「ちょっと、人生を探す旅に出ようと思うんだ」
「はい?」
白河ことりは、目の前の人物の突然の言葉にぽかんとする。
この人物がいきなり突拍子もない言動を取るのはいつものことなので驚きはしないのだが、良い意味でも悪い意味でも有言実行な彼女が言い出したことの内容にしばし唖然とする。
人生を探す旅。
どういう意味であろうか?
詩的な表現と言えないこともないが、或いは読んで字の如く本当に旅にでも出るつもりかもしれない。彼女ならそれくらいのことは平気でやりそうである。世間的に少々問題のある性格をしてはいるが、持ち前の明るさとポジティブさでどんなことでも乗り越えてしまえるようなところが彼女にはある。そこに関しては、ことりが素直に彼女を尊敬する部分だった。
いくら考えても凡人に天才の考えは読めない。
ことりは自分自身をごく平凡な女の子だと思っているため、ある意味人智を超越している彼女の真意はいくら考えてもわからなかった。ゆえに聞き返してみることにする。
「旅って、ほんとに旅行にでも行くの?」
「ただの旅じゃなっしんぐ! 人生の極意を求める、果ては世界の真理に迫る旅なんだよ!」
「は、はぁ・・・」
人生の極意に次いで世界の真理と来た。彼女の頭の中には壮大な世界が広がっているようで、理解しようと努力するだけ無駄なような気がする。
「で、具体的にどうする、のかな?」
「そうだね〜。とりあえず、扉でも開いてみようか」
本当に“今思い付いた”かのように言って、彼女は無造作に前に突き出した手を横に振る。
(あれ?)
その時はことりは、彼女の手に何かが握られていたように見えた。
だが暗い夜道での出来事だったのと、直後に前方の空間が強く発光して目が眩んだため、その正体をはっきりと確かめることはできなかった。
光に慣れて目を開いた時、彼女は言葉通り、まるで扉を開くかのように空間の裂け目を“開いて”いた。
彼女は魔法使いだった。その言葉から考えられるものは色々とあるかもしれないが、読んで字の如くの魔法使いである。普通の人間には扱えないような奇跡を起こす能力があり、ことりも少しだけそれを習っていた。
しかし今までことりが彼女から見せてもらった魔法の中に、空間を裂くようなものはなかったはずだった。
「じゃ、そういうことで行ってくるね。ばいび〜♪」
「え? ちょっ! 待って、そういうことって・・・」
どういうこと、と続けようとした時には既に、彼女は空間の裂け目の向こう側に消えていた。
ことりの従姉である、日常的に突拍子もない言動をする魔法使い白河さやかは、こうしてことりの前から姿を消したのであった。
ことりが赤い装飾のされた本を見つけ、それを通じてリコ・リスと名乗る少女の声を聞き、根の世界アヴァターへと行くこととなったのは、それから二ヵ月後のことだった。
DUEL SAVIOR
LEGEND
第1話 アヴァターに吹く風
アヴァター・・・・・・そこは全ての根源の世界。
破壊と生産という、この世界を構成する二つの力の均衡を生み出している地であり、あまねく宇宙の全ての現象は、この世界に起源が存在している。
全ての世界の運命を左右する地、ゆえにそこは「根」の世界と呼ばれていた。
破滅・・・・・・それは千年周期でアヴァターに訪れる破壊の刻。
あらゆる世界のあらゆる文明を内包しながら、アヴァターが決して繁栄を極めることがないのは、これ原因であった。
この世界に住む人々は、皆いつか訪れるその時を恐れている。
救世主・・・・・・破滅が起こる時、同じく現れる人々の希望。
召喚器と呼ばれる太古のアーティファクトを操り、破滅を阻止するために戦う者。
そして今、アヴァターに住む人々は、異世界に生まれる救世主を探し出し、育てるための場所として、学園を設立していた。
それが、王立フローリア学園。
ことりがリコ・リスと赤の書によって招かれたのは、そこの救世主クラスであった。
召喚された直後は、意識が朦朧としていた。
段々と意識が覚醒してくると、自分が石造りの床の上に横たわっているのがわかるようになってきた。
靄のかかっていた五感が一つずつ戻っていく。
触覚に続いては嗅覚。空気が、普段嗅ぎなれたものとは違っている。
視覚と聴覚がはっきりするよりも前に、意識の方が蘇ってきた。それと同時に、あの力も――。
(ッ――!)
