Kanon Fantasia

第二部

 

 

第30話 愛の形

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先の覇王との戦いで幽が負った傷は、普通の人間なら三回は死んでいるほどのものだった。
当然、それほどの傷が治癒魔法を施されたからと言って、ほんの数日で回復するはずもない。
本来なら今の幽は起き上がることすらできない状態のはずなのだ。

幽 「おぉらぁっ!!」

ガツッ ドッ ガキッ!

そんな状態でありながら、幽は剣を振るって魔族と戦っていた。
しかもほとんどパワー負けしておらず、本当に怪我人なのかと見ている者が我が目を疑うほどだった。

ヴァーミリオン 「ひゃっはははは、いいぞいいぞぉ! もっと俺様を楽しませろぉ!!」

敵が並の相手だったなら、満身創痍の幽にさえ勝つことはできない。
だが今の相手は上位魔族。
万全の態勢の幽とさえ互角以上の力の持ち主なのだ。
それと現状で、互角だった。

真琴 「あぅー・・・あいつ、化け物」

美汐 「本当に・・・あれが最強と謳われた伝説の魔人・・・」

栞 「何言ってるんですか」

固唾を呑んで戦況を見守っている二人の傍らに栞がやってくる。
こちらも幽に負けず劣らず重傷だったはずだが、概ね回復していた。

美汐 「あなたは・・・今のはどういう?」

栞 「幽さんの本当の力はあんなものじゃありませんよ。あんなの、全然本調子から程遠いです」

既に並のレベルを遥かに超越している戦いを繰り広げながら、尚本調子から程遠いという。
一体どれほどの力を幽が秘めているのかを想像し、真琴と美汐は戦慄を覚えた。

ガキィンッ

一度激しくぶつかり合ってから、幽とヴァ―ミリオンが飛び違う。

幽 「どうした? 怖気づきやがったか?」

ヴァーミリオン 「・・・つまらねぇな」

幽 「なんだと?」

ヴァーミリオン 「さっきのおまえの殺気はとんでもなかった。ぞくぞくした。だが今のおまえはてんで駄目だ。つまらねぇ」

幽 「つまるかつまらねぇかは、こいつを喰らってからいいな」

ドクンッ

脈動する剣、ラグナロクが輝きを増す。

幽 「無限斬魔剣・紅蓮」

赤い斬撃がヴァーミリオンを襲う。
だが、それを受けても、相手はまったく怯まなかった。

ヴァーミリオン 「それで終わりか?」

どれほど攻撃してもまるで通じない、ヴァーミリオンの恐るべき防御力である。
だがそれ以前に、幽の技にいつもの切れがまったくない。
やはり重傷の状態では、全力の技は放てない。
その証拠に、今幽が使ったのは、基本の“紅蓮”でしかなかった。
相手が上位魔族とわかっていれば、最初から紅蓮烈火を使ってもおかしくないのだが、それは体にかかる負担が大きすぎる。

ヴァーミリオン 「がぁっかりだぜ。やっと楽しめると思ったのによ。もうおまえもいい」

再び冷たい殺気が放たれ、見ている誰もが身を竦ませる。
無造作に突き出されたヴァーミリオンの手から放たれた魔法が幽を吹き飛ばす。

幽 「ぐ・・・!」

ヴァーミリオン 「死ね」

さらに追い撃ちを仕掛ける。
攻撃を受けた際に傷口が開いたか、幽は痛みでうずくまっており、反応が遅れた。
容赦ない一撃が振り下ろされようとした瞬間、それを遮る者があった。

バァンッ

ヴァーミリオン 「む?」

弾き返されたヴァーミリオンは、邪魔をした者を睨みつける。

幽 「美凪」

美凪 「・・・ぶい」

背中に幽を庇う形で立っている美凪は、後ろの幽に向かってブイサインを向ける。

ヴァーミリオン 「次はおまえが相手か? いい加減楽しめる奴出てきてくれよ」

美凪 「・・・リクエスト受付なし」

ちなみに、重傷なのは美凪とて同じである。
出てきたところで、幽の二の舞なのは目に見えていた。

幽 「退け、美凪。余計な真似しやがって」

美凪 「・・・そう言わずに、ここはお任せ」

立ち上がろうとする幽を制して、美凪はヴァーミリオンに向けて魔法を放つ。

ヴァーミリオン 「うぉっとぉ!?」

美凪の手を離れたいくつもの小石が魔力をまとって、ヴァーミリオンの周囲を飛び交う。
中空で消えては、また別の場所から出現する。
物質を特定範囲内で連続して転移させているのだ。

美凪 「・・・太極図」

懐から取り出した羅盤を体の前で掲げる。

美凪 「・・・エクスプロード

ドォンッ

物質転移魔法の対処に追われていたヴァーミリオンのいた空間が、突如何の前触れもなく爆発した。
これも太極図を併用した美凪の能力。
特定の空間内を支配でき、その中のことは手に取るようにわかり、その中においてはどこでも魔法を発動させることができる。

