Kanon Fantasia

第二部

 

 

第29話 サーガイア強襲

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミスティア 「わかっているな?」

ヴァーミリオン 「確認する必要なんざねーだろ。全て破壊し尽くす。それだけさ」

 

 

その瞬間、サーガイア魔法学院の上に、無数の光が降り注いだ。

 

あまりに突然の、圧倒的な力の襲撃に、各国の軍部に匹敵するほどの力があると言われたサーガイア魔法学院は、脆くも蹂躙された。

ヴァーミリオン 「ひゃぁーっはっはっはっはっ! どうしたどうしたぁ! 少しは俺様を楽しませろや。地上最強の戦力ってもこの程度かぁ!!」

悪夢のような光景だった。
百を超える魔物による襲撃もさることながら、たった一人の魔族を相手に学院の生徒が一人、また一人で倒されていく。
魔族ヴァーミリオンは、あえて一瞬で殺さず、周りの者達に見せ付けるように一人ずつむごたらしく殺していった。
皆を恐怖のどん底に陥れておいて、しかし誰一人として逃すつもりはなかった。

ヴァーミリオン 「次の奴はどうやって殺してやろうかぁ? 全身の血を端から少しずつ抜いていってやろうかぁ、それとも手足を一本ずつもがれていくのがいいかぁ?」

人間で言えば、狂気殺人の異常者といったところか。
その上人間など問題にならないほど圧倒的な力を持っているのだから性質が悪い。
だがこのヴァーミリオンという魔族の性癖は、同族からでさえ冷ややかな目で見られるものらしい。

ミスティア 「・・・品性のない奴。快楽のためだけに破壊と殺人を繰り返す。まぁ、力のみが支配権を決める魔界にあっては、あのような者が生まれてもおかしくはなかろうが」

同僚を見据えるミスティアの目は、蔑みのそれだった。
魔族という自らの種族を誇り高いものと考える彼女にとって、この男のあり方は人間なみに我慢ならない存在である。
それでも、とりあえず戦うべき対象ではない。

ミスティア 「他はあやつに任せておけばいいだろう。待っているがいいレイリス。今日こそ、消してくれる」

二人の魔族は、それぞれの目的のために、サーガイア襲撃という任務に従事していた。

 

 

 

 

 

カタリナ 「状況はどうなっていますか?」

講師A 「東地区で、魔族と思しき者が一人暴れているようです。既に、幾人か・・・」

報告を受けるカタリナは、表情は変えずに唇の端を噛む。
いたずらに教え子に犠牲者を出すなど、指導者として失格であった。

カタリナ 「その魔族に対しては、遠巻きにして決して近付かないよう伝えてください」

講師B 「既に伝えています」

相手が上位魔族だとすれば、学院生や教員が束になったとしても敵うものではない。
学院長であるカタリナでさえ、勝てるかどうかは五分五分だった。
それでもやはり、その魔族を撃退するのは自分の役目だと思った。

カタリナ 「東へは私が向かいます」

講師A 「ま、待ってください! あれを・・・」

講師の一人が上空を指差す。
その手と声が震えていた。
追って空を見上げたカタリナは、驚愕しながらも即座にそれに対する対処をした。

上空にあったもの。
それは、魔力の塊だった。
しかも、少しずつ大きくなっている。
あれがもし落下したなら、学院は一瞬にして吹き飛ぶだろう。
カタリナはそれを阻止するために、学院に常に張られている結界を強化する必要があった。

カタリナ 「(なんという迂闊・・・莢迦さんはこうした事態を想定してここにも戦力を残したというのに)」

結界の強化を怠っていたのは明らかにカタリナのミスだった。
しかも今から結界をどうにかしても、いざあの魔力の塊が落下した際に、防ぎきれるかどうかわからない。

さくら 「ボクがあれは何とかしてみるよ」

カタリナ 「すみません。お願いします」

何を意図しているのかはわからないが、あれは魔族の仕掛けに違いなかった。
少しずつ魔力を溜め、一気に落とすつもりなのだろう。
使用される前に破壊するなり、術を解除するなりしなければならないが、それには高度な魔法知識と高い魔力が必要だ。
さくらは適任だが、これで最大の戦力となるはずの二人の動きが封じられたことになる。

カタリナ 「完全に相手のペースですね・・・どうすれば」

講師C 「大変です!」

カタリナ 「どうしました?」

講師C 「客部屋がほとんど空です!」

カタリナ 「・・・そんなことですか」

少し驚きはしたが、予想できないことではなかった。
そういう性格の者達が揃っているのだから。
ましてやほとんどが、あの莢迦の知り合いである。

カタリナ 「・・・・・・みなさんに賭けるしかありませんか」

 

 

 

 

 

空を飛びまわって下にいる者達をかき回していた魔物の群れが見えない力に引き寄せられるようにバランスを崩して落下する。
落ちてきた魔物達を全て両断した影は、学院の屋根の上に着地する。

