Fate/夏の雪

 

 

 

 

一夜 2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日が暮れた頃、俺はここに立っていた。

視線の先にある建物は、教会だ。

 

あの時と同じように、事の始まりにここへ。

あの時と違い、一人でここへ。

 

真相の究明のため、俺は教会を訪れていた。

これまでは来ることを避けていたが、ここに至っては、やはり一度来る必要があるだろう。教会ならば、今回の件に関して、既に何か掴んでいるかもしれない。

一応、曲りなりにも協会側の人間である自分が教会に頼るのはあれだが、事が聖杯戦争に関わることなら、話は別であろう。

 

ギギィ・・・

 

重苦しい音を立てて扉を開く。

そこで、意外な人物が俺を待っていた。

 

「ようこそ。そろそろ来る頃だと思っていました、衛宮士郎」

「・・・何故おまえがここにいる?」

「おかしいですか? 私は教会に属する人間で、ここは教会です。私がいて何らおかしいことはないはずですが」

 

確かにその通りではある。だが、あまりにタイミングが良すぎるではないか。

聖杯戦争が始まろうとしている、この事態を前に、この女がここにいるのが偶然とは到底思えない。

 

「仕組んだな。随分とお偉い立場になったものだな、カレン・オルテンシア」

「どうも。お褒めに預かり光栄です」

 

この女はカレン。

前の聖杯戦争が終わった後、しばらくして教会からこの地を管理・調査する目的で派遣されてきた司祭代行。

一年そこそここの地に留まり、その間に遠坂や桜も交えて色々とあった間柄で、向こうに渡った後も何故か事件に際して顔を合わせることの多かった相手だ。まぁ、ヨーロッパの方は協会も教会も本拠地がある場所だったからな。だが、この極東の地で偶然会うことなど滅多に起こりえない。間違いなく、逸早く今回の事態を察知し、自分がその調査に送り込まれるように仕組んだのだろう。

元々はその異能ゆえ、一介の修道女としてではなく、悪魔祓いの一兵装として扱われていた者がどんな経緯でそれだけのことができる立場にまでなったのかは知る由もないし、興味もない。

そうだ、教会に誰がいようと関係ない。

今興味があるのは、教会がどの程度今の状況について掴んでいるのか、という情報だけだ。それさえ聞き出せればこんな場所に長居は無用だった。

 

「まぁいい。単刀直入に言おう。俺が求めているのは情報だ。当然、既にある程度何か掴んではいるのだろう」

「ええ、ご推察の通りです。ですが、知りうる情報はあなたとそう大差ないはずです」

「それでも構わん。辻褄合わせくらいにはなる」

「では・・・。一月ほど前のことです。この地で教会の代行者が一人、殺されました。死体を検分した結果、凶器は刃渡り60cm以上の鋭利な刃物で、正面からの一撃で致命傷となっていました。戦闘に特化した教会の代行者が、抵抗する間もなく正面から斬り殺された・・・これだけで充分異常です。本来私の管轄範囲外の出来事でしたが、場所がこの冬木の地であっただけに、上層部と掛け合って私を派遣してもらえるようにしました」

 

刃渡り60cm以上か・・・それはもうただの凶器とは言えないな。剣か刀か、傷口を実際この目で見てみないと判断はつかないが、現代社会で堂々と持ち歩くような代物ではない。加えて教会の代行者を正面から、武器を抜く間もなく一撃で倒したとなると、下手人は並の相手ではなかろう。現在の状況と照らし合わせると、おそらくそれは・・・・・・。

 

「それで、実際この地に来て調べた結果は?」

「あなたも察している通り、聖杯の存在が確認されました。原因や所在は、いまだ不明です」

 

教会の調査でも、聖杯が現れようとしているのは間違いないようだ。これで裏付けが取れたな。

どうしてかは知らないが、この地の聖杯システムはまだ生きている。それが自然になのか人為的になのかは不明だが発動し、聖杯戦争が起ころうとしている。

最初に得た確信の通りだ。

 

「教会はどうするつもりなんだ?」

「この地に関して、教会の取る方針は一貫して変わりません。聖杯戦争が起こるのなら、その監督役を務めるまでです。既に一部、サーヴァントの召喚も行われています」

「そうか」

 

