Fate/夏の雪

 

 

 

 

三夜 10

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぐらりと、キャスターの体が揺れる。

 

「キャスター!」

「・・・大丈夫よ。ちょっと血を流しすぎただけ」

 

見れば、キャスターの顔は血の気が引いて真っ青になっている。

サーヴァントと言えど、傷を負えば相応のダメージを負う。ましてやキャスターは、身体能力的には並の人間の魔術師とそう変わりはしない。魔力は破格に高くても、体力は他の超人達とは違うのだ。

 

「無理をするな、キャスター。これ以上は・・・」

 

誰かは知らないが、狙撃をしていたサーヴァントは別のサーヴァントと交戦状態に入ったようだ。そっちの脅威がなくなった今、当面の敵は最初からいたバーサーカーのみということになるが。

どうやら、バーサーカーも今ので相当ダメージを負ったようだ。さすがのエルニスフィールも現状の不利を悟ったようで、忌々しげにこっちを睨みながら去っていった。

目の前の敵はいなくなる。あとは狙撃手の方がどうなったかだが・・・。

 

「4体とも、気配が消えたわ。霊体化された」

「そうか」

 

状況はさっぱりわからないが、敵は一先ず全て引き上げたようだ。

こっちもこれ以上の無理はできない。ここは撤収すべきだな。

 

「戻るぞ、キャスター」

「そうね。それが最善だわ。傷の治癒に専念するから、霊体に戻るわね」

「ああ」

 

キャスターの姿が消える。かなりの深手に見えたから、治るまではかなりかかるか。

 

『あーあ、今夜のお風呂はお預けか。アーチャー、今度会ったら覚えてなさいよ』

 

思ったよりも元気そうだった。

そこで、キャスターがアーチャーと言ったことで、今の出来事の奇怪な点を思い出す。

二つの方向からなされた狙撃、4つあったサーヴァントの気配。

 

「キャスター、余裕があるなら帰り道で状況を整理しよう」

『賛成ね。バーサーカーのことは、さっきの通りだから省くとして、狙撃の件よね、問題は』

「どう思う?」

『まずわかってることから。サーヴァントの気配は4つあった。その内2つは、あんたの記憶にあるものと照らし合わせて、ランサーとライダーだってわかったわ』

「何?」

『北にランサー、東にライダー。はっきりとはわからなかったけど、こっちが攻めてる側に見えた』

 

つまりランサーとライダーがそれぞれ、狙撃手に対して攻撃を仕掛けたということか。

俺達を援護したつもりなのか、それとも単にそこに敵がいたから仕掛けたのかはわからないが、結果的に彼らのお陰で助かったということか。

ライダーだと前者、ランサーだと後者の可能性が高いな。こちらとの関係や彼らの性質を考えると。

これに関しては本人達に聞かないことには真意まではわからないが、まず会ったら礼は言っておこう。結果論とはいえ彼らに助けられたわけだからな。

さて、そうなると問題は・・・。

 

「では、狙撃手の正体は結局何だったんだ?」

 

サーヴァントである以上、片方がアーチャーなのは間違いないだろう。しかし、サーヴァントはもう一人いたのだ。これは一体、何者だ?

 

『それもはっきりしないわ。ただ、矛盾とかそういったものを全部無しに考えて知りえたことだけを話すと・・・あれは両方ともアーチャーだった』

「何だと?」

『2つの気配は両方ともアーチャーというクラスに該当するサーヴァントだったってこと。何でそうなのかまでは不明。けど私の見立てに間違いはない』

「そうか、わかった」

 

二人の狙撃手はどちらもアーチャー。そういう前提で考えよう。原因は後で考えればいい。まずは、そういうものだという認識を持つ。

前例のないことではない。前の聖杯戦争でも、結果としてアーチャーは二人存在した。あの場合は、さらに前に聖杯戦争でアーチャーだった者は残っていたからそうなったわけだった。

今回その線は、ない。前回のアーチャーは確かに消滅した。その前のアーチャーもだ。

では、クラスが重複したか?

