カノン・ファンタジア

 

 

 

 

Chapter 2

 

   −6−

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やぁ、みなさんお揃いのようで」

 

まるで観客の前で舞台に上がるかのような仕草と口調で、往人は恭しく一礼する。

注目を集めている場面でこのような態度に出るのは芸人としての彼のスタイルだが、何か奇妙なものを数人は感じ取る。

そして、誰よりも早くそれに気付いたのは、智代とアリエスであった。

 

「まずいっ、散れ!」

 

智代が叫び、アリエスは空間を跳躍する。

それとほぼ同時に、往人の周りで爆発が起こり、さらに改めてそちらに注意を引かれた瞬間に天井が崩れ落ちた。

 

ズドーンッ!!

 

轟音が響き渡って天井から瓦礫が降り注ぐ。

浮き足立った十二天宮が散り散りになったところへ、それぞれに近付く影があった。

 

「くっ・・・!」

 

一方、祭壇のところではライブラが落下してくる瓦礫から祭壇の上の棺を守っている。

視界が悪化する中、その祭壇へ真上から飛来するものがあった。

上空からの攻撃が祭壇に達しようとするところで、その前に空間を転移してきたアリエスが立ち塞がる。

 

バチィンッ!!

 

アリエスの繰り出した魔法を弾きつつ、その相手は折れた柱の上へと逃れる。

 

「んー、惜しい」

 

柱の上でおどけてみせているのは、笠をかぶった巫女。

 

「ま、いいけどね。はい、みんなちゅうもーく!」

 

大声を出して全員の注目を集めた彼女は、笠を脱ぎ捨てて素顔を晒す。

一部を除いて、見覚えのない顔であったが、それが誰であるかを悟って表情を歪める者達もいた。

 

「何者だ・・・貴様」

「ライブラよ、よく見ろ。我々は過去に幾度も、奴にしてやられている」

 

サジタリウスの指摘を受けて、最初はわからなかったライブラもハッとなって今一度柱の上の巫女を見る。

その笑み、そして彼らの宿敵と同じ金色の瞳、忘れようはずもなかった。

 

「貴様・・・・・・舞姫、莢迦・・・!!」

「せいかーい! その通り、みんなのアイドル、四死聖の舞姫、莢迦ちゃんだよ〜♪」

 

ノリノリで柱の上でくるりとまわってみせる莢迦。

やがて、天井が崩落したことによる土埃も収まり、視界が晴れる。

今の衝撃で散り散りに分かれた十二天宮それぞれを、舞や朋也達が包囲していた。

祭壇の破壊には至らなかったが、往人と莢迦の奇襲作戦は見事にはまり、先手を取った彼らは有利な状況を作り出すことに成功した。

往人の存在を知っていた智代は最初に往人と共に現れた八人が人形であることを見抜き、莢迦の存在を知っていたアリエスは奇襲を察知していたが、それを完全に防ぐことは適わなかった。

とはいえ、守備の体勢を整えていた十二天宮は不意を突かれた形にこそなったが、それでも形勢はせいぜい五分といったところである。

 

「さすがは舞姫莢迦。驚かされたよ。だが我らの陣形を崩した程度で優位に立ったつもりか?」

 

問いかけてくるサジタリウスに対して、意外そうな顔をする莢迦。

 

「まっさか〜。今のはただのパフォーマンスだよ。それに・・・頭数減らしにはなったよ」

「何!?」

 

その言葉に、ライブラが入り口方面に向かって振り返る。

ジェミニ、レオ、ヴァルゴ、スコーピオン、ピスケスらが皆囲まれている中、キャンサーだけが放置されている上、動きがない。

だがやがて、その体がぐらりと揺れ、倒れる。

驚愕に目を見開いたキャンサーは額を撃ち抜かれており、既に絶命していた。

 

「チッ、一人だけか。まぁ、こんな単純なやり方で一番の雑魚とは言え十二天宮一人片付けられたのは御の字か」

 

法弾を手元に戻した往人の言葉で、誰もが事態を理解する。

操っていた八人分の人形を爆発させて一度注意を引き、続いて天井の崩落と莢迦のパフォーマンスで別の方向へ注意を引く。

そして視界が悪くなっている中で十二天宮それぞれを押さえ、往人の法弾で攻撃を仕掛ける。

ほとんどの者は回避することができたが、キャンサーだけは反応が遅れて法弾の額を貫かれていたのだ。

 

