デモンバスターズ Valkyrie



   STAGE 03 『学舎 の 戦乙女達』

            
Aパート





















 ヴァルハラ学園。
 街の有権者達によって、あらゆる分野における才能を磨くための場として創設されたもので、幼・小・中・高・大学部まで含む、レギンレイヴ最大のマンモス学園である。
 そこで教育されている分野は多岐に渡り、将来街の要職に就く人材のほぼ全てはこの学園が輩出している。
 中でも近年、特に力を入れているのが、戦技戦術科と呼ばれる分野である。
 古の勇者を指し示す言葉にちなんで、エインフェリア科と呼称されるこの学科では、街の治安維持を司る警察部隊や、外敵たる他地方の侵略軍やベルセルクなどから街を守る 城壁守備部隊などによって構成される自治軍において活躍する人材を育成していた。
 国家という形態が多くの地方で廃れ、それぞれの都市が自分達で治安を維持する必要性に迫られたことを受け、設立されたものだった。いくつもの実績を挙げ、また街を守るという英雄的立場から、レギンレイヴの自治軍は周辺地域でも高い評価を得ており、住民達の憧れの存在となっていた。そして、彼らを育てたヴァルハラ学園エインフェリア科の名声も高まり、近隣地方から多くの子女が集まり、ここで学ぶようになっていた。
 レギンレイヴのみならず、ミッドガルド地方において最も有名で、最も優れた学び舎、それがヴァルハラ学園であり、エインフェリア科なのである。
 そのエインフェリア科では、成績に応じてクラスが四段階に分けられている。最も低いCクラスから始まり、Bクラス、Aクラスと等級が上がっていき、そして選ばれた一部のものだけが入ることができる全学生の羨望の的が Sクラスとなっている。Sクラスの卒業生は、ほぼ例外なく、将来的には各都市の重要な役職に就く道が約束されてると言っても過言ではない。
 しかし、古い伝統を重んじるがゆえに、学園にはいくつかの慣習が残っていた。その内の一つが、Sクラスに入れるのは男子のみ、というものだった。
 戦いは男のもの、女がこれに立ち入るべきではない、という考えに基づき、長い間女子のSクラスへの道は閉ざされていた。これが覆されたのが今から十年前、現在学園理事の筆頭を務めるジークリンデ家によって、女性の中にも男性と並び立つ才覚の持ち主がいるという主張から、新たに一つのクラスが作られた。
 それこそが、ヴァルキュリアクラスである。
 男子のSクラスと同等の成績を修めた女子のみが集められたこのVクラスは、今では広く認知され、高い評価を得るに至っていた。特に近年では、Sクラスの平均成績をVクラスが上回ることも珍しくない。それゆえ Sクラス内においてVクラスの評判は良くないが、全学生の視点から見れば、Vクラスの成績上位者達がいずれも成績のみならず容姿も優れていることと併せて、才色兼備の彼女達は学園のアイドルのような立場にあった。
 今年度、そのVクラスには二十九人の女生徒が在籍していた。

「そしてこのあたしが、ヴァルキュリアクラス二十九人中の序列二十九位! ドンケツのハルこと、ハルナ・ヒルディスでぃ〜すっ!!」
「ハルー、あんた誰に向って話てんの?」
「いやー、気にしない気にしない。ここはたぶん気にしたら負けなところだから」
「あっそ。ま、あんたがたまに変なこと言うのは今更だけどね」
「仰せごもっともですにゃ♪」

 多くが名家の子女たるSクラス・Vクラスの生徒達だが、実力主義の中では必ずしもそうした人間ばかりとも限らず、Vクラス内でもこうした軽い調子の会話が交わされることもしばしばある。
 二十九人中の序列二十九位、即ちVクラスにおいて最下位の成績を誇る女子、ハルナ・ヒルディスは決して裕福とは言えず、かといって貧しいわけでもない、ごくごく普通の商家の娘だった。小さい頃からすこーしだけ周りよりも頭が良く、すこーしだけ運動神経にも優れ、それなりの人望を集めており、周囲の勧めもあってエインフェリア科に入ると、それなりの成績を修め、気がつけば Vクラスに編入されるまでになっていた。しかしとんとん拍子で進んだのはここまでで、Vクラスに集った本物の才能溢れる面子を前に己の非才ぶりを知り、それからはのんびりと学園生活を楽しんでいた。
 Vクラスにおいては最下位とはいえ、全学園で見ればエリートコースにいることは確かであり、それに見合うだけの成績も修めているのだから、それだけで充分に将来役立つステータスとなる。また自分を凡人と自覚した上で周りを見れば、学ぶ上での手本となる人材がいくらでもおり、とても理想的な環境だった。
 ゆえに、ハルナはVクラスでの学園生活を、非常に楽しんで過ごしていた。


