Kanon Fantasia

 

 

 

間話 竜の郷

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔界。
ひとことでその世界を言い表すのなら、魔物の住む世界。
むしろ魔界という言葉が先に存在し、そこに住む者達のことを魔物と呼ぶようになったのが正しい。
だが実際、魔界の住人達にとっては、一緒にするな、という思いが働いている部分も多々あった。
この世界にも無数の種族が生息しているのだ。
その多様性は、地上と比べてもまったく遜色しない。
中でも、最も高い知能と強い力を持ち、もっとも恐れられている種族が二つ存在している。

魔族と竜族である。

力こそが全てを支配する魔界において、その二つの種族は絶対的支配者であり、魔界を二分して対立する者達でもあった。
ただし、どちらの種族も決して一枚岩ではなく、種族内にも多数の勢力が存在するため、種族間での大きな戦いは滅多に起こらない。
最近では、五千年前に魔界どころか地上界、天界、冥界、精霊界、神界すらも巻き込んだ大戦の時であった。
それ以外の間は、勢力境界線での小競り合いこそあれ、大規模が衝突はない。

彼らは滅多なことでは魔界で衝突を起こしたりはしない。
何故ならば、人間同士の争いと違い、魔族竜族のトップ同士が下手に全力で戦えば、支配すべき土地そのものを破壊してしまうからである。
それほど強大な力を持った種族なのであった。

 

 

 

 

 

莢迦 「さーてと、十年振りくらいだったかな」

切り立った岩山の上から魔界の景色を見渡す莢迦。
地上に住む生物に数倍する存在が多数生息する魔界は、当然それに合わせてスケールが地上とは桁違いである。
面積からして比較にならないほどの広さがあり、例えば今莢迦が立っている岩山なども優に高さ二万メートルを超えていた。
そして地平線は遥か数万キロ先であった。

莢迦 「相変わらずここに来ると、人間ってちっぽけだなーって思うんだよね」

一体この魔界がどれほどの広さなのか、正確なところは莢迦にはわからない。
少なくとも、地上を歩く感覚で移動していては、生きているうちには目的地に辿り着かないだろう。
莢迦の目的地まで、この場所からおよそ二万キロ。
メルサレヴ大陸を端から端まで歩いてもまだまだお釣りがくる距離だった。

莢迦 「もともと大きくて飛べる竜族はともかく、サイズ的には人間と大差ない魔族が空間転移を当たり前に使うようになったのは、必然だよね〜」

一息で数百キロから数千キロを移動することもできる空間転移は、魔界での移動手段としては当たり前なのだった。
もちろん、竜族などは音速の数倍の速度で飛行するため、必要はないが。
長距離移動には亜光速移動を使うらしい。

莢迦 「っと、解説はこのくらいにして、早く行こうかね」

もう少し魔界の超雄大な景色を堪能していたかったが、あまりのんびりしていると魔界嵐に巻き込まれる。
ちなみに魔界嵐とは台風のようなものであるが、魔界ではほぼ一定周期で起こるようになっていた。
激しいものになるとドラゴンさえ吹き飛ばされ、地上で吹けば小さな島を根こそぎ吹き飛ばすほどのものなので、油断はできない。

 

 

 

 

 

空間移動を使ってもいいのだが、これは距離が長くなるほど疲れる。
魔獣を呼ぶのも面倒だった。
そこで莢迦は、岩を削りだして板状にし、それに魔法をかけて硬度を増した。
板に乗って岩山を滑り降りる。
二万メートルも加速を続ければ、凄まじいスピードになる。
別に莢迦にとってははじめてやることではなかった。
岩山の麓には発射台が設けてあり、二万メートル分の加速エネルギーを斜め前方に向け、一気に目的地まで飛ぶという、実に単純で豪快な移動方法である。
音速を遥かに上回るので、並の人間がやれば死ぬどころか下に達する前に体がなくなっているだろう。
何しろ魔界は気圧が低いため空気抵抗も極端に低い。

ヒュゥーン・・・・・・!!!

岩山を降りきるころには肉眼で捉えられないほどの速度になった板が撃ちだされる。
巨大な放物線を描いてそれは、遥か二万キロの彼方を目指す。

 

 

 

 

残り千キロ弱くらいのところで魔界嵐が起こり始めたが、スピードに乗っている莢迦は構わず突っ込む。
しかし、むしろ気になるのは嵐よりも・・・。

莢迦 「やば・・・」

寸でのところで板から飛び下りる。
直後、超音速で移動中だった板が攻撃を受けて爆発した。

莢迦 「よっと」

ショートレンジの空間転移で慣性を消して地面に降り立つ莢迦。
すぐ後から襲撃者も現れる。

莢迦 「随分過激な挨拶だね」

レギス 「貴様相手にはこれでも大人しい方だと思うがな」

相手はつい先日覇王城で戦った魔族、レギスだった。

レギス 「正直、この間は貴様を侮っていた。そして、貴様は我々の計画の最大の障害となる可能性がある。ならば、今の内に消しておく」

莢迦 「この前は散々な目にあったくせに、まだ懲りてないの?」

レギス 「貴様は本調子ではなかろう。それに、何も一人で戦うだけが能ではない」

莢迦 「っ!!」

ドンッ!

