カノン・ファンタジア

 

 

 

 

Chapter 2

 

   −7−

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その場にいる誰もが、祐一の気に呑まれていた。

凄まじい勢いで吹き荒れる魔力。

圧倒的な殺気。

皆が皆、祐一の存在に気圧され、自身の戦いを忘れてその光景に見入っていた。

 

「ぐ・・・ぐぉぉぉぉぉ・・・!!」

 

祐一の気を真正面から受けているライブラが感じているプレッシャーはさらに大きい。

嵐のように吹き荒れる魔力と、繰り出される剣の圧力に押されて、ライブラはどんどん後退させられる。

 

「な・・・なめるなぁっ!!!」

 

体を回転させた動きでライブラは祐一の背後に回りこむ。

如何にパワーがすごかろうと、我武者羅な剣などに自らが屈するはずがない。

そう思ってライブラは祐一の隙をついて反撃を繰り出したのだが。

 

ギィンッ!

 

一度背後で回っての初撃は防がれ、それを囮にした第二撃。

先ほどは完全に祐一の裏をかいた連続技であったが、今度はあっさりと第二撃までも弾き返される。

パワーだけではない、今の祐一はスピードも並外れていた。

その上、元々剣に関しては高い技量を有していたため、それらが最大限に活かされている。

覇王十二天宮筆頭のライブラを、圧倒するほどに。

 

「こ、こんな・・・馬鹿な!」

 

だが、それでおめおめとやられるライブラではなかった。

儀式遂行のために抑えていた魔力を開放し、眼前の敵に対する。

 

「我が魔力12000! まだ貴様を遥かに上回っているのだっ・・・勝てると思うなよ、小僧ォォォッ!!!」

 

ライブラの剣が祐一の剣を押し返し、その身を切り刻む。

少なくとも二年前の時点では、十二天宮において一二を争う実力者であった男が、こんな名も知らぬ小僧に負けるわけには行かない。

ましてやこの男は、覇王復活という大命を背負っているのだ。

そのプライドと使命感をもって、ライブラは祐一を倒さんと剣を振るう。

 

「ぉ・・・ぉおおおおおおおお!!!!」

 

だがそれも、祐一の激しい怒りの前に、脆くも叩き潰された。

体を切り刻まれてもまるで動きの鈍らない祐一の剣が、またもライブラの剣を弾き返す。

バランスを崩したライブラの身が傾くのに対して、祐一は大剣を振りかぶる。

そこに、膨大な魔力を込めながら。

迫り来る敵の魔力を見て、ライブラがさらなる驚愕を覚える。

 

「1万・・・4000・・・・・・馬鹿な・・・この力は、一体何だ!?」

 

後から後から溢れ出てくる魔力。

こんな力は、彼らの宿敵たる鬼斬りの幽にさえ見られなかった。

元々魔力を持たない人間が、どうして急激にこれほどの魔力を得ているのか。

脳裏に疑問を浮かべ続けるライブラに向かって、祐一の剣が振り下ろされる。

 

ドォォォンッ!!!

 

斬撃の瞬間に蓄えられた魔力が爆発する。

その衝撃で剣は砕かれ、ライブラの体は祭壇の前に転がった。

 

「この私に・・・一度ならず二度までも地を這わせるとは・・・・・・貴様ぁぁぁ・・・!!!」

 

怒りの形相を露にするライブラ。

対する祐一も、底知れない怒りを全身から燃え上がらせていた。

ぶつかり合う怒りと魔力に祭壇の間が激震する。

 

「これほどの屈辱、断じて許さんわ!!」

「・・・黙れ」

「なに?」

「許さんと言ったのは、俺の方だ!!」

 

叫び声を上げる祐一から発せられる威圧感が、さらに高まった。

もはや留まるところを知らない祐一の魔力の高まりを、皆唖然と見ているしかない。

 

「い・・・18000・・・!! こ、こんな・・・」

 

既に自分すらも遥かに凌駕する魔力を全身から吹き出させている祐一を前に、ライブラは茫然自失とする。

立ちすくむライブラに向かって、祐一がとどめの斬撃を繰り出す。

目の前の光景が信じられぬライブラは、避けるということすら忘れた。

祐一の剣がライブラの身を両断しようかというその時・・・。

 

 

ドシュッ!!!

