カノン・ファンタジア

 

 

 

 

Chapter 1−A

 

   −6−

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、うわぁっ!」

 

多数の魔物を前にして、騎士団に属する兵士達も苦戦を強いられていた。

数人がかりで何とか一匹を倒しても、さらに何匹も押し寄せてくるのだ。

しかも、街の近くに生息しているような弱いものではなく、人一人の手には到底負えないような強いモンスターばかりであった。

今も、武器を折られた兵士が数人、モンスターの群れに追い詰められている。

 

ザッ

 

そんな兵士とモンスターの間に立ちはだかる人影があった。

乱入者の登場に一瞬怯むモンスター達だったが、新たな獲物を見て取って一斉に飛び掛ってきた。

襲い来るモンスター達に向かってその人影、美坂香里が手にしたバトルアックスを薙ぎ払う。

 

ブゥンッ!!

 

三匹のモンスターが一撃でその身を砕かれる。

大型武器を振りぬいて無防備になった香里に向かって、仲間を倒されても怯まないモンスターがさらに二匹襲い掛かる。

だが、香里の背後から飛び出たもう一人が剣を振るってそれを斬り捨てた。

名雪である。

 

「水瀬! 美坂!」

「モンスターはあたし達に任せて、あなた達は観客の避難を」

「わ、わかった!」

 

兵士達は逃げ遅れた人々を探しにその場を立ち去る。

動く者に反応したモンスターがそれを追おうとするが、香里と名雪がその前に立ち塞がった。

 

「さてと、結構数が多いけど、やれるわよね、名雪?」

「うん、なんとかね」

「ちょっと待ったぁ!」

 

そこへ、さらに一人加わり、香里の隣に並んだ。

槍を携えた北川である。

 

「二人だけじゃきついだろ、俺も手伝うぜ」

「いいけど、足を引っ張るんじゃないわよ」

 

モンスターは尚もどこからともなく現れて来ているようで、三人はたちどころに前後から挟み討ちにされた。

 

「数が多いよ〜」

「仕方ないわね。名雪と北川君は後ろの奴らをお願い」

「って、前の敵の方が多いじゃねぇか。そっちは美坂一人かよ?」

「一人で充分よ」

 

言うが早いか、香里はバトルアックスを振りかぶってモンスターの群れにつっこむ。

最初の一撃で眼前の敵を数体吹き飛ばし、群れの中心に入り込んだ。

 

「はぁああああっ!!!!」

 

そこで自分の体を支点として、周囲の空間をまとめて薙ぎ払う。

二振り三振りとアックスが回転する度に、モンスターが斬られ、砕かれていく。

敵に対する警戒を怠らないようにしながら、名雪と北川はその光景に唖然とする。

 

「一人で充分というより・・・」

「俺達がいると邪魔だな・・・あれは」

 

いつまでも香里の方に気を取られている場合ではなかった。

二人の眼前にもモンスターが迫ってきていた。

 

「じゃあいっちょ、俺達もやるか、水瀬」

「おっけーだよ」

 

香里ほど圧倒的な強さを見せることはないが、名雪と北川も見事なコンビネーションで敵を薙ぎ倒していく。

先ほど刃を交えた間柄だけに、互いの呼吸はよくわかっていたために実現できたコンビである。

三人の活躍によって、この区画の被害はかなり食い止められていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、別区画では、佐祐理と久瀬が互い背中合わせとなってモンスターを対峙していた。

こちらも近くにいた観客をまずは逃がし、二人で敵の足止めをしている状態である。

佐祐理は魔法で生み出した弓矢を構えており、久瀬は細身の剣を持って向かってくるモンスターに対していた。

数体程度のモンスターならば問題にならない強さを二人とも有していたが、如何せん敵の数が多い。

 

「こんなにたくさん、一体どこから出てくるのでしょう?」

「大元を見つけ出して叩かないと切りがないね。とはいえ今は・・・」

 

防戦一方であった。

モンスターの動きをつぶさに観察し、その出所を探る。

久瀬はそうした作業を行っていたが、今の状況では仮にそれを突き止めたとしても、攻めに転じる余裕はなかった。

 

