Kanon Fantasia

第二部

 

 

第32話 連合軍

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔族達によるサーガイア襲撃は、僅かな被害で食い止めることができた。
攻撃対象が魔法学院に限定されていたため、建物等の破壊は学院内にとどまり、犠牲者も学院関係者のみだった。

カタリナ 「・・・では、そのように」

学院の緊急会議を終えて、カタリナは学院長室の椅子に深く座り込む。
数は少なかったとは言え、学院内の人間に犠牲者が出たのだ。
内心穏やかではない。

カタリナ 「・・・やはり、今度ばかりは黙って見ているわけにはいきませんね」

魔族の行いに対し、カタリナは静かな怒りをあらわにした。
もしも誰かがその場にいたなら、普段の穏やかさとの差を感じて恐れを抱いたであろう。
学院長となって以来、久しく力を振るうこともなかったが、誰よりも早くから莢迦の傍にいて、その片腕であった白銀の大賢者としての力はいささかも衰えていなかった。

戦闘終わってから、千人斬りの幽と栞の二人は姿を消した。
代わりに、魔都へ行っていた音夢とあゆが、ことり、香里、潤、往人を伴って戻ってきた。
そちらの報告と合わせて、ここまでに最上位魔族を四人しとめたことになる。
戦果は上々であった。

戦力も充実している。
今ならば、魔都を一気に攻め落とせるかもしれなかった。

 

 

 

 

 

一方、カタリナのシリアスムードとは違った意味で、こちらは修羅場を迎えていた。
渦中にいるのは祐一であり、それを取り囲む少女達である。

ことり 「なんか・・・空気が重くないかな?」

さくら 「うにゃ〜、修羅場だね〜、討ち入りでも起こりそうな雰囲気だね〜♪」

部屋の反対側では傍観者達が好き勝手を言っている。
祐一の右隣にはフローラが陣取り、反対の左側には佐祐理がおり、そして祐一の背後にはレイリスがそっと控えている。
舞とあゆはそこに漂う空気が怖くて割り込んではいけなかった。

美春 「相沢さんって、モテモテですね♪」

余計な一言を発する存在のおかげでますます雲行きが怪しくなる。

音夢 「楽しそうでいいですね、相沢君」

美汐 「よろしいことです」

しかも助け舟を出してくれそうな人間もいない。

フローラ 「・・・・・・」

すすっとフローラが祐一に体を寄せる。
それに対抗するように、佐祐理も反対側から体を寄せ、どさくさに紛れて腕まで掴む。

祐一 「あ〜・・・フローラ?」

フローラ 「うん?」

祐一 「何でそんなにくっついてるんだ?」

フローラ 「だって・・・知らない人ばっかりだし・・・」

人懐っこそうに見えて、フローラはわりと臆病だった。
特に対人関係は、祐一に対しては何の隔たりもなく接しているのだが、他の人間とはほとんど口を聞かない。
話しかけられたら応える程度だ。

祐一 「・・・で、佐祐理さんは?」

右側は仕方ないとして、祐一は反対側にも同じ質問をする。

佐祐理 「いけませんか?」

祐一 「ぅ・・・」

上目遣いに問われては、嫌とは言えないのが男としての悲しい性である。
しかし、ずっと背中から感じる無言のプレッシャーも痛い。

祐一 「れ、レイリス・・・」

レイリス 「はい」

祐一 「喉が渇いたなぁ・・・」

レイリス 「かしこまりました。しばしお待ちを」

するとレイリスは懐からポットやらカップやらを取り出した。
僅か二分ほどで、祐一の前には香りのいいコーヒーが置かれていた。
なんとレイリスは、その場から一歩たりとも動くことなくコーヒーを入れたのだった。

