純白の遁走曲〜Fuga〜



   Chapter 1−1





















 少し大きな街へやってきた。
 広い道を通って中央広場の辺りまで来ると、見渡す限り人がいて目が眩みそうだった。
 これでも本当に都会と呼ばれる場所に比べたら全然少ないというのだから、世の中には一体どれだけの人がいるとういのか。
 世界は余りにも広く、大きく、そして必ずしも優しくない。
 そんな中で、たった一人の人間を探し出すことの困難さは想像を絶するものだった。

「ふぇ〜〜〜・・・・・・」

 けれど、そんな内心の不安感とは裏腹に、紗絵の表情は呑気なものだった。
 今はただ、あまり訪れたことのない大きな街の風景を見ながら感心していた。
 人が多い以外に、建物も大きい。あらゆるもののスケールが、田舎の村や町とは違っていた。それに、街の街灯が全て電気だった。小さな町にはそれ相応の小さな発電施設しかないため、電気が使用されているのは家の中等のみに限られ、街灯はランプ式だった。
 電気というのはここ数十年の間に普及してきた新しい技術なのだという事を、紗絵は一応知識としては知っているが、新しいか古いかの実感はあまり沸かない。小さかった頃のことは覚えていないし、育ての親に拾われてからはずっと山奥で暮らしていた。山を下りて色々な町を渡り歩く内に、あの親が相当に風変わりな人間だったということも知った。そんな風変わりな人間に育てられた自分も、どこか世間ずれしているようだ。
 余談だが、この世界には魔法というものも当たり前のものとして存在していた。けれどそれを実際に扱える人間は少なく、魔法使いと呼ばれる存在は時に尊敬され、時に畏怖の対象となっているという。
 何にしても、この町で人を探すとなると数日がかりになるのは間違いないだろう。まずは宿を確保しなくてはならない。

「よしっ、早くしちゃおう!」


 ところが――。


「はぁ〜〜〜〜〜〜・・・・・・」

 3時間後、紗絵は元の場所で深いため息をついていた。
 あれから宿という宿を片っ端から当たってみたのだが、どこも長期って滞在する事は不可能だった。何故ならば――。

「まさか都会の宿があんなに高いなんて・・・・・・」

 そう、宿代が高すぎるのだ。
 今まで旅してきた場所が本当に田舎だったのだという事を改めて思い知らされた。
 小さな町の宿は一週間くらい平気で泊まっていられる程度の値段であったし、何よりそれだけ長い間滞在していると宿の主とも仲良くなり、暇な時間に宿の手伝いなどをしているとほとんどタダ同然くらいまでまけてもらえたのだ。それどころか、町のあちこちでお店や畑などの手伝いをしているとお小遣いをもらえたりして、逆に町に滞在している間に所持金が増えている、なんて 事もあった。
 基本的に路銀は、山を下りる時に親からもらった物や、旅の途中で見付けた珍しい物などを換金しながらまかなってきた。この町でもそうするつもりだが、とてもではないが何日も滞在するだけの宿代は捻出できそうにない。泊まるだけは辛うじてできても、それ以外の食事などにまで手が回らなくなる。

「お仕事するしかないのかな?」

 とはいえ、仕事に時間を取られて本来やるべき人探しの時間が取れなくなっては本末転倒だった。
 何か、比較的短時間でできて、たくさんお金を稼げる仕事はないものか。そんなものがほいほいあったら、皆もっと裕福になっているはずだった。
 それでも、何とかしてお金は稼がないと、これから先も色々と困るだろう。
 とりあえずいつものように、まずは換金所に行って持ち物の一部をお金にして、それから――。

「何か食べよう。歩き回ったらお腹空いちゃったし」

 広場を離れた紗絵は、色々な店が立ち並ぶ方の通りを目指した。こう広いと迷子になりそうで、歩くだけでも真剣勝負という感じがした。
 道を覚えることに集中しすぎて、人への注意が疎かになっていたせいだろう。歩いていた人とぶつかってしまった。

