Fate/夏の雪

 

 

 

 

三夜 9

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

倒れ伏した状態で、再び蘇生しようとしているバーサーカーを、キャスターは軽い失望の色を含んだ目で見ていた。

 

「サーヴァントっていうのは不便なものよね。自身がどんなに優れていても、マスターが使えなければまるでその力を揮えないんだもの。あんたほどの者が無様な姿ね、ヘラクレス」

 

俺が教えたわけでもないのに、キャスターはバーサーカーの真名を言い当てていた。やはり彼女は、ギリシャ神話に連なる英霊と見て間違いなさそうだな。

まぁ、今は彼女の正体を考える時ではない。これで2回。

バーサーカーの宝具は、十二の試練(ゴッドハンド)。その特性は、自動蘇生。つまりあれは、全部で12の命を持っている。さらに加えて本来なら、ランクB以下の攻撃は受け付けない防御能力も持っているはずなのだが、その力はマスターの魔力が足りないせいでかなり落ちているようだ。

俺の攻撃でも容易く傷付いたし、キャスターの今の障壁にしても、受け止めるくらいに留まるかと思いきや、完全に相手の攻撃を反射してバーサーカーを殺せてしまっていた。

本当に、これがかつてあれほど苦戦したバーサーカーと同一の存在なのかと疑いたくなるというものだ。

 

「なん・・・で・・・? どうして、わたしのバーサーカーが、こんな奴らに・・・」

 

だが、俺達以上に信じられないという表情をしているのはエルニスフィールの方だった。

自ら最強と信じるサーヴァントが、目の前でいとも容易く2度も倒されたのだから、当然のことだろう。

 

「何をしたのよキャスター! バーサーカーを殺せるほどの魔術を、あの一瞬で放てるわけ・・・!」

「お嬢様の過信についてはどうでもいいけど、種はこれよ」

 

キャスターはつま先で地面を叩いてみせる。

そこを中心に地面が光ったかと思うと、魔法陣が浮かび上がった。それを見て、エルニスフィールはもちろん、事前に聞いていた俺までもが驚愕する。

魔法陣と一口に言うが、こんな規模のものは見たことがない。複雑が陣が幾重にも折り重なっており、その上巨大だ。キャスターの立っている位置にある円陣などその一角に過ぎず、本体たる魔法陣はまた別の場所にある。さらにその周辺一帯には、キャスターの足下にあるのと同様の円陣がいくつも散りばめられている。

辺りを覆うそれは、魔術によって作られた一つの要塞だった。固有結界とまではいかないが、性質としてはそれに近く、匹敵する。

この魔法陣がある限り、そこはキャスターの領域だ。その中で戦う限り、彼女の優位は絶対的なものになる。

今日一日かけてやっていた仕掛けとは、これのことだったか。しかしこれだけのものを、一瞬で・・・。

 

「私はその場その場で考えうる戦術に応じて、いくつのもパターンの陣を予め用意してある。それを町の各所に仕掛けてあるのよ」

 

なるほど、用意してあったものを設置しただけだからあんなに早かったのか。要するに、シールを貼って回ったようなものだ。

光が収まり、魔法陣が見えなくなる。と言っても消滅したわけではなく、元々見えないものを今はあえて見えるようにしただけのようだ。

 

「まぁ、私もびっくりだわ。そりゃあ、自分の仕掛けに自信は持ってるけど、まさかこうもあっさりバーサーカーを退けられるなんてね。あなた、本当にマスターとしては三流ね」

「な・・・っ!」

「ヘラクレスもかわいそうに。私のマスターも考えてることは最悪だけど、実力だけは評価に値するから、私の方がまだマシか」

「だけとは何だ、だけとは」

 

実力を評価してくれるのは嬉しいが、それだけが俺の取り得のように言われるのは少々心外だった。

 

「事実でしょ」

「むぅ」

「じょ・・・冗談じゃないわっ! わたしが三流ですって!? 取り消しなさいっ、訂正しなさい!!」

「い・や・よ。事実を訂正する必要性なんてないわ。見なさい、蘇生速度も遅いし、魔力が全然足りてない証拠よ。自分のサーヴァントを満足に操れないマスターをね、一流なんて言わないのよ。その上言動も稚拙だし、二流にも満たない三流だわ。わかったらとっとと帰りなさい、今なら見逃してあげるから」

 

容赦ないキャスターの言葉が次々とエルニスフィールに対して投げかけられる。当然、相手の怒りはピークに達しつつある。

まずいな。相手の冷静さを奪うのは戦術として正しいが、我を忘れて暴れまわられても困る。

実のところ、さっきから口で言っているほどこちらに余裕があるわけでもない。

如何に完全に程遠いと言っても、相手はバーサーカーで、ヘラクレスだ。十二の試練(ゴッドハンド)を全て突破しきるのは、至難の業だった。

 

