Kanon Fantasia

第二部

 

 

第26話 魔王の野望

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

襲い来る魔族の数は三十以上。
対する音夢達はたったの五人である。
しかも最大の戦力たるはずの莢迦の戦線離脱で、圧倒的不利な立場だった。
とは言え、音夢は瞬時に、注意すべき敵はガレスと、キサール・ゲルドの三人のみと判断した。
もちろん他の魔族も十分に脅威だが、上位魔族はレベルが違った。

音夢 「親玉の相手は私がします。あとは・・・」

往人 「俺とそっちの天使娘で雑魚を片付ける。一対多数向きなのは俺達二人だからな」

あゆ 「うん、任せてよ」

潤 「なら、俺と美坂であの二匹だな。どっちにする?」

香里 「大きい方をあたしがやるわ」

往人 「決まりだな。余裕があったら他の連中のサポートもしろ。何も指しの勝負にこだわる必要はない。行くぞッ」

最年長者の往人が音頭を取り、五人はそれぞれに散る。
固まっていては大技を受ける恐れがある。
戦力は分散するが、多数を相手には乱戦に持ち込んで動き回った方が打開策が見つけやすい。

音夢 「行きますよ!」

ガレス 「フッ、再戦と行こうか!」

のんびりと時間をかけるつもりは音夢にはなかった。
自分自身のタイムリミットもあり、この状況では少しでも早く目前の敵を倒して味方の補助に回りたいところだ。

音夢 「はぁぁっ!!」

相手の最初の一撃を紙一重でかわし、そのまま懐へ飛び込み、腹部に向けて両手を突き出す。

ドンッ

ガレス 「ぐっ・・・!」

後ずさるガレスに追いすがり、さらに数発、拳と蹴りを見舞う。
顎を蹴り上げて体を浮かすと、そこから一気にラッシュを叩き込む。
当然一撃一撃には多大な魔力が込められており、一発毎に大きなダメージを与えている。

音夢 「やぁぁぁッ!!!」

ドォンッ!

最後の一撃でガレスの大柄な体を数十メートルも吹き飛ばす。
激突した建物は崩れ落ち、ガレスの体が埋もれる。

音夢 「ふぅ・・・」

先手必勝で、即効勝負を仕掛けたつもりだった。
これで倒せていれば理想的なのだが、すぐには警戒を解かない。
そして、瓦礫の山はすぐに吹き飛んだ。

ガレス 「ふっ、やはり楽しませてくれるな」

以前とは違い、ガレスは鎧を着ていた。
それによって、まったく防御力の数値が違っているのだ。
音夢のラッシュも、ほとんど効いていなかった。

音夢 「・・・・・・」

長引きそうな戦いである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドゴォーンッ!

地上数千メートルの高さにある塔の部屋で、壁が爆発した。
しかも、外部からの攻撃を受けてである。

レギス 「・・・・・・」

その光景を、部屋の中にいたレギスは淡々と見ていた。

莢迦 「はろー」

爆発を起こした張本人、招かれざる客は、気さくにレギスに挨拶をする。
もちろん同じ調子で応じる気など、レギスには毛頭ない。

レギス 「どうやってここまで来た?」

莢迦 「デュポーンの起こす風で、こうぴゅーっと飛んできの。それにしても案外脆いね、ここの壁。こんなんじゃ、すぐに崩れちゃうよ?」

レギス 「貴様にそんな心配をされるいわれはない」

莢迦 「あっそ」

レギス 「何をしに来た?」

聞くまでもないことだった。

莢迦 「それはやっぱり・・・・・・あなた達の目的を聞きに、かな」

そして莢迦の言葉は、レギスの思ったとおりものだった。
ただ魔族側を殲滅するつもりなら、今も暴れている召喚魔獣を使って中心部であるこの塔を直接、問答無用で攻撃してくるはずである。
当然そんな真似はさせないが、かと言って、総力を結集しても果たしてこの相手を止められるかは微妙だった。

レギス 「聞いてどうする?」

莢迦 「気になるじゃない。たとえば地上を支配しようなんて思ったとしても、こんな大仰なことはしないと思うんだよね。こんな、都市を一つ丸ごと持ってくるなんてことは」

レギス 「・・・・・・」

莢迦 「となれば、地上攻撃は途中経過に過ぎないんじゃないかな。本当の目的は、ここを拠点にもっと上を・・・」

レギス 「そこまでわかっているなら、わざわざ聞きに来ることはあるまい」

莢迦 「確認がしたかったんだよ」

レギス 「では今度はこちらが聞こう。それを知ってどうする?」

逆に問い返す。
正直レギスには、莢迦が何を考えているのかがさっぱりわからない。
魔界の最大勢力の一つを従えるほどの力がありながら、特に野心を抱くわけでもなく、ふらふらしている。
不可解極まりなかった。
そしてそれゆえに、危険だった。