バシュゥッ

 

佐祐理の放った光の矢がモンスター数体をまとめて射抜く。

これだけ速く、威力ある魔法を使える人間は、カノン王国でも数人しかいないであろう。

しかしそれでも、一人でできることには限界があった。

 

「久瀬さん、このままでは・・・」

「わかっています。何とかしましょう」

 

敵と戦いながら、久瀬は己の眼力をフルに活用する。

彼の剣の腕は中の上程度であり、騎士団の中で、特に香里や名雪などには遠く及ばない。

それでもこの男が若手の中で特に高い評価を得ているのは、その卓越した戦術眼があるからこそであった。

騎士団を統括する大将軍秋子すら認めるその眼力をもって、久瀬は敵の出所を探っていた。

 

「王がいる北地区の被害はそれほどではない。この東地区と、反対側の西地区ではモンスターの動きが鈍い・・・僕らがいるからか。それに比べて南地区は・・・」

 

全体を見渡しも、モンスターの動きは大雑把に読み取ると南から北へ動いていた。

またこれほどの大群を一気に送り込むのは何らかの魔法を使ったとしか思えない。

簡単な空間転移魔法だとしたら、相手は相当の術者である。

しかしいくらなんでも、それをまったく悟られることなく仕掛けるのは困難のはず。

ましてや、この国には水瀬秋子がいるのだ。

だが、相手が秋子と同等以上の魔法の使い手ならば、秋子のいる場所から最も離れた位置になら、悟られることなく仕掛けを施すことも可能なのではないか。

考えた末、久瀬はその結論に達した。

敵の大元は、南地区のどこかにある。

 

「大体分かったが、このままでは身動きが・・・」

「あ、舞!」

 

モンスターを蹴散らしながら観客席を駆け上がってきたのは、他ならぬ舞であった。

 

「佐祐理、無事? ・・・久瀬も」

「とってつけたように心配してくれなくても構わないよ」

「あははー、何とかまだ大丈夫だよ。だけど、このままだときついかな・・・」

「・・・大丈夫、全部蹴散らす」

「待ちたまえ、川澄君」

「・・・何?」

 

佐祐理を守るようにモンスターと対峙しながら、舞は久瀬の呼びかけに応える。

 

「敵の大元を叩かないと切りがない。おそらくは南地区だ」

「・・・私が?」

「この中で一番機動力があるのは君だろう。一人で行くのが怖いというのなら、僕が行ってもいいが」

「・・・久瀬じゃ無理。私が行く」

 

怖いのならと言われて、舞はムッとした顔で言い返す。

感情の起伏が乏しいように見えて、実は舞が結構負けず嫌いであることを、佐祐理も久瀬もよく知っていた。

 

「なら、そうしてくれ」

 

久瀬も、今のは舞を挑発するために言ったことである。

おそらく彼では、敵中を突破して大元を叩くという芸当はできないであろう。

それを単独でやってのけられるのは、カノンでは舞か香里くらいだった。

 

「舞、一人で大丈夫?」

「・・・はちみつくまさん、問題ない」

「うん、わかった。気をつけてね」

 

心配ではあったが、佐祐理は舞の実力を知っており、それを信頼していた。

だから、心の内で舞の無事を祈りつつ、笑顔で彼女を戦場に送り出す。

その気持ちを受け止めた舞は、ちらりと久瀬の方を一瞥する。

 

「・・・久瀬、佐祐理をお願い」

「言われるまでもない。行きたまえ」

「行って、舞!」

 

道を切り開くため、佐祐理が光の矢を複数まとめて放つ。

そのうち何本かはモンスターを貫き、さらにそれらは残りの相手を怯ませた。

舞はそうして出来た隙間に向かって駆け出す。

 

ズバッ!