思わず体を強張らせる。
気構えをしない内に、多くの情報が頭の中に入り込んできたためである。気を張っていないと、つい緩んだ隙に知りたくもない情報までもが入り込んでくる。彼女が持つ特別な能力の、そこが悪いところだった。
流れ込んできた情報から、数人の気配を感じ取る。
様々な思いが感じ取れたが、それらにいずれも共通しているのが、新しい救世主候補に対する好奇心だった。
(そっか、救世主候補って私のことだっけ)
数秒間横たわったままでいると、視覚と聴覚もはっきりとしてきた。
目を開くと、数人と女性達が自分のことを見ていた。
まだ若干ぼーっとする頭を振りながら、ことりは体を起こした。
「だーい成功♪ ようこそ救世主、根の世界アヴァターへ!」
きーんと頭に響く声が一人の女性から発せられた。覚醒したばかりの頭には少しきつい。
「教師が雰囲気を壊してどうするんですか、詩子」
他の女性が、大声を出した人をたしなめている。その二人を含めて、ことりは改めて自分のことを見ている人達を見渡した。
まず少し年上――おそらく二十歳そこそこ――と思われる女性が二人。最初に声を上げた、その声の通りに明るい雰囲気の女性と、対照的に無表情で長い髪を顔の両側で三つ編みにした女性。
それから、ことりと同年代の少女が二人。赤い髪をポニーテールにした気の強そうな少女と、亜麻色のショートカットに黒いリボンをつけた落ち着いた雰囲気の少女がいる。
もう一人、長い髪をツインテールにした小柄な少女が部屋から出て行こうとしているのが見えた。どこか無機質な雰囲気をまとわせたその少女は、異世界にいた自分に語りかけてきた少女のものに似ていた。おそらく、彼女がリコ・リスであろう。出て行く直前に目が合ったためか、彼女はことりに向かって軽く会釈をしてその場から立ち去っていった。
さらに周りを見回してみたが、他に人影はない。
(やっぱり、そうそうすぐには見付からない、か)
ことりがリコ・リスの誘いを受けた理由は二つ。
一つは、救世主となるため、或いは救世主となる人の力となって世界を救うため。自分にその力があるというのなら、できる限りのことはしたいと思ったのである。
そしてもう一つは、二ヶ月前に空間の裂け目を通って消えた従姉のさやかを探すためだった。
最初は彼女がどこへ行ったのかわからなかったが、アヴァターの話から異世界の存在を知ったことりは、或いはさやかも異世界へ渡ったのではないかと考え、彼女の手がかりを求めて自身もアヴァターへ来ることを決めたのだ。
少なくとも、この場にさやかはいなかった。
代わりにいるのは、リコ・リスから聞かされたフローリア学園の関係者達、おそらくは教員と、同じ救世主候補生達であろう。
「さて改めて、ようこそ四人目の救世主候補。私はここの戦技科教師をしてる柚木詩子よ♪」
「魔法学科教師の里村茜です。あなたは、白河ことりさんで間違いありませんね?」
教師を名乗る二人がそれぞれに自己紹介をしてくる。
「あ、はい。白河ことりです」
「事情は、リコから聞いていますね?」
「はい、大体は」
「では、来て早々申し訳ありませんが・・・」
「さっそくテスト行ってみようか! さっきからうずうずしてる子がいるみたいだしっ」
詩子がちらっと赤い髪の少女へ視線を向ける。先ほどから無言の彼女は、しかし鋭い視線をことりに向けていた。
敵意、というよりは品定めをしているように見える。その真意がどこにあるのか、ことりは少しだけ能力を解放してみた。
(新しい救世主候補・・・どのくらいの力を持っているのかしら? まぁ、どうであろうと救世主になるのは私だもの。そのことを、まずはきちんとわからせてあげるわ)
なるほど、とことりは心の中で頷く。
この少女はどうやら相当プライドが高いらしい。新参者の実力を計りたがっているようだ。
確かリコの話では、召喚された候補生は、まず同じ候補生と試合をしてその能力を測るのだという。詩子の言うテストとはそのことであろう。
ことりは一度深呼吸をした後、答えた。
「わかりました。そのテスト、受けてたちます」
