは、自分の強さを信じる意志でもありますから」
それも、莢迦が言っていたことだった。
「・・・その意味を、今すぐに理解する必要はないと思います。ただ、強くなれるかどうかは、結局自分次第。私には、その手助けくらいならできます」
美凪が祐一のことを見据える。
静けさの中に、確かな強さを感じさせる視線を、祐一は受け止める。
「・・・どうしますか?」
問いかけに対する答えは、決まっていた。
強さを求める意志、その意味はまだよくはわからない。
戦う理由も、強くなる理由も見付からない。
それでも、ただ一つ今の祐一の中で確かな意志は・・・。
「俺は・・・強くなりたい!」
to be continued
あとがき
Chapter2,終了ー。
まぁ、なんというか、Chapter1が主人公達の顔見せとするなら、Chapter2は敵である覇王軍の顔見せ。主人公君はひたすら情けない姿を晒してきたものの、ここへきて真に強くなるための試練に直面することに。やっぱり強くなるにはまず修行でしょ。ここまでの流れは前にも言ったようにほぼ旧版の流れと同じ。旧版と同じ点、違う点。
例えば十二天宮。ライブラ、サジタリウス、スコーピオンなどが新たに登場したけれど、この辺りは旧版とほぼ変わらず。タウラスはバーサーカー、カプリコーンは佐々木小次郎と、それぞれFateからの参戦者に変更である。キャンサーとピスケスが早々とやられてるのも旧版から変わらず。どうして彼らは二年前生き延びたのだろうねぇ~? そして明かされたアリエスの正体、相沢夏海。まだはっきりと名言はしていないけれど、ここまでくればもう誰でも彼女の正体はおわかりであろう。
祐一覚醒シーンや、幽vsゼファーも展開はそのまま、中身はさらに充実した感じに。そして遺跡での戦いが終わった後は、祐一の修行タイム。しかしChapter2後半はスポット当たるキャラと当たらないキャラがはっきりしたなぁ・・・一部の面子はほとんど出番がない。今後の展望もほぼできたし、今後さらにメインと脇役の線引きはきっちりされるかも。
さて、最後は次のChapter3予告。Chapter3はなんと3パートに分かれることに。では、一つ一つ簡単に予告していこう。
Aパート「莢迦とカノンの姫」は莢迦がメインの短いお話で、舞台は再びカノン王国。当然、あのお姫様とか、そして旧版から新版に変わる際に一度は出番削除と思ったキャラが立場を変えて再登場。さて、誰かわかるかな~?
Bパート「祐一と幽・アインツベルンの野望」は祐一と幽によるChapter3のメインストーリー。修行を終えた祐一は幽と再会し、覇王の背後にいるアインツベルンの野望に迫る。
Cパート「聖都・往人と最後の四死聖」は往人がメインで、四人目の四死聖がついに姿を現す。では、待て次回!