Fate/夏の雪

 

 

 

 

一夜 3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突き出される槍は文字通りの神速!

サーヴァントという、人間の規格を遥かに外れた存在の中にあってさえ、その速度は尚群を抜いていよう。

ましてや、人間如きがそれをかわせる道理などない。

だが――!

 

ギィンッ!

 

左手の剣で槍の軌道を逸らし、受け流す。

まさか魔術師とはいえ、人間相手にかわされるとは思わなかったのだろう、一瞬青い騎士の顔に驚嘆の色が浮かぶ。

だがそこは幾多の戦場を駆け抜けてきた英雄。息もつかせず手元に引き寄せた槍を再び突き出してくる。

今度は右手の剣で弾いた。

さらに三度、四度、繰り出される突きの速度は上がっていく。

わかってはいても、実際前にするとさらにはっきりとその凄まじさを感じ取れる。

この槍捌きの冴え、間違いない。

今回の聖杯戦争においても、この騎士のクラスはランサーだ。

さっきのもう1体のサーヴァントが何であるかは知らないが、これほどの槍技、この男がやはりランサー以外の存在であろうはずがない。

 

キンッ!

 

単調な連突から、一瞬の緩急をつけた動きで右の剣を巻き取られる。

片一方の剣のみで防ぎきれるものではない。左の剣で一度受けた後、次はかわせまいと必殺の突きが繰り出される。

それを、新たに投影した剣で弾く。

やはり、8年磨き続けた技でも、この男の神技には遠く及ばず。

されどこちらには、無限の剣がある。

幾度弾かれても、何度でも新たな剣で弾き返す!

 

ガキィッ!!

 

百度を超えて打ち合い、数十度剣を弾かれたところで、ランサーが一度引く。

さすがに、何度弾き飛ばしても現れる剣に困惑したか。

 

「妙な魔術を使いやがる。その上、この俺と互角に打ち合うとはな」

「互角と評してくれるのは光栄だな。こちらは全力で行って凌ぐのがやっとだったぞ 。しかも、そちらはまだまだ本気には程遠いだろう」

「人間の魔術師がサーヴァントの攻撃を凌ぐだけで充分化け物じみてやがるだろ。てめぇがこのまま行けば、いずれ神代の英雄に勝るとも劣らない野郎になるかもしれないが・・・」

 

空気の質が変わる。

槍を構えたランサーの周囲に、禍々しい魔力が集まっていく。

来るか!

 

「殺すに惜しい奴だが、俺の戦いに水を差した己の愚かさを呪いな」

 

ランサーの宝具が力を増す。

さっきは、あれの性質を知らずにかわすは不可能に近いなどと言ったが、知っていたところで易々と対処できるものではない。

それに今は距離が悪い。

ロングレンジならば抗する一手がないではないが、この距離ではあの槍の必中性を超える因果は生み出せん。

ゆえに、奴の言葉が終わらない内に両手の剣を投げつける。

当然、狙いもつけずに投げた剣は容易くかわされる。だがそこで生まれた一瞬の隙の内に、大きく後退するべく、地面を蹴ろうと力を込めた時――。

 

「待ったーーーーーーっ!!!」

 

響き渡る第三者の声。

真横の路地から、一人の少女が姿を現す。

肩に少し届かないくらいで、顔の両側だけ長くした黒髪に、左右で色の違うオッドアイ。活発そうな印象のする美少女だった。そしてその右手に見える、赤い紋章。 間違いなくあれは、サーヴァントに対する3つの絶対命令権を持つ刻印、令呪。推察するに、あれはランサーのマスターか。

不覚だな。戦いに気を取られていたとはいえ、第三者の接近にまったく気付かないとは。

おそらくランサーは逸早く気付いていたのだろう。予測していたよりも宝具を出してくるのが早いと思ったが、マスターがやってくる前に決着をつけようと思ったためか。

 

「チッ、下がってなマスター。とりあえずこいつを片付けちまうからよ」

「だから、そういうのちょっと待ったってば!」

 

殺気立ったこの空間に介入しながら、ほとんど物怖じしていない。見たところ魔術師らしい雰囲気はないが、なかなか度胸のある少女だった。

 

「あのさ、悪いんだけど私、今の状況とか全っ然わかんないんだよね。マスターとかサーヴァントとか言われても、さっぱりだし、できれば説明がほしかったりするわけなのですよ」

 

