カノン・ファンタジア

 

 

 

 

Chapter 1−A

 

   −4−

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一回戦第二試合、祐一vs莢迦。

この試合の注目度は、一回戦の中でも最も低かった。

祐一の魔力0は大半の人間にとって評価の対象外であり、莢迦の魔力1000という数値も平均値を上回ってはいるが、本戦出場者の中では低い部類になる。

一応それなりの歓声は聞こえるが、前の試合ほどではなく、ほとんどの者から先の試合に対する期待感が感じ取れる。

 

「どうやら私達の試合は、先の試合・・・特に第四試合の前座みたいに思われてるみたいねぇ」

「・・・・・・」

 

その通りだろう。

正体がいまいち良くわからない莢迦はまだしも、祐一はまったく誰からも注目されていない。

こんな試合は、誰も見ようとしていない。

しかし、だからこそ、その謝った認識を正してやらなければならない。

 

「両者、前へ」

 

審判に告げられ、祐一と莢迦がそれぞれリングに上がる。

祐一は背負った大剣を手にとり、正眼に構える。

莢迦は腰に差した刀を抜き、それを持つ右手をだらんと下げる。

前の試合と違い、この状態になっても会場が静まり返ることはない。

多くの者は前の試合の感想を話し合ったり、先の試合への期待を話したりしている。

耳に入ってくるそのざわめきを、祐一は意識を集中させることで追い払う。

眼前の敵を倒すことだけに、全ての意識を向ける。

そして、試合開始が告げられた。

 

「試合、開始!」

 

数秒後、会場全体はしんと静まり返ることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

観客全員が、今の一瞬で起こったことに度肝を抜かれ、言葉を失っている。

といっても、正確に何が起こったのかを認識している人間は、ほんの一握りであろう。

じっと見ていた佐祐理にも、その動きを目で追うことはできなかった。

 

「えーと・・・何が、どうなったのでしょう?」

 

答えはすぐ隣から返ってきた。

 

「開始の合図と同時に二人同時に踏み込み、一瞬にして十数回剣を打ち合わせ、相沢君が大きく剣を振り下ろしたものを彼女が飛び越えるようにして背後に回りこみ、水平に振った刀をさらに相沢君が受け止め、弾き返した。さらに引き際に彼女が左手で打ち出した魔法の炎弾を相沢君がかわし、リングの端で爆発した。そんなところです」

「そ、そんなにすごいことが・・・。祐一さんがすごいのは知ってましたけど、相手の方もすごいですね〜」

 

祐一と莢迦の技量に、加えてそれを全て見切っていた久瀬の眼力にも、佐祐理は素直に感心していた。

だがその久瀬ですら、最初の打ち合いは両者の斬撃が閃光のように見えただけで、斬撃の正確な数を把握する事はできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

衝撃は、選手控え室の方でも起こっていた。

 

「・・・十四回・・・かしら?」

「いや、十五回」

 

選手用の観戦口から見ていた香里が口を開くと、隣にいた舞が訂正を入れる。

そう言う二人の声にも、はっきりとした自信はなかった。

優勝候補と言われる二人にとってさえ、今の祐一と莢迦の攻防は驚かされるレベルなのだ。

 

「十六回だ」

「え?」

 

逆に、自信に満ちた声で正解を告げたのは、全身を真っ赤なマントで包んだ男、赤鬼だった。

会場にいる誰もが見切れなかったものを、ただ一人、その男だけが見抜いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

一瞬の攻防で観客全員を黙らせた二人は、今度は逆に静かに相手の出方を窺っていた。

見ていた面々とは別の形で、祐一もまた驚きを感じていた。

莢迦が見せた剣技は舞と同等かそれ以上、一発だけ放った魔法は威力も速度も佐祐理のそれと同レベルだった。

剣と魔法のどちらをもこれほど使いこなす人物が秋子以外にいるという事実は十分驚愕に値する。

 

「その重い剣で、大したスピードね」

 

しかも、莢迦の声にはまだ余裕が感じられる。

 

「さ、続けよっか」

 

莢迦の体がぶれたかと思うと、その姿は祐一の視界内から消える。

素早く左右に目をやるが、どちらにも動いた形跡はない。

右でも左でもないとなれば・・・。

 

「上か!」

「残念」

「っ!!」

 

声はすぐ下から聞こえた。

目を向けていては間に合わないと判断し、祐一は足下へ剣で薙ぎ払う。

遅れて視線を走らせると、リングを砕いた祐一を剣を後退しながらかわす莢迦の姿を捉えた。

それに追いすがるように踏み込み、下から剣を振り上げる。

 

キィンッ!