『キャスター、挑発しすぎだ。見境なく暴れられたら止めようがないぞ』

『そうね。あんた、さっきのやつあと何回いける?』

『バーサーカーを完全に殺せる投影となると、あと2回が限度だ』

『投影ねぇ。珍しい魔術使うわよね、あんた』

『ああ、まだ話してなかったか。俺の魔術は基本的に強化と投影だ。投影の方は、特に武器ならば一度見たものならほぼ完全に写し取ることができる』

『ふぅん。でもそれ、あんた本来の魔術じゃないでしょ。本質は、もっと別の何かね』

『さすがだな。その通りだが、それは俺の切り札でね。そっちが真名を明かしてくれるなら教えても構わんぞ』

『どうでもいいわ』

 

確かに、今するべき話ではない。問題なのは、目の前の脅威をどうやり過ごすかだ。

 

『そっちはどうだ? あと何回いける?』

『全部で12回でしょ。今2回で、あんたがあと2回やったとして、残り8、か。ぎりぎりね。いけないこともないけど、万一直後に別の連中に襲われたら対処のしようがないわ』

『そうか』

 

それでは困る。これは一対一の決闘ではなく、全7組による戦争だ。生き残っている全ての敵を想定しながら戦略を立てていかなければならない。まだ誰も脱落していない現状で、バーサーカー1体を倒すために死力を尽くすのは得策ではない。

 

『ああ、マスターを狙うっていうなら簡単よ。あのお嬢様、全然無防備だもの』

『いや、それは無しだ。今も今後も、マスターを殺すやり方はとらない』

『言うと思った。じゃあ、さっき言った通りね』

『なら、今日は引くべきだな。俺とおまえの全戦力を投入すればバーサーカーを打倒し得る。それがわかっただけでも今日の収獲は充分だろう』

『異議なし。今日は歩き回って疲れてるのよ。早く帰ってお風呂にでも入りたいわ』

『決まりだな。では、どうするか・・・』

 

エルニスフィールを見ると、完全に頭に血が上っているように見える。

冷静に判断すれば、いくらある程度こちらが優勢に進められる要素があったとしても、バーサーカーの戦力を出し惜しみしなければ、じきにこちらが先に息切れするだろうことくらいは予想がつく。だからこそ、こっちは最初から全力で行き、圧倒的に優位であるかのように見せかけた。つまりはったりである。そうすることで相手に冷静な判断をさせないようにしたのだ。

だが、些か熱くさせすぎた。これではこの場は引き分けた方が良いという判断もできなくなっている。

ただ元より、プライドの高そうな少女のこと。絶対的に有利だと思っていたサーヴァントを持ちながら、不利になったから引き上げる、などという判断は下さないかもしれないが。

 

「エルニスフィール。聖杯戦争はまだ始まったばかりであるし、今日のところはお互い退かないか?」

「嫌よ! それじゃまるでわたしが逃げ帰るみたいじゃないの。それに、そのサーヴァントがわたしを侮辱したのを取り消さない限り許してなんてやらないんだからっ!」

「だそうだ。あれくらいは訂正してやれ」

「お断り。私の見立てに間違いがない以上、言った言葉を取り消す気はないわ」

 

逆に挑発してどうする・・・。

まったく、どっちもプライドに高い女だと間に立つのはやりづらい。ロンドンでの悪夢が蘇るようだ。そう、あれはひどかった。ロンドン魔術協会の総本山、時計塔において語り継がれる大喧嘩、その中心に最も近い場所にいた俺が被った被害と言ったら・・・・・・って、いかんいかん、今はそんなことを思い出している場合ではない。

とにかく、何とかエルニスフィールを宥めて――。

 

「シロウッ!!」

 

こっちでも気付いた!

返事の代わりに投影した剣で飛来したものを弾き落とす。

 

ギンッ!!

 

チラッと左右に目を向けると、キャスターにもエルニスフィールも同様の攻撃を受けていた。

キャスターは障壁でそれを受け止め、エルニスフィールの方は蘇生が完了したバーサーカーが庇っている。

さらに続けて攻撃が繰り出される。

 

「ぐっ!」

 

次々に飛来するものを弾きながら、攻撃の出所を確かめようとする。

だが、すぐ近くには何もいない。

 

「キャスター! 敵は!?」

「わからないわ! こっちの索敵範囲の外から攻撃してきてる。こんなことができるのは――」

「アーチャーか!」

 

まだ見ぬサーヴァント。だがキャスターが捉えきれないほどの遠距離からの攻撃が可能で、尚且つ防ぐのがやっとなこれほどの威力の攻撃を連続して繰り出せる存在など、アーチャーのサーヴァント以外には考え難い。

