カノン・ファンタジア
Chapter 1-B
-5-
一階玄関ホール。
中央にできた瓦礫の山から最初に這い出したのは往人だった。
「ちっ、なんだってんだ?」
智代との戦闘中、突然天井が崩れ落ち、さらに上から降ってきた重力場に圧されて自分達が立っていた床ごと下に落とされたのだった。
頭上を見ると、穴は空が見えるところまで続いている。
一番上の階では見知らぬ女生徒が下を覗き込んでおり、二つ上の階ではみちるや執行部を名乗った生徒達が同じく穴から下を覗き込んでいた。
続いて往人は、今いる場所の状況を確認する。
遠巻きに倒れている、或いはそれを解放しつつ状況を見守っている生徒や講師が多数。
さらに近くに、いきなり天井が崩れてきたことにおそらく唖然としている見知った二人、岡崎朋也と藤林杏。
そして・・・。
ドカッ!
瓦礫の下から這い出してくる智代と、他に二人。
いずれも往人にとっては知っている相手であり、あまり会いたいとも思わない顔ぶれであった。
「坂上だけじゃねぇとは思ってたが、おまえらか」
十二天宮ヴァルゴを名乗った智代と共にいるのは、同じく十二天宮のキャンサーとジェミニである。
相手も往人の姿を見止めると、キャンサーは顔を引きつらせ、ジェミニは笑みを浮かべた。
「貴様・・・国崎往人!」
「やぁ、ひさしぶりだね、人形使い」
「けっ、死に損ないどもが雁首揃えて出てきやがったか」
仇敵同士の再会は、当然のことながら穏やかなものとは程遠い。
みなぎる殺気がホール中を包み込む。
遠巻きに見ている講師と生徒達も、それにたじろいで近づけずにいる。
例外は、最も近くにいた二人であった。
「おい、あんた」
「何でこんなところにあなたがいるのよ?」
「よぉ、おまえら。事情の説明は、とりあえず後回しだ。まずは・・・」
往人が三人の十二天宮を見据えると、朋也と杏も状況を再認識して身構える。
そちらに対する警戒は怠らずに、智代は傍らの二人に問いかける。
「首尾はどうなっているんだ?」
「僕の方は手筈通り陽動してたよ。君達の方こそどうだったのさ?」
智代とジェミニの視線がキャンサーに集中する。
二人の視線を受けて、少しバツが悪そうにキャンサーは答えた。
「カタリナ・スウォンジーは見付かっておらん」
「何だ、使えない奴だな」
「まったくだね。僕は働き損じゃないか」
「黙れ! 貴様こそ何だヴァルゴ! 昔の仲間が相手だからと言って手を抜いていたのではないか?」
「おもしろい冗談だな、キャンサー。私は相手が誰であれ常に本気だぞ。試してみるか?」
「ぐ・・・馬鹿な。十二天宮同士の争いなど下らぬわっ」
「どうでもいいけどどうするのさ、この状況」
遠巻きにとはいえ、三人は完全に包囲されていた。
その上敵の一人は宿敵たる四死聖の一人である。
自分達の側にも元四死聖が一人いる上、元々十二天宮と四死聖は互角のはずであったが、この状況は些か彼らに不利と言えた。
「どうやら、作戦失敗のようだな」
「じゃ、ここは逃げるが勝ちだね」
「致し方あるまい」
「逃げられるとお思いですか?」
「「「!!?」」」
予想外の方角からの声。
それに驚いたのも束の間、三人の足下に法陣が浮かび上がる。
「しまった! 拘束結界か!?」
うろたえるキャンサーとは裏腹に冷静に現状把握に努める智代は、今までいなかった人物の姿を見止めた。
落ち着いた雰囲気の、若い銀髪の女性。
「カタリナ・スウォンジー、か」
彼女こそ、智代達が捜し求めていた相手。
サーガイア魔法学院の学院長にして、世界最高の魔法使い、カタリナ・スウォンジーであった。
「私の学院で、随分な振る舞いをなさってくださいましたね」
敵を前にしているというのに、その表情も口調も穏やかである。
しかし、多くの者は認識できていないようだが、内から迸る強大な魔力はそれだけで圧迫感を覚えさせるものがあった。
大きく、包み込まれるような魔力の実体を正確に把握しているのは、おそらくこの場で往人を含めて三人ないし四人程度であろう。
「(それにしてもマジで、なんつー馬鹿でかい魔力だ・・・)」
往人は彼女以外にも、四大魔女と呼ばれた者を二人知っているが、いずれも全力で魔力を開放したところを見た事はない。
これが伝説の四大魔女が持つ真の力だとしたら、とんでもない化け物振りだと思った。
「(あの女とまともにやりあったら俺でも勝てるかどうか怪しいが・・・)」
ちらっと往人は結界に囚われている十二天宮達に目を向ける。
身動きが取れない状態にも関わらず、彼らの余裕は崩れていない。
特に、ジェミニの落ち着き振りを見て、往人はこの後に起こる事態を確信した。
「学院長さんよ、無駄なことはやめとけ」
「?」
ドカッ!
