カノン・ファンタジア

 

 

 

 

Chapter 2

 

   −4−

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

祐一達は、バーサーカーに殺された人達を弔っていた。

ほとんど人としての姿を留めていない亡骸ばかりだったが、少しでも集めて遺跡の外れに埋めるる。

そうしている間、祐一は頭の中で先ほどの出来事を整理しようとしていた。

だが、あまりに色々なことがありすぎて、少しも整理できない。

中でも、最後の一つが特に大きく祐一の心を揺さぶっていた。

 

「・・・なんなんだよ・・・・・・あれは・・・」

 

十二天宮アリエス。

祐一の叔母である秋子とそっくりな女性。

祐一のことを知っていた人物。

それから連想され得る答えはある。

だが祐一の頭をそれを考えないようにしていた。

否定してほしいという思いから、祐一は莢迦に問いかける。

 

「莢迦。おまえ、あの女のこと知ってるみたいだったな? あれは、誰なんだ・・・?」

「さぁ?」

「知らないわけないだろ!」

「そうだね。私はあの女のことを知っている。でも、あいつと君と関係は知らない。だから答えようは無し」

「・・・・・・」

「憶測はできる。でもそれくらいは、君自身にだってできるでしょ?」

 

充分すぎる要素は揃っていた。

その事実を否定する要素は一つもない。

それでも、認めたくなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んにーーー! あのがきむかつくーっ!!」

「やかましい」

 

ぽかっ

 

「んぎょわっ」

 

往人に頭を叩かれてみちるが地面に突っ伏す。

みちるが激昂しているのは、散々おちょくられた挙句まんまとジェミニに逃げられたからであった。

かく言う往人もサジタリウスを取り逃がし、朋也達もキャンサーとは引き分けに終わっている。

 

「国崎さんが大したことなって言ってた奴でもこんなに厄介なんて・・・」

「覇王十二天宮、恐るべしってところだな」

「怖かったの・・・」

「ま、あいつは逃げ足だけは早いからな」

 

キャンサーに関しては、正面から朋也達三人とぶつかればおそらく倒せるレベルの相手だと往人は見ている。

だが他の二人も含め、十二天宮ははじめから逃げることを想定して戦っていた。

戦い方にしても、足止めをしている、或いは彼らの力を測っているように見えた。

 

「目的はよくわからんが、本番は遺跡の奥で、ってことだな」

 

先を目指そうとする往人の裾を、美凪が引っ張る。

 

「ん?」

 

振り返った往人は、美凪の微妙な表情の変化から、彼女が何かを感じ取っているのがわかった。

彼女の魔力感知能力と、予知に近い占いの力はずば抜けている。

往人には感じられない遺跡内の状況も、彼女にはわかっているようだ。

 

「・・・東で、特に大きな力を複数感じました。その内の一つは・・・知っている人です」

「そうか。当然だが、俺達以外にあの情報を得てる奴らの中には、それなりにできる奴らもいるってことだ」

「・・・それから・・・」

「何だ?」

「・・・北にも、戦っている人の魔力を一つ感じますが・・・その相手の魔力を感じません」

「・・・・・・やっぱり、来てやがるか。あの野郎」

 

美凪の複雑な表情の理由を、往人は察した。

だが同時に、自分自身の心の高揚感を抑えるのに必死だった。

あの男が来ていると思っただけで、笑いが込み上げてくる。

 

「二年振り、だな」

「・・・はい」

 

それぞれの思いで、二人は北の方角を見ていた。

その先にいる、一人の男の姿を思い描いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数度切り結んだ後は、静かな戦いが進んでいた。

幽と小次郎、二人の剣士は階段の上と下に分かれて対峙している。

ほんの僅かな攻防で、両者は互いの力量の底知れなさを感じ取っていた。

迂闊には斬り込めない。

等しくその思いを抱く二人は、不動の構えで相手の隙を窺う。

見た目は静止していても、実際には激しい戦いが繰り広げられているのだ。

 

「・・・・・・そろそろ、刻限のようだ」

 

そんな最中、小次郎が口を開く。

 

