カノン・ファンタジア

 

 

 

 

Chapter 1−B

 

   −2−

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕は春原。

世界一の魔法使い養成学校、サーガイア魔法学院に在籍するとても優秀な学生だ。

生まれは北の方にある小さな町で、家族は両親と妹が一人の四人家族。ささやかながらも幸せな家庭だった。

ある時、僕は魔法の才能を見出され、この学院に特待生として招かれた・・・」

 

「お、杏。このから揚げ美味いな」

「でしょ、今日の自信作よ」

 

「しかし、学院にやってきた僕を待っていたのは、決して平穏無事な学院生活ではなかった。

ある者は僕の実力を恐れ、ある者は僕の才能を妬み、入学初日から陰湿な苛めにあった。

実に悲惨なものだった。新しい魔法の実験と称して殺されかけたことは一度や二度ではない。新種の魔法薬と偽って毒を飲まされそうになったこともある。

そうして僕は、学院内で孤立する存在となっていた」

 

「今の、今日の自信作と杏の自信作をかけてみたのか?」

「やぁね〜、朋也ったら。そんなの陽平じゃあるまいし」

 

「しかし!

そんなことで屈する僕ではなかった。

苛めなどという愚かな行為に走る者達がのさばる無法地帯となっていた学園を正すべく、革命を起こした。

レボラージャンだ!」

 

「レボリューションだろ」

「あ、ちょっと朋也、ご飯粒ついてる」

 

「敵は強大だ。けれど僕には心強いパートナーがいた。

彼の名は岡崎。僕のよき理解者であり、親友でもある男だ。

どんな敵が立ち塞がろうと、僕は負けない!

さぁ、行くぞ岡崎、背中は任せたぜ!」

 

「ああ、後ろからブスっといくさ」

「来るなよ! 行けよっ! ていうか何いちゃついてんだよおまえら!? 人の話聞けよ!」

「うっさいわね!」

 

バキッ!

 

どこからともなく杏が取り出した事典による一撃を脳天に受け、春原は声も上げずに床に倒れ伏す。

春原亡き後、朋也と杏は何事もなかったかのように昼食を再開した。

 

「勝手に殺さないでよ!?」

「つーかおまえ、さっきから何ぶつぶつ言ってるんだ?」

「おまえがやれって言ったんだろ! 昼休みを盛り上げるために自伝を物語風にして語れって!」

「あー、言ったかもしれん。で?」

「で、って?」

「盛り上がったのか?」

 

朋也は真顔で春原を問い詰める。

それに対して春原は返す言葉もないようだ。

 

「え? いや、でも・・・」

「陽平。はっきり言うのも優しさだと思うから、はっっっっっっっっっ・・・・・・きり言うわね」

「すごい溜めだね・・・」

 

顔に汗を滲ませる春原に向かって、杏は哀れむような視線で言う。

 

「まったく面白くもないし、盛り上がりもしないわ」

「ついでに一部誇張があるしな」

 

特待生の話は事実である。

春原が一部の生徒から疎まれているのも確かだが、原因は才能云々ではなく、単に態度がでかいからだった。

そして革命を起こしたなどという事実は皆無である。

 

「まぁ、それを差し引いても、何の面白みもないな」

「つまんない人生送ってるってことね、陽平が」

「あんたら鬼っすねぇ!?」

「「あァ!?」」

「ヒッ!」

 

二人に睨みつけられて、春原がたじろぐ。

しばしその状態で固まっていて、やがて涙目になり・・・。

 

「ち、ちくしょ〜っ! このバカップルめが〜〜〜!!!」

 

捨て台詞を残して走り出す。

 

ブンッ!

 

「ぴぎぃっ!」

 

教室から出る寸前、杏の投げつけた事典を後頭部に受けて転倒した。

それからまた起き上がり、泣きながら今度こそ走り去っていった。

 

「さすがに今日は苛め過ぎたか?」

「いいんじゃない?」

「まぁ、春原だしな」

 

おそらく、明日にはもう忘れているだろう。

朋也と杏の友人、春原陽平とはそういう男である。

魔法の才能については本人が言うほどではないもののそこそこであるが、とにかく度を越えた馬鹿なのだ。

素行も悪く、周りから不良と認定されている。

最も、それは朋也もあまり変わらないのだが。

杏はそんな二人を何故か放っておけず、学院に入ってからずっと腐れ縁の関係を続けてきたが、最近になって色々あり、朋也と付き合うようになっていた。

実は最初から朋也のことが気になって近付き、気がつけば好きになっていたわけだが、そのことはとりあえず本人の胸の内にしまってある事情である。

 