「よーしおまえら、今日のホームルームでは編入生を紹介するぞー」

 ある日の朝のホームルームで、Vクラスの担任が言った。
 担任のレベッカ・ジークリンデは分家とはいえ名門ジークリンデ家の一族であり、Vクラスの卒業生として、自警団や守備軍へ出張して行って活躍もしている女傑として名の知れている人物だが、性格はぶっきらぼうでいい加減、ついでに面倒くさがり屋である。一応、名門の子女が集まるお嬢様クラスという一面も持つVクラスの担任がこんなのでいいのかと、ハルナは常々疑問に思っているのだが、Vクラスに集っているのは基本的に優等生なので、そこはそれほど問題ないようだ。むしろ名門ゆえの格式や家風を気にせず接することのできる相手として、生徒達からの印象は良い。疑問を抱きながら、ハルナ自身も尊敬に値する人物だと思っている。
 必要最低限のことしかしない主義の担任が、珍しくホームルームで挨拶と出欠以外の話題を持ち出したので、皆の注目が集まる。内容の方も大いに気になるものだった。

「まぁ、編入生ですって」
「こんな時期に珍しい」
「情報通のハルは何か聞いてる?」
「うんにゃ、これは全然知らないや。サプライズだね」

 学内で起こるイベントなら大抵のことは事前に把握しているハルナだったが、これは完全に初耳だった。少なくとも在学生の中に、今すぐVクラスへ昇格してきそうな人材はいない。

(となると、外から来た子かな? それでもいきなりこのクラスに入ってくるなんて)

 ヴァルハラ学園の知名度は高く、遠い土地から子供の通わせようとする名家も多い。だから突発的な編入生というのはいくらでもあるものなのだが、それでも最初からVクラスへの編入は稀だ。
 Vクラス編入の基準は厳しい。立場的には同等であるはずのSクラスよりも厳しいのは、未だに男尊女卑を掲げる人間が多くいるからであり、女子の身で学園トップのクラスへ入るためには相応以上の評価を得なくてはならないのだ。
 長い間在学していれば、将来的に有望という見方からの優遇措置が取られる場合もあるが、外部からの編入の場合にはその時点で破格に高い能力を示さなくては認められないだろう。或いは可能性としては、学内の有力者の推薦があったというのも考えられる。
 どちらにしても稀有な事態であり、皆どんな子が来るのかと興味津々な様子だった。
 無論、ハルナもその一人である。

「騒ぐな騒ぐな・・・・・・よし、入ってきていいぞ」

 ぞんざいな態度で廊下に向かってレベッカ教諭が声をかけると、引き戸式のドアがスライドして開かれる。
 一度開いたドアだったが、すぐにまた閉じられた。ハルナを含めた後ろの方の席の生徒達が皆不思議そうな顔をする。彼女達からは、誰も入って来たようには見えなかったのだ。