 

剣と刀が打ち合わされる音がする。

しかし、祐一の手元に返ってくる衝撃は軽い。

莢迦は祐一の剣を受け止めたのではなく、受け流していた。

攻撃の勢いを横にいなされて、僅かに祐一の体が泳いだ隙に、莢迦は懐に飛び込んできた。

密着するほど接近した莢迦に向けて、祐一は左足で蹴りを放つ。

 

「よっ」

 

莢迦は刀を左手に持ち替え、右手で蹴りだされた祐一の足に手をかけ、その威力を利用して上へ跳んだ。

そこから莢迦が刀を振り下ろすのと、祐一が剣を振り上げたのが、ほぼ同時であった。

 

ザシュッ!!

 

祐一の剣は莢迦の笠の端を斬り、莢迦の刀は祐一の右の袖を切り裂いた。

そして二人は、再び距離を取って対峙する。

 

・・・・・・・・・

 

息もつかせぬほど速く、洗練された美しさすら感じられる技のぶつかり合い。

それに、見ている誰もが見入った。

 

「うん、いい腕してるね、君。独学でここまで来たなら大したものよ」

「その褒めてるんだか小馬鹿にしてるんだかわからない態度がむかつく」

「これは性分だからね。でもそれだけの腕があるからこそ、もったいないね」

「何?」

「志が小さいよ、君」

「なん・・・だと?」

 

今まで、色々なことを言われてきた。

その度に腹が立ってきたが、今ほど激しい怒りを覚えたことはなかった。

莢迦の一言は、祐一の今までの生き方を全て否定するかのような響きを持っていた。

 

「てめぇ・・・!」

「怒った? まぁ、いいや。少し早いけど、そろそろ前座試合は終わりにしようか」

 

右手に持ち直した刀を、莢迦は真っ直ぐ垂直に上げる。

ただ振り上げただけの構えだというのに、それに祐一は凄まじいプレッシャーを受けていた。

 

「(決めに来るつもりか)」

 

あの構えに対抗するためには、普通の技では無理と悟った祐一は、大剣を右肩側から大きく振りかぶる。

互いに必殺の構えを取ってしばし対峙する。

その間祐一は、今まで一番強くそれを思った。

 

「(絶対にこいつには、負けたくない!)」

 

先に動いたのは、莢迦だった。

一瞬にして間を詰め、振り上げた刀を真っ直ぐに振り下ろす。

まさに電光石火のその一撃を、しかし祐一の感覚はしっかり捉えていた。

渾身の力を込めて、祐一も振りかぶった剣を薙ぎ払う。

 

 

ギィンッ!!!

 

 

今までで一番激しい、剣を打ち合わせる音が響いた。

誰もがしーんと息を呑んで見守る中、リングの外に何かが刺さる音がした。

音に引かれて皆が目を向けた先にあったのは、地面に突き刺さった白木拵えの刀であった。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

リング上の二人は、互いに剣を振りぬいた状態で止まっている。

しかし、祐一の大剣はしっかりと握られており、莢迦の手に刀はなかった。

少しの間じっと互いを見詰めていたが、やがて莢迦が体を起こして片手を上げる。

 

「ギブアップ。私の負け」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

控え室に戻った祐一は、どこか釈然としない思いを抱いていた。

莢迦が本当に本気で戦っていたのかが疑わしいこと、そして彼女が言った志が小さいという言葉、それらが心の中でわだかまりとなって、祐一はイライラしていた。

当の莢迦は負けた者同士などと言って北川と楽しげに談笑しているのだから尚のこと気に食わない。

観客全員を黙らせるだけの戦いをして、それに勝った。

結果としては満足のいくものなはずなのに、どうしても心が晴れない。

 