莢迦 「さ〜ね」

はっきりとしない態度。
明確な敵対の意思は感じられないが、かといって絶対に味方ではありえない。

莢迦 「状況次第だよ。じゃ、またね。大いなる野望を抱く魔王、ボルキサスによろしく」

レギス 「軽々しく我らが主の御名を口にするな」

莢迦 「はいはい。ばいび〜」

ひらひらと手を振りながら、莢迦は自分が開けた壁の穴に向かって歩いていき、そこから飛び下りた。
下は垂直に数千メートルもあるのだが、その程度の高さは莢迦にとって気にするものではない。

レギス 「・・・やはり、危険だな。あの女」

だが、手は出せない。
下手に手を出せば、多大な犠牲を払わなければ倒すことはできないだろう。
いずれ必ず障害になるとわかっていながら、今は黙って見過ごすしかないとは、なんとも歯痒いものだった。

レギス 「魔王様の御為、貴様は必ずこの私が始末してくれる、ドラゴンロードマスター白河莢迦」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

潤 「おりゃぁ!!」

疾風の速さで繰り出された潤の槍が虚しく宙を突く。

潤 「ちっ!」

キサール 「人間にしてはやるな。だが、遅い」

高速で動き回るキサールの動きを、潤はまるで捉えることができずにいた。
辛うじてその動きを目で追えるものの、攻撃はまったく当たらない。

潤 「魔族ともあろう野郎が人間相手にちょろちょろ飛び回るだけかよ」

キサール 「安い挑発には乗らん」

見透かされている。
攻撃してくるのならば対処もできようが、ただ動き回られているのではいつか追いつけなくなる。
死角から幾度も攻撃を受けていくうちに、体力を削られるだけだった。

潤 「くそっ・・・」

 

一方、香里も方もゲルドを相手に苦戦していた。

ゲルド 「ふん!」

ドゴォン!

拳の一撃で大地が割れる。
まともに喰らえば人間の体など一たまりもなかろう。

香里 「この馬鹿力・・・。片腕のくせに」

ゲルド 「・・・白河莢迦に片腕を落とされたが、残った腕には以前を上回る力を得た。全てを粉砕する無敵の拳だ」

香里 「どうせならその時倒しちゃってくれればいいのに、あの人は」

ゲルド 「あの女への意趣返しがある。おまえの相手をいつまでもするつもりはない」

香里 「そう。なら、さっさと終わらせましょう」

香里の武器は、身の丈ほどもある巨大なバトルアックス。
それも、対魔族用の魔法処理がなされたルーンアックスである。
この武器に香里のパワーを合わせれば、魔族と言えども倒せる。

香里 「(とはいえ、正面からのぶつかり合いは不利。隙を見付けないと・・・)」

 

キサール 「取った」

潤 「甘ぇよ」

キィン

キサール 「何!?」

必殺のタイミングで死角から仕掛けたキサールの攻撃は、潤の槍ゲイボルグの石突部分で止められていた。

潤 「俺の動きじゃおまえを捉えられないけどな、攻撃してくる時だけは話は別だろ。捕まえたぜ!」

キサール 「おのれ・・・!」

微妙な力加減が槍の石突にかけられている。
押すことも引くことも難しい。
下手に動けば・・・。

ドンッ

キサール 「か・・・はっ・・・」

引き下がろうとしたキサールの体の中心を、ゲイボルグが貫いた。

潤 「おまえ程度、あの男に比べたら屁でもないぜ」

 

ゲルド 「むんっ!!」

気合を込めたゲルドの拳は、まさに大砲の一撃のようだった。
巨大な圧力を持って香里の正面から襲いくる。

香里 「・・・・・・!!!」

ぎりぎりまで引き付けてこれを見切り、紙一重で拳をかわす。
ルーンアックスを振りかぶった状態で必殺の間合いを取る。

香里 「やぁぁぁっっ!!!」

ドバッ!

渾身の力を込めた一撃が、ゲルドの硬い体に食い込む。
だが、一度だけで完全に切り裂けない。

ゲルド 「むぉぉぉぉぉ!!!!」

香里 「おとなしく・・・」

ドシュッゥゥ!!!

香里 「やられなさいっ!」

斧の刃が食い込んだ状態から、力だけで強引に振りぬく。
ゲルドの体は斜めに真っ二つになった。

香里 「ふぅ・・・」

 

 

 

潤と香里がそれぞれ上位魔族を倒している頃、往人は多数の下位魔族に取り囲まれていた。

往人 「ったく、うじゃうじゃと。国崎流法術、魂縛り」

魔族 「う、動けん・・・!?」

張り巡らされた魔力によって、全ての魔族はその場に縫いとめられたように動きを止める。

往人 「言ったろう。一対多数の戦いは得手なんだよ。天使娘」

あゆ 「ボクには月宮あゆっていう名前があるんだから、ちゃんと呼んでよ」

往人 「どうでもいいからさっさとやれ、あゆ。この技は結構疲れるんだ」

あゆ 「うんっ」

翼を広げて飛び上がったあゆは、頭上にセントクルスを振りかぶる。
十字架のロッドから発せられた光は、空に光十字を浮かび上がらせた。

あゆ 「グランドクロス!!」

その光十字が大地に向かって落下する。
大質量の光の魔力が大地を浄化し、魔族達は一斉に消滅した。

往人 「魔族と言っても、雑魚はこの程度か」

あゆ 「あんまり苦労しなかったね」

あっさり倒したように言っているが、実際には下位魔族一体でも並の人間にとっては十分すぎるほど驚異であった。
それだけ往人とあゆの力が凄まじいということだが、今回は相性の関係もある。
本人が言ったとおり、複数の敵の動きを封じられる往人と、広範囲の強力な攻撃を行えるあゆのコンビは、一対多数の戦いには向いていた。

