カノン・ファンタジア

 

 

 

 

Chapter 1−A

 

   −3−

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それではこれより、本戦出場者発表、並びに組み合わせ抽選会を行います!」

 

ワァアアアアーーーーー!!!

 

中央特設リングの上で司会者がそう告げると、超満員の観客席は一気に沸き立った。

カノン大武会の会場となっているのは、普段は騎士団の演習場となっている中央闘技場であり、その中央に直系20メートルの円形リングが設置されている。

本戦の試合はこのリングの上で行われ、どちらかが降参するか、リングから落ちた時点で勝負有りとなる。

そうしたルールの説明を終えてからいよいよ、8つのブロックそれぞれを勝ち上がってきた本戦出場者の発表が行われることとなった。

 

「まずはAブロック勝者、莢迦選手!」

 

名前が告げられると、笠で顔を隠した巫女がリングへと上がる。

それと同時に、中央掲示板に名前と魔力値が表示された。

 

莢迦 魔力1000

 

数字的には平均的な数値よりもやや高めといったところだった。

ちなみに、カノン騎士団へ入団する際の魔力査定におけるクリア基準でもある。

さらに続けて出場者の名前が読み上げられ、掲示板に表示されていく。

 

北川潤 魔力980

美坂香里 魔力1880

水瀬名雪 魔力1600

川澄舞 魔力2200

赤鬼 魔力500

キラー 魔力1750

 

そして、8人目の名前が告げられた。

 

「Gブロック勝者、相沢祐一!」

 

相沢祐一 魔力0

 

歓声を上げている観客から、若干の戸惑いが感じられた。

それもそのはず、予想される出場者の平均魔力値は1000を超えると思われていたのである。

魔力の高さだけが実力の全てというわけではないが、ほとんどの場合、魔力の高い者が肉体的能力にも優れていた。

そうなると不可解な存在が二人いた。

魔力500と魔力0、いずれも水準をかなり下回っている。

特に魔力0の祐一に関しては、何故この場にいるのかわからないと思う者が大半であった。

 

「それでは続きまして、組み合わせ抽選会を執り行います」

 

Aブロック出場者から順に名前を呼ばれて籤を引いていく。

最後の祐一が引き終わると、全ての組み合わせが決定した。

 

第一試合  北川潤 vs 水瀬名雪

第二試合  莢迦 vs 相沢祐一

第三試合  赤鬼 vs キラー

第四試合  川澄舞 vs 美坂香里

 

「以上を持ちまして、組み合わせ抽選会を終了致します。本戦開始時刻は午後1時。それまでしばしお待ちください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、舞ー、祐一さーん、こっちですよー」

「・・・・・・」

「よ、佐祐理さん・・・と・・・久瀬か」

「しばらくだね」

 

観客席にいる佐祐理の下へ祐一と舞が辿り着くと、その隣には彼らと同年代の少年が座っていた。

彼の名は久瀬俊之。

水瀬、倉田に次ぐ名家で、彼自身も騎士団に所属する若きエリートである

倉田家と久瀬家は同じ貴族の間柄ゆえに、古くから交流があった。

その倉田家に世話になっている祐一や舞も、俊之とは知り合いであったが、基本的に反りは合わない。

 

「予選の試合も覗かせてもらったよ。まだまだ二人とも本気になる相手がいなかったみたいだね」

「・・・これから」

「だろうね。本戦になるここからは全員が優勝候補クラスと見て間違いないだろう。データのない面々もいるけど、実力伯仲と僕は見るね」

 

そこでちらっと俊之は祐一を見る。

君もその一人さ、とでも言われている気がして、祐一は腹立たしかった。

所詮この男も自分を魔力0と思って蔑んでいるのだと思えた。

あながち間違ってもいないが、俊之は他の者とは少し違う。

久瀬俊之は物事を常に冷静に判断できる人間だった。

魔力という概念は彼にとっては情報の一つに過ぎず、全ての判断基準ではないのだ。

だから魔力0という理由で俊之は祐一を見下すことはしない。

ただ単に俊之は、貴族ではない祐一や舞が最高位の貴族である倉田家に当然のように居候していることがおもしろくないだけだった。

 