召喚の塔から闘技場へ向かうまでの間、赤い髪の少女は一言も発することなく、ことりとも距離を取って歩いていた。ことりとしては彼女とも仲良くやっていきたいと思っていたが、おそらく彼女と上手くやるためには、まずは戦うしかなさそうだった。彼女の心の中を少しだけ覗き見たことりは、彼女の重んじるものが何よりも実力だと予想できた。ならば、望みどおり実力を見せてあげれば良い。その結果がどちらに転ぼうと、終わった後には必ず言えるはずだ。
これからよろしく、と。
そう思いながら歩いていると、もう一人の少女が歩み寄ってきた。
「思ったよりも場慣れしてる感じじゃないか、白河さん」
「あ、えっと・・・」
「私か? 私は橘芽衣子。芽衣子様と呼んでくれ」
「は、はぁ・・・」
「冗談だ。芽衣子で良い」
「じゃあ、私のこともことりって呼んでくれるかな?」
「よかろう、ことりんと呼んで進ぜる」
「あ・・・」
「ん? どうした?」
「あ、ううん。ただ、お姉ちゃんも私のことをそう呼ぶから」
「姉君がいるのか。その人とは是非一度会ってみたいものだ」
「あはは・・・ちょっとおもしろい人だけど」
「ますます会ってみたくなった」
芽衣子という少女はことりの言う“お姉ちゃん”に本気で興味を示したようだ。呼び方一つで見ず知らずの相手とここまで共感を得られるものとは驚きであるが、どうやらこの少女も彼女と似て、どこか不思議な感性の持ち主のようだ。
余談だが、ことりが“お姉ちゃん”と呼ぶのはさやかのことである。実姉ではなく従姉だが、昔からそう呼んでいるのですっかりそれで通ってしまうようになっていた。
姉を探しに来て、その姉とどこか似通ったところのある人に出会えたことで、見知らぬ世界へやってきたことで抱いていた不安が少し解けたような気がした。
「姉君のことはさておき、ことりとは良い友達になれそうだ」
「私もそんな気がするよ。よろしくね、芽衣子さん」
二人は笑いあい、歩きながら互いに握手を交わす。
「それと、彼女もあんな態度をしているが、根は悪い子ではない」
そう言って芽衣子は先を進む少女を指し示す。
「とりあえず結果は気にせず全力で戦ってみることだ。そうすれば彼女の人となりもわかるだろう」
「うん、私もそう思う」
「そうか。ではこれ以上何も言うまい。がんばりたまえ。ふれー、ふれー、こーとーりーん」
棒読みのエールだったが、芽衣子の気持ちは伝わってきた。彼女は本気で応援してくれている。
その気持ちに後押しされて、ことりはこれから試合をする相手をじっと見据えた。
闘技場に入ると、どっと熱気を感じた。見渡すと、観客席は人で埋まっていた。
「こ、これって・・・」
「救世主候補のお披露目は一大イベントなのだ」
「こんなに大勢の人の前で試合するんだ・・・ちょっと緊張する、かも」
「外野のことなど気にすることはない。ちなみに私の時は煩わしかったので『黙れ愚民ども、喧しい輩は私が救世主になった暁には舌を引っこ抜いてタン塩にして食うぞ』と脅してやったら静まり返りおった。ことりもやってみると良い」
「え、遠慮しておくっス・・・」
芽衣子の言葉に苦笑いしながらことりは闘技場の中心へと向かっていく。
耳を澄ますと観客席から、「芽衣子様、その毒舌でなじって〜」などといった声が聞こえてくる。ことりは聞かなかったことにしようと心に決めた。ついでにそれに応えるように芽衣子が何か言っているのも、聞こえない振りをした。
それにしても、こうも人が多いと、シャットアウトしていても人々の思念が頭の中に響いてきて頭痛がする。
赤い髪の少女と向き合いながら、ことりは軽く頭の押さえた。
「何よ、気分でも悪いの?」
「あ、ちょっと人込みって苦手なんスよ」
はじめて生で聞いた彼女の声は、ぶっきらぼうだがことりを気遣う内容のものだった。それだけで、彼女が態度とは裏腹に優しい性根の持ち主であることがわかった。
やはりこの戦いが終われば、きっと彼女とは良い友達になれるだろう。
「まぁいいわ。どっちにしても手加減はしないから、そのつもりでいなさい」
「うん。私も、精一杯戦わせてもらうよ」
「そう。遅くなったわね。私はリリィ・シアフィールド、救世主になる者よ」
「私は、白河ことり」
