カノン・ファンタジア

 

 

 

 

Chapter 1−B

 

   −4−

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事態の進行に唖然とする執行部の生徒達。

だが使命感から、不審者二人の戦いを止めようと動き出す。

その前に、みちるが立ちはだかった。

 

「近付いたらだめだよ」

「しかし君、こんな場所で戦闘行為など・・・」

「国崎往人は、普段バカでへっぽこげーにんだけど、本気で戦ってる時のあいつに近付いたら・・・死ぬよ」

 

ましてや相手も、その往人と同等の実力者なのである。

魔法の才能に溢れる学院の生徒達と言えど、いやそれを教える講師達ですら、この戦いに介入する事は不可能だった。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

往人と智代は、じっと向き合っている。

だが、じっとしているように見えるのは表面上だけで、実際には少しずつ体を動かして相手の隙を窺っていた。

智代によって弾かれた法弾は、今は全て往人の周囲を飛び交っている。

高速で往人の周りを飛ぶ三個の法弾は、まさに攻防一体の武器であった。

 

「どうした坂上、今さら怖気づいたか?」

「まさか」

 

言葉を交わす、その一瞬の隙をついて智代が踏み込む。

相手に向かって斜め前方へ跳躍し、壁を蹴った反動で往人を強襲する。

 

ガッ!

 

トンファーの一撃が、往人の顔面に入ったかと思われたが、それは寸前で、往人が攻撃された一点で固定した法弾によって受け止められていた。

動きが止まった智代目掛けて、残り二つの法弾が襲い掛かる。

片方を右手のトンファーで弾きつつ、智代は体を深く沈めてもう片方も回避する。

地面に伏せた智代が往人の足を払いに行くと、往人は後退してそれをかわす。

下がりつつ往人は、法弾の軌道を変えて智代の頭上に落とした。

 

ドカッ!

 

法弾によって床が砕かれる。

転がりながら避けた智代は、起き上がりながら回転の遠心力を込めた裏拳を叩き込む。

今度も往人は、法弾一つでそれを受け止めようとするが・・・。

 

「ぐ・・・っ!」

 

威力を殺しきれず、法弾は弾かれ、往人は上体をそらして智代の攻撃をかわした。

 

「もらったぞ!」

 

体勢の崩れた往人目掛けてトンファーを振りかぶる智代。

だがその隙を往人は見逃さなかった。

 

ドッ!

 

往人の放った法弾が、智代の腹部を直撃する。

 

「かはっ・・・!」

 

全身を突き抜ける衝撃に、智代が後退する。

そこを狙って往人がさらに攻撃を仕掛けるが・・・。

 

「!!」

 

一度深く体を沈みこませた智代が、そこから弾丸のような速度で床の上すれすれを往人目掛けて突っ込む。

ほんの僅かの間、智代の姿を見失った往人は全ての法弾を防御にまわすため手元に戻す。

沈み込んだ体勢で往人の足下まで入り込んだ智代は下から突き上げるように攻撃を繰り出した。

トンファーによる初撃と第二撃はいずれも法弾に防がれる。

続けて放った蹴りも往人にガードされるが、そこまで全てが智代のフェイントであった。

 

ドゴッ!

 

「ガッ・・・!」

 

蹴りをガードされた状態から飛び上がり、体を旋回させながらの後ろ回し蹴りが往人の顎を捉える。

浮き上がった往人の体に追い討ちをかけようとする智代だったが、三個の法弾がそれを阻む。

二人は一旦距離を取って再び向き合う。

往人は蹴られて外れかけた顎を強引に元に戻し、智代は口内に溢れた血を吐き出す。

どちらも端から見ていたら直撃かと思われたが、寸前で自ら攻撃の方向と同じ方向へ跳ぶことによってダメージは最小限にとどめていた。

しかしいずれも岩をも砕く一撃である。

軽減したとはいえその衝撃は計り知れないものがあった。

 

「ってぇ・・・やってくれるな」

「そっちこそ。今のは結構効いたぞ」

「これが効いてる奴の蹴りかよ」

 

