Kanon Fantasia

第二部

 

 

第25話 奇襲戦開始

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突如として出現した謎の巨大都市の調査にやってきた香里、潤、往人の一行が見たのは、その魔都が何物かの攻撃を受けている光景だった。

往人 「何だこりゃ・・・?」

圧倒的な破壊力を見せる襲撃者側の魔獣が、魔都に救う無数の魔物を蹴散らし、建物を破壊してゆく。
魔都の中に入った三人の前にも魔物が立ち塞がるが、横合いから現れた魔獣によって全て蹴散らされた。
闘牛を数倍に膨れ上がらせたような姿をした魔獣、ミノタウロスである。

ミノタウロス 「ぐるるるるるる」

?? 「けっけけけけっ、ひさびさの大暴れだぜ! 雑魚どもどっからでもかかってきやがれ!」

その大牛の頭の上で、やたら偉そうにしている者がいた。
近付いて見ると、それは鼠だった。

潤 「鼠?」

?? 「あ? 何でこんなところに人間がいやがるんだ? おっとミノタウロス、人間は襲うなよ。で、おまえら何だ?」

往人 「いや・・・俺としてはおまえが何モノかの方が大いに気になるんだが」

?? 「そうか、確かに人間の感覚からすると鼠が喋るのは変に思うのか。まったく心の狭ぇ種族だな」

鼠のくせにやたらと態度のでかい奴だと三人とも思った。

?? 「まぁ、何だ、俺様はカイザーってんだけどよ」

しかも名前まで大仰である。

カイザー 「こいつらのボスみたいなものさ!」

ぺしぺしと乗っかっているミノタウロスの頭を足で叩く。
牛の方は無表情だが、蝿でも止まっているかのような鬱陶しそうな顔にも見える。

香里 「ボスってことは、この魔獣達は統制の取れた存在ってこと?」

カイザー 「おうさ。まぁ、こいつ以外はぜんっぜんリーダーである俺様の言うことなんて聞かねぇんだけどよ」

潤 「それはリーダーって言わないんじゃないか?」

カイザー 「気にすんな。なんせ俺様が一番偉くて最強なんだからな!」

魔物 「グァアアアアアア!!!!」

カイザー 「ぎゃぁああああああ!!!」

襲い掛かってきた魔物に、カイザーは飛び上がって驚く。
魔物はあっさりミノタウロスによって倒されたが、その時カイザーはどこかに消えていた。
敵がいなくなるとどこからともなく戻ってきて、再びミノタウロスの頭の上で踏ん反り返る。

カイザー 「けっ、ざまぁ見やがれってんだ」

往人 「おまえ何もしてないだろ」

潤 「つーか逃げてたし」

香里 「かっこ悪いわね」

カイザー 「う、うるせぇな! 今のちょっとした作戦だ!」

香里 「ああ、そういえば世の中の生き物の中には、餌に見せかけた体の一部で獲物を誘き寄せて食べるっていうのがいるって聞いたわね」

敵がいなければ、ぼへーっとしている大牛の上に恰好の獲物となる鼠が一匹。
まさに敵を誘き寄せる餌になりそうである。

潤 「あの牛、そんなこと狙ってると思うか?」

往人 「まずないな。だが、鼠の方も自分の立場を認識してないな」

潤 「所詮は獣か」

往人 「こんなの放っておいて先に進むぞ。こんな馬鹿みたいにでかい都市、絶対何かとんでもないものがあるからな」

カイザー 「おいおまえら、この先進むんなら気をつけな。敵もそうだが、俺様の手下どもに潰されないようにな」

実も蓋もないことを言って鼠が三人を送り出す。
三人がいなくなると、再び牛が暴れだしたらしく、破壊音が響き渡る。

 

 

 

 