「あ・・・」

 だが、謎はすぐに解けた。
 編入生の背が低く、視線を下げないとその姿を捉えられなかったのだ。
 身長130cmから、せいぜい140cm程度で、どう見てもミドルスクール以下の子供にしか思えず、ハイスクール以上の生徒が集まるエインフェリア科のVクラスにおいては場違いなように見えた。
 しかしその一方で、ハルナはその編入生の少女にどこか異質なものを覚えた。
 歩き方などのちょっとした動作が洗練されている点は、Vクラスに入るなら最低限それくらいは、というレベルでありそれほど気にはならない。やる気のなさそうな表情からは覇気があまり感じられず、顔つきから内面を想像するのは難しい。全体の雰囲気を見ても、只者ではなさそうだがVクラスの基準で言えばわりと平凡、というのが見た目の印象だった。
 なのにハルナが“違う”と感じ取ったのは、眼だった。
 実家が大棚の商家で、小さい頃から親の商売を見てきたハルナは、家にやってくる様々な人間を見てきた。そうした中で、その人間の人柄を端的に判ずるためにもっとも適しているのが眼であると学んだ。視線の強さや向きなど、眼から読み取れる情報は多い。そして表情や態度で完璧に猫を被っている人間でも、眼の奥を覗き込めば、本当の人物像が見えてくる。
 そんなわけで、ハルナは人を見る眼には自信を持っており、その眼力がこの少女から何かを感じ取っていた。
 教壇の横まで編入生の少女が歩いてくる。レベッカ教諭の隣に立って正面を向いた際、少女の視線がさっと教室を見渡す。これ自体はごく普通の反応だが、その視線がほんの僅か、ある一点で止まったのを見て、ハルナは咄嗟にその先を自分の目で追う。

(フローラ様?)

 目を向けた先の席に座っているのは、フローラ・ジークリンデという、担任のレベッカとは同じ一族の出で、この学園では知らぬ者はいない超有名人であった。
 当のフローラは、にっこり笑って教壇の方へ向かって小さく手を振っていた。皆編入生に注目しており、フローラのその仕草に気付いたのは、教壇側にいた二人以外ではハルナだけだった。

(フローラ様の関係者? だとすると・・・うん、それならあり得るか。へぇ〜、これは想像以上に・・・)

 教室のあちこちから「ちっちゃい」だの「かわいい」だの「あんな子が?」だのといった声が上がっていたが、レベッカが手にした出席簿で教壇を叩くと皆静かになった。

「えー、彼女が今話した編入生だ。じゃ、自己紹介とか適当にして」
「エリス・フレイヤ。こんな形だけど十九歳。よろしく」

 適当にしろ、と言う教師も教師だが、それで本当に適当に済ませてしまう編入生もなかなかのものだ。とりあえず、新しいクラスにやってきた異分子として物怖じすることはまったくない人間なのはよくわかった。
 一応その後、レベッカの方から少しだけフォローが入った。

「エリスさんは学園理事の一人で、学生会長でもあるうちの姫の推薦で編入してきた。なので質問があればそっちに聞くように、以上」

 丸投げにしただけだった。

「じゃー、おまえさんの席は・・・」
「はいはーい! あたしの隣空いてまーす」

 ハルナはここぞとばかりに真っ先に声を上げた。
 後ろの方には他にも空いている席がいくつかあるが、こんなおもしろそうな人材をすぐ近くに置かない手はなかった。

(思ったとおり、フローラ様の推薦。加えてさっき感じた雰囲気。この子は絶対におもしろい!)

 ぶんぶんと大きく手を振るハルナに、編入生のエリスは少し顔をしかめていたが、レベッカに促され、仕方なくといった様子で示された席にやってくる。

「あたし、ハルナ・ヒルディス。よろしくね、エリスさん!」
「・・・・・・」

 席に着いたエリスは、ハルナの挨拶には応えずに前を見ていたが、笑顔で視線を向け続けると、やがて根負けしたように顔を向けた。

「エリスでいいわ、“さん”付けとか落ち着かない」
「わかった、よろしくね、エリス!」
「・・・・・・よろしく」









 学校に通うのなど、十年振りのことだった。
 エリスの生まれた家はそれなりに裕福であり、幼い頃のエリスは人並みに学校に通っていた。しかし復讐に生きるようになってからは当然行っておらず、今になってこうして同年代のクラスメイト達と席を並べて授業を受けているというのは不思議な感覚だった。
 正直、場違いというのが率直な思いではある。
 世間に出て様々なことを知る上で必要な知識は身につけてきたため、一般教養の面で周りに劣るということはないが、さすがに専門的な学問になるとさっぱりだった。もっともその点、このヴァルハラ学園エインフェリア科というのは特殊な環境らしく、かなり得意分野に偏った履修が可能らしい。だから、授業についていけないというようなことはないし、そのことを気にしているわけでもない。ただ、いくら戦いの場に身を置く人材を育てる学科とはいえ、実際に戦いの中で生きてきたエリスと、平穏な日常を過ごしてきた学生達との間で感性の隔たりがあるのは仕方のないことだ。
 一歩教室に足を踏み入れた時から、この場にはきっと馴染めないだろう、とエリスは思っていた。
 もっとも、所詮は仮初の居場所であり、問題となるようなことではなかった。