こきこきと顎を鳴らしつつ、完全に元の状態になったことを確認する往人。

蹴られた瞬間に切れた口元の血を拭いながら、直立姿勢に戻る。

周囲には先ほどと同様、三つの法弾が飛び交っている。

 

「さてそろそろ、本気で行くとするか」

「なら私は、その上を行く本気で行かせてもらおう」

「ざけんな、俺はさらにその上の本気だ」

「おもしろい。私はさらにもっとその上の本気を出すとしよう」

「強がってんじゃねぇよ小娘が。まぁ、俺はさらにもっとすげー上の超本気だがな」

「残念だが勝負ありだ。私はさらにもっとすごい極大の超本気だからな」

「しょうがねぇな。じゃあ俺はさらにもっと・・・」

「いい加減にしろーっ!!」

 

みちるがツッコミと共に投げつけたタイルの欠片を法弾で撃ち落す往人。

それが合図に、二人は再び動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

敵に向かって駆けながら、朋也は魔法の矢を撃ち出す。

一本だけの矢はあっさりかわされるが、その隙に接近し拳を突き出した。

魔力をまとわせた拳は、当たれば相当のダメージを与えることのできるものである。

両手をポケットに入れ、余裕を見せた姿勢でジェミニは朋也の攻撃をかわしていく。

 

「速度重視の魔法の矢から魔力をまとっての接近戦、なかなかやるけど、そのくらいじゃ僕には当たらないよ」

「それは、どうかな?」

 

かわされながら、朋也は同じ攻撃を繰り返す。

単純な動作の繰り返しから、急激に身を沈める。

一瞬それに対応が遅れたジェミニの眼前に、炎の弾丸が迫ってきていた。

 

「うわっと!」

 

上体をそらして回避しながらも、ジェミニは大きく体勢を崩す。

そこへ回り込んだ朋也が拳を繰り出した。

 

パシッ!

 

たまらずジェミニは手を出してそれを受け止める。

動きの止まったところへ、さらに頭上からの追い討ちがかかった。

 

「喰らいなさいっ!」

 

先ほどのものよりさらに魔力を込めた特大の炎弾を杏が撃ち出す。

着弾寸前に朋也とジェミニは互いに後方に跳ぶが、杏の放った炎弾はカーブを描いて後退したジェミニを追った。

 

ドカーンッ!!

 

爆発が起こって玄関ホールが煙に包まれる。

 

「どんなもんよ!」

 

得意げに指を鳴らす杏。

朋也はじっと爆発の起こった場所を見ている。

 

「油断するなよ、杏」

「言われなくてもわかってるわよ」

 

やがて煙が晴れると、そこには無傷のジェミニが立っていた。

 

「今のはちょっとびっくりしたね。魔力が高いだけじゃなくて、コンビネーションもいい」

 

驚いたと言っているわりに、顔は楽しげに笑っている。

 

「・・・手強いわね」

「ああ」

 

朋也の動きをいとも容易く回避する動き、そして杏の魔法をあっさり打ち消す魔力。

どちらも相手が並の使い手ではないことを示していた。

 

「でも二対一と言わず、全員でかかってきたらどうだい?」

 

ジェミニが示す全員とは、ホールにいる全生徒のことを差している。

今のところ講師は誰もやってきていない。

全員がかりでやれば数の上では有利かもしれないが、それが必ずしも優勢に繋がるとは限らない。

特にこの相手の場合は、単純に頭数を増やせば勝てるというものでもないように朋也は感じていた。

だがそれは、朋也が僅かなりとも場数を踏んでいるがゆえの勘であって、他の生徒達は挑発が癇に障ったようだ。

学内切っての実力者とはいえ、不良生徒である朋也が戦っているのに自分達がただ見ていていいのか。

また魔術師のエリートとして、その力を試したいという願望もあって、皆魔法を使い始める。

 

「ああ、一つ言っておくよ。君達生徒のことなんてどうでもいいけど、手を出して来た人には遠慮なく反撃させてもらうから、そのつもりでおいでよ」

「待て、おまえら!」

 

