デモンバスターズ Valkyrie



   STAGE 01 『戦姫 舞い降りる』

            
Bパート





















 走り出した時、はじめ少女は驚いた様子で引きずられていたが、すぐに自分の足を動かす。思ったよりも足が速く、手を引く必要もなくエリスに併走する。

「ありがと〜、助かったよ」
「助かるかどうかは、まだこれからね」

 速度を落とさずに曲がり角に飛び込む。遅れずに少女もついてくる。見掛けによらず俊敏な動きだ。
 ますます正体が怪しいが、今それを追求するのはやめておく。
 またすぐに角を曲がる。

「追ってきてるのは、どんな連中なの?」
「さぁ?」
「さぁ、ってね・・・」
「なんか追いかけられるのしょっちゅうだから。いつも違う人見かけるし、誰がとか気にしてなくて」
「しょっちゅうって何よ。あんた、どっかの偉い奴の令嬢だったりするわけ?」
「さぁ?」
「・・・あのね」

 並んで走る少女のことをジト目で睨み付ける。

「まぁ、事情なんてどうでもいいから、あえて詮索はしないけどね」
「あー、そういう意味じゃないんだ」
「ん?」
「わたし、きおくそーしつだからね」
「・・・・・・」

 随分と耳慣れない言葉が飛び出してきた。
 もちろん言葉の意味は知っている。けれど普通の人間とは違う裏の世界で生きるエリスでも、そうそう日常的に聞く類の言葉ではなかった。しかも言葉の意味する内容とは裏腹に、少女の口調はひどくあっけらかんとしている。記憶喪失という事実を少しも重く感じていない様子だった。
 疑念を視線に込めて隣を見るが、少女は首を傾げてみせるだけだった。

「いいけどね、なんでも」

 少女の言葉が真実だろうと、そうでなかろうとエリスには関係のないことだった。はぐらかしているのだとしても構いはしない。
 事態の把握は巻き込まれただけの自分には不要のことだった。さっさと厄介事から逃げれれば問題はない。
 ゆえに、また一つ角を曲がろうとしたところで舌打ちをする。
 行き止まりだった。
 さらに、横道の方からも少女を追っていると思しき者達が駆けて来るのが見えた。

「チッ」

 そのまま直進する。
 一つ前に曲がった角からも追手の影が見えた。移動速度ではエリス達の方が勝っているのだが、相手の方が上手い具合に近道をしたりしているようだった。
 当たり前のことだが、この街に来たばかりのエリスと、街中でこれだけの人数を動かせるような相手とでは地の利に差があり過ぎた。このままではいずれ回り込まれるのも時間の問題だろう。
 或いは、さらに相手にとって有利な場所に追い込まれて行っている可能性もあった。その証拠に、人気の多そうな方角を目指していたはずなのに、逆にどんどんそっちから離れて行っているようだった。

「やっぱりね」
「何がやっぱりなの?」
「よく見なさい、その辺の建物を」

 路地を抜けた先に建ち並んでいるのは、倉庫と思しき建物だった。荷を運び入れたり出したりする時以外では、こんな場所に人が大勢来るようなことはあるまい。
 一気に駆け抜けたいところだが、ここに誘い込んだ以上、先では待ち伏せされているかもしれなかった。

「こっちよ」
「ふわっ」

 仕方なく、倉庫と倉庫の間の陰に駆け込む。そこに扉を見つけると、一瞬背後を振り返ってから取っ手を掴み、押し開ける。当然鍵はかかっていたが、無理矢理抉じ開けた。
 先に少女を押し込み、自分も中へ身を滑り込ませると、手近な荷物を引き寄せて扉の前を塞いだ。
 奥へ進み、積み上げられた荷の陰に隠れる。

