「聞いてくれみんなぁ! 俺の名前は当真大河! 赤の書に選ばれた、アヴァター初の男の救世主候補だ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

DUEL SAVIOR
LEGEND

 

 

 

第2話 伝説・その始まり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アヴァター史上に残る空前の出来事が起こっている頃、ことりは学園外れの森にいた。

人工の森とは言え、基本的にあまり多くの人の訪れないこの場所は、集中したり落ち着いたらするにはうってつけで、ことりはよく利用している。

今は、召喚器ウィンディアを手に、その力のコントロールの練習をしているところだった。

 

「・・・・・・・・・」

 

音も無く、ことりは槍を振るう。

槍に限らず、鉄製の武器というものは一度もそれに触ったことのない人間にとっては想像以上に重いものである。大した鍛錬もなく扱えるような代物ではない。

だがこのウィンディアは驚くほど軽い。まるで羽毛のようである。これは召喚器特有のもので、その性質上持ち主がもっとも扱いやすい形を取るようだった。また召喚器を呼び出すと、それに合わせて身体能力も向上するため、ほとんど経験がなくてもある程度その武器を扱えるようになる。

ことりは元々さやかから一通りの武術の基礎を習っていたため、その感覚にすぐに馴染むことができた。それでも、さらに鍛えるよう精進すれば、より扱いに長けるのは当然のことだった。

この世界に召喚されてからおよそ四ヶ月、ことりは日々鍛錬を怠ることはなかった。

一週間に一度の能力測定試験でも、平均的な成績を収めている。リリィとは初対戦以来もっとも多く戦っており、対戦成績は2勝4敗1分けだった。芽衣子とは2勝2敗、リコには初戦で 敗れこそしたがその後は連勝しており3勝1敗となっている。今のところことり以降新しい救世主候補は呼び出されておらず、救世主クラスはこの四人だけだった。

 

ヒュッ

 

さらに槍を振るい、風を切る音が耳を突く。

ウィンディアの特徴である尾も、今ではかなり自在に操れるようになってきた。どうやらこの部分が風を発生させる役割をしているようで、その風を利用してある程度自由に動かせるようになっている。はじめの内はウィンディアの補助無しでは扱えなかったそれも、今では自分の意志で動かせる。しかもこの尾、ある程度の長さまで伸縮自在のようで、これを上手く利用すれば色々とトリッキーな戦術が使えるかもしれないと、現在模索中だった。

体を動かし続けながら、この四ヶ月を振り返ってみる。

授業内容が、救世主候補として必要な知識と経験を養うためのものであるということ以外は、元の世界にいた頃に通っていた学園での生活を何ら変わることはなかった。このまま破滅など訪れず過ごせていけたら、どんなに楽しいだろうと思う。けれど現実はそう甘くなく、徐々にだが各地で破滅の影響が出始めているらしい。つい先日も、辺境に住んでいた魔術師が作ったゴーレムが暴走し、王国の一個師団が出向いて捕獲するという事件があった。

 

「破滅、か・・・」

 

別に疑っていたわけではないが、それでも実際それを感じ始めるまでは半信半疑な部分もあったのかもしれない。

身近に魔法使いという特異な存在がいたとはいえ、ことりが暮らしていた世界、住んでいた国は基本的に平和な地だった。だから、世界の危機と言われてもすぐに実感を持てというのは無理は話である。けれど、それが現実ならば、全力でそれに対処しなければならない。

従姉は言っていた。物事はまず受け入れ、疑うことや、どうすればいいのかといったことは後から考えれば良い、と。

 

「ふぅ」

 

一通りの鍛錬を終えて、ことりは一息つく。それから、周囲に人がいないかを改めて確認する。

 

「・・・ちょっとだけなら、いいかな」

 

ウィンディアをしまうと、ことりは目を閉じて軽く深呼吸をした。

そして、柔らかな声で歌い出す。

静かな森の中に、ことりの歌声が響き渡る。

元いた世界では、歌が好きで、よくこうして誰もいない場所で歌ったりしていたものだった。聖歌隊にも所属しており、人前で歌うことも時々あった。

こちらに来てからはほとんどの時間を鍛錬に当てていたため、歌の練習はあまりしていなかったが、それでもたまにこうして人のいない場所で歌ったりしている。やはり好きだからだろう。

歌っている時は、特に心が落ち着いた。

 

「・・・・・・・・・」

 

しばらくの間、歌い終わった余韻に浸る。すると――。

 

ぱちぱちぱちぱち

 

「っ!」

 

突然響いた拍手の音に飛び上がる。

 

「はっはっは、いや見事見事」

「ど、どこ!?」

 

声はすれども姿は見えず。ことりが辺りを見回していると、頭上から物音がした。

 

「とう!」

 

スタッと音を立ててことりの前に降り立ったのは・・・。

 

「め、芽衣子!?」

「左様。芽衣子様参上」

「い、いつからそこに・・・」

「何、つい今し方だ。邪魔をするのも悪いと思ってこっそり近付いた」

「あはは・・・そ、そう」

 

誰かに聴かれているとは思わなかったので、少し恥ずかしくて顔を赤らめながら苦笑する。

この芽衣子というクラスメートも不思議な少女だった。

学園には、ことりがどうやっても心を読めない人物が3人いた。一人は10日ほどに一度の割合で姿を見せる特別講師の相沢祐一。あとの二人は、同じ救世主クラスのリコ・リスと、この橘芽衣子だった。

普通の、ちょっと悪戯好きの少女かと思いきや、時々妙に達観したものの考え方をしたりする。また、かなり博識だったりもした。見た目は同い年くらいだと言うのに、ずっと年上のように感じることがあり、それでいてたまに幼さも覗かせたりする。

 

「ところでことり、その様子ではまだ知らんな」

「え、何が?」

「何でも今日、新しい救世主候補が現れたらしい」

「あれ? でも、リコは何も言ってなかったよね?」

「うむ、どうも色々と腑に落ちない点があるようだが、驚くべき点はそこではない。召喚された候補は二人いたそうなのだが、なんと・・・」

 

芽衣子はそこで一旦言葉を切り、少しもったいぶった仕草をする。こうした芽衣子の、いかにも芝居がかった話し方は彼女の特徴なので、ことりは黙って続きを待つ。

 