「ところで朋也」

「何だよ?」

「最近なんか考え事してない?」

「いや、そういうわけじゃないんだが・・・この間のことが気になってな」

「この間って、あの変な三人組?」

 

数日前に街中で出会った、国崎往人、遠野美凪、みちると名乗った三人組のことである。

杏の頭の中では、とりあえず往人はボタンを食べようとした要注意人物として認識されているが、朋也が気にしているのは、別れ際に美凪が口にした言葉のことであった。

 

「占い、って言ってたし、それっぽい言葉ではあったけど、そんなこと気にしてたの?」

「なんかこう、真実味があってな。ちょっとだけ」

「ふ〜ん、あの女の人のことが気になってるだけなんじゃないの?」

「そんなんじゃない」

「まぁ、浮気は許さないのは当然中の当然だけど、あの人はだめよ」

「だめって、何でだ?」

「あれは誰かに恋してる女の雰囲気だったわ。似たような状態だったあたしが言うんだから間違いない」

「そうか?」

 

問い返す朋也も、実は往人に似たような雰囲気を感じ取っていた。

だがそのわりに、あの二人が恋人同士という風には見えなかったというのもあった。

 

「確かに、言われてみて改めて思い返すと、変な人達だったわよね。一番しっくりくるのは、兄妹、って感じかな?」

「そうだな」

「気にしても仕方ないでしょ。また会ったらその時はその時よ」

 

それで朋也も納得したのか、二人は昼食を再開した。

ちなみに、春原は昼休みが終わっても戻ってはこなかった。

これはいつものことなので、二人はもちろん、講師も含めて誰も気にしていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後。

結局最後まで春原は戻ってこなかったが、やはり誰も気にしていない。

朋也と杏も同じであり、春原のことなどすっかり頭から除去して教室をあとにした。

途中、クラス委員である杏が資料の片付けを講師から頼まれたので、二人揃って特別資料室を目指す。

 

「ところで杏、特別資料室って何だ?」

「あんた・・・そんなことも知らないわけ?」

「何度か行ってるが、あそこにある資料とやらに目を通したことは一度たりともない!」

「力説することか! まぁ・・・あたしもないけど・・・」

「じゃあ、説明するの」

「「わぁっ!」」

 

背後からかけられた声に、思わず二人して跳びあがる。

 

「・・・びっくりしたの」

「びっくりしたのはこっちよ!」

 

杏は声をかけてきた女生徒の頭を両手で挟んで小刻みに揺らす。

涙目になった女生徒が助けを求めるように朋也の方を見ると、朋也は杏を宥める。

 

「まぁ落ち着け、杏。ことみ、おまえも資料室か?」

「うん」

 

女生徒の名は一ノ瀬ことみ。

1000人以上いる学院生の中で唯一の学院長直弟子である天才少女だった。

魔力の高さもさることながら、魔法の多種活用に欠かせない膨大な魔術知識の量に関しては、彼女の右に出る者はない。

ついた異名は、歩く魔術書。

 

「特別資料室は、その名の通り特別な魔術書の保管場所なの。講義に使ったり、一般閲覧できたりできるレベルのものから、封印されている危険な書物や、古くて貴重な書物、それとカタリナ師匠が今尚執筆中の大魔道全集までたくさんの資料が置かれているけど、通常出入りできるのは第一資料室だけで、第二資料室以降は特別な許可がないと入れないよう、厳重に封印されてるの」

 

ことみは普段は大人しい、というより引っ込み思案だが、時々知識を披露する時にはとても饒舌になる。

その知識は、高度な魔術理論から、ものの役に立たないうんちくまで多種多様であった。

 

「・・・だ、そうよ。わかった、朋也?」

「ああ、とりあえず、俺には縁のない場所だってことがな」

 

ことみは学内にいる場合、大抵は図書館か資料室にいるので、それに会いに足を運ぶことはあっても、決して直接用があって出向くことはないであろう場所だった。

朋也と杏は、ことみも入れて三人で特別資料室へ向かった。

到着するなり、杏は頼まれた資料を所定の場所に戻し、ことみは適当に選び出した書物を持って窓辺に腰掛ける。

 