事前に止められれば、それがベストだったのだが、既にサーヴァントが召喚され始めているとなると、それは無理ということだった。

聖杯戦争は起こる。

いや、もう始まっているのだ。

ならば、やることは決まっている。

 

「私からも一つ、質問をしてもいいですか?」

「構わんが、何だ?」

「あなたは、どうするつもりなのですか?」

「愚問だな。俺がどうするかなど、聞くまでもないことだろう」

 

俺は衛宮士郎だ。誰かが犠牲になるかもしれない戦いがすぐ近くで起ころうとしているのに、黙って見ているなどできるはずもない。

 

「では何故あなたは、ここを訪れたのです?」

「情報を得るためだと最初に言ったろう」

「それはおかしいです。あなたは既に聖杯戦争が起こっていることを知っていた。ここへ来て得られる情報など、たかが知れています。わざわざ、あなたにとって不快な思い出のあるこの場所を訪れる必要はなかったはずです」

「それは・・・」

 

確証がほしかったから。

いや待て。そんなのはただの言い訳だ。そんなものがなくても、俺は既に聖杯戦争が起こっていることを確信していたはずだ。

なのに何故、わざわざ教会を訪れる必要があった?

聖杯戦争を始めるなら、まず監督役のいる教会に目をつけるのは当然だ。

だが、それでは――。

 

「質問を変えましょう。もっとはっきりとお聞きします。あなたはこの事態を収めようとするでしょう。それは、聖杯戦争とは関係ない、ただの正義の味方の魔術師として? それとも――」

 

 

――聖杯戦争に参加する、一人のマスターとして?

 

 

ガンと、ハンマーで頭を殴られたような衝撃が走った。

そうだ、聖杯戦争が始まるから教会を訪れるというのは、マスターとしてそれに参加することを表明するということだ。

そんなものはただ教会が勝手に定めたルールで、前回においても守っていたマスターなどまったくいなかった。

だが、衛宮士郎の第5次聖杯戦争は、ここを訪れたところから始まった。

ゆえにここを訪れるということは、聖杯戦争に参加するということだ。

 

「あなたはかつてのあなたではない。今のあなたならば、マスターにならなくても、他のマスターを打倒するだけの能力がある。あえてあなた自身がマスターとして参加する必要はない」

「・・・ああ、そうだろうな」

「それでもマスターになろうとするのは、聖杯戦争を止めるためではない」

 

その先を、言わせてはならない。

それは、耐え難い矛盾を生み出す禁忌だ。

けれど俺の体は動かず、カレンはそれを口にする。

 

「衛宮士郎には、聖杯によって叶えたい願いがある」

 

ああ、その通りだ。

俺には、助けたい人がいる。

明日にもその命の灯火を消してしまうかもしれない人を助けたい。

だけどその手段はなく――

――そこには、その願いを叶える力がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

「一人の魔術師として聖杯戦争に介入するのなら、どうぞご自由に。もしマスターとして参加するのでしたら、サーヴァントを召喚した後に知らせてください」

 

カレンの言葉を背中に受けながら教会を出る。

気分は最悪。

元々場所が悪い上に、己の内面にある致命的な矛盾に気付かされては、暗鬱とした気分になるのも仕方ないというものだ。

そんな言い訳すら逃げだな。

気付かされた?

馬鹿な。最初から気付いていたはずだ。聖杯戦争の気配を感じた時から、心の片隅に生まれた、許容できない願いの存在に。

イリヤを助けたい。聖杯があれば、それが可能かもしれない。

けれど、正義の味方になると、誰かの力になるために戦うと決めた衛宮士郎が、自分一人の願いのために戦うことが許されるのか。ましてや、聖杯が叶える願いは犠牲の上に成り立つものだ。

俺個人が持つ願望が、俺が抱く理想に矛盾する。

 

「いや、何を迷う。マスターになった方がより深く聖杯戦争に関われる。その方が、戦いを止めるのにもより確実な方法なはずだ」

 

それは、ただの逃げ口上だ。

たとえそれが事実だとしても、そこに願いを求める気持ちがないとどうして言えよう。

だが、それならどうする?

助けられるかもしれないのに、イリヤを見捨てるのか?

そんなことが、俺に出来るのか?