「さて、どうしたものかしらね・・・」

 ようやく一息ついたところで、次の方策を思案する。

「ここに隠れてたらやり過ごせないかな?」
「無理ね。倉庫の中に逃げ込んだだろうなんてすぐに検討がつくし、場所の特定にも大した時間は取らないでしょう」

 倉庫は全部で七つか八つあったが、仮にその全てをしらみつぶしに探したとしても見付かるのは時間の問題だ。扉も抉じ開けてきた痕跡がしっかり残っているので、すぐにここに気付くだろう。
 場所の特定ができれば、後は中に押し入ってくれば終わりだった。
 ボウガンなどを持っているくらいだから、当然それ以外にもある程度の武装をしているだろう屈強の男が十数人。小娘二人を捕まえるには充分すぎる数だった。相手がその通りに思っているとしたら、倉庫の中に入ってくることに何の躊躇もないだろう。反撃があるとしても、せいぜいネズミが猫を噛む程度のものしかないと思っているはずだからだ。
 だからこそ、どうしたものかと思案する。
 追い詰めた相手がネズミどころか実は虎であるということを知らしめてやるのが一番早いのかもしれないが――。

「街に慣れない内から、あんまり目立ちたくないのよね・・・」

 力を示すことで有利になる事もあれば、逆に力を隠していた方が得策な場合もある。それを見極めるためにも、情報が少ない内に自分の方からカードを切る真似はしたくないというのが本音だった。

「・・・・・・見捨てるか」
「わ、なんかよからぬことを言われたような気がするよ」

 ボソッと呟いたことに対するツッコミは無視して考える。
 今ならば周りに誰もおらず、少女を見捨ててエリス一人になれば、姿を見られることなく逃げることも可能だろう。追手にしてみれば狐につままれたような気になるだろうが、それでエリスが只者でないことを見破ったとしても、きちんとエリスの顔を見た者もいないだろう。その結果として少女がどうなろうと、この場合知ったことではない。
 かといって、ここまで一緒に連れて逃げておいて今さら見捨てるというのもすっきりしない。所謂、乗りかかった船というやつだ。
 事情に関しては気にしないつもりでいたが、こうまで巻き込まれた以上、少しくらい話を聞いてから改めて対応を決めても良いかもしれない。そう思って少女に声をかけようとした時だった。

 ガンガンガンッ

 鈍い音が何度かした後に、大きな音が倉庫の中にまで響いてきた。どうやら、扉とその前に積み上げたバリケードが突破されたようだ。思ったよりも早い。

「ほんと、仕方ない、か」

 考えるのはやめて、エリスはその場から立ち上がった。

「あれ? もしかして見捨てられちゃう?」
「そうしたいところだけど、それはそれで面倒そうだからやめておくわ」
「面倒だから、なんだ」
「ええ、これは勘。あんたと関わると面倒なことになる。で、どう足掻こうとアタシとあんたはもう関わってしまっている。だったら――」

 そこで一拍置き、気だるげだった表情の口元を引き締めてから意思を示した。

「一番アタシらしいやり方にしておくわ」










「あの倉庫か?」
「みたいだな」

 エリス達が逃げ込んだ倉庫街を、少し離れた場所にある建物の上から見ている二人の男の姿があった。

「動きが早いな。珍しく追い詰めてるようじゃないか」

 一人は鋭い眼光と、オールバックにした黒髪、背中に負った剣にも槍にも見える長大な武器が特徴の中背の青年だった。

「他にも動いてる連中がいるみたいだからな、焦ってるんだろ。見ろよ、包囲網も作らずに踏み込んでる、楽勝で逃げられる」

 もう一人もやはり若い男である。端整な顔立ちの優男だが、銀髪を逆立て、大雑把に服を着崩した格好がそれを気付きにくくさせている。
 倉庫までそれなりに距離があるため、銀髪の男は双眼鏡を覗いているが、黒髪の方は恐ろしく視力がいいのか、裸眼のまま状況を見極めている。

「どうする気だ? 少しいつもと様子が違うようだが」
「どうせあいつらじゃ、あの子は捕まえられないさ。あの子が出てきたら俺が追いかけるから、後は頼むよ」
「いいだろう。まずは次の動きがあるまで静観だな」
「ああ。ま、いつものように鬼ごっこを楽しむくらいの気持ちでいこうぜ」
「・・・果たして、そんなお遊びで終わるかな、今回は」
「どういうことだ?」
「さっきチラッとだけ見た、あれと一緒に逃げていた小さい女」
「ほぉ、おまえが女の子に興味を持つなんて珍しいじゃないか。俺はちゃんと見てないけど、かわいい子なのか?」
「かわいいかどうかは知らんが・・・・・・どうも気にかかる」
「なるほどねぇ。おまえが興味を持つような女の子か。確かに、ただのお遊びじゃ終わらないかもな」

