カノン・ファンタジア

 

 

 

 

Chapter 1−A

 

   −8−

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南地区の一角に、魔力で人工的に生み出されたと思しき空間の歪みがあった。

おそらく、それなりの魔力探査能力を持つ者が近付けば気付くレベルのものである。

莢迦の様に人物の特定までできるほどのものは珍しいが、魔力探査能力自体はそれほど珍しくはない。

だが、今まで誰にも気付かれなかったのは、それだけ巧妙に隠されていたからであろう。

 

「さすが、と言っておこうかしらね」

「・・・・・・」

 

無言で剣を構える舞を、莢迦が片手を上げて制する。

 

「まずは、私に任せておきなさい」

 

莢迦は鞘から引き抜いた刀を顔の前で垂直に立て、小さく呪文を呟く。

この仕掛けを施したのは、超一流の術者である。

そのことを、莢迦はよく知っていた。

だが同時に、その相手の手口や癖も熟知している。

 

「・・・解!」

 

掛け声と共に刀を一閃する。

すると空間の歪みは正され、代わりにそこに隠されたものがその姿を露にした。

 

ブォーーーンッ!!!

 

巨大な口、とでも言えば良いのか、そんな格好をした巨大なモンスターが、二人の眼前に現れる。

その開いた口から、会場の各地で暴れているモンスターが今も吐き出されつづけていた。

 

「こいつは、体内に取り込んだモンスターを、魔力の続く限り複製して吐き出し続ける厄介なモンスターね。そうして出したモンスターを、空間を歪ませて広範囲にランダムに出現させていた、ってところかしら」

 

だが、この術のランダム性も完璧ではない。

現に、出現位置は中心たるこの場所に近いほど多かったため、場所の特定は比較的容易であった。

とはいえおそらく、この術を解除できたのは、この会場内では莢迦の他には水瀬秋子くらいであろう。

これを仕掛けた相手は、莢迦の存在を計算に入れていなかった。

 

「詰めが甘かったわね。さ、あとはこいつを片付ければ終わり・・・って」

 

言うよりも早く、舞が飛び出していた。

両手を持った剣を振りかぶって跳躍し、巨大モンスターの頭上に出る。

それに気付いた巨大モンスターが口を上に向け、迫り来る舞に向かってモンスターを吐き出した。

 

ボボボンッ!!!

 

吐き出されたモンスターは、舞の行く手を阻む前に莢迦の放った炎弾によって全て叩き落される。

遮るものがいなくなった舞は、巨大モンスターの脳天目掛けて一気に剣を振り下ろした。

 

ズバァッ!!!

 

一刀両断。

舞の魔力を込めた斬撃の前に、巨大モンスターは一撃で葬り去られ、モンスターの出現は完全に止まった。

真っ二つになった巨大モンスターが崩れ落ち、舞が地面に着地すると、莢迦は刀を納めて会場の方を振り返る。

まだ各所で残ったモンスターが暴れているが、直に掃討されるだろう。

 

「大勢は決したか、やったね、舞・・・って、またいない」

 

前に向き直ると既に舞の姿はない。

見れば、西地区方面へ全速力で走っていくところだった。

 

「せっかちな子だこと。ま、いっか」

 

この場での自分の仕事はこれで終わり。

そう判断した莢迦は、一人会場をあとにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アリエスは、自分の仕掛けが破られたことを察知していた。

当然と言えば当然の結果である。

あの女の存在を確認した時から、こうなることはわかっていたのだ。

これは、あの女がいる可能性を計算に入れなかった自分のミスである。

 

「まぁ、この程度の手口でカノン王国を落とそうというのがそもそも虫のいい話よね。あとは最低限の目的だけでも達成できれば・・・」

 

もうあまり時間はかけられまい。

彼女ならばともかく、いくら十二天宮とは言え、完全に体勢を立て直したカノン騎士団に囲まれれば、あとの二人は逃げらないであろう。

残り時間が少ないことを、アリエスは念話でもって二人に伝えた。

 

『レオ、ピスケス、潮時よ。早めに切上げて撤退しなさい』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何度目かの攻め合いを終えて幽と対峙していたレオは、その念話を聞いて槍を僅かに引く。

 

「どうやら時間切れらしい。決着はまたの機会だな、鬼斬り」

「何だ、怖気づいたのか?」

「こっちにも色々事情があるのさ。じゃあな」

「逃がすと思うのかよ!」

 

飛び退るレオに追いすがって踏み込む幽。

振り下ろされた長剣は地面を斬る。

一瞬早く、幽の間合いの外に脱していたレオは、そのまま鮮やかとさえ言える速さで退いていった。

 

「チッ」

 

