Kanon Fantasia
第二部
第36話 真の魔人
みさき 「幽」
幽 「引っ込んでろ、みさき」
みさき 「邪魔はしないよ。でも、莢迦ちゃんから頼まれたから」
幽 「余計な真似すんじゃねえよ。あいつにもそう言っておけ」
かつて覇王にかけられた呪いを解く手段を持ってきたみさきを押しのけると、幽は剣を手にベリアルに向かって突っ込む。
一時は押されもしたが、今はまた互角の攻防が行われている。
仮に万全であったとしても同等以上であろう上位魔族のさらにトップたる相手と、今の状態で互角。
まさしく、幽の力は底が知れなかった。みさき 「幽・・・」
だが、同時に幽の体があくまで生身の人間であることも事実。
酷使しつづけてきた肉体は徐々に限界を迎えつつある。
言うなれば、流れ星が燃え尽きる寸前にもっとも輝きを増すがごとく、今の幽の強さは危なげだった。みさき 「・・・・・・」
肉体の限界を超えた戦いをする幽の姿を見続けていたみさきは、決意の表情を浮かべ、前に進み出る。
往人 「国崎流法術、魂砕き!」
栞 「氷連弾!」
浩平 「ライトニングスラッシュ!」
三人の攻撃が同時に炸裂する。
だが、ゴーザの防御の前にすべて無力化される。往人 「ちっ、強い」
浩平 「まったく、パワーアップするたびにより強力な敵が出てきやがる。これじゃちっとも見せ場がまわってこないな」
栞 「そういうことを気にしてる場合ですか?」
状況は非常によくない。
幽とベリアルの戦いは現状で互角。
対してこちらは三対一という状況ながら、明らかに苦戦中だった。ゴーザ 「どうした? もう終りか」
栞 「その人を見下した態度、嫌いです」
ゴーザ 「好き嫌いがどうだろうと、力の差は絶対的に存在するものだ」
栞 「むぅ〜」
道理であるため、言い返せないのが悔しい。
やはり根本的に気に食わない相手であった。栞 「(人を見下したという点では幽さんとも・・・)」
などと考えながらちらっと幽の方へ目を向けた栞は、信じられない光景を見た。
栞 「なっ・・・!!?」
そのあまりの驚きぶりに、全員の視線がそちらを向く。
ベリアル 「・・・・・・・・・?」
相対しているベリアルまでもが唖然として動きを止めていた。
全員の視線が集中する中、みさきが幽に口付けをしている。
当の本人たる幽も含め、全員が呆然と見守っている。みさき 「・・・・・・」
幽 「・・・・・・」
ベリアル 「・・・・・・な・・・なめてんのか貴様らッ!!」
最初に我に返ったのは戦闘中の相手ベリアルだった。
自分を無視されたことが腹に据えかねたのか、激昂して火炎弾を飛ばす。ドゴォーーーーン!!!
一見ただの火炎魔法だが、そこはそれ上位魔族の放つ一撃だけあって、並みの魔術師が放つ大魔法クラスの破壊力があり、幽とみさきの姿は炎の中に消える。
栞 「幽さん!」
浩平 「みさきさん!?」
思わず声をあげる栞と浩平だったが、次の瞬間、声も出せなくなるほど強大なプレッシャーを感じて立ち竦む。
ゴーザ 「これは・・・?」
ベリアル 「何だ!?」
突然出現した巨大な気配に、魔族達も動揺する。
圧倒的戦力を誇る上位魔族の二人をして冷や汗をかかせるほどの存在感は、燃え盛る炎の中から発せられていた。
よくよく見れば、炎による爆発は命中した場所から二つに割れており、中心部は何事も起こっていない。ベリアル 「なっ・・・!?」
炎が晴れると、そこには地面に剣を突き立てた状態の幽がたたずんでいた。
みさきはその後ろに立っている。ベリアル 「てめぇ・・・俺の炎を」
あの魔法を立ったまま往なしたというのか。
ベリアルの顔が驚愕に彩られる。
幽は地面から剣を抜くと、肩に担ぐおなじみの構えで前に進む。
一歩一歩が死へのカウントダウンであるかのような錯覚をベリアルは覚えた。ベリアル 「貴様いったい・・・?」
幽 「知らねぇのか? この世で最強の男、千人斬りの幽さ」
姿形はまったく変わらない。
それでいながら、まるで別人のような力の充実だった。
みさき 「よかった、うまくいったみたい」
幽の後姿を見ながら、みさきは胸を撫で下ろした。
心なしかその顔には赤みが差している。莢迦から教えられた、幽の体の呪いを解くのに必要なものは、三つ。
薬と呪文と・・・愛。みさき 「(わたし・・・やっぱりまだ幽のこと・・・)」
キス程度は、昔一緒にいた頃に何度もしていたが、今ほどキス一つで深く繋がった感じを覚えたのははじめてだった。
ほんの数秒だけ触れ合っていた唇に手を当てる。みさき 「・・・莢迦ちゃん、人に任せておいて後で怒ったりしないよね?」
往人 「あれが噂に名高い、千人斬りの男か・・・」
浩平 「真の魔人復活ってとこか。ここまでとはな・・・」
全身から発する闘気だけで魔族を圧倒している。
これほどの人間は、数千年という時の中で何人もいなかったろう。
まさに伝説となるにふさわしい存在感だった。栞 「・・・幽さん」
幽 「さぁて、みさきの奴が余計なことをしてくれたが、続きをやろうか」
ベリアル 「・・・へっ、上等じゃねぇか。やっと本気になれるってもんだぜ」
一時は気おされていたベリアルだったが、気を取り直して幽を向き合う。
全身から巨大な魔力を解放し、幽に対抗する。
二つの強大な力がせめぎ合い、大地が振動している。ドォンッ!
