カノン・ファンタジア
Chapter 1-B
-1-
遠く、カノンの地で大武会が開催されている頃――。
「さて皆の衆、とくとご覧あれ。ここに倒れている人形、種も仕掛けもないただの人形だ」
街の広場で、一人の男が地面に置いた人形を指差しながら語っている。
置かれているのは、かなり使い古されたボロ布の人形である。
本人の言うとおり、種も仕掛けもあるようには見えない。
「ところが・・・ほれ」
そこへ男、背の高い銀髪の青年が手をかざすと、不思議なことに人形がひとりでに動き始めた。
観衆の中から僅かだが感嘆の声が上がる。
客の反応に気をよくした青年は、さらにその人形を左右へと歩かせ始める。
「さあ、どうだ」
人形は青年のいる場所からかなり離れても自然に動き続け、客の目の前をぐるりと廻ってもとの場所まで戻ってきた。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・」
一転して沈黙が訪れる。
青年の方は隠そうとはしているものの顔の端から滲み出ている物欲しそうな表情。
客の方はそれからどうなるのかという期待と不安の眼差し。
そんな両者の思惑が微妙にすれ違いながら交叉し、やがて・・・・・・。
「さあさあご覧あれ、こっちの男が火を吹くよー」
「おおおお!!」
別の声が広場に響くと、観衆は一気にそっちへ押し寄せ、青年の前は一瞬にして閑散とした。
「・・・・・・ぉ・・・」
「おお、若いの。ええものを見せてもろうた。これをやろう」
よぼよぼの爺さんが何故か栓抜きを置いていく。
「おい、これやるよ」
生意気そうな子供が瓶の栓を置いていく。
「・・・どうぞ」
最後に一人の少女が瓶を持ってくる。
「・・・・・・これで俺にどうしろと?」
「・・・・・・・・・元に戻して・・・」
外れた栓を、少女が起用に瓶に戻す。
そして栓抜きでそれを再び外す。
「・・・開けてみましたとさ」
「そうか、よかったな・・・」
「・・・・・・ぽ」
どうしてだか赤くなる少女と、意気消沈する青年。
「だぁーーー! やぁってられるかぁーーー・・・・」「バッカやろぉーーーーーーー!!!!!」
ズグァーーーーーン!!!!!
「・・・・・・」
わかりやすく状況を説明すると。
声を張り上げて勢いよく立ち上がった青年の脳天に、真上からほぼ同時に飛び上がった小さな少女のかかと落としが見事に決まり、あまりに見事すぎたために少女の方もバランスを崩し、結果二人ともに地面に沈んだのであった。
「おおおお!!!!」
そして何故かその大ボケが受けたのか、今日この広場で一番の歓声が起こり、おひねりが投げ込まれる。
目を回して倒れている青年と小さな少女には構わず、背の高い方の少女は小銭を集めて廻る。
世界最大の魔法学院が存在するサーガイアの街の広場での出来事であった。
「いってぇ・・・・・・」
先ほど広場で人形を動かしていた青年、名を国崎往人という。
今は頭にできたたんこぶを水で冷やしているところだった。
「なーにが、稼ぐのは任せとけ、だ。全然だめじゃないか、バカ国崎往人」
飛びかかと落としを決めたツインテールの小さな少女は、遠野みちる。
