デモンバスターズ Valkyrie



   STAGE 01 『戦姫 舞い降りる』

            
Aパート





















 幸福などというものは、いとも簡単に壊れる。
 もしかしたら、ある日突然不治の病にかかるかもしれない。明確な死が目前に示された時、絶望が未来を奪っていく。
 ひょっとしたら、明日大きな天災が起こって、家が崩れるかもしれない。前触れもなく起こった突然の出来事に、ただ唖然とすることだろう。
 一歩踏み出した先が、実は奈落の底へ続く崖の淵である可能性など、この世界にはいくらでも転がっている。
 盛者必衰の理を持ち出すまでもなく、栄華を誇った国も容易く崩れ去る。
 太古の昔、天も地も、全てを司っていた神々の時代すら、突然の崩壊によって滅び去った。
 どれほど栄えようと、どれほど幸せを積み重ねようと、壊れる時は一瞬だ。
 いわんや、一つの家の小さな小さな幸福が壊れる瞬間など、悠久の時の流れにおいては認識すらされない些末な出来事に過ぎない。
 けれど壊れ落ちた家に住む者にとって、それは世界の崩壊に等しいものであり、誰もが崩壊の瞬間まで、それまでの幸福が掛け替えのないものであったことを知らずにいるのだ。
 壊れてしまってから気付く。
 それはもう、取り返せない過去なのだと。

 少女にとって、目の前で母親の死を見た瞬間が、幸福な世界の終焉だった――。









 十年後――。
 大陸北西部、ミッドガルド地方の山中に、成長した少女の姿があった。
 彼女は今、三匹の獣に囲まれていた。

 ギシャーッ!

 切り裂くような殺意のこもった叫び声と共に、一匹の獣が獲物に襲い掛かる。
 ただの獣ではない。
 体長はおそらく三メートルほどもあろうか、狼を思わせる頭と鋭い牙を持ち、胴体はネコ科の動物のようにしなやかで強靭な筋肉を持ち、全身を覆う体毛は鉄の刃すら弾きそうなほどに硬い。百獣の王などと称される獅子も、この異形の獣の前では仔猫と変わるまい。
 そのモノ、名をベルセルクという。
 いつ頃からその存在が確認され始めたのか、定かなことはわかっていない。しかし、人間を含むあらゆる生態系に属さない異形の存在として、時に人間を襲う恐るべきモノとして認識されるようになっていた。いまだに、その正体は解明されていない。
 近年になって、確認数は増大しており、自然災害と並ぶ脅威となっていた。
 人里には滅多に近寄らず、襲われるのは山や森の近くなどだが、ベルセルクに対する恐怖から、人々は街を高い壁で覆うようになり、街と街の間の交流は少なくなっていった。そのため国家という集合体も多くは廃れ、街単位での自治が主流となった。それでも人は慣れるもので、大きな街同士の間は安全に整備された広い街道で結ばれ、交流が完全に途絶えるようなことはなかった。
 それでも、全ての街道がそのように整備されているわけでもなく、小さな町や集落からの移動には、常にベルセルクの襲撃を受ける危険性を孕んでいた。
 今もまさに、そうした状況だった。

「ひ、ひぇえええ・・・・・・!」

 最初に襲われていたのは、荷馬車を引く行商人らしき初老の男だった。
 一応、街道と呼ばれてはいても、実質山道を一人で行き来していては、ベルセルクはもとより山賊の類から見ても格好の獲物だった。ベルセルクの増加で山賊などは以前より減ったというが、それでも大勢で徒党を組んでいればベルセルクはそうそう寄り付かないため、いまだに街にはいられないならず者達の集団はそこかしこにいる。
 本来ならこうした道を移動する際には護衛を雇うものだが、見たところ老人はそんなに羽振りが良いようには見えない。田舎で慎ましやかにやっている商人なのだろうから、護衛を雇うだけのお金がなかったというところか。
 仕方ない事情とは言え、殺されても文句は言えない無謀だった。
 ただ、その老人には幸運なことに、獲物を求めていたベルセルク達には不幸なことに、偶然彼女がその場に居合わせた。