咄嗟に反応してガードはしたが、別の魔族の攻撃を受けて数キロも吹き飛ばされる。
受身を取って両足で着地しながら、敵の数を把握しようとする。

莢迦 「二の・・・三」

?? 「ご名答」

莢迦 「わ・・・!」

さらに別の魔族からの攻撃。
魔界嵐は多量の魔力を含んでいるため、魔力を感知できる莢迦の能力を狂わせる。
だからどうしても反応が遅れがちになった。

なんとか連続攻撃をかわして態勢を整える。
だがその隙に三人の魔族に囲まれていた。

硬質な体をした17、80センチの男がレギス。
他に身長3メートル半はある巌のような魔族と、逆に12、30センチの小柄な魔族。

魔族大 「俺の名はゲルド」

魔族小 「俺はキサール」

レギス 「三対一だ、さしもの貴様も手が出まい」

莢迦 「さ〜、どうだろ」

レギス 「この嵐だ。得意の召喚術は使えんぞ」

嵐と言うが、地表にはまったく風は吹かない。
嵐が来るのは、遥か上空数千から数万メートルである。
とはいえ、魔力の風は吹き乱れているので、各々能力に支障をきたすことも多々あった。

レギス 「だがこちらは接近戦タイプのみで構成してきた。嵐の影響は受けん」

ゲルド 「手負いらしいというのがつまらんが、やるからには全力だ」

キサール 「覚悟するといい」

莢迦 「いや〜ね、か弱い女の子相手に三人がかりなんて」

レギス 「貴様が本当に竜王を倒したとすれば、これでも不足だろう。だからこそ万全になる前に叩きたいのだよ」

莢迦 「せっかちなことで・・・!」

話し終わらないうちから仕掛けてくる。

シャッ シュッ

両腕に鋭い刃を持ったキサールが素早い動きでそれを繰り出してくる。
普段ならかわせない速さではなかったが、先ほどの最初の攻撃によるダメージで動きが鈍っていた。
ゲルドと名乗った方の攻撃だったが、侮れない攻撃力である。

ヒュッ

ゲルド 「とった!」

莢迦 「ちっ!」

巨体だから動きが鈍重という理屈は魔族には通用しない。
確かに動きは巨体ほどスローだが、空間移動がそれを補って余りある役割を果たす。
背後を取られては莢迦といえどもガードするのがやっとである。

ドンッ

莢迦 「く・・・っ!」

頭上からの攻撃を受け止めたものの、激しい衝撃が体を下に押し付ける。
動きが止まった莢迦の全身をキサールの刃が切り刻む。

キサール 「終わりだ」

レギス 「死ね」

莢迦 「・・・っ!!」

最後にレギスの一撃を正面からまともに受け、莢迦は地面に倒れる。

莢迦 「・・・っつ〜〜〜」

ゲルド 「タフな奴」

キサール 「む、逃げるか」

レギス 「逃すな。必ず殺せ」

 

 

 

 

 