美凪 「!!」

だが、一撃程度で倒せるほど甘い相手ではなかった。
爆発を受けたあとで、ヴァーミリオンは素早く美凪の背後に周り込んだ。
すぐに察知できたが、回避するには体の状態が万全ではなかった。
傷の痛みに顔をしかめた隙に逃げそびれ、攻撃を喰らってしまう。

美凪 「・・・くっ」

ヴァーミリオン 「少しは楽しめそうだなぁ! さぁ、もっと来い!」

美凪 「・・・アースバインド

大地が隆起し、突き出た岩や土がヴァーミリオンの体を包んで動きを封じる。

美凪 「・・・サンダーボルト

さらにその上に雷撃を叩き落す。
怒涛の連続攻撃に、さしものヴァーミリオンにも僅かながらダメージが見え始めた。

ヴァーミリオン 「ぬぐ・・・くくく、楽しい、楽しいぜぇっ!!」

大地の拘束を逃れたヴァーミリオンが美凪の攻めかかる。
攻撃を回避するだけの体力はない美凪は、なすすべなく攻撃を受けてぼろぼろになっていく。
だが同時に反撃も繰り返し、徐々にだがヴァーミリオンの力も削っている。

ドォンッ

ヴァーミリオン 「きぇえええ!!!」

美凪 「く・・・」

至近距離での爆発に、両者が弾き飛ばされる。
美凪は丁度幽の前まで飛ばされた。

幽 「引っ込んでろ、美凪。半死人がでしゃばってんじゃねぇ」

美凪 「・・・それはどちらも同じです」

幽 「邪魔だっつってんだ。退け!」

美凪 「いいえ」

普段のんびりした口調の美凪が、この時ばかりが毅然とした声で頑なに幽の言葉の拒んだ。

美凪 「・・・ここは、任せてもらえませんか?」

幽 「美凪・・・」

美凪 「あなたはもっと、人を頼るべきです。頼れる人が、あなたの周りにはいるのですから。私には、莢迦さんほどの力はありません。みさきさんほど一途でもありませんし、栞さんのようにあなたの傍にいることもできません。ですけど私も・・・あなたを愛しています」

幽 「・・・・・・」

美凪 「だからせめて、今くらいは、私にあなたを守らせてください」

ぽかっ

黙って聞いていた幽の頭を背後から殴る者があった。
みちるである。

みちる 「美凪がああ言ってるんだから聞き分けろ! みちるだって手伝いたいのを我慢してんだぞー!」

幽 「・・・引っ込んでろ、ガキ」

鬱陶しそうに幽はみちるを押し退ける。

幽 「美凪」

美凪 「・・・はい」

幽 「やるからには徹底的にやれ。この俺様に楯突いたことを後悔させるようにな」

美凪 「はい」

一瞬だけ視線を交わした二人は、いずれも不敵な笑みを浮かべた。
すぐに美凪はヴァーミリオンに対して向き合う。

ヴァーミリオン 「どうしたぁ? 二人がかりでも俺様は構わないんだぜぇ?」

美凪 「・・・二対一だと、あなたの勝率は激減です」

幽 「そうなったら瞬殺だよ、阿呆」

ヴァーミリオン 「言うねぇ。そういうスリリングなのは好きなんだがなぁ。まぁ、まずは小娘から先に血祭りだぜぇ!!」

いかにも楽しげに、ヴァーミリオンは美凪に向かって襲い掛かる。
その攻撃を、美凪はあっさりかわした。

ヴァーミリオン 「? おらぁ!」

またしてもかわす。
その次も、そのまた次も、ヴァーミリオンの攻撃はまったく美凪に届かない。

ヴァーミリオン 「な、何だこりゃぁ!?」

美凪 「・・・あなたの動きは見切りました」

ヴァーミリオン 「何ぃ?」

興奮状態にあるヴァーミリオンは、その言葉を挑発と受け取ったか、さらなる猛攻を加える。
だが、これも同じく、全て美凪にかわされていく。
さすがにまったく攻撃が当たらず、ヴァーミリオンは焦りだす。

美凪 「・・・・・・」

実際には全て回避しているわけではない。
ただ、攻撃を受けている部分を隠しているだけである。
それで相手に、自分はまったくダメージを受けていないと錯覚させるのだ。
単純に相手を惑わす魔法の一種である。

美凪 「・・・イリュージョン

ヴァーミリオン 「ねぇい! 当たれぇ!!」

美凪 「・・・そろそろいいですね。アースバインド

再び大地がヴァーミリオンの体を拘束する。
抜け出そうと暴れるヴァーミリオン。
美凪はこの隙に、組み立てていた術式を完成させる。
ヴァーミリオンが拘束されている場所を中心に、半径十数メートルにも及ぶ積層型立体魔法陣が浮かび上がる。

ヴァーミリオン 「こ、こいつはぁ!?」

美凪 「・・・四大魔女が一人、紺碧の占星術師、遠野美凪が最強魔法・・・・・・メテオフォール

頭上の空間が裂け、その先の闇の中から直径一メートル強ほどの隕石が現れる。
それは真っ直ぐヴァーミリオンのいる場所目掛けて落下していった。

ヴァーミリオン 「ぎ、ぎゃぁあああああああああ!!!!」

ドッゴォーン!!!

