カノン・ファンタジア

 

 

 

 

Chapter 1−B

 

   −3−

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法都市サーガイアはそれほど大都市というわけではない。

しかし、その半分近くを占めるほど広大な敷地を持つ魔法学院は、学院というカテゴリーにおいて考えるととてつもなく広い。

学内に入る際に渡された地図を見てもまったくわからないのは単に往人もみちるの問題ではあるが、広すぎて迷い易いのは確かであった。

そんな中での逃走劇は当然、地の利を活かせる追撃側の同好会の方が有利である。

何度も撒いたと思いながら、その度に往人とみちるは追いつかれていた。

 

「しつこい連中だな、まったく」

「どこまで逃げればいいのー!」

 

相手は容赦なく攻撃魔法を放ってくる。

ますますこんな凶暴な連中を野放しにしている学院の制度に、往人は批判を投げかけたくなる。

魔法学院ならば、単に技術ではなくて魔法を使う上での精神論も説け、と言いたい。

最も、在野の人間たる往人が言ってもあまり説得力はないだろうが。

 

「こうなったら仕方ない、校舎内に入るぞ。屋内ならいくら連中でもでかい魔法は使わないだろ」

 

下手に建物内で大きな魔法を使えば、相手どころか自分達まで巻き添えを食らう。

それでも構わないというほどぶっとんだ連中で、校舎を破壊したとしても、それは自分の責任ではないと往人は判断した。

叩きのめすのだけは勘弁してこうして逃げてやっているのだから、そこまで面倒は見切れない。

二人は近場で最も大きな建物の中へと駆け込む。

看板など見たりはしなかったため、そこが中央校舎、求めていた学院長室などがある場所だとは、二人は気付かなかった。

相手もそんなことはどうでもいいのか、遠慮せず建物内まで追いかけてくる。

 

ズガァーンッ!

 

そして、多少威力を抑えてはいるが、建物内にも関わらず魔法を撃ちまくってくる。

幸い既に放課後のため他の生徒はほとんどいないようだが、巻き込む可能性はまるで考慮していないようだ。

 

「国崎ー、まほーがくいんってこんな危ないところなの?」

「俺も認識を改めざるを得んな・・・」

 

むしろ、魔法の才能が有り余っていて、野放しにしておくのは危険な人材の隔離施設なのではないか、と半ば本気で考えたくなる。

そんな調子で1階を走り回り、階段を上がって2階3階と上がっていったところで・・・。

 

「む!」

 

廊下の先に生徒がいるのが見えた。

注意を促そうと声を上げかけたところで、往人は目を見開く。

 

「みちる! 後ろの連中止めろ!」

「え!? わ、わかった」

 

往人は前を向いたまま、みちるは背後を振り返って滑りながら急停止する。

二人を狙って迫り来る無数の攻撃魔法を、みちるの眼が全て見極める。

 

「たぁぁぁぁっ!!!」

 

そしてそれらを全て、拳と蹴りで跳ね返した。

弾き返された魔法が眼前で爆発したため、同好会のメンバーの足が止まる。

さらに、いつの間にやってきたのか他の生徒達が後ろからやってきて同好会のメンバーを取り押さえた。

 

「生徒会執行部だ! 全員大人しくしろ!」

 

どうやら、学院内での魔法関連のトラブルを処理する者達らしい。

彼らの取締りの目が往人とみちる、さらにはその先にいる生徒にまで向けられる。

進み出たリーダー格らしき眼鏡の生徒が前に出て三人を見咎める。

 

「君達は部外者だね。それにそちらの君も、うちの制服を着ているが、学院の生徒ではないね。私は全生徒の顔は覚えているし、最近転入してきた生徒もいない」

 

執行部役員の言葉は完全に無視して、往人と眼前の生徒は向き合っていた。

往人と同じように、その生徒に扮した人物も、往人の姿を見て驚いていた。

 

「国崎・・・?」

「おまえ・・・坂上か?」

 

長い銀髪の女。

名を坂上智代。

往人は彼女を、よく知っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

騒がしい中央校舎の正面玄関広場に、朋也と杏はいた。

先ほどは無視することにした攻撃魔法同好会のことだったが、さすがに今日は少し騒がし過ぎると思っていた。

 