「逃げるのか?」

 

その言葉の意味を敏感に感じ取った幽が問いかけると、小次郎は口元を歪めてみせた。

 

「その手筈だったが、例外が一つだけある」

 

小次郎は一歩も引く気配を見せない。

それどころか、さらに剣気を高めていた。

 

「鬼斬りの幽だけは、この場で斬り捨てて構わない、とな」

「俺を斬るだと。冗談にしちゃ笑えねェな」

「本気ゆえに」

「やってみな」

「承知した」

 

構えが変わる。

流れるような動作は、動いている間もまったく隙がない。

顔の高さまで持ち上げた刀を水平にした状態で小次郎は構える。

その構えが、今までのものとはまったく異質のものであることは一目でわかった。

これまでを上回る剣気、殺気、そして妖気すら漂っている。

 

「ご所望通り、我が剣をお見せしよう」

「いいだろう。なら俺も最初に言った通り、鬼斬りの剣で応えてやるぜ」

 

幽の殺気と闘気もさらに膨れ上がる。

眼前に構えた剣が赤く光り、両者の間には互いの気が衝突して渦が生じていた。

 

「・・・・・・」

 

二人の剣士がその剣を見せようとしている様を、廃墟の壁に張り付きながら見ていた。

本人としては物陰に隠れているつもりのようだが、丸見えである。

最も、その場にいる他の者達、幽も小次郎も風子のことなど気にも留めていないが。

 

「どうやら、風子の存在は忘れ去られてるみたいです。覚えていられても困りますが」

 

確認するまでもないことであった。

戦いを見詰めながら、風子は嫌な予感がしていた。

動物的勘とでもいうのか、特に小次郎が構えを変えた時から全身に鳥肌が立っている。

とても嫌な感じを覚える反面、心配はまったくしていなかった。

風子にもわかるほど、佐々木小次郎という男は恐ろしい使い手である。

しかし、風子が行動を共にする男は、決して負けることはない。

口では否定するところだが、それを絶対のこととして、風子は幽を信じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君はここに残りなよ」

「な・・・!?」

 

傭兵達の亡骸の埋葬を終え、いざ出発しようというところで莢迦が祐一にそう言った。

 

「どういうことだよ!」

「そんな精神状態で行ったってまともに戦えやしないでしょ。あっさり殺されるのがオチだよ」

「ぐ・・・」

 

カノン大武会からずっと、色々なことが祐一の周りで起こりすぎていた。

その全てが祐一の心を惑わせ、葛藤させる。

そんな迷いのある状態で剣が鈍ることなど祐一自身にもわかっていることだが、それでもここに留まるのは己の力量不足を指摘されているようで我慢ならない。

力量不足なのは事実、だが常にそれを言われ続けてきた祐一はそうした意味合いの言葉に対して強く反感を抱くようになっていた。

 

「それでも、行かないわけにはいくかよっ!」

 

ここで残ることを選択し、自分の弱さを認めたくはない。

それに、先ほどイリヤとバーサーカーの所業を見て湧き上がった覇王軍に対する怒りも当然まだある。

迷いはあっても、覇王復活祭とやらを止めるという気持ちだけは確固たるものがあった。

 

「おまえが何と言おうと、俺は行くからな」

「別に、来るなとは言ってないよ」

「は?」

「だ・か・ら♪」

 

すぅっと莢迦が手を振り上げる。

反応する暇はなかった。

莢迦の拳は祐一の顎を完璧に捉え、振り抜かれ、祐一の体は宙高く浮かび上がる。

そして数メートル以上吹っ飛んでいって廃墟の中に落下した。

 

「ゆ、祐一さん!?」

 

突然の出来事に成り行きを見守っていた佐祐理もさすがに慌てる。

舞も表情は変わらないが、今のには面食らったようだ。

 

「少しそこで頭冷やしてからきなよー!」

 

祐一が飛んでいった方へそう叫んでおいてから、莢迦は先へ進むよう二人を促す。

 

「い、いいんでしょうか・・・?」

「いいのいいの。これで少しは目が覚めるって」

「・・・莢迦は過激」

 

