Kanon Fantasia

第二部

 

 

第28話 運命の邂逅

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気がつけば、祐一は見知らぬ場所にいた。
いや、いたというのは正確ではない。
目に映る景色は動いていたが、祐一は自分の意思で動いてはいない。
これは、誰か他人の視点で見ている光景だった。

石造りの神殿のような場所。
清浄な魔力に溢れた建物だった。
まったく見たことも聞いたこともない場所の通路を、祐一は迷いのない足取りで進んでいた。
もちろん正しくは祐一が歩いているのではなく、誰か別の人物が歩いているのだが。

(夢・・・なのか? それにしては随分とリアルな感覚だな)

他人の意識の中にいるというのに、感じるもの全てが自分の感覚として捉えることができる。
見ること、聞くこと、魔力を感じる力も全て祐一の感覚そのままだった。

やがて開けた場所に出た。
高い天井は水晶に覆われているのか、綺麗な光を空から直接中に取り入れていた。
それでいてまったく眩しいという印象はなく、よくできている。

広場の中央、祭壇の前に誰かがいた。
この美しい空間に相応しい、綺麗な少女が跪いている。
“祐一”の存在に気付いたのか、少女は立ち上がって振り返った。

 

視界が暗転する。

 

また同じ、他人の視点から見ている。
おそらくは同じ建物の、バルコニーのような場所から外を眺めている。
傍らには、先ほどの少女がいた。

少女 「今日も来てくださったのね」

“祐一” 「わりと暇なんでな。ここの空気は清んでいて、気持ちがいい」

少女 「・・・そうかしら?」

“祐一” 「ん?」

少女 「いえ、ずっと住んでいると、あまりそういうことを感じなくて。それに私は、外を知らないし・・・」

そう言った少女の顔が、どこか寂しげに揺れる。
しかしすぐに、ぱっ、と明るい表情になって“祐一”の顔を見上げる。

少女 「ねぇ、また外の話を聞かせて」

“祐一” 「ああ、いいぞ」

他愛ない会話。
なんでもないことだったが、祐一には、二人がとても楽しげなのはわかった。

?? 「仲がいいんだ」

(!?)

少し時間が進んで、二人の間に割り込んできた声の方へ視線が向く。
その姿を見た時、祐一は驚いた。

(莢迦?)

バルコニーの下から見上げている女は、莢迦に酷似していた。
服装も違い、細かい部分を見比べれば大分違うのだが、その黒い髪と瞳、何よりまとっている雰囲気が莢迦そのものだった。
突然の乱入者に驚きはしたものの、その場にいる“祐一”と少女はその女に対して親しげな視線を向けている。

少女 「こんにちは、竜神姫さん」

竜神姫 「こんにちは、時の聖女様。今日もいい天気だね」

お互いに顔見知りらしい。
祐一にはさっぱり事情がわからないが、どうやらその女は莢迦ではなさそうだった。
もっとも、ここがいつのどこなのかわからない以上、判別にしようはない。

“祐一” 「どうしたんだ、こんなところで?」

竜神姫 「別に。ただの散歩」

“祐一” 「あまりうろついていると、またうるさく言われるぞ」

竜神姫 「連中は私がここにいるだけで気に食わないんだから、気にしたって仕方ないじゃない・・・っと、噂をすれば」

第四の登場人物が現れた。
神官風の男を先頭にして数人がやってくる。

神官 「許可なき者はここへ近付くなと言っておいたはずだが?」

竜神姫 「それは失礼。何しろ気まぐれなもので」

神官 「去れ」

竜神姫 「はいはい、揉め事を起こす気はないからね。んじゃ、美形カップル、まったね〜」

バルコニーの上の二人に向かってひらひらと手を振りながら竜神姫は歩き去っていく。
神官をはじめ、下にいる者達はいまいましげにその背中を見ていた。

神官 「得体の知れぬ者です。お二方、あまりあの者とお関わりにならぬように。では」

たしなめる様に言い置いてから、神官達も去っていく。

時の聖女 「・・・私には、あの方がそんなに悪い人には見えないのだけれど」

“祐一” 「仕方がないさ。人間はどうしても自分達と違う者には畏怖の念を抱く」

時の聖女 「私達だって、似たようなものなのに・・・」

 