朋也の制止は僅かに遅く、何人もの生徒が一斉にジェミニに向かって魔法を放つ。

いくらなんでもあっさり挑発に乗りすぎだと思ったが、即座に先ほどのジェミニの言葉は脳裏に浮かんだ。

 

「(攻撃魔法同好会の連中に使ったのと同じタイプの魔法かよ!)」

 

ジェミニは気付かない内に魔法を使って生徒達の興奮を煽っていたのだ。

朋也と杏に効いていないところを見ると、魔法抵抗力が高ければ通用しないようだが、それでも魔法学院の生徒大半にいとも簡単にかけるとは、恐るべき魔力であった。

その強大な魔力で生み出した障壁が、生徒達の放った魔法を全て受け止めている。

そしてジェミニの口元がニヤリと歪むと、受け止めていた全ての魔法が周囲に向かって跳ね返された。

 

「ちぃ!」

「きゃっ!」

 

咄嗟に朋也は杏を庇って床に伏せる。

反射された無数の魔法はホール中で爆発し、多くの生徒達がそれに巻き込まれる。

 

「あっははははははははははははっ!」

 

爆煙が巻き起こる中、ジェミニは高笑いをしている。

見た目が子供だけに、その邪悪さが際立って見えた。

その姿に、朋也と杏は怒りを覚える。

安い挑発に乗ってやられた生徒達は自業自得だと思ったが、自分達の学院で好き勝手暴れられては黙っていられない。

しかし熱くなりかけたところで、朋也は冷静になろうと務めた。

 

「あのガキ、叩きのめしてやるわ!」

「落ち着け、杏」

「落ち着けるか!」

「いいから! 俺らまであいつに乗せられてどうする?」

「あ・・・」

「ここで熱くなったらあいつの思う壺だ。冷静に戦って、援軍が来るまで時間を稼ぐ」

 

ここはサーガイア魔法学院の中心部である。

数人が講師や執行部を呼びに行っているし、時間が経てば騒ぎを聞きつけて人が集まってくる。

そうなれば相手は袋のネズミであった。

 

「そうね。冷静に・・・冷静に・・・」

「どうしたんだい、君達。ラヴトークに忙しくて僕のこと忘れちゃったかな?」

「だっ、誰がラヴトークなんかしてんのよっ!!」

「いや落ち着けって、杏」

「あぅ・・・・・・。でも、冷静に、ぶちのめすってのは、ありよね?」

 

杏の表情が怪しげに歪む。

どう見てもあまり冷静ではなさそうだった。

 

「(こりゃ、俺がフォローするしかないか・・・)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

階下で二つの騒ぎが起こっている頃、学院長室の前ではことみが窮地に立たされていた。

戦いなどとは無縁の生活を送ってきた素人のことみでもわかる。

目の前の男、キャンサーから発せられているのは、殺気と呼ばれるものであった。

これほどの殺気をまともにぶつけられれば、普通の少女であれば腰が抜けるところである。

それを辛うじてとはいえ両足で立っていられるだけでも、ことみには賞賛が送られるべきであろう。

だがそれが限界で、逃げる気力すら残っていない。

 

「もう一度聞こうか、お嬢さん。学院長殿、カタリナ・スウォンジーはどこにいる?」

 

丁寧な口調の裏に、脅迫的な響きが込められている。

もし口を割らなければ、即座に殺されるかもしれない。

そう頭では理解しつつも、ことみは必死に口をつぐむ。

 

「やれやれ、手間を取らせてくれる。君はもういい、他の人間に聞くとしよう」

 

無造作に、キャンサーが引き抜いた剣がことみに振り下ろされる。

それは、完全に無意識であったが、ことみは口の中で素早く呪文を唱えていた。

 

バチィッ

 

ことみの周囲に発生した魔法障壁が、キャンサーの振り下ろした剣を弾き返す。

そのことに、少なからずキャンサーは驚きを感じていた。

 

「なんと・・・」

 

