Fate/夏の雪

 

 

 

 

一夜 1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

        体は  剣で 出来ている
――――I am the bone of my sword.

血潮は鉄で        心は硝子
Steel is my body,and fire is my blood

幾たびの戦場を越えて不敗
I have created over a thousand blades.

ただ一度の敗走もなく、
Unaware of loss.

ただ一度の勝利もなし
Nor aware of gain

担い手はここに独り。
 Withstood pain to create weapons.

剣の丘で鉄を鍛つ
waiting for one's arrival

ならば、    我が生涯に 意味は不要ず
I have no regrets.This is the only path

 この体は、        無限の剣で出来ていた
My whole life was “unlimited blade works”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ギィンッ!!

 

響き渡る剣戟。

僅か一合で打ち砕かれた剣を捨て、即座に新たに投影したものを手にする。

距離を置いて、現れた敵の姿を視認して――目を見開いた。

半秒と待たずに、意識を戦闘状態へと持ち直す。

そこにいるのは、確かな敵だ。ならば、一瞬たりとも注意を逸らすことは許されない。

刹那の硬直すら隙と捉えたか、相棒が援護の魔術を、敵に向かって放つ。それを避けて、敵は姿を消した。気配も遠ざかっていく。

時間にすれば、向き合っていた時間は一秒に満たない。

けれど、それで充分。

 

かつてと同じ、一秒にも満たない邂逅。

だがその光景ならば、例え地獄に落ちようとも鮮明に思い出すことができよう。

 

今さっきの失態を咎めようと、相棒が詰め寄ってくるが、何を言われても耳に入らない。

元々、何から何まで狂っている現状だ。今さら何が起こっても驚かないつもりだった。

でもまさか――

 

“彼女”が敵になるとは思わなかった。

“彼女”ともう一度会えるとは思わなかった。

 

この身を占める感覚は、悲嘆か歓喜か。

 

運命は、ここまで狂ったものを押し付けてくるというのか。

ならば一体、どこから狂いはじめた?

この戦いに挑むと決めた時からか。

再び戦いが起こると知った時からか。

大切な人の命の灯火が消えかけるのを感じてからか。

かつて共に戦った“彼女”と別れてからか。

かつての戦いに身を投じた時からか。

それとも――理想を、この胸に抱いた時からか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――7月31日

 

 

 

衛宮士郎が参加し、勝利した第5次聖杯戦争からおよそ8年半。暦の上では、今は夏だ。

だが今年は冷夏なのか、例年に比べて涼しいように感じられる。夏と言うには物足りないが、これくらいの方が過ごしやすい。特に、彼女の体にあまり負担がかからないのが良い。

朝食の載ったお盆を手に、少し古くなった、けれどあの頃と変わらぬ屋敷の廊下を歩く。

襖の前に立つと、そのままの状態で中の気配を探る。どうやら、部屋の主は起きているようだ。向こうもおそらくこちらには気付いているが、こっちがノックをするまでは向こうから声をかけてくることはない。

曰く、レディの部屋に入る時のノックは基本中の基本、なのだそうだ。

それはレディに限らず全ての部屋に入る際の共通の基本だと思うのだが、彼女がそうだと言い張るのならそういうこととして受け入れよう。

 

コンコンッ

 

うるさくないように、それでいてはっきり聞こえるように襖をノックする。

そうすると中から、いつもと同じ応えが返ってくる。

 

「どうぞ、シロウ」

 

音を立てないように襖を開けて中に入る。

畳張りの和室の中央、白い布団を敷いた上で、白い少女が上半身を起こしていた。

そして、訪問者である俺を受け入れる笑みを浮かべる。それに笑みを返しながら襖を閉め、布団の横に腰を下ろす。

 

「それにしても、ノックに対する返事はいつも同じだな。もし俺じゃない奴だったらどうするんだ?」

「だって今、この屋敷にはわたしとシロウしかいないじゃない」

 

道理である。

様々な理由で居住者の多い我が衛宮邸であるが、珍しいことに今現在は2人しかいない。

 

「それに、シロウの気配を間違えるはずないじゃないっ」

 

満面の笑みでそんなことを言われては、それ以上何も言えないではないか。

ちょっと前の自分ならここでうろたえ、赤面し、情けない姿を晒していたことだろう。

最近は大分ポーカーフェイスも様になってきているはずなのだが、相変わらずこの屋敷の住人の中でただ一人を除いて、腹芸で勝てる相手はいない。

とりわけ、今目の前で俺が持ってきた朝食を口に運んでいる少女には、何があっても絶対に敵わないだろう。

要するに、惚れた弱みというやつだ。

はじめて会った時には殺すと言われて、その後は自分のものにすると言われた相手だが、心に関しては間違いなく、既に衛宮士郎の心はこの少女のものになってしまっている。

イリヤスフィールという少女は、衛宮士郎にとって一番大切な人なのだから。

 

「ごちそうさま」

「もういいのか?」

「うん。今日もおいしかったよ、シロウ」

「そうか。それはよかった」

 