「(・・・くそっ!)」

 

そんな風に鬱々としている祐一のもとへ、第一試合の勝者である名雪がやってきた。

 

「祐一、一回戦突破おめでとう」

「・・・ああ」

「次はわたしとだよね。お互い、がんばろうね」

 

笑顔で握手を求めてくる名雪。

それは、子供の頃からずっと変わらない笑顔であった。

従姉妹の少女は、決して魔力0の祐一を蔑んだりせず、いつも好意を向けてきてくれていた。

そんな彼女の気持ちを、心地よく思ったこともあった。

けれど、水瀬名雪という存在は、祐一にとって、絶対負けられない相手の一人であり、超えなければならない壁なのだ。

 

「俺は絶対に勝つ。おまえが相手でもだ」

 

冷たく言い放って、祐一は名雪の横を通り抜けた。

いつもならここで名雪は、少し寂しげな笑みを浮かべて祐一の背中を見送るだけだった。

しかし、今日は違った。

名雪は振り返らずに、祐一の背に問いかける。

 

「ねぇ、どうして祐一は、そこまで勝つことにこだわるの?」

「そんなこと、おまえはよく知ってるだろ」

「まだ、吹っ切れないの?」

「吹っ切るだと? バカ言えよ。俺が悪いのか? 違うだろ。魔力がないからって、俺を蔑んだ周りの連中が・・・あいつらが変わらない限り、どうにもならないんだよ。だから俺は、この大会で絶対に勝たなくちゃならない。それだけの理由があるんだよ。おまえこそ、 大会に出たからには勝つために戦ってるんだろ?」

「わたしは・・・」

 

名雪の声が暗く沈み込む。

 

「わたしは、みんなが出ろって言うから・・・」

「イヤイヤ出てるのかよ。そんなんで勝てるとでも思ってるのか?」

「でも、勝たなくちゃいけない理由ならわたしにだってあるよ」

「何?」

「わたしは、水瀬利郎と水瀬秋子の娘。英雄と呼ばれた二人の娘として、その誇りと名誉のために、わたしが負けるわけにはいかないんだよ」

「そんなことかよ。そんなの、おまえ自身には関係ないだろ」

「あるよ。英雄水瀬の娘が負けるなんて、いけないんだよ」

 

二人の言葉は次第に熱を帯びていく。

その様子に、控え室内にいる他の選手達の視線も集まっていた。

 

「別に負けたって、おまえは未来の地位を約束された身だろ。そんなんで俺の戦う理由に対向する気かよ」

「そう。わたしは英雄水瀬の娘として、将来が約束されている」

「そんなエリートのおまえに、生まれた時から蔑まれ続けた俺のことがわかるものかっ!」

「そうだよっ、わからないよっ! だけどっ、祐一だって何もわかってない!!」

 

いつしか二人は正面から向き合い、声も荒げていた。

 

「俺が、わかってないだと!?」

「そうだよっ。確かにわたしに祐一の気持ちはわからない。だけど、祐一にだってわたしの気持ちはわからないよっ!」

「何?」

「祐一にはわからない。水瀬の娘だからって必要以上に期待されてるわたしの気持ちなんて、わからないんだよっ!」

 

 

『ああ、おまえが水瀬の娘か』
『二人の英雄、水瀬の娘が騎士団に入ったなんて、これはいいことだな』
『ゆくゆくは騎士団を率いる立場になるんだろうな、期待してるぜ、水瀬の娘』
『羨ましいわ、水瀬の娘だから優遇されてて』
『水瀬の娘だったら、それ相応の働きをしなくちゃね』

 

 

「水瀬の娘、水瀬の娘、水瀬の娘! わたしは名雪なのに、どこに行ってもそういう風にしか呼ばれないんだよ、わたしはっ」

「・・・・・・」

「わたしはお父さんの顔を憶えてないけど、話はたくさん聞いて、すごい人だったと思ってるし、お母さんのことは誰よりもよく知ってる、二人ともわたしの自慢の両親だよ。だけどっ、わたしにまで同じことを期待されたって困るよっ! わたしにお母さんみたいになれるわけないじゃないっ! だけどみんながみんなわたしに期待するんだよ。だからわたしは、水瀬の娘として相応しいことをしなくちゃならなかった。そうしないと、わたしは居場所を失っちゃう。ううん違う。みんながわたしをそこから放してくれないの。そんな居場所いらないのに、みんながわたしに水瀬の娘であることを強要するんだよっ!」