僅かな距離で急加速した隕石は、真っ赤な炎を発しながらヴァーミリオンの頭上に落ちた。
凄まじい破壊力が、ヴァーミリオンごと辺り一体を吹き飛ばす。
吹き飛ばされた場所は、クレーターになっていた。

美凪 「・・・ふぅ」

一仕事を終えた美凪は、その場にうずくまる。

みちる 「美凪!」

美凪 「・・・大丈夫・・・へっちゃら」

毎度のことならが、血の気のない顔で言われても説得力はなかった。

幽 「阿呆だな、おまえも」

美凪 「・・・これが私の、愛し方ですから」

幽 「くだらねぇな」

 

魔族A 「ヴァ、ヴァーミリオン様がやられるとは・・・」

魔族B 「いや、奴らは瀕死だ。このまま片付けてくれる!」

遠巻きにしていた魔族達が、幽や美凪に一斉に襲い掛かる。
しかし途中、氷の壁に阻まれてそれ以上進めなくなった。

魔族A 「な、なんだこれは!?」

栞 「いいところで邪魔をするのは、無粋ですよ」

立ち塞がったのは、大鎌を手にした死神少女、栞だった。
何故だか多少不機嫌である。

栞 「雑魚の方々は、私が相手をして差し上げます」

魔族B 「人間の小娘が! 図の乗るなぁ!」

ザシュッ

魔族B 「ぁ・・・?」

栞 「図に乗っているのは、どっちですか?」

真っ二つにされた魔族は、驚愕の表情を浮かべたまま消滅した。

栞 「私は今機嫌が悪いんです。怪我も完全に治ってませんから、手加減なんて器用な真似はできませんよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミスティアvsレイリス。
以前同様、互いの手の内を知り尽くしている者同士の戦いは、まったくの互角で進行する。
しかし以前との違いは、レイリスはいまだに傷が完全に癒えていないことだった。

ミスティア 「もらったぁ!」

レイリス 「く・・・」

元々パワーでは圧倒的にミスティアの方が上回っている。
動きの鈍っているレイリスの不利は明らかだった。

レイリス 「はぁ・・・はぁ・・・」

ミスティア 「大分息が上がってきたようだな。いい加減諦めてとどめを刺されぬか」

レイリス 「お断りします」

あくまで戦意を保とうとするレイリス。
だが、意思とは裏腹に、体は長くもちそうにない。

ミスティア 「何故生にしがみ付く? 貴様の存在など、百害あって一利なし。誇り高き魔族の血を汚すだけだというのに」

レイリス 「昔は、私もそう思っていました。自分に生きている価値などないと」

ミスティア 「そのとおりだ。わかっているのならばとっとと消え去れ!」

レイリス 「何度も言ったはずです、お断りすると」

ミスティア 「貴様!」

レイリス 「自分のためではありません。あの方が私を必要としてくださるから・・・だから、あの方に無断で死を迎えるわけにはいかないのです!」

どこまで行っても二人の思いは平行線だった。
それを悲しく思いながらも、レイリスは己の意思を曲げるつもりはない。
ミスティアにも引くつもりはまったくない。

ミスティア 「ならば貴様を消し去ったあとで、あの人間の小僧も殺してくれるわっ! あの世とやらでせいぜい仲良くやるがよい」

容赦のない攻撃がレイリスを襲う。
もはやかわすだけで精一杯だった。
徐々にミスティアの猛攻に、レイリスは追い詰められていく。

レイリス 「・・・ぅっ」

ミスティア 「今度こそとどめだ! 消え去るがいいっ!」

特大の一撃が放たれる。
周辺の全てを呑み込んでいく黒い魔力は、レイリスの体をも完全に呑み込むかと思われた。
その時、光が走った。

ヒュンッ

ミスティア 「貴様は!?」

標的を失った魔力は、ただ周囲の建物だけを破壊して消える。
自分を助け出した者の顔を見て、レイリスは安堵の表情をする。

レイリス 「申し訳ありません、お手を煩わせてしまって・・・、祐一様」

祐一 「気にするなって、当然のことだろ」

抱きかかえていたレイリスを地面に下ろすと、祐一はミスティアの方へ向き直る。

祐一 「前も言ったよな。うちのメイドさんに手を出すなって」

ミスティア 「人間が、また生意気を言うかっ!」

選手交代。
第二ラウンドが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戻る     次へ