本来召喚されるサーヴァントは7つのクラスに分けられるが、そこでイレギュラーが起こる場合もあるらしい。結果としてサーヴァントが7体存在すればいいのだから、アーチャーが2体呼び出される可能性もなくはないだろう。

可能性を考えつつも、当然のことながら答えは出ない。

とりあえずこれは、今後調査すべき重要事項として考えておくとしよう。

 

「キャスター、傷はどれくらいで快復する?」

『動き回るだけなら、明日の夜には問題ないわ。万全な体勢って言うなら、二三日ってところね』

「なら、明日からはしばらく情報収集だな。戦闘は可能な限り避けて、他のサーヴァント、特に謎の多いアーチャーについて探ろう」

『異論はないわ。ところでシロウ』

「ああ、今気付いた」

 

誰かが近付いて来ている。敵意はないし、この気配はおそらく――。

 

ザッ

 

足音に振り返る。音は二組、十字路のそれぞれ別方向から響いてきた。

片や、ランサーと一昨日出会ったそのマスターの少女。そしてもう一方は、芳乃とライダーだった。

二組のマスターとサーヴァントが現れたことで、キャスターも実体化して俺の横に控える。表面上の傷は消えているが、まだ完全に治ったわけではないだろう。仮に戦闘にでもなったら相当不利だ。

もっとも、この場で戦闘になることは、まずないであろう。

 

「おばんです〜、士郎さん」

「ああ。芳乃にライダー、それとそちらの二人も、まずは礼を言っておこう。そちらの意図はともかく、結果として助けられた」

「気にすんな、勝手にやったことだ。それよりてめぇ、やっぱりマスターだったな」

「いや、マスターになったのはおまえと戦った後のことだ、ランサー。嘘は言っていない」

 

ランサーと戦ったのは一昨日。サーヴァントを呼び出してマスターになったのは昨日。

 

「まぁいい。これでやりあう口実ができたからな。次は覚悟しときな」

 

次か。それは大変だ。

正直な感想として、一昨日戦った時のランサーは万全だったとは言えない。まだ召喚されたばかりで、マスターからの魔力供給も充分ではなかったのだろう。様子を見ていたというのもあるはずだ。

本気のランサーを相手にしては、俺に勝ち目はない。

それでも敵対するのなら、倒さなければならないのだが・・・。

 

「まぁまぁ、お互い殺気立たないで。今日のところはそういうの無しでしょ」

 

俺とランサーの間に、ランサーのマスターが割ってはいる。

 

「まずは自己紹介。私は麻弓・タイム。魔術師じゃないけど、ランサーのマスターよ」

「じゃあボクの方も。芳乃さくら、ライダーのマスターだよ」

「俺のことは両方知ってると思うが、改めて。衛宮士郎、キャスターのマスターだ」

 

今ここに、7人のマスターの内3人が集っていた。

敵意はないが、やはり立場上か、それぞれ距離を取って対峙している。

 

「私のことは麻弓でいいから。それとさっきのはほんと、私とランサーが勝手にやったことだから、気にしないでいいのですよ」

「そうそう。ボクも同じ。不意打ちは卑怯千万だもんね。知らない仲じゃないし、当然のことをしたまでだよ。それに、アーチャーの姿を見るチャンスでもあったしね」

「ちょっと待ちな、ちっこい嬢ちゃん」

「うにゃ、ちっこいって言うなー!」

「どうでもいいだろ。それよりアーチャーの相手をしたのはこっちだぞ。そっちは別の奴だろ?」

「そんなことないよ。ちゃんと弓持ってたし、あれはアーチャーだったよね、ライダー?」

「そう思います」

「何だ、俺が嘘を言ってるとでも言うのか?」

「私を事実を言っているだけです」

 

ランサーとライダーの間に目に見えない火花が散る。

そういえばこの二人、既に一戦した間柄だったな。お互い槍使いということで、ライバル意識も強いのか。

 

「そのことだが、キャスターの見立ててでも、攻撃を仕掛けてきたのは両方ともアーチャーだということだ」

「何だそりゃ? アーチャーが二人いるってのか?」

「そういうことだ。理由まではわからんがな」

「なるほど・・・まずそういうものだっていう認識を持てってことだね。アーチャーは二人いる。それを前提にしてないと、足下をすくわれるかもしれない」

 

その通りだった。芳乃の言葉に全員が頷く。

こうした場合、先入観に囚われていては思わぬ失策を打つことになる。

予期せぬ伏兵は大きな障害となる。だが予め敵が二人いると思っておけば、常に対処する用意ができる。厄介なことに変わりはないがな。

 

