カノン・ファンタジア

 

 

 

 

Chapter 1−A

 

   −5−

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鬼斬りの・・・幽だと?」

 

波紋が広がっていくように、会場がシーンと静まり返っていく。

上の方にいた者は直接声は聞こえなかったが、一度人の口に上れば広がるのは早い。

あっという間にその名前は会場中に知れ渡った。

 

鬼斬りの幽。

 

それは、まだ人々の記憶に新しい、伝説を作り上げた男の名。

数年前、終結へ向かう戦乱の中、突如として現われ、行く手を阻む全ての敵を打ち倒した最強の鬼。

そして二年前、最終決戦が行われたメキド大平原にいた者だけが知っている、あの戦いの真の勝者。

100万の軍勢がひしめく中、たった四人の従者と共に現れ、戦場を真っ二つに切り裂き、覇王ゼファー討ち取り、戦乱の終結と共に忽然と姿を消した男。

その姿を、あの時戦場にいた北辰と秋子も覚えていた。

今リング上に立っている男は、僅かに姿が違うが、爛々と輝く金色の眼と、そこから放たれる底知れぬ殺気は、紛れもなくあの時戦場に現れた男のものに相違なかった。

 

「鬼斬りの幽・・・!」

「やはり、生きていたのですね」

 

連合軍の諸将は、メキド大平原での戦いの真実を隠した。

勝利したのは連合軍であるとしなければ、再び動乱が起こる恐れがあったからである。

幸いにも鬼斬りの幽はゼファーを討ち取った後すぐに姿を消し、一部ではゼファーと相討ちになったのではとも言われていた。

しかし今、その男が再び現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よぉ、どうした、ん〜? 俺様の名にびびったか、鼻くそ野郎」

 

左手に下げていた長剣をゆっくり鞘から抜くと、それを肩に担ぐようにして持つ。

細身ではあるが、どこか重厚感漂う長剣を手に、幽は偉そうに踏ん反り返っている。

実際その態度は、自分以外の全てを見下している者の態度であった。

 

「おらおらどうした鼻くそちゃんよ。悔しかったらかかってきてみな。まあ、哀れにも真っ二つになるのがオチだろうがな」

「く、くくく、貴様があの鬼斬りの幽だァ? けけっ、こいつは傑作だな」

「あぁん?」

「俺が聞き知った 鬼斬りの幽の特徴はな、身も凍るような刃の如き輝きを放つ銀髪に、見る者の心を燃やし尽くす金色の眼だった。貴様はその半分しか満たしてねえじゃねえか」

「だから脳みそまで鼻くそだってんだ。髪の色なんて細かいこと気にしてんじゃねえよ。その程度で俺様の美観が損なわれることはねェ」

「まぁ、貴様が贋物だろうが本物だろうが関係ない」

 

シャキーン

 

両腕に装備したかぎ爪を構えるキラー。

しかも今までよりも僅かに長くなっているように見えた。

 

「公衆の面前でそう名乗ったんだ。てめえを倒せば、おれは伝説の鬼を倒した男として名が売れるってものだ」

「ああ、倒せたらな。その無謀な勇気に免じて特別サービスだ。てめェには、鬼斬りの剣を見せてやるよ」

 

ドクンッ

 

幽の剣が脈動し始める。

低い唸り声と甲高い鳴き声をさせながら、刃が真っ赤に変色していく。

炎のようであり、血のようでもある真紅の刃が輝きを増していった。

 

「ハッタリもそこまでくればたいしたものだ」

「御託はいいからとっとときな。どのみちてめえの命の灯火はあと数秒で消える運命だがな」

「貴様のがな!」

 

キラーの姿が消えた。

高速の突撃は見ていたほとんど者達に動きが捉えられないほど速かった。

口先だけでなく、間違いなくこの男も大武会優勝候補クラスの実力者なのである。

しかし・・・。

 

「遅すぎだな」

 

目前に迫るかぎ爪。

だが幽はまったく動じることなく、余裕の体で立っていた。

 

