拾壱: 倭の間


貧しき者は財をもて礼とし、老いたる者は力もて礼とす。
おのが分を知りて、及ばざる時は、速やかに止むを智といふべし。
許さざらんは、人の誤りなり。
分を知らずして、しひて励むは、おのれが誤りなり。
(第百三十一段)



 倭口上

日本憲法があったおかげで
日本は50年以上も戦争をしてこなかった。
戦争しなかったけれど
他国の戦争に協力したりさせられたり
おかげで儲けもした。
それでぬくぬくした今を味わえたので
とやかく言えないが
空襲の怖さを肌で知る身となれば
戦争はごめんだとの思いが
今でも条件反射のように
ピクリとよぎる。
だから平和ぼけと言われるかもしれないが
よもや私が生きている内に
日本の海軍が出兵するとは思わなかった。


 倭一

所詮人とは思い込みの生き物か。
子供の頃の私は
太陽は動いているものと思っていた。
飛行機は爆弾を落とすものと思っていた。
サンタクロースはいるものと思っていた。
学校での勉強をするようになって
それらは思い込みであることを知った。
それでも私は
日本は戦争をしない国と思っていた。
日本のお上は清廉潔白だと思っていた。
日本は独立自尊の国と思っていた。
現役でなくなる頃になって私は
今持つ思い込みが
私の生き甲斐であることに気がついた。


 倭二

大日本帝国改まり
ただの日本国になっても
「お上」という意識は日本人からは消えなかった。
エリートは役人や政治家となって
お上を取り仕切ったつもりになり
下々はそのお上を頼って
何もしてくれぬことをぼやき続けた。
たまにお上に逆らう下々が
お上は信用ならぬと言い出すと
やれ非国民だのと決まって言う。
逆らう意見を認めてこその民主的国家なのに
ただ逆らうことを楯に取って閉め出すのは
やはり日本は公をお上とする国だからなのか。
それとも官僚独裁国家だからなのか。


 倭三

日本が
お上の担い手・官僚で持っていることは
誰が見ても明らかだ。
日本が
グローバリズムの旗振り・アメリカに依存していることは
誰が見ても明らかだ。
政治にしろ
経済にしろ
文化にしろ
日本のリーダーと言われている人は皆
それらに加担しているか
それらのおこぼれに与っている。
官僚支配とアメリカ依存を同時にうち崩す算段講じてこそ
日本は真に民主・自由の独立国となる。


 倭四

私が生まれた頃
日本は戦争に明け暮れていた。
私が10才の頃
敗戦国日本は独立国の認知を受けた。
私が20才の頃
日本はアメリカの傘下国になる確認をした。
私が30才の頃
日本はおかげで経済大国になれた。
私が40才の頃
日本は金で世界を駆けめぐった。
私が50才の頃
日本のバブルがはじけた。
私が還暦をすぎた頃
日本はリストラ期に入った、私同様に。


 倭五

日本の歴史と言ったとてたかだか一千年。
人類500万年の歴史から見れば
大した部分でしかないが
この間で他国を攻めたのは
ほんの数度でしかない。
皆無でないから自慢もできぬが
日本の民はなんと平和的なんだとふと思わされる。
これは島国国家であったからというより
宗教とか文化とかに起因する気もするが
今その日本が揺さぶられている。
国際社会の一員としての自覚が求められる一方で
日本のアイデンティティーもはっきりさせねばならない。
そのことが他国を攻める機会を多くするのではの
余計な危惧を私に起こさせている。


 倭六

政治のことがわかりだしてから
日本はずっと
「自民党」が取り仕切ってきた。
私は自民党が政権党であってもよいと思っている。
しかしながら
いやしくも日本を近代国家と呼び
民主主義国家と唱うなら
一党支配がずっと続くということは
どう考えてもおかしなことである。
そのおかしさをいうだけで
「サヨク」とか「ハンニチ」とか言われるのも
これ又おかしな話である。
「自民党」が右翼とか愛国の党とかとは
露ほどにも思っていないのに……