ここから先の言葉は、戦いの後に取っておこう。
今は、全力で戦うのみ。
「それじゃ二人とも、用意はいい?」
少し離れたところから、審判役の詩子が問いかけてくる。ことりとリリィは、相手から目を離さずに無言で頷く。
「じゃあ・・・・・・始めっ!」
合図と同時に、リリィは大きくバックステップをして距離を取った。ことりはその場を動かず、いつでも動けるよう僅かに腰を落とす。
開始直後、ことりはまずリリィの性質を見極めようとした。
武器らしきものは持っていないが、救世主候補が扱う召喚器はその形態も千差万別、また基本的に自由に呼び出すことができるという。普段武器を持っていないからといって、それで相手の戦法を判断することはできない。
しかしどうやら、リリィの召喚器は接近戦用の武器ではないようだ。距離を取ったことからもそれは予測できる。
それに紫のマントを纏った彼女の姿から真っ先に連想できる彼女の戦法は明白だった。そしてそれは、数秒後には証明された。
リリィの左手に高密度のマナが収束していくのがわかった。彼女の左手には、赤い宝玉のついた手袋のようなものが見え、魔力はそれを中心に練られている。おそらくあれこそが、彼女の召喚器――。
「くらえっ!」
凝縮された魔力がエネルギーフィールドを形成し、リリィがそれを空中から撃ち出す。
迫り来る魔力の塊を、後ろに飛んでかわす。目の前で爆発が起こり、視界が一瞬遮られた。が、その直前、リリィが次の魔法を放つ動作をするのが見えた。
ことりが着地した地点、そこには小さな炎が地面を這うようにしてことりの足下に近付いてきていた。
「くっ!」
先に下についた片足でそのまま地面を蹴り、横へと転がる。紙一重で、小さな炎は燃え上がった火柱を立てた。
転がりながら起き上がると、それ以上の追撃はなかった。リリィの方を見ると、少しだけ感心した様子でことりのことを見ていた。
「ふぅん。今の動き、まったくの素人ってわけでもなさそうね」
「まぁ、ちょっとね」
ことりの従姉、さやかは魔法使いであった。それに加えて、何故か武術の腕も立った。そしてそれらを、おもしろ半分にことりに教えていたりした。そのためことりも自然と魔法に関する知識を得て、武術も人並み以上に使うようになっていた。
とはいえ、このような戦闘を実際に行うのは、はじめての経験だった。
(何とか魔法の発動は見えるけど、私が使える魔法は大したことはないし、遠距離じゃ不利だよね)
不利どころか、これだけ離れていてはことりに攻撃手段はないに等しかった。それ以前に、肝心なものがまだない。
召喚器である。
魔術師であるリリィも、あの召喚器で魔法発動の補助を行っているようだった。救世主候補の戦闘は、召喚器を扱うことが前提となる。事前説明で、リコにはそう教えられていた。そして召喚器は与えられるものではなく、自ら呼び出すものだと。
(つまり私も、自分の召喚器を呼び出さないといけないってことだよね)
武術や魔法が使えても、ことりの基本能力は一般人のそれと大差ない。手にしたものに強大な力を授けるという召喚器なくして、同じ召喚器を持つ相手とまともに戦えるはずもない。
おそらくリリィもそれがわかっていて、最初のは小手調べとして、ことりが召喚器を呼び出すのを待っているのだろう。
しかし、一体どうすれば召喚器を呼び出せるのか。
と思った時、ことりは自分に流れ込んでくる意識の中に一つだけ、異質なものがあるのを感じた。人の思念とは違う、とても心地よい感覚を与えてくる意志だった。
余計な思念を取り込んでしまわないよう、完全に外部から脳内に入ってくる情報を遮断していたため、今まで気付かなかったようだ。
ことりは慎重に、語りかけてくるその意志だけを心の中に取り込んだ。
そして、その正体を理解した。
「どうしたの? この期に及んで召喚器を出さないなら、次で終わりよ!」
リリィが強大な魔力を練りこむ。体の前に突き出した両手から、小さな炎が尾を引いて撃ち出される。それは先ほどのものと同質だが、内包する力は桁違いだった。
「ファルブレイズン!!」
動かないことりに向かって、炎が迫る。
ドゴォンッ!!
