Fate/夏の雪
一夜 4
―――interlude―――
聖杯戦争。
今からボク、芳乃さくらは、それに参加しようとしている。
目的は、聖杯を否定するため。
元々魔術師の端くれとして、冬木という地で行われている聖杯戦争のことは知っていた。
最初からあまりいい印象は持っていなかった。
18年前に起こったという4度目の聖杯戦争には、お祖母ちゃんの知り合いの魔術師が参加して、命を落としたらしい。
だから、ボクが最初に聖杯戦争というものに対して抱いたのは、人を死に追いやるもの、という印象だった。
それでも昔は、それ以上のものではなかった。
お祖母ちゃんが死んだ後、ボクは遠くアメリカに引っ越しちゃったし、嫌なものとは思っても、結局それは、ボクにとっては遠い地での出来事に過ぎなかった。
それが変わったのは、ボクが日本に帰ってきて、しばらくしてのこと。お祖母ちゃんがボクのために残してくれた魔術、人々の願いをちょっとだけ叶える桜の樹。その力で、ボクは取り返しのつかない悲劇を生み出しそうになってしまった。樹を枯らしたお陰で、最悪の事態は避けられたけど、その時ボクは思ったんだ。
願いを叶える、その力の危険性を。
危うく傷つけてしまうところだった大切な人達と一緒にいるのが居た堪れなくなって故郷を離れたボクは、ふと聖杯戦争のことを思い出した。
ほんの少しだけ願いを叶えるあの桜でさえ、あれだけの悲劇を招きそうになったんだ。もっと強大な願望器だという聖杯が、もし歪んだ願いを叶えてしまったら、どうなってしまうのか。
願いは人の手で叶えるもの、こんな力があってはいけない。
そう思ったからボクは、聖杯を否定し、壊すために、冬木の地を訪れた。
聖杯戦争の参加者は全部で7人。
それぞれがサーヴァントと呼ばれる存在を従えて戦う。
7体のサーヴァントとはそれぞれ、
剣の騎士セイバー
槍の騎士ランサー
弓の騎士アーチャー
騎乗兵ライダー
魔術師キャスター
暗殺者アサシン
狂戦士バーサーカーこれらのクラスに当てはまる英霊が選び出され、呼び出される。
参加する7人のマスターとサーヴァントが最後の1人になった時、聖杯は現れるという。
本当は戦いは本意じゃないけど、歪んだ願いを持つ人とは戦わなくちゃならない。
避けられる戦いは可能な限り避けて、話し合いで引き下がってくれるマスターとはそうする。そう基本方針を決めて、まず聖杯戦争の監督役がいるという教会に言って話を聞いた。今回の聖杯戦争はイレギュラーらしいけど、起こっていることに間違いはない。教会の司祭さんに参加を表明して、今の状況を聞いた。
既に呼び出されているのは、アーチャー、バーサーカー、アサシンの3つらしい。
残る椅子は、4つ。
そしてボクは、その1つを得るために、サーヴァントを召喚した。
昔、お祖母ちゃんが知り合いの魔術師から譲ってもらったっていう、北欧の鎧の装飾具を媒介にして儀式を行う。過去の英霊を呼び出してサーヴァントとして使役するなんて、無茶な話だけど、聖杯はそれを可能にする。ますます、そんなものに歪んだ願いを叶えさせるわけにはいかない。
ボクは強くそう思いながら、召喚を行った。
集めたマナが収束するとそこには、北欧の神話に現れる戦乙女の如き姿をした、神々しい銀髪の少女が立っていた。
「召喚に従い参上しました。――あなたが私のマスターですか?」
儀式の行使で、魔力をどっち持って行かれた虚脱感と、目の前に立つモノの圧倒的な存在感を前に、ボクはしばらく答えを返すことができず、唖然と立ち尽くす。
これが英霊――。
知識としてその存在を理解していても、対峙するとこうまで圧倒されるなんて。
でも、ちょっと、なんていうか・・・・・・かわいい。
いやいやいや、相手はすごい存在なんだってば。
だけど、こんなかわいい娘が英霊だったりするんだ・・・。
女性の英霊というだけなら別に珍しいわけじゃない。神話や伝説に、女神とか女戦士とか、そういうのはいくらでもいる。でも、こうかわいいのは予想外というか。
それでも、凛とした雰囲気は、彼女の気位の高さを感じさせる。
そんな相手に、いつまでも答えを返さずにいるのは失礼だ。
気を持ち直して、ボクは胸を張って、サーヴァントの問いに答える。
「そう。ボクがあなたを呼び出したマスター、芳乃さくらだよ」
「承りました。これよりこの身は、あなたの望みを実現するためにありましょう。契約は成りました、何なりと申し付けください、マスター」
「じゃあ、とりあえず二つ。一つ、ボクの事は名前で呼んでくれないかな? マスター、っていうのはしっくりこなくて。あと、喋り方もなるべくくだけた感じでいいよ」
「わかりました。それでは、さくらと呼ばせていただきます」