「その内の一人は、男らしい!」

「男の人?」

「うむ、醜く汚らわしい世界の半分を汚染するケダモノの、あの男だ」

「いや、そこまで言うことは・・・」

「まぁとにかく、詳しいことは私もまだ知らんのだが・・・召喚されたのは男女の兄妹で、兄の方が資格試験として例のゴーレムと対戦したらしい」

「ゴーレムって、あの?」

 

先日辺境で暴走し、主の魔術師を殺害し、王国が派遣した一個師団が捕獲したはぐれゴーレムのことだとしたら、一般人には荷が勝ちすぎる相手だった。救世主候補ならば対処のしようはあるが、召喚されたばかりで対戦するにはかなり危険なはずである。

 

「それで、どうなったの?」

「あえなくぺしゃんこに・・・」

「ええっ!?」

「・・・なる寸前に妹の方が召喚器を呼び出し、僅か2発でこれを撃退したらしい」

 

ほっと息をつく。ぺしゃんこに、の件で声を沈めるものだから一瞬本気にしかけた。芽衣子が言うと冗談なのか本気なのか時々わからないところが怖い。

 

「召喚されたばかりでゴーレムを2発かぁ。リリィが聞いたら騒ぎそうだね」

「待ちたまえことりん、驚くのはまだ早い」

「?」

「実はこの時点ではゴーレムはまだ活動を停止してはいなかった。むくりと起き上がり、そうと気付かぬ少女の背後に忍び寄り、その拳を振り下ろした」

「そ、それで?」

「その拳は受け止められていた。兄の方の手によって。そしてその手には、召喚器が握られていたとのことだ」

「男の人の・・・救世主候補?」

「今は学園中が大騒ぎだ。ゴーレムを2発で倒した妹もさることながら、史上初の男性救世主候補出現の報に皆沸き立っておる」

 

自身も召喚された身とはいえ、既にここでの生活も四ヶ月である。ことりはアヴァターに関する一般的な知識を一通り学んでいた。そしてそれによると、過去に現れた救世主候補は全て女性に限られていたという。

即ち、男性の救世主候補というのは前代未聞なのである。学園中が沸き立つのも無理からぬ話だった。

 

「ふん、騒ぐしか能のない愚民どもめ」

「いや、何でそこで芽衣子が怒るのさ」

「とにかくだ。これからさっそくその男とやらを値踏みしに行かないか?」

「値踏みはともかく、会ってはみたいかな」

 

新しい救世主候補ならば、今後はクラスメートになる仲の相手である。どんな人物なのか気になるところだった。

ことりと芽衣子は、新しい仲間に会うために学生寮へと戻ることにした。

 

 

 

 

 

寮へ近付くと、ことりと芽衣子の方へ向かって走ってくる人影があった。ある意味において有名な人物で、二人とも一応顔見知りだったのですぐに誰だか気付いた。

 

「セルビウム君?」

「うむ。確かにあれは傭兵科のセルビウム・ボルトだな」

 

ボサボサに逆立った金髪と、背負った大剣が特徴的な少年は、二人の前まで駆け寄ってきた。

 

「あー、いたいた。白河さん、今日もお美しいですねー」

「あ、ありがとう。どうしたの? セルビウム君」

「実は・・・です、ね・・・」

 

口を開きかけたセルビウムが顔を引きつらせながらたじろいでいる。

その視線の先を追っていくと、ことりの隣で怪しく目を光らせている芽衣子に辿り着いた。

 

「ほぉ〜、ことりには賛辞を送り、私には挨拶すら無しとは、いい度胸だなセルビウム・ボルト」

「えっ、いや、も、もちろん橘さんもお美しい・・・!」

「とってつけたように言わんでも良い。別に怒ってはいないからな」

 

抑揚のない声で言う芽衣子の顔は確かに怒ってはいなかったが、さりとて笑ってもいなかった。

 

「それで何の用だ? さっさと用件を言うが良い」

「は、はいっ。上代先生が、新しい救世主候補生を寮に案内するのに、誰か救世主クラスの人を呼んでこいと」

「あ、ちょうどよかった。私達もその新人さんに会いに行こうって思ってたところだから」

 

渡りに船とばかりに、ことりと芽衣子はセルビウムに連れられて寮の玄関を目指す。

寮内に入ると、教養科教師の上代蒼司と、見知らぬ男女の姿があった。

ことりがまずは上代先生への挨拶を、と思って口を開きかけたところで、その視界を遮るように目の前に立つ者がいた。突然の出来事に唖然としているとその相手はことりの手を取って――。

 

「ずっと前から愛してたぜ。あ、俺、当真大河。君、かわいいね、名前は?」

「へ? あの、白河ことり、です」

「いい名前だね、君にぴったりだよ。それでさ、今度デートしない? お望みならこのまま部屋まで行っても・・・」

 

ドカドカッ!!

 

唐突にナンパを始めた男の顔面と後頭部に拳がめり込む。絶妙なタイミングで同時に前後から決まった攻撃で、男は悶絶した。

 

「もう、お兄ちゃんたらっ!」

「まったく、隣にこんな美少女がいるというのに真っ先にことりから口説こうとはけしからん男だ」

 

芽衣子の言い分は何かが違うような気がするな、と思いながら、ことりは倒れ伏した男の安否を確かめようとする。

と、男は何事もなかったかのように立ち上がり、乱れた髪をさっと整えると、今度は芽衣子の手を取った。

 

「何だ、いきなりヤキモチかい? 心配しなくても君のこともちゃんと見てるから。それじゃあさっそく行こうか。あ、その前に君の名前・・・」

「一人で逝けぃっ!!」

 

ドゴォッ!!

 

「ぐほぁっ!」

 

芽衣子の放った強烈なアッパーカットによって、男の体が宙に浮く。天井近くまで浮き上がったところで落下を始め、その身は床に沈みこんだ。さらに、倒れた男の背中を芽衣子が踏みつける。

 

「私は橘芽衣子という。芽衣子様と呼べ」

「ぐ、むぅ・・・」

 

床に倒れながら、まだ意識があるようで、男は少しずつ顔を上げていく。

 

「・・・・・・・・・白、か」

「きゃっ」

 

頭を持ち上げた男の視線は、ことりの方を向いていた。ことりは咄嗟にスカートを押さえる。

 

ドカッ!!