 二人の男の視線の先、倉庫の中では状況が変化しようとしていた。









 倉庫の中へ踏み込んできた男達の前に、エリスは自ら姿を見せた。少女の方は、そのまま隠れているように言い置いた。

「おい、あの女はどうした?」

 男の一人がドスの利いた声で聞いてくる。
 なかなかの強面で、手には鉄製の鈍器を持っている。重い得物を片手で軽く持ち上げる力や、顔や腕に刻まれた傷から、それなりの修羅場を経験しているであろうことは容易に想像できた。
 普通なら、見た目十二〜三歳程度の小娘などひと睨みで竦み上がらせるような男なのだろうが、エリスはそんな眼光に晒されてもまったく動じなかった。
 怖がる様子のないエリスを怪訝そうな目で見ながら、さらに威嚇するように相手が一歩踏み出してくる。
 エリスは下がるどころか、逆に前に進んで答える。

「さぁね、どうでもいいわ、そんなこと」
「大人しく隠れてる場所を言え。そうすればおまえは見逃してやる」
「へぇ、それはありがたいことね。お言葉に甘えちゃおうかしら」

 おどけて肩を竦めてみせるが、そんな態度を気にした風もなく、男は尚も近寄ってくる。

「おい、ガキ、大人をからかうものじゃない。関係がないならとっとと失せろ。それとも、おまえもあの女を狙っているのか?」
「狙ってる、ね。あんな変な女に、あんた達みたいなのが執着するどんな理由があるのか、興味あるわね」
「知らないならわざわざ知る必要のないことだ」
「あんた達は知ってるの? それとも、知ってる奴のただの使いっぱしり?」

 眼前まで歩み寄ってきた男の顔を見上げながら、エリスは挑発的な笑みを浮かべる。
 間近で見るとますます恐ろしげな形相をした男である。体も大きく、エリスの背は相手のお腹辺りまでしかなかった。
 文字通りの大人と子供であり、どう見積もっても、喧嘩をしたらどちらが勝つかは一目瞭然だった。誰もがそう思っているから、動じないエリスの様子に戸惑いつつも、周りにいる他の男達は動こうとしない。
 取るに足らないと思っているのだ、小娘一人程度。
 こうして無駄話をしている間にそこらを探せばいいものを、ただ突っ立って眺めているのは、エリスを大した障害とも思っておらず、簡単に排除してからゆっくり探せば良いと思っているのかもしれない。
 中には、ニヤニヤと笑いながら様子を見ている者もいる。抵抗する弱者をいたぶって楽しもうとする類の笑いだ。
 程度が知れる。
 そもそも、こうして話してるのが時間稼ぎで、その間にあの少女が裏の方から逃げ出したりしたらどうするつもりなのか。踏み入ってくるまでの時間が短かったから、完全に倉庫を包囲するには至っていないはずだ。
 チンピラに毛が生えた程度の集団、というのがエリスがこの男達に下した評価だった。
 リーダー格と思しき目の前の巨漢はそれなりだが、残りはただの雑魚。人数は見える範囲で十一人。走って逃げている間にはもう少し見かけたはずだから、残りは外を張っているのか。
 いずれにしても、質も量も遥かに足りない。

「どっちだろうと関係ないわね。そう、アタシには関係ない。あんた達が何者だろうと、あの女にどんな価値があろうと、ね」
「なら、とっとと失せろ」
「そうね。じゃあ、そこどいて」
「何だと?」
「目の前に立たれてると邪魔よ。アタシが通るんだから、道を空けなさい」

 尊大な態度と物言い。男の顔が歪むのがありありとわかった。
 小娘の安い挑発にあっさりとのせられる。やはり所詮はその程度の連中であろう。
 もっとも、エリスからすれば半分以上は本音でもある。

「ほら、さっさとどきなさい。そして隅っこで膝をついて頭を垂れなさい」
「こんガキゃ・・・!」
「図体がでかいからって見下ろしてるんじゃないわよ。頭が高い、目障り。今すぐアタシの目の前から失せるか、土下座して道を空けなさい。それがアタシと比べた場合のあんた達みたいなクズが取る行動としては相応だわ」

 それで、キレた。
 相手が小娘であることなど一切お構いなしに、手にした棍棒を本気で振り下ろした。
 身を強張らせる者がいた。一瞬後に起こるであろう惨劇を想像したのだろう。
 誰にでも、簡単に想像できる。
 二メートルはある巨漢が子供相手に重い鈍器を振り下ろせばどうなるか。
 肉は潰れ、骨は砕け、少女は見るも無残な姿を晒すことだろう。
 ただ一点、その少女がエリス・フレイヤという存在であるという要素を除いて考えれば――。

 ボキッ!