少し堅苦しさは抜けたけど、敬語は変わらない。これが彼女の地みたいだから、これに関してはこれ以上は言わないことにする。
「それともう一つは・・・ちょっと言いにくいんだけど・・・」
「はい」
「ボクは、聖杯に願いを叶えてもらう気はないんだ。ボクの望みは、聖杯っていう大きな力が、歪んだ願いを叶えてしまうことで起こりうる悲劇を防ぎたい・・・そのために聖杯の存在を否定する・・・ていうことなんだけど。やっぱり、そういうのはだめかな。でもボクは他の考え方はできないし、そういう場合は令呪を使うしかないのかな? あまり無駄遣いはしたくないけど、でもこれは、ボクの譲れない一線だから、出し惜しみはしないよ」
「・・・くすっ」
ちょっとだけ、彼女が笑みを浮かべる。
あまり笑わない雰囲気があるだけに、その仕草にドキッとさせられて、顔が赤くなった。
すぐに真面目な顔に戻って、彼女はボクに告げる。
「あなたの望みは理解しました。異を唱えるつもりはありません」
「いいの?」
「私自身にも、聖杯に願うべきことはありません。ただ、あなたが望むことのために戦う、それだけです」
「Thank you・・・えっと・・・・・・あー、ごめん。まだあなたの名前もクラスも聞いてなかった」
「私のクラスはライダーです。真名も、この場で告げてよろしいですか?」
真名は英霊にとって非常に重要なものだ。
特に有名な英霊ほど、真名を知ることでその特性や弱点を知ることができる。
それを上手く隠しつつ、いざという時には切り札を使わせるよう戦略を立てるのはマスターの役目だ。そうした駆け引きを敵のマスターとする自信があるかどうか、ライダーはボクにそれを聞いている。あとは、暗示とかにかかって真名を明かしてしまう可能性もないとは言えない。
そうしたことをひっくるめてボクは考える。
暗示とかの方は大丈夫。そういうのに対する耐性は身につけてる。戦略の方は、若干自信はないけど、細かい部分は任せるにしても、知っておいて損はないはずだった。
「うん、教えて」
見た目の雰囲気と、触媒にしたものから、北欧神話に関係する英霊だと予想する。
「私の真名は、フレイヤです」
――しばーらく、固まってしまう。
そりゃあ、圧倒されもするよね。
並の英霊じゃないとは思ってたけど、本物の神様、北欧神話最高の女神フレイヤとは、ボクはまたとんでもないモノを呼び出してしまったらしい。
「にゃはは・・・なんか、ボクなんかが従えてていいものか、疑問を思っちゃうね」
「何を言っているのです。私は私に相応しくないマスターの召喚に応じたりはしません。あなたは私を使役するに足るマスターです。自信を持ってください、さくら」
プライドの高そうな人なのに、ボクを認めてくれるという。
それはもう照れくさいやら、誇らしいやら。とりあえず、また赤面しそうになる気持ちを抑えるために話題を変える。
「えっとその、フレイヤ神でライダーってことは、やっぱり宝具は、猫が引く車?」
「はい。厳密には、私の宝具の特性は少し違いますが、それはいずれ実際にお見せする時が来るでしょう。ただし、全開で放てばA++のランクに該当する威力の宝具です。使用には充分注意してください」
「A++か・・・うん、わかった。気をつける」
それはもう、魔法の域にある威力だ。さすがは女神、宝具も半端じゃない。
使いどころを誤れば、周りに多大な被害を招く恐れがあるし、使用する魔力も半端じゃないだろうから乱発はできない。本当に、とっておきの切り札ってやつだね。
「他に質問はありますか?」
「ううん、今はとりあえずここまででいいや。今夜はさすがに・・・ふわぁ~・・・・・・もう眠いや」
召喚の儀式で魔力をたっぷり持っていかれたせいだろう。さっきからすごく眠い。
必要最低限のことは話せたし、今日はこれくらいでいいだろう。
今後の細かい方針は、追々話し合っていけばいい。
「ではさくら、最後に一つだけ、私の方から確認させてください」
「ん、何?」
「私の今後の行動に関して、何か制限を設けることはありませんか? 私は基本的に、あなたの望みに沿う範囲で自由に行動させてもらうつもりです。束縛されるのは好きではありませんので、できればあまり多くの制限は設けてほしくありませんが、予め確認しておかなければ、マスターの意向に反する可能性がありますので」
ちょっとだけ、目が覚めた。
堅苦しくて真面目な人、ていうのが第一印象だったんだけど、今の言い回しを聞く限り、結構奔放な性格をしているみたい。何となくうろ覚えの北欧神話を思い返すと、確かに女神フレイヤは愛と豊饒の女神と言うわりには自由奔放な性格をしていたかもしれない。
だとすると、釘を刺すところはきっちりしておかないと、とんでもないことをしでかすかもしれない。
