カノン・ファンタジア

 

 

 

 

Chapter 2

 

   −8−

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

祭壇の間にいるほとんど全員が、幽とゼファーの戦いに見入っていた。

ある者はその次元の違いに圧倒され、ある者はその激しさに自らも興奮を覚えながら。

そんな中、冷静に状況を見詰めている数少ない一人、アリエスが視線を動かす。

 

「祐一・・・」

 

ゼファーの一撃で深手を負った祐一は、今は治療を受けているところだった。

処置が早かったため、大事には至らないであろう。

一先ず安心したアリエスは、さらに視線を動かして目を見開く。

もう一人、いるべき者の姿がなかった。

 

「あいつ・・・!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱりやるねぇ、鬼斬りの幽」

「ええ、ぞくぞくするわぁん。で・も、蘇ったゼファー様の敵じゃないわ。すぐにあの男が血まみれになるところが見れるのよぉん」

 

戦いの舞台へと注意を向けていたジェミニとピスケスは、背後から忍び寄る影に気付かなかった。

 

ドシュッ!

 

一瞬何が起こったのか、本人にも理解できなかった。

ただ違和感を覚えたピスケスが自らの体を見下ろすと、血に染まった何者かの手が、そこから生えていた。

 

「あ・・・ら・・・? 血? 私の・・・血?」

「え・・・?」

 

その声を聞いて、隣にいたジェミニもはじめて事態に気付く。

 

「ち・・・血ィ!! 血よォォォ!!」

「うるさいよ」

 

ピスケスの身を貫いた手が引き抜かれる。

その際に、内蔵の一部が持っていかれ、さらに血が吹き出す。

 

「貧血の頭に響くから大声出さないの。そう、血ぃ足らないから、ちょうだい」

 

再びピスケスの体内に相手の手が突き入れられ、心臓が掴み出される。

 

「ほ・・・ほほっ・・・血よぉ・・・・・・」

 

心臓を抉り出されたピスケスは絶命し、倒れ付した。

ピスケスの葬った相手は、掴み出した心臓を頭上で握りつぶし、そこから溢れ出た血を浴びながら口元を歪める。

その異様な姿と、相手の正体に、ジェミニが驚愕する。

 

「そ、そんなっ・・・なんでおまえが・・・!?」

 

声を荒げたジェミニを鬱陶しく感じた相手がじろりとそちらを睨み、その手を伸ばす。

捕まる寸前で、空間転移をしてジェミニは逃れた。

逃げた相手になど興味ないかのようにその者は、懐から鏡を取り出して血に染まった自分の体を眺める。

その様子が気に食わなかったのか、どこからともなくおもむろに着替えと化粧道具を取り出し、身嗜みを整え始めた。

そして、いつの間にかその場から姿を消したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

二人の戦いは、尚も続いていた。

だが、一度はその不屈の闘志でゼファーを圧倒した幽だったものの、覇王の強大な魔力の前では防戦に追い込まれている。

 

「あいつ・・・このままじゃ・・・!」

 

祐一にとっては、幽もゼファーもどちらも敵であった。

とはいえ、今の心境としては覇王に対する怒りが強いため、どちらかと言えば幽の側を支持する立場にある。

その観点から見て、状況は芳しくない。

幽の勢いはまだまだ衰えていないが、力の差は歴然としていた。

覇王ゼファーの魔力が、強すぎる。

 

「負けるな、このままいけば」

 

冷静で冷徹な判断を下すのは、往人であった。

この男のことを祐一はまだ知らなかったが、佐祐理が手短に説明をしたので簡単には把握できた。

 

「仲間がやられそうだってのに、随分余裕だな、あんた」

「焦ってどうなるものでもないだろう。幽が負けたら俺がやる、それだけのことだ」

「助けないのか?」

「助ける?」

 

何を言ってるんだこいつは、というような表情で往人が祐一を見下ろす。

その視線を受けただけで、祐一はこの男も同類だということがわかった。

圧倒的な強さを、自分一個のためだけに振るう、幽や莢迦と同じ存在だと。

 

