Kanon Fantasia

第二部

 

 

第27話 歌姫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数百メートル下で激しい戦いが行われている頃、建物の屋上で二人の美女が対峙してしていた。
一人は最上位魔族の一人、魔性の声で人を惑わすと言われるもの、セイレーン。
もう一人は、バハムート渓谷において歌姫と呼ばれる、白河ことり。

セイレーン 「・・・・・・」

ことり 「・・・・・・」

いずれも高レベルの実力者同士でありながら、対峙している空間は、音夢とガレスの戦いとは打って変わって静かなものだった。
しかし、既に戦いは、莢迦がこの場を去った時から始まっている。
今は両者ともに、リズムとタイミングを計っていた。
両者が武器とするのは、いずれも歌に魔力を乗せたもの。
しかも力が拮抗しているとなれば、先制攻撃を決めた方が有利になるが、そのタイミングを読まれれば、逆に返り討ちに合う。
これは別に、戦いとなれば全てに共通することだが。

セイレーン 「(白河ことり・・・・・・噂には聞いていましたが、これほどとは。やはり、ドラゴンロードマスターの血は恐ろしいですね・・・)」

ことり 「(どうしようかなぁ・・・)」

実はこの戦い、ことりが圧倒的に有利だった。
と言うよりも、既に主導権を握っている。
セイレーンは、ことりのもう一つの能力を知らない。

読心術。
相手が人間であろうと魔族であろうと、ことりには近くにいる者の心の声を聞くことができる。
深い場所まで知ることはできないが、戦いの際に相手がどう攻めるかを考えているのは手に取るようにわかる。
これが例えば、莢迦のように圧倒的にレベルが上の相手ならば、いくら動きが読めても対処しきれないのだが、互角程度の相手とならばこれほど有効な能力はない。

相手の手の内が全てわかった上で、今はタイミングを外す程度にとどめている。
本当なら誘ってカウンターで倒すことも可能なのだが・・・。

ことり 「(莢迦ちゃんの用事が済むまで時間稼ぎができればいいんだよね。戦いは嫌いだし)」

できることならこのままやり過ごしたかった。
けれど、それはさすがに虫が良すぎるだろう。

ことり 「(ちょっとだけダメージを与えて、帰ってもらおうかな)」

僅かにことりが隙を見せる。
その瞬間を逃さず、セイレーンの声が発せられる。

セイレーン 「―――――♪」

美しい音色が響き渡る。
少しでもその音に身を委ねれば、大量の魔力の影響を受けて相手の思う壺となる。
遅れてことりも声を発する。

ことり 「〜〜〜〜〜♪」

端から見れば二人の美女が優雅に歌っているだけにしか見えないだろうが、その実激しい魔力の削りあいが行われていた。
肉体の動きには限界があり、目は前面しか見ることはできないが、音は360度全方位から伝わる。
歌による戦いは、全ての方位に対して注意を払わなければならない、見た目とは裏腹に激しい戦いなのだ。

セイレーン 「!!」

数分の攻防のうちに、セイレーンは自分が相手に誘われたことに気付いた。
完全にペースをつかまれている。

セイレーン 「♪(・・・・・・)」

今更歌を止めるわけにはいかない。
せき止めるものがなくなれば、ことりの魔力を一気に受けることとなる。
だが、このまま攻め合いを続けていても、先に魔力を削り取られるのはセイレーンの方だった。

セイレーン 「(仕方ありませんね)」

歌を止めることはせずに、密かに別の術を発動させる。

ことり 「え?」

背後に魔法陣が浮かび上がり、そこから魚のお化けのような魔獣が出現し、ことりに襲い掛かる。
魔獣の出現に驚いたことりの歌が止まった隙に、主導権を握ろうとするセイレーン。
しかし・・・。

ことり 「・・・くす♪」

セイレーン 「っ!!」

それすらもことりの読みのうちだった。
魔獣を呼び出す肯定も、ことりにはしっかりとわかっていたのだ。

魔獣 「ギェエエエエ!!!」

ことり 「はい、あっちね」

軽くいなすだけで、魔獣はあさっての方向へ飛び去っていった。
予想外の展開に動きを止めてしまっていたセイレーンに、ことりの攻撃が加えられる。

ことり 「春風の唄♪」

風が吹き抜ける。
穏やかに感じられる攻撃が、しかしセイレーンの魔力を根こそぎ持っていく。

セイレーン 「く・・・っ!」

魔族にとって、魔力は力の源であり、その重要性は人間など他の生物が持つ魔力とはまったく異なっていた。
肉体に受ける攻撃が大きな効果を持たない反面、直接魔力にダメージを受けることは、魔族にとって致命傷となりかねない。