「朋也君と杏ちゃんも、ご本読む?」

「あたしはやめとく」

「俺も、活字が並んでるのを見ると目眩がするからな」

「・・・残念なの」

「じゃあな、ことみ。本読むのに夢中で、遅くなるなよ」

「大丈夫なの。鍵は持ってるから」

「そういう問題じゃないでしょ!」

 

ビシッと杏のツッコミが入る。

それから一拍置いて。

 

「・・・なんでやねーん」

 

ことみのツッコミが入る。

 

「遅いわ! しかも正しくない!」

「難しいの・・・」

 

二人はことみに別れを告げ、資料室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

資料室を出てしばらく行ったところ。

廊下を曲がったところ、朋也は危うく一人の女生徒とぶつかりそうになった。

互いに寸でのところで回避する。

 

「悪い、大丈夫か?」

「ああ。すまない、少し不注意だった」

「いや、こっちこそ」

 

女生徒は、長い銀髪をなびかせ、颯爽という感じで朋也の横を通り抜けて歩いていった。

その凛とした雰囲気に、朋也は少しだけ見とれて、しばしその背中を目で追った。

杏に耳を軽く引っ張られて我に帰る。

 

「何見とれてんのよ?」

「いや・・・見慣れない奴だったな、と思って」

「確かにね・・・あんな子、いたかしら?」

 

二人して疑問を抱いてみるものの、1000人以上いる生徒全員の顔を覚えているわけでもない。

ただ、目立つ雰囲気を持っていたので、一度見れば忘れないだろう。

少し気になったが、二人は単に普段見かけない相手なのだろうと思うことにした。

それよりも今は、外が妙に騒がしいことの方が気になった。

 

「随分騒がしいわね?」

 

窓の外に目を向けると、十数人の生徒が何かを求めて走り回っている。

 

「あれ、攻撃魔法同好会の連中ね」

「何だそれ?」

「その名の通り、攻撃魔法好きの集まりよ。ただ、もう一つ正式にある研究会と違って、何かって言うと攻撃魔法を試したがる危ない連中の集まりだけど」

「そいつらが騒いでるってことは・・・」

「また何かやらかしたのね」

 

生徒の自主性を重んじる学風のためか、時々彼らのように暴走する団体も出てくる。

もっともそれゆえに、それを取り締まる組織もあるので、放っておけば直に沈静化するであろう。

一般生徒である朋也や杏の関することではない。

 

「ああ、思い出した」

「ん?」

「たまにあいつらが春原を追い回してるのを見たことがあった。巻き込まれたこともあったような気がする」

「言われてみれば・・・あたしも」

 

ただし、彼らのような団体の格好の標的が春原であるため、二人もしばしばそれに巻き込まれることはあった。

二人はずっと戻ってきていない春原のことを今ようやく思い出し、どうせまたそれだろうと思い、無視することに決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は少し遡る。

朋也と杏が思っていた通り、騒ぎの元凶には春原がいた。

ただし、直接の原因だったわけでもない。

春原が教室を飛び出した後、校外で適当に時間を潰し、放課後近くなって戻ってきた時に、彼らと遭遇したのが事の始まりだった。

校門を潜ってしばらく行った先に、彼らはいた。

 

「ったく、ここはどこだ?」

「んに〜、道に迷ったじゃないか、このバカー!」

「俺のせいじゃねぇ。この学院が無駄に広くて複雑なんだよ」

 

長身の男と小さな女の子。

国崎往人とみちるの二人である。

明らかに学校の関係者ではない二人に、春原は訝しげな視線を向けながら近付いていく。

見れば少女の方はかなりかわいい。

もう少し年が上なら好みだな、などと思いながら、春原は二人に声をかけた。

 

「なぁ、あんた達ここで何してるんだ?」

「ん? おお、ちょうどいいところに通りかかったな。道を教えてくれ」

「いきなりっすね・・・。でもそれ以前に、学院内は関係者以外立ち入り禁止だったはずだけど?」

 

授業時間中に学外で遊んできた男が至極真っ当なことを問う。

それに校門のところには守衛がいるため、学校外の人間が出入りするにはそこを通さなければならない。

ちなみに春原は、独自の秘密ルートでもって学院の内外を行き来していた。

 