(あの女、何を企んでるんだか)

 授業を半分聞き流しながら、ちらりと同じ教室にいる、彼女をこの学園へ誘った人間へ目を向ける。 その人物は、ただそこにいるだけで、同年代の少女達が集まっている中において特に際立った存在に感じられた。容姿もさることながら、無視できない存在感がそこにはあった。そうでなければ、殺気立っていたエリスと祐漸の戦いを声一つで止めることなどできないだろう。
 昨日、二人の戦いを仲裁したフローラ・ジークリンデは、彼女自身が理事を務めるこのヴァルハラ学園に特待生として編入しないかとエリスに勧めてきた。




「あの祐漸様と互角の戦いをなさるなんて、とてもお強いのですね」
「いきなり喧嘩吹っかけられたのよ。ああいう危険人物こそ取り締まりなさいよ」
「彼が身を寄せているバルグラム家は、私の家に劣らない名家ですので、おいそれと口出しはできないのですよ。それに、祐漸様は無闇な暴力を振るう方ではありませんし」
「その無闇な暴力の被害者がここにいるんだけど?」
「よほどお気に召されたのでしょうね」
「・・・・・・で、学園がどうしたって?」
「エインフェリア科のヴァルキュリアクラスについては、先ほどお話したとおりです。優秀な人材を育てることを志している場ですので、エリスさんのようにお強く、戦いの現場を知る方に入っていただくことは、他のみなさんの刺激になると思いまして。それに、様々な分野での知識が得られる場でもありますので、エリスさんご自身にとっても、新しいことを知る良い機会になるのではないかと」
「こっちにとっても悪い話じゃないってことね。けどアタシ、お金とかないわよ」
「理事である私の推薦による特待生ですから、学費等は全額免除です。ただし、相応の成績を取っていただく必要はありますけど」
「そう。それで、真意はどこにあるわけ?」
「さぁ、どこでしょう?」




 何度つついても、笑顔ではぐらかされてフローラの真意を探ることはできなかった。穏やかな顔をして、腹芸にはなかなか秀でているようだ。そうでなければ、多数の名家の子女が集まる学園の理事など務まらないだろう。
 結局、勧めを受けるきっかけとなったのは、学生寮の存在だった。
 元々長期滞在するためのねぐらを探していたところに計らずも転がり込んできた話である。渡りに船とはこのことだった。
 学校に通って高い成績を取るというのは、いくらか行動の制限をされることにはなって多少面倒ではあるが、素性の不確かなエリスが長い間この街で過ごす上での隠れ蓑としては申し分ない。形の上とはいえ、街の権力者の血縁が身元引受人になるというのも悪い話ではない。
 知らず知らずの内にその権力者の駒として扱われる可能性はあるが、仮にそうなったとしても、それがエリス自身の目的に反しない限りは、宿賃代わりに利用されてやるくらいは構わない。

(まぁ、メリットを考えたら、ちょっとくらいのせられてやるのは別にいい、か)

 それに認めたくはないが、どうやら最初に会った時から、あのフローラという少女のことを少し気に入ってしまったらしい。
 国家の概念が希薄となり、それぞれの都市が自治区として成り立つようになった現在、それぞれの都市における最大の権力者はさながら王のように振舞うことが少なくなかった。フローラも、周りから“姫”などと呼ばれるだけあって、そうした立場の人間に違いない。
 けれど、フローラ自身にはそうした立場を鼻にかけたようなところがまったくない。
 余所者のエリスに対しても、ある程度の打算はあれど、対等の立場で接してきた態度は好ましいものだった。何より、荒れくれ者同然の戦い振りを見ておきながら物怖じしない度胸も買える。
 初対面でエリスが好感を抱く人間などそうはいない。あれがカリスマというものかもしれない。
 そして、エリスが感じたそれは、そのままこの学園におけるフローラの立場に繋がっていると思われた。エリスの編入が彼女の推薦によるものだと担任が語った時のクラスメイト達の反応で、それはよくわかった。