「・・・結果おーらい」
最後に、満足げに集めたお金を勘定している背の高い少女が、遠野美凪。
彼らは、旅人であった。
「そもそも、まほーがくいんがあるこの街で人形動かすくらいの事が珍しいわけないじゃないか」
「チッ、この俺の芸の素晴らしさがわからないとは、魔法都市の連中も大したことないな」
「国崎往人の芸がつまらないのはばんにんがみとめるところだよ」
「喧嘩売ってんのか、このガキャ?」
「買う勇気があるのか、へっぽこげーにん」
バチバチと、二人の間で火花が飛び散る。
いつもの微笑ましい光景を少し離れた位置から眺めていた美凪は、視線をそちらから街の方へと移す。
大通りをずっと行った先に、城と見紛うばかりの広大な敷地と巨大な建物が存在する。
それこそが、サーガイア魔法学院。
世界中の魔導師なら誰もが憧れる地であった。
学院の設立は戦乱が始まるずっと前、もう100年以上前になる。
戦乱の間、各国で活躍した魔導師の大半はここで学び、また戦乱が終わった今は、再び未来を担うであろう若者達の育成に力を入れていた。
「ったく、いつまでもガキの相手してられるか。そろそろ晩飯のことを考えないとな」
「んに? お金あるよ」
「馬鹿野郎。せっかくの金を無駄遣いできるか。それは貯金だ貯金」
「んにゅぅ」
「それより美凪、おまえが言ってた奇縁ってやつはまだなのか?」
「さぁ?」
「さぁって・・・」
「占いは、占いですから」
彼らがこの地を訪れたのは、美凪の占いでこの地に奇縁有りと出たからだった。
往人としてはせっかく得た路銀をここで無駄遣いはせず、その奇縁とやらを頼って宿代と食費を浮かせたいと思っていた。
端的に言うと、奇縁の相手にたかる気である。
だがどうやら、ここまで来てもそれが誰のことを指しているのかは美凪にもわからないらしい。
「となると、宿はあとでどうとでもなるとして、とりあえずは飯の調達を・・・・・・ん?」
足下に何かまとわりつく感触を覚えて、往人は視線を下げる。
「ぷひーぷひー」
ギュピンッ!
往人の目が妖しく光る。
そして目にも止まらぬ速さでソレを掴み上げた。
「ぷ、ぷひー」
ソレは往人に鷲掴みにされて、じたばたと暴れている。
全体的に茶色くて、背中に縞模様のある動物であった。
「なに、それ?」
「ウリボウだな」
「うりぼう?」
「・・・猪の子供です」
「ふっ、どうやら今晩はボタン鍋で決まりだな」
「ぷ、ぷひ~~~!」
さらにじたばたするウリボウに、往人は拳骨を入れて黙らせた。
「わ、どうぶつぎゃくたいだー」
「いいんだよ、どうせ夜には俺の胃袋の中だからな」
「・・・あ」
美凪が声を上げた瞬間、往人自身もすさまじい殺気を浴びせられるのを感じ取った。
本能的に上体をそらし、迫り来るものを回避しようとする。
仰け反った往人のすぐ上を、物凄い勢いで何かが通過していった。
それは往人の背後にあった広場の噴水を粉砕して止まる。
体を反らせたまま、往人はそれの正体を見極める。
「魔法学事典? って、誰だこらぁ!」
反動をつけて体を起こし、それを投げつけた犯人を探そうとする往人。
その眼前に迫ってきたのは、ぴったりと揃えられた靴底であった。
ドゴォッ!!