「まぁ、この大会は僕としても強い者達の詳細なデータが取れる非常にいい舞台だよ。二人とも頑張ってくれたまえ」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「あははー、そのためには精をつけなくてはいけませんね。佐祐理の特製お弁当ですから、じゃんじゃん食べてくださいねー」

「食べる」

「ありがとう、佐祐理さん。いただくよ」

 

本戦が開始されるまで時間を昼食に当てながら、祐一は本戦のことを考えていた。

選手8人のうち、名雪と香里は騎士団で将来を期待されている二人で、北川というのはその知り合いらしいと聞いたことがある。

舞のことは誰よりもよく知っている。

だが残りの面子に関してはわかることはなかった。

キラーという男はいかにも血生臭い雰囲気を漂わせた、人殺しを快楽としていそうな匂いのする男だった。

赤鬼と名乗る者は全身を真っ赤なマントで覆っており、まったくその正体が知れない。

そして祐一の対戦相手は、あの莢迦という巫女である。

今朝会ったばかりだというのに妙に馴れ馴れしく接してくるおかしな女、というのが彼女に対する祐一の第一印象だった。

だが、不思議と気にかかる。

 

「・・・・・・(誰が相手だろうと、負けるわけにはいかない!)」

 

余計なことを考えるのやめた。

やるべきことはただ一つ、優勝することだ。

ならば、対戦相手は全て敵。

まずは莢迦に勝ち、北川か名雪のどちらか勝った方を倒し、決勝戦も勝つ。

とにかく勝ち続けて頂点に立つことだけを考えなければならない。

 

「(やってやるさ・・・絶対に!)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼食を終えた祐一と舞は、佐祐理の激励と久瀬の皮肉を背中に受けて選手控え室へ向かった。

互いにかける言葉はない。

組み合わせ上、二人が当たるとしたら決勝戦だが、そうなった時には全力で戦うまでだった。

二人が最後だったようで、控え室にはもう他の選手が全員いた。

祐一がやってきたのを見て、莢迦がひらひらと手を振っている。

 

「・・・知り合い?」

「まぁ、ちょっとな・・・」

 

知り合いというほどの知り合いでもない。

今朝会ったばかりで、ただ単に道案内をしただけの間柄である。

 

「よぉ、おまえ!」

 

金髪でアンテナのように跳ねた毛が特徴的な男が祐一に近付いてきた。

祐一の記憶に間違いが無ければ、それは北川潤という男であったはずだ。

カレドニア王国の騎士団に所属しており、今大会の本戦出場者の一人。

その男が気さくな態度で祐一の肩に腕を回す。

 

「予選の最初の試合、見てたぜ。いやー、すかっとしたよ! あの野郎、腕はそれなりだけど態度がでかくて嫌な奴なんだけど、なんせ貴族出身だから下手に手出すわけにもいかないし。だからおまえがあいつをぶちのめしてくれた時には胸がすぅーっとしたよ」

「・・・別におまえのためにやったわけじゃないが・・・」

「それでもいいんだよ。とにかくサンキューな。それにしてもおまえやるよな、大した剣技だったよ。あれで魔力0なんて信じられないぜ」

「・・・・・・」

 

今の台詞に悪意がないのはわかった。

あからさまに見下していたあのローラントとは違う、純粋に祐一の剣の腕を褒めているのだろう。

それでも、面と向かって魔力0の話を出されるのは癇に障る。

 

「お互い一勝すれば次で当たるよな。その時はよろし・・・」

 

ドカッ!

 

「むごっ!」

 

背後から後頭部への一撃で、北川は床に沈んだ。

やったのは、美坂香里だった。

 

「悪気はないのよ。許せとは言わないけど、気にしないでやってちょうだい」

「・・・ああ、わかってるよ、香里」

「ほら、いつまで寝てるの。あんた第一試合でしょ。名雪はもう行ったわよ」

「いてて・・・ひでぇよ美坂・・・」

「さっさと行く」

「は、はい〜!」

 

香里に追い立てられるように、北川は試合会場の方へ走っていった。

と、すぐに戻ってきて、壁に立てかけてあった槍を手にとって改めて控え室を出て行った。

その様子を見ながら嘆息した香里は、ちらりと舞の方へ目をやる。

 