鼠と牛のコンビによる破壊など些細なものだった。

白黒の縞模様の巨大な虎、白虎。
水を自在に操る海龍、リヴァイアサン。
大地を司る大蛇、ミドガルズオルム。
地獄の番犬と呼ばれる三頭の獣、ケルベロス。
猛る炎を撒き散らす魔獣、イフリート。
雷を降らす一角獣、イクシオン。
何もかも飲み込むもの、アトモス。
風を巻き起こす竜、デュポーン。
死をもたらす怪鳥、ヘル。
九つの術を使いこなす狐、九尾。
全てを凍らせる魔狼、フェンリル。

これらの大物に加えて、小粒の魔獣も無数に召喚されており、破壊を行っている。
対象となっている都市があまりに大きすぎるため、いまいち実感しづらいが、地上の並の都市ならば一時間もしないうちの壊滅させるほどの破壊力があった。

 

ガレス 「レギス、何事だ、これは?」

レギス 「・・・来たか」

遥か雲の上まで伸びる塔から見下ろせば、魔獣による破壊も小さなことのように見える。
しかし、ひしひしと伝わってくる計り知れない魔力が、生半可な敵ではないことを示している。
何よりレギスには、あの女が小規模な破壊に留めておいて自分達を挑発しているように思えた。

レギス 「やはり・・・何もかも予定通りとはいかないものだ」

ガレス 「あの程度の数、捻りつぶしてくれる」

レギス 「或いは総力戦になるかもしれん。だが逆に言えば、これを凌げば我らの勝利が決まるとも考えられる」

ガレス 「貴様にしては弱気だな。例の連中の半分は先の戦いで戦闘不能になっている。恐れることはあるまい」

レギス 「奴ならば、たった一人で我らを壊滅させるかもしれん」

ガレス 「馬鹿馬鹿しいっ、たかが人間だろう。確かにそれなりにできる奴はいる。しかし、ここは我らの本拠、魔都ボルキサスだぞ」

自信に満ちた顔で、部下を引き連れたガレスは襲撃者の排除に向かう。

レギス 「・・・ガレスの軍勢だけでは足りんな。セイレーン」

セイレーン 「それほどの相手ですか?」

レギス 「そうだ」

セイレーン 「心得ました」

僅かなやり取りだけで、セイレーンもその場から消える。
魔王貴下の最上位魔族二人と、その手下の軍勢。
本来ならば敵対勢力の拠点一つを楽に壊滅できるだけの戦力だが、レギスは、或いはそれさえも不足に感じていた。
だが、先のことを考えても、これ以上の戦力は割けない。

レギス 「良ければ相打ち、最悪でも足止めくらいになればいいが・・・」

一度戦ったからこそ、レギスにはあの女の力をよく知っていた。
だがそれは、普通の魔族であれば信じられないものであろう。

レギス 「認めたくなどなかろう。我らが主と同等の力の持ち主が人間にいるなどと・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