お盆をイリヤから受け取りながら、ざっと目を通す。

今日は比較的調子がいいのか、最近にしてはよく食べた方だろう。

けどやはり、段々食が細くなって来ている。当然それに伴って、イリヤの腕や首筋が細くなっていくのが見て取れた。

あの頃から、イリヤはほとんど成長していない。

元々最初に会った時から、見た目よりも年齢が上だったらしい。イリヤの成長は、現在の時点でほぼ止まっているそうだ。

それでも、たくさん食べればそれだけ体重を気にして、桜と一緒にダイエットに挑戦などと言って元気に走り回っていた。そしてそれが成功すると俺のところへやってきて、どうこのプロポーション、などと自慢していくのだ。

そんな日々を懐かしく思わされるほど、今のイリヤは痩せ細ってしまっている。

 

 

 

最初に倒れたのは、3年前のことだ。

突然何の予兆も無しに倒れた時は肝を冷やしたものだった。

その後は持ち直して、何ともなかったため安心していたのだが、半年ほどしてまた倒れた。それから段々倒れる周期が短くなっていって、去年は一月に一度、今年に入ってからは毎週のように倒れ、この三ヶ月はほとんど一日中布団の中で過ごすようになってしまっていた。

本人は、少なくとも俺の前では少しも苦しそうな様子は見せず、倒れてもいつも笑っていて、それがかえって悲痛で、俺は森の城まで出向いてセラとリズに話を聞いた。

そうして聞かされたのは、今まで生きてこられたのが奇跡に近い、という衝撃の事実だった。

全身に刻まれた魔術回路、従来より遥かに早くサーヴァントを召喚したことなど、他にもイリヤの体は、多くの無理が詰め込まれているという。酷使され続けたイリヤの体は、本来なら聖杯戦争の終結時に、長くともその後一年は保たないはずだったらしい。

けれどイリヤ、最初に倒れるまで少なくとも5年は普通に生活してきて、それから今日までの3年間もちゃんと生きてきた。

まさに奇跡だと。でもそれも、もう限界が近付いている。

 

 

 

「じゃあ、俺は食器片付けてくるから。ちゃんと横になって休んでいろよ」

「わかっているわ。自分の体のことは、自分が一番よく知っているもの」

 

本当にわかっているのか、と言いたくなるが、おそらく俺などより、イリヤはずっと自分の体のことを熟知している。

でもそれは、自分の体を労わるというよりも、どこで限界を向かえるかわかっているから、あえて労わる必要はない、と言っているように聞こえた。

それを指摘したくても、イリヤ自身は俺の前でだけは絶対に弱みを見せないため、何も言えない。

俺はただ、イリヤの体が弱っていくのを、ただ黙って見ているしかなかった。

 

 

 

廊下を台所へ向かって歩きながら、庭の景色を眺める。やはり無駄に広い。

庭だけでなく、屋敷自体が広い。だがそれでも、皆がいて賑わっている時はそんなに感じなかった。それが家に2人だけだと、ことさらに広く感じる。

遠坂は今ロンドンだ。

高校を出ると同時に向こうへ渡った遠坂は、数年の間にその才能をさらに大きく開花させ、めきめきと頭角を現していった。今では、同期のライバルと並んで双璧とまで呼ばれる大魔術師だ。それどころか、大師父の残した神秘を紐解いて、魔法使いと呼ばれるようになるのもそう遠い日の話ではないのではないだろうかというほどの勢いだった。

まったく、不肖の弟子はただ一点においてだけは規格外なものの、基本的な魔術師としては相変わらず二流以下だというのに・・・。

とにかくそんな遠坂は、管轄地であるこの冬木とロンドンとを行ったり来たりする多忙な日々を送っている。

桜も同じく、今はロンドンにいる。

桜が実は魔術師で、先の聖杯戦争で慎二が従えていたサーヴァントが実は桜の召喚したものだったり、さらには遠坂と桜が実の姉妹だったりという驚愕の事実を知ったのは、聖杯戦争が終わってから大分後のことだった。

そうした事実が明らかになった後、間桐の家とは一悶着あったが、現在の桜は正式に間桐を継いで魔術師となり、遠坂の補佐として、内に外にこれを助けている。今ロンドンに行っているのも、遠坂の手伝いをするためだ。

それから藤ねえは・・・・・・・・・なんと結婚した。

あの藤ねえが、だ。

まぁ、さすがに三十路に入って本人も本格的にやばいと思ったらしい。

相手は組の若い衆の人で、可もなく不可もなくといった感じだった。選んだ理由を聞いても、なんとなく、としか言わない。けどそんな惰性で結婚したような間柄だが、夫婦仲は この上なく円満だ。むしろ仲が良すぎて、一時期桜はおろか遠坂までもが結婚関連の話題で盛り上がり続けたほどだった。

で、夏休みに入ってからは夫婦で旅行に行っている。

他の、この家の住人以外の知り合いも、皆それぞれ自分の道を歩んでいる。

そんな中、この家だけはあの頃と少しも変わらない。

そして、俺も・・・・・・。

 

 

 

 

 