 

「つまらない最期の一言だったな」

 

男の頭を踏みつけながら言う芽衣子の視線は、この上なく冷たかった。

 

「さてと、そろそろ話を進めてもよろしいですか?」

「えーと、いいような悪いような・・・とりあえずどうぞ、上代先生」

 

一連の事態にまったく動じず、上代が尋ねる。ことりは苦笑しながらそれに応じた。

 

「僕はまだ職員会議があるので、お二人を部屋まで案内してあげてください」

「わかりました。おつかれさまです」

 

では、と軽く会釈しながら、上代は立ち去って行った。

上代蒼司、前述したように教養科の教師で、若いながらに優秀な人物である。年下の生徒達相手でも礼儀を尽くす好青年として、特に女生徒達から人気があり、それでいて男子生徒からもそれほど嫌われてはいない。

その後、改めてことりと芽衣子は、二人の新人と挨拶を交わすこととした。

 

「改めまして、救世主クラスの白河ことりです」

「同じく、橘芽衣子だ」

「当真未亜です。で、こっちが兄の、当真大河です」

「うっす、よろしく」

 

妹の未亜は、長い黒髪の大人しい雰囲気の少女である。兄の大河は、黙って立っていればそれなりのハンサムだが、先ほどの言動から鑑みるに、性格は軽そうだった。

 

「とりあえず、部屋まで案内しますね、当真さん」

「あ、私のことは未亜でいいです」

「じゃあ、私のこともことりで。よろしく、未亜さん」

「はい、よろしくお願いします、ことりさん」

 

ことりと未亜は早くも良い雰囲気で話をしながら寮の中を進んでいく。

その後を大河がついていき、さらに後ろを歩いていた芽衣子がぴたりと立ち止まり、もう一つ後ろを振り返った。

 

「どこまでついてくる気だ? セルビウム・ボルト」

「へ?」

「この先は救世主クラス専用の、しかも女子寮だ」

「あ、そ、そーっすよねー!」

「うむ、そうなのだ」

「あははは、うんうん、そうでしたよね、橘さん」

「芽衣子様だ」

「そうそう、芽衣子様。あは、あはははははは」

「はっはっはっはっは」

「あはははははははははははは!」

「芽衣子様あたっく!!」

 

ドゴォッ!!!

 

痛烈な芽衣子の一撃を受けたセルビウムは、悲鳴を上げる間もなく廊下をすっ飛んでいき、玄関の扉を打ち破って外に転がった。

 

「扉はちゃんと閉めておけよー、セルビウム・ボルト」

 

そう言い残すと、芽衣子は先に向かった三人を追って行った。

 

 

 

 

 

「わぁ、素敵!」

 

案内された部屋を見て、未亜が声を上げる。そこは、どこの貴族の令嬢が使う部屋か、と思わせるほど豪華で立派な部屋だった。ことりもはじめてこれと同じ造りの部屋を与えられた時は驚いたものである。しかし、世界を救う可能性を秘めた救世主の卵に対する待遇としては、決して大きなものではないのだという。何と言っても、救世主になれば世界に全てが思いのままになるというのだから。

未亜ほどではないが、兄の大河も部屋を見て感心している。

 

「さすがに救世主様に対する待遇は違うぜ。屋根付きのベッドなんてはじめて見た」

「ほらほらお兄ちゃん! ベッドふかふか〜」

「おお! こりゃくせになりそうだな・・・」

 

はしゃぐ当真兄妹はよほど豪華な部屋が珍しいのか、五分ばかりあっちできゃーきゃー、こっちでわーわー言って落ち着いてからことり達のところに戻ってきた。

 

「気に入ってもらえましたか? 未亜さん」

「うん! こんな素敵な部屋に住めるなんて夢みたい」

「実は夢だったりしてな? 朝起きたら野原で、辺りには葉っぱが散ってるんだ」

「ほう、よく見抜いたな当真大河」

「何! マジなのか!?」

「冗談だ」

「脅かすなよ・・・」

 

大河と芽衣子は二人して乾いた笑い声を上げる。相変わらず、芽衣子の冗談は本気と区別がつかないので、はじめて聞く人は心臓に悪そうだった。

 

「えっと、次は大河君の部屋だけど・・・隣でいいかな?」

「おう、どこでもいいぞ」

「ちょっと待て、ことり」

「ん?」

 

次の部屋へ案内しようとしたことりを芽衣子が制する。

 

「まさか、コレを同じ階の部屋に入れるつもりか?」

「会ったばかりの相手をもうコレ扱いかい!」

 

物言いに抗議する大河のことはさておき、ことりはしばし考える。確かに芽衣子の言い分にも一理はある。

まず第一に、ここは女子寮である。これは、救世主候補が今まで女性に限られていたのだから当然のことだった。そこへ男子が入寮するというのは、様々な問題が付きまとう。

だがかといって、男子寮に空きがあるかというと、否だった。というよりも、今現在全ての寮を合わせても、救世主クラス専用のここ以外に空き部屋は存在しない。フローリア学園は町から遠く、また多くの学生が通っているため、慢性的に学生寮は部屋不足なのだ。

 

「どうしよう・・・確かに芽衣子の言うこともわかるけど、大河君にも部屋は必要だし・・・」

「あ、それなら私の部屋で・・・」

「うむ、それなら良いだろう」

「いいの!?」

 

未亜の提案に何故か頷く芽衣子。

 

「兄妹なのだろう。私にも兄がいてな、しかも貧しい田舎神社の神職の出だったからな、社の一間で枕を並べて寝ていたものだ」

「芽衣子さんにもお兄さんがいたんですか?」

「というか、私も初耳・・・」

 

あまり自分のことを話そうとしない芽衣子の過去に関する話を聞くのは、ことりもはじめてだった。

一方、大河はその話を聞いて何か思い悩んでいる。

 

「ん? お兄ちゃん、どうかした?」

「・・・・・・神職の出、って言ったよな、今?」

「言ったが、それがどうした?」

「・・・巫女さん・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 

大河の呟きに対して、芽衣子はかわいそうなものを見るような目をした後、大きなため息をついた。

 

「はぁ・・・つまり今おまえは、私の巫女姿を想像して欲情したと、そういうことか?」

「正解! そういうことだ」

「芽衣子様あたっく!!」

 

ドゴォッ!