「学院長の知り合いの知り合いだって言って、紹介状も出したら普通に通してくれたぞ」

「ってことは、学院長に用なのか?」

「そうであるとも言い、そうでないとも言う」

「分かりづらいね・・・」

「国崎往人はバカだから、気にしないでやってよ」

「黙れガキ」

「なんだとー!」

 

みちるが跳び蹴りを往人の顎に向かって放つが、往人はそれを軽くかわして、みちるの頭部に軽く拳を落とす。

 

「んぎょわっ!」

 

べちっ

 

「でだ、とりあえず学院長に用があるのも事実だ。どこにいるのか教えてくれ」

 

地面のタイルの上に落下して動かなくなったみちるのことは無視して、往人は春原に問いかける。

 

「ごめん、知らない」

 

だが、学院において一二を争う不良生徒である春原が、学院長室など知っているはずもなかった。

 

「チッ、使えない奴。もう行っていいぞ」

「あんた・・・岡崎なみに失礼な奴っすね・・・」

「岡崎? 岡崎朋也か?」

「あれ? 知り合い?」

「知り合いというほどではないが、知り合いだな。そっちにも少しだけ用がないこともないが」

「それなら・・・」

 

言いかけたところで、それを遮る声が響き渡る。

 

「春原ァーーー!!!」

「ヒィッ!!」

 

怒声を受けて春原が身を強張らせる。

恐る恐る振り返ると、柄の悪そうな生徒達が春原と、一緒にいる往人とみちるのことを睨んでいた。

彼らのことを、あまり知っていたくはないが、春原はよく知っていた。

攻撃魔法同好会という、学内でも一二を争う武闘派団体である。

その彼らに春原は目をつけられており、事あるごとに攻撃魔法の実験台にされている。

しかも、今日は特に興奮気味に見えた。

 

「いいところで会ったなぁ、春原よぉ」

「ちょうど新しい魔法の練習中なんだ、ちょっとつきあえや」

「いや・・・その・・・僕は今ちょっと人を案内してるところでして・・・」

「人だぁ?」

 

ぎろっと同好会のメンバーが往人とみちるを睨む。

普通の生徒ならすくみ上がりそうな視線にも、二人はまったく動じない。

だがそれがむしろ気に入らなかったのか、彼らは春原ともども、往人とみちるに対しても敵意を剥き出しにしてきた。

 

「春原てめぇ、学外の人間を校内に連れ込むたぁ、いけねぇなぁ」

「え? え?」

「そぉーか。学外で助っ人を雇って俺達とやりあおうって魂胆か」

「ち、ちが・・・」

「いーーーだろう! 望み通りにしてやるぜ」

 

同好会のメンバーが一斉に魔法を発動させる。

いずれも魔法学院の生徒だけあって、魔力の高さ、使用している魔法のレベル、どちらも一般的なものとは比べ物にならない。

 

「おい、何なんだ、あいつらは?」

 

事態がよく飲み込めない往人が春原に訪ねる。

だが春原はガタガタ震えているだけで答えようとしない。

魔力に反応したか、地面に突っ伏していたみちるがビクッと動いて起き上がる。

 

「な、なにごと?」

「さぁな。とりあえず、面倒事に巻き込まれたのは確かみたいだな」

 

よく見なくても、同好会連中の目は既にイってしまっている。

こんな危ない連中を飼っているのかと、往人は魔法学院とその学院長に対する認識を改める必要があるのではないかと一瞬本気で考えた。

 

「死にさらせやーーーっ!!!」

 

一斉に魔法が放たれる。

往人にとってみれば、大した攻撃ではないが、まともに喰らえば当然それなりに痛い。

なので着弾寸前、みちるともども横に跳んでかわす。

 

ドカァーンッ!!!

 

爆発が起こり、春原が吹っ飛ぶ。

地面に落ちて動かなくなった春原だが、とりあえず生きてはいそうである。

だが同好会は春原よりも、避けた往人達にターゲットを絞ったようだ。

 

「・・・どーする、国崎往人?」

「面倒だな。ここは三十六計・・・」

 

逃げるに如かず。

往人とみちるは襲い来る攻撃魔法をかわしつつ、その場から遁走した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

to be continued


あとがき

 新たに春原にことみ、それにもう一人を加えて役者が揃いつつある感じ。次回は敵も登場して・・・。今後の方針を少し述べておくと、全体通してヒロイン達はCLANNADのキャラが主要になるであろう。なので出てくる一人一人、要チェック。