「あれが助けを必要としてるような奴に見えるなら、おまえの目は節穴もいいところだな」

「・・・それで仲間を見捨てて満足かよ?」

「小僧、おまえがほしいのは同情か?」

「なんだと?」

「それとも、おまえ自身を証明し認めさせたいのか? だとしたら、それを証明するための、己の誇りを懸けた戦いで手助けされて満足か?」

「それ・・・は・・・・・・」

「あの野郎にとって戦いとは全てがそれだ。ましてやこれは奴が宿敵を認めたゼファーとの戦い。どんな形であれ、それに介入するような無粋な真似は俺はやらん」

 

同じ存在だと、一度は思った。

しかし祐一は、自分の勘違いに気付く。

この男は決して、幽を見捨てようとしているわけでも、心配していないわけでもない。

ただ、己とあの男を対等な存在として認め、その信念に共感しているのだ。

かつて共に戦った、戦友として。

 

「あんた・・・」

「いいからもう黙って見てろ。気が散る」

 

ぶっきらぼうに言い放って、往人は戦いを見るのに集中する。

その横顔を、美凪が微笑を浮かべて見ていた。

 

「・・・国崎さんは、誰よりもあの人をよく知っていて、あの人のことが好きですから」

「おまえも黙って小僧の治療してろ、遠野」

「・・・国崎さん、照れています」

「馬鹿言え。そもそも、それはおまえだろ」

「・・・・・・・・・」

 

複雑な空気が漂う。

幽と往人と美凪、この三人の間にどんな関係があるのか、祐一には想像がつかなかったが、一口では言い表せないような因縁があるように思えた。

そして同時に、この二人は祐一にとって遥か遠くの存在である鬼斬りの幽と同等の立場にいることを知り、悔しさが込み上げる。

自分が知らなかっただけで、上の世界にいる人間はこうもたくさんいたのだ。

祐一の葛藤を知ってか知らずか、往人と美凪はそれ以上祐一に対しては何も言わず、じっと幽の戦いを見ている。

 

「・・・幽さんは・・・負けません」

「当たり前だ。あの野郎は倒すのはこの俺だからな」

「あんた達は・・・」

「ていうかさ、誰も私の心配してくれないわけ?」

「殺しても死なん奴の心配なんかするか」

「・・・大丈夫と信じていますから」

「薄情だねぇ」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 

!!?

 

極自然に、当たり前のように会話に割って入り、往人も美凪も普通に反応していたため一瞬気付くのが遅れたが、突然会話に乱入してきた存在に驚いて真横を振り返った祐一は、そこにいる相手を見てさらに驚いた。

それは同じような反応をした舞と佐祐理も一緒だったようだ。

 

「なっ・・・なっ・・・なっ・・・・・・!?」

「菜?」

「何やってんだてめぇはぁっ!!?」

 

いつの間にか祐一の横にいたのは、祐一を庇ってライブラに刺されたはずの莢迦だった。

 

「何って・・・何?」

「だから、その、えーと・・・?」

「そういやおまえ、何で服変わってるんだ?」

 

莢迦の着ているものは、見た目は前の巫女服と変わらないが、上着の白衣は新品になっており、袴の色もも緋色から濃い紫のものに変わっている。

 

「ああ、それは着替えたから。女たる者、身嗜みには常に気を配らないとね〜」

「マメな奴だな」

「・・・って! つっこむべきところはそこじゃないだろっ! 何で無傷で無事なんだおまえ!?」

「あんまり騒ぐと傷口開くぞ、青少年」

 

その通り、祐一は激痛が走った右肩を押さえて蹲る。

すぐさま美凪が治癒魔法をかけ直し、痛みが和らいだところで再び祐一は物言いたげな顔を持ち上げる。

そうした一挙手一投足を見て、莢迦は完全に楽しんでいた。

 

「それに無傷じゃないって、ちゃんと傷はあるよ。胸元見たい? って君エッチだなぁ」

「あのな、だから何で・・・」

「胸に穴が空いたくらいじゃ人間死なないって」

「いや死ぬだろっ、そもそもあんなに血流して・・・」

「それにしても君さぁ、さっきのは何? 君の潜在能力の一部を見れたのはいいけど、あんな風にただ暴れまわってるだけじゃ全然ダメダメ。ほんとに君は情けないね〜。そこがかわいいっちゃかわ いいけど」

