Fate/夏の雪

 

 

 

 

一夜 5

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

重戦車の突撃のようなライダーの攻撃を、しかしアサシンは容易くかわしてみせた。

風に舞う木の葉のように、強大な威力を持ったライダーの一撃が巻き起こす突風の流れに身をゆだね、流れるような動きで突きを避け、すれ違い様に手にした刀でライダーに斬り付ける。

けれどライダーもそれでおめおめとやられるようなことはしなかった。

手元に引き戻した突撃槍の柄で刀を受け止めると、そのまま槍を旋回させて刀を弾くと同時にアサシンの体を薙ぎ払いに行く。

 

ドンッ!

 

決まった、と思った。

 

「え?」

 

でもアサシンは、まるでダメージなんか受けていないみたいに壁を背に立っている。

 

「大筒の相手でもしているような気分だな。そのくせ隙もないとは理不尽な話だ」

「・・・・・・」

 

そういうこっちはまるで柳か水を相手にしてるみたいな気分になる。

ライダーの攻撃は確かに当たっていたのに、その力を全部体以外の場所に逃がしてしまったみたいだった。

さすがのライダーも困惑して・・・・・・少なくとも、表面上はそうでもなかった。

ただ、想像したよりも相手が手強いと見て取ったのか、今度はより慎重に間合いを計っている。

 

「さて、今日は様子見のつもりだったが、どうやら簡単には退かせてくれそうにはないな」

「自分から仕掛けておいて、逃げるつもりですか?」

「まずは敵戦力の分析・・・というのが我が主の方針でな。だが困った・・・正体を悟られぬようにこの場を切り抜けるにはどうするか・・・」

 

悩みながら、アサシンは楽しそうだった。

仮面で顔は見えないけど、口元は笑みを浮かべてそうな感じがする。

一方のライダーは無表情。だけど、相手を予想以上の強敵と見て取って、昂揚しているようにも見えた。

これは、邪魔するのは悪いかな・・・でもボクとしては、ここでなし崩し的な形で戦闘になって相手を倒してしまうのは本意じゃないんだけど。

けど、良いとか悪いとか以前に、この戦いはボクなんかが簡単に割り込めるレベルのものじゃない。

知識としてわかってはいたけど、サーヴァントっていうのはここまでとんでもないものなんだ。

下手に手を出せば、それがきっかけで逆に完全に止めようのない戦いになる可能性もある。

だから、なるべく邪魔にならないようにライダーの意識に語りかける。

 

『ライダー。できればボクも、今は様子見でいたい。向こうが退くつもりなら、無理に追わないで』

『さくらがそういうのであれば従いますが、つまりませんね』

 

うわー、見た目に反してライダーって結構好戦的な性格かも。

これは、あんまり欲求不満にさせるといざって時に手綱を握りきれないかも・・・。

向こうは退くつもり、こっちは退かせるつもりで、けれどなかなか動けずに対峙していると、思わぬ形できっかけが訪れた。

 

カツンッ

 

足音!

この場にいる3人のものじゃない、まったく別の誰かの。

全員の注意が、ほんの僅かにそっちに向かった瞬間、アサシンの姿が消える。

だけど、完全に逃げたわけじゃない。

直感的に感じる。今の足音の正体は関係者のそれじゃない。一般人の目撃者、もしアサシンが、それを消そうとしていたら――。

 

「追ってライダー!」

 

神秘は秘匿すべきもの。

だとしても、何も知らない人を、ただ目撃したからって殺すのはだめだ。

ライダーは無言で駆け出し、アサシンを追っていった。

間に合ってくれれば・・・そう願いながら、ボクも全速力で後を追いかける。

 

 

 

 

 

 

 

 

びっくりした。

何がって、色々ありすぎてすぐには整理しきれないくらい驚いた。

とにかく、順を追って思い出していこう。

アサシンが逃げていって、ライダーが追いかけていった。

そうしたらその先で、突然高密度のマナが収束するのを感じた。それは、サーヴァント召喚の瞬間に他ならなかった。何の隠蔽もしてなかったから、たぶん偶発的なものだったんだね。

で、ボクがその近くまで来た時にはもうアサシンの姿はなくて、代わりに真紅の槍を手にした青い騎士がライダーと戦っていた。

間違いなくサーヴァントと思われる青い騎士――槍を持っているからたぶんランサー――は、さっきのアサシンとはまたタイプが違ったけど、ライダーを相手に互角以上に戦っていた。

あのランサーと、さっきのアサシン。他のサーヴァントのことはまだわからないけど、彼らと比べても、ライダーの魔力はサーヴァントの中でも破格だと思う。北欧最高の女神は伊達じゃない。

