カノン・ファンタジア

 

 

 

 

Chapter 2

 

   −5−

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザシュッッッ!!!

 

鮮血が飛び散る。

その光景を、風子は目を見開いて見ていた。

実際に何が起こったのかを理解する事はできなかった。

ただ一つ確かなのは、悪夢のような小次郎の太刀筋が、幽の身を斬り裂いたということだけであった。

斬られた幽の体が石段から離れ、宙に浮き上がる。

静かに落下する様を見て、最悪の事態も想像されたが・・・。

 

「・・・・・・浅い」

 

小次郎の呟きと共に、幽の体も空中で動きを取り戻す。

体勢を立て直しつつ、石段の下に両足で着地した。

左肩に深い傷を負い、血を流してはいるが、致命傷というほどではないようだ。

 

「秘剣・燕返し・・・かわされたのははじめてだ」

「てめェより弱ェ奴にしか使ったことがないからだろ」

 

強がってはいるが、幽は右手に持った剣を地面に突き立て、それを杖にして立っていた。

おそらく、ダメージは決して低くはないであろう。

もっとも、相手の剣に自分の剣が敗れたことによる精神的ダメージは皆無のようだった。

むしろその顔は、強敵を前にしたことによる昂揚感に満ちている。

 

「かもしれぬな。ならば、はじめて我が剣をかわすほどの相手に巡り会えたことを天に感謝しよう」

 

そしてそれは、小次郎も同じであった。

互いに剣士として、最高の相手を前にしていることに喜びを感じている。

風子には理解し難い感情であったが。

 

「男の人は不思議な生き物です」

 

そう納得することにしたようだ。

 

「だがその深手では、次はかわせまい」

「寝惚けたこと言ってんじゃねェよ。この俺に一度見せた剣が通用すると思うなよ」

「ほう。だがそちらも、今し方見せた剣では燕返しに通用せぬことは承知していよう?」

「フッ、俺の無限斬魔剣・紅蓮をそこらの凡庸な剣と一緒にするなよ。今見せたのはただの基本型。そして紅蓮には、状況に応じて使い分けられる八つの型がある。その中にはてめェの剣を敗れる型が三つある」

「大きく出たな。だがそれこそ、その傷で使い分けができるかな?」

「余計な心配してねェで、念仏でも唱えな。今からその内の一つを、見せてやんぜ」

 

幽は地面に突き立てていた剣を引き抜き、右肩を前に半身となって剣を左腰の高さに構える。

鞘こそなく、反りのない剣ではあるが、それは刀を用いての居合いの型に似ていた。

その構えを見て幽の言葉がはったりでないことを悟った小次郎は、再び燕返しの構えとなった。

もとより、小次郎に油断などない。

相手が何者であろうと、どんな状態であろうと、自らの最高の剣でもって迎え撃つ。

 

「次は外さぬ。参られよ、鬼斬りの幽」

 

それに対して幽は、最強の剣でもって立ち塞がる強敵を倒さんとする。

 

「行くぜ、小次郎」

 

ダッ!

 

地面を蹴り、石段を一気に駆け上がる幽。

対するは不動の構えでそれを待ち受ける小次郎。

ここまでの構図は先ほどとまったく同じであった。

このまま行けば、先ほどと同じ結果となるのは明白である。

そうなれば、既に傷を負っている幽は今度こそ燕返しをかわすことはできまい。

幽が死ぬはずはないと信じている風子だったが、最悪の未来を予測して心がざわめく。

そして幽は小次郎の間合いへと踏み込む。

 

ピーン・・・・・・!!