「無限斬魔剣・紅蓮」

 

ザシュッ

 

二人の体が交差する。

向き合っていた状態から一転、両者は背を向け合っていた。

 

「チッ、外したか。だがどうやらてめぇの技も不発・・・って、あれ?」

 

言いかけてキラーは違和感に気付く。

まず、手元のかぎ爪が左右共に根元から折られていた。

そして何より、目の焦点が合わない。

 

「な、なんだ・・・ずれ、て・・・ぇ?」

「だから言ったろうが。てめェ如きに俺は倒せねェ、ってな」

 

キンッ

 

幽が剣を鞘に納める音が響くと同時に、キラーの体が左右に割れた。

 

「グ、グギャァァァァァ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

リング上に飛び散る鮮血を見て、会場のそこかしこから悲鳴が上がる。

あとの者は、皆一様に言葉を失っていた。

そのあまりに強く、あまり惨忍な剣に。

そして同時に、別の衝撃が大会運営部で起こっていた。

 

「お、おい、これを見ろ」

「な、なんだ?」

「魔力計測器の反応が・・・魔力500という数値が発せられているのは、あの男が脱ぎ捨てたマントからなんだ・・・」

「え!? じゃ、じゃぁ、あの男の本当の魔力って・・・・・・」

 

計測器に表示された数字は、驚愕に値するものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

衝撃は当然、選手控え室にも走っていた。

本戦出場を果たした実力者達だからこそ、観客以上に幽に強さを肌で感じ取っているため、尚のこと衝撃は大きい。

剣の速さも、鋭さも、かつて見たことないほどの凄さがあり、殺気も剣気も闘気も圧倒的であった。

 

「なんなんだよ・・・あいつは・・・?」

 

誰もが心で思ったことを、祐一が言葉として発する。

その彼らが見ている前で、警備の兵士達がリング上の幽を取り囲んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

「貴様! 大会では相手を殺すことは禁じられているんだぞ!」

「知らねェな。そいつが弱すぎたんでうっかり力が入っちまっただけだからな」

「反省する気もないということか」

 

周囲を槍で囲まれながら、幽は平然と佇んでいる。

 

「貴様があの鬼斬りの幽なら、数え切れぬ大罪を犯した者。この場で捕縛する!」

「神妙に・・・・・・ぐぁっ!」

 

ザシュッ

 

再び鮮血が飛び散った。

詰め寄った兵士の一人が幽の抜き放った剣で斬られていた。

 

「俺をお縄にしたいなら、御託並べる前にかかってきな」

「お、大人しくしなければ罪が重くなるだけだぞ!」

「今更一人や二人や百人斬ったからなんだってんだ? 俺は、鬼斬りの鬼、今までに千人も万人も斬ってきた男だぜ」

「お、おのれぇ!」

「ひっ捕えろ!」

「そうこなくっちゃな。音に聞こえしカノン王国騎士団、少しは楽しませろよ」

 

十数人の兵士が一斉に槍を突きつける。

周りを取り囲まれた圧倒的不利な状況を、しかし幽はまったく意に介せずに進んでいく。

 

ザシュッ

 

「がはっ!」

 

ズバッ

 

「ぐぉっ!」

 

幽が一歩進む度、剣が一振りされる度に血が飛び散る。

一人、また一人で兵士が斬り伏せられていく。

しかし幽の方は一太刀も浴びることはなかった。

 

「ひ、ひぃっ!」

「ば、化け物だ・・・!」

 

八割の仲間がやられた頃、残った者達はほとんど戦意を失っていた。

 

「おいおまえら」

「な、ななな・・・!」

「俺の遊びに付き合うのもいいがな、こっちにばっか構ってていいのか?」

「な、何?」

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ頃、会場では別の騒ぎが起こっていた。

突如として一部の観客が魔物と化し、周囲の人間達を襲い始めたのである。

 

「何事だ!?」

「こんなところに魔物? 一体どうして・・・」

 

