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あとがき

だいぶ前のことであるが、花の写真を加工してみた。
と言うよりは単に、HPビルダーの「効果」の機能を試してみただけだったのだが。


するとどうだろう、そこには神々しいばかりの花の姿が現れてきたのである。

私は、宗教人でもないし、特定教義の信者でもない。
我々の世代のごく普通の日本人としての宗教観を持った
一般人である。

そんな私にさえ、花を創り給うた神、すなわち天の意思を
見せられたような思いがした。
畏敬の念を禁じえない。

しかし同時にまた、さもありなんと納得もした。
花は植物の生命活動そのものであり、新しい生命をつくりだすための神聖な営み。即ち「絶対善」なのである。


この花の核心を見て思い浮かんだのは「曼荼羅」。
これはまさに曼荼羅そのものである。

「曼荼羅」はこの大宇宙の成り立ちと調和を現すと言われて
いる。

こうして花たちの本質に触れると、この花たちは大宇宙の
摂理にかなった存在であることを実感する。


かえりみるに、同じ地上に在る人間界はどうだ。

毎日のようにこの地球上のどこかで、国のため、神のため、正義のため、と言う大義名分の下に殺戮が繰り返されている。


国のため、神のため、正義のため、という「理念」は
決して間違いではない。

「国のため」、国民(民)が安寧で幸せに暮らせることのため。
「神のため」、衆生(民)の心の寄る辺であり、大宇宙の摂理にかなう生き方を導く教えのため。
「正義のため」、人々(民)が安心して生きられるこの世の調和の礎たる秩序を護るため。

すべて「民」のためのものなのである。
これを一部の権力者や独裁者が邪心をもって大義として利用するから、大宇宙の調和を乱すのである。

民の血と涙によって得た繁栄など、たちまちのうちに同じ道を経て消滅してゆくことは、有史以来、数限りなく繰り返してきたのにまだ自覚しない。

「愚かなり人間共!」神は嘆く。

「末世の思想」というのがある。
このように乱れた世界は、いづれ天変地異に襲われて消滅するというものである。




話は変わるが、私が敬愛するジャズトランペッター
日野皓正氏が先日NHKに出演して、話していた。

「人として生まれた以上、何でもいいから自分のできることで、人(世)のために役立つことをしなくては・・・・
私は音楽で人々に感動をあたえ、
メッセージを送り続けます。」


・・・・・・(文言は正確ではありません)

こういうことを、さらっと言い切れる日野さんの大きさに
感動してしまいました。

所で、お前なにができる?自問したのです。

この作品のうち何点かは最初に曼荼羅を感じたときに
作成していたものですが、UPすることは考えていませんでした。
「ド素人が調子に乗ってこんなもの展示したら、
いい笑いもんだぞ」 俗人ハヤカの内なる声に萎縮している
自分が見えた。

HPという有効なメディアを与えられ、日頃の思いがありながら、なにもしないことのほうが余ほど恥ずかしいことだ。

日野さんのように世界的にことを成し遂げた人でなくても、
我々のような市井の一人でもできる。
稚拙でも、未熟でもかまわない、人々の安寧を願って
考え、何をかを為すこと。

思索だけでは力とならない、行為があってこそ力となりうる。
一人では何十億分の一だが、始めなければ進展しない。
こうして一人でも多くの人たちが動いていけば、
地球は変わる、末世の禍は回避できる。

私は人類を信じたい。

2004/6/26
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