 

 

 

 

 

 

 

数分後。

ハッと目を覚ました祐一は瓦礫を押しのけて飛び起きる。

殴られた顎と落下した際に打ち付けた背中がずきずきと痛んだが、頭の中は非常にクリーンになっていた。

莢迦の目論見通りになったわけだが、頭に血が上っている本人はそんなことに少しも気付かない。

 

「あの女・・・ぜってぇ泣かす!」

 

思い返せばはじめて会った時から莢迦にはおちょくられてばかりだった。

旅の仲間になってからは特に、あの女のわがままに振り回され続け、挙句に今のアッパーである。

いい加減堪忍袋の緒が切れた祐一の頭の中は“莢迦許すまじ”に染まっていた。

思い悩む性格のわりには単純な頭であると言えよう。

頭の中のもやもやはなくなったが、冷やすどころか逆に熱しすぎた状態で、祐一は先に行った三人を追って走り出す。

どの程度の間気絶していたのかはわからないが、まだそう遠くへは行っていないはずである。

東の外れから真っ直ぐ中央の神殿へ伸びる道を全速力で祐一は走る。

 

「どっちだ!?」

 

それだけで遺跡の三分の一を占めるのではないかと思われる巨大な中央神殿の内部に入った祐一は、分かれ道に至っていた。

一本道だった外とは違い、ここからの通路は複雑になっているようである。

勘で選ぼうかと思ったところで、正面の壁に何か彫ったような跡があるのを見つけた。

彫られた矢印は、左を指していた。

 

「佐祐理さんか舞か? ありがたいぜ」

 

指し示された方向へと走る。

この時祐一がもう少し冷静だったなら、矢印のところに一度彫ったものを削って彫りなおした跡があることに気付いたことであろう。

残念ながらそれに気付かなかった祐一は、莢迦達が向かったのとは逆方向へ走っていったのだった。

遺跡内のどこかで莢迦は悪魔の笑みを浮かべている状況が想定されるが、そんなことは露知らず祐一は先を急ぐ。

その後も道は各方向に分かれていたが、基本的に奥を目指すようにして進んだ。

距離的に最深部辺りまで半分ほどと思われるところで、祐一は前方に気配を感じて足を止めた。

 

「・・・?」

 

気配は一つ。

だとすると、莢迦達ではないのか。

頭に血が上っていた祐一は、そう考えてここが敵地であることを思い出し、少し冷静さを取り戻した。

剣を抜き、油断なく構えて気配のする方へ近付く。

相手もどうやら祐一のことに気付いたか、動きを止めている。

 

「・・・・・・」

 

曲がり角の先に、相手はいた。

互いにあと一歩で角に到達するところで立ち止まる。

 

「(ここは先手必勝!)」

 

タイミングを計るよりも早く、意表をつく形で祐一は角から踏み出し、剣を振り下ろした。

 

ドカッ!

 

だが、半ばまで剣を振り下ろしたところで、相手の繰り出した蹴りが祐一の顎に入って、祐一は後ろの壁まで吹き飛ばされる。

 

「がっ・・・!」

 

つい先ほど莢迦にやられた場所とまったく同じ場所を強打して、祐一は意識がぐらぐらするのを感じた。

特に今の蹴りは完璧なタイミングでのカウンターだったため、かなり効いた。

 

「大丈夫か?」

 

蹴った張本人は、蹲る祐一を気遣う素振りを見せていた。

その声が若い女のものだったため、祐一は意外に思って顔を上げる。

 

「まったく、いきなり斬りかかってくるから思わず反撃してしまったじゃないか」

 

咎めるような、ついでに呆れたような口調で喋るその相手は、祐一と同い年くらいの少女だった。

長い銀髪に、すらっとした細身と凛とした雰囲気を持った綺麗な少女である。

その意外な相手の姿に、思わず祐一は絶句する。

 

「どうした? 打ち所が悪かったか?」

「・・・い、いや、そうじゃないんだが・・・。というか、すまん、よく確認もせずに斬りかかったりして・・・」

「気にするな。わりと普通の反応だと思うからな」

「は?・・・・・・っ!」

 