 

「がへぇっ!」

 

本日二度目のアッパーカットを受けて、大河が床に沈みこむ。

 

「お・に・い・ちゃん? またそういうことを・・・」

 

倒れ伏した大河を、未亜が白い目で見下ろしていた。

 

「まぁ、そんなに私の巫女姿が見たければ、気が向いたらその内見せてやる」

「え! いいの!?」

「お兄ちゃん!!」

「ごめんなさい」

 

パッと表情を明るくして起き上がった大河だったが、未亜に睨まれて即座に頭を下げた。

兄妹の力関係がよくわかる光景は無視して、芽衣子は話を続ける。

 

「しばらくはそれで良かったのだがな。兄に想い人ができてからが大変だった」

「大変って?」

「何しろ兄は超がつく鈍感な上、奥手の極みだったからな。どのタイミングで遠慮すべきか見極めるのに苦労したものだ」

「「「・・・・・・・・・・・・」」」

 

生々しい話題に、聞いていた三人は一様に顔を赤くしていた。

ことりと未亜はもちろん、見るからに女好きっぽい大河も、どうやら根はわりと純情らしい。

 

「まぁ、私の話はどうでもいいとして・・・それでは最初の問題は解決せんな」

 

芽衣子の語った理屈では兄妹が同室で過ごすのは良いが、女子寮に男子を住まわせるという最初の問題は良くないらしい。話は振り出しに戻った。

 

「お、そうだ。良い部屋があるではないか」

 

ぽん、と手を打った芽衣子は、天井を指差して言った。それが意味するところを察したことりが、何とも言えない表情を浮かべる。

 

「良い部屋って・・・芽衣子、まさか・・・・・・」

 

 

 

 

 

「な、なんじゃこりゃーーー!!!・・・・・・ぶほっごほっ、ぐへっ」

 

声を張り上げた後、舞い上がった埃でむせた大河は、激しく咳き込んだ。

埃を吸わないよう、ハンカチで口元を押さえたことりが窓を開けて空気の入れ替えを行う。

そこは、最上階のさらに上にある、ひらたく言えば屋根裏部屋であった。余談ながら、他の棟では物置になっているような場所である。

長らく手がついていなかったのか、部屋の調度品などは整っているものの、非常に埃っぽかった。

 

「どうだ? ペントハウスだぞ」

「どこかだっ!?」

「あ、お兄ちゃん見て見て。いい眺めだよ、この部屋」

「じゃあ変わってくれ、未亜」

「それは嫌」

 

笑顔で兄の頼みを切り捨てる妹。

 

「そう渋るな。掃除くらいは手伝ってやる」

「くそぅ・・・救世主様に対してなんて扱いだ・・・」

 

それから四人がかりで掃除をした結果、部屋は古さこそ否めないものの、普通に住むのに問題ない程度には綺麗になった。

 

「さてと。未亜さん、案内しますから、この後一緒にお風呂に行きませんか?」

「あ、いきますいきます。ちょっと汗もかいちゃったし」

「風呂か・・・」

「覗くなよ」

「何言ってんだ。俺がそんなことするわけないじゃないか」

「お兄ちゃんだからこそするんでしょ。でもほんとにだめだよ、覗きなんてしちゃ」

「えーと、大河君の嗜好についてとやかく言う気はないけど、とりあえず問題は起こさないでくれると嬉しい、かな」

「どうしてもと言うなら止めはしないが、もし覗いたらその時は・・・・・・・・・死刑」

 

三人それぞれに釘を刺して大河の部屋をあとにして、ことり達は浴場へと向かった。

余談だがその後、浴場を覗いている者が発見され、入浴中の女子達、主に救世主クラスの者達によって撃退された。犯人は傭兵科のセルビウム・ボルトと思しき者だったが、証言者の話によるともう一人いたようないないような、とのことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一夜明けて――。

救世主クラスの学生といえども、一般教養の学科は他の普通の学生達と合同で行う。そうした授業が行われる教室の一つに、異様な空気が立ち込めていた。

その異常事態の当事者ではないが、まったく無関係というわけではなく、どちらかというと周囲で遠巻きに見ている皆よりは震源地と近しい間柄であることりは頭に手をやりながらどうしてこんな事態になったのかを考える。

朝は、それなりに日常的なものだった。新しい学友ができるという、ちょっと特別な日ではあっても、既に前日に挨拶を済ませている以上、それも日常の一環である。現に、その新しい学友たる未亜と大河とも、既に友人関係を築いている。

ことりと芽衣子、大河と未亜の四人は寮を出て一緒に登校し、教室の前でリコで出会い、いきなりリコを口説き始めた大河が芽衣子と未亜によって殴り倒されたことも、別段おかしなことでもない。昨日の今日で、そんな光景も日常になるほど、当真兄妹はここに馴染んでいた。

そして教室に入ってしばらくした頃、この異常事態は起こった。或いは何日かすれば、これも日常になるのかもしれないが、初日からこの空気は先が思いやられるというものだった。

いい加減状況を説明すると、異様な空気の震源にいるのは当真大河と、リリィ・シアフィールドであった。

 

「こんなのに召喚器を与えるなんて、アヴァターも随分と優しいのね」

「いきなり随分と喧嘩腰じゃねぇか。さてはおまえ、期待の超新星に早くも嫉妬してやがるな?」

「はんっ、誰が期待の超新星ですって? ただ珍しいだけの珍獣が偉そうにしてるんじゃないわよ」

「なんだとぉ?」

 

最初に因縁をつけたのはリリィの方だった。

少し考えれば、この事態は充分予測の範疇内ではあった。プライドの高いリリィは、元々ライバルという立場の人間に対して好戦的になるところがある。加えて今回は相手が、史上初の男性救世主候補という異例の存在だけに少し気が立っているようで、いつも以上に攻撃的だった。

一方の大河だが、これまた売られた喧嘩は買うタイプのようだ。未亜は「お兄ちゃんが初対面で口説かないなんて・・・」などと驚いていたが、それはさておき二人の第一印象は互いによろしくないようだ。

 

「ちょっとあんた、今ここで召喚器を出してみてよ」

「リリィ、無闇に召喚器を呼び出すのは、まずいと思うよ」

 

さすがにエスカレートし過ぎそうな気配になってきたので、ことりが仲裁に入ろうとする。だが、リリィは聞く耳持たないようだ。

 

「別に決闘しようってんじゃないわ。ただ、男なんかに呼び出される出来損ないの召喚器を見てみたかっただけよ。それとも期待の超新星とやらさんは、呼び出した自分の召喚器を制御できずに暴走させるようなへっぽこなのかしら?」