 

その瞬間、幽と小次郎、二人のいる世界は時間の流れが変わる。

現実に変わるわけではなく、極限まで研ぎ澄まされた二人の精神が、音も色もない、超感覚の世界へと入るのだ。

五感六感の全てが数倍となった中で、自分の動きも、相手の動きも、スローモーションとなって見える。

その中で小次郎は、じっと幽の動きを見極めようと目を凝らす。

先ほどの幽は間合いに踏み込んできた瞬間に剣を振り下ろしてきた。

その激烈さは、小次郎が今までに見てきた剣の中で最も洗練され、最も破壊力を秘めているものだった。

だがそれも、秘剣・燕返しの前では小次郎に届かず、ぎりぎりで反撃の剣をかわすに留まった。

そして今度は、幽は間合いに踏み込んで尚構えを崩さず、剣を振りぬく気配すら見せない。

 

――・・・おかしい

 

小次郎はそう思った。

だが既に、幽は小次郎の間合いに入っている。

超一流の剣士にとって間合いとは剣の結界。

そこへ踏み込むことは死地へ踏み込むこと、そこで放たれる剣は必殺。

 

――とった! 鬼斬りの幽!!

 

もはや幽に成す術はない。

ただ、小次郎の剣の前に倒れるのみ。

そう思った瞬間だった。

 

ドッッッ!!!

 

小次郎の視界が暗転する。

何が起こったのか、超感覚の中にいた小次郎にさえ理解できなかった。

意識が戻った時、空中に浮かび上がった小次郎は、落下していく中で剣を振りぬいた幽の姿を見た。

そして理解した。

幽は、小次郎が燕返しを放つ瞬間、その剣が発生するよりも速く斬り込んでいたのだ。

 

「無限斬魔剣、紅蓮・閃」

 

それはまさしく、超感覚すらも超える超々速の一撃。

燕返しとは、縦・斜め・横の三種類の斬撃を同時に放つことによって回避も防御も不能とする究極の剣であった。

その無敵の剣を破るための一つの答え、それが究極を超えた最速の剣。

 

「・・・見事・・・・・・」

 

小次郎の体は石段の下に落ちた。

辛うじて意識は残っているが、痛みすら感じぬほど感覚が麻痺しており、指一本動かせない。

敗者に与えられる死を覚悟して、小次郎は静かに瞑目する。

 

「・・・・・・・・・」

 

だが、いつまで経っても死は訪れなかった。

訝しがって目を開くと、幽は傍らまでやってきた風子から鞘を受け取って剣を納めているところだった。

 

「斬らぬか?」

「俺の剣はいつでも殺す気で斬る。それで生き延びたらそれはてめェの運だ」

「そうか」

 

情けではない。

この男は、敗者になどはじめから用はないのだ。

 

「久々に楽しかったぜ、佐々木小次郎。まだ生きててその気があったなら、さらに腕を磨いてまた挑みに来な。もっとも、何度やっても俺が勝つがな」

「承知した。またいずれ会おう、鬼斬りの幽」

 

次なる戦いを求め、幽は先へと進む。

その背を見送った小次郎は、さらなる高みを目指すことと、いつか再び相見えることを胸に誓い、静かに目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

往人達は、神殿の内部を突き進んでいた。

ところどころ崩れてはいるが、中に行くほど保存状態は良い。

これが3000年前のものというのなら、かなり良好な保存状態であると言えた。

歴史的価値のある遺跡に、学院の天才ことみが目を輝かせている。

 

「朋也君、すごいの」

「当然だ。何しろ俺だからな」

「誰があんたがすごいって言ってんのよっ!」

 

ボケる朋也に素早く杏のツッコミが入る。

 

「朋也君って、この遺跡だったんだ」

「そうくるかっ!」

 

さらにボケを重ねることみにさらに杏のツッコミが入る。

敵地だというのに賑やかな面々であった。

 

「ったく、ガキどもが」

「・・・では、間を取って、国崎さんがすごい遺跡ということで」

「「「なんでやねん!!!」」」

 

美凪の意味不明なまとめに往人、朋也、杏の三人から同時にツッコミが入る。

 

「・・・なんでやねん」

 

少し遅れてから、ことみがツッコミを入れる。

 

「美凪以外は同レベルってことだねー」

「てめぇが言うな、このガキ!」

 

最後に締めようとしたみちるの脳天を、いつものように往人が叩く。

決戦前だというのに、重ね重ね賑やかで緊張感のない面子である。

だが、不意に往人の表情が引き締まる。

先頭に立つ往人が足を止めると、それに続いて後に続く皆も立ち止まった。

後ろの五人にその場で待機するよう目で指示を出して、往人は一人前に進み出る。

前方はT字路になっており、その左側の道から気配を感じる。

 

「(二人・・・か? いや、三人?)」

 

相手も足音は消しているので、気配だけでは正確な人数が把握できない。

それというのも、一人分の気配が本当にあるかいないかというくらい微かだからである。

おそらく、往人ほど感覚が優れていなければ見落としてしまうであろうほどに。

警戒しつつ、往人はT字路に近付く。

そして、相手が飛び出してくる気配に合わせて自分も法弾を持った手を突き出す。

 

ピッ!