その証拠に、雨のように降り注ぐものは矢のように見えなくもない。

 

「ふざけた真似をっ! すぐに見つけてやる!」

 

全方位に向けて展開していた障壁が一部消える。その分の魔力を一方向へ集中することで、敵の所在をつきとめようとしているのだろう。

おそらくは矢による攻撃は、北側から飛来して来ている。その方向のみに集中すれば、キャスターならすぐに敵の位置を捉えて・・・。

そう思った瞬間、ゾッとするものを見た。

無防備になったキャスターの側面から飛来する矢――。

 

「キャスター!! 東の方角!」

「ッ!」

 

俺の声で反応したキャスターが障壁を全方位へ展開し直す。

だが一瞬遅く、僅かに軌道を逸らされるだけに留まった矢は、キャスターの右腕を削る。

 

「っぁ・・・!」

「キャスター!」

「余所見するな! そっちも来てる!」

「くっ!」

 

北から飛来する矢を叩き落す。

間髪入れず、今度は東から矢が飛んでくる。

 

「チッ、どうなってるんだ!?」

「私が知るわけないでしょ! 何で全然違う方向から矢が飛んでくるのよっ!?」

 

傷を負ったからか、想定外のことが起こったからか、さっきまであった余裕をキャスターは失くしていた。それでも冷静に、障壁で矢を止めながら状況を把握しようと努めていた。

それにしても、この矢、一撃一撃がとんでもない重さだ。

宝具ほどの威力はないが、防ぐの精一杯で狙撃手の姿を探すこともままならない。

バーサーカーの方はというと、二方向からの攻撃に対処し切れないのか、矢の一部を体で受け止めている。完全な力を出せるバーサーカーならこのくらいの矢でもものともしないのだろうが、俺の剣でさえ傷付けられた今のバーサーカーでは、受け続ければいずれ限界が来る。

最も、それは俺とキャスターにも言えることだが。

 

「敵が二人いる可能性は?」

「アーチャー以外に私の索敵範囲外からこれだけの攻撃を繰り出せる奴がいるって言うの?」

 

それは考え辛いな。戦闘中は他のことに魔力をまわしているから索敵範囲は狭くなっているだろうが、それでもキャスターが探知できる距離は半端じゃなく広い。

仮にもう一人まだ判明していないサーヴァントのセイバーが弓にも長けていて、アーチャーと共闘しているというのもなくはないだろうが、それにしたってセイバーである以上アーチャーほどの狙撃能力があるとは思えない。キャスターの探知できない距離からの狙撃など、アーチャー以外には成し得ないはずだ。

 

「なら、二箇所を移動しながら攻撃してる・・・?」

「馬鹿言わないでっ。直線距離にしたって相当あるのに、私の索敵範囲にかからないようにあれだけの距離を移動できてたまるものですか!」

「転移を使ってる可能性は?」

「ありえない! 私だってこんな距離の転移と攻撃を続けてなんてできない。自立型の宝具に別の場所から攻撃させてるって考える方がよほど現実的だわっ」

 

なるほど、それが一番ありえそうな考え方が。

だが確かめる術はなく、まずはこの場を切り抜ける算段を立てなくてはならないのだが・・・。

 

「っぅ・・・・・・」

「!」

 

キャスターの顔が苦痛に歪む。見れば、傷を受けた箇所からの出血がひどい。

 

「キャスター、腕の傷は・・・」

「わかってる! けど防御と索敵をしながらじゃ治癒にまでまわせる魔力はないわ」

「馬鹿! 今は索敵より治癒の方が優先だろう!」

「冗談。私にここまでしておいた奴、ただじゃおかない。一秒でも早く見つけ出してやる」

 

そう言ってキャスターは、障壁に注ぎ込んでいる魔力を少し下げた。その分の魔力を使って、索敵範囲を拡げるつもりか。

 

「くぁ・・・っ!」

 

しかし、相手はそんなに甘い相手ではなかった。

飛来した矢は、弱まった障壁を破ってキャスターの体を掠っていく。直撃ではなくても、治癒に魔力をまわせない状態で血を流し続ければ、いずれ力尽きるのは明白だった。

このままでは打つ手がない。かといってキャスターは索敵をやめようとはしないだろう。なら、俺が防御を全て請け負って彼女が索敵に集中できれば――。

 

ガッ!