「くっ・・・四死聖・・・やはり貴様らが我らの前に立ちはだかるか!」

 

憎々しげに顔を歪めるライブラとは逆に、他の十二天宮の半分以上は楽しげだった。

 

「まぁ、いいじゃないか。これくらいやってくれないとおもしろくない」

「ああ、どうやら退屈しないで済みそうだ」

 

智代とレオはその筆頭で、囲まれながらも既に武器を手にとって戦闘態勢に入っている。

他の者達も、敵味方ともども、これからが本番だと承知していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

広間の各所で、戦いが始まった。

往人は智代と、莢迦はアリエスとそれぞれ一対一で戦い、佐祐理、朋也、杏、ことみの四人は固まって守りを固めていた。

そしてそれ以外では、舞がレオ、みちるがスコーピオンと対峙している。

 

「俺の相手はお嬢ちゃんか。ちゃんと楽しませてくれよ」

「・・・・・・」

 

余裕を見せるレオに対して、舞は剣を正眼に構えて向き合う。

ただ構えて向き合っただけで、この男の技量を舞は感じ取っていた。

 

「(・・・強い)」

 

おそらく、自分よりも遥かに上の実力者であろう。

だがそれでも、舞は臆することなく向かっていく。

 

ギィンッ!

 

「おお、いい太刀筋だな」

 

先手を取って仕掛けた舞の斬撃を槍の柄で受けたレオは、一旦後退すると見せかけて、逆に踏み込んで槍を突き出す。

紙一重でそれを避けた舞だったが、レオの突きは一つで終わらない。

引き戻された槍は再度突き出され、それが幾度も繰り返される。

それはまるで、たった一人で作り出す槍衾のように見えた。

 

「そらそら! 串刺しになりたくなかったらきっちり防ぎな、剣士のお嬢ちゃん!」

 

舞の剣とレオの槍が打ち合わされる音が響く中、みちるは動き回ってスコーピオンを押さえ込んでいた。

 

「チィッ! ちょろちょろとうぜぇガキだ!」

「へへーんだ、捕まえられるものなら捕まえてみなよ!」

 

スコーピオンを押さえておく事。

それが往人からみちるに下された指示だった。

実力的にはさておき、この相手の特殊能力を使われると非常に厄介であることを往人は知っているのだ。

特に、サーガイア組との相性は最悪である。

本来ならば真っ先に始末しておきたい相手なのだが、さすがにキャンサーほど易くは行かなかった。

みちるがスコーピオンを押さえている間、サーガイア組はジェミニとピスケスを相手にしている。

 

「ほほほほ、さぁ子供達、血を流しなさいな!」

「誰が! 気色悪いのよっ、このオカマ!」

 

ピスケスを杏が。

 

「さぁ、この前より少しはできるようになったかい?」

「知りたけりゃ、その身で確かめな!」

 

ジェミニを朋也がそれぞれ接近戦で対処しつつ、佐祐理が二人の援護を、ことみが全員の防御を担当していた。

他方では皆一対一で戦っているが、ここは四対二でようやく互角といったところだった。

それでもむしろ善戦している方であると言える。

四死聖が圧倒的であるためわかりにくいが、十二天宮は本来それほどの実力者達なのだ。

特に残りの、智代にアリエス、そしてタウラスことバーサーカーに関しては桁が違う。

ゆえに往人と莢迦がそれぞれを受け持ち、バーサーカーには・・・。

 

「なんか苦戦してるなぁ。仕方ないからわたしが手伝ってあげようかしら?」

「・・・残念、それはできません」

 

腰を上げようとするイリヤを美凪が制する。

いつの間にそこにいたのか、イリヤもバーサーカーも気付かなかった。

動き出そうとするバーサーカーを制し、イリヤが美凪を見据える。

 

「ふ〜ん、あなたもなかなかの魔導師みたいね」

「・・・えっへん」

「まぁ、バーサーカーに敵うはずはないけど、ここはもう少しだけ静観しててあげる」

 

余裕の態度でイリヤはその場に留まる。

実際、奇襲を受け、一人欠けて尚、状況は十二天宮に有利だった。

何と言っても、まだライブラとサジタリウスの二人は戦闘に参加していないのだ。

動こうと思えばイリヤもいつでも動け、智代とアリエスはともかくレオはまだまだ実力を出していないためどうとでも動ける。

拮抗している状況がライブラはお気に召さないようだったが、このまま進めば十二天宮側の勝利は目に見えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