舌打ちをして、幽は剣を納める。

興が削がれたか、もうモンスターにも関心がなくなっていた。

そのまま、騒ぎが収まりつつある会場から、幽は立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

秋子と十二天宮ピスケスの戦いも、熾烈を極めていた。

傍で見ていた北辰王は幾度か秋子の加勢に入ろうと試みたが、その隙はまったくなかった。

それほどまでに速く、激しい攻防が続いている。

 

「やるわねぇ、さすがは水瀬秋子、といったところかしら」

「・・・・・・」

 

楽しげに口元を歪めて笑うピスケスに対して、秋子は無言である。

正面の敵との戦いに全力を傾けつつ、秋子は常に周囲の状況を探っているのだ。

そして、どうしてかはわからないが、最大の脅威が去ったらしいことに気付いていた。

 

「(最悪の事態は脱したようですね。なら、あとは・・・)」

 

この敵を倒すのみ。

そう思った時、秋子はある魔力の波動を感じた。

誰かが念話を使う際に起こる波動と良く似たそれは、どこからかピスケスに向かって放たれている。

意識を集中させ、その念話の傍受を秋子を試みた。

 

『レオ、ピスケス、潮時よ。早めに切上げて撤退しなさい』

 

既に予測済みのことだったが、その声の主は、秋子のよく知る相手のものであった。

 

「(やはり、あの人が・・・)」

「残念ねぇ、どうやらもう時間がないらしいわん」

「このまま逃がすとお思いですか?」

「さぁて・・・どうしようかしら・・・ねぇ!!」

 

一瞬、悩む素振りを見せて構えを解いたと見せかけて、ピスケスは素早く間を詰めてきた。

当然、その程度のフェイントに引っかかる秋子ではない。

つっこんできた相手に向かって、剣を突き出す。

 

ドシュッ!

 

「なっ!?」

 

秋子が突き出した剣に、ピスケスは自ら飛び込んできた。

ピスケスの脇腹に、深々と秋子の剣が突き刺さる。

 

「ほぉーっほっほっほっ、血! 血ぃよっ!!」

「何を・・・!?」

 

血を見て笑うピスケスの狂気に中てられた秋子が僅かに怯んだ隙を見逃さずに、両手の爪が振られる。

相手の体に剣を刺していたために後退するのが遅れた秋子は、その攻撃を肩口に受けた。

 

「くっ!」

 

両者の血が飛び散り、二人は互いに後退する。

秋子は傷を負った右肩を押さえており、ピスケスは左手の爪についた秋子の血をうっとりとした表情で眺めながら、それを懐から取り出した小瓶の中にたらす。

 

「あはん♪ 血って、素敵よねぇ」

「私の血を・・・一体何のために?」

「うふふ、それは、ヒ・ミ・ツ」

 

ピスケスはウィンクを一つしてから、後ろへ大きく跳躍する。

追おうとする秋子だったが、傷の痛みで僅かに動きが鈍った。

それ以上の傷を負っていながら痛みを感じていないのか、ピスケスはあっという間に逃げ去っていく。

その姿に気付いた兵士達が数人追おうと試みているが、おそらく捕まえることはできないであろう。

 

「秋子、大丈夫か?」

「ええ、平気です」

 

秋子は剣を納め、肩の傷に治癒魔法をかけ始める。

そうしていると、名雪と香里を先頭に、騎士団の兵達が駆け寄ってきた。

 

「お母さん!」

「陛下、将軍、ご無事ですか?」

「ああ、我々は大事無い」

 

北辰が応えると、兵達は皆安堵する。

 

「お母さん、怪我を・・・」

 

名雪だけが心配そうに秋子の傷を覗き込む。

 

「大丈夫、大したことはないわ」

「でも・・・」

「それよりここはいいから、あなた達は残ったモンスターの掃討と、怪我人の治療を。それに、まだ逃げ遅れた人達もいるかもしれないわ」

「わかりました。名雪、行くわよ」

「・・・うん」

 

香里に連れられ、名雪は命じられた作業のために王の御前から退く。

他の兵達もそれぞれのグループに分かれ、会場の各所へ散っていった。

 

「まさか・・・このような事態になるとはな・・・」

 

会場の様子を見て、北辰は沈痛な表情をする。

 

「申し訳ありません・・・私の失態です」

「おまえのせいではないだろう。相手が悪い」

「お気付きになられていたのですか?」

「おまえを出し抜ける奴などそうそうおるまい。それに、あれほどの大魔法を使える人間が何人もいるなどと思いたくはない」

「そうですね。確かに、あの人の気配を感じました」

「そうか。あやつの存在に、覇王十二天宮・・・やっと平和な世を築けると思った矢先にこれか・・・」

「・・・・・・」

 