「とりあえず、人に迷惑をかけないこと、かな。人を殺すのは当然だめだし、物を壊したりとか、そういった類のことはしないで」
「それは、戦闘においても、ですか?」
「できれば、誰かを殺すようなことは避けたい。戦いになったら、少しくらい周りの物を壊すのも仕方ないけど、被害は最小限にとどめるようにする」
「わかりました」
ライダーはそれで納得がいったみたいだった。
まぁ、あまり無茶はしないだろう、と思いたい。
「じゃあ、ボクはホテルの部屋に戻って寝るね。ライダーはどうする?」
「少し周囲を見回ります。近場の地形くらいは把握しておかないと、不測の事態に対処できませんから」
「わかった。それじゃ、おやすみ、ライダー」
「おやすみなさい、さくら。良い夢を」
その夜、夢を見た。
綺麗な城と、それを取り巻く景色。そして、白い花で覆われた美しい丘。
まさに、神話に語られる理想郷そのもの。
それでわかった。
ああ、これはライダーの心象風景だ。
北欧の伝説で、神々が住まう地、バルハラ。
多くの神々が歌い、踊り、笑いあっている光景は、とても楽しげで、そこは本当に、天国のようだった。
やがて、その全てが、血と炎の赤に染まる。
神々の黄昏、北欧における神話の時代の終焉。
真紅に染まったあの白い丘で、彼女は一人、立ち尽くしていた。
――7月31日
「・・・・・・・・・」
昨夜召喚を行った時よりも、ライダーの存在を強く感じる。
マスターとサーヴァントの間に繋がるパスが、しっかり繋がったみたいだった。
だからだろう、あんな夢を見たのは。
何だか他人の夢を勝手に覗いたみたいで、ちょっと悪い気になる。
あ、他人の夢を見るって言えば、お兄ちゃん、元気かな?
って、いけないいけない。ここでお兄ちゃんのことなんか考えてたら弱気になる。ボクには、やるべきことがあるんだから、しっかりしなくちゃ。
「よしっ!」
目を覚まして、ベッドから出る。
部屋の中にライダーの姿はなかった。
『ライダー、いる?』
『おはようございます、さくら』
『うん、おはよう』
意識が繋がっているから、離れていてもある程度会話ができるかと思って試してみたが、思った以上にはっきりと互いの意志を伝え合えた。
これは逆に、少し気をつけないとさっきの夢みたいに簡単に互いの内面を覗けてしまうかもしれない。注意しないと。まだ一日目だけど、既に互いに信頼してる間柄になれているとは思うけど、それでもどうしても覗かれたくない心情っていうのもある。
『今どこ?』
『屋上です。昨夜は夜景が気に入りましたし、ここならどこから敵が来ても即座に対応できますから。そちらに向かいますか?』
『あ、ううん、今はいいや。朝ごはん食べたら出かけるから、その時になったら呼ぶね』
『わかりました。それとさくら』
『うにゃ?』
『もう陽は真上にある時間です』
慌てて時計に目をやる。
ちょうど12時をまわったところだった。
魔力を消耗してたとはいえ、こりゃまた随分とお寝坊さんをしてしまったらしい。
訂正、ブレックファーストじゃなくて、ブランチを食べてから出かけることにしよう。
ホテルをチェックアウトして、半日かけて新都の方を一通り見て回る。
もう少し細かく地形を把握した方がいいかもしれないけど、時間もない。何せ今夜の寝床も確保しなくちゃならない。一応今日までは適当なホテルで過ごしてたけど、ずっとホテルのままじゃお金の問題もあるし、何より万が一戦闘になったら大勢の人を巻き込みかねない。その辺りの条件をうまくクリアできる場所を探さないとね。
「といっても、難しいか。まずったなぁ、最初にやっておけばよかった」
うっかりしてた。
たぶん、こっちの新都じゃ適当なところは見付かりそうにないから、探すなら隣町の方かな。
はぁ・・・今夜はそれで徹夜に近いことになりそうだよ・・・。
もう大分夜は更けて、人通りも全然ない。
普段は人で溢れかえってる都会が静まり返ると、ちょっと不気味。
ましてや、こんなにも静かだと――。
『さくら、伏せてください』
「え――?」
言われるままに身を沈めると、頭上を何かすごいものが音を立てて通過した。
視線だけを上げて見ると、霊体化していたライダーが実体化して、手にした長大な突撃槍を後ろに向かって薙ぎ払っていた。
手応えらしきものはなかったけど、何か今一瞬、感じたような・・・。
「ライダー、なに!?」
「敵のようです」
淡々として口調でライダーはとんでもないことを言う。
こんな街中で・・・と言っても周りに人気は一切ない。それに、今ボクが渦中にいるのは、小規模とは言え戦争と銘打たれるものなんだ。少し考えが甘かったみたい。反省。
気を取り直して身構えるけど、敵らしい気配はどこにもない。
それが唐突に、頭上から殺気と共に現れた。
ギンッ!