 

「情けない・・・! 決断の一つも満足にできんとは・・・俺はあの頃から少しも成長していないというのか!」

 

まずは決めろ。

聖杯戦争に参加するのか否か。

最終的にどうするべきかは、それから決めればいい。

 

「!!」

 

今、一瞬凄まじい魔力を感知した。

これは・・・まさか、サーヴァントの召喚!?

正規の魔術師なら、召喚の瞬間を察知されるような真似はするまい。だが俺がそうだったように、偶発的にサーヴァントを呼び出すような事態なことがあれば、その瞬間には膨大な量の魔力を放出する可能性はある。

場所は、新都の方か!

 

ダッ!

 

魔力を感じた方角へ向かって走り出す。だが正確な場所まではわからない。どこか、辺り一帯を見渡せる場所は――?

センタービルでは時間がかかりすぎる。ある程度場所は絞り込めているのだから、そこに近くて一番見晴らしの良い場所を探す。

あれだ!

目をつけたビルを目指して加速する。

一気に屋上まで跳ぶのは無理か。まずは横にある低い建物に向かって跳ぶ。

屋根の上に着地する前に、目の前のビルに向かって投影した剣を投げつける。

着地点から屋上までの間に2箇所、等間隔で突き立てた剣を踏み台にして跳躍し、屋上へと上がった。

続いて眼球に強化の魔術をかけ、素早く周囲を見渡す。

夜遅いこともあって、一般人の姿はほとんど見えない。ゆえに、すぐにその存在を見つけることができた。いやむしろ、人がいたら尚更にその異常な存在にすぐ気付いただろう。それほどまでに、この世界にあってその存在は異質。間違いない。サーヴァントだ。

しかも・・・・・・2体!

既に戦闘が始まっている。

周囲数百メートルに他の人影はない。それを知ってか知らずか、2体のサーヴァントは激しく打ち合っている。

手にする得物は、双方共に長柄。

流れるような銀髪に、白い羽飾りのついた緑の鎧をまとった女のサーヴァントが持つのは、突撃槍だ。長大なそれを自在に操って、繰り出される相手の攻撃を捌いている。

対するは青い鎧の男。野生の獣を感じさせるサーヴァントが持つのは穂先までも真紅に染め上げられた槍――。

 

「な・・・!」

 

驚愕は一瞬。

けれど、思わず声を漏らさずにはいられなかった。

別におかしなことではない。前例があるのだから、“同じ英霊が複数回呼び出され”ても不思議はない。

それでも感じ入るものは大きい。何しろ、一度殺された相手だ。

どちらのサーヴァントも槍を武器としているため、どっちが今回のランサーかはわからないが、少なくともあの青い騎士は、8年前の聖杯戦争においてランサーのクラスにあった者だ。

青い騎士の技は、やはり見事だ。文字通り肌で感じたことのあるあれはまさに神技。

だがしかし、それを凌ぐ緑の戦乙女も凄まじい。

よく見れば少女のような風貌で、少し“彼女”を思い起こさせる。その一見華奢な身が、相手のものより長大な突撃槍を巧みに操り、青い騎士の猛攻を防いでいる。

防いでいるどころか、少しでも油断すれば驚異的な突撃が繰り出されるだろう。

それがわかっているからか、青い騎士も深くは攻め込めずにいた。

8年前に何度も見たものだが、やはりサーヴァント同士の戦いは驚嘆すべき神秘だ。神技と神技のぶつかり合い、現代に蘇る伝説。

思わず見惚れさせられる。

と、両者の動きが止んだ。

そのままでは決め手にかけると判断したか、どちらも引いたまま動かない。何か言葉を交わしているようにも見えるが、生憎目はいいが耳まではあれだけ遠くの声を聞き取れるほどにはよくない。

やがて、青い騎士の構えが変わった。

それを、俺は知っている。

 

「チィッ!」

 

即座に投影を開始する。

奴にあれを撃たせるわけにはいかない。あれは、その性質を知らずに回避できるのは世界中を探してもごく僅かという代物だ。

まだ、俺自身の方針は決まらぬままだが、あのサーヴァント達のマスターがどういう者達なのかを知らない内に、片方が片方を殺すような事態にはなってほしくない。

だからこの場は、止める。

左手には弓、右手には矢の代わりとなる剣をそれぞれ投影する。

倒すわけではなく、戦いを止めるだけのため、込める魔力は多くなくていい。

矢を番え、狙うは両者の中間点。

 