 硬いものの砕ける音がした。
 続いて、どこかに重いものが打ち付けられたような音。
 周りにいた誰もが、その音を呆然と聞いていたことだろう。

「先に手を出したのはそっちだからね、どうなっても文句は言わせないわよ」

 少し前までの挑発的な笑みとは違い、冷めた表情を浮かべたエリスは、まったくの無傷でその場に立っていた。
 逆に、男の方には変化があった。
 振り下ろしたはずの鈍器は、中ほどから折れ、先の部分はなくなっていた。二度目に響いた、重いものが打ち付けられる音が、折れ飛んだ鈍器の先が壁に当たった音だと即座にわかった者が何人いただろうか。
 男は、鈍器の手許に残っていた部分も取り落とし、右腕を抱えて蹲り、呻いていた。

「ぐぉ・・・ぉぉ・・・・・・!!」

 何が起こったのか、言葉にすれば簡単だった。
 振り下ろされた鈍器を、エリスはカウンターで弾いた。その結果鈍器は半分に折れ、先の部分は壁まで飛んでいき、衝撃は残った束の部分を通じて男の腕にまで達した。手首と肘の関節に深刻なダメージを受けたか、或いは骨が折れたかもしれない。
 少し力を入れ過ぎたかとエリスは思ったが、別に相手に同情する気などはない。
 挑発したのはエリスでも、手を出してきたのは向こうであり、獲物と思っていた相手から手痛い反撃を受けて怪我をしたところで、そんなのは知ったことではない。

「さて、それで他に病院送りになりたい奴は誰?」

 目の前で蹲っている一人を除いた十人に目を向ける。
 皆怯んだ様子を見せていたが、まだ誰も退く気はないようだった。むしろさっきまでよりずっと殺気立っている。

「やっぱり、力の加減間違ったか」

 入れ過ぎたのではなく、入れなさ過ぎたようだ。
 最初の一人で力を見せ付けてやれば、残った相手はそれを見て恐れを成すものだが、程度が弱いと逆に怒りを買うことになる。どうせなら、肩から先が捻じ曲がるくらいの力を込めてやるべきだったと後悔する。
 後悔しながら、今からでも遅くはないか、とも思った。
 一歩踏み出し、ようやく痛みから回復して顔を上げようとしていた男の頭を掴む。エリスが片手で掴むには男の頭は大きすぎたが、指先が頭蓋骨にめり込むくらいに食い込ませ て握った。

「が、ぁ・・・!」

 脳天に走る激痛に声を上げかけた男だったが、悲鳴が上がることはなかった。その前に、エリスは男の顔面を地面に叩きつけた。
 頭が半分余り、地面にめり込んでいた。

「頭が高い、って言ったはずよ。やっとお似合いの姿勢になったわね」

 気を失った男を冷ややかに見下ろし、そのまま冷たい視線を周囲に投げかける。今度はさすがに、全員腰が引けていた。ようやく目の前の少女が見た目通りの存在ではないことに気付き、恐れを成したのだろう。
 しかし、眼前の恐怖よりも目的意識が強いのか、誰も逃げ出すことなく、それぞれが視線を交わしながらエリスを取り囲むようにして動く。
 集団で叩けばどうにかなると思っているのか。確かに、一人を容易く叩きのめす剛の者も、集団に襲われればひとたまりもないというのは常識的な考え方だ。彼らの行動は間違ってはいない。
 しかしどうやら、全員病院送りが希望のようだった。