(多少の厄介事はあの女に押し付ければいいとして、あとは目立たなければ万事良し)

 こうしてエリスの学園生活が始まることとなった。
 そして学園に来て一番最初にエリスに接触してきたのが、隣の席のハルナ・ヒルディスだった。

「ね、ね、エリス」

 編入直後の最初の授業中、適当に内容を聞き流しながら教室内を眺めていたエリスの二の腕をペン先でつつきながら、ハルナが小声で話しかけてきた。
 無視しても良かったのだが、他にすることもないので目だけ向けて応える。

「お互いをよく知るために、まずは語り合うのが吉と思うわけですよ」
「・・・授業中じゃないの?」
「授業なんてどうでもいいって。それに、休み時間になったらきっとみんな集まってくるし、その前にあたしにだけ丸秘情報を教えてほしいのだよ」
「何よ、丸秘情報って」
「もっちろん、エリス・フレイヤについて、よん♪」
「大しておもしろい話もないわよ」

 とは言うものの、それで引き下がるような相手にも見えなかった。
 隣の席になったのが運の尽き、ここは付き合ってやらないといつまで経っても追求されそうだった。

「で、何が知りたいわけ?」
「んー、それよりむしろエリスの方こそ知りたいことないの? このクラスのこととかさ」

 別にない。しかしそう答えて話が終わるわけでもあるまいし、適当に浮かんだことを口にする。

「じゃ、あなたのことでも話しなさい」
「へ、あたし? いやー、あたしの話なんてしてもつまんないよ〜、何せドンケツのハルだし」
「ドンケツ?」
「そ。このクラスでは試験の成績に加えて、イベントやミッションで稼いだポイントで総合的な評価をして序列が付けられるの。あ、イベントやミッションの話はまた後でするね。で、あたしはこの二十九人+エリスのクラスで序列二十九位、つまりエリスが来るまで万年最下位だったのさ! いやー、みなさんすごい人達ばかりですなー、己の凡庸さを噛み締める意味で 自称しているのが、ドンケツのハル、ってね」
「自虐的ね」

 エリスは目だけを向けていたハルナの方へ顔ごと向きなおり、自称ドンケツの少女の顔をじっと覗き込む。
 他のクラスメイト達と比べると、容姿の面で劣っている印象はないが、良家の子女といった感じの気品はあまりない。無能なイメージはないが、さりとてトップに立つような、例えばフローラのような人間と比べれば大きな存在感があるとも言えない。
 けれど、そんな彼女にエリスが抱く印象としては――。

「そんなに卑下することもないんじゃない?」
「いやいや、分は弁えてるつもりですにゃ」
「・・・まぁ、どう思おうとあなたの勝手だけどね。どっちにしろ、アタシが三十人目として加わった以上、今はもうドンケツじゃないでしょう」
「おお、盲点! でもそれも束の間の天下なのでしたとさ。エリスなら次の試験ですぐに上に行っちゃうよ」
「さぁ、わからないわよ。お姫様の推薦ってだけで、実はただの能無しって可能性もあるわ」

 実際、彼女の推薦であると知れた時のクラスの反応は、好意的なもの半分と、残りの内の半分は関心が薄そうで、最後の四分の一からはあまり友好的でない視線が送られていた。
 良い意味でも悪い意味でも彼女の影響力の強さが伺えるが、それゆえにエリスに対して色々と思うところもある人間もいるだろう。
 当然、中にはエリスの能力を疑っている者もいるはずだった。

「あはは、ないない。フローラ様に限ってそれはぜぇーったいに、ない」

 ハルナは肯定派のようだ。好意的な視線を向けている生徒達の見解はそんなところだろう。

「信頼されてるみたいね、あの子」
「うん。けど、エリスのことに関してはそれだけじゃあ、ないよ」

 好奇心に満たされていたハルナの目が、その時だけ自信に溢れた色でエリスを射抜く。
 思わずエリスもその様子に目を見張る。

「ドンケツのあたしだけど、人を見る目だけはちょっと自信あるのよね〜。あたしの見立てでは、エリスは只者じゃない!」

 ビシっとエリスの眉間を指差して言い放つ。二人の間でしか聞こえない程度の小声なのに、大声で叫んでいるように響いてくる語気の強さだった。
 本人の認識よりはおもしろい人間とは思っていたが、今の表情を見てエリスはハルナに対する評価を少し改めるべきかと思った。

