5月の葉っぱ

本の感想
◆模倣の殺意 中町信

ミステリー界では「幻の名作」として有名な作品らしい。あとがきによると、元々は「そして死が訪れる」というタイトルで第17回江戸川乱歩賞(昭和46年)の候補になった作品で、受賞は逃したが昭和48年に「新人賞殺人事件」とタイトルを変えて出版された。

中町作品は翌47年にも「空白の近景」が乱歩賞候補になっているので、当時は本格派として期待されていた作家だったようですね。(ちなみに第17回の乱歩賞は受賞作なし。18回は和久峻三の「仮面法廷」が受賞)

一般的に中町信の知名度がどれくらいあるのかわからないのですが、私個人のことを言えば、母親が好きだった作家として名前だけは知っていました。でもその当時の中町作品はトラベルものばかりだったので、読んだのは「散歩する死者」だけ。それも内容はほとんど覚えていません。今回久しぶりに中町氏の本を見つけ、本格ものということで読んでみる気持ちになりました。

・・・あらすじ・・・
推理作家の坂井正夫が自殺した。坂井と仕事上でもプライベートでも付き合いのあった編集者の中田秋子が、坂井の自殺に疑問を持ち独自に調査を始める。一方、坂井正夫の同人誌仲間でルポライターの津久見伸助も週刊誌の依頼で坂井の事件を調べるうちに、坂井に恨みを持つ人物がいたことを知る。

複雑な作品なので感想を書くのも難しい。ちょっとした矛盾を突き詰めていくと真相にたどり着くかも・・・とくらいしか言えません。でも、なかなか大胆な仕掛けで推理の楽しみを味わえる作品です。

ここからは思いっきりネタバレで書くので、ご注意!










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中田秋子の章で描かれる坂井正夫と、津久見の知り合いの坂井正夫が別人であることは、キャラクターの違いがはっきり描き分けられているので、わりあい簡単に気が付きました。特に女性関係での二人の差は明確ですからね。でも私は秋子にプロポーズした坂井が死んだ後に、他人が成りすましているのかと思ってました。たまたま同姓同名だったんですね。

一番最初に二人が別人ではないかと気付くのは筆跡の違いかな。堅苦しいまでの楷書(創元推理文庫p32)と、金釘流の読みにくい原稿(同p112)。

また坂井(秋子側)の自殺については、新聞チェックをしているはずの秋子が気が付いていないのに(同p26〜)、坂井(津久見側)の死は夕刊に「文学青年自殺」と小さく報じられた(同p41)というのもポイント。坂井(秋子)の死について新聞に載らなかったことは、(同)p270に「調べてみたんですが、新聞には一行も報じられていませんでした」と確認の文章があります。

もう1つ、津久見も瀬川恒太郎の家に出入りしていたのに、坂井と会っていないという伏線もありましたね。他にもありますか?

疑問なのは、カメラに凝っているはずの清景ホテルの女将が、律子が撮った写真を自分が撮った写真と言われて気が付かないのかということだけど、忙しかったからよく覚えていないということかも。