炎がことりの眼前に迫った瞬間、爆ぜた。
大爆発がことりの身を包み、闘技場全体が騒然となる。
「ちょ、ちょっとリリィちゃん、やりすぎなんじゃ・・・!?」
一番近くにいる詩子が心配げに声を上げる。
今の爆発による威力をまともに受けていたら、悪くて黒焦げ、良くても吹き飛ばされて気絶するくらいだろう。もちろん試合である以上リリィも手加減はしたであろうが、それでも必殺の大技には違いなかった。
周りが不安に包まれる中、ことりはしっかりと意識を保っていた。黒焦げにもなっていない。
「!!」
最初にそれに気付いたのは、リリィだった。
リリィの放ったファルブレイズンは、決め手にはなっていなかった。それどころか、相手に傷一つ負わせていない。
やがて他の皆も気付いた。微風に吹かれて、煙が晴れていく。微風の発生源は、ことりだった。
健在な姿を見せたことりの右手には、見事な装飾のされた直槍が握られていた。
「・・・・・・・・・」
ことりは、自身が手にする槍を見る。
流れ込んでくる意志に耳を傾けると、“彼女”はことりに語りかけてきた。それと同時に“彼女”の名前もことりの中に自然に浮かんだ。
これが、召喚器を呼び出すことなのだと、その瞬間ことりは理解した。
不思議な雰囲気を持った武器だった。
長さは2メートル弱と、槍にしては若干短い。刃の部分が少し厚めで長く、片刃になっている。解りやすく言うと、槍と薙刀の中間のような形状と言うべきか。突いてよし、斬ってよしといった感じである。
そして最大の特徴は、装飾と言うには長すぎるように見える“尻尾”だった。おかしな表現だが、そう言うのが一番しっくりくるようなものが石突の部分についている。強いて似た形状のものを探すとしたら、孔雀の尾 を束にしたようなものといったところか。それが槍の本体と同じくらいの長さだけある。
さらに、この槍には特殊な能力も備わっていた。風を操る能力である。リリィの爆裂魔法を防いだのも、風で障壁を作ってやり過ごしたのだった。
(これで、やっとスタートラインかな)
この召喚器が強力なものであるのは理解できる。けれど強い武器を持てばそれで人間強くなれるかというと、否である。ここから先は、ことり次第だった。
けれどそのために“彼女”、ことりの召喚器も力を貸してくれるだろう。
まずは、この戦いを最後まで続けるために――。
「じゃ、行こうか、ウィンディア」
『承知、マイマスター』
バッと槍を横薙ぎに後ろへ振りかぶる。
尾の部分はそれ自体が意志を持っているかのように不規則に動き、ことりの体に当たるようなことはなかった。見た目扱いが難しそうな武器かと思ったが、そこは召喚器自体がサポートしてくれるようで、普通の槍として扱えそうである。そして普通の槍ならば、ことりがさやかから習った武術の中に含まれていた。
「ハッ!」
その場で槍を薙ぎ払うと、切っ先から風の刃が生まれてリリィを狙う。
必殺の一撃をかわされて唖然としていたリリィだったが、即座に頭を切り替えて迎撃体勢に入っていた。
手を突き出すと障壁が生まれ、風の刃はそれに阻まれて消滅する。
「この程度で・・・っ!」
リリィが目を見開く。その視線の先に、ことりの姿がなかったからだ。
ことりは風の刃を放ったのと同時に自らも駆け出し、リリィの眼前にまで迫っていた。
風の召喚器ウィンディアを手にしたことりは、スピードが大幅に増していた。これも召喚器に付属する能力の一つであろう。
完全に槍の射程内に捉えたリリィ目掛けて、ことりは槍を突き出す。
「っ舐めるんじゃないわよ! ヴォルテクス!」
雷撃がリリィの手から放たれる。ことりは咄嗟に槍を手放し、自身は横に跳んで攻撃をかわす。槍が避雷針となり、雷撃の大半はそこへ吸い込まれていった。
地面に落ちた瞬間消えたウィンディアを、ことりは改めて手元に召喚する。
その隙にリリィは得意の距離を取るべく下がろうとした。だが、ウィンディアの尾がリリィの腕に巻きついてそれを阻んだ。