 ヒュンッ

 銀光一閃。
 襲い掛かったベルセルクの腕が少女の身に届こうかという瞬間、何かが光を反射して、縦に一筋の線が生まれた。
 少女は無傷。そして振り下ろされたベルセルクの腕は、なかった。
 僅かに遅れて、離れた場所になくなった腕が落ちる。
 腕を斬り飛ばされた。その事実を、それを成した本人以外が認識するよりも早く、二本目の線が横に走る。今度は、ベルセルクの首の高さに。
 断末魔の叫びを上げる間もなく、首を斬り落とされたベルセルクは絶命し、倒れ伏す。
 ベルセルクに人間や他の獣のような仲間意識があるのかは知れないが、残った二匹が一匹目の死に動揺し、怯んだ隙に、少女は二匹目の獲物に向かって駆け出していた。
 既に、狩人と獲物の立場は逆転していた。

「はぁーーっ!!」

 裂帛の気合を前に跳び下がろうとするが時既に遅し。跳び上がって振り下ろした少女の剣は、かわす暇もなくベルセルクを脳天から一刀両断にした。
 鉄をも弾くという、岩のようなベルセルクの強靭な体毛と皮膚、それを少女を細い腕でいとも容易く切り裂いてみせた。
 獲物と思って襲い掛かった相手が、自らの存在を脅かす化け物とようやく悟った最後の一匹は、剣を振り下ろした姿勢で固まっている少女が再び動き出す前に即座に踵を返して走り出した。獣の本能が、逃げろと命じたのだ。
 そのまま一目散に逃走を計っていれば、或いは逃げ切れたかもしれない。だが幸か不幸か、逃げようとしたベルセルクの進行方向上には、腰を抜かした行商の老人がいた。強者を前に逃げろと叫ぶ本能と、弱者を襲おうとする本能とがせめぎ合い、ベルセルクの動きを一瞬鈍らせた。
 それが、命運を分けた。

 ドシュッ

 老人の方へ迫っていたベルセルクの口から刃が生えていた。
 正確には、剣が後頭部から喉を貫通していた。
 少女が、最初の二匹を斬ったのとは別の剣を背中の包みから取り出し、投擲したものだった。
 時間にしてものの数秒。
 腰を抜かして呆然としている老人が状況を認識して我に返る暇もなく、襲ってきたベルセルクの群れはたった一人の少女の手によって全滅させられていた。
 鍛えられた戦士ならば、ベルセルクに対抗することは確かに可能だった。しかしあくまで基本は、一匹のベルセルクに対して数人で当たるものであり、一人で三匹、しかも一見してとても屈強とは言えないような少女がそれを成すというのは、非常識もいいところだった。加えてその非常識な少女は、大したことはしていないと言わんばかりに平然としている。
 血を拭った二振りの剣を背中の包みに納めると、たった今倒したベルセルクのことなど眼中にないかのように老人の下へ歩み寄り、声をかける。

「ねぇ、ちょっといいかしら」
「・・・・・・・・・へ、あ、ああ・・・」

 ああ、とか、うう、などと言葉にならない声を上げていた老人からきちんとした反応が返ってくるまで、たっぷり数分はかかったが、少女は急かそうとはせずに黙って彼が落ち着くのを待っていた。そしてようやくまともな思考が回復した頃合を見計らって、尋ねた。

「道を聞きたいんだけど」
「そ、そうかい。どこへ行きたいんだい、お嬢ちゃん?」

 まだいくらか動揺していて、ベルセルクの死骸をちらちら見たり、少女の姿を眺めたりと目を泳がせながらも、少女の質問に対して答える姿勢を見せていた。
 一拍置いてから、少女は行き先を告げた。