往人の即頭部に事典が炸裂した。
「学院長にどーゆー口聞いてんのよ、あんたは!」
「構いませんよ、藤林さん。無駄とは、どういうことですか?」
「見ろ」
顎をしゃくって結界の方を指し示す往人。
その中にいる三人は、結界とは別の光に包まれ、段々とその姿が消えかけていた。
完全にその姿が消え去る直前、最後まで残っていたジェミニがしたり顔で手を振っていたのが小憎たらしかった。
逃げられたという事実を認識したところで杏が騒ぎ出すが、後の祭りである。
「転移魔法・・・結界の中でか?」
朋也が皆が抱く疑問を口に出す。
そう思うのも当然で、世界最高の魔導師が作り上げた結界内から直接転移するなど、普通ならば考えられないことであった。
「あれが十二天宮ジェミニの特殊能力の一つさ。片割れのいるところへならどんな状況からでも転移できる。それがどれほど空間を隔てた場所であってもな」
「片割れ?」
「そうだ。十二天宮ジェミニは、二人いるんだよ」
「何にしても、逃げられてしまったようですね。このような事態になるとは、少し油断していました」
「見たところ犠牲者ゼロだろ。十二天宮三人を相手にしたことを考えれば御の字だ」
十二人揃えば数万の大軍に匹敵すると言わしめ、大戦時には各地で猛威を揮い、何人もの犠牲者を出してきた相手である。
それに攻め込まれてこの程度の被害で済んだ点は、さすがはサーガイア魔法学院と言ったところであった。
騒動の収拾がついたところで、往人とみちるは学院長室にやってきていた。
「この度は、事態の解決にご尽力くださり、感謝します」
「気にするな。たまたま居合わせただけだ」
バキッ!
「だから何であんたはそんなに偉そうなのよ!」
来賓用のソファにドカッと腰掛けてふんぞり返っている往人の頭を杏が叩く。
学院長室には他に、朋也と杏、それにことみの三人が同席していた。
「まぁ、いいじゃないか、杏」
「あんたも!」
杏がビシッと指差した先には、同じくソファに腰掛けてことみの出したお茶菓子をつまんでいる朋也がいた。
みちるも同様にお茶菓子を食べるのに夢中で、この場において学院長たるカタリナに敬意を払っているのは杏とことみの二人だけであった。
「藤林さんもことみちゃんも、どうぞ座ってくださいな」
カタリナに促されて、ようやく二人も腰を下ろす。
「さて、みなさんに集まっていただいたのは他でもありません、先ほどのことです」
そう切り出され、座ることで多少は寛いだ姿勢になっていた杏とことみは改めて居住まいを正す。
しかし、尚も寛ぎすぎな残りの三人、特に往人と朋也に対して杏はさらに鋭い視線を向けるが、本人達はまるで意に介していない。
「この二年間、まったく行方がわからなかった覇王軍の残党が姿を現したというのは由々しき事態です。早急に対策を講じる必要があるかと思われます」
「随分と素早い対応だが、いいのか? 一応、サーガイアは中立都市のはずだろ。覇王のやってきたことを考えれば連合側に肩入れするのは真っ当だが、国と国の争いに積極的に介入するのは外交的にまずいんじゃないのか?」
「ええ。ですからこれはあくまで、私事です。ゆえに内密に、信用のおける方々に調査をお願いしたいと思いまして」
「それが私達・・・ですか?」
「もちろん、他にも数名、同様の調査を頼むつもりではいます。ですが、早急に動ける人材をと思っていましたので、実際に彼らと交戦したあなた方が適任かと判断しました」
講師はもちろん、執行部をはじめとする学内の団体を通して事を内密に運ぶには、少々手間がかかる。
その点朋也と杏は実力的には申し分なく、その上そうした団体とは無関係であるため、今すぐに動いてもらうことができる人材であった。
カタリナ自身の直弟子であることみの友人であるという点からも、頼みごとがしやすい間柄であるとも言えた。
そして、彼らだけでは心もとないが、幸いなことにこの場に往人達が居合わせた。
これはカタリナにとって渡りに船というものであった。
「つきましては、国崎往人さん。あなたには彼らの護衛という立場で調査に同行していただきたいのですが、いかがでしょう?」
「それで俺に何のメリットがある?」
「元々あなたと覇王は仇敵同士のはず。どちらにしてもあなた自身彼らを追うのでしょう? でしたら、同行する人数が少々増えても変わりないのではありませんか?」
「足手まといはいらんのだがな」