「なっ!?」
「わっとと!」
ことり自身意図した行動ではなかったため、思わずバランスを崩しかける。
何とか踏みとどまり、二人は槍の尾をピンと張った状態で対峙する。
互いに繋がれた状態になったため、とりあえずリリィの得意な距離を取ることはできなくなった。相手に一方的に攻められる状況は回避したが、ことりにもこの状態からの決め手があるわけではない。
下手に斬りかかれば、カウンターで魔法を叩き込まれるだろう。だがリリィも、先に魔法を発動させてはこの距離である、無防備になった瞬間を狙われるのは明白だった。
雷撃魔法ならば出が早く隙が少ないが、槍を介して繋がっている状態ではリリィ自身まで感電してダメージを受けることになる。
両者打つ手がないまま、硬直状態が続く。
長い時間が経過し、気力体力ともに消耗した二人が汗を流す。観客達も固唾を呑んで見守っていた。
と、そこへ――。
「それまで」
凛とした声が試合終了を告げた。静かながら、その声は広い闘技場によく響いた。
その場にいた全員の視線が声の主に集中する。ことり以外の全員が、その人物の正体を知っていた。
上品な雰囲気を纏わせた女性が、対峙する二人の下へ歩み寄ってくる。
「この試合、甲乙付け難しということで、引き分けとします」
彼女にそう告げられた瞬間、ずっと漂っていた張り詰めた空気が解けた。
緊張の糸が切れたことりは、少しふらつきながらウィンディアを消し、リリィも構えを解いた。
「あなたは・・・」
「申し遅れました。私は当学園の長を務めています、天野美汐と申します」
「学園長先生、ですか。あ、白河ことりです」
ことりは丁寧に頭を下げる。それに対して美汐学園長は、柔らかい笑みを浮かべてみせた。
「あなたの資質は見させていただきました。今後、救世主クラスの一員として、世界のためにその力を磨いていくことを期待しています」
「はいっ」
「ちょっと待ってくださいお師匠様、いえ学園長」
「お師匠様?」
「リリィは私が見出し、育てたのです。それで、何でしょう?」
ことりが発した疑問に答えた後、美汐はリリィに向き直る。親しい間柄にあるようだが、今は二人とも教師と生徒という顔をしている。公私の使い分けをはっきりさせているようだ。
「納得がいきませんか? 彼女は救世主候補としての素質を充分に見せたと思いますが」
「それは実際戦った私が一番よくわかっています。その上で私は、彼女との決着を望みます」
「今日のはあくまで、救世主候補の資格試験です。そして私は、彼女にその資格充分と見ました。よって今日の試合はこれまでとします。決着がつけたければ、次の能力測定試験を待ちなさい」
「ですがっ!」
「それに、今日はこのまま戦っても結果は見えていそうですし」
どさっ
二人が話している横で、ことりは地面に腰を落としていた。
「あ、ごめんなさい。ちょっとふらついちゃって・・・」
苦笑いを浮かべながらことりは二人の顔を見上げる。異世界からの召喚、はじめての戦闘、長時間の緊張状態を強いられたことりは、既に気力体力ともに限界だった。
対するリリィは多少息は上がっているが、まだ余裕があった。美汐は引き分けとしたが、実際に止めたのは、これ以上はことりが戦闘続行不可能と見たからである。
「無理もありませんね。リリィ・シアフィールドさん」
「はい」
美汐はことりに笑いかけると、学園長としてリリィに声をかけ、リリィもそれに応じて返事をする。
「白河ことりさんを医務室へお連れして。それから、そのまま寮まで案内するように」
「わかりました」
リリィは美汐に向かって一礼すると、ことりに向かって手を差し伸べた。
「立てる? 白河さん」
「うん、何とか。あ、それと私のことはことりでいいですよ」
「なら私のこともリリィでいいわ。それじゃ、行きましょう、ことり」
ことりはリリィに軽く支えられながら闘技場を後にした。
「なかなかやるじゃない、ことり」
闘技場を出てしばらく行ったところで、リリィがことりに語りかける。