警備を厳重にしていたのが功を奏し、被害が大きくなる前に騎士団が対処できたが、さらに何もない場所から魔物が次々に湧き出てきていた。

まるで、空間を超えて現れ来るかのように・・・。

 

「ばかなっ、これではまるで・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、どうなっているんだ!? 貴様が魔物を連れてきたのか!?」

「あぁん? 馬鹿言ってんじゃねェよ。あんな醜い魔物どもと俺様がグルなわけねえだろうが。ま、てめえらはとりあえず念仏でも唱えてりゃいいだろうよ」

「う、うわぁっ!」

「た、助けてェッ」

 

意地もプライドもかなぐり捨てて、転がるように逃げ出す兵士達の頭上に幽の剣が振り下ろされる。

 

ギィンッ!

 

だが、その剣が新たな血を流す前に止められた。

 

「ぐ・・・!」

「ほぉ」

 

幽の長剣を、祐一は大剣を盾にして受け止めていた。

しかし、ほとんど同じ体格でパワー的に互角と思われたが、明らかに祐一の方が押されていた。

 

「く・・・(お、重い。なんてパワーだ・・・)」

「フッ、俺の剣をまぐれとは言え止めるとは、おまえもそれなりだな。だが解せねェよ」

「な、何がだ?」

「おまえは魔力がないことが理由で、そいつらに蔑まれてたんだろ。何故そんな憎い奴らを庇う?」

「確かにあいつらは気に食わん。だからって、何も殺すことはないだろうっ」

「ヌルイこと言ってんなよ。おまえは連中を見返したいがためにこの大会で優勝しようとしたんだろうが。もっとも簡単な自分を強さを認めさせる方法ってのはな、殺してやることなんだよ。そうすりゃ連中よりもてめェの方が強いことの何よりの証拠になる」

「無意味に人を殺して何になるって言うんだっ!」

「甘いな。言っておくがな、おまえが大会で優勝した程度で連中がおまえを認めるとでも思ってんのか?」

「何・・・!?」

「こんな大会如きで勝って小山の大将気取って強いだ? しかもそのためにむかつく連中も殺せねえような甘っちょろい強さでよ、本当の強者になれるとでも思ってやがるのか。くだらねェな」

 

ガキッ!

 

「ぐぁ・・・!」

 

幽が剣を振りぬく。

祐一は剣ごと弾き飛ばされ、リング外に無様に転がった。

 

「そんなつまんねェ強さを得たところで、より強い者には再び踏みにじられ、おまえはまた奈落の底に落とされる」

「ぐ・・・っ」

「実にくだらねェよ。おまえの意地ってのはその程度なものか。周りの連中に認めさせたかったらな、もっともっとはっきりと力を示してやればいいんだよ。邪魔する奴は叩っ斬る。人だろうが獣だろうが、神だろうが悪魔だろうが踏み越えて上を目指す! そして最強の称号のもとに辿り着く! こうやってな」

 

ドクンッ

 

再び幽の剣が脈動し、刃が真紅に染まっていく。

その剣を肩に担ぎ、幽は祐一に背を向けて観客席に向かっていった。

弾き飛ばされ、地面に打ちつけられた痛みを堪え、祐一は剣を杖代わりにして立ち上がる。

その目には、背中越しに幽が自分を見下ろしていた金色の眼と、魔物とそれと戦う兵士達を斬り伏せていく鬼の姿が映っていた。

 

「相変わらずね、アイツは」

「莢迦・・・。あいつを知ってるのか?」

「ちょっとね。だから、アイツに関して、君に興味深いことを教えてあげられる」

「なんだよ?」

「彼も君と同じ、生まれつき魔力を持たない存在なのよ」

「!!」

「ほら、神社で会った時、君のことを他の人と間違えたでしょ。こういう能力があると、つい魔力の質で人を判断しちゃうのよね。だから、魔力がないって時点で、君を幽と間違えたわ」

「・・・・・・」

 