「アーチャーのことは、ここでこれ以上話も仕方ないね。それよりボクは、麻弓ちゃんに聞きたいことがある」

「えっと・・・さくらちゃんだっけ。何?」

「聖杯戦争から、降りてくれないかな? 麻弓ちゃんは魔術師じゃないし、サーヴァントを召喚したのも偶然だったって言うし、それなら参加しないでも・・・」

「あー、ごめん、それは無理。約束したし、もう決めたから」

「戦争なんだよ? 魔術師同士の・・・殺し合いだよ?」

「わかってる。もちろん、半端な気持ちで決めたわけじゃない」

「では麻弓、俺からも一つ聞きたい」

 

芳乃の後を継いで、俺からもランサーのマスターである彼女に問いかける。

 

「君は、聖杯に何を望む?」

「何も。私はただ、自分が巻き込まれて、首を突っ込むと決めたこの世界を、ただ見てみたいだけ。それ以上の望みはない」

 

左右で色の違う瞳で、真っ直ぐこちらを見て、彼女は答えた。

 

「わかった。ならば俺からは何も言うまい」

 

決意の固さは見て取れた。他人の言葉程度では、彼女の心は動かないだろう。

俺や芳乃が最も嫌うのは、聖杯に歪んだ願いを求めることだった。そういう意味では彼女は、俺達の敵ではない。

ランサーの気質も、俺は知っている。彼は純粋に、この状況における戦いそのものを望んでいる。この二人が勝ち抜くなら、それはそれで構わないと思った。

芳乃はまだ納得がいかなそうだが、麻弓が願いを叶える気がないとわかって、これ以上は何も言わないことにしたようだ。

確かに、魔術師ではない一般人である彼女がこのまま戦いに参加しているのは好ましいことではないが、仕方あるまい。

 

「そういうことだ。今日のところは何もする気はねぇが、この次出会ったら、そこは戦場だ」

「うん。だからこれは、私麻弓・タイムとランサーからの、宣戦布告なのですよ!」

 

そう、笑顔で言い放って二人は立ち去って行った。

手強い相手になりそうだが、あの二人と戦う時が来たとしても、それは純粋な勝負として行うことができそうだった。

 

「いいのかな?」

「仕方あるまい。それにあの二人なら、害になりはしないさ」

 

麻弓とランサーが去ったことで、芳乃がこちらに近寄ってくる。

だが同時に、何やら空気の圧力が上がっているような気がする。見れば、先ほどからほとんど無言のキャスターとライダーが、互いに睨み合っている。しかも近付くほどに、その眼光は強まるばかり。

そういえば、サーヴァント同士というのは聖杯戦争の間はお互いに戦闘意欲が強まるものらしい。さっきまではランサーもいたため、三竦みの状態で意識の矛先が一方に集中しなかったためにそれほど感じなかったが、一対一になった途端それが表面化したようだ。

 

「キャスター。芳乃とは不戦協定を結んでる間柄だ。何事も起こらないから、もう霊体に戻ってて構わんぞ」

「あ、ライダーもね。大丈夫だから」

「・・・ま、いいけど。どこの英霊か知らないけど、乗り物乗りまわすしか能のない奴なんて気にかける必要もないし」

「そうですね。小細工を弄することしかできない相手を警戒する必要もありませんね」

 

一瞬、キャスターとライダーの間に漂う敵意が数倍に膨れ上がる。

互いに毒舌を吐きあった後、双方同時に顔を背けながら霊体化した。

まったく、心臓に悪い奴らだ。

 

「すまんな、口の悪いサーヴァントで」

「いや〜、うちのライダーこそ大人気なくて」

 

芳乃と二人、互いに苦笑し合う。

 

「改めて礼を言うよ。さっきは助かった、すまない」

「いいってば。世の中義理と人情が大事だからね」

「この次何かあれば、俺達が君達を助ける」

「本当に気にしなくていいのに」

「いや、魔術師は等価交換が基本だ。君も昨日、夕飯の礼にと朝食を作ってくれたろう」

「それを言ったら一晩泊めてもらった分のお礼がまだってことになるんだけど・・・」

 

双方共に遠慮しあう、何とも日本人的な押し問答になってきているな。

とにかく、芳乃がどう言おうとこれは俺のけじめだ。いずれこの礼はする。

 

「ところでまだ昨日の今日だが、何か新しく掴んだことはあるか?」

「なんにも。昨日は一日がかりで拠点になる場所探してたしね」

 

芳乃は肩をすくめてみせる。

 