祐一 「ありがとう・・・」

コーヒーのおいしさは、少しだけ現実を忘れさせてくれた。
が、依然四方から浴びせられる視線は痛かった。

真琴 「ああいうのは女の敵よぉ」

潤 「くぬ・・・うらやましい奴・・・。あんなかわいい子達にメイドさんまで・・・むかつく」

往人 「そうか?」

今の祐一の気持ちを正確に汲んでいるのは、あるいは往人だけかもしれない。
彼もまた、居候先に戻れば両手に花の板ばさみ状態、それぞれの保護者から圧力を受ける日々であった。

往人 「(苦労するな)」

祐一 「(そうだな)」

アイコンタクトで互いの苦労を分かち合う祐一と往人。

 

ことり 「ところで、これからどうするんだろう?」

さくら 「さぁ、お姉ちゃんからの連絡待ちじゃないのかな? 一応仕切ってる立場だし」

ことり 「あてに・・・なるかな?」

さくら 「・・・・・・うにゃあ」

あてにはならない。
そういう人間だった。

 

香里 「相沢君・・・名雪は・・・」

祐一 「ああ、会ったよ」

香里 「どうだった?」

祐一 「とりあえずは無事、ってところか。けど・・・あいつが向こうに行っちまったは、俺のせいかもしれない・・・」

往人 「おまえが気に病むことじゃない。蛇の能力を知っていながら具体的な対策ができなかった俺のミスだ。彼女は俺が連れ戻す。そのあとの面倒までは見れないがな」

祐一 「すまん」

往人 「別に誤る必要も感謝する必要もないさ。奴とは色々と因縁があるだけだ」

そうは言うものの、名雪はもちろん、覇王一味の行方は現在知れていない。
魔都浮上以降、まったく姿を見せていないため、当然同行しているであろうサーペントと名雪も行方知れずだった。

祐一 「名雪を連れ戻すのは急いだ方がいい。あいつが・・・幽が覇王と戦うことになって、天宮将とも戦うことになれば、巻き込まれるかもしれない。あいつに名雪を斬らせるわけにはいかない」

往人 「千人斬りの幽、か。そんなに見境ない奴なのか?」

会ったことのない往人にはわからないが、祐一には幽の行動パターンは大体わかってきていた。
あの男は決して無闇に人を殺しはしないが、敵であれば誰であろうと容赦はしない。
もし名雪が幽の邪魔をすれば、躊躇いなく斬るだろう。
そうなる前に名雪を連れ戻したかった。

 

夏海 「取り込み中悪いんだけど」

話の区切りを見つけて、夏海が祐一のもとに歩み寄る。
その雰囲気に、どこか圧迫される感覚を祐一は受けた。

祐一 「・・・なんだ?」

座ったままの態勢で、しかし僅かに身構えて夏海に応じる。
二人の間に流れる異様な空気に、周りの者達も緊張させられる。
何かが起こりそうな雰囲気を皆感じていた。

夏海 「・・・ねぇ祐一、私と勝負してみない?」

祐一 「・・・・・・」

佐祐理 「はぇ〜・・・な、夏海さん、それはいったい?」

あゆ 「うぐぅ・・・どうして親子なのに勝負なの? 二人とも喧嘩?」

舞 「・・・そうじゃない。私にはわかる」

突然の夏海の申し出に戸惑う者がほとんどだったが、一部の者は共通の意識を抱いていた。
相沢祐一という男と戦ってみたいという願望、たとえば舞、潤、往人などと同じである。

夏海 「正直今までは、あなたの成長を見るのが楽しかった。みるみるうちに強くなっていったからね」

一瞬母親の顔に戻って思いをはせる。
だがすぐにまた表情が引き締まる。

夏海 「昔の私は、常に挑戦者だった。はじめて会った時から莢迦に挑み続けた。でも今は・・・あの魔族との戦い、それに佐祐理ちゃんのアルティメットノヴァを究極魔法たらしめているのはあなたの力によるところが大きい。アザトゥース遺跡で会った時からあなたは強かったけれど、あの頃はまだ私の敵じゃなかった。それが半年余りでここまで・・・・・・これほどまでに強くなった相沢祐一と、私は本気で戦ってみたい」