「なら、その眼力をちょっと試させてもらいましょうか」

 退屈と思われた学園生活にちょっとした楽しみを見出して、エリスは軽く表情を崩した。









 休み時間になると案の定、エリスの周りには人だかりができた。良家の子女で、名門学園のエリート達と言えど、中身は年頃の少女達のようで、新しいクラスメイトへの興味は尽きないと見える。ましてやそれが、どうやら学園の有名人らしきフローラの推薦とあれば尚更だろう。

「エリスさんは、どちらからいらしたのですか?」
「以前はどこの学校へ通っていたの? フローラ様のご推薦なんて、とても優秀な成績を修められていたのでしょうね〜」
「フローラ様とはどうして知り合われたのですか?」
「何か特技などはありまして? この学園ではどんなことでも学べましてよ」
「それより甘いものは好きかしら? ここの学食には一流のパティシエがいるのよ。Vクラス御用達のね!」
「ところで、抱っこさせてもらってもいい?」
「おねーさまって呼んで〜!」

 何やら妙なのもまじっていたが、どれも適当にはぐらかしたりしながらあしらっていく。
 第一陣の波が引くと、騒がしいのが収まるのを待っていたかのように一人の女生徒が進み出てくる。見事な螺旋の形をした顔の両側の巻き毛が非常に特徴的な女子である。
 机の前に仁王立ちになり、高圧的な視線でエリスのことを見下ろしている。彼女の取り巻きらしき生徒が数人、後ろに控えてやはり同じような視線を向けてくる。もっとも彼女達の場合は、先頭の女子を真似ているだけという感じではあった。
 目の前に立って見下ろしてくる女子だけは別格で、はっきりと非友好的な目をしている。はじめ好意的な態度で騒いでいたクラスメイト達も、彼女の登場に際して一歩引いた形になっている。
 なかなかにクラス内で影響力の強い人物のようだ。本人も如何にも偉そうなお嬢様といった風体だ。

「まずは礼儀として名乗っておきます。わたくしはアリシア・イシュタル。ゆくゆくはこの学園をトップで卒業し、学園史に名を残すことになる者ですわ」
「ゆくゆく、ってことは今はまだトップじゃないのね」
「キッ!」
「ごめんなさい、続けて」

 気に障ったようだ。もちろんわざとである。
 基本的に自由人のエリスは、こうした高圧的な態度の人間は嫌いである。ましてや相手が非友好的な態度で接してくるのに対して、こちらが友好的に接する義理などない。相手が喧嘩を売ってくるなら、相応の態度で応じるまでだった。
 こうした喧嘩上等な態度が余計なトラブルの元であり、昨日の祐漸との一件もそこに原因の一端があるのだが、この辺りエリス本人に改める気はなかった。

「ふんっ、まぁいいですわ。一言だけ申し上げておきます。フローラ様のご推薦だからと言って、あまり大きな顔はなさらないことね。ここでは実力こそが全て。それを示さない限り、わたくしはあなたのような方を認めません。認めてほしければ、それだけのものをお見せなさい。さもなくば、大人しくなさっていることですわ」
「悪いけど、アタシがどんな顔で過ごすかをあなたに指示される謂れはないわ」
「何ですって!?」
「けど目立つのも好きじゃないし、大人しくはしといてあげるわよ、お嬢様」
「くっ・・・・・・ええ、せいぜい殊勝な態度を心掛けることですわねっ。では、失礼しますわ!」