「あ! ご、ごめんなさいっ」

 咄嗟に頭を下げて謝るが、相手の方は紗絵の顔を見もせずにさっさと歩いていってしまった。
 田舎の町ではちょっとすれ違ったでも普通に挨拶を交わしたものだったが、都会の人間というのは冷たい感じがした。
 それにしても、何か一言くらいあっても良いものではないかと思いながらぶつかった辺りを擦ると、そこにあるはずの物がないことに気がついた。

「あれ?」

 腰のところに括りつけてあったポーチがなかった。中には財布と、これから換金しようと思っていた物がいくつか入っていた。
 どこかで落としたのかと慌てかけたところではたと気がつき、背後を振り返る。

「あーーーーーっ!!」

 声を張り上げると同時に、視線の先にいた人が走り出す。
 今さっきぶつかった男が、紗絵のポーチを手にしているのがチラッと見えた。
 紗絵も、男の後を追って駆け出した。

「待って! それ、あたしの!」

 呼びかけても、男は振り返ろうともせずに一目散に駆けていく。聞こえていないはずはないので、明らかに盗んで逃げていっている。
 これが話に聞くスリとかひったくりとかいうものかと、紗絵は妙に感心しつつも全力で追いかける。
 だが、慣れない人込みのせいで思うように走れない。逆に相手はこうした事に慣れているようで、人の間をすいすい抜けていく。

「誰かっ、その人捕まえてーっ!」

 周りの人間に呼びかけてみるが、皆関わり合いになりたくないのか、見て見ぬ振りをしているようだ。
 紗絵の方が足が速いらしく、とりあえず距離を離されてはいないのだが、近付く事もできない。紗絵も焦っているが、相手も引き離せない事で少し焦り始めたようで、時々振り返りながら走っている。
 すると前方から同じように走ってくる人影があった。そのまま行くともうすぐ接触しそうだ。

「お願いっ、その人とめてーっ!」

 呼びかけると相手の方も前から走ってくる男に気付いて、サッと横に避けた。
 その際に足だけ残していて、それに引っ掛けられてスリの男がバランスを崩す。その隙に紗絵は一気に加速して距離を詰め、男の腰に向かって飛びついた。
 相手を地面に押し倒すと、紗絵は盗られたポーチを取り返した。

「ふぅ・・・・・・」

 と息をついていると、男は素早く紗絵の下から抜け出し、舌打ちをしながら一目散に逃げていった。

「逃げちまったけど、いいのか?」

 足を引っ掛けてくれた相手が近寄ってくる。紗絵と同い年か、少し上くらいの感じの少年だった。

「盗られた物を取り返せただけで良かったよ。これがないと一文無しになっちゃうもの」
「財布か?」
「うん。あ、さっきはありがとう。あの人のこと止めてくれて」
「気にすんなよ。それでも礼がしたいって言うなら、これを頼む」