「試合ではお手柔らかにね、川澄さん」

「・・・それは無理。戦うからには全力でいく」

「そう。ならあたしも、全力で行かせてもらいますよ」

 

カノン騎士団の若手最強と言われる香里と、倉田家令嬢の護衛として名の知れた舞。

共に今大会の優勝候補大本命であり、二人が戦う第四試合は一回戦最大の注目カードである。

二人はほんの少しの間視線を交わすと、互いに背を向けた。

緊張感がまるで感じられないのは先ほどの北川と、莢迦くらいのもので、後の面々からはいずれも張り詰めた空気が伝わってくるようだった。

祐一自身も、気持ちが昂ぶっている。

 

「(そろそろ第一試合が始まるか・・・)」

 

一回戦に勝ては、この試合の勝者と戦うことになるのだ、見ておいて損はないだろう。

先に向かった名雪と北川の後を追って、祐一も会場の方へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆様、大変長らくお待たせいたしました。これより、カノン大武会本戦を開始致します!!」

 

歓声が響き渡る。

まるで会場全体が揺れているような盛り上がりであった。

 

「両選手、前へ!」

 

審判に呼ばれ、第一試合の出場者二名がリングに上がる。

片や、カノン騎士団所属、カノン王国の英雄水瀬の娘、水瀬名雪。

対するは、カレドニア王国騎士団所属の槍使い、北川潤。

近隣諸国最強の力を誇るカノン騎士団の前では、他国の騎士団はいずれも霞んでしまっている。

しかし、ここで他国の騎士団に所属する者が勝利すれば、その国の存在を各国にアピールすることができる。

そういう意味で北川は、カレドニア王国の威信をかけて戦うことになっているのであった。

だが、本人にあまりその自覚はないようだ。

 

「お手柔らかに頼むぜ、水瀬」

「うん、お互いにね」

 

両者がそれぞれの得物を構えると、一瞬会場がしんとなる。

しばし間を取って、審判が試合開始を告げた。

 

「試合、開始!」

 

最初に仕掛けたのは、北川の方だった。

鋭い踏み込みから槍を突き出す。

一瞬疾風と化した北川の突きが名雪の身を貫いた、かに見えた。

だが実際に貫かれたのは名雪の残像であり、初撃をかわした名雪が今度は逆に踏み込んだ北川の懐に飛び込もうとする。

リーチの長い槍に定寸の騎士剣で対抗するには、懐に入り込むのが上策だった。

しかし当然、それは北川も承知しており、そう易々と間合いに入られはしなかった。

突き出した槍を引きながら回転させ、石突で名雪の斬撃を捌く。

 

キィンッ!

 

剣と槍の柄が打ち合わされる金属音が響き、二人は一旦距離を取る。

数秒間の攻防が終わると、再び大歓声が巻き起こった。

 

「やるな、完璧に捉えたと思ったのによ」

 

北川は槍を下段に構えながら笑みを浮かべる。

先手の攻撃を防がれたことに対する焦りはなく、むしろ楽しんでいる風だった。

 

「やっぱり、簡単に懐に入らせてはくれないね・・・」

 

一方の名雪は笑みこそ浮かべていないが、まだまだ余裕が見て取れた。

 

「さぁ! どんどん行くぜぇっ!」

 

再度北川が正面から踏み込む。

常人なら見切れないほどの速度を持った突きを、名雪は体を開いてかわす。

だが今度の北川の攻撃はそこで止まらず、すぐさま槍を横に薙ぐ。

槍という武器は突きが主体と思われがちだが、実際にはその長さを利用した薙ぎも強力な攻撃方法であった。

 

ガツッ!

 

横薙ぎの一撃を、名雪は剣で受け止める。

しかし名雪の腕力と重量では押さえ切れず、威力に押される。

怯んだ相手に対し、北川は槍の刃、柄、石突の全てを利用して連続攻撃を繰り出す。

巧みな槍捌きを見せる北川に対して、名雪は防戦一方に追い込まれる。

 

「くっ・・・!」

 

激しいラッシュの前に後退を続けさせられた名雪は、いつしかリング際まで追い詰められていた。

 

「これでリングアウトだぜっ、水瀬!」

「っ!」

 

渾身の横薙ぎを放つ北川。

その瞬間、名雪は体を深く沈みこませた。

しゃがみ込んだ体勢から北川の脇を走りぬけ、背後に回りこむ。

 

「ハッ!」

「おわっ!」

 

ギィンッ!