祐一 「母さん・・・」

夏海 「私にこう思わせた男はあなたで二人目よ」

祐一 「羅王丸か」

夏海 「最初に挑んできた時はてんで弱かったくせに・・・二度三度と戦う度に強さを増して、いつしかあの莢迦と一緒に最強伝説を作り上げていたのはあの男だった。あなたはほんと、そういうところは父親にそっくりだわ」

祐一 「・・・・・・」

夏海 「この勝負・・・受ける?」

夏海は本気だった。
本当に本気で息子と勝負をするつもりでいた。
莢迦とは違い、冗談でこの手のことを言う人間ではない。
皆沈黙し、祐一の答えを待つ。
しかし、声は思わぬ方向からかかった。

カタリナ 「すみませんが、その勝負は次の機会にしていただけませんか、夏海さん」

夏海 「カタリナ・・・」

美汐 「・・・学院長・・・そのお格好は?」

真琴 「あぅー?」

佐祐理 「カタリナ先生・・・」

部屋に入ってきたカタリナは、普段とは違い、動きやすい魔術師のローブに身を包み、銀色のロッドを手にしていた。
何より、普段の穏やかさからは想像もつかない存在感を放っている。

カタリナ 「夏海さん、魔都を攻めます、手を貸してください」

佐祐理 「先生?」

カタリナ 「倉田さん。今の私は学院長ではありません、一介の魔術師です。魔族にこれだけやられて、黙っているほど私はおとなしい人間ではありません」

夏海 「・・・・・・・・・ふふふ」

そんなカタリナを見て、夏海は突然笑い出す。
ひとしきり笑ってから、祐一に向けたのとは比べ物にならないほど威圧感をカタリナに向ける。

夏海 「安心したわ。最近あんたすっかり角が落ちて丸くなってたから。でも、あの莢迦がパートナーとした数少ない人間の一人であった白銀の大賢者は、まだ錆び付いてはいなかったようね」

カタリナ 「当然です」

夏海 「いいわ。私も魔族には借りがある。乗ったわ」

美凪 「・・・ちょい待ち」

すぅっと音もなく二人の間に割って入ったのは、いつからそこにいたのか誰も気づかなかった美凪であった。

夏海 「あんた怪我大丈夫なの?」

美凪 「・・・へっちゃらへーです」

カタリナ 「何ですか、美凪さん?」

美凪 「・・・これを」

太極図を美凪が掲げると、そこから何かの映像が壁に投影される。
徐々に鮮明になっていく映像を、皆が注目する。

祐一 「何だ・・・?」

潤 「おい、美坂、あれ・・・」

香里 「華音王国騎士団!」

祐一 「何だって?」

往人 「それだけじゃねえ。あれは赤騎隊、晴子の軍勢だ」

華音とアイルの精鋭軍、それに他にも多数の軍勢が進軍している光景であった。

美凪 「・・・数はざっと・・・十二万」

決して多いわけではないが、さりとて少なくも決してない。
しかしこれは紛れもなく、七年前と同じ連合軍の顔触れだった。

さくら 「さすがに各国も、あんなものが突然現れたら黙ってないよね。動きが早い上にこれだけの数が集まったってことは、もともとは対覇王軍用の兵達だったんだろうね」

夏海 「これがどうしたのよ、美凪?」

美凪 「・・・莢迦さんからの言伝です。カタリナさんには、この軍を止めてほしいと」

カタリナ 「私が?」

美凪 「どれほど力があっても、所詮無頼の人間である者の言うことと国は聞きません。けれど、大賢者と呼ばれるカタリナさんなら、発言力はかなり強いはずですから」

国が重視するのは力の強さではない、立場の強さである。
国家に属さない存在でも、例えば聖都の大司祭や、サーガイア魔法学院長ほどになれば、連合軍に意見することもできよう。
そして、人間の軍勢が何万集まろうとも、あの魔都の前ではアリの軍団よりも頼りない。
まず全滅するのがオチであろう。