また視界が暗転する。
今度は、場面が立て続けに何度も切り替わっていく。

 

「押し寄せてくる異形の数は、一万を越えています!」

「なんということだ・・・このような・・・」

「あの女だ! やはり奴を野放しにしておいたのが間違いだったのだ!」

 

時の聖女 「待って! 彼女は悪くないっ、ねぇ、あなたならわかってるでしょ!?」

 

“祐一” 「本当に・・・おまえがやったのか?」

竜神姫 「私が答えたとして、君はそれを信じるの?」

 

闇 「ふははははは、全て無に還るがいい!!」

 

神官 「もはや・・・これまでか」

“祐一” 「諦めるのはまだ早いさ。今は無理でも、未来に希望を託すことはできる」

 

“祐一” 「おまえも、この子達と一緒に・・・」

時の聖女 「いいえ、私はここにいる。ここしか、知らないから。それに、あなたがいれば怖くない」

 

闇 「お・・・のれ・・・今一歩のところで・・・・・・奇跡王ォォォ!!!」

“祐一” 「貴様の思い通りにはならん!」

闇 「これで勝ったと思うなよ。我は、必ず帰ってくるぞォォ!!」

“祐一” 「未来は希望に満ちている。貴様の野望が叶うことは決してない!」

 

時の聖女 「時が流れても・・・いつか、私を見付けてね。・・・・・・・・・・・きっと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

祐一 「・・・・・・っ」

目を覚ます。
いつの間に眠っていたのか、そもそも眠っていたのかどうかもわからなかった。
森の広場に、祐一は倒れていた。

祐一 「何だったんだ、今のは・・・?」

森の奥へと進んで行き、開けた場所に出て、木の根元で眠る少女の姿を見た瞬間に視界が暗転した。
夢を見ていたような気がしたが、はっきりと思い出せない。
何かとても、大切な夢だったはずなのだが。

ふと視線を感じて顔を上げると、木の根元で眠っていた少女が起き上がって祐一のことを見ていた。
目が合うと、少女はにっこりと微笑む。

少女 「こんにちは」

祐一 「ああ・・・こんにちは」

なんとなくそのまま挨拶を返してしまう。
その上で少女のことを観察する。

歳は十五、六。
腰まである長い髪は、森に溶け込みそうな鮮やかな緑色をしている。
着ているものは真っ白な服だけで、清楚な雰囲気を際立たせていた。
まるで森の精霊かと思えるほど綺麗な少女だった。

祐一 「君は・・・?」

少女 「私は、フローラ。あなたは?」

祐一 「俺は相沢祐一・・・・・・って自己紹介はさておき、こんなところで何してるんだ?」

迷いの森と呼ばれるほど深い森の奥、普通に考えれば人間が立ち入るような場所ではない。
そこで人と人とが遭遇する可能性は限りなく低い。

フローラ 「人を・・・待ってるの」

祐一 「人?」

祐一の抱く疑問にも気付かず、フローラと名乗った少女は屈託ない表情でそう言う。

フローラ 「もしかしたら、あなたかも」

祐一 「俺? って、初対面だろ」

フローラ 「うん。だけど、誰を待っているのか、私も知らないから」

祐一 「はい?」

誰を待っているのかもわからないのに、人を待っているという。
おかしな話だったが、フローラはまるで気にしていない。
むしろ本気で人が来るまで待っている、そういうタイプだった。

祐一 「いつ来るかも、誰かもわからない奴のことを待ってたのか?」

フローラ 「ええ、そう」

祐一 「ずっとか? いつから・・・?」

フローラ 「いつからだったんだろう? 忘れちゃった」

祐一 「おいおい」

まったくもっておかしな少女だった。
一瞬幽霊ではないかと思ったが、受ける印象は人間そのものである。
人外のものではない。

フローラ 「よいしょっと」

体についた草や木の粉を落としながら、フローラが立ち上がる。
そんな僅かな仕草でさえ絵になるほどの美少女だった。
思わず見惚れていた祐一と目が合うと、再びフローラは微笑みかける。
ドキッとして目を反らす。