ほとんど抵抗せずに逃げる莢迦を、三人の魔族がなぶり殺しにしようとする。
しかし、全身ボロボロにされながらも、莢迦は倒れない。

レギス 「こいつ・・・不死身かっ?」

ゲルド 「まさか、人間だろう?」

キサール 「見ろ、既に傷の再生も追いついていない。虫の息だ」

レギス 「ならとどめを・・・・・・っ!?」

追い詰め、とどめを刺すところだったレギスだが、ふいに何者かの巨大な気配を感じて踏み止まる。
一歩でも踏み出していればただではすまなかった気がした。

?? 「魔族ども、我らの地で何をしている?」

?? 「返答次第ではただで帰れると思うなよ」

巨大な気配はすぐ前の岩の上からしていた。
そこには二頭のドラゴンが鎮座して、三人の魔族を見下ろしていた。

ゲルド 「竜族かっ!」

褐色の竜 「ここを我らが主、黒竜王バハムート様の治める地と知って踏み入ったか?」

濃紺の竜 「おまえら一体どこの連中だ? ここまでたった三人で来た魔族も珍しい」

レギス 「ふん、竜どもに用などない。目的を果たせばこんなところすぐにでも立ち去ってやるわ」

岩の上の竜二頭を警戒しつつ、魔族達は莢迦にとどめを刺そうと間を詰める。

褐色の竜 「魔族ども、立ち去れるつもりか?」

レギス 「こちらは三人だ。竜が二頭程度いたからどうだと言うのだ」

濃紺の竜 「二頭程度・・・か」

片方の竜が鼻を鳴らし、もう片方は肩を竦めながら上空を見上げる。

褐色の竜 「・・・もう魔界嵐も止んだ頃だな」

レギス 「?」

つられて上を見上げるレギス。
空はまだ厚い雲に覆われている。

レギス 「雲・・・? ・・・いや・・・まさか・・・・・・」

キサール 「どうした?」

レギス 「もうとっくに魔界嵐は止んでいる。・・・・・・・・・悪い冗談だ」

ゲルド 「どういうことだ?」

レギス 「魔界に地上のような雲などない。嵐が遠くの山から運んできた砂塵が空を覆うに過ぎない。それがなければ、魔界のあの真っ赤に燃えるような空は常に見えているはずなのだ」

だが実際、赤い空は遠くの方にしか見えず、レギス達の頭上は依然として何かが空を覆っている。
嵐ではなく、雲でもない、何かが・・・。

レギス 「よく見ろ、あれを」

空を覆う黒いもの、それは・・・。

キサール 「・・・確かに、悪い冗談だ」

ゲルド 「まさか・・・!」

レギス 「そのまさかだ。空を覆っているのは、数万のドラゴンどもの群れだ」

遥か一万メートル以上上空のため、よく目をこらさなければ見えないが、黒い雲には切れ間があり、それが蠢いている。
何か巨大な生き物が、果てしなく空を覆い尽くしていた。
数的に、この土地に住むドラゴンの四分の一は集まっているとレギスは踏んだ。

レギス 「引越しでもするつもりか?」

褐色の竜 「まさかな。ただの出迎えだ」

濃紺の竜 「ここ、バハムート渓谷のアイドルのな」

レギス 「!!」

竜達からのものではない殺気を正面から受け、レギスは思わず身震いする。
その者のどこにそれほどの力が残っているのかまるでわからなかった。

莢迦 「ザッシュ、ガーランド、何しに来たの?」

濃紺の竜(ザッシュ) 「なーに、ただの見物だよ」

褐色の竜(ガーランド) 「ひさしぶりに、我らがドラゴンロードマスターの戦い振りを見たいと、皆集まってきたのだ」

莢迦 「物好きだね〜。でもま、私もギャラリーが多い方が燃える性質でね」

刀を抜いて莢迦が三人の魔族の方へ向き直る。

莢迦 「さてと、続きやる?」

ガーランド 「好きにやって構わんぞ。我々は無粋な真似はせんからな」

ザッシュ 「少しは楽しませてくれよ」

キサール 「・・・どうする? レギス」

ゲルド 「ああ言ってるが、この数に狙われたら逃げるのも辛いぞ」

レギス 「・・・・・・竜どもは馬鹿正直だ、言ったことは守るだろう。こちらから手を出すか、あの女が死ぬかしない限りは介入してこないだろう。今なら逃げられるが・・・」

レギスは莢迦を睨む。
余裕を感じさせる笑みを浮かべて視線を返してくる莢迦。

レギス 「・・・この女を消せる絶好の機会を、逃すわけにはいかん!」

魔界嵐が去ったことで、本来の能力が存分に発揮できるようになっていた。
レギスはありったけの魔力を込めて莢迦を撃った。
しかし、魔界嵐の影響から解放されたのは莢迦の方も同じである。

莢迦 「よっと」

魔力を感知する能力。
どれほど速い攻撃でも、複数の感覚で追えばかわすのは容易だった。

キサール 「今度こそ確実に息の根を止めてやろう」

素早く莢迦の周りを動き回るキサール。
先ほどと同じ攻撃方法だ。
スピードのあるキサールが目に見える状態で動き回って撹乱し、そちらに気を取られている隙にパワーのあるゲルドが空間移動で接近し一撃を加える。