「それは、だから・・・」

「でも、私が傷付いたのを見て怒って取り乱したんだよねぇ。そんなに心配してくれたんだ。もしかして、私に惚れちゃった?」

「だぁーっ! もうおまえと話してても埒が明かねぇーっ!!」

「祐一、落ち着く」

「ゆ、祐一さん、また傷口が開きますから・・・」

 

舞と佐祐理に宥められて静まる祐一。

だが叫びつかれてぜぇぜぇと肩で息をしており、その様子を見て莢迦はからからと笑っている。

 

「さて、純な青少年をからかうのはこれくらいして、と」

 

また文句を言おうとしたところを佐祐理に宥められている祐一を無視して、莢迦は戦いの場へ向かって歩き出す。

 

「おいっ、莢迦!」

 

押さえつけてくる二人を振りほどいて、祐一は莢迦の背中に向かって怒鳴りつけるように声をかける。

 

「なに?」

 

その莢迦が振り返った瞬間、祐一は背筋に冷たいものを感じた。

以前一度だけ、大武会で試合をした直前にも感じた異様な雰囲気。

今はそれが、あの時の比ではない。

莢迦のまとっている雰囲気そのものが、祐一の知るそれとはまったく異なっている印象さえ受けた。

 

「(こいつは・・・誰だ?)」

 

思わずそう思わされた。

先ほどまでとは、確実に何かが違っている。

 

「おい、莢迦」

 

雰囲気の呑まれて言葉を失くした祐一に代わって、今度は往人が莢迦に声をかける。

祐一に対する追求はせず、莢迦は同じように反応して往人の方を振り返った。

 

「なに? ゆっきー」

「おまえ、二年前俺達といた頃には一度も見せなかった真の力を今ここで見せるのは何故だ? 二年前になくて、今あるものはなんだ?」

「さぁ〜? そのうちわかるんじゃない?」

「幽とゼファーの戦いを止めるつもりか?」

「決戦の舞台は、もっと盛り上げていきたいもの」

 

往人の問いかけに対して答えらしきものを返した莢迦は、改めて幽とゼファーの下へ向かった。

何人たりとも立ち入れぬ戦いを繰り広げている二人。

だがただ一人、それを止められる者がいるとしたら、それは莢迦である。

彼女のまとっている雰囲気が、それを確信として祐一に思わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゼファーは幽を追い詰めていた。

少なくとも、見た目上は追い詰めているように見えた。

だが、幾度と無くとどめを刺す機会があったにも関わらず、ゼファーは幽を殺すことができずにいた。

 

「(何故だ・・・? 余の剣は幾度も必殺のタイミングを捉えているものを!)」

 

今も、そうだった。

彼の放った黒い波動に包まれて倒れかける幽に向かって振り下ろした剣は、幽の剣によって防がれていた。

もう限界のはずの幽の体が、ゼファーの攻撃に反応し続けている。

尽くゼファーの剣を避け、受けとめ、弾き返して、幽はいまだに立っていた。

 

「幽ゥゥゥ・・・!」

「・・・どうしたゼファー? それで終いか?」

 

誰がどう見ても、幽の言葉は強がりにしか見えない。

力は明らかにゼファーが上。

与えたダメージも、もはや死んでいてもおかしくないほどであった。

なのに、幽は倒れない。

 

「なら、こっちから行くぜ!」

 

幽が剣を振りかぶる。

そこから繰り出される打ち込みは激烈。

とても半死人同然の男が放つような一撃ではない。

斬撃の速さは、辛うじて反応し受け止められるほどだった。

打ち合った剣に込められた力は、押し負けるほど強力であった。

 

ギィンッ!

 

受けた剣を弾きつつ、ゼファーは後退する。

正しくは、後退させられた、であった。

退かなければ、そのまま斬られていたかもしれない。

圧倒しているのは自分のはずだというのに、どうしても幽を倒せない。

その事実にゼファーは戸惑い、怒る。

 

「貴様っ! いい加減余の前に、平伏すが良い!!」

 

振り抜かれるゼファーの剣。

放たれる黒い波動を、幽の剣が斬り払う。

霧散した魔力の残滓が渦を巻く中、幽とゼファーは互いに剣を振りかぶって踏み込んだ。

 

「死ねぇぇぇい、幽ゥゥゥ!!!」

「てめェが死になッ、ゼファー!!」

 

二人の力が衝突するかと思われた瞬間、そこへ割ってはいる者がいた。

 

ガギィンッ!!