 

 

一筋の光が、大剣を砕き、祐一の肩を貫いた。

 

「がっ・・・!!」

 

全身を貫くほどの衝撃を受け、祐一の身が祭壇前から吹き飛ばされ、折れた柱の根元に背中を打ちつけた止まる。

剣は半ばから砕け折れ、貫かれた右肩からは大量に出血し、右腕の感覚が既にない。

痛みを堪え、必死の表情で立ち上がろうとする祐一だったが、その身に先ほどまでの魔力はもはやなかった。

 

「ぐ・・・っ、な、何が・・・?」

 

そこで祐一は感じた。

今し方まで自分が放っていた以上の威圧感を持つ存在のことを。

ゆっくりと、祭壇の上へと視線を向ける。

祭壇の上に安置されていた棺の蓋は開いており、おそらくは中に横たわっていたであろう人影が立っている。

広間にいる誰もが、その姿を注視していた。

 

「は、覇王様・・・」

 

誰もがその名を口にすることを憚る中、ライブラが掠れるような声を上げる。

王者の風格と言うに相応しい雰囲気をまとった白い髪の男。

全身を黒い魔力が包み込み、その瞳は金色に輝いている。

その男が、棺から出でて、静かに祭壇から下りてくる。

 

「ふっ、ライブラよ。おまえらしくもなく、随分と手痛くやられていたようだな」

「はっ! も、申し訳ございません。予想外の事態に戸惑い、取り乱しましてございます」

「良い。こうして無事、儀式は成り、余は復活したのだからな」

「恐悦にございまする」

 

すっくとライブラが立ち上がり、祭壇の下から広間全体へと声を大にして告げる。

 

「皆の者控えよ! 我らが主、覇王ゼファー・フォン・ヴォルガリフ様の御前である!!」

 

先ほどまでの動揺が嘘のように、ライブラは落ち着きを取り戻していた。

彼の主たる覇王ぜファーが、それだけの存在であるということだった。

 

「まさか本当に復活しやがるとはな」

 

と、往人。

 

「・・・反魂の法」

 

その疑問に対する答えを口にしたのは美凪。

 

「そう。わたし達アインツベルンが保有する古の秘術の一つよ」

 

イリヤがその答えを補完する。

死者を蘇生させる、禁呪中の禁呪の一つとして、極一部の魔導師のみがその知識を保有する呪法であった。

とはいえ、誰でも生き返らせられるわけではあるまい。

いくつもの条件が揃ってはじめて可能となる秘術である。

特に、死して二年も経過していながらその存在を保っていたゼファーの肉体と魂の強靭さが何より大きな要素となっていた。

 

「ふむ、懐かしい顔ぶれも、はじめて見る者達もいるようだな。諸君らは果報者だ。この世の覇者たる余の復活祭に立ち会えたのだからな」

 

尊大な態度にも、その言葉にも、不思議と頷かされてしまう。

そんな存在感とカリスマ性がこの男の全身からは溢れ出ていた。

無条件で従ってしまいそうになる。

現に、その場にいるほとんど誰もがこの男の前にかしずきたい衝動に駆られていた。

 

「余の前に跪くことは恥ではない。それは極自然な摂理だ。さぁ、絶対の支配者たる余の前に平伏すが良い」

 

ゼファーの言霊が持つ強制力が、抗いようもなく皆の自由を奪っていく。

精神的にその存在感に呑まれた者は、既に半ばまでその前に跪こうという思いに支配されていた。

 

 

 

「くだらねェな」

 

 

 

その支配力を、たった一言で打ち破る者がいた。

 

「そんなトンチキなことほざいてる寝惚けた支配者がいるかよ」

 

全員の注目が、祭壇とは逆、広間の入り口へと向けられる。

そこに立っている者、ゼファーと同等かそれ以上の存在感を放っている男、その名は・・・。

 

「鬼斬りの幽・・・!!」

 

十二天宮ライブラが、憎々しげにその名を呟く。

そしてゼファーは、二年振りに相見える宿敵の姿を、じっと見据えていた。

 

「久しいな、鬼斬り」

「性懲りも無く生き返りやがったか、クソ野郎が」

「ふふふ、今日は実に良き日だ。この身が蘇ったのみならず、我が宿敵を葬り去ることもできることになろうとはな」

「寝惚けんなっつってんだろ。蘇った途端にまた地獄に逆戻りする、虚しい日だよ」

 