「校舎内でまで攻撃魔法ぶっぱなすなんて、ちょっと尋常じゃないわね?」

「春原を追い回してるにしては、随分時間がかかってるしな」

 

普通ならば、もうとっくに春原をぼこぼこにして引き上げているか、執行部に取り押さえられて厳重注意を受けている頃だろう。

だが、この建物内に入ってから、既にあちこちを破壊しつつ上の階を目指す音が響き渡っている。

このままいくと最上階の学院長室に達しそうだったが、その前に音は正面玄関のほぼ真上で止まった。

騒ぎを聞きつけたのか、多くの生徒達がどよめいている。

そんな中、人の喧騒の間を縫うようにして玄関から入ってきた人影が、朋也はやけに気になって近付いていった。

 

「おい、おまえ」

 

見れば、12、3才くらいの少年だった。

この学院は才能があれば何歳であっても入学できるし、その少年も普通に制服を着ていたが、妙な違和感があった。

同じようにそれが気になったのか、杏も朋也に並んで少年の前に立つ。

 

「何かな?」

 

幼さを残した、しかしそれでいてどこか偉そうな雰囲気を漂わせた声で少年が応える。

 

「おまえ、何か妙な魔法使ってるだろ?」

「・・・へぇ、さすが魔法学院。講師にならともかく、生徒に見破られるとは思わなかったなぁ」

「何者よ、あんた?」

 

二人が目を凝らすと、少年が組み上げている複数の魔術式が見て取れた。

簡単なものは意識を逸らすもので、それ以外にもいくつか複雑な魔術が使われている。

 

「僕の正体はどうでもいいとして、僕を見つけたご褒美に君達が気になってるだろうことを教えてあげるよ」

「何だと?」

「さっきまでの騒ぎ、暴れてる連中には僕がちょっと簡単な魔法をかけたんだ。軽い興奮状態になる魔法をね。元々暴走癖のある人達だったみたいで、すぐに暴れだしてくれたね」

「なっ!? 何のためにそんなことするのよっ!」

「もちろん、ここまで入りやすくするためさ。さすがに魔法学院に正面からただ乗り込むような無茶はしないさ」

「つまり、不法侵入者ってことか」

 

サッと朋也と杏は構える。

学院に所属する生徒は、時に魔法関連の事件を解決する課外授業をやっている。

それに頻繁に参加していた二人は、他の生徒達に比べてこうした荒事には慣れているのだ。

ただならぬ気配を察して、ようやく周りの生徒達も異常に気付いたらしく、集まってくる。

見たことのない少年と、校内では不良として有名な朋也が対峙しているため、皆俄かに状況を掴みかねているようだ。

 

「あんた達、誰か執行部か講師呼んできなさい!」

 

他の生徒からあまり信用されていない朋也に代わって、杏が周囲にそう告げる。

それを聞いて数人が人を呼びに駆け出していった。

 

「そういうわけだから、人が来るまで大人しくしてなさいよ、あんた」

「それはちょっと困るけど、まぁ、この場合はそっちの方がいいかな? よし、しばらく君達と遊んであげよう」

「生意気なガキだな」

「ガキか。こう見えても僕、たぶん君達よりも年上だと思うけど」

 

怪しい光が、少年の眼に生まれる。

彼が軽く手を挙げ、掌を朋也に向ける。

 

ドンッ!

 

「ぐっ・・・!!!」

 

そこから放たれた衝撃波を正面から受けて、朋也の体が吹き飛ぶ。

 

「朋也!!」

「気をつけろっ、杏!」

「っ!!」

 

靴底を床に滑らせて停止した朋也が注意を促すと、杏が横へ飛び退く。

そこへ、同じように少年の放った衝撃波が襲った。

 

「このっ!」

 

間一髪それを回避した杏は、魔力を練り上げながら少年を睨みつける。

朋也も同じく魔力を練り上げつつ、少年の方へ向かって駆け出す。

 

「やっぱり二人とも、大した魔力だね。少しは楽しめそうだよ」

 