 

片や、人の中に己の居場所を求めるために強さを求めた者。

片や、過度の期待を受ける居場所から逃れることを望みながらそれが叶わぬ者。

果たして、より不幸なのは、どちらか。

 

「名雪・・・」

「祐一が辛いのはわかるよ。でも、そうやって自分だけ不幸なんだって顔してる祐一を見ていると、いらいらするんだよっ!」

 

一気に捲くし立てて、名雪は息を乱し、肩で息をしていた。

その気迫に押されつつ、尚も祐一は反論しようとする。

それを、舞が後ろから押さえつける。

 

「・・・祐一、もうやめる」

「舞・・・!」

「あんたもよ、名雪。少し落ち着きなさい」

「・・・ごめん、香里・・・」

 

舞と香里が仲裁に入って、その場は一先ず収まった。

けれど祐一と名雪は、互いに目を合わせようとはしなかった。

やがて、第三試合の出場選手に声がかかる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは第三試合、両者前へ」

 

第三試合の出場者、赤鬼とキラーがリングに上がる。

キラーの方は両手の手甲にかぎ爪をつけており、赤鬼の方はやはり全身を包むマントのために何もわからない。

 

「試合、開始!」

 

審判が開始を告げると同時に攻めだしたのは、キラーの方だった。

左右のかぎ爪を巧みに使い、相手に付け入る隙を与えずに連続攻撃を加えており、赤鬼の方はそれをかわすだけで精一杯のように見えた。

 

「シャァァァッ!!」

 

突き出されたかぎ爪が赤鬼のマントを切り裂く。

 

「くっくっくっく・・・どうしたおい、突っ立ってるだけか? 少しは抵抗してくれねぇといたぶり甲斐がないぜ」

 

この戦いでは、圧倒的にキラー有利との見方がされていた。

何と言っても魔力に1000以上の差があるのだ。

しかし前の試合のこともあり、その時の戸惑いがまだ観客の心に残っていた。

魔力0の祐一同様、この赤鬼という男も不気味な雰囲気を発している。

そして当の赤鬼はというと、眼前の相手はまったく気にかけず、選手控え室の方を見ていた。

 

「チッ、くだらねぇな」

「何?」

 

控え室での一言以外で、はじめて赤鬼が口を開く。

 

「少しは楽しめるかと思って来てみりゃ、相手は雑魚だ、他の試合はヌルいわ、くだらねェ御託並べる奴はいるわ、まったくつまらねェな」

「おいちょっと待ちな。誰が雑魚だと、さっきからやられっぱなしのくせしやがって」

「うるせえよターコ。散々隙を作ってやったのに俺に致命傷の一つも与えられねェでよ。いやてめェなんざ雑魚にも失礼だ。そこら辺の石ころ、いやクソだな。そうだ、てめェは俺のこの、鼻くそ程度だな!」

 

思い切り相手を小馬鹿にしながら高笑いをする赤鬼。

その態度に、キラーが怒りを露にする。

 

「ふざけるなよ。てめえこそ大したことねえくせに、俺のどこが貴様より劣ってるだと!?」

「言わねェとわからねェか。脳みそまで鼻くそレベルだな。まぁいい。ならおまえが俺に勝てない理由ってやつを教えてやる。数えるとキリがねえから重要なのだけ三つ言うぞ。まずひとつ、俺の方がイイ男だ。ふたつ、おまえの技は見せ掛けだけでまったく歯ごたえがねェ。そしてみっつ・・・」

 

赤鬼はそこでもったいぶった仕草でマントを剥ぎ取り、投げ捨てる。

現れたのは、着流しの着物をまとった、黒髪を散切りにした青年。

爛々と輝く金色の眼が恐るべき殺気をもって目の前の相手を射抜く。

 

「この俺様、鬼斬りの幽に勝てる奴はこの世にいねェ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

to be continued