「こいつ、人が下手に出てればいい気になりやがって・・・」

「いつお兄ちゃんが下手に出たよの・・・」

「そうまで言うなら見せてやろうじゃねーか。その代わりおまえの方も見せろよ。どっちが優れてるか証明しようじゃねぇか」

「望むところよ! 吠え面かかせてやるわっ」

 

二人の間の緊張感が最高潮に達しようとしていた。ことりはリリィを、未亜は大河をそれぞれ押さえ込もうとし、芽衣子は遠くの野次馬と一体化しており、リコは我関せずの体で前だけを見ている。

このままでは暴発する、と思われた時――。

 

「こほんっ」

 

小さな咳払いが教壇から聞こえ、教室内の全員がそちらに注目した。

教壇にはいつの間に現れていたのか、上代がいた。

 

「お二人とも、競争心は互いを高めるのに大事な要素だと思いますが、その件は午後の試験まで保留ということにしておいてもらえませんか?」

「試験?」

 

やんわりと場を収めるように言う上代の言葉に聞きなれない単語があったのを大河かが聞き返す。

 

「当真君は来たばかりなので知らないと思いますけど、救世主クラスは今日の午後、能力測定試験があります。クラスメート同士による実戦形式の試験ですから、ちょうどいいでしょう」

「なるほど・・・だとよ」

「・・・・・・いいわ。午後の試験を、首を洗って待ってることね」

 

バサッとマントを翻して、リリィは大河の前を離れて席に着いた。他の面々も、それぞれ席に着く。教室が静かになったのを見計らって、上代が授業を開始した。

 

 

 

 

 

午後、試験会場である闘技場へ向かう大河は、意気揚々としていた。

 

「むふふ、むほほほほ」

 

含み笑いを繰り返しながら歩く姿は、どこからどう見ても怪しすぎた。後ろを歩くことり達、特に未亜はげんなりとした顔をしていた。

 

「まったくことりは、黙っていればいいものを」

「で、でも一応、伝統だって言うし、黙っててもいずれわかることだし・・・」

 

彼女らが言っているのは、この学園の創立以来、千年に渡って伝統付けられていた事柄だった。

曰く、能力測定試験で上位になった者は下位の者を一日指導するものとし、下位の者はこれを断ってはならない。

ひらたく言えば、勝った者は負けた者を一日好きにしていいということだった。

 

「なんてことを・・・」

 

未亜が頭を抱えるのも当然だった。こんなルール、大河がどのような形で利用するかは明白である。救世主クラスに男が入ったことによる、これも一つの動揺の原因だった。

 

「ふふふ、勝てば麗しの救世主クラスの美少女達と、あんなことやこんなことが・・・仮にあのリリィ・ザ・マジシャンと当たったとしたら、あのタカビー女を一日俺に従属させることが・・・!」

 

昼休みの間に、ことりと芽衣子は当真兄妹に学園内を案内したのだが、その時色々話した中で一番大河の関心を引いたのはこのことだったようだ。

そんな大河の姿に呆れながら、四人は闘技場に到着した。リリィとリコは先に来ていたようだ。

さらに少しすると、試験官を務める茜と詩子がやってきた。

 

「さてと、さっそくだけど準備はいい? 大河君と未亜ちゃんは、もう説明は受けた?」

「あ、はい、一応」

「ばっちりだぜ!」

「・・・なんか大河君、やたらはりきってるわねぇ。昨日ここでゴーレムとやりあったばかりなのに元気だね〜」

「当然すよ、詩子先生。この当真大河、試験大好きっすから!」

「何考えてるんだか手に取るようにわかる気がするけど、まぁそれは若い子達のこと、こっちは関与しない方針で・・・」

 

生徒の素行について見て見ぬ振りをする教師。自主性を重んじると言えば聞こえはいいが、まったく無関心なのもいかがなものであろうか、などとことり達が思っていると、茜がサイコロ片手に前に進み出る。

 

「今日は新しい人もいるので、これで組み合わせを決めます」

「先生」

 

サイコロを振ろうとした茜を、リリィが手を挙げて遮る。

 

「私は今日の試験、当真大河(このバカ)との対戦を希望します」

「おお、自分から俺の奴隷になることを志願するとは感心感心」

「ふんっ、せいぜい今の内に吠えてなさい。すぐに現実ってものを教えてあげるわ」

「上等だ。俺もこの対戦を希望するぜ」

「・・・・・・・・・」

 

互いに対戦を望む大河とリリィの下へと茜が無言で歩み寄る。

目の前まで来ると、おもむろに両手を挙げて、二人の頭に手を置く。そのまま両手に力を入れる。

 

「いていていてっ、いててててて!」

「いいいい、痛い痛いっ!」

 

二人の頭を鷲掴みにしたまま茜が両手を下げると、二人の頭が茜より低い位置になる。大河の方などは背が高いので、膝をつく形になっていた。

見下ろす形になった茜が軽く屈んで二人に顔を寄せる。 茜の顔は別に怒っているわけでもなく無表情なのだが、それが尚更に怖く見えた。

 

「ここでは私がルール。わかりましたか?」

「イ、イェスマムッ!」

「わ、わかりましたっ!」

「・・・・・・わかれば、いいです」

 

茜は二人の頭を離すと、何事もなかったかのように詩子のところへ戻っていった。それを、未亜は戦々恐々として見ていた。

 

「い、今のは・・・」

「覚えておけ未亜。うちの教師で一番怖いのは学園長、次いで里村先生だ」

 

芽衣子の忠告に、未亜は何度も首を縦に振った。

ことりはその隣で苦笑している。心を読んだからことりにはわかるのだが茜の内情は、サイコロ振りたいのだから邪魔をするな、なのだ。指摘すると自分も怒られそうなので黙っているのだが。

 

「では、改めて・・・」

 

反論する人間がいなくなったところで、茜がサイコロを振る。出た目は――。

 

「リコ・リスと、当真・・・・・・未亜」

「はい」

「は、はいっ!」

 

呼ばれた二人が中央へ向かい、残りの面子は端に寄った。

未亜は呼ばれた直後は緊張していたが、大河と何事かやり取りをしている内にリラックスしたようだ。ことりは昼休み中にも感じたことがあったのだが、女好きの軟派男という印象が強い大河 であるが、妹のことに関してはきちんと“お兄さん”をしているように思えた。根っこの部分では、非常に仲の良い兄妹だった。