少年は制服の上着を脱ぎ捨てる。

下に着ていたシャツの胸元にバッチがついており、そこには、双子座の紋章が描かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔術書を読んでいたことみは、ふと浮かんだ疑問が気になって席を立った。

特別資料室から学院長室はそう遠くない。

質問をしに行ってみようと、ことみは資料室を出た。

実は直前まで下の階では攻撃魔法同好会が騒ぎを起こしていたのだが、本に夢中だったことみはまったく気付いていない。

今はちょうど静かになっている時なので、ますます気付く要素はなく、ことみは学院長室を目指す。

 

「?」

 

すると、学院長室の前に人影があった。

生徒でも講師でもない、見慣れない男であった。

その男が、ちらりと横を、ことみの方を見る。

 

「っっっ」

 

向けられた冷たい視線に、本能的に恐怖を覚えてことみは数歩あとずさる。

少し神経質そうな細面に軽く笑みを浮かべて、男はことみの方へ一歩足を踏み出す。

 

「これは失礼、お嬢さん。驚かしてしまったようだ。尋ねたいことがあるのだが、学院長殿はどちらかな? 留守のようだが」

「し、知らないの・・・」

 

学院長室にいないとしたら、考えられる場所はことみにはいくつか思い浮かんだが、それを正直に伝えるのは危険だと、パニックを起こしそうな頭で思った。

ことみの本能が必死に警告している。

この男は危険だ。

逃げなければいけない。

だが男は一歩、また一歩と近付いてくる。

その恐怖に足が竦んだか、ことみは動けなかった。

 

「心当たりがあったら教えてほしいのだが」

「ほ、本当に・・・知らない・・・・・・」

「そうか。残念だ」

 

近付いてきた男の胸元にあるものを見た瞬間、ことみの恐怖心は最大に達した。

そこにあるのは、蟹座の紋章。

以前カタリナ師匠から教えられたことのある、覇王十二天宮と呼ばれる恐ろしい者達が身につけているという紋章であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「国崎、どうしておまえがここにいる?」

「それはこっちの台詞だ。まさか魔法学院の生徒になった、なんてわけじゃないだろ」

 

往人と智代は一定の距離を取って対峙する。

その間に流れる張り詰めた空気に、執行部の生徒達も近づけずにいた。

 

「当然だ。これはただの変装だからな。しかしまさか、こんなところでおまえに会うとは思わなかったな」

「まったくだ。で、こんなところで何をしている?」

「そうだな、とりあえず、これを見れば、今の私の立場はわかるだろう?」

 

そう言って智代が取り出したのは、乙女座の紋章。

それを見た瞬間、張り詰めていた空気がさらに強くなる。

もはや物理的な圧力すらあるかのように、刃のように肌を刺す空気となっていた。

紛れも無くそこにあるのは、二人の殺気である。

 

「そうか、てめぇ・・・覇王の側につきやがったか」

「ああ、そうだ」

「俺と同じ、四死聖の一人、坂上智代がよ」

「今は覇王十二天宮、ヴァルゴだ」

 

傍らで見ている生徒達の間に動揺が走る。

紋章を見ただけでは意味を理解できない彼らも、その名を聞かされればわかる。

四死聖、そして覇王・・・いずれも二年以上前に大陸を騒がせた、恐るべき者達の名であった。

そう、智代はかつて、往人と同じ四死聖の仲間だった。

共に最強の鬼、鬼斬りの幽の下に集った無敵の死神集団として。

だが今は、当時不倶戴天の敵同士であった覇王の下に、智代はいた。

裏切り、とは往人は思わない。

何故なら、四死聖は仲間と言っても、世間一般で言うような慣れあいの間柄ではなかった。

最強を目指すという志の下に集った同志達。

その志が違えられた時には、いつでも敵となる。

いや、最強とは常に一人。

いずれ最後にその座を賭けて互いに戦うこととなったであろう。

それが鬼斬りと四死聖。

ゆえに今のこの状況に対して何ら悲観する要素はない。

ただ単に、智代は往人の敵になった、それだけのことである。

 

「で、その十二天宮のヴァルゴが、何しにサーガイアなんぞに来やがった?」

「カタリナ・スウォンジーの暗殺・・・と言ったら、どうする?」

「困るな。俺はそいつに用があって来たんだ。殺るなら後にしてくれ」

「それも困る。そう何度も易々と忍び込める場所でもないからな」

「そっちの都合なんざ知らん。俺の用事が先だ」

「邪魔をするなら仕方ない。おまえのことを、倒していくとしよう!」

 

ダッ!