伝説の最強の男が、自分と同じ魔力0だった。

衝撃の事実と、目の前の光景とに、祐一の頭は混乱した。

 

「どう? 感想は?」

「かん・・・そう?」

「いいものが見れたでしょ。あれが、君の前に伸びる道の果てに辿り着いた者の姿よ」

「俺の道・・・だって?」

「今では誰も彼が魔力0だなどと知りもしない。知ったとしてもだからどうした。絶対無敵・常勝不敗・地上最強、誰一人としてあの男を否定することなどできはしない。あれこそが、強さを極めた者の姿よ」

 

会場で、幽の剣が振られる度に血が舞う。

魔物の血も、人の血も・・・。

 

「違う! 俺は、あんなものになりたいと思ったわけじゃないっ!」

「でもあれが現実。皆とは違うものとして扱われ、それを否定し続けた末に辿り着いた強さの頂点」

「あんなもの、俺は認めない! あんな風に平気で人を殺して平然としてるような奴になんか、俺はなりたかったわけじゃない!」

「少し違うね」

「何が違うっ!」

「アイツが人殺しなのは確か。でもそれは細かい性質の違いでしかないわ。要は、周りに何を言われようが、絶対に揺らぐことのない己自身という存在を自らが認め続けることの出来る強さ」

「?」

「君とアイツの違い。それは人を殺す殺さないの差なんかじゃない。ましてや実力の差でも。アイツは自分自身を絶対の存在として信じている。君は、人に認められる以前に、自分自身を信じている?」

「俺、自身・・・?」

「自分を認めない者を、他人が認めるはずはないよ」

「・・・・・・」

「今は考えなさい。急ぐ必要はない。今は思った道を進めばいい。いずれ答えが見付かることもあるでしょ」

 

莢迦の言葉は、祐一の心にずしっと響いた。

魔力0と周りから言われ続けた。

それが自分と他人の決定的な違い、魔力0だから誰も祐一を認めない。

だが、祐一自身、その事実を盾にして逃げているのではないか。

魔力0だから、仕方ない、と。

 

「・・・おまえが言った、志が小さいってのも、このことかよ・・・?」

「んー、まぁね。幽が言ったように、本当の強者はこんなところにはいない。本当の強者は・・・・・・って、のんびり話してる場合でもなさそうね」

「え?」

「この騒ぎの仕掛け人がそろそろ出てくる頃合よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大武会が行われている会場から少し離れた街の中心部。

そこに位置する大時計塔の天辺に、三つの人影があった。

その姿格好はまちまちだが、それぞれに牡羊座、獅子座、魚座の紋章が入った装飾品を身につけている。

 

「ほーっほっほっほっほ! いい感じに血が流れてそうねぇ、ぞくぞくするわぁん」

 

女のような姿と喋りをする、しかしれっきとした男が魚座の紋章を。

 

「さーて、そろそろ仕上げに行くとするか」

 

青い鎧と、柄から刃先まで全て朱色の槍を持った男が獅子座の紋章を。

 

「待ちなさい。どうやらあの男・・・鬼斬りの幽がいるようよ」

 

全身をマントで包んだ女が牡羊座の紋章をそれぞれつけていた。

 

「マジか? 上等じゃねぇか。さっそくやりあえるわけだ。奴の相手は俺がするぜ」

「・・・好きにしなさい。ピスケス、あんたは王と将軍を狙いなさい。他は私が引き受ける」

「いいわよアリエス。任せてちょうだい」

「じゃあ行くぜ!」

 

獅子座の男、レオの掛け声と同時に三人の姿が掻き消えた。

彼らの向かう先は、大武会の会場である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

to be continued


あとがき

 旧版ではここまでだった大武会編だが、リメイク版ではまだまだ終わらない。ここで早くも覇王十二天宮の登場である。十二天宮も一部は前のままだが、半分くらいは入れ替えがある、レオもその一人で、例の作品における私のお気に入りキャラの一人である。さて次回からは、vs十二天宮第一ラウンドの開始だ。