「なんですって!」
「まぁその点こいつらなら心配いらんとも思う」
「む・・・」
「ただし」
そこで往人はさらにふんぞり返りながら右手の人差し指と親指で円を描いてみせる。
「これ次第だな」
「では、これくらいでいかかがでしょう?」
机の引き出しから取り出してささっと金額を書いた小切手を、カタリナは風の魔法に乗せて往人のもとへ飛ばす。
それを受け取って金額を確認した往人は、ソファに沈み込んでいた体を起こし、カタリナの目の前まで行って机上に小切手を叩き付ける。
「現金で頼む」
「承知しました」
「交渉成立だな」
ニカッと笑みを浮かべてソファに戻る往人に、杏とみちるが冷ややかな視線を送る。
「おかねのもうじゃ」
「最低ね」
「黙れ小娘ども。依頼に対する正当な報酬の要求だ」
「学院長、俺達も特別手当とかもらえるですか?」
「ええ、もちろん」
「よし」
そんな中、ちゃっかり朋也も自分のことを確認している。
杏はそっちの方も睨みつけるが、自分も働きに対して報酬がもらえるという点は満更でもないようで、文句は言わなかった。
「まぁ、元々カタリナ・スウォンジーってのがどんな人物なのか見るついでに金でも借りられたらと思ってたところだったからな、こっちとしちゃ好都合だ。借りると後で返すのが面倒だが報酬という形なら何も遠慮する必要がない」
「言っておくけど、正当な報酬っていうのは依頼を正当にこなした人がもらえるものなのよ?」
「そうだ、せっかくだから釣り銭代わりに特別に俺の芸を見せてやろう。借りるのがだめな時はこいつで金をもらうつもりだったんだがな」
「そういうのは芸の押し売りって言うんじゃないのか?」
朋也と杏から浴びせられるツッコミを無視して、往人はポケットから取り出した人形をテーブルの上に置く。
何が始まるのかと、朋也は興味深げに、杏は胡散臭げに、ことみはわくわくしながら、カタリナは変わらぬ笑顔で注目する。
皆が見ている前で往人は人形に力を込める。
すると手も触れていないのに、人形はひとりでに動き出し、テーブルの上を行ったり来たりする。
ぴょこぴょこ
既に見飽きているみちるは白けた表情で見るともなしに見ているが、他の四人は人形の動きを目で追っていく。
珍しさと、この次どうなるのかという期待感を孕んだ眼差しを受ける中、人形はひたすら行ったり来たりしている。
ただひたすら、テーブルの上を歩き続ける。
段々、朋也と杏の表情は引きつり出した。
「・・・これだけ、か?」
答えにの代わりに、人形はひたすら歩き続ける。
「ねぇ、朋也」
「なんだ、杏?」
「これ、正直に感想言っちゃっていいと思う?」
「いいんじゃないか」
「センスの欠片も無し!」
ばたっ
往人が固まり、人形は倒れた。
朋也と杏はそんな人形と往人に冷ややかな視線を送り、カタリナはやはり笑顔を崩さない。
そんな中、唯一人賞賛を送ったのはことみであった。
「とっても不思議、すごいの」
ぱちぱちぱちっ
お世辞などではなく、それは紛れもない心からの賞賛であった。
それを受けて固まっていた往人と人形も復活する。
「おお、わかるか小娘」
「小娘じゃなくて、ことみ。呼ぶ時は、ことみちゃん」
「そうかそうか。俺の高尚な芸を理解できるとは大したものだぞ、ことみちゃんとやら」
「褒められたの」
嬉しそうに微笑むことみ。
すると何かを思い立ったのか、一旦席を立つ。
すぐに戻ってきたことみが手にしていたものを見て、朋也と杏が表情を引きつらせる。
「う・・・」
「げ・・・」
それのケースが開かれると同時に、二人はソファから立って部屋の隅へと避難する。
芸に賞賛を送られて上機嫌の往人と、二人の行動を不思議そうに見ているみちるの前でことみが取り出したのは、ヴァイオリンであった。
「お人形さんの動きに合わせて、演奏するの」
「それはいい。芸術のハーモニーだな」
得意になった往人は、人形に真似事でヴァイオリンを弾く仕草をさせる。
そして、ことみが演奏を始めた。
ぎーこーぎーこー♪
響き渡る怪奇音。
何をどうしたらヴァイオリンでそんな音が出せると言うのか。
「ぐぉぉぉぉぉぉ・・・!!」
「んにぃぃぃぃぃ・・・!!」
すぐ傍にいる往人とみちるは、生まれてはじめて聞く殺人音波に身悶える。
皮肉なことに、その時悶える往人が操っていた人形は、彼が今まで動かしてきた中で最も愉快な動きをしていたと、後にみちるは語った。