 

道を塞ぐ相手を、舞は剣を一閃させて倒し、久瀬に示された南地区へ向かって走る。

 

「さて・・・もうしばらくここで持ちこたえる必要がありそうだね」

「はい、がんばりましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然の襲撃に最初は混乱していたが、そこは常日頃から良く統率されたカノン騎士団のこと、各所で隊列を整えてモンスターに対処していた。

そんな状況の中、秋子も剣を取って北辰王の周辺を固めていた。

 

「王、ここは我々に任せて、フローラ姫と共に避難してください」

「馬鹿にするな秋子、私を誰だと思っている。自分の身くらいは自分で守れる。それに、民より先に王が逃げ出すわけにはいかぬ」

「お父様・・・」

「フローラ、おまえは先に逃げろ。お前達、姫を安全なところへ」

 

北辰王の命を受けて、兵士達が数人、フローラ姫を連れてその場を離れる。

 

「秋子、おまえも私に構わず、下の者達を助けよ」

「承知しました。では、行って参ります」

 

自らの剣、聖剣エクスカリバーを手に、秋子は王の下を離れて戦場へ向かおうとする。

しかしそこへ、ただならぬ気配を感じて踏みとどまった。

 

「どうした、秋子?」

「・・・この感じ・・・まさか!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「! ・・・どうも、随分と厄介な相手が出てきたものね」

「何?」

 

東へ向かった香里達、西へ向かった舞同様、モンスターの襲撃に対処しようと北地区へやってきていた祐一は、莢迦の声で立ち止まる。

その莢迦の視線は会場の西地区の上の方へ向けられていた。

距離があるため目を凝らさなければよく見えないが、西地区の最上部に、人影があった。

全身をマントで包み、右手には杖のようなものを持っている。

 

「あれは・・・?」

「伏せた方がいいよ。危ないから」

「え?」

 

マントの人影が、手にした杖を掲げた。

すると、会場上空にたちどころに黒雲が立ち込める。

そして次の瞬間、そこから幾筋もの稲妻が走った。

 

 

 

 

ズドォーーーーーンッ!!!!!

 

 

 

 

会場中に嵐のように降り注いだ無数の稲妻は、人もモンスターもまとめて薙ぎ払った。

一時は収まりかけていた混乱が再び巻き起こり、逆にモンスターの方はまた新たに湧き出してきて、混乱する人々に襲い掛かる。

 

「っく・・・なんだ、今のは・・・?」

 

降り注ぐ稲妻から何とか難を逃れた祐一は、倒れていた体を起こして辺りを見回す。

すると目に見える範囲だけで、会場はひどい有様だった。

ついでに莢迦の姿が見えなかったが、おそらく大丈夫と踏んで気にせずにおく。

それよりも、この惨状に対する怒りが先立っていた。

 

「くそっ、あいつの仕業かよ!」

 

祐一はマントの人影の姿を求めて、西地区の上へキッと視線を走らせ、そこへ向かって走り出そうとする。

 

「きゃぁあああああ!!」

「!!」

 

踏み出しかけた足を止めた祐一は、悲鳴の聞こえた方向へ向き直る。

状況を確認するより先に、その声へ向かって駆け出していた。

声の主は、少し走った先ですぐに見付かった。

そこで目に飛び込んできたのは、倒れ付した数人の兵士達と、その兵士達に守られるような形で蹲っている少女と、それに今にも襲い掛かろうとするモンスターの姿であった。

祐一は一気に加速して、少女に襲い掛かる寸前のモンスターを一刀両断にする。

 

ザシュッ!

 

モンスターの血が飛び散ると、少女は小さく悲鳴を上げて顔を覆った。

 

「大丈夫か!?」

「は・・・はい・・・」

 

問いかけると少女は、恐る恐る両手を下げて、祐一の方へ顔を向ける。

互いに目を合わせた瞬間、二人は不思議な感覚に包まれる。

 

「おまえは・・・」

「あなたは・・・」

 

はじめて会ったはずの相手なのに、ひどく懐かしい感覚。

しかしそれは一瞬のことで、すぐにその感覚は霧散した。

そうすると祐一は、少女の姿に見覚えがあることに気付いた。

鮮やかな緑色の長い髪に、銀色の瞳、そして素人目にも上等の絹を使っているとわかるドレスをまとったその少女は、この国の王女、フローラ姫に相違なかった。

 

