Fate/夏の雪

 

 

 

 

二夜 6

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――8月1日

 

 

 

さて、もう一度状況を整理してみよう。

そう思って俺は、日課も兼ねて朝一番で土蔵に来ている。

まず聖杯戦争のこと。

・・・カレンめ、話すことは他にないみたいな顔をしておいて、しっかり呼び出されたサーヴァントは監督役として把握していたとはな。軽く問い詰めたいところだがきっと、聞かれませんでしたから、などとしれっと 答えるに決まっている。わざわざ不快な思いをするために他に用のない教会へ行く必要はない。

変な方向へ逸れた思考を元に戻す。

昨夜の新都での出来事。

あの時召喚されたサーヴァントはランサーだ。昨夜芳乃から聞いた話と照らし合わせても、まず間違いない。そしてそのランサーと戦っていたのがライダー、芳乃のサーヴァントだ。その他にも、芳乃とライダーは昨夜アサシンとも遭遇しているらしい。マスターは不明だが、予告無しにサーヴァントに他のマスターを襲わせた上に姿も見せないとなると、少々面倒な相手かもしれない。ただでさえ隠密行動に長けるアサシンのこと、そのマスターを見つけ出すのは至難の業だろうが、何とか探してその目的を調べなくてはなるまい。

そして、芳乃のこと。

聖杯を否定することを目的と言った少女。やろうとしていることは、8年前の時の俺と同じだ。だがあの頃の俺とは違い、最初から自分の意志で戦いに参加している点では、むしろ遠坂に近いな。子供のような見た目に反してしっかりした魔術師のようだ。といって、それはイリヤも同じか。それでいて名前が“さくら”とはな。俺と遠坂と桜とイリヤを皆足して割ったような奴だ。彼女については、かなり信頼がおけるだろう。

最後に俺の今後のこと。

マスターになる。その決意は固めた。芳乃とて、聖杯を否定するために聖杯へ至ろうとマスターになっている。ならば俺も、より深く渦中に身を投じるには、マスターになるのが一番だ。そう思いを固めても、まだ心の中で何かが葛藤している。しかし、マスターになることにもう迷いはない。

 

――衛宮士郎は、聖杯戦争を止めるためにマスターになる。

 

巻き込まれる形で参加した前回とは違い、今回は最初から自分の意志で介入する。しかし、その目的は変わらない。

さしあたっては、サーヴァントを召喚しなくてはならないのだが・・・これが曲者だ。

サーヴァントの召喚には、特別な条件は存在しないが、より強力な英霊を確実に呼び寄せるためには、その英霊と繋がりの深い媒介が必要だ。

前回、セイバーを召喚できたのは偶然ではないが、多大な幸運に恵まれた上での結果だった。

第一に、18年前の第4次聖杯戦争で切嗣が同じセイバーを召喚したのがこの場所だったこと(ちなみにこれは後になってこの土蔵を見たイリヤに教えてもらったことだ)。第二に、18年前に死にかけだった俺を助けるために、切嗣が俺の体に聖剣の鞘を埋め込んだこと。これが媒介となってセイバーを呼び寄せることができたのだ。

いくつもの因果が絡まった上での必然ではあったが、幸運だったことには変わりがない。

だが今、俺の手元には特にサーヴァント召喚の媒介になりそうなものがない。

遠坂にヨーロッパ中を連れまわされた時にいくつかそれらしいものを見つけたが、それらは全て遠坂がロンドンにある自分の工房に持ち込んでいる。

そして、魔術師とは言え末端のそのまた末端のようなこの俺が、他にそんな大層なものを持っているはずもない。

頼れそうな人物は、身近に1人いるにはいるわけなのだが、彼女はこの一件には関わらせたくない。

 

「仕方がない。無茶かもしれんが、何とかこのまま・・・む?」

 

何故今まで気付かなかったのか。

色々なものに埋もれてしまって見落としていたのか、すぐそこに、微細な魔力を放つものを見つけた。

 

「髪飾り・・・の、欠片か」

 