 

矢の威力を殺しきれず、剣を弾かれる。即座に次を投影する。

だめだ。矢を防ぐので精一杯で、キャスターのところまで近付けない。

このままではやられる。仕方がない、ここは令呪を使うか。

そう思った瞬間、突然矢の飛来が止まった。

 

「何だ・・・?」

 

辺りが嘘のように静かになる。

一体何が起こったのか、確かめようにも敵の位置が遠すぎて、状況を確認する術がない。

 

ザッ

 

音がした方を振り向くと、キャスターが膝を付いていた。右腕の傷が一番深いが、それ以外にも数ヶ所傷を負っている。

その身を案じて、俺はキャスターの下へ駆け寄る。

 

「キャスター、だいじょ・・・」

「シロウ! 防御任せた!」

 

意図を察して、彼女の前に回りこむ。矢が飛来して来ていた北と東を中心に警戒しつつ、いざとなれば盾、ロー・アイアスを投影できるようにしておく。宝具の投影は魔力的にあと二回が限度だが、出し惜しみできる状況ではない。

俺に防御を委ねたキャスターは、障壁に使っていた魔力を全て探査のために投入する。

 

「見つけられるか? キャスター」

「言ったこともう忘れたの? 居ながらにして町全体を把握するなんてわけないって言ったでしょ。実体化してるサーヴァントなんて、この町のどこにいようとすぐに・・・見つけた!」

 

さすがはキャスター。探査に集中すれば実体化している限りその目から逃れようはないということか。

 

「サーヴァントの気配が・・・・・・4つ!?」

「何?」

「北と東に2つずつ。それぞれ戦闘してる」

「どういうことだ・・・?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――interlude―――

 

 

 

「当たり・・・と言いてぇところだが、他の連中が釣っちまったみたいだな」

 

廃ビルの上の方の階から、私とランサーはそこへ目を向けていた。

私は霊体化してるランサーが示した方向にデジカメを向け、最大望遠にして辛うじてその姿を捉えることができた。それに対してランサーは望遠鏡とかを何も使わずにそっちを見ている。姿は見えないが、そうしているのが気配でわかった。

見えるの、と私が聞くと、見えないが戦いの気配でわかる、と答えた。互いに霊体になっているとわからないけど、実体化してるサーヴァントの存在は、サーヴァントなら感じ取れるものらしい。

 

「はっきりした状況まではつかめないが、どんな連中だ?」

「片方は、この間の男の人と、ドレスみたいなの着た女の人。もう片方は小さい女の子と、2メートル以上の大男・・・って、あれほとんど化け物に見えるんだけど・・・」

「あの野郎、やっぱりマスターだったか。でかい奴はたぶんバーサーカーだな。あの野郎のサーヴァントは、さしずめキャスター、ってところか」

「どうするの?」

「下手に動くとキャスターにはまず気付かれるな。横槍入れるのも無粋だ。しばらく様子見だな」

 

そんなやり取りへ経て今に至る。

昨日の夜から街を出歩いて他のサーヴァントと遭遇しないかと思っていたのだけど、昨夜は何事もなく終わった。

今日の夜も、これからいざ行こうと思ったところでランサーがサーヴァントの気配を見つけて、探すためにこのビルに上った。屋上まで行かなかったのは、逆にこっちが見つけられるかもしれないから。

でも、見つけたら既に戦いは始まってて、ランサーは他人の戦いに介入する気はないって言って静観することにした。

そうしてしばらくしたら、突然戦ってる場所に無数の矢が降り注いだ。

 

「何!?」

「・・・近くにはサーヴァントの気配はねぇ。となると仕掛けてるのは、アーチャーか」

「気配ないって・・・ここからあそこだって結構な距離あるのに、それでわかるのに、わからないくらいの距離って・・・」

「アーチャーなら可能だろ。サーヴァントってのは、それぞれの得意分野に関しちゃ他の追随を許さないほどとんでもない、ってことはきっちり覚えておきな」

 

セイバーやランサーが接近戦での剣や槍と使った戦法を誰よりも得意とするみたいに、アーチャーは飛び道具での狙撃に関しては規格外、ってことね。

さっきのキャスターとそのマスターとバーサーカーの戦いもすごかったし、これが聖杯戦争・・・・・・すごい!

 

「どうする、ランサー?」

「サシの勝負に横槍入れる奴は気に食わねぇ。ついでに、こっちもそろそろやりあう相手がほしいところだ」

「じゃあ、いこっか!」

 

言った時にはもう走り出す。矢が飛んできた方向で、大体の検討をつけて、あとは近くまで行けばランサーが見つけられる。

 

「先行くぜ。あとから追ってきな」

「私が見れる分、残しておいてよ!」

「じゃあ早くするんだな。俺はやるからには手加減なんざしねぇぞ」

 

ランサーの気配が遠ざかる。

彼が戦う時はいつでも本気でやるタイプなのはわかってる。急がないと、サーヴァント同士の戦いって神秘を目撃する前に終わっちゃう。

急げ麻弓・タイム!

根性でダッシュなのですよ!

 

 

 

―――interlude out―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


あとがきタイガー道場!

 

次へ。