ゼファーは傍らに立つライブラが差し出した覇王の剣を受け取り、前で歩み出る。

対する幽も長剣を肩に担ぎ、祭壇の方へと進む。

目の前を通り過ぎていくゼファーを、祐一はじっと睨みつける。

しかし、ゼファーは幽以外などまるで眼中にないかのように、祐一の横を素通りしていった。

先ほどの一撃を喰らわされた時でさえ、ゼファーの目は祐一を見ていなかった。

ただ、近くにいた蠅を追い払っただけのように、無造作に一撃を放ったに過ぎなかった。

 

「・・・くそっ、振り向く価値もないってかよっ」

 

通り過ぎていくゼファーの背中へ斬りかかろうと身を起こしかける祐一。

その動きを後ろから制する者がいた。

事もあろうに、右肩を掴んで。

 

「ぐぁぁ・・・ぁっ!!」

「・・・あ、失敗」

 

激痛に蹲る祐一の反対側にその相手はまわって、今度は改めて左肩を掴む。

 

「・・・こっちでした」

「やり直すなっ!」

 

怒鳴りつけた相手は、イリヤとバーサーカーの前にいた女であった。

おっとりというか、ぼーっとしている感じの女で、目の前で怒鳴りつけられても無表情を通している。

 

「・・・その傷で動くと、右腕が使い物にならなくなります」

「くっ・・・」

 

そう言って女は、もう一度祐一の右肩を、今度は優しく撫でるように触れた。

彼女の手の表面が柔らかな光に包まれ、傷口が少しずつ癒えていく。

 

「あんたは・・・?」

「・・・遠野美凪と申します。もうしばらく、そのままで」

 

治癒魔法を受けながら祐一は、再び前を見据える。

幽とゼファーは、互いにあと一歩で間合いに踏み込める位置で立ち止まっていた。

二人を中心とする半径数メートルの空間は、何人たりとも立ち入れない結界が存在しているかのように、誰もがそこから退いている。

そんな中、舞と佐祐理が祐一の下までやってくる。

 

「祐一」

「祐一さん、大丈夫ですか?」

「・・・ああ」

 

適当に二人へ返事をしながら、祐一はじっと幽とゼファーが対峙しているところを見ていた。

今まで何度も、頭上の存在だと感じてきたものが、今はさらに上の、遥か彼方の存在として見えている。

あの二人の前では祐一など、ただ踏み潰されるだけの虫けらに等しい存在とさえ思えた。

それほどまでに、幽とゼファーが発する魔力、闘気、剣気、殺気、全ての次元が違った。

 

「・・・あの二人の戦いは、誰にも止められません」

 

美凪が静かに呟く。

だが、そのあとに続いた一言は小さすぎて、前にだけ集中していた祐一の耳には届かなかった。

 

「・・・ただ、一人を除いては・・・」

 

 

 

 

 

幽は肩に担いでいた剣を下ろし、ゼファーは鞘から自らの剣を抜く。

それを互いに、殺気と共に相手へと向ける。

 

「行くぜ、ゼファー」

「来るがいい、幽」

 

二人が一歩前へ、相手の間合いへと踏み込んでいった。

 

ギィンッ!!!

 

交わる剣と剣から発した衝撃波が、広間全体を揺らす。

ゼファーの魔力が込められた黒い剣と、幽の剣気が込められた赤い剣は、どちらも計り知れない力を秘めている。

その二つが撃ち合わされるだけで、激しい余波が渦を巻いて荒れ狂う。

 

「覇ぁっ!!」

 

唐竹割りに振り下ろされるゼファーの剣を、幽が体を開いてかわす。

 

「オラァッ!!」

 

かわした瞬間に下から跳ね上げた斬撃を繰り出す幽。

手元に引き戻した剣で、ゼファーはその斬撃を受け止める。

 

「ぬんっ!」

 

受けた剣を横へと弾きつつ、ゼファーが剣を突き出す。

横へと移動しながら回避した幽へ向かって、さらにその剣を突きから横薙ぎへと変化させる。

幽は回避し続けながら、旋回してゼファーの背後へまわりこみ、その首筋へ向かって斬撃を打ち込む。

だがゼファーは同じように体を回転させ、振り返り様に同じく幽の首筋を狙う。

自分の首が狙われながら、ぎりぎりまで二人は相手の首を狙って剣を繰り出す。

互いの剣が相手の首へと到達する瞬間。

 

ガツッ!!