周りに一緒に置かれているのは、藤ねえが旦那さんと海外旅行に出かけた時の土産品だった。

おそらく、どこかで何となく拾ったりしたものなのだろうが、まさか僅かとはいえ魔力の宿ったものを拾ってくるとは、藤ねえだけは世の理で計りきれんな、ほんとに。

俺などより、よほど死後英霊にでもなってしまいそうな人だ。そうなって仮に聖杯戦争みたいなのに呼び出されたら何のクラスになるんだ? やはり、タイガーか?  タイガーのサーヴァント、藤村大河。最弱でありながら最強・・・。

と、くだらんことを考えても仕方がない。

これならば、少し物足りないが召喚の媒介として使えるだろう。幸い、二度もセイバーを呼び出した魔法陣がこの土蔵には存在するわけだし、魔力は充分だろう。

あとは時間か。遠坂によれば、人それぞれ魔力の波長が特に高まる時間帯があるはずだという。その時間をうっかり間違えたために遠坂はほしかったセイバーではなくアーチャーを召喚したわけだ。最も、遠坂がアーチャーを引き寄せることになったのはあの媒介のためで、あれがなければ遠坂ならばセイバーを得ていた可能性もある。まぁ、もしもの話 をしても埒も無い。

俺にとって最適な時間・・・というのは今もってよくわからない。だが験を担ぐ意味でも、あの時セイバーを呼び出した時間帯がいいだろう。

だとすると、今夜だな。

残るクラスは、セイバーとキャスター。

少しだけ、もしかしたらという希望を抱きつつ、まずは今日一日を過ごすべく、朝食を作りに台所へと向かう。

 

 

 

 

居間を訪れると、既に朝食の準備はほとんど整っていた。

猫柄のエプロンをつけて台所と居間を行ったり来たりしているのは、芳乃だった。

 

「あ、おはよう、衛宮さん。もうちょっと待っててね、すぐ用意できるから」

「それは構わんが・・・何をしているのだ、君は?」

「もちろん、一宿一飯の恩義ってやつだよ。あ、それとももしかして、他人に台所立たれるの嫌だったかな? うわ、うっかりしてたかも・・・」

「いや。問題ない」

 

好意は素直に受け取るものだ。

この台所は元々、俺のものというよりは皆のものだからな。むしろ桜がいる間は、ほとんど桜が独占しているような気がする。

俺は芳乃に礼を言いながら、台所へと入っていく。

 

「うにゃ? 何か追加で作るの?」

「そうではない。この家にはもう1人住人がいてね。彼女は病人だから、別に作るんだ」

「そうだったんだ。他に誰かいるっていうのは気付いてたけど・・・そうなると一膳余分に作っちゃったな。またライダーに食べてもらうか」

「ライダーの分は作らなかったのか?」

「うん。やっぱりサーヴァントと食事って結びつかなくてね。衛宮さんは不思議だね。サーヴァントと人間を全然区別してないみたい」

「まぁ、皆からおかしいとは言われるし、自分でも変なのかもしれないとは思うが、これも性分でね」

 

ほんとに、セイバーや遠坂にはあれこれと言われたものだ。

けどその内、皆それが自然と馴染んでいった。あの、僅か十数日間のことが、とても懐かしく思い出される。

顔に出てしまうかと思って、話題を切って誤魔化す。

 

「そういえば、俺のことは士郎で構わないぞ」

「じゃあ、士郎さん、かな。ボクのこともさくらって呼んでくれていいよ」

「それは・・・すまない、同じ名前の知り合いがいるのでね。こっちは芳乃と呼ばせてもらおう」

「そっか。それは仕方ないね」

 

それからしばらく談笑をしながら、イリヤの分の朝食を作る。それが出来上がると、俺は食器をお盆に載せて台所を出る。

 

「俺はこれを届けに行くから、先に食べていてくれて構わないぞ」

「ううん、待ってるよ。あ、でも急がなくていいからね、ゆっくりしてきて」

 