「レギンレイヴへ行くのって、この道で合ってる?」

 幸福だった日々を失った日から、十年。
 母の仇を討つ旅の中、少女は伝説が眠る地を目指していた。
 少女の名は、エリス・フレイヤといった。




「レギンレイヴ?」
「ああ、黄金都市なんて呼ばれてもいる。世界中探したってあれほどの大都市は数えるほどしかないだろうねぇ」
「そこに“あの男”がいるの?」
「確証はないがね、あんたの言う名前と特徴にほぼ一致する男が、ある組織にいるらしいって情報があってね、その組織ってのがレギンレイヴの秘宝を探してるって話さ」
「何よ秘宝って、名前の通り黄金でも眠ってるって言うの、その都市には?」
「《神の座》」
「は?」
「そう呼ばれてるのさ。神々の遺産だとか、古の秘宝だとか、色々と曰く付きの伝説があるのがレギンレイヴって街だ」
「そんなわけのわからないもの探してるようなオカルト組織に“あの男”がいるって? まさか」
「ちょっと厄介な組織なんで、これ以上突っ込んだところまでは調べられねぇ、俺も命が惜しいんでな。ただ、信じる信じないは、一度レギンレイヴに行ってみてから考えても損はないぜ」




 ――おとぎ話みたいな伝説が本気で信じられてる理由がわかる。

 黄金都市レギンレイヴを臨む丘の上に至った時、エリスは情報屋の語った言葉の意味を知ることになった。

「確かにこれは、おとぎ話の一つも信じたくなるわね」

 眼下に広がるのは、これまで多くの地方を旅してきたエリスでさえ見たことがないほど広大な街。
 そして何より目を引くのは、街の中心に天を衝くほどに高く聳え立つ一本の大樹だった。
 冗談みたいな光景だった。
 都市の中心付近には、他の街では見ない十数階建ての高いビルが建ち並んでいるが、それらが小屋に見えるほど、大樹の背が高かった。
 根元が高台になっている分を加味すると、天辺の標高は1000メートル近くあるのではないだろうか。いったいどれだけの年月をかければこれほど巨大な植物が存在しうるというのか。

「遠近感狂いそう」
「嬢ちゃん、レギンレイヴははじめてかい?」

 荷馬車の操る老商人が気さくな感じに問いかけてくる。
 レギンレイヴは城壁に囲まれた都市部の周囲に農村まで抱える広大な街で、旅の道中で助けた老商人がその辺りまで行くというので、ここまでの道のり荷台に乗せてもらってきたのだ。

「ええ。あちこち廻ったけど、ここへ来るのははじめてね。噂程度には聞いてたけど」
「なら、びっくりしただろう。あれは余所の人が見たら大抵度肝抜かれるさ。間近で見るともっとド迫力だぞ 。まぁもっとも、この間の嬢ちゃんの大立ち回りもド迫力だったけどなぁ、はっはっは」
「どうしてあんなところに街が出来たわけ? なんか、不便そうじゃない」
「よくは知らないがね、あの樹は神様の時代からあるもので、信仰に厚い連中が築いた集落が始まりって話だな」
「神様の時代から、ね・・・」

 もしもその話が本当なら、樹齢数千年ということになる。
 そんな大昔からの信仰が根付いているからこそ、神の遺産だの秘宝なのという与太話が生まれたのだろうと思うものの、実際にあの大樹を目の当たりにすると、思わず信じたるのも無理はない。 それにこのミッドガルド地方は大陸中で最も多くベルセルクの存在が確認されている地であり、レギンレイヴはその中心とも言うべき土地に位置していた。関係があるのかどうかは不明だが、何か曰くがあるかもしれないと憶測を立てるだけの要素はあった。
 とはいっても、現実に遺産やら秘宝やらが存在していたとしても、エリスにとっては興味のないものだった。
 ただ、“あの男”がそれに関わっているのだとしたら、調べてみる価値はあった。

「しかし、あちこち廻ってるって、いくら腕っ節が立ってもその歳で一人旅とは、大したもんだねぇ」
「・・・・・・いちいち訂正するのも面倒なんだけどね、アタシ、こんな形でも19だから」
「え、ほんとかい?」

 老商人が口をあんぐりと開いて振り返り、エリスの体をまじまじと見る。
 仕方のないことだとわかってはいる。
 自分の容姿が実年齢と比べてかなり幼いことは重々承知している。中身だけ大きく変わって、外見は十年前からほとんど成長していないと言っても過言ではない。しかしそれ でも、子ども扱いされることにはどうにも煮え切らないものがあった。
 不機嫌な雰囲気を察したか、老商人は慌てて別の話題を振ってくる。