「いいけどね、全員記憶がぶっ飛ぶくらい叩きのめしておいた方が、アタシのことがいたずらに広まらないでしょう」

 エリスは、背負った包みの紐を解いた。
 身一つで旅をしているエリスにとって、生活をするために必要な物はほぼ全て行き先々で現地調達するのが基本だった。そんなエリスが、唯一旅の供として常に持ち歩いているのが、二振りの剣である。稀代の名剣というほど良いものではない。かといってそこらにあるようななまくらでもなく、それなりの業物だが、曰くも何もない、ただ旅の途中で手に入れたものだ。ただ、大事なのは、それが“剣”であるという点だ。
 “剣”は、親を失い、一人世に放り出された時のエリスが唯一持っていた能力だった。生き方も何も知らなかった小娘が、ただ剣の腕が立ったからこそ、どうにか生き延びることができた。
 だから“剣”は、エリスが最も、そして唯一頼りにする相棒である。
 二振りの剣はいずれも定寸、最も一般的な長さのものだった。だが小柄なエリスが手にすると、かなり大きなものに見えた。
 ただの小娘と侮っていた相手に仲間の一人を打ち倒され、その相手が武装したことで残った者達が怖気づいていた。しかし目的に対する使命感ゆえか、それとも小娘に舐められたままではいられないというプライドのためか、誰も尻尾を巻いて逃げようとはしていない。

「少しは骨のある連中ね」

 頭角らしき男を真っ先に叩き潰してやったというのに、戦意を失ってはいない。

「もっとも、利口ではないわね」

 勇気と無謀は紙一重で別のものだ。
 相手と自分の力量の違いを正しく認識できず、勝算のない戦いを挑むのは愚かなことだ。戦いにおいて、自らが生存を重んじるのは時に勝利よりも大切なことなのだ。そうしなければ、エリスとてここまで至ることはできなかった。
 力無き弱者だった頃は、ただ生きることだけを考えてきた。果たすべき目的があったから、死ぬわけにはいかなかった。時には、恥も外聞も無くひたすら逃げ回ったこともあった。
 自分よりも遥かに強大な力を持った敵と対峙し、時には死中に活を見出す思いで切り抜けてきたこともあったが、その時も勝算はあった。たとえ勝てずとも、自らが生き延びるための策があった。それが真に戦いに臨む姿勢だった。
 やがてそれを繰り返していく内に、どんな敵と対峙しても決して劣らぬ強さを身につけ、いつしか常勝不敗の戦姫として名が知れ渡るまでに至った。
 戦いに臨む姿勢も定まらず、ただ安いプライドのみに固執しているような者達では、そもそもエリスとは格が違う。

「安心しなさい、命まで奪いはしないから」




 十人を打ち倒すのに、二分もかからなかった。
 定寸とはいえ、女子供の細腕には充分に重い剣を両手に一振りずる、それぞれ片手で操る力に加え、小柄ゆえの素早さ、そして舞うような剣技を前を、相手はほとんど対処する余地もなく、ただただ倒されていくだけの的であった。
 またたく間に彼らを打ち倒したエリスの姿は、まさに異名の通りの戦姫だった。

「さてと・・・」

 大の男を十一人相手にしておいて、息一つ乱さず、汗もまったく掻いていないエリスは、二振りの剣を包みの内に納め、少女の下へ戻っていった。
 ところが――。

『ありがと〜! ごめんね〜』

「・・・・・・・・・」

 先ほどまで隠れていたはずの場所には誰の姿もなく、代わりにそんな文句がかわいらしい丸字で書かれた紙切れだけが置いてあった。
 エリスは拾い上げた紙切れの文句を見て、頬を引きつらせながら拳を奮わせる。

「へぇぇ・・・そうくるか、あの女ぁ・・・」

 確かにそれはエリスも考えた。
 狙われているのはあの少女なのだから、とっとと見捨てて自分だけこっそり逃げようとか思った。逆に自分が相手の目を引きつけている間に少女が逃げるという手も考えはした。ただここまで関わった以上、せめてある程度事情くらいは聞き出してやろうと思ったため、考えるだけでそれを実行しようとはしなかった。
 はっきり言って油断していた。
 最初の印象で油断ならない相手かもしれないと感じていながら、話してる間の天然っぽい雰囲気に呑まれ、ついこうしたことになる可能性を失念していた。
 まさかこんな形で出し抜かれようとは。

「今度会ったら覚えときなさいよ、あいつ!」

 名前も素性も知らない相手である。この大きな街で再び会う機会がある可能性は低かった。
 しかし不思議と、エリスは再びあの少女と会うことになりそうな気がしていた。



















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