これ以上ないくらい鮮やかなドロップキックが往人の顔面に命中した。
「・・・お見事」
「にょわ、くりーんひっと・・・」
喰らった往人は吹っ飛ばされ、半壊していた噴水を完全に破壊して尚十数メートル転がっていってようやく止まった。
そして、ドロップキックを放った張本人はすたっと着地して、空中に投げ出されていたウリボウを両手で受け止めた。
長い藤色の髪の左の一房にリボンを結んだ16、7歳のその少女は、般若の如き形相で往人を睨みつける。
「うちのボタンに何しくさってくれやがるのよっ!!」
ずかずかと倒れた往人の元へ歩いていき、胸倉を掴んで引き起こす。
さらに前後に激しく揺さぶりながら捲くし立てる。
「返答次第では泣いて謝るまで殴り続けて、謝ったあともさらに10発殴るわよ! さぁさぁさぁ!!」
「おーい、杏、それくらいにしておいてやれ。たぶん声聞こえてないから」
そう言って少女を宥めるように声をかけてきたのは、同じ方向からやってきた少年だった。
よく見ると、二人とも魔法学院の制服を着ている。
「だってこいつボタンをグーで殴ったのよっ。天誅よ!」
「無事だったんだからいいだろ。それ以上やると殺しかねん」
「無事じゃなかったら本気と書いてマジで殺してるところよ」
「はぁ・・・悪い、ああなったあいつには手がつけられん」
「いいって。たぶん、国崎往人が悪い!」
「・・・国崎さんは頑丈ですから、大丈夫です」
その後、少女が落ち着くまで15分、往人が目覚めるまでは30分かかった。
「俺は岡崎朋也」
「藤林杏よ。この子はボタン、断じて食べ物じゃないわ。食べようとした奴は100回殺すから」
顔は笑っているが、言っていることは非常に物騒だった。
そして、彼女が有言実行であることは、先ほど証明済みである。
むしろ、言った以上のことをやっている、というよりもそれ以前に言う前にやっていた。
「大体、こんなにかーいーのに何で食べようなんて発想が浮かんでくるのよ」
「国崎往人は発想がひんそうだから。うえたけものだし」
「ふーん、人間として可愛そうな奴なのね」
「そうそう」
「誰がだ。ったく、悪かったとは思うがな、いきなり事典投げつけた上にドロップキックとは大層なご挨拶じゃねぇか」
「当然の報いよ」
第一印象が互いに最悪だったせいか、往人と杏の相性は非常に悪そうだった。
言葉より先に手が出るタイプという意味では、みちるが成長したらこんな感じかもしれないため、往人と犬猿の仲なのは致し方ないことなのであろう、と端で見ながら美凪は思った。
それと同時に美凪は、この二人が占いで出た奇縁の相手だと気付いていた。
「・・・ところでお二人は、占いはお好きですか?」
「う、占い・・・」
「占いは、ちょっと、ね・・・」
二人は共にどこか複雑な表情を浮かべる。
「・・・お嫌い?」
「嫌い、って言うんじゃないけど、ちょっとな・・・」
「あまり占いにいい思い出はないのよ」
よほどのことがあったのかもしれない。
だが不思議と二人とも、本気で嫌がっているようにも見えなかった。
何か特別な事情があるのかもしれない。
「・・・では、占いはまたの機会にということで・・・これを、お近づきの印に」
そう言って美凪は、朋也と杏にそれぞれ“進呈”と達筆で書かれた封筒を手渡す。
封筒の中身を確認した二人は、異口同音に疑問を口にした。
「「お米券??」」
「・・・お米はおいしく、体に良いです」
「気にするな、こいつの挨拶みたいなものだと思っておけ」
まだ不可解な表情をしていたが、二人はとりあえず納得することにしたようだ。
「・・・ところで、お二人は魔法学院の方ですか?」
「ええ、そうだけど」
「・・・では、学院長はお元気でしょうか?」
「学院長・・・って誰だっけか?」
朋也はとぼけているわけではなく、本気でわからないようで、真剣な表情で悩んでいる。
「あんたね・・・何で学院長のこと忘れんのよ?」
「いやだって、会った記憶がない」
「まったく、学院長知らないなんてあんたと陽平くらいのものよ。カタリナ学院長でしょ、お元気でおられるわよ」
「・・・そうですか」
「もしかしてあなた、学院の卒業生とか?」
「・・・卒業生ではありませんが、カタリナ学院長にはお世話になっていました」
カタリナ・スウォンジー。
サーガイア魔法学院の現学院長であり、先の大戦においては連合軍に協力し、カノン王国の水瀬秋子と並び立つ存在であった。