どうやらランサーのマスターらしい少女は、困惑はしているが混乱はしていない。

冷静に現状を受け止めて、それに対処しようとしている。その上、殺し合いの現場に立ち会いながら萎縮せず、逆に割って入ってくるほどに度胸も据わっている。

さっきの事態と合わせて考えると、彼女は偶発的にランサーを召喚してマスターになったようだが、まったく、8年前の自分よりよほどしっかりしている。

槍を構えたランサーの表情は変わらず、その内面は窺い知れないが、彼女は彼が好むタイプの人間ではなかろうか。

 

「なぁランサー、提案があるのだが、今日のところは互いに引くとしないか?」

「てめぇを見逃せってのか?」

「そちらも何も知らないマスターを連れては戦いにくいだろう。それに下手をしたら、そのマスターは令呪を使ってまでおまえを止めるかもしれないぞ? そうなっては得なことはなく、ただ損をするだけだ」

「俺をランサーと知り、令呪のことまで知ってやがるとはな。てめぇもマスターか?」

「さて、どうかな? その可能性は否定できんかもしれんぞ」

「ふんっ、食えねぇ野郎だ。いいぜ、今日のところは引いてやる。そのまま尻尾を巻いて逃げるならよし、もしマスターとしてもう一度俺の前に現れたら、その時は容赦しねぇ」

「わかった」

 

これでとりあえず、この場は凌いだか。

生き延びる算段がなかったわけではないが、正直ぎりぎりの賭けだったように思う。ランサーのマスターには、一先ず感謝だな。

 

「待ちな。てめぇ、名は?」

「・・・衛宮士郎」

「エミヤシロウ・・・・・・不思議とどっかで聞いたことのあるような響きだな。まぁいい、とっとと消えな」

「そうさせてもらおう」

 

数歩後退し、横の路地に駆け込む。

 

 

 

そのまま走り続けること十数分――橋を越えたところでようやく足を止める。

追手はない。元よりランサーは、一度言った言葉を曲げるような男ではないが、用心に越したことはない。

ここまで来れば安心だろう。

公園の方へ向かって階段を降りながら、今日の事態を頭の中で整理する。

新都で感じたサーヴァント召喚の魔力は、おそらくあの少女がランサーを呼び出したものだ。そして、そのランサーともう1体のサーヴァントが戦っていた。もう1体のサーヴァントのクラスはわからず、マスターの正体もわからない。

だがそもそも、あの少女が偶然サーヴァントを呼び出したのだとしたら、何かそうなる原因があったはずだ。となると、その原因を作ったのはあの緑の戦乙女だった可能性が高い。まだ断定するのは早計だが、あのサーヴァントのマスターは目撃者を消そうとするタイプの魔術師なのかもしれない。

実際、目撃者となったがゆえに一度殺された人間がここにいるのだ、そういう事態が起こっていたというのは充分に考えられる。

だとすると、あのサーヴァントとそのマスターにはひとまず注意を払っておいた方が良さそうだな。

 

「・・・・・・・・・」

 

遠目に見ただけだが、あの戦乙女のサーヴァントは、清廉潔白とした雰囲気をまとっていた。輝かしいその姿は、英霊そのもので、非道な行いをするような存在には見えなかった。

とはいえ、マスターがどんな人間かわからない以上、それを判断することはできないか。

そうだ、とにかくまずは、マスターを突き止めて・・・・・・。

 

「――ッ!!」

 

殺気に反応して、体が咄嗟に回避行動を取る。

投影する間もなく、とにかく地面に転がって攻撃をやり過ごす。

何て愚かな!

橋を渡りきれば自分の領域だから安全だなどと油断したか。

こちら側に敵がいないなどと、誰が言った!?

 

「ぐっ・・・!」

 

起き上がりなら両手に剣を投影する。

完全に迫る圧迫感。

突撃槍の先端が、凄まじい勢いで突き出されてきた。

ランサーの突きが疾風なら、これは轟風とでも言うべきか。とても受けることも弾くこともできたものではない。

体を大きく横に傾けてかわし、その反動を利用して距離を取る。

相手は、新都でランサーと戦っていたあの緑の戦乙女だった。

なるほど、こんな突撃をまともに受けては堪らない。あのランサーが攻めあぐねていたのも頷ける威力だった。

これはまた、とんでもないサーヴァントだな。

この魔力・・・かの騎士王すらも凌ぐか?