 そう言って少年は一枚の紙切れを渡してきた。思わず紗絵はそれを受け取ってしまう。すると――。

「こら待ちやがれっ、この食い逃げ野郎!!」

 怒鳴り声を上げて中年のおじさんが走ってくる。
 都会は皆走ってて慌しいなぁ、などと紗絵が呑気な事を考えていると、少年が立ち去ろうとする気配がした。

「じゃ、そーゆーことで。親仁! お代はこの子にもらっといてくれ!」
「へ!?」

 慌てて紗絵が紙切れを確認すると、それは伝票だった。昼食一食分の値段が記されていた。

「え? ちょ、ちょっと待って!?」

 顔を上げると、既に少年の姿はなく、代わりに目の前に立っていたのは、怒鳴り声を上げていた強面のおじさんであった。

「お嬢ちゃん、あの野郎の知り合いかい? いや、どっちでもいい。とにかく代金はきっちり払ってもらおうか」
「え? え? ええぇーーーーーっ!?」









「ひどい目にあっちゃった・・・・・・」

 とんだ出費だった。
 それは確かにあの少年のお陰で盗られたポーチを取り返せたのだから、これくらいのお礼はしても別に構わないのだが、それならそれでもう少し穏便に頼んでくれれば良いだろうにと思う。あの後、お金はちゃんと払ったものの、どこかの店の店主らしい人にこってりと絞られた。食い逃げは紗絵のせいではないというのに。
 小一時間も説教を受けてようやく解放されたところで、当初の目的地であった換金所に今はやってきていた。
 今回換金するのは、以前立ち寄った古い炭鉱に住んでいた老人にもらった鉱石のかけらだ。それなりに路銀の足しになるはずだと言って渡されたものだが、実際にはどの程度の値打ちがあるのか紗絵にはよくわからない。
 店のカウンターでは、鑑定士が紗絵の持ってきた鉱石をじっくり見ていた。
 その様子を眺めながら紗絵は、今夜の宿をどうするかを考えていた。

(これでお金が入っても、やっぱりあの辺の宿に何日も泊まるのは無理よね。もっと小さくて安いところないかなぁ? でも、探してるだけで日が暮れちゃいそうだし・・・・・・)

 ついでに食費の心配もあった。
 先ほど無理矢理少年の食事代を払わされた時にわかったのだが、街中の食事処の相場も、今まで立ち寄ってきた場所より格段に高い。
 宿も高い、食事も高い。都会というのは何ともお金のかかる場所だった。

「お客さん」
「あっ、はい」
「換金する物は、こちらの品だけで?」
「はい、そうですけど・・・・・・」

 何か問題があっただろうか。

「なるほど、そうなりますと、大体このくらいになりますが」

 鑑定士が算盤で弾き出した金額を提示する。
 安くはないが、高くもない、そんなところだ。紗絵は、こんなものか、と思った。物の値打ちの事はよくわからない。
 思ったとおり、これだけでは何日もの滞在費にはならなかった。

「ご不満ですかな?」
「いえ、いいえ、そんなことはないです」
「そうですなぁ、これだけですと確かに物足りないかもしれませんね。どうです一つ、そちらの品も換金なさっては? あたしの見立てでは、なかなかの値打ち物とお見受けしますが」

 そう言って鑑定士は、紗絵が左肩に提げている細長い包みを指し示した。

「こ、これはダメ。大事なものだから・・・・・・」

 その包みの中身は、山を下りる時に餞別にと渡されたもので、紗絵にとってはあのノートと共に旅の大事なパートナーとも言うべき物だった。
 いくらお金に困っていても、これを換金したりするわけにはいかなかった。
 それにおそらくだが、これは一般的にはあまり値打ちのあるものではないように思えた。骨董品としてはならともかく、道具としては、紗絵以外には意味をなさないものであろう。

「左様ですか。ではこちらの品だけということで、金額は・・・・・・」
「ちょっと待って」

 と、そこへ横から声がかけられた。
 鑑定士はそれでギクリとした表情になっていたのだが、紗絵はそれには気付かず声のした方を振り向いた。
 そこには、子供が立っていた。
 見た感じ10歳くらいだろうか。短い金髪に、黒いマントを羽織っており、見た目の年齢に反してどこか落ち着いた雰囲気を漂わせた少女だった。
 少女は紗絵に向かって笑いかけると、カウンターに歩み寄って鑑定士が手にしている鉱石に目を向ける。

「ボクの見たところ、それ結構いい鉱石だよね。純度も高そうだし」
「そ、そうでしょうか・・・・・・?」
「このお店、色々見せてもらったけど、わりといい品物が揃ってるし、価格も適正だと思うよ。それに、その人の持ってる包みの中身がいい物だろうって見抜いたくらいの鑑定士さんが、その鉱石のちゃんとした値打ちがわからないとは思えないな」
「う、うぅ・・・・・・」
「ね、もう一回、ちゃんと鑑定してみてあげて」

 にっこりと微笑んだ少女の表情は穏やかだったが、有無を言わせぬ凄みがあった。



 店を出た紗絵の財布には、先ほど最初に提示された金額の3倍のお金が詰っていた。

「わぁ・・・・・・こんなにたくさんお金持ったのはじめてかも」

 実際には、冷静になって計算すればこの街に長期間滞在するにはやはりまだまだ足りないのだが、今までが今までだっただけに、少しだけお金持ちになった気分だった。
 紗絵はたくさんお金の詰った財布を大事にしまいこむと、後から店を出てきた少女の方へ振り返った。