セイレーン 「(さすがは・・・・・・・・・私が、こうもあっさり・・・)」

負けを悟ったセイレーンは、最後の力を振り絞ってその場から転移した。
追うつもりは、ことりにはない。

ことり 「・・・ふぅ」

余裕の勝利に見えたが、そうではない。
単純な力関係で言えば、相手の方が上であった。
心を読む能力がなければ、或いは知られていたなら、結果は逆だったかもしれない。

莢迦 『ことり』

ことり 「莢迦ちゃん?」

頭の中に直接聞こえた声に答える。
話しやすいように目を閉じる。
互いの意識をシンクロさせて、特定の相手と交信をする、一種のテレパシーである。
これもことりの特技の一つだが、交信可能の相手は限られていた。
同様の能力を持つ相手か、莢迦だけである。

ことり 「用事済んだの?」

莢迦 『とりあえずね。で、私はもう少しぶらぶらして行くから、下にいる子達連れて一旦戻ってくれないかな』

ことり 「いいけど、どうするの?」

莢迦 『私がこの魔都を潰したんじゃ、面白みがないでしょ』

ことり 「またそういう・・・いつか痛い目見ますよ?」

莢迦 『それこそ上等。じゃ、お願いね〜』

交信が切れる。
毎度のことながら、ことりは苦笑する。
白河莢迦という人間は、何事も派手に楽しくなければ気がすまないタイプだった。
ただむしろこの場合、いくらなんでも莢迦一人で魔都全てを潰すのは無理があるのだろう。
戦力が整うのを待ち、尚且つおもしろくする。

ことり 「一石二鳥、か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔都の一角。
誰もいない、その薄暗い場所で、セイレーンは終わりを感じていた。
魔に属する者は、この世の摂理に反していると言われている。
それゆえか、生物とは異なる存在として認識される。
生物にとっての終焉は死だが、魔なる者にとっての終焉とは、消滅だった。

セイレーン 「・・・ここまでですか・・・」

消滅に対する恐怖はそれほどない。
人間が死に対して抱く概念とは、根本的な部分で違っていた。

セイレーン 「・・・仕方ありませんね」

より強い者が全てにおいて絶対。
それこそが、魔界における掟だった。
強者と戦って倒されるのなら、それが運命。
気にするほどのことではない。
別に今仕えている主に義理があるわけでもない。
ただ身近にいる存在の中でもっとも強く、支配欲を持つ存在だった。
それだけのことである。

ザッ

誰かが近付いてくる。
気配からすると、同族ではない。
人間だろうか。
計画の協力者だった人間の一団が魔都にいるという話は聞いていたが、実際に会ったことはない。

?? 「ふん、虫の息か。最上位魔族などと言っても大したことはないものだな」

人間にしては随分と高圧的な口調だと思った。
そう思ってみてから、こうして常に人間を自分達よりも下位のものとして扱うのが、魔族の最大の欠点なのではないかと感じた。
魔族が一般的に思っているよりも、人間は遥かに強い。
ガレスや自分の部下達も全滅させられたらしい。

?? 「だが、余の今後を考えれば、魔族の一人も飼い馴らしておけば便利かもしれんな」

声の主が近付いてくる。
もう見るという行為も困難だった。

?? 「ライブラよ、魔族と契約を結ぶにはどうするのだったかな?」

他にも誰かいるのか、セイレーン本人ではない誰かと話している。
話の内容までは聞き取れない。
聞く行為もできなくなってきている。

?? 「貴様、生きたくはないか?」

セイレーン 「・・・・・・」

質問の意味は理解できた。
考える行為はまだできそうである。
この人間は、自分と契約を結ぼうとしている。
契約にも様々な種類があれば、基本的には、代償を払って相手を従わせるものだ。
命を救うことを代償に、この人間はセイレーンを従属させようとしていた。

セイレーン 「(・・・それも、悪くありませんか)」

どうせ間もなく消滅する運命。
強いて生きようとする理由もないが、これも何かの縁と思ってこの人間に従ってみるのも悪くなかった。
もはや姿もまともに保てているかわからない状態ながら、セイレーンは人間の言葉に頷いた。

?? 「貴様の名は?」

セイレーン 「・・・セイ・・・レーン」

?? 「ならば、魔族セイレーンよ、我に従属せよ。我が名は、ゼファー・フォン・ヴォルガリフ」

セイレーン 「・・・ゼファー・・・・・・」

誰も知らない中、魔都の一角で、一人の人間と、一人の魔族の契約が交わされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

莢迦達が魔都で大暴れをしている頃、セフィナの森にいた祐一と夏海は、目当てのものを見つけることができた。

祐一 「・・・どう見てもただの木の実なんだが・・・」

夏海 「木の実なんだから仕方がないでしょう」

呪いを解くのに必要だと言うからどんなものかと想像していたのだが、一見すると本当にただの木の実のようだ。
というか、同じものをそこらのリスやらサルやらが平気で食べている。
森の動物達の日常の食料になっている程度のものが本当に呪いを解く道具になるのか、甚だ疑問だった。

