カノン・ファンタジア
Chapter 1-A
-7-
「ここまで来れば、大丈夫だろ」
北地区と東地区の中間辺りで、騎士団の兵士達が観客の避難活動を行っていた。
祐一は、そこへフローラを連れて行く。
「姫! ご無事でしたか!」
「はい、えっと・・・」
兵士達に迎え入れられたフローラは、祐一の方へ振り返る。
その祐一は、いまだ雷雲が残る空を見上げていた。
おそらく、このまま放っておけばまたあの稲妻が放たれる。
そうなれば被害はますます甚大なものとなるだろう。
それを許すわけにはいかない。
「あの・・・相沢様!」
「え?」
「その、助けていただいて、ありがとうございました」
「気にするな。それより早く逃げろよ」
相手はこの国の姫だというのに、祐一は平気でタメ口を聞いていた。
不思議とこの少女相手には、それでしっくりくる。
周りで聞いている兵士達は何か言いたげな顔をしているが、本人はまったく気にしていないようだ。
「じゃ、俺は行くぞ」
「・・・戦いに、行かれるのですか?」
「ああ、このまま黙って見てるなんてできないからな」
思うことは様々ある。
正直まだ、祐一の心は混乱していた。
名雪に言われたこと、幽に言われたこと、莢迦に言われたこと・・・それらが祐一の心の中で渦巻いている。
だが今は、それを考える時ではない。
この状況では、戦う以外の選択肢を祐一は思いつかない。
「そうですか」
先ほどまでの弱々しい雰囲気はどこへやら、祐一を見送るフローラは凛としていた。
「では、御武運を」
「・・・ああ」
そこに祐一は、一国の姫君たる者の強さを見た。
戦う力など持たなくとも、彼女のそれは、強さだった。
力と強さの違いが、少しだけわかったような気が祐一はした。
それは、心の持ちようの違い。
「(俺は、強くなれるか?)」
その答えは、この戦いを終わらせれば、少しだけ垣間見れるように気がした。
疾駆する黒と青の体、迸る紅い刃、交わる二つの閃光は、観客席から動き出していつしか闘技場内へと移動していた。
ガキィンッ!
一際甲高い音を発して両者の武器が弾きあい、双方は距離を取って対峙する。
片や、幽は右手に持った長剣を中段の高さに据えていた。
対する青い鎧の男、覇王十二天宮のレオは、紅い槍の矛先を敵に向けて水平に構えている。
「俺の攻撃を尽くかわすとは、さすがだな、鬼斬り」
「まだまだこんなもんじゃねェぜ。それで限界だってんなら、てめェの死はこれで確定だな」
「そうかい。なら次は、もっと速く行くぜぇ!!」
槍を構えた体勢のまま、レオが疾駆する。
まるで弾丸のように踏み込みから繰り出される突きはまさに神速。
その先端を正確に見切って、幽は長剣でそれを受け止める。
止められた槍を一旦引くと、レオは再び槍を突き出す。
今度はそれを、横に弾くようにして幽はかわす。
さらにもう一度引いた槍を突き出すレオと、それをかわす幽。
本来槍の特性を活かすならば、突きがかわされた後はその長さを利用した薙ぎや払いに転じるべきである。
だがレオはそれをせず、突きに拘っていた。
どんな形で攻撃をかわされようと、ひたすら突きを繰り出し続ける。
一見単調な攻撃は、しかし相手に反撃の隙を与えない。
圧倒的速度で繰り出される突きが、それを許さないのだ。
反撃不能という絶対の自信が無ければ、この戦法は取れない。
そしてレオには、その絶対の自信があった。
カッ ギィンッ カキィンッ!
響き渡る、刃と刃の打ち合わされる音。
無差別に人を襲うモンスターも、その音の響く範囲内には立ち入ろうとしない。
それはまさに、二人の殺気と剣気が作り上げた結界であった。
ギィィィンッ!!!