 

智代が床を蹴って踏み込む。

その速度は尋常なものではない。

普通ならば決して反応できないであろう。

しかし、往人とて普通ではない。

 

ビュッ!

 

繰り出された蹴りを、上体を横にそらすことで回避する。

そのまま倒れこみつつ床に手をつき、蹴りを放った智代の軸足を狙って足払いを仕掛ける。

蹴りの反動を使って全身を空中へ引き上げた智代は、肘を立てて往人の頭上に落下する。

 

ドカッ!

 

智代の肘打ちが床を割る。

往人は転がりながらそれをかわし、立ち上がりざまに蹴りを放った。

四肢のバネを使って智代が跳び下がったため、その蹴りは空を切る。

流れるような一瞬の攻防に、見ている誰もが言葉を失う。

本人達は互いを見据え、不敵な笑みを浮かべていた。

 

「鈍ってはいないようだな、国崎」

「おまえの方は相変わらず動きが直線的で読みやすいぜ」

 

間合いを計りつつ、往人は右手をポケットの中に入れる。

 

「しかし坂上よ、おまえ、俺とまともにやりあってただで済むと思ってるのか?」

 

往人の雰囲気が変わる。

湧き上がる強大な魔力と殺気に、執行部の生徒達はもちろん、智代も僅かにだが気圧される。

そしてゆっくりとした動作で、往人は右手に掴んだものを掲げる。

沈黙が下りた。

誰もが一瞬、同じ疑問を抱いた。

 

(・・・人形?)

 

「あ、間違えた」

 

誤りに気付いた往人がさっと人形をポケットに戻す。

皆が唖然とする中、今度は逆のポケットに手をつっこむ。

今度こそ目当てのものを探し当てた往人は、獰猛な笑みを浮かべてみせる。

 

「さぁ、楽しいショーの始まりだ」

 

掲げた往人の左手には、ピンポン玉大程度のの鉄の玉が三個握られていた。

それを往人は、無造作に投げる。

 

ヒュッ!

 

宙に投げ出された鉄の玉が、皆の視界から消える。

続いて風を切る音が無数に響き、壁や天井、床に何かが掠って傷をつけていく。

それが近付くと、智代は前後左右に体を揺さぶりだした。

見ている生徒達には、何が起こっているかはわからないだろう。

確かなのは、智代が避けた直後、その場所に何らかの攻撃がなされた痕跡が残っていることだけである。

攻撃を繰り出している往人と、避けている智代だけが、その攻撃の正体を知っていた。

それは、先ほど往人が投げた鉄の玉である。

三個の鉄の玉が高速で飛び交って智代を狙っているのだ。

 

「いつまでも逃げ切れるかよ!」

 

僅かに智代の体勢が崩れたのを、往人は見逃さなかった。

一気に鉄の玉を三方から集中させる。

完璧に決まったかと思われたが・・・。

 

ガッ ガッ ガッ!!!

 

打撃音が響き渡ると、智代の周囲の壁や天井の三ヶ所に穴が空いていた。

智代が、両手に持った得物で鉄の玉を全て弾いたのだ。

 

「自らの魔力を通したものを自在に操る・・・それがおまえの法術と呼ばれる能力だったな。特に、法弾と呼ばれる、特殊な材質で予め魔力を込めることができる、速さ、威力ともに桁違いだ。でも、甘いな」

 

鋼鉄製のトンファーを両手に構えながら、智代が往人に挑発的な笑みを向ける。

 

「なめるなよ、国崎。おまえの方こそ、私と戦ってただで済むと思わないことだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

to be continued


あとがき

 こちらでも、覇王十二天宮登場。その内の一人、ヴァルゴこと坂上智代は元四死聖。これはつまり、旧版における斉藤のポジションに彼女がいるということである。突如勃発した往人vs智代、四死聖同士の戦いに活目せよ。