 

相手の剣の切っ先が往人の喉下に突きつけられる。

まったく同時に、往人の手も相手の額に向けられていた。

剣を構え、鋭い視線を向けてくるのは、長い黒髪の少女だった。

少女としてはわりと背が高く、美凪と同じくらいある。

腕も、放つ殺気も相当な実力者のものとわかったが、覇王十二天宮のものとは違う。

 

「・・・どうやら、同類みたいだな」

「・・・そうみたい」

 

二人は同時に突きつけた手を下ろす。

緊張感が和らいだことを感じ取った双方の連れ合いがそれぞれの後ろから現れて、全員が顔を合わせた。

 

「あ、佐祐理ちゃん」

「ことみさん! 杏さんも」

「佐祐理! ひっさしぶりー!」

 

互いの姿を見止めたことで再会を喜ぶ三人。

どうやら、ことみと杏に佐祐理と呼ばれた少女は彼女達の知り合いらしい。

そちらはそちらとして、往人はその場に現れたもう一人に目を向ける。

気配が微弱だった者の正体、薄布を垂らした笠をかぶった巫女姿の女の姿をじっくりと往人は観察する。

 

ぽんっ

 

と、背後から手を叩く音が聞こえた。

振り返ると美凪が、普通に見ればほとんど変わらないが彼女としては最上級といっても良いほど相好を崩して巫女を見ている。

それで往人もハッとなってもう一度巫女に視線を向ける。

巫女が笠を取って、その下から現れた容姿は見覚えのないものだったが、そのもったいぶった仕草、人をおちょくったような笑み、そして金色の瞳は、よく知るものだった。

 

「ひさしぶり、ゆっきー、なぎー、ちるちる」

 

 

 

 

 

 

 

数分後、彼らは歩きながら自己紹介を済ませていた。

互いにここへ来た目的は同じであり、また元々の知り合いがいたことですぐに打ち解けあった。

後ろの方では以前サーガイア魔法学院で共に学んだことのある佐祐理、杏、ことみの三人に朋也と舞、それに美凪を加えた六人が話に花を咲かせている。

だが美凪だけは、話に加わりながらその意識は前方に向けている。

隊列の先頭では、往人と莢迦、それに莢迦に引っ付いているみちるの間に奇妙な空気が流れていた。

 

「美凪から聞いちゃいたが、随分と“変わる”ものだな」

「ま、ね〜。でも変わってるのは表面上だけで、本質は同じだよ」

「だろうな」

「んにー・・・何の話?」

「この莢迦は俺が知ってる莢迦とは違うが、実際には同じもの、ってことだ」

「わけわかんない。要するには莢迦は莢迦じゃん」

「そうそう。ちるちるはゆっきーより良く物事の本質を掴んでるねぇ」

 

引っ付いているみちるの頭を撫でる莢迦。

言葉の意味を理解しているかは怪しいが、褒められたことだけは感じ取ったみちるは撫でられて気持ち良さそうにしている。

 

「まぁいい。正直おまえがいて助かったぜ。さすがにこの人数で十二天宮全員相手はきついと思ってたところだ」

「弱気だねぇ」

「現実的と言え」

「もっとも、これでもまだ苦しいとは思うけどね」

「何?」

「君の知らない今の十二天宮の強敵を、私は知ってるってこと」

「それなら俺も、おまえの知らない今の十二天宮の強敵を知ってる。坂上の奴が、あっちについたぞ」

「・・・・・・へぇ」

 

少し意外に思った莢迦が一瞬驚いたような顔をするが、すぐに口元を釣り上げて笑みを浮かべる。

予想外ではあったが、有り得ないことではない、と思ったからだ。

 