 

間一髪、背後に回りこんだ名雪の攻撃を北川は槍で防いだ。

一転して、リング際に追い詰められた状態になったのは北川の方となる。

しかし北川も易々とは押されず、逆に押し返して二人はリングの中央付近へ戻った。

 

 

 

 

 

その後も一進一退の攻防は数分間続き、やがて押し始めたのは名雪だった。

北川のスピードもかなりのものだったが、名雪はそれをさらに上回り、相手を翻弄する。

そしてついに北川は槍を弾き飛ばされ、ギブアップ宣言で名雪の勝利となった。

 

 

 

 

 

 

「くそー、もうちょっと行けると思ったんだけどな。やっぱりカノン騎士団の壁は厚いよ」

 

多少悔しそうにしているが、負けた北川はすっきりした顔をしている。

全力を出し切って、満足のいく戦いができたということかもしれない。

純粋に勝負を楽しむのなら、例え負けても悔いを残さないこともできるのだろう。

祐一には、できそうにないことだった。

 

「(俺は、負けたらそれまでだ。今度こそ、何も残らない)」

 

魔力0の汚名を返上し、彼を見下した者達を見返す。

その目的を遂げるためには、勝つしかなかった。

負けて満足できる戦いなど、祐一にはないのだ。

 

「第二試合の出場者は、会場へお願いします」

 

係りの者に呼ばれて、祐一は控え室を後にする。

同じように控え室を出た対戦相手の莢迦が、その横に並びかける。

 

「気負ってるね〜。もっと肩の力抜いていこうよ」

「別に気負ってなんかいない」

「そうかな? どうせお祭りなんだからさ、楽しくいこうよ」

 

祐一が足を止める。

少し進んでから莢迦も歩くのやめて、祐一の方をちらりと振り返る。

笠から垂れた布に隠れて、表情は見えない。

逆に祐一の方は、剥き出しの感情を視線に込めて莢迦を睨みつけていた。

 

「おまえにとってはただのお祭りかもしれないけどな、俺にとっては、絶対に負けられない大事な大会なんだよ」

「そう。まぁ、いいけど。私は楽しませてもらうわよ、存分にね」

 

一瞬、祐一は背筋に冷たいものが走る感覚を覚えた。

見えないはずの莢迦の口元が、ニヤリと歪んだように見えた気もした。

すぐに消えたが、殺気とも闘気ともつかない不可思議なものを莢迦から感じた。

 

「さ、行きましょ」

 

莢迦は前を向いて歩き出す。

思わず冷たい汗をかいた祐一は、改めて気持ちを奮い立たせて、その後に続く。

何度も念じてきたことを、もう一度念じる。

 

「(絶対に、勝つ!)」

 

相手が何者であろうと、どう考えていようと、ただ勝つだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

to be continued


あとがき

 さて、というわけで始まりましたリメイク版「カノン・ファンタジア」、まずはスタートスペシャルということで一挙三話公開。といっても1、2話は半分以上前の加筆修正分なので、本当の新作パートは3話から。前はわりと軽く流した大武会は、基本的な流れは変わらないものの、さらに深みを加えていこうかと 思い、祐一vs莢迦という前にはなかった展開を挿入しつつ進んでいくことになった。

 リメイクに伴い、一部で設定の改変があったので、この場を借りて現時点で判明してる範囲で説明しよう。
 まずは第二部で登場していたフローラをこの段階で投入。序盤はそれほど出番は多くなかろうが、後半の鍵を握る存在である。
 続いて、名雪、香里、北川の扱い。まぁ前の時点でかなり脇役になっていたけれど、実は今回はさらに扱いがひどくなるかもしれない。特に北川は北辰王の息子という設定が消滅。名雪と香里は設定に大差はないが、大武会編以降の出番は無くなる予定。その分大武会での出番は増やしているのだが。またちらっと話題に出ていたが、栞も脇役へ。なので、幽と一緒にいるヒロインには、新たに抜擢された人物が。

 基本的な筋は前と共通しているので、先の展開でもったいぶる必要もないし、書ける限りがんがん進めていこうかー。