一体幾度打ち合ったのか。
最後に一度激しく打ち合い、両者は再び距離を取る。
「本当に大したものだ。しかも、覇王を倒した時はもっとすごかったんだろ」
「そういうてめェもなかなかのスピードだぜ。俺様には及ばないがな」
「言いやがるな。真の力とやらは覇王が死に際に封印したって言うのによ」
「関係ねェな。そんな程度のハンデ、俺には丁度いいくらいだ」
「なら、今度はさらに速くして行くぜ。いつまでついてこれるかな、鬼斬り!」
三度、レオの槍は閃光と化した。
一度稲妻で一掃されたからこそ、今では舞にもはっきりわかるほど、南地区にいるモンスターの数は全区画で最も多かった。
久瀬の予測した通り、無限に沸いてくるモンスターの原因はこの区画にあると見て間違いない。
だが、あまりに多すぎて正確な場所の特定まではできない上、その数に舞一人では対処し切れなかった。
「・・・邪魔!」
舞の剣が左右に振られた刹那、二匹のモンスターが真っ二つになって血溜まりに沈む。
さらに突き進む先に現れるモンスターを、舞は全て斬り捨てて行った。
しかし、どれほど斬っても敵の数は留まるところを知らない。
「・・・切りがない」
「ほんとにねぇ」
「!」
背後から声がして振り返ると、そこには本戦で祐一と戦っていた巫女、莢迦が立っていた。
いつの間にそこへやってきたのか、舞は気配をまるで感じなかった。
祐一との試合の時からわかっていたことだが、この莢迦という女、相当の使い手である。
「あなた、川澄舞だっけ、舞でいいよね?」
妙に親しげに聞いてくる莢迦に対して、舞は頷いてみせる。
「じゃあ、舞。あなたも魔物どもの出所を探しに来たんでしょ。ここは一つ、共同戦線と行かない?」
「・・・共同戦線?」
「この辺一体の魔物を一掃すれば、改めて湧き出てくる場所を探し当てられるでしょ」
「・・・わかった」
「決まりね。それじゃ」
莢迦は舞の背中にぴたりと自分の背中をつけ、背後のモンスターと向き合う。
その意図を察した舞も、眼前の敵に集中する。
「一気にいくよ、いい?」
「・・・はちみつくまさん」
「ほぇ?」
「・・・はい、という意味」
「そう。じゃ、改めて・・・3、2、1・・・」
カウントゼロと同時に、二人はそれぞれ反対方向へ向かって飛び出す。
前方の敵を数体倒した後、一度元の位置に戻り、再び動き出す。
一人で戦う時は、360度全方向に気を配らねばならず、そのために戦力が半減する。
しかしこうして背中を預けあい、背後を気にする必要がなくなることで、思い切って戦うことができる。
そして何より、絶妙なコンビネーションで戦う二人の戦力は、一人一人で戦う際の数倍であった。
「やるじゃない、舞。私の動きにぴったりついてきてる」
「・・・さっき見たから。そっちこそ、私が合わせ易いように動いてる」
二人の剣が辺り一帯のモンスターを一掃するまで、ものの数分もかからなかった。
数十体の敵をまとめて倒したため、一瞬モンスターの出現が止まるが、またさらに湧き出てくる。
だが、その出所を見極めるには、充分の空白時間を作れた。
「・・・あそこ」
「みたいね」
莢迦と舞の視線は共に、観客席のほぼ中央付近に向けられていた。
十二天宮の一人、アリエスは落雷の第二波を放つ魔力を溜めつつ、高い位置から全体の戦況を見渡していた。
レオと鬼斬りの幽、ピスケスと水瀬秋子がそれぞれ一対一で激しい攻防を繰り広げており、どちらも互角の勝負に見えた。
他は一部の実力者達が奮戦しており、まだ一進一退のように思える。