カタリナ 「わかりました。行きましょう」

魔族に対する怒りは収めがたいものがあるが、いたずらに人命を危険にさらすことはカタリナの望むところではない。
止められるものなら、連合軍の動きは止めなくてはならない。

美凪 「・・・急いだ方がいいです。連合軍はもう、魔都のわりと近くまで達しています」

夏海 「私も行くわ。場合によっては力で押し返す」

四大魔女をもってすれば、十数万程度の軍勢を相手するのもさしたる労力はようさない。
相手を殺さずに無力化するのは多少面倒だが、あくまで万が一の保険である。

祐一 「なら、魔都の方は俺達が一足先に行って攻めるか」

ことり 「そうだね。莢迦ちゃんが美凪ちゃんに言伝を残したってことは、戻らないつもりだからだろうし」

夏海 「じゃあ、パーティー分けをしましょう。私とカタリナと美凪、ついでにみちるちゃんで連合軍の方へ向かう。さくらとことりと学院生の子達はここに残って・・・」

真琴 「えぇーっ!」

美汐 「真琴、留守を預かるのも立派な仕事ですよ。正直、魔族を相手に私達の力が大した足しになるとも思えませんし」

夏海 「残りは突撃組ね。私達もできるだけ早く行くから、現地で集合して一気に攻め落とす。いいわね」

残りのメンバーは、祐一、佐祐理、舞、あゆ、音夢、美春、レイリス、往人、潤、香里、それにフローラである。
非戦闘員のフローラは行く必要はないのだが、本人のたっての希望で祐一と一緒に行動することとなった。

夏海 「準備が整い次第、行動開始よ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

七年前、覇王軍との最終決戦があった大平原。
できることなら秋子は、ここを再び連合軍の一将兵として訪れたくはなかった。

秋子 「ようやく平和が訪れたというのに・・・」

顔を上げれば、まだ遥か彼方にあるはずの黒い都市の存在が見える。
山にも匹敵するほどの建造物が広範囲に渡って出現したという報告を受けた時は、正直半信半疑だった。
しかしそれは現実にそこに存在し、間違いなく人間にとって恐怖の対象となるものだった。
覇王の仕業なのかどうかはわからないが、武等派の意見を受けて連合軍を再び結成することとなった。

晴子 「どないしはった、秋子はん?」

秋子 「こうして再び大きな戦場に立つ日が、来なければいいと思っていました」

晴子 「みんなおんなじや。せやさかい、早う覇王のクソぶっ潰して帰ろうやないか」

秋子 「そうですね」

アイル共和国からの軍を率いてやってきた神尾晴子と轡を並べるのことも、七年前は何度もあった。
最後の決戦以来会っていなかったが、再開した際にはお互いあまり変わっていなかった。

兵士 「申し上げます! 平原の中心・・・進行方向に誰かいます」

晴子 「なんやて? そんなん早う退いてもらえ、危ないやろ」

兵士 「そ、それが・・・馬が何故か恐れてそれ以上進もうといたしません。兵士達の多くも、まるで金縛りにあったように近づけず・・・」

晴子 「まさか! 敵やないやろな?」

覇王軍の中には奇怪な術を使う者も多くいた。
相手は一人というが、それ自体がまやかしである可能性もある。

晴子 「行ってみよか」

秋子 「ええ」

二人の駆る馬が、最前列へと向かう。

 

報告を受けたとおり、そこにいるたって一人の存在によって連合軍十二万の軍勢は足止めされていた、

秋子 「・・・あれは・・・」

晴子 「?」

足止めと言っても、特に連合軍に対して何かしているわけではない。
黒髪のその巫女は、まるでこの戦場を漂う霊魂を鎮めるかのように舞っていた。

莢迦 「ここで再び会うことになるとはね。お久しぶり、華音が誇る戦場の女神水瀬秋子。それに、アイルの猛将朱天将軍神尾晴子」

晴子 「おまえはっ・・・!」

秋子 「四死聖の舞姫、莢迦・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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