だが、その横合いから魔力の塊が幽にぶつけられる。
見ていた者は一瞬息を呑んだが、魔力の塊が幽の剣で両断され、当たってはいなかった。幽 「慌てんなよ。こいつをぶっ倒したらてめぇの相手もしてやるよ」
魔力を放ったゴーザに向けて一瞥を送ると、幽は何事もなかったかのようにベリアルと対峙する。
ゴーザ 「ちっ」
ベリアル 「ゴーザ! 邪魔すんじゃねぇよ。この野郎は俺がぶっ殺す!」
ゴーザ 「おまえのこだわりなどどうでもいい。この人間は危険だ。ここで確実に仕留めなくてはならん」
幽 「まとめて死にてぇなら俺はかまわないぜ。かかってきな」
ベリアル 「人間風情が図に乗るなよっ!!」
大砲が打ち出されるような勢いでベリアルの体が飛ぶ。
一瞬にして間を詰め、突進力を加えた拳を繰り出す。
それに対して幽は剣を横にして防御をする。
だが勢いは殺しきれず、二人は地面をえぐりながら数十メートルを移動していった。ゴーザ 「・・・・・・」
後を追おうとしたゴーザの前にみさきが立ちふさがる。
みさき 「あなたの相手は、わたしがするよ」
背後には栞、浩平、往人の三人も控えている。
栞 「忘れてもらっちゃ困ります。まだ勝負はついてませんよ」
浩平 「そういうこと」
往人 「きっちりとカタつけてけよ」
一人増えて四人に囲まれても、依然ゴーザの余裕は崩れなかった。
だがさすがにうっとうしく感じているらしい。ゴーザ 「貴様らはこいつの相手でもしていろ」
サッとゴーザが手を振ると、魔法陣が浮かび上がり、何か巨大なものが現れた。
栞 「こ、これは!!」
ゴーザ 「覇王が召喚したのと同じ、魔獣ガナッツォだ。貴様らの相手にはちょうどいいだろう」
天宮将でもっとも魔道に長けるライブラが苦心して召喚した不死身の魔獣も、上位魔族ゴーザにかかればこうも簡単に呼び出すことができた。
ゴーザの強大な魔力を思うとともに、厄介な敵の出現でもあった。往人 「何だこいつは?」
浩平 「不死身の魔獣とか呼ばれてるらしい。再生能力が桁違いなんだ」
往人 「ちっ、なめられたもんだな。こんな獣程度でどうにかできるとでも思ってんのかよ」
浩平 「まったくだ。人間てのは日々成長するもんなんでね」
以前祐一達が大苦戦した不死身の魔獣を前に、往人と浩平は少しも動じていなかった。
浩平 「こいつは俺達二人で十分だ。みさきさんと栞は、奴を頼む」
みさき 「うん、気をつけてね」
栞 「本当に大丈夫なんですか?」
往人 「そっちの心配してな。こっちが楽な方引き受けてんだからな」
魔獣を召喚して幽を追ったゴーザを、みさきと栞が追う。
ガナッツォは低い唸り声を上げて往人と浩平を睨む。往人 「足引っ張るなよ、折原の若大将」
浩平 「そっちこそな、人形使い」
ゴーザに追いついたみさきと栞は即座に戦闘状態に入った。
もはや互いに交わすべき言葉もない。みさき 「ハッ!」
栞 「ヤァ!」
みさきの放った気弾と、栞の鎌とが同時にゴーザを狙う。
だがゴーザは、みさきの気弾を栞に向かって弾くと同時に、自らの魔力球も両方に向けて放つ。みさき 「きゃっ」
栞 「えぅっ」
危ういところで回避する二人。
そのまま三人それぞれに距離を取る。ゴーザ 「・・・しつこい小娘どもだな」
並みの人間レベルをはるかに超えている二人を相手に、ゴーザの余裕はまったく崩れない。
みさき 「これが上位魔族・・・話には聞いてたけど、やっぱり半端じゃないね」
