カノン・ファンタジア

 

 

 

 

Chapter 2

 

   −2−

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アザトゥース遺跡。

3000年ほど前に栄えた文明王国が築き上げた神殿と言われている遺跡である。

数十年前に発見されたが、大戦のために調査は中断され、それ以降放置されている。

規模はかなりのもので、中位の町ほどはあった。

山岳地帯に隠れるように存在しているため、到達するためのルートは東西南北に四ヶ所のみであり、使い方次第では天然の要害とすることも不可能ではない。

それゆえに、覇王軍の残党が根城にしていたとしても何ら不思議はないのである。

 

「ここか」

 

西側のルートから、往人達は遺跡へと向かっていた。

彼らもまた、町で得た情報を元にここへとやってきたのだ。

情報の出所や信憑性についての疑問は当然あったが、そもそも調査が目的の彼らである。

僅かでも可能性があるならば、そこへ赴くのが筋であった。

往人が西のルートを選んだのは、多少険しくとも彼らのいた町から最も近かったからだ。

普通の人間なら、遠回りでも東か南のルートを使う。

北にも一応ルートは存在するが、ほとんど獣道のようなもので、まず誰も利用しないであろう。

遺跡に近付くと、往人が先頭を歩いて周囲を警戒する。

少し遅れてみちる、朋也、杏、ことみと続き、最後尾を美凪がつく隊列である。

 

「気配はしないが、もし本当に連中がいるなら、もう見張られてると思った方がいい」

「なぁ、国崎さん」

「何だ?」

「そろそろ教えてくれてもいいだろ。十二天宮とか言う奴らのこと」

「ふむ」

 

周囲を警戒しながら、往人は一旦足を止める。

朋也達には往人が元四死聖の一人で、かつて覇王軍と敵対していたことは伝えてある。

だがそれ以上のことはまだ何も言っていない。

彼らの基本目的は調査だが、この閉鎖的空間で十二天宮と遭遇すれば直接戦闘になることは必定だった。

ならば、少しでも情報を与えておいた方が良いであろうと思い、往人は話すことにした。

 

「覇王十二天宮。覇王の側近で、その名の通り十二宮の名を持つ十二人の実行部隊だ。その強さは一騎当千・・・まぁ、わかりやすく数値にするとだ、二年前の奴らの平均魔力は・・・ざっと10000」

「平均一万って・・・」

「あの化け物学院長を知ってるおまえらから考えたらそれほどでもないだろうがな」

「充分化け物じゃないの・・・そいつらも」

「俺達そんなのとやりあってよく無事だったな」

「すっごく怖かったの」

 

今になって改めて、学院で十二天宮と交戦した三人はその恐ろしさを認識したようだ。

それでも臆病風には吹かれず、気を引き締める辺り、往人が見込んだだけのことはある少年少女達である。

 

「二年前までに俺達が実際に遭遇したのは十二人中十一人だけだがな。その内五人は倒したが、坂上の奴がヴァルゴの座についていたように、欠員は補充されてると思った方がいいだろうな」

「つまり少なくとも、十二人は化け物みたいな敵がいるってことだな」

「そういうことだ。最も十二人もいれば全員が全員強いってわけでもない。俺が知ってる残り六人の中で注意すべき相手は、リーダー格のライブラと、二年前では最強だったサジタリウスだけだ。スコーピオンとジェミニは特殊能力が厄介だが、それ以外は問題ない。キャンサーとピスケスも気にするほどの相手じゃない」

 

「言ってくれるな、国崎往人」

 

「事実だろ、蟹野郎」

 

往人が顔を向けた先、折れた柱の上に十二天宮キャンサーが立っていた。

学院でそれを相手に怖い目に合わされたことみがササッと朋也の後ろに隠れる。

 

「おまえだけじゃないだろ。こそこそしてないで出てきな」

 

言われてキャンサーと逆側の瓦礫の影からジェミニが姿を現す。

さらにいつの間にか、正面の道にもう一人、射手座の紋章をつけた男が立っていた。

 

「サジタリウス・・・」

「久しいな、国崎往人。覚えていてもらって光栄だよ」

「死に損ないどもがこんなところでモグラごっこか? 楽しいとも思えないがな」

「君の人形ごっこよりは楽しいと思うけどね」

「試してみるか?」

 

往人の放つ殺気が物理的圧力を持っているかのように突風をなって吹き荒ぶ。

その激しさに、直接それを向けられたわけでもない朋也達まで気圧されて数歩後ずさる。

 

「サジタリウスとは俺がやる。おまえらは残りのとやっとけ」

 