古今東西ありとあらゆる魔術を極めていると言われ、地上で唯一大賢者の称号を持っている。
そして、世界最高と言われた四大魔女の一人でもあった。
とはいえ、四大魔女の残りの三人は謎が多く、所在も知れないため、伝説的存在とされている。
四大魔女、即ち、漆黒の陰陽師、群青の精霊術師、紺碧の占星術師、そして、白銀の大賢者がカタリナのかつての異名であった。
とにかく、魔法を学ぶ者ならば誰もが知っている存在なのである。
「んに、陽が落ちてきたね」
「やべぇ、そろそろマジで今夜の宿と飯を確保しなければ」
「ボタンはだめよ」
「しつこいぞ、わぁってるつの」
往人達と朋也と杏の二人は、それぞれ別方向へ向かって別れた。
別れ際に、美凪が一言。
「・・・また、会える気がします」
「おまえがああいう台詞を言うと、聞いた奴は本当にそうなると思うものだぞ」
「・・・たぶん、そうなりますから」
「間違いなくか?」
「・・・92.47%くらいでしょうか」
「微妙に半端な数字だな・・・」
楽に宿と食事を共に確保することはできなかったので、仕方なく夕食だけは安い料理屋で摂り、今3人は野宿できる場所を探している。
みちるは既に寝ており、往人の背中ですやすやと寝息を立てていた。
二人が話しているのは、夕方頃に会った少年少女のことである。
「奇縁って言ってたが、あいつらとは今日はじめて会ったよな?」
「・・・はい、そう思います」
「ってことは、直接の縁じゃないのか?」
「・・・あの人達のお知り合いとの間に縁がある、ということも考えられます」
「なるほどな。ま、それは次に会う時にでも確かめればいいか。それよりおまえ、学院長とやらには会わなくていいのか? 顔見知りなんだろ」
本当は顔見知り程度の間柄ではない。
そのことを往人は知ってはいるが、口にはしなかった。
実際には、美凪とカタリナ・スウォンジーの関係を聞き知ってはいるが、二人がどういう仲かまでは知らないため、あれこれとは言えない。
「・・・ええ、今はまだ、いいのです」
「そうか。学院長とやらにたかれたらと思ったんだがな・・・」
「・・・国崎さん」
「あん?」
美凪が往人の顔に触れる。
ほとんど表情らしいものの見て取れない美凪だが、少し心配そうな目で往人のことを見ていた。
「・・・お顔、大丈夫ですか?」
「ああ、さっきのあれか。別にどうともない。確かにいい蹴りだったがな・・・おまえ、俺を誰だと思ってるんだ?」
一瞬、無愛想な往人の顔に、獰猛な笑みが浮かんだ。
「伝説の死神、四死聖の一人、国崎往人様だぜ」
その笑みは、すぐに消え去る。
そしてまた、無愛想な表情に戻る。
「さて、とっとと寝床を探さないとな。いい加減このガキが重い」
「・・・はい、そうしましょう」
to be continued
Chapter 1-B、サーガイア編は完全新作パートとなった。時期的にはカノン大武会とほぼ同時期、そしてこちらのパートでの主役は、四死聖の一人たる往人と、魔法学院の不良生徒である朋也である。
さて、また変更点を少々チェックしてみよう。
まず、魔法学院で祐一達の仲間となった真琴と美汐の出番消滅。ついでにこの場で言っておくと、今後あゆの出番もない。カノンからは舞と佐祐理がメインで、名雪と香里と秋子 と北川と久瀬が端役となり、残りの面々には引っ込んでもらった。その代わりのポジションにつくのがCLANNADのキャラ達。今回のその一番手として、朋也と杏が登場。他にもぼちぼち出てくるけれど、とりあえずこの二人は主要キャラ。
そして往人だが、旧版ではいまいちその立場がはっきりしなかった彼が四死聖の一人に。四大魔女については異名と特性が若干変わっているものの、基本的に変更は無し。対する四死聖は大きくチェンジ。まず旧版では幽も含めて四人で四死聖だったが、新版では“鬼斬りの幽”と“四死聖”となっており、四死聖も莢迦以外の面子は総入れ替え、全て版権キャラで固めた。残り二人が誰であるかは、直に明かされるであろう。では、サーガイア魔法学院編、開始である。
・・・ところでお気づきの方もいるかもしれないが、冒頭の三人組のシーンはオウガの冒頭そのまま。あっちの再開を望む声も多いものの、そっちにはまだまだ対応できそうにないので、せめて三人組はこっちに盛り込もうという意志の表れ・・・。