朝食の後片付けを終え、俺は土蔵に入る。

かつてはただの物置同然だったこの場所は、イリヤと遠坂の手によって立派な魔術師の工房となっていた――はずだった。

しかし、今もって乱雑に散らかっている物置なのに変わりはない。原因は当然、藤ねえだ。何度言ってもガラクタを持ち込むのをやめないため、少しも片付かないのだ。

魔術師の工房に安易に他人を立ち入らせるべきではない、というルールも、藤ねえの前ではまったく意味を成さないようだ。

俺はとっくの昔に、イリヤと遠坂も今となっては既に藤ねえのことは諦めていた。

 

ガラクタを端に寄せて、土蔵の中央に腰を下ろす。

特別なことをするつもりはない。

ただいつも通りの鍛錬をするために意識を集中する。

だがやはり、いつもとは違う。

何か異常な事態に、体の魔術回路が反応している。

原因はわかっている。数日前から、その兆候はあった。日に日にそれは強くなっており、今では確信に変わっている。

結論から言って、聖杯戦争が起ころうとしている。

理由や理屈はこの際どうでもいい。ただ、遠坂と桜が日本を発った直後辺りからその気配を感じ始めた。そしてもう間もなく、聖杯戦争が始まる。

それがわかっていて、手をこまねいている衛宮士郎ではない。

あれが起これば、必ず誰かが何らかの形で犠牲になる。それを衛宮士郎という男は容認できない。ゆえに原因を付きとめこれを解決しなくてはならない。

遠坂は忙しい身だ。俺一人の手に負えなくなったら助けを乞う必要はあるが、最初から頼ることはできない。

イリヤは、この事態に気付いているだろうか?

おそらく気付いている。むしろ、俺なんかよりもずっと早くから、明確に気付いていたかもしれない。だとしても、イリヤはそれについて何も言わず、そうした素振りも見せない。そして、今の状態のイリヤを危険に巻き込むことはできなかった。

桜や藤ねえがいないのはむしろ幸いだった。

誰も巻き込まない内に、この事態は、俺が収める。

 

こうして俺は、再び、聖杯戦争に関わることとなる。その目的は――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


あとがきタイガー道場!

 

ブルマ 「始まって早々だけど、今日からこのコーナーは改名するわ。名付けて――」

 

 

ブルマー道場!

 

 

ブルマ 「師匠が結婚退職したから、今日からはわたしがこのコーナーの主よ。みんな、よろし・・・」

タイガー 「喝っ!!!」

ブルマ 「なっ、タイガ!? アフリカで虎とサバンナを駆け回りに行ったんじゃなかったの? アフリカに虎はいないけど(ボソッ

タイガー 「ふっふっふ、たとえ如何なる地、如何なる時にいようと、そこにタイガー道場がある限り私は必ずそこに現れる。それが私の存在意義だから!!」

ブルマ 「まったく。人生に墓場にもぐりこんだっていうのに、変わらないわね、タイガは」

タイガー 「・・・ぅ・・・うっうっ・・・」

ブルマ 「ちょっ・・・どうしたッスか師匠!?」

タイガー 「がぁーっ!!(虎) 何故! 何故私は、あそこで安易な決断を・・・っ!! もう、アーチャーさんみたく召喚されてかつての自分に制裁を加えに行きたいくらいだわ 。もう少し待っていれば、もっといい男に巡り会えたのに!」

ブルマ 「・・・幸せ一杯そうだったじゃないの、式の時。その後もずっと。まぁいいわ、そんなくだらない話で行数浪費しても仕方ないし。今回はバッドエンドの救済じゃなくて、あとがきみたいなのにしてほしいそうよ」

タイガー 「くだらないって言い回しが激しく気にかかるけど、まぁいいわ。それで、あとがき? 性懲りも無く新連載を始めた作者の愚かさを語れと?」

ブルマ 「それじゃあまりに身も蓋もないッス、師匠。事実だけど(涙」

タイガー 「で、Fateの世界の舞台にしたSSが書きたかったからこうなった、と」

ブルマ 「あと、わたしをヒロインにしたルートを模索した結果みたいよ。本編を再構築するより、こっちの方がまとめやすいだろうってこと と、士郎とアーチャーを同時にちょっと違った形で描こうってことで、8年後ってことらしいわ。最初はアーチャーの正体が明確になってる『Unlimited blade works』後の話にする予定だったけど、ヒロインはやっぱりわたししかいない、ってことわたしが生きてる『Fate』後に変更したんだって。ま、当然ね」

タイガー 「でも何か、いきなり死にかけてない? イリヤちゃん」

ブルマ 「わかってないわね、タイガ。病弱っ娘っていうのが、萌えよ」

タイガー 「このロリブルマが・・・まだ萌えを追求するか」

ブルマ 「ういッス! そもそも出番すらないけど、仮にあったとしても師匠(としま)には決して成しえないことッス!」

タイガー 「・・・ふっふっふ、どうやら、やっぱり私達は決着をつけなくてはならないようだな、弟子よ」

ブルマ 「いいわよ。これは超不定期連載だし、次回まで生きてたらいいわね」

タイガー 「その言葉、そっくりそのまま返してあげるわ!」