「あ、だけどさっき教会に行ってきたんだ。そうしたら、サーヴァントは7体揃ったって言われた」

「それは俺もエルニスフィール・・・バーサーカーのマスターから聞いた。さっきの話に戻るが、二人いるアーチャーの片方が7体目なのか、それとは別に最後のセイバーが呼び出されたのかはわからないがな」

「そうだね。どっちの線も考えられるし、はっきりするまで結論は出せないね」

 

セイバーが現れれば、それが7体目で、二人いるアーチャーの種は別にあるということになる。セイバーが現れず、二人目のアーチャーが7体目と証明できれば、そういうことだということになる。

俺とキャスター、芳乃とライダー、麻弓とランサーのことは一先ずいい。エルニスフィールとバーサーカーは問題だが、とりあえず正体ははっきりしている。今後調べるべき事柄は、アサシンのマスター、セイバーの存在の有無、二人のアーチャーの理由とそのマスター、と大きく分けてこの三つだった。

そう俺が話すと、芳乃も頷いた。

 

「それが先決だね。それぞれに調べて、何かわかったら情報交換しようか」

「ああ。バーサーカーはたぶん今後も、俺達を優先して狙ってくる可能性が高い。こっちは任せてもらえるか?」

「わかった」

 

最低限の話を終えた俺達は、大橋を渡って深山町の方へ戻る。

橋の終わりに差し掛かった辺りで別れることにした。

マスター同士はいいのだが、霊体化しててもわかるほどサーヴァント同士のピリピリした空気が伝わってくるようになってきたためだ。

まぁ、サーヴァント同士に仲良くしろというのは無理は話かもしれないが、もう少し穏やかでいてほしいものだった。

 

 

 

さて、サーヴァントを召喚した翌日から大変だった一日が終わる。

召喚直後で魔力が万全でない状態でバーサーカーとの戦闘や、アーチャーの攻撃を凌いだりしたため、かなり疲労がたまっていた。キャスターも負傷したことだし、明日の昼間はゆっくり休んで、夜になったら情報収集を開始しよう。

今日、はじめて共に戦闘を行ったキャスターとの今後の連携、エルニスフィールとバーサーカーのこと、二人いるという謎を抱えるアーチャーに、芳乃とライダー、麻弓とランサー、それに俺にとってはまだ見ぬアサシンと、存在すら不明 なセイバー。

考えることは山ほどあるが、今日のところは一先ず休もう。

全ては、明日から――。

しかし、今日という日は確かに、あの聖杯戦争がまた始まったということを、改めて実感する一日となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


あとがきタイガー道場!

 

タイガー 「三夜目に当たる3話分を一挙にアップ! 三日目の夜と言えば運命の夜、サーヴァントが全て召喚されて聖杯戦争の本番が始まる時なのである!!」

ブルマ 「テンション高いッス師匠! まずは落ち着いて解説するッス!!」

タイガー 「イリヤちゃんこそテンション高いじゃないのよー。それはそうと、今回出てきたイリヤちゃんのそっくりさんは誰?」

ブルマ 「それをここで話しちゃったら先の楽しみが減っちゃうわ。でも作中で言ってる通り、わたしに代わって今回の聖杯戦争のためにアインツベルンから送られてきたマスターなのは確かよ」

タイガー 「で、サーヴァントも同じバーサーカー、と・・・。でもこのバーサーカー、随分弱いね?」

ブルマ 「それは当然よ。セイバーだって、シロウがマスターの時とリンがマスターの時じゃ能力が段違いでしょ。あのバーサーカーの力を100%引き出せるマスターなんて、わたしをおいて他にいないわ。でもそうだとしても、あれだけ戦えてるのはシロウとキャスターの実力でもあるのよ」

タイガー 「なるほど。作者的にも、今回の聖杯戦争における最強のマスターはさくらちゃんと士郎ってことみたいね」

ブルマ 「ところで師匠、アーチャーが二人って辺りには、作者から説明はないんですか?」

タイガー 「あー、それについては一言、ヒントはホロウアタラクシアにあり、と」

ブルマ 「なんか、そこまで言っちゃうと謎でもなんでもないッスね」

タイガー 「そもそも、このSSのトップページでネタばらししてるし!」

ブルマ 「そうッスねー! だから、セイバーもちゃんと出てくるわよ」

タイガー 「ぶっちゃけると次の次辺りに!」