 最後に一際きつく睨みつけてから、アリシアと名乗った女子は肩を怒らせながら教室を出て行った。取り巻き達も慌てて彼女の後を追っていく。
 名門のエリートクラスと言っても、ああした自分の能力を誇示するタイプの人間はいるものだった。
 エリスは少しだけ、フローラがエリスを招き入れた理由がわかったような気がした。要するにここは、まだ彼女の理想とする環境には遠いのだ。だから外部から刺激となる存在を入れて、質の向上を目指そうとしている。それだけが目当てではなかろうが、少なくとも彼女が勧誘の口実として述べた言葉の一部は本心に違いなかったようだ。
 もっとも、フローラの思惑通りの役割を果たす義務はない。
 目立つのが好きではないというのは、偽りないエリスの本心だった。
 それからも質問攻めは続いたが、昼休みになる頃にはそれほど人も集まらなくなっていた。まだエリスへの興味はあるのだろうが、一先ずはそれぞれがおそらくは普段通りの過ごし方に戻っている。
 今、エリスの傍にいるのはハルナだけだった。

「いやー、みんな予想通りの反応ですにゃ〜」
「そうそう型破りの人間なんていないものよ」

 エリスにとって学校という場所は馴染み深いものではないが、それでも人間の性はどこへ行ってもそんなに変わるものではない。エリスが知る社会の人間達からすると幼さはあるが、彼女達の在り様はこれまで見てきた人間の在り様と同じだった。
 興味をそそられるものがあれば、喜々としてそれに食いつく。けれど、自身の普段の過ごし方を大きく崩してまで関わろうとはしない。数日もすれば、エリスの存在はただのクラスメイトとして彼女達に認識されるようになる。
 騒ぎは一過性のものであり、そうあることがエリスの望みでもあった。以降は目立たず、平和な隠れ蓑として静かに学園を過ごせばいい。
 ただ、一つだけ気になることもあった。

「ところで皆、アタシの見た目のことあまりつっこんでこなかったわね」

 当然、指摘されたらされたで機嫌が悪くなるからいいのだが、これまで行く先々で実年齢と見た目のギャップを指摘されていただけに、少しだけ不思議に思えた。

「まぁ、さっきアリシアさんが言ってたようにここは完全な実力主義だからね。本当に小学生が入って来たってみんな驚きはしても不思議には思わないだろうし。それに、前例があるからね」
「前例?」
「あ・れ」

 ハルナが指差す先を視線で追うと、窓際の一番後ろの席に座る女子が目に入った。
 その少女の姿を見た瞬間、エリスは一瞬総毛立つような感覚を覚えた。
 本当にそれは一瞬で、そこにいたのはどうしてそんな感覚がしたのかわからないくらい存在感の希薄な少女だった。
 背はエリスと同じ程度と小柄で、長く伸ばした髪は雪のように真っ白で、肌も同じく抜けるように白い。ぼんやりとした表情で手許の本に目を落としている様子はとても儚げで、そのまま彼女が消え去ってしまってもクラスの誰も気付かないのではないかと思わせた。
 少しでも視線を外せば、そこにいることすら忘れてしまいそうな存在。けれどエリスは逆に、彼女の存在にひどく目を引き付けられた。

「・・・・・・ハルナ」
「お! はじめて名前呼んでくれたねん♪」
「そうだったかしら。それより、さっき言ってた、あなたの眼力を試すっていうの、今からやってみましょうか」
「いいねいいねー、どーんと来いだよ!」
「じゃ、あなたの目から見て、このクラスですごいと思える生徒を挙げなさい」

 さっきまでエリスは、クラスメイト達に囲まれながらその一人一人を観察していた。それで大体誰がどの程度の能力を有しているのかを把握したため、それをハルナの挙げる名前を照らし合わせてみようという魂胆だった。ハルナがクラスメイト達にどんな評価を下しているか、それを知ることでハルナの言う、人を見る目の程度を量ることができる。

「ほほーう、それはおもしろそうですにゃ〜。あたしだけじゃなく、エリスの見立てがどんなものかもわかるわけだ」

 おもしろそうだと楽しげな表情を浮かべるハルナに対し、エリスも薄く笑う。
 やはりこの少女、頭は悪くない。
 果たしてハルナがどんな風にクラスメイト達を評価してくるか、見物だった。
 しかし、自信満々に見えたハルナの表情がふにゃっと崩れる。

「って、言ってもね〜。基本的には序列が全部物語っちゃってるから、あまり偉そうなことも言えないんだよね」

 そう断ってから、ハルナは教室内を見渡しながら語り始めた。



















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