 

二人の首と腕とそこから伸びた剣とが一直線上に並び、お互いの剣と腕が邪魔をして首を刎ね損なう。

しかし、一瞬でも相手より遅れていれば、確実に首筋への斬撃は入っていた。

現に、二人の首は表面の薄皮一枚が斬れている。

それぞれの首に剣を突きつけたまま、二人は同じ金色の眼で視線を交わらせる。

 

「やるな、幽」

「てめェもな、ゼファー」

「だが!」

 

打ち合わされた剣を弾き合って、二人は一旦距離を取る。

再び構えながらゼファーは、不敵に笑ってみせる。

 

「この勝負、もはや見えたな」

「なんだと?」

「二年前の戦いで、余は死ぬ間際に貴様の“あの力”を封じた。それを使えぬ今の貴様に、余は倒せぬということだ」

「てめェを倒すには、このままで充分だぜ」

「不可能だ。何故ならば、蘇った余は、パワー、スピード、魔力、闘気、殺気、覇気・・・ありとあらゆる面においてかつての余を凌いでいるのだ。もはや、貴様の及ぶところではない」

 

ゼファーの全身から、黒い魔力が放出される。

 

「それを今から、証明してくれよう」

 

黒い魔力がゼファーの剣にまとわりつく。

剣が横薙ぎにされると、その黒い魔力が波動となって幽に襲い掛かった。

 

「チッ!」

 

迫り来る黒い波動を斬り払う幽だったが、あとから押し寄せてくる波に対処しきれなくなる。

そして、押さえ切れなくなった黒い波動が幽の体を包み込み、その身をずたずたに引き裂いていく。

 

ズシャァァァッ!!!

 

ゼファーの剣から放たれた黒い魔力の波動が、幽の全身を血に染める。

堪らず幽はその場に跪き、ゼファーはその姿を嘲笑う。

 

「無様なり、鬼斬りの幽。所詮これが余と貴様の器の差ということだ」

 

 

 

 

 

 

幽の力は、今まで祐一が見てきた者達の中で紛れも無く最強であった。

今、ゼファーと戦っていた時でさえ、この広間で先ほどまで戦っていた誰よりも強いのはこいつだと、はっきりと感じられる存在だった。

それが今は、ボロボロになって膝をついている。

最強の男すらも凌駕してみせる覇王ゼファーの力は、まさに圧倒的として言いようがない。

 

「これが・・・覇王・・・・・・」

 

ふと、祐一は気付いた。

治癒魔法を使うため右肩の添えられている手が、小さく震えていることに。

傍らにいる、見た目はまだ自分とそう変わらない年の女、美凪の表情に変化は無い。

だがその身は、何かに耐えるように小刻みに震えていた。

その美凪の表情が僅かに変化したの見て、祐一は前方に視線を戻す。

 

 

 

 

 

 

 

満身創痍の幽は、しかし笑みを浮かべていた。

それも、この上なく楽しげに、とても獰猛な獣のような、いや、鬼が笑っている、そんな笑みを。

 

「なるほどな。ちっとはデキるようになったようだな、ゼファーよ」

 

立ち上がる幽。

血まみれの全身から発せられる殺気と闘気は、今までよりも尚大きい。

目を合わせただけで殺される、そう思わせるほどに。

 

「だが、俺を誰だと思ってやがる」

 

爛々と、燃えるように輝く金色の眼。

その眼光が覇王を射抜く。

圧倒的な威圧感を発しているゼファーすらも、その気に呑まれあとずさる。

 

「くっ・・・鬼斬り・・・!!」

「そうさ」

 

手にした剣を肩に担ぎ、悠然と佇んで高らかに告げる。

 

「鬼斬りの幽。この世で最も強ェ男さ。俺様を倒せる奴はこの世にいねェ、そして、俺様に斬れねェ奴は存在しねェのさ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

to be continued


あとがき

 序盤はようやくきた主人公の見せ場・・・しかし後から登場した覇王、さらには幽の引き立て役状態に。まぁ、Chapter2の祐一の役どころはこんなもの。とりあえずあと1、2回でこのChapterが終わり、次のChapter3に入ると今度こそ・・・。