夏海 「賢者の石は不親切だけど、嘘はつかないわ」

祐一 「それもよくわからなねぇんだけど、何なんだ、賢者の石って?」

夏海 「詳しいことは私達にもわからないわ。賢者の石とは何か、という情報までは石に記憶されてないから。ただ、古代文明が作り出したある種の記録装置みたいなものなんじゃないかしら? 異空間を内容するほどの力を持った石なんて、どうやって作るのかさっぱりだけど」

そもそも祐一には、紙に書き記す以外に記録を残す方法があるという時点で疑問が生じる。
魔法に関する知識が極端に薄い祐一には、どうやってもわからない話だった。

祐一 「ま、いいか。要するにこれがあれば、佐祐理さんを助けられるってことだな」

夏海 「単純明快ね。心配いらないわよ、世界最高がこれだけ揃ってる状態で、呪法なんて何の意味もなさないわ」

かつて最強と謳われた四大魔女と、その筆頭たる莢迦の姉妹弟子。
全員揃えば世界征服も可能なほどの戦力であると同時に、魔法知識の宝庫だった。

夏海 「さぁ、さっさと帰りましょう。この森はどうも調子が出ないわ」

祐一 「そうなのか? 俺はむしろ逆だけど・・・」

森の中に入って以降、祐一は妙に気分が高揚していた。
気分だけでなく、気力も充実している。
そこに流れている魔力が、限りなく純正に近いものであるのが原因らしかった。
自然に溢れる魔力を借りるのが祐一の能力であるが、野生に魔力は野生動物同様荒っぽいのだが、ここの魔力は大人しい。
しかも友好的で、祐一を受け入れているように思えた。

祐一 「(って、まるで生き物みたいに魔力を扱ってるな、俺)」

そう言えば、と思い出す。
サーガイアにいる間、少しだけ川名みさきと話す機会があった。
その際に、彼女が風水で気を操ることと、祐一の魔力を使う能力が似ている印象を受けた。
相手も同感だったらしく、そのことがしばらく話題に上っていた。
そしてみさきは、自分が扱う気の流れを、生き物のように話していた。

祐一 「(気も魔力も一緒ってことなのか?)」

なんとなく気になって魔力の流れに身を委ねてみる。

祐一 「?」

妙な感じだった。
いつも通り、体の中に魔力が流れ込んでくるのだが、それ以上に気になるのはこの森の中の流れそのもの。
流れに法則のようなものがあった。
一箇所を中心に、そう例えるなら体内を流れる血のように、心臓となる部分から生まれては還っていく。

夏海 「祐一?」

祐一 「・・・・・・」

何かがある。
魔力の流れの中心部に、何かが。

祐一 「母さん」

夏海 「何?」

祐一 「悪いけど、それ持って先に戻ってくれないか?」

夏海 「どうしたの?」

祐一 「ちょっと気になることがあるんだ。行ってみたい」

夏海 「・・・・・・」

息子の真剣な表情を見て、夏海は少し逡巡する。
この森のことはよくわかっておらず、一人で送り出すのは心配だった。
かといって一緒に行ってトラブルに巻き込まれた場合、帰るのが遅れる場合がある。
そうなれば佐祐理の命が危ない。

夏海 「・・・はぁ、わかったわ。でも、なるべく早く戻ってきなさいね。女の子達に、祐一は? なんて聞かれて答えるのは面倒だから」

祐一 「サンキュ」

軽く手を振って、祐一は森の奥へと消えていく。
その背中を見えなくなるまで見送ってから、夏海は帰り道を急いだ。

 

 

 

 

 

 

セフィナの森は、迷いの森とも呼ばれていた。
その名の通り、立ち入る者を迷わすのだ。
先ほどまで祐一と夏海がいたのは森のほんの入り口付近であり、まだ迷うような場所ではない。
しかし、さらに奥まで進もうとした者は、運がよければ森の外に追い出され、運が悪ければ永遠に森の中をさまようことになる。
人の手が一切入らない天然の森は、人間が作り出す迷路などよりも遥かに入り組んでおり、少し足を踏み入れただけで自分がどこにいるのかわからなくなる。
そんな中を、祐一はしかし迷うことなく進んでいた。

祐一 「・・・・・・」

目に映る景色ではなく、魔力の流れを追っているからだ。
魔力の流れは確かに何かを中心に回っており、その中心を目指すだけならば、祐一は絶対に迷うことはなかった。

祐一 「(・・・近い)」

当然のことだが、祐一にとってここははじめて訪れる場所だった。
だが祐一は、何故かここを知っているような気がした。

祐一 「!」

視界が開けた。
ずっと木々の屋根の下にいたため、陽光が目にしみた。
広場の中心に、一本の木があった。

そしてその根元で、一人の少女が眠っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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