ポケットから取り出した三つの法弾が放られると、遺跡の西地区で最初の戦闘が開始された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

覇王軍残党に懸けられた賞金総額はかなりのものである。

連合軍に参加した十を超える国々がそれぞれに賞金を出しているため、そうなったのだ。

当然、それを求める傭兵や賞金稼ぎはごまんといる。

今、祐一達が置かれている状況はつまりそういうことだった。

 

「・・・すごい人」

「あははー、大勢いますね〜」

 

彼らが選んだ東側のルートには、軽く見積もっても4、50人は人が集まっている。

それに加えて、途中で南側のルートへ回った者達も多くいたため、総勢で100人近い傭兵や賞金稼ぎがいることになる。

中には、各国が遣わした密偵などもいるかもしれない。

如何にこの二年間、覇王軍残党に関する情報が無く、今回判明した情報が重要視されているかが窺える。

 

「・・・やっぱり何かおかしいなぁ」

 

この状況を見て、莢迦はますます怪訝そうな表情を強める。

それは祐一にもわかった。

突然降って沸いたような情報だというのに、広まるのが早すぎた。

一体どういう経路で、どうやって広まった情報なのか。

まるでそこに誰かの意図が働いているかのように思えた。

 

「あの男は・・・・・・いないか」

「群れるのが嫌いな奴だからね。たぶん、あまり人のいないルートを通ってるんじゃないかな?」

「・・・ほんとにおまえ、あの男とどんな知り合いなんだ?」

「内緒。まぁいいじゃないの。ほらほら、油断してると危ないよ」

 

既に祐一達は遺跡の外周部に達していた。

もしも情報通りここに覇王軍残党が潜伏しているとしたら、ここはもう敵の勢力圏ということになる。

どこから不意打ちがあるかわからないため、自然と四人は前後左右をそれぞれに見張りながら移動することになった。

だが、それは杞憂に終わった。

敵は堂々と、道の中央で彼らを待ち構えていた。

先頭集団がその姿を見つけて足を止め、そこから後方へざわめきが伝わってくる。

それは敵に遭遇した緊張感というよりは、不思議な動揺を孕んだざわめきであった。

おそらくその相手を見た彼らは最初、それを敵とは認識しないであろう。

何故、こんなところにいるのか、その疑問がまず浮かぶこととなる。

祐一達は集団から少し外れて、高いところから前方を確認した。

そして、彼らも唖然とする。

特に祐一は、他の者達とは別の戸惑いも覚えた。

 

「ようこそ、皆様方」

 

コートの裾をつまんで軽くお辞儀をしてみせたのは、祐一が先日町で出会ったイリヤと名乗る少女であった。

この殺伐とした空気の中にいるには、あまりに場違いな存在である。

だがその思いは、少女が次に発した言葉で完全に吹き飛ぶ。

 

「本日は、覇王復活祭へようこそおいでくださいました」

 

別のざわめきが広がる。

色々な思いが駆け巡り、皆が動揺する様を見て、イリヤは楽しげに笑う。

 

「うふふ、なーんてね。残念だけど、弱い人達はお祭りに参加する権利はないの。だから、今からふるいをかけるね。命が惜しい人は十数える間に帰ること」

 

場違いな雰囲気をまとった少女が発する言葉を即座には理解できず、皆呆然としている。

そんな状況を楽しみながら、少女は歌うように数を数え始める。

 

「eins・・・zwei・・・drei・・・vier・・・fünf・・・・・・」

 

イリヤの言葉通りならば、それは死の宣告へのカウントダウンであるはずだった。

だが、それを現実として認識できるものなど、この時点ではいない。

 

「sechs・・・sieben・・・acht・・・neun・・・zehn。はい、時間切れー」

 

数が数え終わるまでの間にその場から動いた者は皆無だった。

 

「さすがここまで来た人達、命はいらないみたいだね。せめて殺される相手の名前くらい教えてあげる。わたしはイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン」

 

少女のフルネームを聞いた途端、何人かの顔色が変わる。

祐一にはピンと来ない名前だったが、莢迦や佐祐理、その他数人には聞き覚えのある名前らしかった。

 

「アインツベルンか。なるほどね」

「何だよ、そのアインツベルンってのは?」

「古くから続く魔導師の名門です。その保有する魔術知識の量はサーガイア魔法学院に匹敵するとまで言われています」

 

世界最高峰の魔術師養成施設と同等の魔法レベルを持った家系、それがアインツベルンである。

それをこの場にいる少女が名乗り、覇王の名を口にしたことが意味するところは・・・。

 

「アインツベルンが覇王の後ろ盾についた、か」

 