往人 「さて、あの二人の方も終わったみたいだな。残るは親玉だけだな。加勢に行くぞ」

あゆ 「そうだね」

戦っているうちの移動してしまったため、二人は急いで元の場所まで戻る。
途中で、潤とも合流する。

潤 「そっちもさすがな」

往人 「大したことはない。それより、最後の奴は大物だ。全員でかかった方が早い」

と、先に戻っていた香里が立ち尽くしているのを見て、三人も並ぶ形で止まる。

潤 「どうした、美坂?」

往人 「何ぼーっとしてる。あいつに加勢するぞ」

香里 「・・・どうやってよ?」

往人 「どうって・・・・・・」

あゆ 「うぐぅ・・・」

その光景を見て、香里と同じように他の三人も沈黙する。
戦闘中の当人達は少し離れた場所にいるようだが、この場の光景が戦いの凄まじさを物語っていた。
普通でない崩れ方をした建物の数々。
スピードとパワーと、激しい魔力のぶつかり合いに、潤と香里は以前見た幽と元の勝負を連想した。
とても他者の介入できるものではない。

 

 

 

ガレス 「はっはっはっはっ、いいぞ! これほど楽しい戦いはひさしぶりだ!」

建物の壁に張り付いている音夢に向かってガレスの拳が振り下ろされる。
拳が叩きつけられた場所から重力に従って、下へおよそ百メートルに渡って建物が砕かれていく。
もちろん、音夢は寸前で攻撃をかわしている。

音夢 「まったく、なんて馬鹿力なのよっ」

落ちていったガレスを追って音夢も下へ向かう。
砕けた建物から姿を現したガレスに対して、真上から落下の勢いを加えた蹴りを見舞う。
建物の床がさらに抜け、一番下まで打ち抜いていく。
ダメージを受けすぎた建物は当然のように倒壊した。

音夢 「今度こそ、どう?」

崩れ落ちた瓦礫だけで、低めの山が形成できるだけの質量がある。
こんなところに埋もれれば普通は生きていまいが・・・。

ドンッ

ガレス 「どうした、そんなものか?」

音夢 「う〜〜〜、もういや・・・」

あまりのタフさに辟易する。
しかし、さすがに音夢の攻撃を何度も受けているだけに、ガレスの鎧にもヒビが入り始めていた。

音夢 「(もう少しか・・・、それまではもってね、私の体)」

持久戦になれば音夢の不利は明らか。
確実に倒すには、次の一撃で決める必要がある。
決めの一撃を放つ場所に、全ての魔力を集中させる。

ガレス 「ふっ、勝負を仕掛けてくるか。ならば俺も全力で応えよう」

互いに必殺の一撃を放つ態勢に入る。
正直、相手のこの性格は音夢にとっては助かる。
狡猾な相手ならば、音夢の体力が低いことを知れば、勝負を避けて持久戦に持ち込むこともあるだろう。
正面からの勝負は、音夢にとって唯一勝てる道だった。

ガレス 「行くぞっ!!」

瓦礫の山の上から、渾身の力を込めた拳を振りかぶったガレスが飛び上がる。
山をも砕くかもしれない上位魔族の一撃が、凄まじい圧迫感をもって迫りくる。

音夢 「ハッ!」

その相手に向かって、音夢も突っ込んでいく。
瓦礫の山の中腹付近で、二人は激突する。
両者の拳が正面から打ち合わされる。
だが、パワーならばガレスが上である。

ガレス 「吹き飛べっ!!」

音夢 「っ!!」

しかし、音夢のフィニッシュは最初に繰り出した拳ではなかった。
打ち合わされた勢いを利用して、音夢は時計回りに反転する。

ガレス 「何っ!?」

自分と相手の攻撃の反発力と、回転による遠心力、そして溜めておいた魔力の全てを右腕の肘打ちに込めて、ガレスの体の芯を捉える。
先ほどからの攻撃で劣化していた鎧は、攻撃を受けた一点から砕け、音夢の一撃はガレスの体を貫いた。

ガレス 「ぐ・・・・・・み・・・ごと・・・」

致命傷を受けたガレスの体は吹き飛び、今度こそ完全に消滅した。

音夢 「・・・・・・」

同時に、力を使い果たした音夢も、その場に倒れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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