「じゃあ、なんだ、この街へは観光かい? それともひょっとして、学園目当てかい?」
「・・・学園?」

 予想していなかった単語が出てきたので、問い返す。すると老商人は意外そうな顔をしながら説明してくれた。

「知らないのかい? ヴァルハラ学園って言えば近隣でも有名なところでね、嬢ちゃんくらいの歳の子らがそこかしこから集まってくるんだよ」
「まぁ、学園って言うからにはそうなんでしょうね」
「俺も詳しくは知らんけど、街の偉いさんや、遠くの領主様の子供なんかも入ってて、卒業した子はみんな将来でっかい仕事に就くって話さ 。それにベルセルクみたいなのと戦って街を守ったりする人間も育ててもいるって言うから、嬢ちゃんみたいに強い子がいっぱいいるんじゃないかね」
「ふぅん」

 何となくすごいらしいというニュアンスは伝わってきたが、特に興味を引くものでもなかった。年頃の子供らが通っているような場所に、“あの男”の手がかりが転がっているとは思えない。街にいる間に一度くらいは覗きに行くこともあるかもしれないが、それ以上に意味のある場所という認識はしなかった。
 そうこう話をしている内に、荷馬車は丘を下っていく。街に近付くほどに、大樹の高さ大きさを間近に感じてくるが、それ以上に街の広大さにも驚かされる。
 大樹があまりに巨大で、その大きさを正確に認識できないため、対比した際の街の大きさも測りづらくなっているのだ。
 実際に近付いてみるとわかるのは、どちらも遠目に見て予測していたよりも遥かに大きいという事実だった。
 山越えの道を通ってきたエリスは、街の中央門へ向かう街道に合流したところで荷馬車を降りた。別れ際に、老商人は命を救ってくれたお礼がしたいとしきりに言っていたが、ここまで乗せてもらっただけで充分と言って別れた。そこから、荷馬車は農村部へ、エリスは街道を歩いて門から都市部へと入っていった。
 そして門を潜って数分で、早くも途方に暮れた。

「なんつー街よ、ここは・・・」

 遠目に見て予測し、近付いては認識を改め、そして中に立ち入ったことで、尚一層この街の異質な大きさを痛感させられた。
 まず、街の端から端まで歩くだけで丸一日以上はかかりそうだった。しかも直線距離をひたすら移動に集中した場合の話だ。実際には道は入り組んでおり、道を確かめながら歩いていたら街を通り抜けるだけでも一苦労だ。ましてや街中を巡るとしたらいったいどれだけの日数を費やさなくてはならないのか。
 さらに加えて、人の多さだ。
 今いるのは、街道から直接繋がっている、街の中心線とも言うべき大通りで、最も賑わう場所の一つには違いないが、とにかく見渡す限り人、人、人――。目に見える範囲だけど、今までに立ち寄ってきた街一つ分くらいの人間がいるのではないかと思わせられるほどの人の群れだった。
 都市の大きさから鑑みれば、これでもまだほんの一部に違いない。
 この広さ、人の多さ。
 たった一人の人間をここで探し出すのがどれほど困難を極めることか。

「これは、一から情報収集していくしかない、か・・・」

 しかもまったくコネのない状態からだ。もっと予め、街を訪れる前から情報を集める準備をしておくべきだったと後悔が湧き上がってくる。
 十年追い求めた仇の尻尾を掴みかけたと思って、少し浮かれていたようだった。

「しっかりしなさいエリス。これからって時に悩んでても仕方ないでしょう」

 ここは気持ちの切り替えが肝要だった。
 想像していたよりも状況は厳しい。しかしだからと言うわけではないが、エリスはこの街に確かな手応えを感じていた。
 ただの勘と言えばそれまでだが、街に踏み込んだ時から何かを感じているのだ。
 きっとここで、自分の目的は果たせる。
 そんな予感がしていた。