そこではじめて祐一は気付いた。

彼女の胸元にある、乙女座の紋章に。

 

「おまえ・・・覇王の・・・!」

「そう、十二天宮の一人、ヴァルゴだ。本名は坂上智代というのだがな。そういうおまえは、私達の情報を聞いて来た傭兵の類といったところか」

 

敵同士ということがわかったというのにヴァルゴ、智代はやけに親しげに話す。

そこには敵対心や警戒心というものがないように思えた。

取るに足らない相手、という思いも僅かながらあるようだが、とにかく戦う意志が感じられない。

 

「・・・どういうつもりだ、おまえ?」

「もっともな疑問だが、ここで戦うつもりはない。 ここにいるということはおまえ、タウラスやアリエスと戦って生き延びたんだろ。だったら、この先へ来るだけの実力はあるということだ」

 

その二つの名前が出たことで、祐一の頭に先ほどのもやもやが戻ってくる。

アリエス、あの正体の知れない女性のことは、強引に頭から追い出してあえて考えないようにする。

そしてタウラス、即ちバーサーカーの名を聞いて、覇王軍の存在に対して抱いた怒りが再び沸いて出てきた。

今目の前にいる少女も、バーサーカーの主と名乗っていたイリヤと同じく、躊躇いもなく人を殺すことができるというのか。

 

「・・・なんでだ?」

「ん?」

「何でおまえは、覇王軍になんかいる?」

「戦いたい相手が・・・倒したい男がいる。そのための一番の近道だからだ」

「そのためなら人を殺してもいいって言うのか!?」

「私は関係ない人間など殺さない」

 

イリヤも同じことを言っていた。

殺すのは敵だけで、関係ない人間を自ら殺すことはないと。

だが結果として覇王軍の行いは無関係の人間をたくさん殺すことになる。

そして自ら手を下さずとも、そこに属している限りその責は問われるべきはずだった。

 

「自分でやらなくたって、覇王に手を貸すってのはそういうことだろ!」

「そうだとしても、私には関係ない」

「関係ないで済ませていいことかよっ!」

 

怒りに任せて、祐一は智代に斬りかかる。

振り下ろされた斬撃を、智代は体を横に開いてかわす。

それを追って祐一の剣は地面につく寸前で跳ねて横に薙ぎ払われた。

だが追尾したはずの相手の姿を、いつの間にか祐一は見失っていた。

 

ドゴッ!

 

次の瞬間、腹部の強烈な衝撃を受ける。

祐一の背後から回り込んだ智代の回し蹴りが祐一の腹部にめり込んでいた。

 

「がはっ・・・!」

 

跪く祐一を、智代は冷めた視線で見下ろしていた。

 

「それなりの実力はあるが、まだまだ弱いな、おまえ。相沢、だったか。覚えておけ。弱者のどんな思いも強者の前では無意味だ。強くなければ、何も成せはしない。己の理を貫きたければ、誰よりも強くなるしかない」

 

この少女も、同じだった。

圧倒的な力をもって、祐一に強者の理を突きつける。

鬼斬りの幽や、莢迦や、アリエス、イリヤ・・・皆同じだった。

強くなること。

そのために敵を倒すことは当たり前、と。

祐一自身も、ずっとそう思って強さを求めてきたつもりだった。

だが実際にそれを体現している者達を見て、それを否定した。

こんな強さが正しいはずはないと。

しかし、どんなに声を大にしてそれを主張しても、真の強さが何なのかという答えも、それを証明するだけの力も、祐一にはなかった。

 

「くそっ!」

 

体の痛みが引いた時、もう智代の姿はなかった。

祐一は立ち上がり、前に進む。

答えはまだ無くとも、それだけが唯一、今の祐一にできることであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

to be continued


あとがき

 とりあえず、イリヤに続いて智代フラグオン。さぁ、ここからどう発展させていこうかね〜。ま、次からはとりあえずは覇王復活祭ということで、vs十二天宮の本番が始まるわけである。