だとしたらこれは、既に人の領域にある者ではなく、神として祀られる存在そのものか。

全力で立ち向かわねば、やられる。

しかし・・・・・・。

美しい、というよりは、愛らしい。

少女の風貌をしたそのサーヴァントは、“彼女”と似ているわけではないのだが、それを思い出させるほどに、英霊らしからぬほどに、可憐だった。

 

「そこまででいいよ」

 

制止の声は、戦乙女の背後、公園の階段を上がった先から響いた。

これもまた、鈴を転がすような、可憐な少女の声だった。

 

「どう? ライダー」

「見立て通りみたいです」

 

戦乙女が、突撃槍を引く。

完全に殺気が消えたので、俺も構えを解いた。

そして、少女のマスターと、少女のサーヴァントの姿に見入る。

マスターの少女は、二ヶ所を大きなリボンで括った長い金髪に蒼い瞳をしており、背はイリヤよりも少し高いくらいだった。サーヴァントの少女は、長い銀髪を先の方で一つ括っており、背は高くもなく低くもない程度で、その姿に一部の無駄もないように感じられた。

揃いも揃って、見た目は可憐なのに、どちらも怪物じみた魔力を持っている。

金の髪の少女は、数歩進み出て、その蒼い瞳で真っ直ぐ俺を見据える。

 

「はじめまして、魔術師さん。ボクは芳乃さくら。聖杯戦争に参加する7人のマスターの1人だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――interlude―――

 

 

 

「つまり要約すると・・・願いを叶える聖杯っていうのがあって、7人のマスターとサーヴァントでそれを戦って奪い合うと、そういうこと?」

「そういうことだ。おまえは偶然マスターになった口みたいだが、なっちまった以上は仕方ねぇ、どうするか決めなきゃならねぇぞ」

 

私は考え込む。頭の中で改めて得た情報を整理する。

目の前にいる男の人は、自分のことをランサーと言った。サーヴァントには7つの役割、クラスが与えられる。これは、彼らみたいなものすごい存在を呼び出すための制約らしい。そして、彼はその7つのクラスの内の一つ、槍兵ランサー。

で、私が彼のマスター、と。

マスターは魔術師がなるのが基本らしいけど、たまにそうでない普通の人間がマスターになるケースもあるらしい。私みたいに。ただ私は、ランサーに言わせれば一般人にしては珍しくなかなかの魔力を持っているらしく、マスターとしては申し分ないとのこと。

だから、あとは私の決定次第。

その聖杯戦争っていうのに参加するなら、ランサーと一緒に戦う。参加しないなら、教会に行けばマスター権を破棄することはできるそうだ。

 

「もし私がマスター権を放棄したとしたら、あなたはどうするの?」

「そうだな。契約が切れても少しだけならこっちに留まれるし、その間に別のマスターを探すか、それが無理そうなら残った魔力で適当に一戦やらかして消えるか」

「消えるか、ってあっさり言うけど、ランサーは聖杯がほしいんじゃないの?」

「俺はそんなものいらねぇよ。叶えてもらいたい願いなんざねぇからな。俺はただ、こういう舞台で全力で戦いたいだけさ」

 

さばさばした感じで言うランサーを見て、私はこの人がどんな人なのか大体わかった。そしてそれは、結構好感を持てる人となりだった。

 

「戦いたいってことは、殺し合いがしたいわけじゃないのね?」

「あん? 殺し合いならするぜ。戦うってのはそういうことだろ」

「そうだけど、戦うのはサーヴァント同士でしょ? サーヴァントを倒せば勝ちなんだから。つまりマスター、人間を殺す必要はない」

「ま、確かにそうだけどな」

 

ランサーの目が語る。たとえ相手がマスターだろうが、そうじゃない人間だろうが、敵対するならば殺すと。

実際、さっきの人はサーヴァントでもマスターでもなかったみたいだけど、ランサーは殺そうとしてた。

ランサーにとって戦いとは、そういうものなんだ。

 

「ちゃんと答えて。やりたいのは戦いで、殺すことじゃないのね?」

「ああ、ただの殺しに興味はない。マスターが殺せってんなら殺すし、殺すなってなら敵以外は殺さねぇ」

「よし! じゃあ決めた。私はマスターとして聖杯戦争に参加する」

「いいのか?」

「いいの。私は元々、私の知らない世界を見てみたくてあっちこっち歩き回ってるんだし、今の状況はまさに、私が望んでいた神秘を垣間見るチャンスなのですよ!」

「遊び半分でいると痛い目を見るぞ。こっちに殺す気がなくても、相手のマスターはおまえを殺しに来るかもしれないんだしな」

「もちろん、半端な覚悟じゃないわ」

 

当然、甘い考えで首を突っ込めるようなことじゃないのは私にだってわかってる。

ランサーを呼び出す寸前はほんとに殺されるって思ったし、ランサーとあの男の人の戦い――殺し合いの現場だって目撃した。

怖いって気持ちはある。殺し合いなんて、震え上がってしまうようなことだ。だけどそれよりも、私の場合は好奇心が勝っている。

こんな機会、二度とないかもしれない。魔術とか魔法とか、そんな神秘に触れられる機会なんて、一生に一度あるかないか。だったら、これを逃す私じゃないのですよ!