ぎぎ~ここ~ぎーこー♪
さらに続くことみの演奏(?)で、まずみちるが気絶した。
往人が先に逃げた二人の姿を部屋の隅に探すと、そろって耳を塞いで耐えていた。
そしてもう一人室内にいてこの音を聞いているはずのカタリナは、まったく笑顔を絶やさない。
だが往人には見えていた。
彼女の周囲に張り巡らされた真空の膜が。
それが音をシャットアウトしているのだ。
「て、てめぇら・・・知ってたんなら、先に・・・・・・」
言え、と言葉に出す前に、往人の意識は飛んだ。
演奏を終えると、ことみは一人うっとりとしていた。
翌朝。
サーガイアの町外れに彼らはいた。
往人、美凪、みちるの三人組に、朋也、杏、ことみの学生三人組の計六人である。
「しかし、ことみまで一緒に来るとは意外だったな」
「ほんとね」
「これも修行の内、ってカタリナ師匠が言ってたの」
「大丈夫~? こわ~いことがいっぱいよ?」
「こ、怖いのは嫌だけど、が、がんばるのっ」
「ほんっとーーーーーに怖いわよ。それはもう口では言えないような恐ろしいことが・・・」
「と、朋也君、杏ちゃんがいじめるぅ」
涙目になったことみが朋也の背後に隠れ、それを見て杏とみちるが笑い声を上げていた。
「ったく、ピクニックじゃねぇんだぞ、ガキどもが」
「・・・明るいのは元気な証拠。良いことです」
美凪はそう言うが、往人はやはり足手まといを抱え込んだかと内心頭を抱える。
最も、この程度の要素、往人にとっては何ら問題がないのも事実だった。
いざとなれば往人は攻めることだけに専念できる。
何故ならば、守ることにかけては自分より遥かに優れている人間が傍らにいるのだから。
「・・・国崎さん。カタリナさんはお元気でしたか?」
「ああ、ありゃとんでもない女だ。さすがは、おまえやあいつの昔の仲間だな」
「・・・私はともかく、“あの人”と一番長く一緒にいた人ですから」
予想外の展開とは言え、この旅は往人にとって一石二鳥でも三鳥でもあった。
覇王軍残党の事、その調査依頼の報酬、そして気になっていた二人を伴っての旅となったのだから、複数の目的が一気に達せられる。
往人達と朋也達を結ぶ奇縁とやらが何なのかはまだわからないが、それもいずれわかるであろう。
「さてと、おらいつまでも騒いでないで行くぞガキども」
「ガキって言うな、バカー!」
「偉そうに仕切らないでよっ」
「やれやれ。ほら、ことみも人の背中に引っ付いてないで行くぞ」
「うん」
「・・・楽しい旅になりそうです。みなさんに星の導きがあらんことを」
こうして往人を先頭に、六人はサーガイアから旅立ったのであった。
to be continued
あとがき
Bパートサーガイア編は比較的短くなったが、結果としてChapter1は全13話、妥当なところか。次からはChapter2、アザトゥース遺跡編の開始である。さらなる新キャラを加えていよいよ覇王軍との直接対決・・・となるのだ・が。一つ問題点。
開始前にかなり削減したつもりだったのだがやはり、キャラが、増えすぎた・・・。カノン編、サーガイア編で出てきた面子に加え、この後Chapter2、さらに遅めのChapter3で登場予定の面子まで加えると、メインっぽいキャラだけで軽く15人は超えることに。デモンの時も結構な人数がいたけど、あっちでは祐一・エリス・さやかの三人がEX中盤辺りから絶対的地位を確立してたのでそれほど困らなかったものの、こっちではまだ誰が真のメインキャラなのかはっきりしない状態。メインとしてほぼ定着しそうなのは、主役の祐一、それに莢迦、幽、そして四死聖の往人、智代辺り。あと登場は大分後になるけど四死聖の四人目がいて、あとChapter2で出てくる一人を加えた七人が主役級、ってそれでほとんど充分だな・・・。四大魔女の他の三人はメインっぽいサブという位置付けがはっきりしているのだが、やはり問題は舞、佐祐理、朋也、杏、ことみ辺りの扱いか・・・。
そして最大の問題は・・・祐一のヒロインが決まらん・・・。一応、既に登場してるキャラ、それにChapter2で登場するキャラと候補は何人かいるのだけど。まぁ、デモンの時も中盤までは宙ぶらりんだった要素だけに、急いで考えることでもない。けれど、結構重要なテーマに関わってくるキャラでもあるので、早めに誰にするか決めたいところでも、ある。そんな諸問題を抱えつつ、Chapter2へ続く!