掛け声と共に、リコと未亜の試合が開始された。観戦する面子の表情も、概ね真剣である。人の試合を見ることも、立派な勉強になる。特にことりなどは、そうした努力を日々欠かさない性格だった。

 

「リコと、あのおどおどした感じの当真妹じゃ、最下位決定戦てところね」

 

リリィは大河だけでなく、未亜に対しても刺々しい態度を取っていた。思えばことりも、はじめて会った時は似たような態度をされていたような気がする。こういう態度のリリィは、或いはむしろ、その相手をライバルとして認めているがためなのではないか、と思うこともあった。

少なくとも、召喚器を呼び出したばかりで破滅に取り付かれたモンスター、しかもゴーレムを容易く撃破してみせた当真兄妹は、リリィの対抗心を煽るには充分な存在だったようだ。

 

「さて、それはどうかな」

 

芽衣子の見立てはリリィとは違うようだ。そうかもしれないと、ことりも思う部分がある。

昨日知り合ったばかりの未亜の実力は正確には知らない。だが、リコとは数度戦っているのでわかる部分もある。だがそれは、不可解である、という事実がわかるだけだった。

猪突猛進型のリリィは気付いていないかもしれないが、ことりと芽衣子は薄々感付いていた。

リコは、明らかに手の内を隠している。

それとわからないように振舞っているが、ことりも芽衣子も、リリィも初対戦ではリコに敗退しているが、その後はずっと勝ち続けており、それはとても不自然だった。ことり達が最初より強くなった、という考え方もできるが、実際に戦った感触では、一度目より二度目に戦ったリコの方が確実に手を抜いていた。クラス内での序列になど興味がないのか、それとも別の理由があるのか。

もっともことりは、リコだけでなく、芽衣子も手の内を隠している部分があるような気がしてならないのだが。本人はその辺り、のらりくらりとかわしていてはっきりとはさせてもらえない。

この二人は特に、ことりの能力を持ってしても心の中が読めないだけに、意外と救世主クラスというのは曲者揃いなのだということを思わせた。

 

「あ!」

 

大河が声を上げる。リコがテレポートで未亜の背後にまわりこんだのだ。未亜は完全に反応が遅れている。そして――。

 

 

 

 

 

「えへへ・・・負けちゃった」

「ま、怪我が大したことなくてよかった」

 

試合はリコの勝利で終わった。

弓の召喚器ジャスティを使う未亜と、魔法攻撃が主体のリコはどちらも遠距離攻撃型で、離れた状態での撃ち合いが続いていたが、テレポートを駆使するリコに未亜は翻弄され、最後には後ろを取られて敗北した。

こうしてリコは、初対戦のみの連勝記録をまた伸ばしたことになる。

 

「それじゃあ次、いってみよー。茜、ダイスごー!」

「はい」

 

再びサイコロが振られる。出た目は――。

 

「当真大河と・・・・・・白河ことり」

「おっしゃ!」

「はい!」

 

呼ばれた二人が中央に向かう。リリィは自分が大河の対戦相手になれなくて悔しそうにしながらことりに声をかける。

 

「ことり! 徹底的に叩きのめしてやりなさい!」

 

未亜は大河の応援をし、芽衣子はどちらも適当に頑張れと言い、リコは無言で試合を見守る。

そんなクラスメート達に送られて、闘技場の中央でことりと大河は対峙する。

 

「それじゃあ、あなたの実力、見せてもらうね」

「お手柔らかにな」

 

ことりは右手を水平に、大河は真上に垂直に、それぞれ掲げ、自らの召喚器の名を呼ぶ。

 

「ウィンディア!」
「トレイター!」

 

特殊な形状の尾がついた槍型の召喚器を持つことりに対し、大河の召喚器トレイターは剣だった。特に装飾はない、無骨な印象の両刃の剣である。

互いに武器を構える。一拍置いて、詩子の合図があった。

 

「行くぜ、ことり!」

 

 

 

 

 

「お、やってるな」

 

試合開始直後、ひょっこり闘技場に顔を見せた男の顔を見た途端、その場にいた全員がそれぞれ別々の反応を示した。

唯一その男のことを知らない未亜は首をかしげ、物事に無関心そうなリコ・リスが軽く視線を向ける。芽衣子は珍しいものを見たといった表情をし、リリィはあからさまに顔をしかめる。

 

「こんなところに現れるとは、珍しいな不良教師」

「何しに来たのよ? あんた」

「おまえらなぁ、もう少し教師に対する言葉遣いを覚えろ」

「そういう台詞は、教師らしいことを少しでもしてから言うことね」

「同感だ」

 

生徒達の容赦ない言葉に男、相沢祐一は頭を掻く。嫌われている、というわけではないが、敬われてもいない、というのがこの男の特徴だった。ただ、こんな男が特別講師という立場を与えられているのにはそれなりの理由があるのだが・・・・・・。

祐一は生徒達の前を横切りながら、未亜の前で一度止まる。

 

「おまえが当真・・・未亜だったか?」

「はい、当真未亜です。先生・・・ですか?」

「今やまともに先生なんて呼んでくれるのはことりとリコ・リスくらいだ。俺は特別講師の相沢祐一、覚えておいてくれ。そして良ければ心を込めて先生と呼んでくれ」

「邪魔しに来ただけなら帰ってください、相沢先生」

 

冷たい言葉が祐一の背後から浴びせかけられる。立っている場所から横目で睨みつけているのは、茜だ。

 

「な。たとえばあいつが俺のことを先生なんて呼ぶと嫌味以外の何物にも聞こえん」

「は、はぁ・・・」

 

未亜は何と返答したものか思い悩む。そんな未亜に笑いかけながら、祐一は茜の隣まで移動する。

 

「・・・何しに来たんですか、祐一」

「見学だよ。噂の男の救世主候補の、な」

「あなたの眼鏡に適ったということですか?」

「いや、俺は男には興味ないぞ。だがまぁ、これがいい刺激になれば・・・救世主クラスもおもしろくなってくる。そろそろ俺の出番だろ。何ならここからは俺が全部やってやってもいいぞ?」

「嫌です」

「何でだ?」

「・・・・・・私自身、楽しみですから。あの子達の成長を見るのは」

 

 

 

 

 

キィン! ビシッ!