だからこそ、もう一撃落雷を放てば、大勢は決するであろう。
「呆気ないものね、カノン王国と言えども・・・ん?」
アリエスが目を向けた先は、南地区の方だった。
そこには、彼女自身がある仕掛けを施していたが、そこへ真っ直ぐ近付く人影が二つあった。
「気付かれた? けどそれだけじゃ・・・」
あの仕掛けに気付くだけならば、頭の切れる者と、それなりの魔力の持ち主がいれば可能性はあった。
だが、それを解除することは、かなり高度な魔術知識をもってしなければ無理である。
そのはずなのだが、アリエスはそこへ向かっている二人の内の片方が気にかかった。
笠をかぶった、巫女姿の女。
目を凝らして、その姿をじっと見据える。
「大会本戦に出ていた女? そういえば、名前までは気にしていなかったけれど・・・」
大会が行われている間、アリエスはずっと会場を監視していた。
しかしそれは、魔力の流れを読み取っていただけで、映像や音声まで捉えていたわけではない。
だから、気付かなかった。
その己の迂闊さを、彼女はすぐに悔やむこととなる。
「っ!!」
視線に気付いたか、巫女が振り返る。
笠から垂らした薄布の隙間から覗く眼が、アリエスの視線を受け止め、その口元が、薄く歪む。
その瞳を、その表情を、彼女はよく知っていた。
「あいつ! ・・・っ!」
巫女の姿を追うのに夢中で、アリエスは接近してくる敵の気配に直前まで気がつかなかった。
ザシュッ!
祐一の振りぬいた剣が、相手の姿を切り裂く。
だが、斬ったのはマントだけであった。
「チッ、はずしたか」
マントから抜け出た相手の姿を探し出し、祐一は大剣を構えなおす。
相手は、魔導師風の姿の女で、青く長い髪を三つ編みにしており、顔は白い仮面で隠していた。
そして胸元には牡羊座、アリエスの紋章をつけている。
「これ以上、好き勝手させるかよ」
「・・・・・・」
仮面をつけているため、相手の表情は見えない。
だが体を覆った雰囲気から、どこか複雑な思いが感じ取れた。
出方の見えない相手を見据えながら、祐一はしばし様子を見る。
やがて女、アリエスは仮面の上からでもわかるくらい大きく嘆息した。
「はぁ~~~・・・」
「な、何ため息ついてるんだよ?」
「いや、なかなか思い通りには行かないものだと思ってね。ま、当然と言えば当然ね」
「何のことだ?」
「こっちの話よ。仕方ない・・・」
アリエスは杖を持った右手をすぅーっと上げて祐一に向ける。
杖の先に目に見えるほど大きな魔力を集まるのを見て、祐一は身構えた。
「この茶番が幕を閉じるまでの一時、私も楽しむとしましょう」
「茶番・・・だと?」
「ええ。計算外の要素が入った以上、こっちの目論見ははずれだわ。あとは退き時まで楽しむだけ」
「楽しむだと・・・! 何人もの命を奪っておいて、全部遊びのつもりかよっ!?」
「怒ったの? 理不尽な暴力が憎いかしら?」
「当たり前だろ!」
「そう、良い子なのね。だけどね坊や、この世の中、暴力の前に言葉は無力なのよ」
ぎりっと、祐一は奥歯を噛み締める。
この女も、あの鬼斬りの幽と同じことを言っていた。
まるで、力こそがこの世の全てとは言っているようなその理論を、祐一は受け入れることができない。
「そんなふざけたこと・・・許せるものか!」
「言葉は無力と言ったばかりよ。否定したければ、その剣で語りなさい!」
振り上げた杖に、上空の黒雲から雷が落ちる。
そのエネルギーが杖の魔力と混ざり合って、先端に光る刃を生み出す。
雷の刃をまとわせた杖を振りかぶって、アリエスが跳躍する。
バチィッ!