栞 「まったくです。こんな、幽さんみたいなのが魔界にはゴロゴロしてるんですか・・・」
これでは彼らが人間を見下すのも当然の結果かもしれないと思い始める。
しかし、やはり見下されるのは好きではない。栞 「でも、今にその馬鹿にした態度を取れなくしてあげますよ・・・・・・紅蓮氷花!」
空気中の冷気をかき集めて敵に叩きつける。
以前よりも格段に威力の上がっている。ゴーザ 「む・・・」
冷気がゴーザの体に吸い込まれる。
何ともないように見えるが、この技はここからが本当の姿だ。
相手の体内に吸い込まれた冷気は、中から敵を突き破る。ゴーザ 「はぁッ!!」
だが、ゴーザは気合とともに魔力を発し、全ての冷気を吹き飛ばした。
栞 「・・・ま・・・マジですか?」
みさき 「これならッ!」
今度はみさきの特大の気弾が命中する。
しかしこれも効果はなかった。ゴーザ 「無駄なことだ」
みさき 「うわぁ・・・ほんとに強いよ、この人」
栞 「人じゃありませんけど・・・」
ゴーザ 「俺はベリアルのような馬鹿でもなければ、シャザードのような騎士道精神のようなものも、モストウェイのような遊び心も持ち合わせていない。敵が何者であろうと、手加減はしない」
一歩、ゴーザは踏み出す。
強大な敵を前、みさきと栞は一歩下がる。ゴーザ 「もう終わりにしてやろう。人間風情が二人程度いたところで俺の相手にはならん」
?? 「・・・では、三人ならどうでしょう」
ゴーザ 「!!?」
さらに踏み出そうとするゴーザの足が止まる。
そのすぐ背後、背中合わせになるようにして声の主が立っていた。ゴーザ 「・・・俺の背後を取るとは。何者だ?」
美凪 「・・・紺碧の占星術師、遠野美凪と申します」
ゴーザ 「聞いたことがあるな。四大魔女とか言ったか、地上では最強の魔術師集団と聞いているが」
美凪 「・・・あたり」
ゴーザ 「だが何人で来ようと、人間である限りどうということはない!」
振り向きざまにゴーザが攻撃を仕掛ける。
はじめて自分から攻撃に転じた瞬間だった。ゴーザ 「!?」
だが、攻撃しようとした瞬間、美凪の姿はずっと遠くにあった。
その移動する瞬間が、ゴーザには捉えられなかった。美凪 「・・・エクスプロード」
ドォーーーンッ!!
硬直したゴーザが爆炎に呑まれる。
ゴーザ 「ちぃっ・・・!」
表情から余裕が消えていた。
キッとゴーザの視線が美凪を射抜く。みさき 「余所見してる暇は・・・」
栞 「ありませんっ!」
素早く死角から接近したみさきと栞が攻撃する。
それを回避したところで、再び美凪の魔法が発動した。ゴーザ 「小癪なッ!」
機先を制して美凪に向かって攻撃を仕掛ける。
それをかわしたために、魔法の発動がキャンセルされた。
だが、休む間もなくみさきと栞に攻め立てられる。ゴーザ 「(うざったい! ・・・・・・だが、何だこれは? 先ほどから感じる・・・あの遠野美凪という小娘が現れてから感じ始めたこの異様なプレッシャーは、あの千人斬りの幽という男と同等以上か?)」
どこからともなく感じる誰かの視線。
今のゴーザには、目の前の三人の敵よりも気がかりな見えない敵だった。美凪 「・・・ブラインドストーム」
栞 「いただきですっ!」
みさき 「こっちもだよっ」
ゴーザ 「ぬぅ・・・・・・なめるなぁ!!」
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