 

「って!」

「――ッ!」

 

トレイターによる斬撃をウィンディアの刃で受け流し、旋回させた槍の尾で大河の腕を打ち据える。こうした攻防を既に何度か繰り返していた。今のところ、ことりの方は大河の攻撃をまったく受けていない。

 

「くっそー!」

 

尚も大河は剣を振りかぶって突撃をしてくるが、ことりはそれを確実にかわしていく。

 

(そっか、こういうことなんだ)

 

刃を交えながらことりは、かつて師であるさやかに教えられたことを思い出していた。

 

――いい、ことりん。戦いにおいて特に大事なものは間合いだよ。まずは色んな戦い方、武器それぞれの得意な間合いを覚えること。それから自分の武器と、相手の武器を見比べて、自分の得意な間合いで戦うよう心がけるの。ここで重要なのは、単純に間合いが広い、長い武器の方が強い、ってわけじゃないってこと。もちろん、長い方が有利だよ。一般に、槍に剣で勝つには相手の3倍の力量が必要とか言うけど、あながち間違いじゃない。これは実際に剣で槍を相手に対峙してみれば、どれだけ不利に感じるかわかるから、後で試してみようか。
だけどね、長い武器は確かに強いけど、小回りが利かない分、懐に入られると弱い。そうなってしまえば、剣を持ってる側の得意な間合い、ってわけ。間合いの取り合いは駆け引きだね。いかにして自分の得意な間合いを取るか、ここに勝敗の鍵があり、だよ。

 

講釈を聞いた後、実際に立ち合ってみた結果、長柄を持ったさやかには近付くこともできず、逆にことりが長柄を持った時は棒切れ一つだけのさやかに容易く懐に入られたりした。どんな武器を持っても、相手の間合いを取られては手も足も出ないということがそれでわかった。

だから今も、ことりはその時の教えを忠実に守っていた。

大河は男でパワーもあるため、尚更懐に入られては勝ち目は薄い。槍の特性を活かし、遠い間合いを保ち、飛び込んできた相手にカウンターを狙う。それでことりは有利に戦いを進めていた。

 

(けど大河君、こんなものなのかな・・・?)

 

何度か攻防を繰り返している内に、ことりは少し拍子抜けしていた。

確かに身体能力は、召喚器による補助も加えて非常に高い。しかし戦い方は、ただ突っ込むだけで芸がない。何度もやられているにも関わらず、攻め方に工夫が見られなかった。

つい昨日召喚さればばかりなのだから戦いに関して素人なのは確かで、ゆえに仕方ないのかもしれないが、ゴーレムを倒したという実力を期待したわりには手応えがない。

 

「うぉりゃぁぁぁ!!!」

 

また無意味な突撃を仕掛けてくる。たださすがに、こう同じことを繰り返していては体力的にきつい。そして持久戦になれば、これまた男ゆえのタフさを持つ相手が有利になる。

そろそろ決めに行くべきか、と思って少し大振りに構えた瞬間――。

 

ヒュッ!

 

何かが斜め下からことりに襲い掛かった。

 

「えっ!?」

 

咄嗟に槍を立ててそれを防ぐ。一瞬見たものの形状は、少なくとも剣ではない。

 

「棍?」

 

それも途中に節がついた三節棍だった。しかしそう見えたのは本当に一瞬で、その事実を訝しがる暇もなく、眼前に大河が迫る。

 

「やっと接近!」

「きゃっ!」

 

懐まで一気に詰めてきた大河の振るう剣を槍の柄で受け止める。だがこう状態は良くない。押し合いになっては間違いなくことりは負ける。

ことりはここまでまだ使っていなかった能力、風を発動させた。

鍛錬を繰り返している内にかなり使いこなせるようになっていたが、この風の能力は体力と魔力を消費する。乱発はできないため、切り札だった。

 

「のわっ!」

 

足下から巻き起こった風に押されて、大河が後退する。

 

「なにくそっ!」

 

後ずさりながら、大河は手にした召喚器を振り下ろす。その瞬間、それは剣の形状をしておらず、何か丸い形をしていた。

球体が地面に激突すると、爆ぜた。

 

「爆弾!?」

 

先ほどよりもさらにことりは驚いた。一度目は半信半疑だったがもう間違いない。

大河の召喚器トレイターは、自由に形状を変化させることができる。それがおそらく、あの召喚器の能力なのだろう。しかしいくらなんでも、まさか爆弾になるとは思わなかったために意表を突かれた。

その隙に、再び大河が接近する。

今度は近付けまいと槍を突き出すが、大河の手にある武器は、ことりのものに負けない長さがあった。

 

(突撃槍!)

 

同じ槍に類する武器ならば、間合いも同じ。そのままでは相討ちになるため、ことりは横に跳んで大河の攻撃をかわした。

一度離れて、二人は対峙する。

 

「くそっ、不意を突けたと思ったのになぁ」

「うん、実際に不意は突かれたよ。ずっと突撃ばかりしてたのは、私を油断させるため?」

「そんな難しいこと考えて戦ってはいないぞ、俺は」

 

確かに、午前中にあった教室での授業で、開始5分で居眠りしていた大河に、あまり頭を使った戦い方はできそうにない。けれど、彼はこうした実戦形式の戦いもまだ二度目のはずで、経験も少ないはずだった。にもかかわらず、複数の武器に変化するという扱いの難しそうな召喚器を使いこなしている。

さやかという優れた師の下で学んでいたことりだかわかる。当真大河という男の戦闘センスは相当高い。

 

(本当に、期待の超新星だったかも)

 

ことりは、大河への認識を改める。

少しでも油断したら負ける。この男はそういう相手だった。そう考えた上で改めて勝つための算段を考える。

まずは、トレイターの特性の見極めである。

形状変化と言えども限界はあるはずだった。爆弾という少々異質なものもあったが、基本的にはおそらく接近戦用武器に限られると思われた。大河の性格的にも、飛び道具を使った戦法はおそらくない。ならば、より遠距離での戦いをするべきか。

しかし、ことりはリリィのように攻撃魔法が得意ではなく、ウィンディアによる風も決定打には欠ける。

 

(そうなると・・・・・・この間から考えてるあれ、試してみようかな)

 