平和な世。

それは、北辰にとって積年の夢であった。

秋子と、今は亡き彼女の夫も、その夢を実現させるためにずっと戦ってきた。

そして2年前、ようやくその夢を実現することができると思ったのだ。

しかし、今再び戦乱の種を運ぶ者達が現れた。

さらにそれ以上に、秋子は嫌な予感がしていた。

 

「(あの十二天宮の男・・・まるで最初から私の血を狙っていたような・・・。一体、何のために?)」

 

血は、魔術的儀式で使われる触媒の一つであった。

彼らはそれで、何をするつもりなのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大武会の日から、3日が経っていた。

報告された被害は、死者150名、重傷者2000名、軽傷を負った者は数知れず。

10万人近い観客と5000人の兵士からすれば、被害は最小限に抑えられたと言っても良いが、それでも尊い命が失われたことに変わりはない。

幸いだったのは、モンスター騒ぎは大会会場のみの出来事で、街には一切被害が出ていない点であろう。

だが逆に、それを不可解と捉える者もいた。

久瀬もそうした者の一人である。

 

「(あれだけの数のモンスターを出せるのなら、街中に放った方がこちらの対処が遅れたはずだ。カノン王国を潰すならその方が効率が良かったろうに・・・単純に陛下と将軍が狙いだったから、か?)」

 

確かに、北辰王と水瀬秋子の存在は大きい。

例え国が残っていても、この二人がいなければカノン王国は成り立たないであろう。

 

「(いずれにしても、この件に関しては僕一人であれこれ考えても始まらないか)」

 

既に数日中に、覇王十二天宮を名乗った敵に対する対策が練られる方針が決まっている。

今は各地に散らばっている諸将を招集している最中であった。

その件はそれとして、久瀬は個人的理由から、倉田邸を訪れていた。

到着すると、門前に既に佐祐理が出ている。

 

「やぁ、倉田さん」

「久瀬さん、どうなさったんですか、こんなに朝早く?」

「今朝出立すると聞いてね。余計なことかもしれないけれど、見送りと思ったまでだよ」

「あははー、それはわざわざありがとうございます」

 

今日、祐一、舞、佐祐理の三人は王都を発って旅に出ることになっていた。

国とは関係なく、個人的に先日の敵の足取りを追うつもりでいるらしいと久瀬は聞いている。

久瀬としては無茶は控えてほしいところだったが、あくまで個人で動くと言う彼らを、騎士団として止める権限はない。

 

「それにしても、よくお父上が許したね」

「半ば強引に頼み込みましたから。最後には、将来倉田家を継ぐ者として、見聞を広めて来い、と言われました」

「そういうレベルの話ではないと思うんだが・・・まぁ、無茶だけはしないでくれたまえ」

「大丈夫ですよ。祐一さんと舞と一緒ですから」

「だから心配、とも言うのだけどね。何しろ、あの二人は無茶をするタイプだ」

「誰がだよ」

 

噂をすればというやつで、祐一と舞が門から出てくる。

三人とも、旅の準備はしっかりとしているようだ。

 

「・・・佐祐理、お待たせ」

「で、何で久瀬がいるんだよ?」

「倉田さんの見送りに来たんだよ。ああ、ついでで君達の見送りもしてあげよう」

「結構だ」

「・・・必要ない」

「そうかい。まぁ、君達は好きなだけ無茶をすればいいが、くれぐれも倉田さんを巻き込まないようにしてくれたまえ。彼女はこの国の将来にとって大事な存在なのだから」

「・・・言われなくても」

「わかってる。佐祐理さんに無茶させたりしねーよ」

「そうしてくれたまえ。それじゃあ倉田さん、本当に気をつけて」

「はい、行ってきますねー」

 

久瀬は佐祐理と、あとの二人を見送ってから、倉田邸の前を後にした。

旅に出るという彼らの心境はどんなものだろうと、久瀬は柄にもなくそんなことを思った。

先日の敵を追うというのなら、それは決して楽な道ではあるまい。

しかし、そんな険しい道を進むことに、心躍ったりもしているのではないだろうか、今の久瀬のように。

 

「(不謹慎なことだ、しかし、この性は抑えられないか)」

 

平和な世、大いに結構だった。

これ以上望むべくもない。

しかし、才能を持ちながら、それを発揮する前に戦乱が終結してしまったことを、久瀬は心の底で歯がゆく思っていた。

再び戦乱が起こることを望んでいるわけではないが、今のこの状況を、己の力を存分に発揮できるであろう状況を、久瀬は歓迎していた。

 