気を使っている、というのもあるが、それだけではないな。

昨夜は疲れていたのだろう、あの後すぐに、部屋を用意すると芳乃はすぐに寝入っていた。おそらく、ライダーと二人で話す時間もなかっただろう。

人の、それももしかしたらマスターとして敵対する者同士になるかもしれない者の家で二人きりの内緒話もないだろうが、そこは信用を得たという風に思っておくことにしよう。こちらも元より、聞き耳を立てる気はない。

 

「わかった。では、30分後くらいに戻ってくる」

「うん、後でね〜」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――interlude―――

 

 

 

士郎さんが居間を出て行った後、ライダーを呼んで向き合って座る。

まず最初に、昨夜の出来事を順を追って整理しておいた。

そうして最後に考えるのは、現状と今後のこと。

 

「まずは、改めて拠点を作ろう」

 

ボクがそう言うと、ライダーはちょっと意外そうな顔をした。

 

「あれ、何かボク、変なこと言った?」

「いいえ、妥当な意見でした。ただ、さくらはこのままこの家に居座るかと思いましたので」

「うん、考えなかったわけじゃないんだけどね・・・」

 

士郎さんは信用できる人。これは間違いない。

それに目的も同じだから、共同戦線を張れば今後が楽になると思う。

けどボクは、その道をあえて拒んだ。

一種の予感というか、直感というか、それだけの理由なんだけど。

 

「魔術師の予感は予知に近いものです。尊重すべきでしょう。少し惜しくはありますが」

「惜しい?」

「衛宮士郎は実力も申し分ありませんし、信用もできる人物だと思いますし」

「へー、ライダーから見てもそう感じるんだ」

「それに、いい男ですし」

「はにゃ?」

「好みではありませんが、悪くありません」

 

なんか、ちょっと・・・というかかなり、ライダーの性格について見直さなきゃならないみたいに思う。

ランサーの時といい、士郎さんの時いい、そういえばアサシン相手にも顔を見せない相手は嫌いとかなんとか。

ライダーって、もしかして惚れっぽい? しかも面食い・・・。

まぁそれでも、いい男だろうが何だろうが、敵に対しては容赦しない非情さもライダーは持っている。

 

「とにかく今日は、こっちの町を見てまわりながら、拠点にできそうな場所を探す。それでいい?」

「異論はありません」

 

方針は決まった。朝ごはんを食べ終わったらすぐに行こう。

たぶん今日、士郎さんはサーヴァントを召喚する。別のマスターがその場に立ち会っちゃ、色々とまずい。

もしかしたら、敵になるかもしれない者同士なんだから。

そうならないことを、祈ってるけど――。

 

 

 

―――interlude out―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シロウ、何かあった?」

 

しばらく他愛ない話をして、そろそろ戻ろうとしたところで、イリヤが尋ねていた。

当たり前のことだが、イリヤなら今家に来ている客の存在にも、それが魔術師であるということにも気付いているだろう。もし現状のことまで察しているのだとしたら、それがマスターの1人だということにも、或いは――。

 

「――いや、これといって話すようなことはない」

「そう。ならいいわ」

 

気付いているだろうに、イリヤは何も言わない。ならばこちらも、あえて話すことはない。

心配はかけない、というのは気付かれている以上無理だろうが、せめて彼女を巻き込むことがないようにする。

自分から何も言わない以上、俺が何も話さなければ、イリヤは何も知らないということだ。知らなければ、関わりようがない。そうしている間に、全て終わらせる。

それだけのことだ。

イリヤのことをじっと見詰める。

昨日の今日では大した変化などないはずなのに、昨日より今日、今日より明日の方が、衰えて行っているように見えてしまう。

体の異常に気付いた時から――いや、遠坂などはもっと前から気付いていたから、その頃から――イリヤの体を治す方法、イリヤがもっとずっと生きていられる方法を探してきた。けれどそれは、いまだ見付からない。今も俺はもちろん、遠坂も桜も、忙しい合間を縫って、その方法を探してくれている。

もっと時間があれば見つけられるかもしれない。けど、もう時間がない。

 

――聖杯があれば、願いは叶う。

 