「お姫様か。怪我はないか?」

「はい、私は・・・大丈夫です」

 

本人の言うとおり、外傷はないようだ。

悲しげな表情は、自分を庇って死んだ兵士達に対するものか。

状況から察するに、避難する途中で先ほどの稲妻に巻き込まれたのであろう。

先ほどの稲妻を放ったと思われるマントの敵のことも気になったが、祐一は今は彼女を安全な場所に送り届けるのが先と判断した。

 

「こっちだ、来い!」

「わ、わっ」

 

フローラ姫の手を取って、安全に避難できる場所を求めて、祐一は走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

稲妻から北辰王を庇った秋子が体を起こすと、そこには新たな敵が現れていた。

 

「こんにちは、会えて嬉しいわぁ、北辰王に水瀬秋子。こうして会うのははじめてだけれど、あたしが誰だか、わかるわよねぇ?」

 

北辰の知り合いにも、秋子の知り合いにもオカマはいない。

だがしかし、その男が身につけている紋章を、二人はよく知っていた。

十二星座の紋章をつけた者、かつての彼らの大敵であった者達の証である。

 

「・・・覇王十二天宮・・・!」

「ご名答。じゃあさっそくだけど、死んでちょうだい」

 

ヒュッ

 

十二星座の一つ、魚座ピスケスの紋章をつけた男の姿が掻き消える。

咄嗟に秋子は北辰を突き飛ばし、剣を抜き放った。

 

キィンッ!

 

長く鋭く伸びたピスケスの爪と、秋子の剣とが打ち合わされる。

伝説の武具の中でも最強クラスを誇る秋子のエクスカリバーと正面から打ち合いながら、まったく傷付くことのないピスケスの爪は、鋭さに加えて相当な硬度を持っていた。

 

「ほっほっほっほ! さすがねぇ、水瀬秋子。いいわぁ、ぞくぞくする。その強い肉体に宿る血を流してちょうだい!」

 

奇襲気味の攻撃を止められてもまったく動揺することなく、ピスケスはさらに猛攻を加える。

それを凌ぎながら、秋子は内心舌打ちをした。

相手があの覇王の最強の配下であった覇王十二天宮の一人だとすれば、一筋縄でいく相手ではない。

秋子が全力を出してもおそらく実力的にはほぼ同等。

 

「(長引きそうですね・・・この戦い)」

 

この混乱した状況は、圧倒的に不利であった。

しかし、秋子個人ではこの敵に対処するのが精一杯である。

それに加え、これ以上の敵がいることに、秋子は気付いていた。

 

「(一体・・・どうすれば・・・?)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

より強い敵を求める幽は、最もモンスターの多い南地区へやって来ていた。

手応えのないモンスターばかりの相手に飽き飽きしていた彼の前に、一人の男が現れる。

 

「よう、おまえが鬼斬りの幽・・・ってことでいいんだよな?」

「俺の名を知りながらそれだけの殺気を向けてくる命知らずはどこのどいつだ?」

 

槍と長剣をそれぞれに携えた男達は、既に殺気の塊となっていた。

 

「この紋章を見れば、俺の立場はわかるだろ? 俺個人の正体なんてものは、この場において意味はねぇ」

「そうだな。これから死ぬ奴の正体になんざ興味はねェよ」

「死ぬのはどっちか、すぐにはっきりさせてやるぜ」

「かかってきな、相手してやる」

 

次の瞬間、二人は共に、閃光と化した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

to be continued


あとがき

 旧版ではほとんど見せ場のない香里や久瀬も大活躍の前半部。圧倒的強さを持つ面々を前に押され気味の彼らだが、普通のレベルで考えたら充分過ぎるほど強い。モンスター如きは束になったところで目じゃない。
 しかし! 後半部に入ったらその彼らすら目じゃない超人達が・・・。同じく旧版では目立つところのない秋子の戦い、敵も味方も巻き込むマントの彼女の大魔法、そして幽vsレオの超絶バトルがいよいよ開始、ということで次回につづく!