 夕方まで行ける範囲を歩き回って確信する。これは長期戦になる、と。
 広大な面積、無数に建ち並ぶ家屋、複雑に入り組んだ道、人の群れ。どれを取ってもエリスが今まで立ち寄ってきたどんな場所よりも規模が大きかった。ただでさえはじめての土地で勝手がわからない上にこれでは、まず何から手をつけるべきかもわからない。

「と言っても、駆け出しの頃に比べれば遥かにマシ、か」

 親の庇護の下でぬくぬくと育ってきた小娘が、その庇護を失って一人放り出された時に比べれば、どんな困難も大したことはないと思えてくる。それほどまでに、当時はひどかった。
 ひねくれ者と評されることの多いエリスだが、当時の経験がその主たる要因になっているのは間違いない。
 昔を思い出して感傷に浸るのは時間の無駄だった。
 長期戦に臨むなら、まずはねぐらの確保を考えなくてはならない。
 活動資金にも限りがある以上、長く滞在するにはあまりお金のかかる場所は避けたいところだった。
 考えことに集中していたエリスは、先ほどまでずっと周りに人が溢れかえっていたこともあり、いつの間にか人気のない辺りに来ていたことも、それが自分に向けられた声だということにも気付かなかった。

「ねーねー、そこの人!」
「・・・宿の類は論外よね、これだけ大きな街ならそれに見合うだけの値が張るだろうし、かといって下宿できそうなところを探すにもあまり変な知り合いは増やしたくないし・・・」
「ちょっとごめんね」
「ん?」

 誰かに両肩を掴まれた、そう気付いた瞬間――。

 ヒュッ

 風切り音が聞こえた一瞬後には、エリスは飛来したものを掴み取っていた。
 素早く手許を確認すると、飛んできたのは小型の矢だった。おそらくはボウガンの矢だろう。矢じりこそついていないが、当たり所が悪ければ冗談では済まない怪我をする。街中で無闇に飛ばしていいものではなかった。
 次に矢が飛来してきた方向に目をやる。複数の男が駆け寄ってくるのが見えた。
 最後に、おそらく事の原因と思われる、エリスのことを盾代わりにしてくれた人物のことを見据える。

「初対面の人様を問答無用で矢面に立たせるとは随分じゃない」
「ごめん、って断ったよ」
「返事をした覚えはないわ」
「細かいことは水に流して、助けてほしいの」
「話の筋が見え・・・なくはないけど・・・」

 相手は少女だった。それも同性のエリスから見てもかなりの美少女だ。
 顔立ちは綺麗ともかわいいとも評すことのでき、全体を包む柔らかな雰囲気でありながら、どこか鋭さも感じさせる眼をしている。
 見た目の第一印象は、メルヘンチックなことを考えていそうなちょっと変わり者の女の子。しかし、出会い頭にいきなり人を盾にして見せた無茶振りに、今も相手の内面を見透かすような目でエリスの心中を計っている様子など、ただの小娘と侮れないものがあった。加えて、もしもただ単に通りすがりだからという理由ではなく、エリスの能力を見抜いた上で助けを求めているのだとしたら、その眼力は侮れないを通り越して油断ならない。
 エリスは見た目通り幼い容姿をしており、普段は自分の内面を見せないように振舞っているため、パッと会っただけの相手には普通の少女にしか見えないだろう。それをちょっと見かけただけ、しかも誰かに追われているらしき切羽詰った状況で看破したのだとしたら――。

「仕方ないわね」

 少し、興味が沸いた。
 あくまでほんの少しのことであり、この場で助けると決めた理由は別にある。単に、今さら遅いだろうと考えたに過ぎない。
 既に追ってきている者達の目には、エリスが少女を庇ったように見えるだろうし、ああした手合いには無関係であることを主張してもなかなか通じないものだ。どの道厄介事に巻き込まれることに変わりないのなら、ここはとっとと逃げ出すのが一番早い。
 少女を助けるのはただのついでだ。どうせエリス一人で逃げてもついてくるだろう。

「来なさい」

 エリスは少女の手を掴み、返事も待たずに走り出した。



















戻る