「偽・螺旋剣(カラドボルグ)!」

 

放たれた矢は、青い騎士が槍を放つよりも早く着弾し、同時に爆発することで戦いに水を差す。

あの状況では、両者ともダメージは負わないまでも、これ以上の戦闘はできないだろう。

実際、青い騎士の周囲に集まっていた禍々しい魔力は四散していた。

代わりに、殺気の矛先が変わる。

こちらに気付いたか。

いや、そもそも、気付かせるように撃った。

奴の注意をこちらに引き寄せるため、もう一方のサーヴァントからは気付かれない角度を狙った。

青い騎士だけを、こちらに誘うために。

 

「さて、次の一手が大変だ」

 

ビルの屋上から飛び降り、下の道路上に着地する。

その時には既に、眼前には奴が立っていた。

 

「おもしれぇ真似してくれるじゃねぇか、てめぇ」

「それは失礼した。ああいうのを見過ごせない性分なんでね」

 

今この瞬間だけは、聖杯戦争のことも、心を迷わせる理想も願望も頭の中から消え去った。

投影した二刀一対の剣を手に、心が昂揚する。

自分は今、サーヴァントと相対している。かつては成す術もなく心臓を貫かれた、あの男と対峙している。だというのに、恐れはない。

ただ、今の自分がどこまで彼らと戦えるのかを夢想し、昂ぶる。

 

「見たところサーヴァントじゃねぇな。何者だ、てめぇ?」

「ただの魔術師さ、今のところはな」

「ハッ、それがサーヴァントとやりあおうとは、無謀を通り越してて笑えるな」

「お喋りは本分ではないだろう。無謀かどうか、試してみたらどうだ?」

「よく言った魔術師。その愚かさに免じて、全力で潰してやろうッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


あとがきタイガー道場!

 

ブルマ 「・・・ぜぇ・・・ぜぇ・・・・・・なによ、もう次の回?」

タイガー 「はぁ・・・はぁ・・・・・・思ったより、早かったわね」

ブルマ 「じゃあ気を取り直して・・・・・・師匠! 第2回ッス!」

タイガー 「うむ。して、今日は何を話す、弟子よ?」

ブルマ 「本来このコーナーは、途中に選択肢でバッドエンドを用意して、そこでやる予定だったこととか?」

タイガー 「ほほう。で、どうしてそれはボツになったの?」

ブルマ 「めんどくさかったかららしいッス」

タイガー 「・・・それであとがきコーナーとは、安易な・・・」

ブルマ 「何となくどっかに入れたかったみたいね」

タイガー 「ま、出番ができるなら何でもいいけどね」

ブルマ 「タイガは本編に出番がまったくないものね」

タイガー 「イリヤちゃんこそ、ヒロインのくせに2話目から早くも出番ないじゃないの」

ブルマ 「でしゃばればいいってものじゃないわ。ここぞという時に出てこそ、真のヒロインというものよ。そういう意味では、原作本編の時からわたしは紛う事なきヒロインだったということね」

タイガー 「そのことについては言及しないことにして・・・今回はカレンさんと、あのお兄さんが出てきたわね。カレンさんはメインの方でヒロイン格だからこっちではちょい役みたいね。それでお兄さんの方は・・・また出てきちゃっていいの?」

ブルマ 「いいんじゃないの? セイバーの場合は確かに特殊だったけど、別にそれ以外でも同じ英霊が2度続けて呼び出されちゃいけないなんてルールがあるわけじゃないし。仮にあったとしてもご都合主義でそんなものは無視よ」

タイガー 「ご都合主義万歳はSSの醍醐味か・・・」

ブルマ 「ちなみにこのSSで登場する7体のサーヴァントの内、3体は前回と同じのが出てくるわ。それが誰かは実際出てくるまで秘密だけど」

タイガー 「それは、そのキャラを出したかったから?」

ブルマ 「それもあるけど、7体全部オリジナルサーヴァントにするのは面倒だったんでしょ。まぁそれでも、残りのサーヴァントはみんなオリジナルキャラになるわけだけど」

タイガー 「青いお兄さんと戦ってた人も、オリジナルサーヴァントなわけね。彼女の正体やいかに?」

ブルマ 「次回かその次には明かされるそうッスよ、師匠」

タイガー 「では、乞うご期待!!」