「やっぱり、十二天宮の新顔はみんな手強いみたいだね」

「ああ、サジタリウスの奴もそう言ってやがった。だが戦力的に困るものでもねぇ」

「ん?」

「わかってんだろ。“あの野郎”も来てるぞ」

 

当然、莢迦も気付いていた。

先ほどまで北側で行われていた戦いも、その片方に魔力を感じなかったことも、それが意味するそこにいる者の正体も。

そして既に、北での戦闘は終わり、相手の魔力は消えかかるほど小さくなっている。

おそらく、あの男が勝ったのであろう。

それもまた、当然のことであった。

何故なら・・・。

 

「あいつを倒せるのは、私だけだものね」
「あの野郎を倒せるのは俺だけだからな」

 

まったく同じ言葉を発して、莢迦と往人は笑みを浮かべあう。

 

「楽しくなってきたね、ゆっきー」

「ああ、二年振りにな」

 

莢迦の正体。

それはかつて、往人と同様、鬼斬りの幽の下にあった最強の死神、四死聖の一人であった。

今、四死聖の二人は、二年振りに現れた宿敵との戦いに心を昂ぶらせ、並び歩いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてもう一人、かつて四死聖の一人であった者も、目前に迫った戦いの時に心を昂ぶらせていた。

 

「(国崎・・・それに当然、幽、おまえも来るだろう。カプリコーンは手強いだろうが、それに負けるおまえではないだろう!)」

 

神殿の最深部、祭壇の間には覇王十二天宮がほとんど集結していた。

カプリコーンとアクエリアスを除いた十人と、イリヤを含めた十一人がこの場にいる。

 

「くくくっ、ようやく俺様の出番だぜ。おい、外で暴れてきた連中は手ぇ出すんじゃねぇぞ」

「どうでもいいわ。わたしとバーサーカーは危なくなるまで見物してるから」

 

逸るスコーピオンとは逆に、イリヤはバーサーカーを伴って離れた場所に居座っている。

 

「私も人形使いに受けたダメージが大きい。ここは守備にまわらせてもらおう」

 

サジタリウスも祭壇の脇へと下がる。

これによって敵が攻めてくるであろう入り口の側には、アリエス、ジェミニ、キャンサー、レオ、ヴァルゴこと智代、スコーピオン、ピスケスの七人となった。

最後の一人、ライブラは祭壇の前で儀式を進めている。

 

「わかっているだろうが、遊びすぎるなよ」

「心配性だなぁ、ライブラは」

「おほほほ、任務もロクにこなせないような連中に信用がないのは当然よねぇ」

「黙れこのオカマめが!」

 

古株達の言い合いを横目に、新顔の三人は静かに敵の到来を待っていた。

 

「お、そろそろ来るよ」

 

ジェミニが逸早く敵が来たことに気付く。

それを聞いて、各々が得物を手にとって入り口の方へ視線を向ける。

 

「ジェミニ、敵は何人だ?」

「ん〜と・・・とりあえず九人かな」

「先ほどの報告と数が合わないが?」

「怖くなって逃げた人が出たんじゃないの」

 

ライブラの疑問にイリヤが口を挟む。

ちらっとそちらを睨むライブラだったが、深く追求はしなかった。

最終的には、魔力の高い人間が一人いれば事足りるのだ。

敵の人数が想定と違おうと大した問題ではない。

 

「来た」

 

再びのジェミニの言葉に、全員が前方を見据える。

一歩祭壇の間へ踏み入れた瞬間、凄まじい存在感が広間全体を覆い尽くす。

たった一人分の威圧感だけで、十二天宮全員の背筋に冷たいものを走らせたのは、黒き人形使いの異名を持つ男、国崎往人であった。

 

「やぁ、みなさんお揃いのようで」

 

恭しく、往人は広間に立ち並ぶ敵達に向かって一礼をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

to be continued


あとがき

 やられっぱなしに加えてとうとう出番すらなくなって踏んだり蹴ったりの主人公そっちのけで盛り上がるその他の面々。そして主人公不在のままアザトゥース遺跡での戦いはいよいよ本番へ。