莢迦 「なかなかいいコンビだね。返礼に、ドラゴンスレイヤーの条件ってのを教えてあげる」

キサール 「何・・・っ!?」

残像すら残すスピードで動き回っていたキサールのすぐ横に莢迦が並ぶ。

キサール 「(速いッ!)」

莢迦 「その一、見れば一目瞭然のパワーと重量の差を考えると、小回りを利かせるスピードは必要不可欠」

キサール 「がっ・・・!」

裏拳がキサールの顔面を捉え、小さな体は大きく吹き飛んでいった。

シュッ

ゲルド 「おのれっ!」

ガシッ

ゲルド 「な・・・! 馬鹿なっ!?」

空間移動で背後に回ったゲルドの拳を、莢迦は左手だけで受け止めていた。
しかも高さだけで倍以上、重量では数倍のゲルドを相手に、びくりともせずに立っている。

莢迦 「もちろん、劣っていると言っても、パワーがあるにこしたことはない」

ゲルド 「ぐ・・・!」

莢迦 「ま、私は女の子だからこんなものだね。幽だったらこのくらいは指一本で十分か」

ゲルド 「貴様・・・!」

莢迦 「そして、ドラゴンの硬い鱗や表皮を貫く・・・」

ヒュンッ
ザシュッ!

莢迦の刀が閃き、ゲルドの腕が細切れになって斬り飛ばされる。

莢迦 「攻撃力」

ゲルド 「ぐぁ・・・っ!!」

片腕を完全に失って、激痛にうずくまるゲルド。
莢迦は刀についた血を振り落として、それを肩に乗せる。

莢迦 「幽の真似、なーんてね」

レギス 「つ、強い・・・」

一瞬の攻防を、レギスはただ茫然と見ていた。

レギス 「(息は上がっている、魔力とてほとんど使えていない。明らかに消耗はしているはずなのに・・・・・・勝てる気がせん! これがドラゴンロードマスター・・・・・・やはり、竜王を倒したのが真実ならば、魔王クラスの魔族でなければ手に負えんぞっ!)」

莢迦 「さて、さっきの借りは返したね。まだやる?」

レギス 「・・・・・・・・・いや・・・(奴を倒せるのなら、計画の遅延とつり合うと思ったが・・・・・・倒せもせずに計画まで遅らせるわけにはいかん)」

苦虫を噛み潰したような屈辱的表情を浮かべながら、レギスは他の二人の魔族とともに立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

莢迦 「・・・・・・・・・えーと・・・ここはどこだっけ?」

少女 「竜泉の館だよ、莢迦ちゃん」

莢迦 「・・・あ〜、ことり〜、おひさ〜。で、いつの間にここまで来たんだっけ?」

ことり 「ガーランド君の話だと、魔族を倒した後に倒れたって」

莢迦 「またか。気まで失うとは結構きてたもんだね」

ことり 「莢迦ちゃんの寝顔を見ようと皆が殺到して、ここまで運ぶのに苦労したって、ザッシュ君がぼやいてたよ」

手を口にあててくすくすと笑っている少女の名はことり。
フルネームだと、白河ことり。本名“白河”莢迦の娘である。
もっとも娘と言っても、実際産んだわけではない。
細かい謎はおいおい明かすとして、とにかく、莢迦の血を引く少女だということだ。
一応莢迦と同じで、雰囲気だけは清楚で可憐、赤く長いストレートな髪と、頭の上に乗っている白い帽子がトレードマークになっている。

ことり 「今回はしばらくいてくれるんだ」

莢迦 「まぁね。一年はいないと思うけど」

ことり 「十年振りなことを考えれば、少しでもいてくれると嬉しいよ」

莢迦 「かわいいことを」

手を伸ばして抱き寄せようとするが、さっと身をかわされる。
莢迦の娘ことり、特技は人の心を読むこと。

莢迦 「こら〜、逃げるな」

ことり 「くすくす、温泉入るよね?」

莢迦 「当然。そのために来たんだから」

竜族の住む大陸に沸く泉、竜泉。
地上で言うところの温泉みたいなものなのだが、ドラゴンの力を回復させる成分を含んでいるのが特徴だ。

ことり 「はぁ、それにしてもよかった、莢迦ちゃんが来てくれて」

莢迦 「ほえ?」

ことり 「みんなよくしてくれるのは嬉しいんだけど、たまには私だって羽を伸ばしたいからね」

莢迦 「ちょっと待った! あんた、私をスケープゴートのする気か、アイドル!」

ことり 「何言ってるの、アイドルは莢迦ちゃんも同じでしょ。世の中敵より味方が怖いですよね、お母さん」

莢迦 「う・・・」

ここは気に入っている場所だった。
既に半分竜の血を引いている莢迦にとっては第二の故郷のようなものだ。
しかし、それとこれとは話が違う。
バハムート渓谷において、白河親子の人気は絶大だった。
人気アイドルの運命か、ここにいると追っかけやらストーカー紛いのものまで出てくる。
誇り高い竜族としてそれでいいのかと問い質したところ、萌えの本能が勝るとおそろしく俗な答えを返されてしまった。

莢迦 「竜も所詮生き物・・・」

ゆっくり療養などできるのか、先が思いやられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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