祐一 「(何照れてるんだ、俺は)」

確かに規格外の美少女だが、同レベルの女の子ならば周りにたくさんいた。
特に、普段は強烈なキャラクターのせいでわかりにくいが、莢迦も見た目は常識外れの美少女だ。
しかし、この少女は今まで祐一の周りにいた女の子達とは異なるタイプに思えた。
明るい少女なのだが、どこか線が細く、儚げな印象を受ける。
一言で言うなら、守ってあげたいタイプの女の子だ。

祐一 「・・・・・・」

改めて周りにいる女の子達のことを思い浮かべてみる。
佐祐理。太陽のような笑顔の似合うお嬢様だが、芯は相当に強い。
舞。わりと脆い部分もあるが、毅然としていたそれを表に出さない。
名雪、あゆ、美汐、真琴、レイリス、音夢、美春、美凪などなど。
莢迦を筆頭に、個性の強い子達が揃っていた。
もっとも、フローラはフローラで特別な個性がありそうだったが。

フローラ 「何難しい顔してるの?」

祐一 「はぇ?」

思わず素っ頓狂な声を出してしまう。
ほぼ真下からフローラが祐一の顔を見上げていた。
視線を下げていくと、胸の谷間が・・・。

祐一 「と、とりあえず少し離れろ」

フローラ 「?」

この程度で照れるほど初心ではないが、変に見えていると理性が飛びそうだった。

フローラ 「祐一さん?」

祐一の考えていることがわかっていない少女が小首をかしげる。
その仕草もかわいい。

祐一 「で、なんだっけ?」

フローラ 「なにかしら?」

二人して首をかしげる。
そもそも祐一は何をしにここへ来たのか。
考えてみて、大した理由もなかったことに思い当たった。
ただ、魔力の集まっている場所が気になったから来たのだが、いつの間にかその流れもわからなくなってしまっていた。

フローラ 「あ・・・」

祐一 「え?」

フローラ 「それ・・・」

そっとフローラが手を伸ばしたのは、祐一が背負っている剣の柄に向かってだった。
祐一はデュランダルの柄を手に取ると、少女の前に差し出した。

祐一 「これがどうかしたか?」

フローラ 「・・・ここのところ」

指差したのは、柄の中心辺りに描かれている紋様の部分。
フローラは自らの懐から懐中時計のようなものを取り出してデュランダルに並べる。
すると、まったく同じ紋様が羅針盤の中央に描かれていた。

祐一 「同じだな」

フローラ 「うん」

よく見れば、全体的な造りもよく似ていた。

祐一 「それは?」

フローラ 「クロノス」

祐一 「クロノス?」

フローラ 「それ以上はわからないの。ただ、物心ついた時からずっと持っていたものだから。そっちは?」

祐一 「デュランダルっていう、こう見えても剣だ」

フローラ 「剣?」

祐一 「ああ」

柄の先を反対側に向けて、祐一は力を込める。
すぐに魔力が集まり、光の刃となった。
この場所の清浄な魔力のせいか、いつもよりも輝きを増しているように見えた。

フローラ 「わぁ・・・」

祐一 「どういう原理なのかはよく知らないけど。こういうものだ」

フローラ 「何だろう? はじめて見た気がしないなぁ」

祐一 「そう言えば・・・」

この場所に来た時からずっと感じていたが、祐一はこの場所を知っているような気がした。
ここそのものと言うよりも、ここが持っている独特の雰囲気に覚えがあると言うべきか。
ついでに言うと、クロノスと呼ばれる時計にも見覚えがあるような気がする。
ただし、どれも曖昧な感覚で、はっきりとわかるわけではない。