「ぐぁっ・・・!」
振り下ろされた雷の刃による攻撃を剣でガードした祐一だったが、斬撃は止められても、雷撃までは止められず、むしろ剣を伝って感電させられる。
痺れかけた体を何とか動かして、祐一は後ろへ跳ぶ。
さらに追いすがってくるアリエスの攻撃を、祐一は受けないように回避していく。
「(触れたら雷撃でやられる・・・つまり、こっちの斬撃をガードされてもだめってことかよ!)」
相手の武器に触れないようにして攻撃をかわし、尚且つ攻撃をするなど、至難の業だった。
ましてや、相手は魔法だけでなく、接近戦においてもかなりの実力者である。
「威勢のいいのは口だけ?」
「・・・このっ!」
水平に薙ぎ払われた杖の下を転がるように掻い潜り、背後に回り込んだ祐一はそこから剣を振り下ろす。
ドンッ!
大剣が打ち砕いたのは下のタイルだけで、相手の姿は見えない。
「上か!」
見上げた先で、アリエスが杖を振り下ろす。
ぎりぎりで祐一はバックステップでそれをかわしたが、その際僅かに切っ先が掠った。
ほんの少しだったというのに、祐一の全身に電流が走る。
「(掠るだけでこれかよ!)」
切り結ぶことすらできず、肉を切らせて骨を断つ戦法もこの相手の前では通用しそうになかった。
「(こいつ・・・強い)」
莢迦や幽も強かったが、この女もそれに勝るとも劣らないほど強かった。
何より、魔力がないため魔法を使えない祐一からすれば天敵と言っていいほどの魔法の使い手である。
「体捌きは大したものね、いい腕してるわ。けどその程度じゃまだまだ私に切っ先一寸たりとも触れることは適わないわよ」
「そんなことは、やってみなきゃわからないだろ!」
祐一は一歩踏み込むと、剣をタイルに突き刺す。
そのまま力任せにタイルごと剣を持ち上げ、それを投げ飛ばした。
「おらよぉっ!」
同じことを数回繰り返し、いくつものタイルがアリエスに向かって飛ぶ。
だが迫り来る無数のタイルを、アリエスは余裕の体でかわしていた。
「その程度、目くらましにもならないわよ」
「どうかな?」
「!?」
タイルを飛ばしたのは、攻撃するためでも目くらましにするためでもない。
自ら飛ばしたタイルに乗って飛ぶことで、それを隠れ蓑に接近することだった。
反射的にタイルを回避していたアリエスは、祐一が乗ったタイルもかわしてしまい、背後に回りこまれる要因を自ら作っていた。
「とったぞ!!」
ドシュッ!!
振り下ろされた祐一の剣は、今度こそアリエスの身を捉えていた。
「くっ!」
ゴォッ!!
「なっ!?」
傷つけられたアリエスの周囲に、風の渦が巻き起こる。
その衝撃波で、祐一は弾き飛ばされた。
足下に突き刺した大剣を支えにして何とか踏みとどまるが、竜巻のように激しさを増した風の中では飛ばされないようにするのが精一杯だった。
風の中心でアリエスは、傷を負った肩口に手を当てて治癒魔法をかけていた。
「チッ・・・浅かったか」
一太刀浴びせることはできたが、あれだけでは致命傷には程遠い。
「この私に傷を負わせた奴なんて、両手の指に余るくらいだわ。・・・ふふっ、強くなったわね」
「何だよ、それ? 俺を知ってるのか?」
「ええ、知ってるわよ、よぉくね」
「どういう・・・ことだ?」
「答えが知りたかったら、追ってきなさい、祐一」
風がさらに激しさを増し、思わず閉じた目を開いた時には、アリエスの姿はもうなかった。
「・・・なんなんだ・・・あいつは・・・?」
to be continued
あとがき
幽vsレオも良いが、やはり今回最大の見せ場は祐一vsアリエスであろう。まぁ、旧版を知っている人は彼女の正体は完璧に知っているわけだが、とにかく今後二人の因縁には注目である。
思えば祐一も災難な・・・大会優勝で壁を越えようと思った矢先に、さらに巨大な壁が、しかも三つも眼前に現れたのだから。