 

幽の剣は右手に持った刀で、ゼファーの剣は左手に逆手に持たれた鞘で、それぞれ受け止められていた。

それらを手にして二人の間に立っているのは、莢迦だった。

 

「貴様・・・生きていたか」

「邪魔だ、どけ莢迦」

 

両側から殺気のこもった鋭い視線を受けながら、莢迦は嘆息した。

 

「つまらないね、二人とも」

「何だと?」

「何?」

「退屈だよ。幽は二年前と比べててんで弱いし、それに梃子摺ってるゼファーもダメダメだね」

「てめェを楽しませるためにやってるわけじゃねェ。とっととどきやがれ」

「貴様ら四死聖は後でゆっくり始末してくれる。まずは鬼斬りからだ」

 

三人の金色の眼が互いをそれぞれ睨み合う。

そのまま三つ巴の戦いにでも発展すれば、この神殿そのものを破壊するのではないかと思われるほど強大な存在感が、そこにはあった。

だが実際にはそうはならず、莢迦は受け止めた二人の力を上空へと受け流した。

 

ドォンッ!!!

 

上へといなされた魔力と闘気は、崩れた天井をさらに破壊し、その上の屋根までも貫いて空へと昇って行った。

 

「あなた達の都合なんて知らないよ。私が、私の楽しめない戦いを続けられるのが嫌なだけ。だ・か・ら♪」

 

莢迦が刀を鞘に納める。

その際に鍔鳴りの音が響いた瞬間、広間全体が光に包まれる。

 

「仕切り直しといこうか」

「莢迦ッ、てめ・・・!!」

 

幽の叫び声が、その姿と共に掻き消える。

戸惑いの声が各所で上がる中、覇王と十二天宮以外の全員が光に飲み込まれ、その場から姿を消した。

 

「転移魔法? しかし、これほどの人数を一瞬で!?」

 

驚きの声を上げるライブラが、術の発動者たる莢迦の魔力を測り、さらに驚愕する。

 

「ば・・・ばか、な・・・・・・魔力値・・・60000だと・・・!?」

 

別次元の力を、今の莢迦は放っていた。

覇王ゼファーでさえ、現時点においてその魔力はおよそ25000ほどである。

それすらも遥かに凌駕する力。

二年前に戦った時ですら、これほどの力を彼女が見せたことはなかった。

 

「莢迦・・・完全に覚醒したみたいね」

 

十二天宮の誰もが驚き戸惑う中、唯一アリエスだけは静かにその姿を見つめていた。

ほんの一瞬、そちらを一瞥して薄笑いを浮かべた莢迦は、再びゼファーへと向き直る。

 

「じゃ、そーゆーことで」

「このまま逃がすと思っているのか?」

 

自身も転移しようとする莢迦に、ゼファーが剣を突きつける。

今し方のものは不意を突かれた上に広範囲だったために対処できなかったが、目の前での転移を封じるくらいの芸当は、覇王にとっては不可能ではなかった。

 

「・・・大人しくしてればいいのに。仕方ないなぁ」

 

莢迦は右手を顔の高さまで上げ、指を鳴らした。

すると今度は別の光が辺りを包み、神殿全体が震えだした。

 

「おいおい、今度は何だよ?」

「地震・・・ではないな」

 

彼らの疑問に答えるように、床全体に紋様が浮かび上がる。

それは、祭壇の間を、いや神殿全体を包み込むほど巨大な魔法陣であった。

 

「これは・・・太極陣! この遺跡ごと吹き飛ばすつもり!?」

「心配はしてないけど、ちゃんと生き残ってよ、覇王と十二天宮。お楽しみは、まだまだこれからなんだから」

 

遺跡の中心に描かれた魔法陣の力が、莢迦の合図で解き放たれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、アザトゥース遺跡は、地上から消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

to be continued


あとがき

 どかーん、と最後は全て吹き飛んでアザトゥース遺跡での戦いは終わり。Chapter2は次がラストである。