だとすれば、この二年間覇王軍残党がまったく発見されなかったのも頷ける。

アインツベルンのような古い名門が保有する土地は治外法権であり、連合国軍と言えども立ち入ることはできない。

それなりの調査はしたのだろうが、土地の所有者が隠そうと思えばいくらでも隠せることだった。

そして現在、国を失った覇王軍の活動資金も全て、アインツベルンから出ていると考えられる。

 

「厄介だこと」

「・・・何か来る」

 

舞に言われるまでもなく、祐一も莢迦も感じ取っていた。

何か、圧倒的な存在感を持つものは近付きつつあった。

 

「上か!」

 

気付いた何人かが空中を仰ぎ見て、唖然とする。

灰色の巨体が、降ってきた。

 

ズーーーンッ!!!!!

 

轟音を上げて、それは祐一達とイリヤの間に落下する。

ゆっくりと上体を持ち上げた巨体は、身長3メートル余りはあった。

その姿を見て祐一は、先日会った時の別れ際のイリヤの言葉を不意に思い出す。

 

『灰色の巨人に会ったら絶対逃げること。さもないと、死んじゃうよ』

 

それは紛れも無く、死をもたらす灰色の巨人であった。

 

「そしてこれが、覇王十二天宮タウラス。わたしの忠実な従者で、最強無敵のバーサーカーだよ」

 

巨人が、吠えた。

その圧倒的な存在感が、計り知れない力が、見る者全てに恐怖を与える。

 

「もう一度だけ、特別にチャンスをあげる。逃げたければ逃げなさい」

 

イリヤが微笑む。

それは慈悲か、それともただの余裕か。

どちらであるかを判断する冷静さを持ち合わせている者は、ほとんどいなかった。

ただ迫り来る恐怖から逃げたいという思いと、それを否定する虚栄心だけで皆ここに踏みとどまっている。

彼らは、本能が感じる恐怖に従うべきだった。

しかし、如何に強大であっても敵は二人であり、自分達が集団であるという事実が、彼らの判断を狂わせる。

全員でかかれば、倒せるかもしれない。

そんな甘い幻想が、彼らの命運を決めた。

 

「誰も逃げないんだ。ふ〜ん。じゃあ、殺すね。やっちゃえ、バーサーカー」

 

咆哮と共に、巨人が駆ける。

迫り来る巨体に対し、傭兵達は散開し、押し包むように攻撃を仕掛ける。

 

ブゥゥゥンッ!!!

 

一振り。

バーサーカーが手にした斧剣を一度振るっただけで、全てが薙ぎ払われた。

彼らの勇気も、闘志も、希望も、命も・・・。

もはや遅すぎた。

誰もそこから、逃げることなど適わない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遺跡の南地区。

 

「やれやれ、ハズレを引いちまったか」

「そうみたいだな」

 

槍を肩に立て掛け、廃墟の上に腰掛けているのは十二天宮のレオ。

トンファーを手に道の中央に立っているのは十二天宮ヴァルゴ、智代であった。

そして二人の眼前には、数十人の屍が横たわっている。

十二天宮二人を前に、この南のルートは誰一人生き残ることができず、全滅した。

 

「東はお姫さんと怪物、それに“あの女”だしな。せっかくの骨のある奴まで殺しちまうかもしれねぇ。こりゃ強ぇ奴は西に行っててくれることを祈るしかねぇな」

「北はどうなんだ? あっちはカプリコーン一人だろう?」

「あっちはもっと期待薄いぜ。お姫さんの怪物とは別の意味で、あの野郎も化け物だ。あれとやりあうなんざ、想像しただけでゾッとするぜ」

「そうか」

「おいおい、どこ行くんだよ?」

 

踵を返して歩き出した智代の背中にレオが問いかける。

 

「別の場所の様子を見てくる。ここは任せた」

「つまんねぇとこ押し付けてく気かよ!?」

「頼む」

 

振り返った智代が微笑む。

その顔で頼まれてしまっては、否と言うこともできない。

かつては最強の死神と呼ばれた一人だというのに、やたらとかわらしい笑顔であった。

こんな少女があれほど強いなどというのは反則であろうとレオは思う。

 

「チッ、今日はマジでついてねぇや」

 

一人取り残されたレオは、苦笑いを浮かべながら肩をすくめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

他に誰もいない北地区。

そこを突き進む二人・・・正確には一人はもう片方に担がれている。

 

「なかなか趣のある所です。ヒトデの魅力には些か及びませんが」

 