祐一が祭壇の間に辿り着いたのは、そんな状況の最中だった。

入り口の陰に隠れて、祐一は中の様子を窺う。

まず目に付いたのは、先ほどの少女、坂上智代と黒い服の長身の男との戦闘であった。

はっきり言ってレベルが一つも二つも違う攻防に、思わず目を奪われる。

我に返って視線を巡らせると、槍を持った獅子座の紋章の男に苦戦する舞の姿を見つけた。

それから、双子座と魚座の紋章をつけた敵の攻撃を受けている佐祐理と他三人。

蠍座の紋章をつけた男と赤い髪の小さな少女の戦い。

奥の方ではイリヤとバーサーカーがいて、その前に背の高い少女が立っている。

そして祭壇上空では莢迦とアリエスが交戦中だった。

皆それぞれに自分の戦いに夢中で祐一の存在には気付いていない。

 

「あの祭壇・・・」

 

広間の中央奥に位置する祭壇を、祐一はじっと見据える。

魔力がないため、魔力に関する事象を感知する能力も持たない祐一でも、そこで何か儀式的なことが行われていることは理解できた。

何より、敵の内二人が守っているそこがこの場において最重要の場所であることは明白である。

やがて祭壇のすぐ前にいる男が、傍らにいる弓を持った男に何事か言うと、弓の男が祭壇の前を離れる。

新たなに参戦した射手座の紋章をつけた敵に、他の三人と共に戦っていた佐祐理が応戦する。

そちらに加勢しようと体を動かしかけた祐一だったが、ふと思いつく。

現時点で自由に動けるのは、敵味方合わせても自分と祭壇前の男の二人だけである。

そして、この儀式の要があの祭壇にあるとしたら、それを破壊すれば、覇王復活祭とイリヤが言った儀式と思しきものを止められるのではないか。

今、それができるのは祐一だけなのではないか。

そう考えた祐一は、剣の柄に手をかけて機会を窺う。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

可能な限り息を潜めて、じっと広間の様子を観察する。

そして祐一は、その瞬間を見極めた。

戦闘中の全員が祐一から祭壇までの直線上から外れ、道が開けた瞬間を。

 

「(一人くらいなら!)」

 

敵は祭壇の前にいる天秤座の紋章をつけた男一人のみ。

それをかわして祭壇を狙うことは可能だと、祐一は思っていた。

戦場にできた隙間を縫って、祐一は駆け出す。

 

 

 

「なっ、あいつ・・・!」

 

最初に気付いたのは智代。

けれども続いて気付いた往人ともども、追う余地はなかった。

 

「祐一!」

「おいおい!」

 

舞に名を呼ばれても、祐一は止まらない。

少し驚いたような、呆れたような声をあげるレオに反応して、残る全員がその存在に気付く。

 

「祐一さん!?」

「しまった・・・!」

 

佐祐理に声に続いて、祭壇の守りを疎かにしたことを焦るサジタリウス。

 

「っ!」

「ユウイチ?」

 

振り返る美凪と、不思議そうにその名を呟くイリヤ。

 

 

 

全員の視線を受けながら、祐一は祭壇の前まで一気に駆け抜ける。

予想外の襲撃に、正面にいたライブラも反応が遅れる。

 

「こやつ・・・魔力がないだと!?」

 

不倶戴天の宿敵、鬼斬りの幽と同じ特徴を持つ存在に驚き、虚を突かれたライブラをも、祐一はかわしていった。

祭壇の前に辿り着いた祐一は、二つの杯が置いてある台座の前で剣を振りかぶる。

巨大な祭壇そのものを破壊する事は困難だが、直感的に祐一はその台座が儀式のためにあると察知した。

 

「おぉおおおおおお!!!!」

 

渾身の力を込めて、台座に大剣を振り下ろす。

 

バチィッ!!!

 

だがその斬撃は、見えない壁に遮られ、途中で止められた。

 

「なっ・・・!?」

 

驚愕に目を見開く祐一の背後に、虚から立ち直ったライブラが立つ。

 

「魔力がないため、結界の存在にも気付かなかったか。愚かな」

 

バキッ!