音夢 「めちゃくちゃです・・・」

片手で頭を押さえながら、音夢が呆れた声を発する。

あゆ 「おんみつこーどー、とか言ってなかったっけ?」

莢迦 「女心は秋の空だよ」

音夢 「莢迦さんを信用した私が馬鹿だったわ。この責任、どうとってくださるんですか?」

相変わらずの営業スマイルだが、声には明らかに莢迦に対する批難が混じっている。

莢迦 「とりあえず、出迎えに応じるのが礼儀じゃないかな」

周囲にはびこる無数の気配。
そのうちいくつかは、並の魔物とは明らかに一線を画する力を放っている。

莢迦 「ほら、来たよ」

そんな巨大な気配の一つが猛スピードで建物の影から飛び出してくる。

音夢 「?」

あゆ 「うぐぅ?」

まさに目にも止まらぬ速さで移動するそれは、周辺を飛び回り、最後に三人の隙間を通り抜けて、新たに出てきた別の魔族の肩の上で止まった。

キサール 「いかがかな、ドラゴンロードマスター。鍛え上げてきた俺の速さは」

莢迦 「速さねぇ・・・」

小柄な魔族は、半年前に魔界のバハムート渓谷近くで莢迦を襲撃した魔族の一人、キサールだった。
大柄の方も魔族も、同じくその場にいたゲルドである。

莢迦 「ああ言ってるけど、どう? 速さだって」

音夢 「まぁまぁ、でしょうか?」

あゆ 「結構速かったんじゃないかな?」

デモンストレーションで流を掴むつもりでいたキサールは、三人の反応のなさに唖然とする。
本来なら、人間には知覚することもできないほどのスピードだったはずである。

莢迦 「でもやっぱり、速さって言ったら・・・はい、音夢ちゃん」

ヒュッ

キサール 「!!?」

一瞬全員の視界から姿が消えた音夢が出現した場所は、キサールの真後ろだった。
気が付いたキサールは慌てて中空へ逃げる。

莢迦 「次、あゆちゃん」

キサール 「な!?」

続いて移動したあゆは、キサールよりも遥かに早くその頭上に達していた。
上から振り下ろされたロッドの一撃を、自らの攻撃で相殺し、その反動を利用して地面に逃れる。

莢迦 「このくらいなくっちゃね」

キサール 「・・・・・・」

動いている間中、キサールは常に莢迦に対して注意を払っていたつもりだった。
それが、背後を取られるまでまったくその動きを捉えられなかった。
一人天使がいたとは言え、上位魔族ともあろうものが人間を相手に戦慄を感じたことに、キサールは激しい屈辱を覚えた。

あゆ 「なんか、あんまり大したことないね、この人達」

音夢 「確かに」

莢迦 「だろうね。今まで出てきた連中は、むしろ上位魔族の中でもさらに上位、レギスやあなた達を襲ったって言う三人もたぶん・・・」

ガレス 「そう、最上位魔族。魔王クラスに次ぐ実力者達だ」

周囲を取り囲む無数の魔族達の中でも一際高い存在感を持っている二つの気配の持ち主が出現する。
二メートル弱ほどの鎧を着込んだ男ガレスと、薄布をまとった金髪の女魔族セイレーンである。

音夢 「この間の・・・」

キサール 「が、ガレス様・・・」

ガレス 「気にするな。こいつらの力は我々の想像以上だ。ゆえに手加減はせん。ここまで来た以上、生かしては帰さん」

セイレーン 「・・・・・・」

先に現れたキサール・ゲルドの二人すらも遥かに上回るプレッシャーを放つ二人の魔族。
数日前の戦いの時には、まだ本気でなかったことを音夢は知った。

音夢 「・・・どうするんです? ほんとに多勢に無勢ですよ?」

莢迦 「う〜ん・・・」

それほど慌てた様子も見せずに、莢迦は顎に指を当てて考え事をする。
ただ立っているだけなのだが、すぐにでも何かを始めそうで、警戒するあまり誰も動かない。
否、動けないのであることに気付いていたのは、セイレーンだけだった。

セイレーン 「(大きすぎるものは、近づくほどにかえってその大きさを見失いやすい。ガレスでさえ、この場にいる全員が彼女の僅かな仕草で威圧され、釘付けにされていることに気付いていないようですね)」