だけど、それを相手に互角に渡り合うアサシンもランサーもすごい。改めて、サーヴァントは皆、偉大な過去の英霊だという事実を思い知らされる。

ランサーは絶え間なく攻め続けて、ライダーは防戦一方だった。

圧倒してるのは相手の方みたいに見えるけど、実際はそうじゃない。ライダーは冷静に、反撃の機会を窺っている。それは当然ランサーもわかっているはず。ライダーの一撃は絶大な威力を誇るから、それを警戒して僅かたりとも大きな動きはしない。

しばらく続いた攻防は、ランサーが後退することで終わった。

 

「チッ、俺が槍同士の対決で攻め切れないとはな。俺がランサーな以上同じクラスが2つあるわけもなし・・・アンタ何のクラスだ?」

「当ててみてはどうです、ランサー?」

「まぁ、クラスはどうでもいいが、俺に劣らない槍捌き、一体どこの英霊だ?」

「そちらが先に明かしたなら、答えましょう」

「なら・・・冥土の土産にしな、我が真名を!」

 

そう言った瞬間、ランサーの槍に禍々しい魔力が充満する。

はっきりとした正体はわからないけど、あれは絶対に魔槍の類。いくらライダーが強くても、特性も知らずに正面から受けるのは危険すぎる。

と、その時――。

 

 

ドゴォーーーンッ!!!

 

 

対峙する2人の中間で、爆発が起こった。

決して大きな規模のものではないけど、戦いを中断させるには充分な威力があった。

ボクはただ、突然の出来事に驚いて立ち尽くしていただけ。

そこへライダーが後退してくる。

 

「さくら、遠距離からの狙撃のようです。姿までは見えませんでしたが、気配を感じました。どうしますか?」

「えっと・・・アサシンとあの青いサーヴァントは?」

「アサシンはランサーが現れた時には既に姿はありませんでした。ランサーは・・・どうやら狙撃手の方へ向かったようです」

「そう・・・・・・気になるけど、一度退こう。状況が複雑すぎる」

「わかりました」

 

絡んできてる要素が多すぎて、整理しないと対処できそうにない。

それに正直、召喚したばかりの昨日の今日で、ボクの魔力体力もちょっとこれ以上の無理はもちそうになかった。

さっきの目撃者や、アサシン、ランサー、正体不明の狙撃手――気になることは山ほどあるけど、ここは仕方ない。

 

「ところでさくら」

「なに?」

「あのランサー、いい男だったと思いませんか?」

「はにゃ?」

「好みです」

「・・・・・・・・・」

 

何か最後に、一番びっくりした。

 

 

 

そんな数々のサプライズを経て、今ボク達は橋を渡った先にあった公園にいた。

ベンチに腰掛けて、川の向こうの新都をぼんやりと眺める。

聖杯戦争に参加する。それだけの覚悟は決めてきたつもりだったけど、いざ立ち会ってみて、やっとちゃんとした実感が湧いた。

うん、そう・・・少し、怖いとも思った。

サーヴァント達は皆本当にとんでもない存在だし、向けられてくる殺気は本物で、今まで感じたことないほど強烈なものだった。

お祖母ちゃんの跡を継いで魔術師になった以上、いつか戦いの世界に直面する機会があるとは思っていたけど、今ボクは、まさにそこにいるんだ。

 

「さくら、大丈夫ですか?」

「なんとかね〜。正直、かなりビビったかも」

「それだけで済めば立派です。あなたは一流の魔術師と言えるでしょう」

「ありがと」

 

とにかく、まずは今日の出来事で感じたものを素直に受け止めよう。

そして受け入れて、どうするかを考える。

最後に行動に移す。

目的は変わらない。聖杯を否定するために、聖杯に至る。

まずは他のマスター達がどんな人達なのかを知りたいところだけど・・・アサシンのマスターはまず相当な食わせ者と見て間違いない。

自分は姿を見せずに、いきなりサーヴァントにボク達を襲わせたんだから、少なくとも向こうには友好的に接する気がないってことだ。

ランサーのマスターは不明だけど、さっきの状況から考えると、例の目撃者がそうである可能性がある。ライダーも、すぐ近くに他に人の気配はなかったって言ってるし、だとするとランサーのマスターは偶然マスターになって、まだ状況も把握してないってことになるのかな。なら、できるだけ早く接触して、戦いから降りるように説得してみよう。

それからライダーとランサーの戦いに割って入った狙撃手の存在。狙撃手っていうから、もしかしたらアーチャーかもと思ったけど、サーヴァントの気配じゃなかったってライダーは言う。だとすると、一体何者なのか。これもちゃんと調べないとね。