聖杯の力なら、イリヤを助けられるかもしれない。

けれど、その行為を、許してしまっていいのか。

あの少女、芳乃さくらは言った。自分は以前、聖杯ほどではないが、願いを叶える力によって悲劇を起こしかけてしまったと。願いを叶える力は、誤った使い方をすれば、必ず歪みを生み出す。

そんなことは、俺自身誰よりもよく知っていることだ。

18年前、聖杯によってもたらされた災厄の中心にいた俺なのだから。

 

「シロウ」

 

イリヤの呼ぶ声が、混濁した心の中に響いてくる。

 

「何もないならそれでいいから、ただ聞いて」

「イリヤ?」

「どうしたいか迷ってるなら、シロウが一番したいようにすればいいわ。それがたとえ間違った道でも、シロウ自身がそんな自分を許せなくても、わたしが許すから」

「あ・・・・・・」

 

不覚にも、泣きそうになった。

本当に、何年経っても、イリヤには頭が上がらない。

 

「ありがとう、イリヤ。何もないが、とりあえず礼を言っておく」

「どういたしまして。わたしも、ただいつも思ってることを口にしただけだから」

 

二人して笑い合う。

まだ答えは出ず、迷いはある。だがイリヤの言葉で、少し心は軽く、晴れやかになった。

そうだ。決めた道を、ただ進もう。いずれ答えが自ずと出る時も来るだろう。

 

「それじゃあ、また後でな、イリヤ」

「シロウ、もう一つ。こっちは言っても無駄だろうけど、無茶はしないようにね」

「ああ、わかってる」

 

とは言うものの、それは難しい。

衛宮士郎から無茶を取ったら何が残るのか、というほど俺は無茶の塊みたいな存在らしいからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

芳乃の作った朝食は、なかなかの出来だった。料理達者なのは良いことだ、うん。

後片付けまで済ますと、芳乃は世話になったと言って家を退出した。

俺は門のところまでそれを送る。

 

「本当に構わんのか? 俺としてはいつまで滞在してもらっていてもいいのだが」

「ありがたい申し出だけど、辞退させてもらうよ。一応、形の上では敵同士な立場なわけだし。もちろん、敵対するつもりはないけど」

「そうか。困ったことがあったらいつでも尋ねてきてくれ。互いに目的を同じくする身だ、力になろう」

「うん、士郎さんの方もね。協力関係とまではいかないけど、お互い不戦条約を結ぶ、ってことでいいかな?」

「ああ、そうしよう」

 

たとえ俺がマスターになっても、彼女とは直接対決することはないだろう。

 

――俺が、願いを優先させない限り。

 

聖杯を否定するという芳乃と、聖杯戦争の真相を掴んで止めるという俺の目的は利害が一致する。

それでも協力関係までは結ばないのは、芳乃なりのけじめか、それとも、俺の心中を見透かされているのか。

どちらかわからない以上、距離を置くのは正解だろう。

だが少なくとも俺は芳乃と同様、彼女と敵対するつもりはない。そうする理由もなく、また芳乃のようなタイプの人間を、俺は好きだからな。

 

「そいじゃぁ、お世話になりやした、士郎の兄貴!」

「うむ」

 

なるほど、芳乃は任侠かぶれか。この一件が終わったら、藤村組に連れて行ってみるか。色々喜びそうだ、どちらも。

ああ、藤村組と言えばこの間頼まれた件の話をしに行かないとな。全部片付くまで時間がかかりそうな状況になったことだし、このまま行ってくるか。うちの生計の一部は、藤村組からの頼まれごとの報酬で成り立っているからな、片時も無下にはできん。

それが済んだら買い物だな。しばらくそんな余裕もなくなるだろうから、買い溜めしておかなくてはならないな。生物はその都度買わなくてはならないが、日持ちするものはまとめて買っておこう。万一屋敷に籠城でもするような事態になった時のことも考えて、非常食も少々――。

などと考えながら、イリヤに出かける旨を伝え、戸締りをするべく俺は屋敷内へ入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


あとがきタイガー道場!

 

一回休み。