知らず知らずのうちに、場の支配権は全て莢迦が握っていた。
彼女が動かない限り、誰も動けない。

莢迦 「・・・うん、決めた」

そう言った途端、包囲網の一角を切り崩して誰かが乱入してくる。

香里 「ちょっと、こんな敵ばかりのところに来てどうするのよ!?」

往人 「人の気配がするんだから、気になるだろ」

潤 「お、あいつらじゃないか?」

往人の法術で気配を探りながらやってきた三人が莢迦達のもとに駆け寄る。

あゆ 「あ、いつかの」

潤 「ああ、相沢とかと一緒にいた子か。ひさしぶりだな」

香里 「あなた達だけ? 相沢君とか、川澄さんとかは?」

莢迦 「今はいないよ。それより丁度いいところに来たね、あなた達」

往人 「何?」

莢迦 「音夢ちゃん、あゆちゃん、それにあなた達、ここは任せたよ」

音夢 「はぁ!?」

往人 「なんだそりゃ、ってかあんた誰だ? でもってなんで仕切ってる?」

莢迦 「私はちょっと他に用事があるから、こいつらの相手は適当にして、危なかったら逃げてもいいから」

往人 「人の話聞けよ」

莢迦 「じゃ、そういうことで」

一方的に言うことを言った莢迦は、周りの魔族達を一切無視して高い建物を探す。
適当なものを見付けると、建物と建物の間を、壁を蹴りながら登っていく。
三角跳びを繰り返して登っていく莢迦を、皆唖然として見送っていた。

ガレス 「・・・は! お、追え・・・!」

セイレーン 「お待ちを。ガレス、あなたはここの始末をつけてください」

ガレス 「しかし・・・!」

セイレーン 「彼女を相手にいたずらに戦力を集めても無駄になるだけです。私にお任せを」

ガレス 「・・・・・・よかろう。俺は残ろう。任せる」

セイレーン 「はい」

女魔族は静かに頷くと、莢迦を追って上へと向かった。

潤 「・・・確かあの人って、千人斬りの幽の仲間だったよな」

香里 「はぁ、どうして四死聖とやらはこんなにも自己中心的な人ばかりなのかしら・・・」

往人 「俺には何がなんだかさっぱりわからんぞ」

あゆ 「うぐぅ、どうしよう?」

音夢 「どうするもこうするも、やるしかないのではありませんか? あちら様はやる気満々のようですし」

莢迦がいなくなったことで、場も支配は解けた。
全ての魔族が音夢達五人に狙いを定めている。
そして、ガレスの合図で、それらが一斉に動き出した。

 

 

 

 

莢迦 「じ〜」

周囲でもっとも高い建物の屋上までやってきた莢迦は、そこから見える中心部の塔を眺めていた。
嘗め回すように下からじーっと見ていく。

莢迦 「あの辺かな」

セイレーン 「何がですか?」

莢迦 「レギスのいそうなところ。あいつでしょ、今のところ頭やってるの」

セイレーン 「・・・そんなことまでおわかりですか」

背後にいる魔族に対し、莢迦はほとんど警戒心を抱いていないどころか、むしろ親しげに会話に応じている。
それは、たとえかかってきたとしても、十分の莢迦は応対できるからであり、それをセイレーンの方がよく認識しているからだった。
ガレスやその部下に比べて、このセイレーンという魔族の方が相手の強さを正確に把握している。

莢迦 「頭のいい魔族だね。邪魔できると思ってないんだ」

セイレーン 「私では、あなたが本気になれば足止めすらできないでしょう。あなたを倒せるとしたら、魔王様か・・・レギスならば、或いは」

莢迦 「ふ〜ん、何かあるとは思ってたけど、やっぱり今のレギスは完全な状態じゃないみたいだね。興味あるな、レギスの本気」

セイレーン 「・・・・・・」

莢迦 「で、どうするの?」

セイレーン 「・・・立場上、このまま見過ごすわけにもいきません」

気配が変わる。
雑談をやめて、セイレーンが戦闘態勢に入っていた。

セイレーン 「命を盾にしてでも、阻止させていただきます」

莢迦 「・・・・・・」

少し悩む。
最上位魔族とは言え、莢迦が本気を出せば捻り倒すことは容易い。
けれどそれではあまりに面白みにかける。
かといって、死に物狂いで向かってくる相手を軽くいなすのも面倒だった。

莢迦 「っ・・・・・・どうやら、あなたの相手をする必要はなさそうだよ」

セイレーン 「?」

莢迦 「任せたよ」

そこにいる誰に向かって、莢迦が言葉を投げかける。
寸前までセイレーンも気付かなかったが、そこに誰かがいた。

莢迦 「ことり」

ことり 「って、最上位魔族の相手なんて気軽に頼んでくれるね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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