 

「よしっ! 今夜の状況を整理したところでまずは・・・」

 

ぐ〜

 

「・・・・・・うにゃぁ・・・そういえば、晩御飯がまだだった・・・」

 

体力的にも精神的にも疲れたって言うのに、その上空腹とは。腹が減っては戦はできないんだよぉ〜。

といっても、この時間じゃもうこの町の商店街とか行ってもお店なんてやってないだろうし、新都の方まで戻るのは避けたい。

 

「さくら」

「なに、ライダー? ラーメン屋さんの屋台でも通った?」

「さっきの狙撃手らしき気配を感じました」

「え!?」

 

一時空腹を忘れて身構える。

もし狙撃手に狙われているとしたら、ここは目立ちすぎる。

けどライダーは冷静に、公園の先の方を見るよう促してくる。

 

「あれです。はっきりとはしませんが」

 

公園の外灯に照らされた姿を、目を凝らして見る。

20代後半くらいの青年で、引き締まった顔立ちをしてる。そして、たぶん魔術師だと、わかった。

 

「あの人が、さっきの狙撃手?」

「確かめますか? 仕掛けてみて、戦いの時の気配を感じればわかると思いますが」

「荒っぽいけど、この場はライダーに任せるよ。ただし、やりすぎないでね」

「わかりました」

 

返事と共に、ライダーは空中高く跳び上がる。

すごいジャンプ力・・・なんて思っていると、ちょうどあの男の人の頭上へと落下していく。

突撃槍を手に。

って、あれはやりすぎにならない・・・のかな・・・?

当てる気はないよね、なんて風にはらはらしながら見ていると、男の人はぎりぎりで反応してライダーの槍を避けた。

・・・・・・今の、避けなかったら当たってなかったかな・・・?

実はライダー、さっきのランサーとの戦いを邪魔されたのを根に持ってるとか。でも、あのままランサーに宝具を使われてたら危なかったって本人も言ってたし。

さらにライダーが突撃槍を繰り出すのが見えた。

さっきのアサシンやランサーとの戦いと見比べるとわかるけど、確かに手加減はしてるみたい。でも、やっぱり思い切り当てる気でやってるように思える。そろそろ止めないと危なそう。

慌てて飛び出ようとして、思いとどまる。

相手が魔術師なら、もしかしたらマスターの可能性もある。だとしたら、あんまりナメられるような言動は控えないといけない。

こっちも、ちょっとかっこつけた感じで・・・よし、この辺かな。

胸を張って、高圧的にならないよう、かといって下手にも出ないよう――。

 

「そこまででいいよ」

 

ライダーに制止の声をかける。

 

「どう? ライダー」

「見立て通りみたいです」

 

やっぱり、さっきの狙撃手はこの人だったみたいだね。

なら、まずは挨拶しておかないと。

 

「はじめまして、魔術師さん。ボクは芳乃さくら。聖杯戦争に参加する7人のマスターの1人だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あー・・・・・・なんていうか、顔から火が出るとか、穴があったら入りたい気分とか、そういうのを知った気がする。

アサシンに襲われた時、ちょっと気を抜いてて情けないなぁ、なんて思ってたけど、今度はそれを超えて情けない。

今、ボクは、あの男の人――衛宮士郎さんの家にいて、ご飯をご馳走になっている。

公園で、角度的にバックに月なんかまで背負っちゃって、内心ガッツポーズをするくらい、決まった!、って思ったのに、事もあろうかその直後、ボクのこのお腹が、お腹が・・・・・・!

この上なくかっこよく決めたつもりになった直後、この上なく情けなく恥ずかしい醜態を晒してしまったのだ。

そんなボクに衛宮さんは、積もる話もあるだろうから自分の家に来てご飯でも食べないか、って言った。

話があるのは確かだったから、あくまで話をするために、ボクは衛宮さんの家――風情のある武家屋敷でちょっとイイかも――にやってきた。で、まずは話を・・・と思ったのだけど、衛宮さんが作ってくれたご飯があまりにおいしそうな上、ボクの空腹も限界に近かったため、体が心に抗って食べ始めてしまったのだ。

 

「うぅ・・・おいしい」

「泣くほど喜んでもらえると作った側としても嬉しい限りだ」

 

泣いてるのは自分の情けなさを嘆いてのことなんだけど・・・。

ライダーはと言うと、ボクのすぐ横に実体化していて――同じようにご飯を食べている。

何故か衛宮さんは、サーヴァントが食事を必要としない事実を知っていながら、ライダーの分まで用意していた。

ボクとしては大勢で食べた方がご飯はおいしいと思うし、ライダーも別に断る理由もないと言って箸を手に取っている。

そうやって主従並んで、誰とも知らない魔術師の家でご飯を食べる滑稽のボク達の前で、衛宮さんはお茶なんか啜っていたりした。

 