軽く振り下ろしただけとはいえ、自分の剣をいとも容易く弾いた強度といい、一瞬で術を発動させたことといい、どちらをとっても並の術者では有り得ないことであった。

当のことみはと言うと、剣と障壁が弾きあった反動で床に尻餅をついていた。

ガクガクと震える体と頭で必死に覚えている限りの魔法技術を口の中で反芻している。

 

「魔法の基本種類は攻撃、防御、補助、回復とそれらに属さない特殊の五つからなるの。そこからさらに五大元素を基盤とする各属性に分かれて・・・」

 

物凄い早口で魔法の基礎を口ずさむことみ。

現状に即した最適の魔法を選ぶなどという器用な真似はできないことみは、とにかく思いつく限りの魔法を発動させていく。

結果、ことみの周囲には複数の術式が浮かび、防御面に関してはほぼ完璧な様相を呈していた。

それは、覇王十二天宮の一人たるキャンサーですら容易に手が出せないほどに強力である。

 

「まさかこれほどの魔力の持ち主がいようとは・・・」

 

侮り難しサーガイア魔法学院。

そうキャンサーが思っている間に、ことみはようやく落ち着きつつあった。

ありったけの防御魔法を展開していることみに迂闊に相手も手が出せないらしいと悟ると、今度は攻撃魔法も使ってみようと思い立つ。

 

「それじゃあ、杏ちゃんが得意な魔法を使ってみるの」

 

魔法は基本的に発動させるのに特定の呪文や術式を必要とする。

だが適正が高く、また扱いなれた得意な魔法はそうしたものを省略して放つことができるようになっていた。

例えば今ことみが使っている炎の攻撃魔法を、杏は呪文も術式も省略して扱うことができる。

だがことみは教科書通りの手順でもって術式を組み上げ、魔法を発動させていた。

当然多少時間がかかり、相手に警戒する間を与えることとなる。

高まっていくことみの魔力に対し、キャンサーが身構える。

 

「ファイアーボールなの!」

 

両手を前に突き出し、そこから生み出した炎の弾を眼前の敵目掛けて放つ。

ことみの強大な魔力で生み出されたそれは、並の術者が放つそれとは威力が段違いである。

まともに当たれば相当の成果が期待できるところなのだが。

 

ボンッ!

 

炎の弾が発射される。

それは、ゆっくりと、敵に向かって飛んでいく。

いや、もっとはっきり表現してしまうと、のろのろと、であった。

さらに、ことみは気付いていなかった。

先ほど無意識の内に発動させていた防御魔法の中に、魔法の威力を弱め、拡散させるタイプの障壁があったことに。

ゆっくりと宙を漂う炎の弾は、その分長い間障壁に触れており、結果相手に届く頃には握り拳よりも小さくなっていた。

 

「・・・・・・」

 

眼前に漂ってきたそれに、キャンサーがフッと息を吹きかけると、いともあっさり炎は消し飛んだ。

 

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

 

気まずい沈黙が下りる。

ことみは冷や汗を流し、キャンサーはこめかみの辺りに青筋を浮かべる。

 

「・・・ふっ、この覇王十二天宮が一、キャンサーを愚弄するとは、良い度胸だな小娘・・・」

「ち、違うのっ、今のは間違いなの!」

 

あたふたと自分の失敗を否定することみ。

だが当然、そんなものに耳を貸すキャンサーではなかった。

完全に殺気の塊となったキャンサーは、己を馬鹿にするかのような振る舞いをした少女に向かって本気の一刀を振りかぶる。

今度こそ、ことみに防ぐ術はなかったが・・・。

 

ドンッ!!!

 

一歩踏み出したキャンサーの頭上に、凄まじい重圧が圧し掛かった。

 

「ぐぉ・・・っ!?」

 

超重力の一撃はキャンサーもろとも床を撃ち抜き、さらに下の階までも突き破っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

to be continued


あとがき

 旧版から引き続き登場のキャンサー&ジェミニだけれど、若干性格が変わっております。というか、前は最終的にやられ役になるという以外は何も考えずに出したからな・・・。