「(所詮、戦の才に恵まれた者がその力を証明することができるのは、戦いの中でしかない。君もそうだろう、相沢祐一君)」

 

大武会如きでは足りないはずだった。

魔力0の汚名を持つ祐一がその力を示し、認めさせるためには、もっと大きな戦いが必要なはずなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

祐一は葛藤していた。

彼の力を万人に認めさせるには、大武会では足りなかった。

もっともっと大きな戦い、強い敵との戦いでなければ、彼が認められることはない。

だがそう思う反面、それを拒絶する自分がいた。

幽や仮面の女のことを思い浮かべる。

彼らの強さは、圧倒的だった。

けれど同時にそれは、他者の命を踏みにじる力であった。

あれが、祐一が突き進む道の先にあるものだというのか。

 

「(違う!)」

 

それを、祐一の心は否定する。

しかし否定してみても、代わりの答えを出すことはできない。

旅に出る決意をしたのは、その答えを探したいと思ったからだった。

自分が求める強さの正体を見極め、それを証明するために。

そのためにまずは、幽や仮面の女の足取りを追うことに決めた。

 

「でも何も、二人もついてくることなかったのに」

「・・・水臭い」

「あははー、佐祐理達、いつでもどこでも一緒じゃないですか」

「まぁ、いいけど」

 

いまだに、心の支えはある。

けれど大武会を通じて、一つだけわかったことがあった。

それは、自分一人が思い悩んでいるわけではないということ。

名雪は、祐一とは反対の形で悩んでいた。

そしてあの鬼斬りの幽もまた、祐一と同じように魔力0だったという。

そんな中で、名雪も頑張っていた。

幽は、形の是非はさておき、その力を自ら証明してみせていた。

負けていられないという気持ちが、祐一の心の支えを少しだけ取り除いたため、舞や佐祐理の好意を前よりも素直に受け取られるようになっていた。

 

「よし、行くか二人とも!」

「・・・はちみつくまさん」

「はいっ!」

「おー、やっと来たね、君達。待ちくたびれちゃったよ!」

「なっ、おまえ・・・!」

 

彼らが進む道の先にある街路樹の上に、巫女服姿の女が座っていた。

その女、莢迦は近付いてくる祐一達に向かって、手にした笠を振っている。

 

「・・・莢迦」

「えーと、確か大会で、祐一さんと戦ってらした方ですよね?」

「そそ。よろしく、倉田のお嬢様。佐祐理、でいいかな?」

「はい、いいですよー」

「って、何でおまえがこんなところに?」

 

和みかける女性陣の間に祐一が割ってはいる。

先ほどの思考では幽や仮面の女のことばかり考えていたが、この女も祐一を混乱させている張本人の一人であった。

 

「何でって、君達と一緒に行こうと思って」

「だから何でだよ?」

「目的が同じだから、かな? 君達も、幽や十二天宮の連中を追っていくんでしょ?」

「まぁ、そうだけど」

「なら、旅は道連れ世は情け、ってね」

「いや、でも・・・」

「いいよね? 舞、佐祐理」

「・・・私は構わない」

「あははー、旅は大人数の方が楽しいですよね♪」

「はい、多数決。民主主義の勝利。というわけで、よろしくね〜」

「・・・なんでこうなるんだよ・・・?」

 

頭を抱える祐一。

こうして、祐一、舞、佐祐理、莢迦の四人はカノン王国から旅立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

to be continued


あとがき

 というわけで、Chapter 1−A終了。途中色々話が加わっていたけれど、ここまで大筋の流れは旧版と同じ。大武会の騒動から四人での旅立ちまで。この後、旧版では細かいエピソードが少々あったものの・・・新版ではそれは無し。このあとはいきなり十二天宮との接触・・・・・・と、その前に、次回からはChapter 1−Bサーガイア魔法学院編である。何故1−Bかというと、この話は1−Aと同時期のエピソードとなるからである。ここからがある意味新版の真骨頂、残りのメイン登場人物達の出番となる。よって祐一達の出番は、Chapter 2までお預け。しばらくは彼らに負けず劣らず個性的なメンバーがお送りするサーガイア編をお楽しみあれ。

 さて、ちょいネタバレ話。まぁ、アリエスの正体は旧版見ればわかるし、そう遠くない内に明かされることだからいいとして、レオの正体。こっちはなんかなかなか本編で明かす機会がないので、わかる人はもうわかってるだろうし、わからない人は名前聞いてもわからないわけだけど、とにかく公表。レオはつまるところ、Fateに出てくるランサー=クー・フーリンである。Fateの中でも一番好きなキャラの一人なので、早々と登場となった次第。敵ながら、今後の動向の期待がかかる一人であろう。