舞 「・・・・・・ふぅ」

――辛そうだね

舞 「黙ってて、気が散る」

――変わってあげようか、って言っているのに

舞 「必要ない」

先の戦いで舞が受けたダメージは決して低いものではない。
左腕の感覚はまだ完全に戻っておらず、佐祐理を庇った際に受けた魔法のダメージも大きい。
本来ならこうして動き回るだけで辛い。
けれど、黙って見ているのはもっと辛かった。

ズババババババババッ

銃撃音が響いて、何匹もの魔物がいっせいに駆逐される。

美春 「音夢先輩がいませんから、エマージェンシーモードで起動していますから、手加減はできませんですよ!」

本人の言っている通り、普段から撃つばかりの美春の戦い方は、いつにもましてがむしゃらだった。
どうやら美春は、音夢の力の借りなければ正常に動けないらしい。

――あの子も結構ダメージ受けてるのに、さすがに自己修復機能は強力だね

舞 「・・・どういうこと? 前も言ってたけど、美春を知っているの?」

――そうかもね。それよりも、早く変わってよ、今のあなたじゃ全然だめでしょ

舞 「・・・嫌」

――大丈夫だよ。あたしにだってプライドがある。ちゃんとあなたに勝つまではこの体の本当の主導権を貰ったりはしないよ

舞 「ま・・・!」

意識が闇に飲み込まれるように落ちていく。
代わりに表層に出てきたのは、普段の舞とは正反対の顔つきをした少女だった。

まい 「さぁてと。特別サービスで、今回は舞の敵を片付けてあげようね。舞を倒すのはこのあたしなんだから」

肉体のダメージを一切に意に介さないまいは、先までの舞より数段上の動きで魔物の群れに向かっていく。

まい 「よく見てなよ、舞。あたしの力は、こうやって使うんだよ!」

重力を操るまいは、慣性の法則を完全に無視した稲妻のような動きで左右に揺れながら魔物の真っ只中を駆け抜ける。
まいが通り過ぎたあとには、真っ二つに切り裂かれた魔物だけが残っていた。
レヴァンテイン本来の力を最大限に引き出したまいは、舞の時とは比べ物にならない強さを発揮していた。

まい 「さ、続き続き」

 

 

 

 

 

 

騒ぎの渦中から外れた場所。
普段ならば生徒達で賑わっているであろう場所に、レイリスは来ていた。
気配を消していても、誰がやってきているかはよくわかっていた。
同じ血が流れているのだから。

ミスティア 「ふん、サーガイアなぞついでだ。私の目的は、あくまで貴様を消すこと」

レイリス 「・・・・・・」

ミスティア 「どうした、私闘はしないのではなかったか?」

無言のまま、レイリスは双剣ツインスターを抜いて構える。
既に戦闘モードに入っている。

レイリス 「祐一様は多くの人死にを望まぬ方です。一刻も早く全ての敵を排除しなければなりませんので・・・・・・あなたのお喋りに付き合っている暇はありません」

ミスティア 「ほざくかっ!」

先に仕掛けたのは以前と同じくミスティアだったが、レイリスも今回はすぐに応じる。
手早く決着をつけて、他の皆の下へ戻るつもりだった。

ミスティア 「この間のような小細工は通用せんぞ」

影がいくつも生まれ、ミスティアの体がまるで分裂したように増えていく。
あっという間に周囲はミスティアだらけになってしまった。

レイリス 「いい趣味とは思えませんね」

ミスティア 「これではこの間の手は使えまい」

魔族ミスティアは、常に自らの影を生み出しているため、まともに攻撃しても本体にダメージを与えることは難しい。
前回は影と実態の誤差を測って攻撃することでダメージを与えたが、今回は相手も対策を練ってきている。
だがそうくることは、レイリスとてお見通しだった。

レイリス 「私に次の手がないとお思いですか?」

ミスティア 「小細工を労するしかどうせ手はなかろう」

本体の方は影の間を移動し、四方八方から攻撃を仕掛けてくる。
攻撃を仕掛けてくる瞬間はそれが実体なのだが、空間移動を繰り返されてはそれを捉えるのも難しい。
レイリスには空間移動の出現位置見抜くことができるが、その対策もミスティアは立てているらしく、うまく捉えられない。

レイリス 「・・・・・・く・・・」

はっきり言って、分が悪かった。
ああは言ったものの、レイリスにはミスティアに確実にダメージを与える術はない。
しかも長期戦になれば、先の戦いのダメージが抜け切っていないレイリスの不利はさらに高まる。
それは、ミスティアもよくわかっていることだった。

ミスティア 「くくく、一族の汚点、じわじわと嬲り殺しにしてくれるわ」

 

 

 

 

 

 

ヴァーミリオン 「ひゃぁーっはっはっはっは!」

東地区では、尚もヴァーミリオンが猛威を振るっていた。
指示が行き届いたためと、相手との力の差をはっきり悟ったため、皆不用意に近付かずに足止めをしようとするが、魔族の男はまったく意に介さずに前進する。