「ありがとう。でもリリィさんもすごかったですよ」
「私がすごいのは当然よ。でも正直、あそこまで追い詰められるとは思わなかった」
少し悔しそうにしながらも、リリィの顔には笑みが浮かんでいた。
ことりも同じように笑みを浮かべると、しばらく二人して笑い合った。
「次は、ぶっちぎりで私が勝たせてもらうわよ」
「私も、そう簡単には負けませんよ」
そう言ってもう一度笑い合う。
最初に思った通り、二人は良い関係を築けたようだ。
この先、良き友人、良き競争相手となっていけそうである。
医務室でしばらく休んだことりは、リリィと、それに芽衣子も交えて学生寮へと案内された。
宛がわれた部屋で学園に関する説明を少し二人から受け、その後一緒にお風呂へ行くなどしながら話し込んでいたら、気がつけば陽が沈んでいた。
夜の挨拶をして別れた後、ことりはすぐにベッドに入ったのだが、体の疲れに反して頭は冴えてしまっており、なかなか寝付けなかった。
仕方がないので、少し夜風に当たろうと思って外に出た。
もしかしたら、さやかに会えるかもしれないと思ったのだ。
昼間の彼女は、おてんこと呼ばれるほど明るく能天気で、少しずれた感覚を持った女性だが、夜の彼女はもう一つの顔を見せる。本人が言う、魔女の顔を。
裏表のない彼女にとっては、それはどちらも本性であるのだが、夜のさやかは特にことりの想像を超えた言動をする。彼女がことりの前から消えたのも、夜だった。
だから、もし彼女がふらりと現れるようなことがあれば、それはこんな夜かもしれない。
それに、今は彼女がこの世界にいるというのは、半ば確信に近いものに変わっていた。その理由は召喚器である。
あの時はわからなかったが、さやかが空間を裂いた時に手に持っていたものは、召喚器と似ていなかっただろうか、と思うようになったのだ。さやかがどういった経緯で召喚器を手に入れるに至ったのかはわからないが、手に入れた以上、それと密接な関わりのあるこの世界、アヴァターへきっと来るはずだった。
こうして探していれば、きっといつかのこの世界で会える、そう思った。
しかし、尋ね人は現れず、代わりに出会ったのは、夜の彼女とよく似た不思議な雰囲気を纏った青年だった。
「あなたは・・・・・・」
「ん?」
ことりの声に、青年は立ち止まってことりの顔を見詰める。
少し考え込んでから、何かを思い付いたように手を打つ。
「ああ」
それからことりのことを指差す。
「白河ことり」
「え? どうして私の名前を・・・」
「もう学園内じゃ有名だぞ。救世主クラス主席のリリィ・シアフィールドと引き分けたルーキーってな」
「あはは・・・試合は引き分けってことになったけど、あれは私の負けですよ」
「持久力は後からつければいい。たとえビギナーズラックだったとしても、引き分けと評されるだけの試合をしたのは紛れも無くおまえの実力だ。素質充分ってことだな。今後の努力に期待ってところか。・・・おっといかん、こんな話するキャラじゃないな俺。こういうのはおばさんくさい学園長に任せておけばいいんだ」
「ぷっ・・・おばさんくさいって、それはひどいですよ」
そう言いながら、的を射ているような気がする表現に思わずことりは噴き出してしまう。
あれは物腰が上品なのだと思うが、確かに見た目の年齢のわりに少し歳がいっているような印象は受ける人物であった。
「はっはっは、内緒だぞ?」
「んー、どうしよっかな〜?」
「む、見かけによらずなかなかの小悪魔だな」
「お姉ちゃんの影響かもしれません。でも、私はわりと平凡な女の子ですから。人の秘密を握ったらちょっと優越感に浸るくらいのことはしますよ」
「それは怖い。女は魔性、気をつけないとな」
「そうかもしれませんね」
ことりと青年は一頻り笑い合った末、お互いに名乗った。
「改めまして、この度救世主クラスに編入することになりました、白河ことりです」
「俺は特別講師の相沢祐一。ちなみにサボり教師と呼ばれているが事実なので否定しない」