「ほんとにありがとう!」
「どういたしまして。でも気をつけた方がいいよ。ああいうの、結構大きな街だと多いみたいだから」
「ふぇ〜・・・・・・そうなんだ。都会って怖いね。さっきもスリに合いかけたり、食い逃げの代金を押し付けられたりしたし」
「そ、そんなに色んなことがあったんだ」
「でも、そんな中にもちゃんと善い人がいたから良かった」
「んにゃ、だけどどっちかって言うとボクも田舎者な方だから」
「ふ〜ん・・・・・・あ、だからかな?」
「うにゃ?」

 首を傾げる少女の顔を見ながら、紗絵は少し考えてから言葉は紡ぎ出す。

「何かね、こういうこと言うと失礼なのかもしれないけど・・・・・・あたしと近い感じがしたから。何がどう、って聞かれると困るんだけど・・・・・・」
「へぇ〜、奇遇だね。ボクもちょっとそんな感じがした。やっぱり、都会人と田舎者だと雰囲気って違うものなのかもね」
「そうね。あたし達、周りから見ると実はすごい浮いちゃってるのかも」
「にゃははっ、そうかも」

 二人して笑い合う。
 こんな風に楽しげに笑い合える仲の知り合いというのがあまりいない紗絵にとっては、こうした触れ合いは新鮮で、嬉しかった。

「ボクは、芳乃さくら。君は?」
「あ、名雲紗絵です。よろしく」
「よろしく〜。この街には、しばらくいるの?」
「うん、そのつもり」
「じゃあ、きっとまた会えるね」
「そうなると嬉しいね」

 本当に、また会いたいと思った。一人旅を続けていると、時々人の温もりが恋しくなる。
 ちょっとした縁で知り合っただけの仲でも、気を許せる相手ならば何度でも会いたいと思う。

「会えるよ、絶対。言葉ってね、ちょっとした呪文なんだよ。口に出して唱えると、きっとそれは現実になる。だから不吉な事は口にしない方がいいし、楽しい事や嬉しい事、叶ってほしい 事はたくさん言葉にするの。そうすれば、いつかきっといい事があるから」

 そう言ったさくらの表情は、外見とは裏腹にとても大人びていて、思わず見惚れてしまった。

「それじゃあ、またね、紗絵ちゃん!」
「・・・・・・うん、またね、さくらちゃん」

 手を振って去っていくさくらの小さな背中を見送りながら、紗絵は彼女の言った言葉を心の中で反芻していた。

 ――楽しい事や嬉しい事、叶ってほしい事はたくさん言葉にする。
 ――そうすれば、いつかきっといい事がある。

 それは今の紗絵にとって、とても素敵な言葉に感じられた。

「あたしは、むっちゃんに、会う。会える。きっと・・・・・・絶対」

 言葉に乗せて想いを唱える。
 同じような事は前からしていたが、言葉に乗せる事の意味を教えてもらった今、それはいつもより少しだけ、多くの希望をくれた気がした。
 都会という未知の空間に戸惑い、スリに合いかけ、食事代を押し付けられ、換金所で騙されかけ、大変な一日だったけれど、最後に素敵な出会いがあって良かった。
 かわいらしい姿と、大人びた表情と、どこか紗絵と似た雰囲気を持つ少女、芳乃さくら。
 改めて、また彼女に会えたらいいと思った。

「また会おうね、さくらちゃん」

 踵を返した紗絵は、当初の目的であった今夜の宿の確保を再開するべく、街の中心へと戻っていった。



















あとがき
 というわけで始まりました新作「純白のフーガ」。第一章はまず、主役トリオの出会い編である。この三人、ある一つの共通点を持っており、それがこの話のメインテーマとなる。 それ以外にも色々な要素が隠されており、それぞれの事情に関わる形で多くの人々との出会いがあったりなかったり。