世界の神秘を見ることができるのなら、命の一つや二つ惜しくない。

もちろん、死ぬ気はないけど。

 

「こっちとしちゃ願ったり叶ったりだが、魔術師でもないのにわざわざ参加しようなんざ、よほど叶えたい願いでもあんのか?」

「願い・・・か。確かにあるけど、私としてはむしろ、得られる結果よりも、そこに至るまでの過程が大事と言いますか・・・いきなり私のほしいものを目の前にドーンて置かれても嬉しくないのよね。こう、自分の足で歩いて、自分の目で見て、自分の頭で考えて、そうやって辿り着いた時の達成感とか、そういうのが味わいたいの」

 

我ながら変というか、そのために命も惜しくないなんて怖いもの知らずだな、とは思うけど、こればっかりはやめられない。

真実の探求は、私の生き甲斐だもの。

でも人から見たらやはり変なのか、ランサーは笑っていた。

 

「おかしい・・・かな?」

「くっくっく・・・いや、気に入ったぜマスター。あんたは俺のマスターに相応しい。あんたが俺に最高の戦場を与えてくれると約束するなら、俺はあんたの望むままの槍となることを誓おう」

「あ・・・・・・」

 

ランサーが、私の前に頭を垂れる。

どう見ても私なんかより遥かに位が上の存在が、私が彼に相応しい主である限り私のために戦うと誓ってくれている。

照れくさいやら、恐縮してしまうやらだ。

 

「えっと、その・・・・・・うんっ、よろしく、ランサー」

 

差し出した手をランサーが掴んで立ち上がり、そのまま握手を交わす。

 

「あ、いっけない、私ったらまだ名前を名乗ってなかったのですよ」

「それもそうだな。これから何て呼べばいい、マスター?」

「私、麻弓。麻弓・タイム」

 

 

 

―――interlude out―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


あとがきタイガー道場!

 

タイガー 「士郎強し! されどそれ以上にランサーさん強し! そしてさらにその上をいって新ライダー強し!」

ブルマ 「ウッス、師匠! 今回出てきた面々の力関係は大体そんな感じみたいッス」

タイガー 「で、ランサーさんはご存知あの青いお兄さんなわけだけど、新ライダーはどこの英霊なの?」

ブルマ 「それは次回で明かされるわ。ただ予想は付くかもしれないから、良かったら次回が掲載されるまで考えてみることね」

タイガー 「ふむ、ニアピン賞はたくさん出そうだけど、ズバリ正解を言い当てる人が何人出るか、見物ね。で、新ライダーのマスターはダ・カーポの芳乃さくらちゃん、ランサーさんのマスターはシャッフル!の麻弓・タイムちゃんということまでわかったわね」

ブルマ 「ええ、サクラは・・・って、わたしが言うともう一人のサクラと混乱するわね。今度からわたし達が知るサクラをデカサクラ、芳乃サクラの方をチビサクラって呼ぶことにするわ」

タイガー 「どこの大小かは、あえて問うまい。桜ちゃん、さらに大きくなったものね・・・」

ブルマ 「とにかく、チビサクラは作者のお気に入りキャラのわりに、今までの作品では脇役が多かったから今度こそはということで主役の一人に抜擢したわけね。で、マユミの方はシャッフル!から誰か出そうと思って、一番しっくりくるのを選んだみたいよ。作者自身、シャッフル!で一番萌えなのはシア/キキョウとプリムラ、時点で楓だけど、ある意味一番好きなのは麻弓ってことみたいだしね」

タイガー 「なるほど。そして麻弓ちゃんとランサーさんの間には強い関係が生まれて、これは強敵になりそうね」

ブルマ 「でも師匠、本当に手強いのはチビサクラと新ライダーッス。これはリンとセイバー、わたしとバーサーカーってくらいの組み合わせなんだもの」

タイガー 「ほうほう、つまり最強とな」

ブルマ 「ウッス。そして次回は時間を巻き戻して、チビサクラ&新ライダーの始まり編になるッス!」

タイガー 「士郎が知らない新都での出来事の真相も語られるわけね」