フローラ 「何だか不思議」

祐一 「そうだな」

フローラ 「こういうのってひょっとして、運命の出逢いとかだったりして」

祐一 「は?」

いきなり話がおかしな方向へ持っていかれる。
そこで祐一はつい先日の母との会話を思い出した。

『これから全然違う子と出逢って恋・・・』

祐一 「(って、飛躍しすぎだっての)」

フローラ 「そこからやがて二人は恋に落ちて・・・」

祐一 「・・・あのな」

この手の発想は、女の子からすれば飛躍でも何でもないのか。

祐一 「(俺がおかしいのか・・・?)」

それともこの少女がおかしいのか。
さっぱりわからない。

フローラ 「また難しい顔してる」

祐一 「そう・・・か?」

フローラ 「うん。おもしろい」

くすくすとフローラが笑う。
本当におかしそうに笑うので、怒る気も失せる。

フローラ 「やっぱり、あなたが私の待っていた人かも」

祐一 「俺に聞かれてもわからないぞ」

何しろ初対面に違いないのだ。
一方的に憶えられていたという可能性はあるのだが、フローラ自身が誰を待っているのかわからないのでは話にならない。
それでもフローラは、祐一が待ち人だと確信したような口振りだった。

フローラ 「一緒に行ってもいいかな?」

祐一 「俺とか?」

フローラ 「うん」

断ろう。
まずそう思った。
自分の旅には危険が付きまとう。
半年前にもそれを理由に一人で旅に出たのだし、つい先日も仲間達の多くに怪我を負わせた。
そんな旅に連れて行きたくはなかったが、一方でこの少女を連れて行きたいと思っていた。

祐一 「いいぞ、好きなようにして」

考えがまとまるよりも早く、口が動いた。
明るい笑顔の奥に、切実な思いを感じていた。

フローラ 「いいの?」

祐一 「頼みごとはそうそう断らない主義だからな」

フローラ 「あのっ・・・あのね・・・・・・私、外のこと・・・全然知らないの」

一転して、弱々しげな表情で俯くフローラ。
今度は、切実な思いを隠そうともせずに、潤んだ瞳で祐一のことを見上げる。

フローラ 「正直・・・怖い」

祐一 「でも、外には行きたいんだな」

フローラ 「うん」

祐一 「なら、俺が守ってやるさ。行くぞ」

フローラ 「うんっ」

祐一 「よし・・・・・・・・・っ!?」

歩き出そうとした祐一は、ふいに悪寒が走ってうずくまる。

フローラ 「ど、どうしたの?」

祐一 「・・・いや・・・・・・なんだ、この嫌な予感は・・・」

体の一部を抉り取られるような感覚。
このままでは、何か大切なものを失いそうな予感がした。

祐一 「まさか、サーガイアに何かあったのか!?」

怪我人も多くいるとは言え、カタリナやさくらなどの実力者も揃っている以上、大丈夫と思っていた。
今もその思いは変わらないが、得体の知れない不安感は拭えない。
早く戻りたいと思ったが、祐一には素早く移動する手段がなかった。
どんなに急いでもサーガイアまで丸一日はかかる。

フローラ 「・・・どこへ行きたいの?」

祐一 「何?」

フローラ 「大丈夫、行けるよ」

祐一 「何を・・・」

フローラ 「こっち!」

戸惑う祐一の手を引いて、フローラが広場の中心にある木へと誘う。
どこか不思議な雰囲気の木だった。
そして近付いてみると、この森の魔力の流れの中心がこれであることがわかる。

フローラ 「木に触れて」

祐一 「こ、こうか?」

フローラ 「思い浮かべるの、行きたい場所を」

祐一 「それで行けるのか?」

フローラ 「わからない。でも、できるって、この木が教えてくれるの」

祐一 「この木は、一体・・・?」

フローラ 「ユグドラシル・・・・・・さぁ、行こう。急がなくちゃいけないんでしょ」

祐一 「ああ」

言われたとおりに、木の幹に手を触れる。
それと同時に、フローラは祐一の腕に掴まった。

思い浮かべる、サーガイアを、仲間達の姿を。
光に包まれ、二人はその場から消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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