見えない襲撃者の攻撃を、ライダーの突撃槍が防ぐ。
すぐに気配は遠ざかり、闇に溶け込むようにして消滅する。
「どうなってるの・・・全然気配を察知できない・・・」
「闇に紛れての奇襲。攻撃の瞬間まで気配を感じさせない特性。加えてこの敏捷性」
「――アサシンのサーヴァント!」
たとえ奇襲だったとしても、並の人間じゃサーヴァントであるライダーに肉薄することすらできない。
けどこの相手は、ライダーに一撃を放って、しかも反撃する間も与えずに後退している。そんな芸当ができるのは、同じサーヴァント以外には考えられない。特性から考えて、答えは一つだった。
「ご名答。そういうそちらはランサー・・・のように見えるが、先ほど呼んでいたのを聞く限り、ライダーか」
いけない。咄嗟に声を上げたのは失策だったかな。クラスくらいはすぐに割れるものだろうけど、安易に明かすべきことでもない。
2つ目だね・・・まだまだ心構えが足りないや。
「宣戦布告も無しに仕掛けてくるとは、アサシンの名に相応しく姑息ですね」
「これは無礼をした」
消えた時と同じように、闇から溶け出るようにしてアサシンと思しきサーヴァントが姿を現す。
そう、間違いない、あれはサーヴァントだ。ライダーほどじゃないけど、感じる存在感は人間のそれとは比べるべくもない。
だけど、何か、おかしい。
「何者ですか、あなたは?」
ライダーも同じ違和感を感じたらしい。
目の前に立つサーヴァントは、アサシンという印象からはかけ離れている。まるで、時代劇に出てくる侍のような姿。顔だけは、白狐のお面で隠しているけど。
「アサシンのサーヴァントというのは、特定の英霊のみから選ばれるものである、という知識がありましたが」
「そのようだ。だが元々この聖杯戦争には奇怪な点が多々あるという。本来の理から外れたサーヴァントが呼び出されることもあろう」
「なるほど、そうですか。どちらでも構いませんが。あなたの正体になど興味はありませんし。この場で即座に消えていただきましょう」
「おや、嫌われたものだな」
「顔を見せない男は嫌いです」
爆風を立てるほどの勢いで、ライダーがアサシンに向かって踏み込んだ。
あとがきタイガー道場!
タイガー 「プロローグ的位置付けの一夜・裏ってところね。もう一人の主人公さくらちゃんとライダーの始まり編」
ブルマ 「チビサクラのライダーは北欧神話の女神フレイヤ、英霊というよりはむしろ神霊の類ね。名前くらいはみんな知ってるはずよ」
タイガー 「でも神様ってことは実在の人物じゃないのよね? そういうのも呼び出せちゃうの?」
ブルマ 「師匠、神話や伝説の大半にはモチーフとなったものが必ずあるものッス。そして英霊を生み出すのは人々の信心。つまり、それっぽい存在を人々の信心が生み出した物語で飾り立てれば、それは立派な英霊なのよ。聖杯は、その実在・架空を問わず、古今東西あらゆる英霊を呼び出すことができるんだから」
タイガー 「なるほど。じゃあ、もう一人登場したアサシンはどうなのかな?」
ブルマ 「アサシンで侍、でも小次郎じゃないわ。こっちに関してはちゃんと実在の人物よ。ちゃんとアサシンとしての要素も持ってるし、またまた明かされるまで考えてみることね」
タイガー 「今回は以上!」
ブルマ 「また次回!」