ヴァーミリオン 「おいおい、つまらん仕事だとは思ってたが、もう少し楽しませてくれよ。これじゃぁ、破壊しがいがない」

邪悪な笑みを浮かべるヴァーミリオン。
意思の弱い者は、その目を見ただけで失神しそうになっていた。
そんな中、二人の少女が人の壁を押し退けて前に進み出る。

真琴 「随分好き勝手やってくれるじゃない」

美汐 「学院をこんなに破壊して、許されると思っているのですか」

見ていた者達は内心、おまえらが言うな、と思っていたが、嬉しい増援ではあった。
沢渡真琴と天野美汐は、いまや講師達すら上回る学院の二強である。
普段は喧嘩ばかりだが、いざという時の連携にも定評があった。

真琴 「美汐、足引っ張らないでよ」

美汐 「あなたこそ、少しは考えて行動してくださいね」

悪態を付き合いながら、仕掛ける機会を二人は窺っている。

ヴァーミリオン 「けけけっ、少しは楽しませてくれそうだな」

真琴 「その余裕、いつまでもつかしらね! ファイヤーボール!」

火の玉が真琴の手から放たれ、ヴァーミリオンを直撃する。

ヴァーミリオン 「もう終わりか?」

美汐 「ハリケーンショット!」

真琴 「バーンショット!」

立て続けに魔法を放って攻撃する二人。
しかしヴァーミリオンは防御すらせずに全てを受け、しかもノーダメージだった。

ヴァーミリオン 「所詮人間なんざ、こんなもんかよ。がっかりだぜ」

真琴 「ちょ・・・うそ」

美汐 「まるで効いていない」

本人達に以上に、周りに見ていた者達の方が驚愕が大きかった。
二人の使っている魔法の威力は、他の学院生達が全力で放つもの以上の威力があるのだ。
それがまったく通用していない。

ヴァーミリオン 「俺様がっかりだぁ。せめて虫けらどもが泣き叫ぶ姿でも見なけりゃ気が収まらないなぁ」

細められたヴァーミリオンの目から殺気が迸る。
目を合わせた者はほとんどが気絶した。
それほど恐ろしい殺気だった。
真琴と美汐も、なんとかその場に留まるのがやっとである。

美汐 「これが魔族・・・」

真琴 「あぅーっ」

自信を持って飛び出してきた二人だったが、まったく考えが甘かったことを思い知らされた。
覇王十二天宮など問題にすらならない、圧倒的な魔族の力を感じていた。

美汐 「・・・死ぬ気でいけば、相討ちくらいは・・・」

真琴 「あぅー・・・できればそれは遠慮したいわよぉ」

歩み寄るヴァーミリオンを前に、二人は辛うじてまだ戦意を保っていた。
しかし、間合いに入った瞬間、二人は容赦なく殺されるだろう。
それほどのレベル差がある。

ヴァーミリオン 「!?」

だが、獲物を追い詰めたハンターのような顔をしていたヴァーミリオンの表情が変わる。
真琴と美汐も感じた、まったく別の殺気が叩きつけられているのを。
向けられているのはヴァーミリオン一人なのだが、近くにいただけで息苦しくなる。
二人は、この殺気を知っていた。

ヴァーミリオン 「くっくっくっく、いるじゃねぇか、楽しめそうなのがよぉ」

上位魔族である自分の歩みを殺気だけで止めた男に、ヴァーミリオンは向き直る。

ヴァーミリオン 「おまえ、何だ?」

幽 「俺に名を聞くとは、てめぇ、死ぬぜ」

ギラギラと光を発する金色の眼を持った男、千人斬りの幽である。
魔族を一睨みしただけでその動きを止められる者など限られていた。
このサーガイアに現在いる中では、幽だけであろう。

幽 「俺は寝起きで機嫌が悪ぃんだ。てめぇをぶっ殺せば少しは気が晴れるかな?」

ヴァーミリオン 「けっけっけっけっ、いいねいいねぇ、その力、その自信。おまえみたいなのを叩きのめすのこそ快感だぜぇ」

もはや二人の目に周辺の者達など映っていなかった。
完全に目の前の一人のみを敵として認識し、一触即発状態で対峙している。

美汐 「・・・いけませんね。みなさん、もっと離れて」

この二人が戦えばただでは済まない。
それをすぐに悟った美汐は、自分も含めてその場から退避する。

真琴 「ほらほら、巻き添え喰らうわよっ」

美汐 「・・・・・・」

下がりながら美汐は、二人のことを観察してみる。
レベルは、自分よりも遥かに上のため、はっきりとはわからない。
だからどちらが有利で不利かはわからないが・・・・・・、一つはっきりわかったのは、千人斬りの幽の体調が万全でないらしいことだった。
よく見れば、足元に血が滴っている。

幽 「さぁ、来な」

明らかにまだ完治していない体で、しかし幽はヴァーミリオンとの戦いに挑もうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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