少し無茶なやり方だが、ウィンディアの特性ゆえに出来る奇襲戦法と言えた。

地面を蹴って後退し、ことりはさらに距離を取る。

距離を離されてはまずいと思ったか、大河が走って追いすがってくる。

それに向かって、ことりは、手にした槍を、投げつけた。

 

「なっ!?」

 

意表を突かれたであろう大河は、横に飛び退き、槍はその足下近くに刺さった。

だが、ことりの攻撃はそれで終わりではない。

槍は投げたが、尾の先端は、ことりが握っていた。槍の尾を全開まで伸ばしておよそ5メートル、それを一杯に張って地面に刺さった槍を引き抜く。そしてそのまま、横へ向かって振り回した。

 

「うわたぁっ!」

 

奇声を上げながら大河がそれをかわす。ことりは一旦頭上で回転させた後、再度尾を持った状態で槍を振り下ろす。

 

「やぁっ!」

 

気合と共にことりが振り下ろしたウィンディアが地面を砕く。さらに振り上げ、二度三度と大河へ狙い撃ちにする。

執拗なことりの攻撃に、大河はひーひー言いながら逃げ回っていた。

 

「こんなんありかーーー!!」

 

逃げながら叫ぶ大河。

しかしそうしながらも、少しずつことりに近付こうとしている辺りはさすがだった。

ことりは一度槍を手元に戻し、もう一度投擲するために構える。

そうして構えた隙を狙って、大河が猛烈な勢いで突っ込んできた。向かってくる相手に狙いを定めて、ことりは腕を振り抜いた。

 

「何度も同じ手を食うかよっ!」

 

大河はトレイターを斧に変化させる。面積の広くなった武器で、飛来する槍を弾こうとしていた。

確かに、ことりの攻撃方法は長いリーチを誇るが、それゆえに懐に入られた時の弱点は大きくなっている。一度弾かれれば、手元に戻す前に肉薄されることとなる。

けれどその大河の動きも、ことりは予測済みだった。

 

シュッ!

 

「なっ!?」

 

予想外の事態に、大河が声を上げる。

ことりが放っていたのは、槍の方ではなく、尾の方なのだった。尾は大河が盾にしようとしたトレイターに絡みつき、大河の手からもぎ取ろうとする。

取られようとする武器を取られまいと踏ん張るが、それは逆にことりの思う壺だった。

引っ張ると同時に前に出たことりは、硬直した大河の首筋に、槍の穂先を突きつけた。

 

「勝負ありー! ことりちゃんの勝ち〜!」

 

 

 

 

「くぅ・・・やられた。しかしことり、見かけによらず豪快なことするんだな」

「あはは。えーと、鎖鎌ってあるでしょ? ちょっと亜流だけど、あんな感じの使い方ってできないかなぁ、って思って」

 

ちょっとどころかかなりの亜流ではあったが、攻撃の幅を広げるという意味ではことりにも収獲があった。

試験とはいえこれも救世主を目指す授業の一環である。強くなるための糧と出来ればこれに勝るものはない。

ことり達の試合が終わって今は、当真兄妹が負けて溜飲が下がる思いだったのかいやに上機嫌のリリィと、芽衣子とが戦っている。この二人はことりがここへ来る以前からいただけに、もうお互いの手の内を知り尽くしていそうなものだが、芽衣子は毎回毎回微妙に違った戦い方をしてくるので、リリィは戦いにくそうだった。それでも、対戦成績ではリリィに軍配が上がるのだが。

 

「それにしても・・・むぅ、勝てると思ったんだがなぁ」

「甘いな少年。仮にも救世主目指して日々精進してきた連中が、昨日今日戦いを覚えたばかりの奴に負けるかよ」

「・・・・・・あんた誰だ?」

 

珍しいことに闘技場まで顔を出している祐一と、大河とが互いに自己紹介をしている。どちらも男には興味がないのか、険悪とまではいかないまでも素っ気無い態度である。

 

「ところでことり、当真にはどんな指導をしてやるつもりなんだ?」

「うわこのっ、言わなければ忘れてたかもしれないのに!」

「んー、どうしようかな? ちょっと考え中です」

「な、なるべく、お手柔らかに頼みたいな〜、なんて・・・」

「そうだ。そろそろ寮の掃除をしようと思ってたから、手伝ってもらおうかな。結構広いから、やりでがあるよ」

「うへぇ、めんどくさそう・・・」

「指導、指導♪」

「しょうがねーか」

 

この日最後の試合はリリィが勝ち、大河とまたひと悶着あったりしたのだが、それは余談として、当真兄妹が来てからの最初の授業の日は幕を閉じた。

それが、やがて伝説となる戦いの始まりであることを、この時はまだ、ほとんどの者が知らずにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく


あとがき

 長ぇー。とっても長い1話になったが、このDSレジェンドではこれが普通になっていくかもしれない。

 さて今回は、DS原作のプロローグ部分に当たる話だったわけだけど、アヴァターや救世主に関する説明は1話のことりの時で済ませているし、退屈な説明パートはすっ飛ばさせてもらった。そしてまずは出会い編、個人的には芽衣子がいい味出せたなぁ、と。そして後半はことりvs大河による能力測定試験での試合。ゲーム内じゃ常勝大河状態になれるが、やはり一足先に実戦訓練を積んでいた面々に素人の大河がいきなり勝つのは難しい、ということで善戦はしたけれどことりの勝利。まぁ、主役ことりだからの、この話は。でもだからといって大河が脇役なわけでもなく、彼の役所は原作と大差なし。
 ことりvs大河の中で出てくる間合いの話・・・これは結構本当。剣で槍・・・というか私の時は薙刀だったけど・・・に対するとすんごい威圧感だで。これでまともに勝負して剣で勝てるか、って言われたら、いや無理だろ、って答えるとも。とはいえそこは腕の見せ所で、密着できれば槍は封じられる。言うは易し、行なうは難し・・・。ウィンディアぶん回すことりは大河の言うとおり女の子としてはちと豪快だ。鎖鎌云々はほんとに何となくヒントにしただけで、実際の鎖鎌だってあんな無茶な使い方はしない。そもそも投げるのは鎖分銅の方であっても間違っても鎌の方は投げない、たぶん。まぁこれは、風の能力である程度遠隔操作ができる召喚器ウィンディアならではの使い方ということで、普通は不可能だ。

 この話は序盤テンポ良く進むので、次回は早くもまだ出てないキャラが登場だ。