「しないんですか」
相手の年齢を雰囲気からおそらく教師だろうと思って挨拶をしたのだが、どうやら当たりだったようである。そしてサボリ教師というのも何となく雰囲気通りのような気がした。
「ま、ごくたまーーーに授業をすることがあるんで、その時はよろしくな、ことり」
「はい。授業楽しみにしています、相沢先生」
「おお、先生! いい響きだな。最近はすっかりそう呼んでくれる生徒が減ってしまってな。ことりはいつまでそうやって呼んでくれるのかな?」
「さぁ、いつまででしょうね?」
「一日でも長いことを期待してるよ」
けど努力はしないけどな、と言いながら相沢祐一という教師らしき青年は去っていった。
彼に対することりの第一印象は、おもしろい人。
しかし、楽しい出会いに心躍らせながら部屋に戻ろうとしたところで、はたと気がついた。
意図して心を読もうとしたわけではないが、意識的に遮断しようとしていたわけでもない。にも関わらず、彼から一切の思念を感じなかった。
他人の心を読むということりの能力は、あくまで表層意識を読むことしかできず、心の奥底まで覗けるわけではない。しかし人である以上、常に何らかの思念が表に出ているものであり、それをことりから隠せる人間は過去一人、さやかしかいなかった。
もし祐一が意図的に思念を隠しているのだとしたら、彼はさやかと同レベル、少なくともことりの能力レベルを遥かに凌駕する領域にいることは間違いなかった。あの美汐学園長でさえ、ある程度普通に思念を感じ取ることができたというのに、である。
どうやら、すごい人物と知り合うことになったようだった。
「相沢祐一先生、か・・・」
こうして、白河ことりのアヴァターでの生活が始まった。
物語が真に幕を上げるのは、それからさらに、四ヵ月後のことであった――。
つづく
あとがき
1話が激長ッ! というほど長いわけでもないけれど、普段の私の1話の量からすると結構長い。この連載は更新頻度が低い代わり、このように1話1話が長くなる予定である。 もしかしたら第2話はさらに長いかも?
というわけで始まりました新連載、デュエルセイヴァーレジェンド。・・・デュエルでセイバーでレジェンド・・・なんか不遇を感じさせる名前の羅列だ・・・。まぁ、デスティニーでも似たようなものか。主人公機とは思えないひどい扱いだったよの・・・。って、話が逸れた。とにかく、デュエルセイヴァーの世界観を利用したオールスターSSがこの作品の趣旨である。いきなりDSのキャラ、リコとリリィしか出てないし。原作知ってる人以外には説明する必要はなく、原作知ってる人には説明するまでもないことだとは思うけれど、各キャラのキャスティングは・・・ミュリエル学園長→美汐、ダリア先生→茜&詩子・・・と、この辺は立場は同じだけれど、キャラとしてはそれぞれ原作の彼女とは違った魅力を出していきたいものだ。 しかし美汐の学園長はしっくりくるな・・・いやだって、美汐が成長したらちょうどあんな感じになりそうだし(笑
そしてこの物語の主人公はことりである。原作と対比するとベリオの位置にいる彼女だけど、上記の顔ぶれ以上にまったくの別存在だの。実際完全に別個の存在として扱う。けれどポジション的にはやはりベリオなので、リリィとはこの後親友の仲に発展することとなる。その他、さやかとか芽衣子とか祐一とか謎なキャラも多数いるが、その辺りの謎は話が進めばいずれ明かされるであろう。ちなみに余談だが、当初リコは登場させず、レンにその役割を任せようかと思ったのだが、いくら口数の少ないキャラとはいえ肝心な場所でも喋らないのでは話が進まないし、リコとイムニティはやはり必要だろうということで初期プロットから変更して登場させることに。もちろん設定は変わっても、レンも登場することとなる。
さて次回は、物語の真の開幕。何が起こるかは、原作ファンならお分かりであろう。原作を知らない人は、お楽しみあれ。