 倭七

自民党とかつての社会党が
同じ穴のムジナであったということは
連合政権組めた歴史からも受け取れようが
それをまか不思議と受け取るよりも
ありうることだと受け取るのは
日本の政治が西洋的でない証拠だろう。
もちろん政治が西洋的でなければならない理由はない。
とは言え政治が日本的なものですまされる理由もない。
西洋の考え方を知ることで糧を得た私として
どうもまか不思議に感じてしまうのは
今の日本の政治では
「自由党」と「民主党」がどちらも政権とれず
それをくっつけた「自由民主党」が
政権党になっているということである。


 倭八

今から半世紀以上も前の時
日本は他国に出向いて戦争しかけ
挙げ句に敗れて出直し誓った。
もう二度と戦争しませんと世界にも誓ったが
いつの間にか、その戦争
悪いことではなかったのだ、
その上アジアも開放したのだと
思うような動きが起こったと思ったら
アメリカ軍の支援のために
いつの間にか、海外出兵したり
あっという間に、法律整えたりして
戦争してもおかしくはない国になっていた。
後は憲法改正が先か
この老いぼれが死ぬのが先かの話にもなった。


 倭九

兵士として他国の人を殺したことはないが
空爆受けておびえきったことがあるというのが
今の私のような年代の人だ。
だから戦争はごめんだの気持ちは
観念としては勿論
実感としても多少はある。
それでも今複雑な気持ちになっているのが
外国の軍隊がいまだに日本の国にいることだ。
戦争に負けたのだから仕方がないのだと諦めたり
日本や世界の平和のためなのだと納得させたりしているが
日本が攻められたら自分達で追い払います。
困っている国があれば助けにも行きます。
だから外国の軍隊はでていってくれと
最初に言える総理大臣を密かにも期待するのである。


 倭一〇

朝鮮半島にある北朝鮮という国が
国策として他国民を拉致したことで
日本が大きく揺れている。
日本人も拉致されたためだが
歴史をひもどけば、よくあることで
かつての日本も行った。
元はと言えば、この国策
分断された国家の統一のためで
その願いは同じ半島の韓国も同じなのだが
そのために日本は巻き込まれたと腹を立てるか
その原因は日本が作ったのだと恐縮するかは
日本人の歴史観にゆだねられるだろう。
いずれにしても、この問題
戦争を知らない日本国民が決着をつけるのである。


 倭一一

私が生きてる時代に起こった出来事だから
そして過去の日本がもたらした出来事だから
他人事としてすまされぬ三つの願いが
私の胸をかきむしる。
一つは北方領土が日本に戻ること。
一つはアメリカ軍が日本から出ていくこと。
一つは朝鮮半島の二つの国が一つになること。
北方領土が戻らぬことに
アメリカ軍が出ていかぬことに
二つの国が一つにならぬことに
小理屈いくつもつけられるだろう。
いくら小理屈あったとて
この願い達せずして
「戦後は終わった」と軽々には言えないだろう。


 倭一二

今の日本は北朝鮮をぎゅうぎゅうと追いつめている。
そりゃあそうだろう。
日本人を拉致するは
日本の公金を本国に送金するは
密輸をするはで
それを黙って見過ごす方がおかしいのだ。
でも今の北朝鮮に過去の日本を見た。
ほとんどの日本のメディアが、他方では
おどろおどろしいまでの軍隊のパレードを
貧困にあえぐ庶民の悲惨さを
すべては将軍様のおかげ
万人は一人のためにのプロパガンダを
これでもかこれでもかと伝えていることを
過去の日本を知る人は複雑な思いで見るからである。


 倭一三

アメリカ・イギリスによるイラク攻撃に
何が何でも日本は協力するという。
何故なのだ。
リアリストを自称する人たちは
日本が攻められたときに
アメリカに助けてもらうためだという。
何故なのだ。
戦後50年以上もたっているのに
国防費が世界第2位だというのに
何故に自分の国を自分で守ろうと言わないのか。
そうした日本にしたのは
リアリストの言う「平和ぼけ」の人たちなのか。
むしろアメリカによっていい目をした
日本のエリートであるリアリストの方ではなかったか。

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