網に入れられ吊るされている風子が流れ行く周囲の景色をそう評価する。

それを担いでいる男、幽は遺跡のことなど一切気に留めず、ただひたすら前を目指して歩いている。

速度を緩めることなく進んでいた幽が、急激に足を止めた。

 

「わ!」

 

結果、ぶら下がっていた風子は反動で幽の背中に顔面からぶつかることとなる。

 

「急に止まらないでくださいっ」

 

背後で文句を言いながら騒いでいる風子の声など聞こえていないかのように、幽はまっすぐ前方斜め上、階段を昇った先にいる者の姿を見据えていた。

ピンと背筋を張った細身の男。

着物姿に陣羽織をまとっており、長い髪は結い上げてある。

そして何より特徴的なのは、幽のものに匹敵するほどの長刀だった。

 

「誰だ、てめェ?」

「覇王十二天宮カプリコーン。名を、佐々木小次郎」

 

その名と、何よりその男の放つ強烈な剣気に呼応して、幽の全身から闘気が溢れ出る。

それを、小次郎も敏感に感じ取っていた。

 

「鬼斬りの幽殿とお見受けした」

「俺の名を知って尚俺の前に立つか。覚悟は出来てるようだな」

「無論。覚悟など、剣を手にした時より疾うにできている」

「上等だ。なら望み通り、鬼斬りの剣で斬り伏せてやるぜ」

 

幽は肩に担いだ長剣の鯉口を切り、後ろへ大きく傾ける。

すると鞘は、そこに吊るしている風子もろとも下に落ちた。

 

「んきゅっ!」

 

落とされた風子は受け身を取る間もなく、地面に転がる。

 

「もうっ、最悪です!」

 

打ち付けた部分をさすりながら悪態をつく風子。

だがその声など、当然もう幽には聞こえてすらいない。

剣を抜いた幽は、一匹の鬼と化し、眼前に立ちはだかる剣士目掛けて駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遺跡の奥深く、祭壇の間には残りの十二天宮の内三人が集っていた。

石造りの棺を前に儀式の準備を執り行っているのが、往人がリーダー格を評したライブラ。

そして残る二人が、スコーピオンとピスケスであった。

 

「そろそろ始まった頃合かしらねぇ?」

「くくくっ、乗せられてるとも知らずに馬鹿な連中だぜ」

「・・・この遺跡全体に張り巡らせた結界は、その内側で使用された魔力を集め、儀式のための糧とする。後は最後に、強い魔力を持った者の血を捧げれば、覇王復活祭は成就する」

 

祭壇の前には二つの杯が置かれており、片方は体が、もう片方には赤い液体、血が注がれていた。

 

「水瀬秋子とカタリナ・スウォンジー。二人ともの血を手に入れていれば、わざわざここに敵を招き入れる危険を冒す必要もなかったのだがな」

「私はちゃんと水瀬秋子の血を持って帰ったじゃない。文句ならサーガイアへ行った連中に言ってちょうだい」

「微量過ぎる。お陰でもう片方の血は、直接この場で流されるだけの量と鮮度が必要になった」

「だから俺様を行かせりゃ良かったんだよ。雑魚や新顔どもじゃなくてな」

「過ぎたことを言っても始まらん。とにかく、有象無象に用はない。四方に散った者達にはクズどもの排除と、敵の魔力消費、そして魔力の高い者の誘い込みをやらせる。当然、魔力の無い者は邪魔者以外の何物でもない」

 

ライブラが指し示しているのは、鬼斬りの幽のことであった。

彼らの目的に、幽はただ邪魔なだけなのである。

復活した覇王は、あの男との決着を望むであろうと、腹心であるライブラはその思いを理解しているが、あえて言う。

 

「鬼斬りの幽だけは、遺跡の深部へ入る前に始末する」

「情報通りなら、あの男は北からやってくるはずね」

「北は、カプリコーンの奴か」

「そう、あの男ならば問題あるまい」

 

十二天宮ライブラの策略が張り巡らされた中、アザトゥース遺跡における戦いの幕が、切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

to be continued


あとがき

 最後の方はちょっと無理やり、覇王十二天宮、一人を除いて全員登場。レオとしてランサーを登場させたのに続いて、Fateからバーサーカーと佐々木小次郎も参戦。さっそくその強さを存分に揮ってもらいましょう。逆に、ランサーは原作同様の貧乏くじ・・・いやいや、いずれ彼にもたっぷり戦ってもらいますとも。

 ところで今回、イリヤが数を数える場面が実は一番悩んだところ。ただの数字だと味気ないと思って母国語を使わせようと思ったものの・・・イリヤの母国ってどこだ?な状態に。まぁ、色んな要素と、響きが良いという理由からドイツ語に決定。