「ごちそうさまでした」

「おそまつさまでした。水につけてくるから少し待っていてくれ」

 

何だか、家事をする姿が妙に様になってる人だった、衛宮さんは。

ボクが早く話を進めたがってると思ったのか、食器を流しに置いて水につけた衛宮さんは、すぐに台所から戻ってきて、ボク達の向かいに座った。

それに対して、ボクも居住まいを正す。

 

「さて、何から話すべきかな」

「まず、あなたの正体。それが聞きたい。聖杯戦争に詳しいみたいだし」

「ふむ。名前がさっき名乗った通りだ。魔術師なのも見ての通り。そして聖杯戦争に詳しいのは、俺が8年前に起こった第5次聖杯戦争においてマスターの1人だったからだ」

 

それから衛宮さんは、自分の境遇や、前回の聖杯戦争の経緯を簡単に話した上で、さっきの出来事についても話してくれた。

ただ、話の最中にそれとなく聞きだそうとした、ライダーとランサーの戦いを止めた魔術のことに関しては、はっきりとは明かしてくれなかった。当然のことだね。いきなり他の魔術師を自分の家に招いて、ほとんど警戒してなさそうな人だからもしかして、と思ったけど、さすが聖杯戦争を戦って生き延びた人だけのことはある。下手に腹の探り合いをしたら、やりこめられるのはこっちの方かもしれない。

さらに衛宮さんは、本来もう起こりえないはずの聖杯戦争が再び起こっているなどの、今回の一件でのイレギュラーについて語る。そして彼の目的が、事態を収拾にあることも。

 

「なら、最終的な目的は、ボクと一緒だね。ボクは、聖杯の存在を否定するためにここに来たから」

 

今度はボクの番。

ボクが聖杯戦争に参加することを決めた経緯と、さっきまでの状況を簡単に説明する。もちろん、ボク自身の魔術に関することや、ライダーに関することは伏せておく。敵対関係じゃないとは言ってもお互い魔術師、簡単に手の内を見せるべきじゃない。

話を聞き終わった衛宮さんは、満足そうに頷いている。

 

「そうか。君のようなマスターが1人いるだけでも助かった。仮に7人全員が私欲に走るタイプだった場合、止めるのには骨が折れるからな」

「確かにね・・・」

「それにしても、まだ決まってないマスターは後2人と言ったか?」

「うん。ボクが教会に確認した時点で3人決まってた。で、ボクがライダーを呼び出して、さっきランサーが呼び出されたから、後2人」

「・・・あの女、俺には一言もそんな話をしなかったではないか

「うにゃ?」

「いや、何でもない」

 

何だか苦虫を噛み潰したような顔をしてたけど、何でもないって言うならこれ以上追求はできないかな。

でも、マスターの席が残り2つなのを確認してきたってことは・・・。

 

「衛宮さんも、マスターになるつもりなの?」

「・・・正直迷っていたのだがな、君を見ていて、決心がついたかもしれん」

「じゃあ・・・」

「マスターになる。そして、この聖杯戦争の真相を確かめ、止める」

 

力強く言い放つ衛宮さんを見て、この人は信用できる、そう思った。

だけど同時に何故だろう、予感がした。

もしかしたら、この人は、一番手強い、敵になるかもしれない、って。

 

 

 

―――interlude out―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


あとがきタイガー道場!

 

タイガー 「一夜目・裏! であった」

ブルマ 「長かったけど、これで導入部は終了ッスね、師匠!」

タイガー 「うむ。前回の話でライダーの正体についてツッコミが入ったが、あえてこの言葉を送ろう。細かいことは気にするなっ!!」

ブルマ 「さすがは師匠・・・身も蓋もないッス」

タイガー 「それにしても、遠坂さんの時は自分の魔術のことまであっさりばらしてた士郎だったけど、今回は正体は明かしても魔術のことまでは明かさなかったわね。8年間で士郎も成長したということなのカナ?」

ブルマ 「当然でしょ。リンはともかくわたしがついてるのよ。みっちり仕込んであるんだから。ちなみに、士郎の魔術の全容を知ってるのは、わたしとリンとサクラ・・・デカサクラの3人だけよ。ロンドンを離れて日本に戻ってきてるのも、わたしのためっていうのもあるけど、協会の目が届きにくい場所にいるためだもの。ばれたら封印指定ものだし」

タイガー 「お姉ちゃん恋しさに帰ってきたんじゃないの?」

ブルマ 「違うわ(キッパリ)」