 

「がっ・・・!」

 

頬を殴られて、祐一は祭壇の前から立ち退かされた。

石畳の上に倒れた祐一は、さっと起き上がって剣を構える。

それに対し、ライブラも自らの剣を抜いた。

 

「貴様のように魔力のない者など、生贄としての価値もないが、儀式を妨げようとしたこと、何より我らが覇王様の亡骸に剣を向けたこと、万死に値する」

「戦争を起こそうとしてるふざけた奴に剣を向けたからって、それがどうした!」

「我らが主の覇道を理解せぬ愚者よ」

 

ライブラの姿は祐一の視界から消える。

僅かな気配と勘で背後から繰り出された斬撃を受け止める祐一。

だが次の瞬間には、ライブラは既に前に戻っていた。

 

「鈍い。死ぬがいい」

 

突き出される剣。

その瞬間、祐一の名を叫んだのは誰の声だったか。

祐一自身、自らの死を一瞬予感した。

 

 

ドシュッ!

 

 

体を剣が貫く音。

だが、祐一の体に痛みはない。

振り返った祐一の目の前にいたのは、いつもよりも少し蒼ざめた、いつもと変わらぬ笑みを浮かべた女。

そして、彼女の身を貫く刃。

 

「さや・・・か・・・・・・?」

「・・・まったく・・・君はもうちょっと、考えてから行動することを、学んだ方がいい、ね・・・・・・・・・」

 

ライブラが剣を引き抜くと、鮮血が飛び散り、莢迦の身が倒れ伏す。

石畳の上は、彼女の体から流れ出た血で真っ赤に染まっていく。

 

「ふっ、尚愚かなり、舞姫莢迦。これで儀式は成る上、貴様を始末できたとなれば好都合」

 

祐一に背を向け、祭壇の前へと戻っていくライブラ。

それが何かを言っているが、祐一の耳には届いていなかった。

周りでも何人か、何事か言ったり叫んだりしているが、全て音として入ってきてはいても、祐一の頭はそれを言葉として理解していない。

ただ、目の前に莢迦が倒れていて。

その体と、下の石畳と、祐一自身の体が、全て彼女の血で赤く染まっていること。

今はただそれだけが、祐一の脳裏に焼き付いていた。

 

ドクンッ・・・

 

何かが祐一の中で脈動する。

その正体など知れない。

けれど、ふつふつと湧き上がってくるものを感じながら、同時に祐一の中に激しい怒りが湧き起こってきた。

 

「・・・・・・き・・・」

 

顔を上げて、去っていく背中を睨みつける。

 

「きさまぁーーーーーーっ!!!!!」

 

声に振り返った瞬間、ライブラは痛烈な一撃を頬に受けた。

 

「ぐぁ・・・っ!!?」

 

殴り飛ばされ、受け身を取る間もなく祭壇の前に転がされる。

痛みと驚きと怒りで飛び起き、顔を上げたライブラは、また新たな驚愕を覚えた。

そこに立っているのが誰か、一瞬まったくわからなかった。

それが祐一であると気付いたライブラは、さらにに驚く。

先ほどまで、まったく魔力を感じなかったはずなのに。

 

「馬鹿・・・な。これは、一体・・・?」

 

しかし今、祐一の体から吹き出しているものは紛れもない魔力。

それも、まるで間欠泉のようにどんどん溢れ出てくる。

 

「魔力値・・・8000だと!?」

 

十二天宮ライブラの特殊能力。

それは測定器を使わずとも、感じた魔力を数値化することができることであった。

その能力が指し示した祐一の魔力は、想像を絶するものだった。

ほんの少し前まで、間違いなく魔力0だった者が、いきなり8000もの魔力を有するなど、決してありえぬことである。

なのに今、眼前に立つ男は膨大な魔力と、凄まじい殺気をライブラに向けていた。

 

「・・・・・・るさん・・・」

「な、何・・・?」

「貴様は絶対に許さんっ!!!」

 

強大な魔力を放出しながら、祐一はライブラに斬りかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

to be continued


あとがき

 やっと主人公の見せ場きたー。まぁ、暴走してるだけだが。細部はかなり違ってるけど、この辺の展開は旧版と同じ。Chapter2最大の見せ場の一つ、祐一覚醒。怒涛の展開で次回へ続く!